短編【完】   作:トラロック

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バレアレモンスター園

 

第一話 黒い仔山羊(ダーク・ヤング)

 

 広大な土地を取得した『とある貴族(アインドラ伯爵)』から管理という名目で住み込みを始める事になった。

 報酬は素材。

 それも非合法(超位魔法)方法(ウィッシュ・アポン・ア・スター)で得たものらしいが国の経済を破壊するような事にならないように気をつけているらしい。

 数キロメートル四方という広さは思っていたほど広く。目測と実寸の乖離は(はなは)だしい。

 一見、田畑があり祖母の錬金術や薬学に関係した『離れ』の工房とも思える施設。

 常連客は来る。ただ、一般客は訪れにくい。

 それもそのはず。

 見晴らしの良すぎる平野にぽつんと存在する寂れた風景が広がっているのだから。

 都市の中であれば様々な店などで賑やかであったかもしれない。

 だが、ここは都市と都市の短い距離の間にある休憩するには近すぎる所だった。

 これが首都である『リ・エスティーゼ』と、もっとも東に位置する『城塞都市エ・ランテル』の中間地点であればまだ理解できる。

 歩いて半時(はんとき)程度では冒険者も休みに来ない。

 いわば『ただの通り道』だ。

 見晴らしが良く、短い都市間に位置しているので不測の事態が起きにくい。

 万が一の事態があってもどちらの都市からも救援が来やすい、という点で言えば安心感はある。

 特に祖母の『リイジー・バレアレ』はまだまだ現役で活躍できる第三位階の魔法詠唱者(マジック・キャスター)にして高名な薬師だ。とはいえ高齢ではある。

 孫である『ンフィーレア・バレアレ』にとっては大事な家族だ。

 

 

 土地の利用に当たって様々な権限を持つ『僕』ことンフィーレア・バレアレは新しい事に余念がない。

 少し離れた『カルネ村』には最近村長になった幼馴染(おさななじ)みのエンリ・エモットという女性と彼女の妹ネムが暮らしていました。

 帝国兵に大切な家族を殺されていた時に助けに来てくれた謎の魔法詠唱者(マジック・キャスター)である『ゴウン』さんから貰ったマジックアイテムを使い、小鬼(ゴブリン)を召喚して村を立て直した。

 モンスターを使役するエンリを危険と判断し、出身国であるリ・エスティーゼ王国が討伐隊を編成するとかしないとか、いろいろと揉める事があったらしいけど今は昔の出来事です。

 カルネ村は平和である。

 冒険者の噂で『血塗れのエンリ』とか聞いた気がするけれど、僕は気にしない。

 もっとおぞましい施設に居るのだから。そんな事は些事(さじ)に過ぎないと思えるほどに。

 そう。この施設『マグヌム・オプス』に比べれば。

 あらゆるモンスターを内包する物騒な地下施設。

 実際にはモンスターに免疫の無い人達が怖がっているだけで中は比較的、安全です。

 もちろん、約束事(ルール)はあります。

 秘密を暴こうとすると『メイド』に強制転移させられてしまう。

 この『メイド』はゴウンさんも手を焼く厄介な存在です。

 『マニュアル』があるけれど、通用しない事態もたまに起こります。

 この施設の事は今は関係ないので目下の目的は『モンスター』です。

 みんなが怖がるモンスター。

 その中の一つに『黒い仔山羊(ダーク・ヤング)』という黒い身体で丸くて触手が頭頂部にあり、太い五本の足で十メートル規模の身体を支えています。

 名前にあるように足は山羊に似ています。

 丸い身体にはたくさんの口がありますが、口だけです。あと、可愛い山羊の鳴き声を発します。

 姿は山羊とは似ても似つかないけれど。

 涎は垂らしますが、頭が良くて言う事を聞くので作業に良く利用させてもらっています。

 かなりの重量があるから僕の錬金術関係の仕事には欠かせないモンスターです。

 戦争の時に十万人ほど踏み潰しちゃったらしいけど、これは複製(クローン)の方なので安心して下さい。

 邪神系のモンスターですが不死の存在で餌は不要。だけど、食べることはできるらしいです。排泄するのかは分かりませんが。

 残飯処理には打ってつけ。

 この黒い仔山羊(ダーク・ヤング)を飼いたいのですがエンリが難色を示すのです。

 十メートルもあるのでカルネ村では飼えないと。

 素直で大人しいモンスターなんですけどね。

 

