戦姫絶唱シンフォギア ~Gungnir Girl's Origin~   作:Myurefial0913

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EPISODE15 初めての……

 

 

 

 

 天羽奏の特異災害対策機動部二課への所属が風鳴弦十郎によって決まった日の翌日。

 

 

 研究室やそれに伴う実験室が集結している一画、天羽奏のもつ適合係数をシンフォギア装者たりえる素質へと伸ばす試みをする為に、特別授業を終えた一行は実験室へやって来ていた。

 

 

 人と聖遺物が適合する確率は人口ベースから行けば限りなく無いに等しいが決してゼロというわけでも無いだろう。

 これまでもシンフォギア装者候補となりうる適合係数の持ち主の選別は行われていたし、加えてある程度の適合係数の値を持っていればLiNKERで無理矢理に適合係数を引き伸ばし、ほんの一時であっても数値を高める事が出来る事がこれまでの実験で分かっていた。

 

 

 繰り返された実験で高い数値を継続することは未だ叶ってないのだが、いつ何時もシンフォギア装者となれる人物が現れてもおかしくは無い。LiNKERを使う事でシンフォギアに適合するほどの数値までに上げられるのならば万々歳。

 だからこそ僅かな希望を持って非常に稀少な砂粒以下のダイヤモンドを探す果てしない旅路に出るのだ。何度目になるか分からないその実験が今日も行われる事になる。

 

 

 

 薄着になった奏に対して桜井了子は様々な事項を伝える。

 

 

 

 「昨日も説明した通り、聖遺物と人間の身体には超えられない壁がある。適合係数が高いことでその隔たりを常人よりも極小化出来るのが適合者であるということもね。奏ちゃんはシンフォギアを使うために必要となる適合係数の値が足りていないのだけど、だからと言って奏ちゃんにその素質が全くないとはまだ言い切れないわ、実験を繰り返して行けばもしかしたら、と言うことも無いとは言えないんだから」

 

 

 天羽奏の表情は少し緊張感を持っていて固くなっている。

 しかし、生来の性格から周りにはそう見せまいとしているので、その緊張感を見透かして感じ取れたことが出来たのは弦十郎と桜井了子の大人二人のみ。

 

 

 

 「……けど、LiNKERを使うにあたって大事な事があるの、よく聞いておきなさい。これからは地獄しか待ち受けてないからね」

 

 

 「ふん、またそれか、もう聞き飽きたぜ」

 

 

 「巫山戯てないでちゃんと聞きなさい」

 

 

 奏を見る桜井了子の表情は真剣そのものだ。そこにいつもの遊びは存在しない。

 

 

 「LiNKERは適合係数を上げる薬物である事には変わらないのだけど、人体に取っては劇薬よ、繋がらない物を無理に繋げようとするのだから身体に良いわけがない。

 これを使用した被験者は全員漏れなく死んだか廃人になってしまったか、どちらかの結末を迎えることになってしまっている」

 

 

 「ッ!何!?」

 

 

 「LiNKERを使用して生まれた適合者が存在しないのだから、調整も上手く行かずこのLiNKER自体もまだまだ未完成のまま、危険極まりないものよ。改良する為のサンプルも全然取れてないのだからあなたの実験も手探りでやっていかなければならないし、これまでもそうやって来た。

 

 それによってこれらの実験は慎重にならざるを得なくなってくるわ、今までの実験の中には一回目のLiNKER投与で身体がそれを受容できず大量出血して亡くなってしまった子もいるぐらい。その上リンクを繋ぐと聖遺物からの負荷は未適合の肉体であっても絶えず降りかかってくる。とても危ない橋を渡ることになるわ、文字通り命懸け。

 

 劇薬だから投与を繰り返す度に身体はボロボロになって行くから、実験をするにもタイムリミットがどうしても存在する。何度LiNKERを投与しても一向に変化が見られない場合は一方的にこちらからストップをかけさせてもらい、長い長い病院生活を送ってもらうしかなくなるの……。もちろんその時期が早まることもあるのは理解して。

 

 ……もう一度確認するわ。今この段階で逃げても誰も責めないし、普通の生活に戻っても私たちがあなたの生活をバックアップをして保障するわ。

でないと、これ以上は自己責任となる側面も出てくる。

 

 それでも、あなたはやるの?無残にも死ぬことや廃人になる覚悟はあって?」

 

 

 シンフォギア装者を生み出したいという願望とは裏腹に、桜井了子は人道的な面を考慮し、実験前のこのタイミングでわざと心を折りにかかった。

 

 

 

 口を閉じ目を伏せて天羽奏は考える。

 

 

 遺跡内部に突然現れたノイズ、逃げ出してもノイズに殺されてしまった父さんや母さん、そして妹の最期。

 

 次は自分かと諦めかけたその時に救ってくれた名前も教えてくれなかった姉ちゃん、倒されるノイズ、その後に告げられた言葉。

 

 やり場の無い激情とようやく見つける事が出来た遥か彼方にある希望の星の光。

 

 

 

 

 ――そして無情にも突き付けられた現実。

 

 

 

 

 

 

 ――あたしにとって嫌な事は何だ?あたしが恐れている事は何だ!?あたしが一番やりたい事は一体何だ!?

 

 ――死ぬのが怖いのか?自分が壊れるのが怖いのか?

 

 

 

 ……違うだろう。

 

 

 

 ――あたしにとって嫌な事や恐怖する事は、何も出来ずに悲しみを忘れて、生きる希望を失くしてしまうことが怖いんだ!!ノイズに殺された家族のみんなの事を忘れてしまう事が怖いんだ!!家族のみんなの無念を、そして何よりこの気持ちを晴らせないことが嫌なんだ!!!