 

 近隣の『エ・レエブル』などから戦争体験者が怯えると抗議が来るので、普段は夜間に表に出しています。

 『マグヌム・オプス』の出入り口は持ち主の厚意で巨大モンスターの出入りを可能とする扉を作って頂きました。

 他にも数体の眠れる(ドラゴン)献体(クローン)が保存液に漬かっています。

 赤帽子の小鬼(レッドキャップ)森精霊(ドライアード)花弁人(アルラウネ)なども居ます。

 居るというか保存容器に入っていたり、風呂場に置かれていたりするけれど。

 カルネ村と一部の人達はモンスターを好意的に受け止めてくださりますけど、人間に(あだ)なす危険なモンスター、という意識は根深く残っているようです。

 森精霊(ドライアード)とか可愛いのに。

 土の入れ替えや水やりで植物系のモンスターは僕に懐いています。

 三相の悪魔(ヘカテー)は見た目は化け物ですがメイド服を着せれば可愛くなります。

 アインドラ伯爵は女性の観点からアンデッドはお好きではないらしく、施設にはほぼ生者(せいじゃ)のものが収められております。

 でも、実は吸血鬼(ヴァンパイア)とか居ますけどね。

 世間はモンスターにとって住みにくい。というよりかは近隣は人間の国だから仕方がありません。

 遠くに行けば亜人の国があり、モンスターにとって住みやすい国もあるでしょう。

 

 アーグランド評議国。

 獣人(ビーストマン)妖巨人(トロール)牛頭人(ミノタウロス)などの国とか。

 

 そういった国は人間が食料にされてしまう傾向にあるらしい。

 種族が違うので仕方がありません。

 人間は彼らにとって食料であるのと同様に我々は家畜の動物を食べるのですから。

 さて、夜間黒い仔山羊(ダーク・ヤング)を散歩させているとたまに野盗に襲われそうになります。

 大抵は仔山羊の触手の餌食となるのですが、硬い身体の仔山羊はとても強いです。あと、走ると追いつけないほど。夜間なので黒い身体が闇に溶け込み、目立たなくなります。

 (なに)で出来ているのか興味が湧きますが、手持ちの刃物では傷つかないのでがっかりです。

 アインドラ伯爵が本気で切り刻もうとしても歯が立たないほどです。でも、倒したんですよね。

 では、どうしてそんなモンスターの複製を作れるのか。

 それは僕のような人間には想像もつかない世界の御業があるのでしょう。

 『マグヌム・オプス』には黒い仔山羊(ダーク・ヤング)の肉片が数十個、保存溶液に漬かっています。

 再生魔法をかければ、たちどころに巨大モンスターが復活するという。

 処分できないモンスターは世界に破滅をもたらすと言われています。

 僕は施設の管理を任されていますが、実質危険なモンスターは施設内の『メイド』が厳重に見張っています。

 

 

 手放しで安心することが出来ないのは分かっていますが、僕程度では『メイド』達の足元にも及びません。

 なにしろ本気を出すと黒い仔山羊(ダーク・ヤング)すら屠るのですから、弱いメイドではないのです。

 散歩といっても遠くに連れて行けるわけではありません。

 十メートルの巨体ですから近隣の一般市民は恐れて逃げ出します。

 一度、鳴くと恐怖心がばら撒かれたように悲壮感が広がります。

 普段は鳴かないように。鳴いても小さくするように気をつけています。

 命令を聞く素直で賢いんですよ。

 地面を踏み砕く脚力。これは畑を耕す時に最適なんですけどね。

 人の役に立てるだけの能力はあるんです。

 僕はただただ恐れられている仔山羊がとても可哀相に思えて仕方が無い。

 元もとの召喚主であるゴウンさんも言っておられました。

 

 自分で召喚したモンスターは従順だから可愛く見える。

 

 確かに命令をよく聞く素直なモンスターは可愛いかもしれません。

 それがたとえアンデッドでも。

 多くのモンスターの管理を任されてから僕もモンスターにかなり理解ある人間になったものだと自負しています。

 ただ、危険度の高いモンスターはまだ慣れません。

 絶対に安全である、というのは幻想かもしれないし、危機意識を持つ上では気を抜かないようにしています。

 カルネ村には小鬼(ゴブリン)の他に人食い大鬼(オーガ)人蛇(ラミア)人馬(セントール)戦乙女の蜘蛛女(アラクネ・ワルキューレ)が居ます。

 人蛇(ラミア)人馬(セントール)はまだ子供ですけど、とても可愛いです。

 凶暴なモンスターは冒険者に駆逐されるのですが大人しいモンスターまで駆逐するのは可哀相という村長エンリの計らいで人蛇(ラミア)達を村に住まわせています。

 この子達は小さいから住むことを許されているのですが、僕の仔山羊はダメだと拒否されてしまいました。

 畑仕事が出来る優秀なモンスターなのに勿体ない事です。

 硬い地面は強力な脚力で踏み砕き、柔らかくする事に長けているというのに。

 命令次第では重いものを運べたりするんですけどね。

 あと、木の伐採もお手の物です。刃物のような鋭さはありませんが。

 城に連れて行くと怖がられますが、戦闘訓練の相手もできるんです。

 身体が硬いので(武技とか)の練習台になってくれますし、万が一傷ついても治癒魔法で簡単に治せます。しかも低位で済む。

 勝手に暴れない良い子なんです、本当に。

 そういえば、名前を付けていませんでしたね。それについてはアインドラ伯爵と相談しなければならないでしょう。

 

第二話 花弁人(アルラウネ)

 

 『マグヌム・オプス』にはお風呂の施設があり、そこには何体かの花弁人(アルラウネ)が宙に浮いた植木鉢のようなものに入れられています。

 湯気が天井で冷やされて水滴になり、それが落下する事によって水分補給する。

 定期的に土の入れ替えをしなければなりませんが、最初の頃に比べて彼女(アルラウネ)達は大人しくしてくれています。

 人間の女性の身体に似た植物モンスターで本体は根っこ。

 子孫を残すために頭に花を付けて、それが落ちると人間部分が老化して枯れていき、新たな身体を形成していきます。

 基本的に根が枯れない限り花弁人(アルラウネ)は何度でも蘇ります。

 種を作るのですが、伝承では生物の精子が必要らしく、彼女たちは近づく生物を長い蔦で掴まえたりするらしいです。

 花弁ということで腰の部分に生物を呼び寄せる蜜が溜められています。時には振りかけて外敵を追い払ったりするそうです。

 足元が根っこなので自由な移動が出来ません。

 元々は南東の奥深い森に生息していたのですがアインドラ伯爵が興味本位で伐採して持ち帰り、この施設で育てているのです。

 ほぼ観葉植物のように。

 近親種の絞首台の小人(ガルゲンメンライン)を捜索中だとか。

 

 

 僕ことンフィーレア・バレアレの仕事は定期的に彼女達のお世話をし、生態の調査をすることです。

 一応、薬草学を専攻しているので生物に興味があります。

 特に植物系のモンスターなどは。

 他の生き物も研究の延長線上で調べたりします。

 時には貴重な資源を発見できるかもしれないし、生物から学ぶ事は多いです。

 それがたとえアンデッドであっても。

 (ドラゴン)は身体のほとんどが研究対象であり、貴重なアイテムの宝庫ともいえる。

 たまに遊びに来るエンリの妹のネムは可愛い女体モンスターの遊び相手になることが多く、今では顔見知りになっています。もちろん、危険なモンスターには迂闊に近づかないように色々と教えています。