 

 

 ……だから、あたしは……!!

 

 

 

 

 あの日の光景と自身の思いが頭の中で何度も反芻される。

 

 

 

 

 「……了子さん、あたしはやるよ。絶対にシンフォギアをものにしてみせる。だから、その為に力を貸してくれ!!」

 

 

 

 天羽奏の瞳にあらゆる迷いが無くなっていた。

 桜井了子は全てを分かっていたかのように溜息をつく。

 

 

 「はぁ……、やっぱりそうなるとは思ってたわよ。その覚悟が、絶望故の死にたがりから来ていることで無いことは確かに分かったわ。……んまあ、何はともあれやる事は決まり。早速、一回目のLiNKER投与を始めます、各員、準備の方をお願いね。

 

 ……奏ちゃん、もし、胸の奥から歌が浮かび上がって来たなら思い浮かんだ通りに歌ってみてね……。

 

 決まりよ、弦十郎くん。私たちで支えてあげましょう」

 

 

 「……」

 

 

 

 桜井了子は弦十郎と翼が待つガラス一枚向こうの部屋へと歩いて行く。桜井了子は、合法的と言えない拷問や殺人を許す実験をまたしても繰り返す、そんな心苦しさを背負う桜井了子なりの覚悟を決めたようだ。

 

 目を閉じている弦十郎は厳しい表情のまま無言の姿勢を崩していない。その隣の翼は不安げな気持ちを押し止められず、天羽奏を心配する視線をひとり送っていた。

 

 

 寝台に寝せられている奏はLiNKERが打たれるその瞬間を待つ。

 

 

 

 「始めてください」

 

 

 

 天羽奏の横になっている寝台の前には濃いピンク色をしたペンダントが台座に設置されており、その周りにある複数のノズルから眩い光を放つレーザーのような物が放射された。

 

 

 ペンダントの名称は、第3号聖遺物『ガングニール』のシンフォギア。

 

 

 機械的にシンフォギアのエネルギーを増幅させて極僅かなアウフヴァッヘン波形を発生、そのアウフヴァッヘン波形を呼び水にして基底状態から仮起動状態へと移行し、シンフォギアシステムに被験者の生体情報を入力して聖遺物とリンクを試みる。

 

 

 聖詠から始まるプロセスとは逆転の発想だ、適合係数が低く聖詠が浮かんでこないならば、予め起動状態にしておき、適合係数が高まって来れば次第に聖詠も浮かんでくるのではないか、という推測からこの方法をとる。

 

 これによってもし聖詠が浮かんでくるならば発せられたアウフヴァッヘン波形やリンクされた聖遺物のエネルギーを基にしてさらに強いアウフヴァッヘン波形を発生させエネルギーを増幅・再構成してギアを纏えるだろう。

 

 

 桜井了子の出したスタートの指示で、一人の研究者がLiNKERの試験管を振る。するとLiNKERの中身は蛍光した淡い翡翠色へと変化した。

 注射器にセットされいよいよ奏の腕へと注入されていく。

 

 

 針を刺し、LiNKER一本丸々奏の体内へと入り切った。

 

 

 

 ――リンク、スタート。

 

 

 

 桜井了子が操作してシンフォギアシステムと天羽奏の身体を繋げるが、天羽奏の全身に激痛が奔り、激痛に耐えきれずバタバタと暴れ回り、研究員たちが押さえにかかる。

 

 

 

 

 「ッッッ!!!……ゔっ、あ"、がはっ、うがあああああああああ!!!うあ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!!!!」

 

 

 

 (な、何だッ!?これッ――)

 

 

 頭の中はぐるぐるして気持ち悪く、時間経過と共に胸の奥から何かが込み上げてくる。それはどんどんと口に上がってきてついに限界がきた。

 

 

 

 (喉が……苦しい……!!)

 

 

 

 「うっ……、……お"え"っ!!ッ!!」

 

 

 

 初めてのLiNKERで急激な吐き気を催して胃の中の物を盛大に吐き出した奏、天羽奏の意識はそこで途切れてしまっていた。

 

 

 

 

 

 「総員、急いで奏くんの体内を洗浄しろ!容態を安定させるんだ!」

 

 

 弦十郎は硬直していた研究員に怒鳴りつけて命令を与える。

 

 

 力無く項垂れる天羽奏の身体、実験担当の研究員が人工血液の補給及び天羽奏の血液に流れるLiNKERをロンダリングするために透析機に繋ぐ。

 

 実験室の掃除もまた並行して始まった。

 

 

 「……やっぱり、最初はこうなってしまうのかしら」

 

 

 「LiNKERの使用はやはり重大な危険が伴う、薬物を繰り返し投与して麻痺してしまった者とは違い何もなかった正常な肉体にとんでもない劇物が侵入して来たんだ、無理もない。被験者の身体に劇薬を劇薬だと感じさせないほど麻痺させるぐらい実験などしたくないものだが……」

 

 

 「LiNKERの改良も進めてはいるのだけど、何回も実験や検証をするなんて簡単に行く訳ないからね……」

 

 

 人体実験に対する倫理観の問題や聖遺物を取り巻くしがらみによって後天的適合者を生み出す実験は各所から阻害されて進展を見せていないのが現実、都合良く独自に研究と実験を多く繰り返すわけにもいかず、やったところで別部署からの非難轟々の嵐と被験者たちの屍の山を築いてしまう以外に何も成果がない。