 巨大石化の魔眼の毒蜥蜴(ギガント・バジリスク)とか。

 最近ではかなり北の山奥に出てくる古き漆黒の粘体(エルダー・ブラック・ウーズ)というモンスターなんかも危険ですね。

 何もしなければ大人しく立ち去っていくので無闇に倒そうとしない限り、黒い粘体(スライム)は対処できない相手ではありません。

 ちなみにゴウンさんに粘体(スライム)の対処法を教えてもらいました。

 様々なモンスターに精通していらっしゃって、とても勉強になります。

 たまに具現した死の神(グリムリーパー・タナトス)という大きな鎌を持ったアンデッドモンスタ-が出るらしいのですが、こちらはゴウンさんが探している珍しいモンスターだとか。

 あと、とても危険なモンスターらしく近づかないように言われています。

 見つかったら命が無い、と言っていた気もしますけど。

 世の中にはどれだけ珍しいモンスターが居るのやら。

 『マグヌム・オプス』にもゴウンさんが欲しがるほどの珍しいモンスターがたくさん居るらしいですが、僕が知りうるものは少ないです。

 大半が眠っているので強いのか、危ないのかはわかりません。

 起きているモンスターも居ます。というかゴウンさんが連れて来たモンスターですね。

 蜘蛛女(アラクネ)とは別種の蜘蛛人(アラクノイド)という。

 蜘蛛女(アラクネ)は上半身はほぼ人間ですが下半身が蜘蛛で蜘蛛人(アラクノイド)は見た目には人間的なのですが背中から脚が生えています。あと顔はモンスターに近いです。

 見た目がモンスターなのが蜘蛛女(アラクネ)

 一見すると人間のようなのが蜘蛛人(アラクノイド)

 

 

 花弁人(アルラウネ)はゴウンさんも観葉植物として欲しておられましたがアインドラ伯爵が譲渡する予定が無いといって拒否されました。

 珍しいモンスターは近くに置きたいものです。

 個体によって色々と色合いに違いがあり、咲かせる花も微妙に違います。

 あと、土の栄養などによって違う個体が生まれることがあります。

 陸地に近い土だと黄色っぽくなったり、奥深い山だと緑色が濃くなったりします。

 毒性の強い地域だと顔つきが険しくなります。

 寒さに弱いので雪山では育てられず、砂漠地帯は水分がすぐに抜けてしまうので老婆になりやすいです。

 植物系モンスターなので人間の女性のように身体を洗う必要はありませんが、艶かしい女性の裸体は股間を刺激されてしまうことがあります。

 僕も男の子ですから。

 なので普段は服を着せる事にしています。

 そのままだと腰の蜜ですぐに濡れてしまうので、エンリに色々と作ってもらいました。

 頭部分が日の光りを浴びればいいらしく、服に抵抗はなく光合成の障害にはならないらしいです。

 人間の言葉は理解出来るのですが花弁人(アルラウネ)達は独自の言語を持っているらしく、僕には理解できません。ただし、植物と意思疎通する魔法があれば簡単な会話は出来るとゴウンさんに教えていただきました。

 錬金術師(アルケミスト)のスキルはあるんですが、肝心の魔法のスクロールがありません。

 毎回使うには高額だし、今は諦めています。

 森祭司(ドルイド)の友達を作ればいいと言われましたが、僕には友達が殆ど居ませんからね。

 エンリには研究バカと言われるくらい友達作りよりポーションの研究に勤しんでいましたので。

 こちらの言葉だけでも通じていれば今は充分です。

 僕にはまだ他にもモンスターが居るので。

 

第三話 死の支配者(オーバーロード)

 