 

 "人体に優しいLiNKER"なんて言う改良型が製作されればもっと実験は行いやすいのかも知れないが、現段階では絵に描いた餅だろう。

 シンフォギア装者を増やす事はまだまだ遠い未来のことのようだ。

 

 それ以上に適合者を任意的に作り出すことなど可能なのかも判明するのも随分後になりそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……あ」

 

 

 一回目の実験の翌日、天羽奏は意識を取り戻した。

 

 まず考えたのは今自分がどんな状態にあるかだった。二課の病室にあるベッド、そこに寝かせられていた自分と整理した結果、実験は失敗して何らかの形で自分は気を失ったということが把握出来た。だが、そんなことせずとも薄々勘付いていた。

 

 しかし、二課の病室にしては太陽の日差しが病室に入ってくる。ここは地下では無いのか……?

 

 

 病室のドアが開く音がする。

 

 

 奏の治療を担当していた医師から連絡を受けた桜井了子や弦十郎たちが病室内へと入ってきた、翼もその後ろからついて来ている。 弦十郎と翼は奏の右手側にあるベット横の椅子に座り、桜井了子は奏の真正面に立つように位置取った。

 

 

 

 「目が覚めたかしら?奏ちゃん。容態の方は一応安定しているけどしばらく絶対安静よ」

 

 

 「了子さん……、うっ!」

 

 

 ベットから上体を起こそうとするも身体に痛みが奔り自力で起きれなかったが、弦十郎に背中を支えられてようゆく身体を起こす。

 

 

 「奏くん、まだ動かない方がいい、今無理に動けば身体に響く」

 

 

 「くっ……、了子さん、あたしは一体どうなったんだ?」

 

 

 「LiNKER服用後すぐに気を失ったわ、適合係数は一時的に上がったものの、その値を継続して取ることはなくすぐに逆戻り。分かってるとは思うけど1回目の実験は失敗よ」

 

 

 「くそっ……」

 

 

 結果が芳しく無いことに肩を落として悔しがる奏、適合出来ないのが不甲斐ない自分の所為だとする気持ちで一杯になるが、そんな事を感じ取った桜井了子は続ける。

 

 

 「すぐに適合出来るとは思わないことね、最初にも説明した通り、適合者になれる人はこれっぽっちもいないのよ。私も、二課の人たちも、そして実験を受けた人も悔しい思いを何度も重ねてきたわ。翼ちゃんが特別だと思いなさい、あなたに非がある訳じゃないんだから」

 

 

 「でもッ……!!」

 

 

 「言ったでしょう?私たちが出来ることの本題はこれからLiNKERを使い、どこまで適合係数を上げることができるか、それに尽きるの。初めからこちらも適合出来るなんて思ってないし、厳しい事を言うようかもしれないけど、危険物を体内に入れて血反吐を吐かずに生き残れただけマシだと思いなさい。……それとも、諦めてもう帰るかしら?」

 

 

 実験に失敗は付き物、しかも命にも関わる重大な制約が課せられているLiNKER投与実験で桜井了子は甘えを許さない。

 しかし、天羽奏は桜井了子を睨み返し、言葉を吐き捨てるように言った。

 

 

 「はッ!まさか、ンなわけないだろ。あたしはこんな所でとんずらこくようなヘタレじゃねえ!トコトンまでやってやるさ!」

 

 

 「……そう、それじゃあ1週間ほどの観察期間を設けるわ。それまでにあなたの体調がそぐわないようなら次に控える実験は即中止、万全な状態にするまでLiNKERを使うのはお預けよ?それじゃあね」

 

 

 奏の返答を受けて桜井了子は極めて事務的な事だけを伝えて奏の病室を後にする。

 

 それまでずっと奏の背中を支え続けていた弦十郎が奏に話しかける。

 

 

 「はやる気持ちも分からなくは無い、だが、実験を行う了子君の気持ちも少しだけ考えてみて欲しい、厳しい助言も君を思うが為。君のような人たちを何人も見てきたんだ、奏くんに死なれて困るのが奏くんだけでは無い事を理解していてくれ」

 

 

 「……っ、分かってるよそんな事」

 

 

 本当に分かっているのか、と少々苦笑いをする弦十郎。しかし、時間をかける事で本当の意味を理解する事が出来るかもな、と信じて弦十郎は座っていた椅子から立ち上がり、奏の頭にポンッと手を置いた。

 

 

 「……よし、奏くんの意識が戻ったところで俺の方からも言っておく事がある」

 

 

 「何だよ……急に」

 

 

 「LiNKERを使う実験には万全な体調で臨まなければいけないのは当然なのだが、今のままでは少しどころではない不安がある。そこでだ、身体が資本である実験に少しでも対抗力をつけるために我々が行う訓練に参加してもらうぞ」

 

 

 「ッ!!」

 

 

 「走り込みや基礎的なトレーニングを始めとして、体術を駆使した組み手も行う。慣れてくるようになったら更に枠を超えて剣術や槍術、拳銃の扱い方も教えるかもしれない。……どの道、奏くんがシンフォギアを扱えるようになったら戦わなくてはならないんだ、今のうちからやっておいて損は無い。

 

 この肉体訓練や戦闘訓練は体調が戻って動けるようになったらでいい、薬物を使うほどの厳しい要件は無いからな」

 

 

 「……ああ、分かった」

 

 

 心得たと、真剣な表情で頷く奏。弦十郎は隣にいた翼に視線をやってそこに一言継ぎ足した。

 

 

 「そして、この訓練にはこいつ、翼も参加することになってる。こいつは少し前に怪我をしてな、そのリハビリも兼ねているんだ。お前さんにはこの翼と一緒に訓練に参加してもらいたい」

 

 

 「……ッ」

 

 

 「大人たちに混じって訓練するのも居心地が悪いだけだからな、分からないことがあったら、適宜俺や翼に聞くといい」

 

 

 だから今はしっかり休め、そう言って弦十郎は部屋から出て行こうとした。翼はそれに続く形で歩いていく。

 

 だが天羽奏の言葉にそれを遮られることになる。

 

 

 「……ひとつだけ良いか?」

 

 

 「どうした?」

 

 

 何か質問でもあったのかと弦十郎は振り返る。

 しかし、次に出てきた言葉は少し意外だった。

 

 

 「……君付けはよしてくれ、おっさん。むず痒いから呼び捨てにしてくれていい」

 

 

 「……ッ、ああ、そうか、またな奏、なんかあったらすぐ呼んでくれ」

 

 

 「ああ」

 

 

 

 今度こそ病室を出て行った二人だった。

 

 

 

 「……翼も頑張らないとな、軌道に乗ったらあれはすぐに追い抜いて行かれるタイプだぞ?」

 

 

 「はい、頑張ります、叔父様」

 

 

 隣に居る姪っ子は素直に頷いてくれるが、向こうは乗りこなすのに時間がかかりそうなじゃじゃ馬だ、だがそれもまた面白いだろう。

 

 

 「……何で俺のことは、まだ"おっさん"のままなのかねぇ……」

 

 

 ボソボソ呟きながらポリポリ赤頭を掻く弦十郎を、翼はその斜め後から少しだけ不思議そうに見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

      ○

 

 

 

 

 

 

 数日して天羽奏の体調が戻り、風鳴翼のリハビリも兼ねて訓練を行う為に、一行は太陽が照りつける日中にとある基地へとやって来ていた。

 

 

 特異災害対策機動部には一課と二課の二つが存在する。ともに政府所有の特務機関で、諜報活動や情報操作を主とする二課とは別に一課では実際の戦闘や救助活動が任務として課せられているために訓練が欠かせない。相当な設備を擁するこの自衛隊・特異災害対策機動部の基地では戦闘カリキュラムのある二課の一部の人間と一課の面々を中心として訓練が執り行われる。

 

 

 元来身体を動かすことが嫌いではない奏はどんな訓練を受けることになるのかと少し気分が高揚していたが、その実情は単純なことだった。

 

 

 

 

 「ハァ、ハァ…………」

 

 

 

 

 ――なんてことの無い、ただの走り込み。

 

 

 やはりやる事とは何処でもどんな部隊でも最初は変わらないようだ。

 しかし、たかがランニング、されどランニング。

 

 普段から訓練を受けている大人たちとは違って飛び入り参加の奏は、統率されて走るそのスピードについて行くのにも精一杯、どころか遅れを取っている。

 

 弦十郎の方からはまだ最初だからと通常よりもやや少なめのラップ数を走るようにと言われたのだが、自分と同じく病み上がりだと言う青髪の少女は、こんなモノはまるで何でも無いかのように目の前を涼しい顔をして走っていて、しっかりと隊列を崩さないでいた。

 

 

 

 (クソッ!!あたしだって負けてられねぇってのに……!!)

 

 

 

 規定された分まで達するにはまだ少し残っているが、歯を食いしばって天羽奏は喰らい付いていく。

 

 

 

 

 

 

 無心になって走っているうちにランニングは終了していた、いつの間にか弦十郎に言われた量よりも多い、通常時の訓練量を走っていたようだった。隊員は各々に水分補給などをして休憩を取っている。

 

 

 

 

 「……ハァ、……やっと、ハァ、……終わった……ハァ、ハァ……」

 

 

 

 

 もう動けないと地面に倒れこみ必死に酸素を取り入れて呼吸をする奏に、一人誰かが近づいてきた。

 

 

 「……大丈夫?」

 

 

 その人物は風鳴翼、首にタオルをかけて汗を拭いている。そんな翼が奏の元へとやってきたのは理由があった。

 

 

 翼は首にかけていた物とは別に、手に持っていたタオルを奏に渡すために手を伸ばす。

 

 

 「……これ、どうぞ」

 

 

 「……ッ、……ああ……」

 

 

 奏は立ち上がりその手からタオルを受け取るが、そのまま翼の横を通り過ぎて蛇口のある水場までフラフラと歩いて行ってしまった。

 

 

 「あっ……」

 

 

 翼は残念そうに、沈んだ後ろ姿を見ていることしか出来ず奏を追いかけられなかった。

 

 

 奏は頭から水をドバドバと浴びて火照った頭を冷やす。浴びている最中にもあの言葉が蘇ってくる。

 

 

 

 『―――翼ちゃんが特別だと思いなさい、あなたに非がある訳じゃないんだから』

 

 

 

 「あいつが特別だっていうなら、あたしはそれを超えてやるしかねえじゃねぇか!!クソッ!!!」

 

 

 シンフォギアを手に入れるためにも先ずは同じスタートラインに立たなきゃいけないんだ、と強く思うと同時に、今の自分の立ち位置に恥ずかしく惨めになる奏。

 

 

 

 

 

 風鳴翼の背中は果てしなく遠い。

 まるで飛び越えられない崖の先に風鳴翼の姿があるように思える。

 

 