 死の大魔法使い(エルダーリッチ)というアンデッドは有名なのですが、その上位種である死の支配者(オーバーロード)は僕も今まで知りませんでした。

 ほぼ骸骨(スケルトン)の姿のアンデッドなのですが強大な力を持つ高位のアンデッドだとか。

 ゴウンさんも死の支配者(オーバーロード)を何体も所有していて亜種も居るんだとか。

 こちらも自分のモンスターだから高位だろうと愛着があるらしい。

 ゴウンさんが管理している図書館で働いているアンデッド達は日々、何かの研究をしているそうです。

 例えば様々な国の書物の翻訳作業とか法律関係の制定とか、頭脳労働に最適なのだとか。

 リ・エスティーゼ王国の周辺には居ないモンスターらしい。

 もし居てもゴウンさんが周りに被害を出さないように取り計らってくれるそうです。

 さすがの僕もアンデッドモンスターを飼いたいとは思いませんでしたが労働力としては魅力的ですけど。

 疲労しませんし、飲食、睡眠不要。

 死の支配者(オーバーロード)は高位モンスターなので野良のモンスターに負けない強さを持っています。

 人間の言葉が通じるのも大きいでしょう。

 自然界の死の大魔法使い(エルダーリッチ)は人間、というか生者を憎む傾向にありますがゴウンさんの所有するアンデッドは殆ど友好的です。

 ネムと一緒に遊ぶ事もできます。

 危険な特殊技術(スキル)を持っているモンスターはゴウンさんも止めてくれますので、今のところは問題は起きていません。

 モンスターに詳しい人が居ると心強いです。僕も勉強してネムに笑われないようにしなければ。

 

 

 死の大魔法使い(エルダーリッチ)は腐りかけの死体のような顔ですが死の支配者(オーバーロード)は綺麗な骸骨なので触っても安心だとか。

 一緒にお風呂に入っても汚くならない、らしいので僕は思い切って死の支配者(オーバーロード)と入ってみました。

 上空に浮かぶ花弁人(アルラウネ)達が物珍しそうに覗いてきますが無視します。

 完全に骸骨である死の支配者(オーバーロード)の身体は見事にきれいでした。

 綺麗な白骨。

 高位モンスターなのでブラシで強く擦ったくらいでは削られる事もない、頑丈な骨。

 汚れが一点もないのでは、と思うほどでした。

 

「……すごい。普段、自分で磨かれるんですか?」

「『清潔(クリーン)』という便利な魔法があるので……」

 

 死人とは思えない発声のよさ。喉が無いのに澄んだ音色の声。

 男性だと思われるけれど、生前はどんな人間だったのか。

 モンスターになる前の記憶というのは無いらしく、生前の記憶を持っているのは奇跡だとゴウンさんは言ってました。

 アンデッドになるとモンスターの特性に精神が穢されて生者を憎むようになってしまうのだとか。

 アンデッドとはいえ高位のモンスター。

 無理をお願いして色々と調べてみます。

 僕の力では傷一つつけられないアンデッドなので多少の無茶も出来るでしょう。

 さすがに頭蓋骨を取る、というのは出来ないようですが。

 神経や血管があって骨を繋ぎとめているわけではなく、負のエネルギーともいうべき『見えない力』で骨を支えているらしい。

 生命力とも呼ばれる力を失えば滅びるという。

 死の支配者(オーバーロード)などの骸骨(スケルトン)系のモンスターは魔力などが活力となっていて、魔法を使い終わったら大人しく休む。

 色んな骨が破壊されたとしても『核』となる部分さえ無事なら自然と骨が修復されるという。

 ただし、原理は本人も説明できないのだとか。

 とにかく、勝手に治ると。

 頭蓋骨の中は空洞になっていて、宝石などは無く、魔力の光りが眼光として僕に見えています。

 人間の力では死の支配者(オーバーロード)の身体を取り外したりは簡単には出来ないけれど、しっかりと繋がっているのは驚いた。

 低位の骸骨(スケルトン)なら治癒魔法や治癒のポーションでダメージを受けるけれど、基本的にアンデッドは死ぬと跡形も残さずに消滅する。

 それは死の支配者(オーバーロード)も同様です。

 ただし、程度によったり条件によっては骨だけ残る事もあるという。

 高位のモンスターほど残りにくい。と、ゴウンさんが言っていた。

 死者特有のエネルギーというものがあり、それが骨にある限りは残り続けるのでは、というのが定説になっている。

 