 崖の縁から眼下に見えるのは死を運ぶ巨大な濁流。羽撃きが足りなければ落ちるのは不可避。

 

 

 

 天羽奏は崖の前で立ち尽くす。

 

 

 

 それは羽も翼も満足に成長していない未熟な鳥がまるで大きな谷を越えようとするようだった。

 

 

 

 

 そして奏は、その後に行われた組み手でもその差を見せつけられる事になる。

 

 

 普段のお嬢様でお淑やかな雰囲気から一転、いざ戦いの場面となると翼の纏う気迫というのは一流の戦士のそれであった。

 

 

 戦いのイロハも知らない奏は弦十郎の側にいて見学をしている。

 

 今も翼は一課の訓練兵と組み手を交わしている。

 その手捌きはあまりに歳不相応で飛び級で国体に出てもおかしく無いレベルだった、いや、もしかしたらそれ以上かもしれない、もはや競技という枠組みを超えている。

 

 柔よく剛を制すという言葉の通り、力では大人の男に及ばない翼であっても巧みな力の使い方で応戦している。

 

 相手の攻撃は当たることなく、反対に翼の攻撃はヒットする一方で勝負は既についているも同然だった。そのまま翼は対戦相手の喉元に手刀を突きつける。

 

 

 呆けていた奏は自分の中の常識が崩れていくのを感じ取った。

 

 

 「普段の物静かな感じから蝶よ花よと育てられたと思われがちだが、実際のところはその真逆、翼は幼き頃から戦士となるべく育て上げられたものだ。俺も直々に教えたこともある。あまりのギャップに肝の大きい奏も流石にビックリかな……?」

 

 

 「……くッ」

 

 

 奏は拳を強く握る、自ら追い求める理想と見せつけられたその現実の大きさに。

 

 

 「……おっさん、早い所あたしにも戦い方を教えてくれ」

 

 

 「応、いいだろう、やはりそうこなくてはな。基本的なことは俺が教える、だが、組み手となると慣れるまでは同じ体格のもの同士の方が覚えるにはいいだろう。前も言ったが翼とともに訓練してもらうぞ」

 

 

 「……」

 

 

 「……ん、まあいいか、とりあえずやるとしよう」

 

 

 何とも手応えのない応答に弦十郎は引っかかりを覚えるが、分かってやっている事なのでとりあえずそれは置いておき、天羽奏に戦い方を教える事にした。

 

 

 初めは殴り方や蹴り方、投げ技を中心に教え込む。攻撃の仕方を教えるのと同時進行で防御や回避の方法も伝授、実のところ戦いで大事になって来るのは攻撃を当てることよりも相手との間合いを上手くとって攻撃されないことの方なのだが、初めてなので両方やらなければ満足に戦えもしないだろう。

 

 だが、奏は何にしても飲み込みが早く教えたことはすぐにマスターしてしまう。翼が他人に見せない日々の積み重ねで成果を発揮し周りから天才だと評される努力家の秀才タイプなら、天羽奏は根っからの天才タイプ、しかも翼同様努力を惜しまない性格故、闘争心を煽ったことでさらに成長スピードが上がっていく。

 

 

 

 

 その日の訓練はそこで終了。

 

 それから数回の訓練を実施し、2回目も失敗に終わったLiNKER実験を終え、体調が再び戻った頃に行われた訓練では、ある程度戦えるようになった奏に対して弦十郎は言った。

 

 

 「……よし!試しにそろそろ翼との模擬戦をしてみてもいい頃合いだろう。初歩の初歩は教えたつもりだが、戦いの真髄はこれからだ。慣れている翼の胸を借りるつもりで先ずは始めるんだ、焦ったところで何も意味は無いぞ。翼!こっちへ来い!」

 

 

 「はい!司令」

 

 

 「…………」

 

 

 間合いを取り、相対する二人。両者の双眸には闘志を燃やす強い意志が見え隠れしている。

 気合十分と判断した弦十郎は開始の合図を出す。

 

 

 

 「よしっ!始めろ!」

 

 

 

 開始の号令と共に駆け出す奏に対し、いつでもどこでもどうぞと言わんばかりに受けの体勢取る翼。

 

 互いに手加減を許さない二人の初めての組み手――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――結果は奏の惨敗であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「それじゃあ奏ちゃん、これから5回目のLiNKER投与実験を始めるわ」

 

 

 「ああ……」

 

 

 奏の身体には例の如く注射器の針が刺さり薬品が注入されていく。

 

 奏が二課に所属してから1ヶ月半以上も月日が流れ、これで5回目の実験だった。季節は春から夏へと移り変わる狭間にある。

 

 

 

 「……うッ!!!!うわぁああああああ!!!!」

 

 

 

 そして何回目になろうが何度でも容赦無く押し寄せる激しい痛み、最早叫ばなければ耐えることが出来ず、LiNKERを使ってから1分もしないで脂汗が止まらない。

 だが、どれだけ身体を痛め付けても桜井了子の目の前にあるモニターの数値には目立った変化が今回も見られなかった。

 

 

 「今回もダメそうね……」

 

 

 桜井了子はマイクに入らないほど小さく心の声を呟いた。

 

 

 5回目の実験ともなればそれなりの傾向が見えてくるものだ、しかもそれがいつも同じようなデータで同じように失敗しているのだから、母数が少なくとも統計データとしてはそこそこ信頼できてしまうものになってしまっている。

それを分かっている桜井了子は早々に今回の実験も失敗に終わるだろうと半ば諦めていた。

 

 天羽奏と聖遺物の接続を断つ桜井了子、機械のダウンする音が実験室に流れる。

 

 

 

 だが……

 

 

 

 「……ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、……まだだ!まだあたしの意識は途切れちゃいねぇぞ!!……おい、テメェ、そこにあるLiNKERを寄越せッ!!」

 

 

 天羽奏には、もうどうしようもならない強い焦燥感に駆られていた。

 

 いつまで経っても成果の上がらない適合係数上昇の為の実験と、自分の隣に居るように言われた正規適合者との隔絶された実力差を真に受けて、劣等感を感じないわけがない。

 

 その限界をここで迎えてしまった奏は早期に結果を出そうと焦りだし、ついに研究員からLiNKERを奪うという暴挙に出た。

 

 翼と絶対的な差があるとは言え、メキメキと実力をつけて来ている奏を実験室内の研究員では止めることが出来なかった。手に入れた新たなLiNKERを自分でセットした奏はそのまま自らに使用する。

 

 

 「何をしているの!?早く彼女を止めなさい!!」

 

 

 しかし桜井了子の命令は間に合わなかった。

 

 

 「ッッッ!!!!………ぅ、………オ"ェッ!……ガハッ!!…」

 

 

 天羽奏の口から血が止まらない。何度血を吐いても身体の奥から止まらない程に血液が溢れ出してくる。

 

 

 

 

 

 大量出血で血が足りなくなり、そのまま天羽奏は意識無く血溜まりに沈んでしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

     ○

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とある日の夜8時、風鳴翼は二課本部の真上、その地上にある病院の廊下を歩いていた。表向き総合病院を模しているこの病院は二課御用達の病院で、私立リディアン音楽院高等科の敷地内に併設されている。

 

 梅雨本番だと言うのに今夜の雲は仕事を辞めており、代わりに夜空には煌々と星々が一面に輝く様子が、電気の明かりで溢れかえる東京にしては珍しく映し出されていた。いつも存在感が強いお月様は新月のため夜はお休みだ。

 

 

 翼の手に持っているものは花瓶、生花は造花とは違って毎日中身の水を入れ替えなければ枯れてしまうので、古くなった中の水を取り替えていた。その花瓶はどこにあったのか、それは花瓶を持っている翼にしか分からない。

 

 では翼が一体何処へ向かって歩いているのかというと、先日倒れてから意識が戻って来ていない自分よりも年上の少女の病室である。

 

 

 

 実を言うと少女が入院してからほぼ毎日この作業を欠かしてない翼。

 

 

 

 それは花が枯れてしまいかわいそうだと言う事からではなく、まして弦十郎や桜井了子の指示からでもない、自ずから先行して始めた事だった。

 

 

 その理由は何だろうか……。

 

 

 翼は電気の点いていない少女の病室へと入る。

 敢えて電気を点けることはしない。

 

 

 窓から外の電灯の光が入って、窓枠の形に光の当たるところと影がかかるところを作っている。

 

 その明かりは少女の寝ていたベットにまで到達していた、そのため影に隠れていた部分が蛍光灯をつけずとも少しだけ露わになっている。

 

 

 

 「……あっ」

 

 

 

 「……何だ、誰かと思えばお前だったか……」

 

 

 

 翼は思わず声を漏らす。

 

 

 それは、前回のLiNKER使用からずっと目を覚まさなかった少女――天羽奏がベッドで身体を起こして窓から外の世界を見ていたからだ。

 

 奏は病室へと入ってきた翼の姿を認める。

 

 

 

 「目が、覚めたのね……」

 

 

 「……まあな」

 

 

 翼はトコトコと歩いて奏の隣にある台に花瓶を優しく置いた。

 

 

 「水……、変えててくれてたんだな」

 

 

 「……うん」

 

 

 天羽奏と風鳴翼の会話はまだどこかぎこちない。

 

 

 「……一ついいか?」

 

 

 「えっ?」

 

 

 「あたしは、どれくらいこのままだったんだ?」

 

 

 奏が訊いてきたのは、あの実験からどれくらい眠ったままたったのかという確認だった。

 あの実験の後必ずと言っていいほど運び込まれるこの病室の天井を、目が覚めてから見るのはもう何度目だろうか、奏は頭の中で整理が付かなかった。

 

 

 「……もう、1週間以上も眠っていたままだったわ」

 

 

 「ッ!……そうか」

 

 

 天羽奏は遣る瀬なさと不甲斐なさに苛まれる。ここまでやってもまるで上手くいかず、桜井了子女史の指示や警告を無視、挙げ句の果てには自分はそのまま寝たきりときたものだ。自分のことで精一杯になってまるで周りが見えてない過去の自分が恥ずかしくなり、自分に協力してくれる大人達にも申し訳無くなってしまう。

 

 この一件に於ける天羽奏の反省と後悔は深い。

 

 

 「目が覚めたってみんなに伝えてくるから、少し待ってて、お医者さんも呼んでくるし」

 

 

 翼は専属医や桜井了子たちを連れてくるために病室を後にしようとした。だか、それは天羽奏からの一言で遮られる。

 

 

 「……いや、まだ呼んでこなくていいし、電気もつけないままでいい。……それに、聞きたいことがある」

 

 

 「……?」

 

 

 「どうしてお前は、あたしにそこまでするんだ?」

 

 

 

 天羽奏の思いもよらない問い掛けに翼は閉口し少し考える。

 

 奏の言う『そこまでする』というのは、花瓶の水替えを一人だけでやっていたことから転じて、例え些細な事であっても何故奏の世話をするようなことを一人だけでしているんだ?ということか。