第四話 人馬(セントール)

 

 上半身が人間で下半身が馬になっている亜人種人馬(セントール)はとにかく走るのが大好きで草食動物だった。

 肉も食べられない事はないらしいが人間と同じ味覚を有していないのだとか。

 カルネ村に居るのはまだ二歳ほど子供だけど既に走る事を覚えていて、ネムの遊び相手になっています。

 というか、ネムがしっかりとお世話しています。

 元々は異種交配の実験によって生み出された個体なので親は不明。

 亜人ではないけれど一角獣(ユニコーン)八足馬(スレイプニール)が『マグヌム・オプス』に居ます。

 生命の神秘は僕の常識をいつだって(くつがえ)す。

 折角生まれた命は大切にしたい、というエンリの願いでカルネ村に置いています。

 本当なら育てられない(しゅ)はすぐに処分されてしまいます。

 『マグヌム・オプス』は生命体にとって厳しい施設です。

 要らないものは潰される。それは彼女(セントール)達が複製(クローン)から生まれた者達だから。

 変な愛着を持つのは危険だとゴウンさんも言っていました。

 育てられない個体は将来的に不安をもたらすと。

 余計な種族を増やせば人間社会に良くない結果をもたらすかもしれない。

 人間を食べる亜人が居るのだから、当然と言えば当然です。

 

 

 個体は一種ずつ。

 繁殖しようにも同種の個体が居ません。

 必然的に人間が相手となってしまう。

 人馬(セントール)はかなり奥に子宮があるらしく、人間との交配は普通は無理だと言われています。

 人工的に出来ないことは無い、というのは目の前を走り回る小さな人馬(セントール)が証明しています。

 親を知らずに育つ子供。

 責任という点では生かすにも苦労する、ということでしょう。

 全ての(しゅ)が人間と交配出来ないことはいくつか確認されています。

 動像(ゴーレム)は間違いなく無理。

 悪魔の像(ガーゴイル)もほぼ無理でしょう。

 エレメンタル系や非実体系、アンデッドも無理。

 恐竜系も無理。

 何でも良い訳ではなく、可能な生物はとても少ないようです。

 花弁人(アルラウネ)は特殊かもしれないけれど、森精霊(ドライアード)は無理でしょう。

 そういうことを研究する人が僕以外にも居ます。

 僕は異種交配の研究ではなく薬草学を専攻している。生命を冒涜(ぼうとく)するような事には否定的です。

 だが、研究者としては興味があるのも事実です。

 この施設に居る間は非人道的な事にも耐えようと思っていたけど、僕はそこまで鬼畜にはなれない。

 異種交配の実験は僕の知らないところで少し(おこな)われている程度で大々的な事はしていないらしい。

 少し、という点は僕が嫌がったせいでしょう。

 新しい生命の誕生を願っていた(ふし)があったようだけど、僕が頓挫(とんざ)させてしまった。

 人蛇(ラミア)にしろ人馬(セントール)にしろ、王国領内では見かけない亜人を間近で研究する事はなかなか出来そうで出来ないことです。

 竜王国を襲う獣人(ビーストマン)の個体も『マグヌム・オプス』にはあります。

 屈強な肉体で人間を襲い、食らう亜人。

 それがここではメイド服を着せられて警備に当たっているのだからとんでもない施設です。

 動いているのは『メイド』達くらいで後は容器の中でいつ目覚めるとも知れずに眠っています。

 時々、眠る献体が哀れだったり、幸せだったりと思うことがあます。

 命を得て生まれた者達には(すべか)らく幸せになってほしいと僕は願う。

 

第五話 飛竜(ワイバーン)

 