 

 

 翼に対して決して友好的とは言えない対応をしていたであろう奏にとっては、そんな翼から逆に優しくされる謂れが理解できなかった。

 

 翼は手を掛けかけたドアの取っ手から離れて、奏のいるベットの隣にあった椅子に座る。

 

 

 

 翼は気恥ずかしく思ってモジモジしながら、少し躊躇いがちに言の葉を紡ぐ。

 

 

 

 

 

 「……なんて言うか、その、凄いなって思っちゃったの」

 

 

 

 

 「……はあ?」

 

 

 「私と同年代な筈なのに大人っぽくて、力強くて、凄いなって私には思えたの」

 

 

 

 翼の言葉は奏にとっては余りに予想外だった。

 そしてますます奏は翼のことが理解出来なかった。

 

 

 「あたしが、凄い……?」

 

 

 「……うん」

 

 

 「何でだ?あたしなんかお前に比べれば大した事無いぞ?」

 

 

 翼は奏に持ってないものを、奏が欲しいものを全て持っている、それ故に普通に考えれば奏の事を凄いという風には見えない筈なのだが。

 

 

 「……そんな事無いよ。確かに私はシンフォギアを使える適合者、という事になっているけれど、奏さんほどの強い覚悟は持ててないから……、だから、私はいつまでも未熟なまま成長出来ないでいるの……」

 

 

 翼には翼なりの悩みや葛藤というものがあった。

 翼が凄いと言ったのは、奏の胸に秘めたる強い覚悟、何が何でもノイズを倒してやるという意志の強さであった。以前の戦いにも強く感じた自分の甘さの根源であろうことを吐露する。

 

 

 「私がシンフォギアを纏っているのは風鳴の家に生まれたが故、明日の人類の平和を保持するために戦わなくてはならない責務が私にはある。けれど、シンフォギアも、ノイズを倒す動機もどっちも自分から手にしたというよりかは誰かに与えられたもので、私がどうしたいかなんて介入する余地なんてなく、それを義務として周りに応えるために今までやってきた。

 

 ……本当のところは、私がどうしたいかなんて分かって無くて。

 だから、確固としてそれを持っている奏さんは凄いなって思えた、一体どうして戦うのかという強い覚悟が今の私にもあれば、私はもっともっと強くなれるんだと、そう思ったの」

 

 

 「お前にはもう『人類を守る為に戦う』と言う、立派な理由があるじゃないか」

 

 

 「ううん、そうじゃない。それも確かに大事な事、なんだけど、実はその使命にもどこか本気になれてないみたいで……。私は、私の、私だけの理由が欲しくて……」

 

 

 

 翼の思う自分の弱いところは、戦士として育てられたのに戦う理由の基盤がしっかり定まっていないという事だった。既に引かれたレールの上を歩いていく事は一見楽で恵まれた環境にいると思われるだろう。実際、難しく考える必要が無いので楽である事は間違いでは無い、しかし、翼のいる環境が殆ど責任の発生しないヤワな環境であったならばの話だ。

 

 残念ながら翼は人類を守る使命を負った防人の家系に誕生した。人の生命を預かるのに生半可な責任では到底他人を守ることなんて出来やしない。今現在もまだまだノイズの出現率が高くなく、特異災害対策機動部一課及び二課の後援もあって、今まで翼の出撃した事件の被害は他よりも比較的抑えられていたが故に翼の内面的問題が表面化しづらかった。

 

 それが最近、ついに表に出てきた。その契機となった要因が2つほど翼の中で存在している。

 

 

 一つが、自分の甘さを消しきれなかったが為に致命的な深手を負いかけたノイズ襲撃による一連の事件。

 

 ――そしてもう一つが、天羽奏という少女の出現であった。

 

 

 「……だから、奏さんの近くにいれば、仲良くなれればきっとそれが見つけられるんじゃないかなって、そう思ったの」

 

 

 「…………」

 

 

 何度この少女に呆気に取られたか、天羽奏は再び口を開けて固まってしまう。

 自分が翼に憧れて強く嫉妬してしまったように、翼も自分に対して憧憬の眼差しを向けていた事に初めて気付く。

 

 目の前の少女もそんな事で悩んでいるんだと、遠すぎた目標が意外と近くに感じる錯覚に妙な親近感が湧いた奏は、思わず笑みがこぼれる。

 

 

 「あたしが大人だなんてな……、あたしはまだまだガキのまんまだ。あんたのように押し付けられた重圧にあたしは耐えられないだろう、それをしっかり受け止められているだけそっちの方が大人だと思うぞ」

 

 

 「そんな事ないよ、私はただ言われた通りにしているだけで自分の意見なんて言ってないもの。……私に自分というものなんて無いから」

 

 

 どちらがより大人でないかという事で互いに譲らない二人。そんな言い争いをしていて次第に可笑しくなってクスッと笑いあった。

 

 

 「はぁーっ、あーあー、全く、あたしたちは何を言い合ってんだか……」

 

 

 「ふふっ、確かにね」

 

 

 「それにしてもあたしに憧れるとか、今まで他にそんな奴居なかったのか?」

 

 

 「同じくらいの年の人がここには私一人しかいなかったから……。それに叔父様や緒川さんでは目標が遠すぎて逆に参考にならないし……」

 

 

 そこで奏の悪戯っ子な側面が現れ、ニヤッと少しだけ笑いながら翼に仕掛け始める。

 

 

 「……もしかしてお前、友達居ないのか?」

 

 

 「ッ!!……ううぅ」

 

 

 翼は恥ずかしくなり顔を赤くして下に俯く。

 

 

 「……二課の事情で、あんまり学校の人と関われなかったから……」

 

 

 「勿体無いなぁー、友達なんてなっちまえば簡単なのに」

 

 

 「なるまでか難しいんでしょ!?」

 

 

 「なるのも簡単さ、自分の好きな事が何かしら共通だった人とはすぐ仲良くなれるもんだ。いくらなんでも気が合わないって奴は無理だろうがな。なんか好きな事、無いのか?」

 

 

 「好きな、事……?」

 

 

 いつの間にか止まることなく会話を楽しむ奏と翼、先ほどまでの確執など何処かへ吹き飛んでしまったかのように話が弾んでいく。

 

 二人はお互いがもう友達になっていることを意識していない。

 

 

 「あたしは色んなことが好きだ、運動するのも良いし、本を読むのだって良い。何処かの凄ぇ景色を観光するのも良し、何だって楽しめるさ」

 

 

 「私は……、私は音楽が、歌が好き、かな?」

 

 

 「歌か、いいじゃねえか、それも。あたしも歌や音楽は嫌いじゃない。……なんだ、何も楽しみが無いのかと思ったぞ?どんな歌が好きなんだ?」

 

 

 

 奏が翼の好きな歌のジャンルを尋ねると、これがまた予想外だった。

 

 

 

 「……演歌、かな」

 

 

 「……はぁ〜、こりゃまた中々友達が見つからない訳だ」

 

 

 「何でよ!演歌はいいでしょう!?」

 

 

 珍しくヒートアップする翼だが、そんな翼を前にしても奏は調子を崩さない。

 

 

 「ああ、そりゃあ演歌はいいもんさ。だけどそれが同年代ってなるとな、歌詞の雰囲気が持つ渋さや力強い拳、長いビブラートなんかの心地良さを感じて貰えるかっていうと少し難しいだろうなぁ」

 

 

 「そんな……」

 

 

 自分の趣味があまり受け入れられて貰えないショックに翼は再び引き下がってしまう。

 だが、「けどな……」と奏は続けた。

 

 

 「あたしは演歌も好きだぞ?歌うってなると、ちと難しいが聴く分には良い」

 

 

 「ホント!?」

 

 

 感情が乱高下を繰り返し、今度は飛び上がって喜ぶ翼。翼の頬は上がりっぱなしだ。

 

 

 「ああ。……ふふっ、ホントお前ってやつは面白いな。……悪いな、今まで変に強く当たっててさ……」

 

 

 天羽奏はこんなにも面白く素直な翼の事を目の敵にしていたのだ、気分が良くなかったのは寧ろ翼の方だろうと思っていた。天羽奏は懺悔する。

 

 

 「ううん、私は平気だから気にしないで」

 

 

 「……そうか」

 

 

 しかし翼は何とも思っていないようだった。

 少し居心地の悪い状態にはあったかもしれないけれど、それ以上に今が楽しいから良いと思っていたのだ。

 

 

 その一言で奏は自分が許される気がした。

 

 

 さてと、と翼は立ち上がる。

 

 

 「……それじゃあ叔父様たちを呼んでくるから、奏さんは少し待っててね」

 

 

 さっきは奏に止められて出て行かなかった翼だが、奏が目を覚ましたことは伝えなければならない。そのために奏の病室を後にしようとするが、また奏から声をかけられる。

 

 

 「……『奏』でいいよ、(つばさ)。さん付けも君付けも小っ恥ずかしくて堪んないから」

 

 

 「ッ!!うん!!分かった、奏!!」

 

 

 ついに名前で呼ばれた翼、その事に内心驚きと喜びで溢れる。嬉しくなってつい声が大きくなってしまったが、奏はそれを優しく笑って受け止めた。

 

 

 上機嫌になって病室を出ていく風鳴翼、その足取りもどこか軽い。病室を出てすぐにの所に立ち止まり、通信機で医師と桜井了子に連絡を取り奏の元へと向かわせるようにアポを取った。次は叔父の弦十郎だが誰かと通話しているのか、何度コールしても端末同士の単機連絡では電話が繋がらない。しかし、そのうち繋がるだろうと思い、桜井了子たちの到着を奏の病室付近で待つ。

 

 

 数分後に医師が到着し、奏の身体検査を開始。その後に桜井了子がやや遅れて地上の病院までやって来た。

 

 

 「翼ちゃーん、ごめんねー!遅くなったわ。こっちも少しバタバタしてて時間かかっちゃったわ」

 

 

 「大丈夫です、桜井女史。……あの、司令は?」

 

 

 「ん?弦十郎くん?弦十郎くんならちょっと用事が出来たって司令部から出て行ったのは見たわ。どこへ行ったかも分かってるけどそれは秘密、私の方にも後で来るように言われてるところがあるのよ。弦十郎くんがこっちに来るのは後になりそうね」

 

 

 「……そう、ですか」

 

 

 「とりあえず、奏ちゃんのメディカルチェックに私も参加するとしますかね!」

 

 

 そう言って腕まくりをした桜井了子も病室内に入っていった。

 メディカルチェック中は担当者以外は邪魔にしかならないので、翼は外の廊下で待つ事にする。

 

 

 

 

 見た感じ天羽奏は元気そうだった。翼に辛さを見せないようにしていたかもしれないけれど、きっと悪くは無いと感じている。

 二課で出来た初めての友達の回復を待って、翼は廊下の窓から見える晴れ渡った夜空の星をずっと眺めているのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 


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