 冬の季節になると餌を求めて人里に飛竜(ワイバーン)が来る事がある。

 住処からかなりの距離があるので滅多に来ないものだが、運よく『マグヌム・オプス』まで来た者が居た。

 それはまだ幼く、群れから(はぐ)れたのだろう。

 この施設の地上部分では色々な作物を作る実験農園も兼ねていた。

 近くに宿舎があり、備蓄している食糧は豊富だ。

 アインドラ伯爵の許しを得て、幼い飛竜(ワイバーン)に作物を与えた。

 餌付けすると次も来てしまうのだが、死なせるのは勿体ない。

 育てられない場合はゴウンさんが引き取る事を約束してくださったのでエンリと一緒に面倒を見るようになった。

 (ドラゴン)の一種であり、獰猛そうな姿も子供時代は可愛いものだった。

 大きくなれば翼をはためかせ、獲物を狙う狩人となる。

 時には飛竜騎兵(ワイバーン・ライダー)となって戦場を駆け回るかもしれない。

 生物にとって『飢え』は耐えがたき苦痛。

 野生生物なら本能で肉を食らおうとする。それが出来ない者は死ぬだけだ。

 

 

 どんな凶暴なモンスターでも大切にしようとエンリが言うので面倒を見始める。

 研究者ではないけれどエンリは自分が召喚した小鬼(ゴブリン)達と生活するうえで考え方に変化が生まれたようです。

 同じモンスターに襲撃される事はあっても憎む事はしなかった。

 心優しい女性は嫌いではありません。

 僕としては愛しているとさえ、声にはなかなか出せないが言いたいとは思っています。

 

「名前を付けると愛着が出るよ」

「呼んだら来るかもしれないわね」

「群れに帰れなくなるよ」

 

 そう言うとエンリは悲しそうな顔になった。

 全てのモンスターの面倒を小さな村で見ることはできないし、伯爵だって慈善活動しているわけではありません。

 人を襲わない方法は採用しても飼って面倒を見るところは行きすぎです。

 ただでさえ、ここには(おびただ)しいモンスターが保管されているのだから。

 幼い飛竜(ワイバーン)も元気になれば家畜や人間を襲うかもしれない。少なくとも近隣で飛竜(ワイバーン)の被害は報告されていないようだけど、田畑を荒らす害獣は冒険者の討伐対象になってしまうし、迂闊に飼う事は伯爵の立場を危うくする。

 群れに返す努力は必要だと思うけれど、これから気温も低くなり食料の調達が困難になってくる。

 野生の動物に安易に餌を与えるのは後々危険です。

 群れに帰れなくなるかもしれない。帰ったとしても他の飛竜(ワイバーン)に襲われるかもしれない。

 難しい選択を迫られている気分だった。

 『黒い仔山羊(ダーク・ヤング)』のような高位モンスターなら外敵の恐れはないけれど、飛竜(ワイバーン)は飢える生き物です。

 とはいえ、僕は自然の厳しい掟に投げ捨てるような強い心は持っていない。

 

「エンリの気の済むまで面倒を見てあげるよ」

 

 心優しい幼馴染みに僕は自分の出来る事をするだけです。

 エンリも厳しい自然の掟はなんとなくでも分かってはいるんでしょう。

 大きくなった飛竜(ワイバーン)が自分達にどんなものをもたらすのか、色々と考えている筈です。

 

 

 後でゴウンさんに尋ねたところ小鬼(ゴブリン)達より強いので襲われたらひとたまりもない、と言われてしまった。

 幼くとも飛竜(ワイバーン)は攻撃に転じたら今の小鬼(ゴブリン)人食い大鬼(オーガ)でも対処するのは難しいという。

 戦乙女の蜘蛛女(アラクネ・ワルキューレ)なら問題は無いので面倒を彼女に任せることにした。

 本来はカルネ村の防衛任務に点く彼女は飛竜(ワイバーン)の育成など出来るのか。

 他のモンスターと違い、外敵に容赦しないところがあるし。

 そこは村長エンリが色々と命令を下して一つずつ解決していくしかない。

 飛竜(ワイバーン)は肉食だと後で聞いた時は血の気が引いたものです。

 大きくなった飛竜(ワイバーン)は野性に目覚めるのか、このまま飼育され続けるのか、不安が募る。

 

第六話 人魚(マーメイド)

 

 カルネ村に設営された水槽に人魚(マーメイド)が居る。

 この亜人も本来は『マグヌム・オプス』で眠るモンスターの一人です。

 それが何故、カルネ村に居るのか。

 食べるためです。

 正確には人魚(マーメイド)の産む無性卵を。

 半分以上は人間より魚類に近い身体を持つ亜人だが人間と交配できる。

 浅瀬に住む人魚(マーメイド)は自分で餌をとれない場合は人間の漁師の助けを必要とする。

 持ちつ持たれつの関係というやつです。

 その中でも水中に適応できない個体というのが、どうしても現れる。

 物珍しさで誘拐されて地上での生活で水中呼吸が出来なくなった者達です。

 海にも帰れず地上でも長く生活できず、ただ死を待つだけ。

 唯一は子孫を海に流すことで一生を終えることかもしれない。

 伯爵はその中の一つの個体を手に入れて保管している。そして、目の前に居る人魚(マーメイド)複製(クローン)です。

 自我は無く命令のままに卵を産み続ける。

 一般的な魚類ではないので大量の卵は産めない。

 

「この卵は栄養価のあるものなんだけど……」

「食べるのに勇気が居ると……」

 

 上半身が人間の女性というのが躊躇いを生ませる。

 調味料をかければ美味だと有名な人魚(マーメイド)の卵は長寿の食品として貴族に好まれている。

 人魚(マーメイド)の肉体も食べられない事は無いらしいが、病気になるのかどうかは怖くて誰も確かめていない。

 ンフィーレアも食に困っているわけではないので、食料としてモンスターは見ていない。

 

「人魚さん、食べちゃうの?」

 

 ネムが心配そうに見つめてくる。

 残酷な事するの、と訴えてくる子供の瞳がとても痛い。

 家畜は食べるのに人魚(マーメイド)は食べられない、というのは理屈としてはおかしいかもしれない。

 魚類だって立派な食料です。上半身が人間の姿なだけで。

 脇腹はエラ呼吸の為に切れ目が入っている。

 口呼吸も出来るので窒息はしない。

 

「適応できない生物を無駄に生かしておくのも残酷なんだよ」

「可哀相と思う心は大切にしましょうね」

「……うん」

 

 ネムには少し過酷な現実は早いかもしれない。けれども命の貴さを勉強する事は大事です。

 この人魚は自我が無い。

 命令しなければ水槽の中で窒息して死んでしまう。

 呼吸も自分の意思で出来ない亜人です。

 いきなり身体を裂いて切り身にして食べたりはしない。あくまでも卵が目的です。

 地上に適し始めた人魚(マーメイド)は味が落ちるらしく、家畜の飼料にされるのが通例らしい。

 海沿いの都市『リ・ロベル』に住む漁師の話しではあるけれど。

 あと、腐りやすいので生きているうちに解体しないと駄目だとか。

 肥料に加工されるか、海の生物の餌になるか。

 

「卵は数日に一個か二個。栄養が足りないと体内で腐ってしまう。そうすると人魚(マーメイド)は病気になって死んでしまう」

「……かわいそう……」

 

 腐る前に排卵するのが人魚(マーメイド)としての使命でもあります。

 生まれる卵が多い中で長生きする人魚(マーメイド)は多くなく、それゆえに大量発生して海の資源が枯渇したりしない。

 

 

 人魚(マーメイド)の無性卵は食用として知られているのだが海沿いの町でしか食べられない。

 『保存(プリザーベイション)』の魔法で鮮度を保てばいいはずだが、都市の名物は独占したくなるもの。

 地元の貴族によって他の都市への供給が断たれている。

 様々な調理法があると言われているけれど、それは現地の料理店の秘伝となっていたりする。

 有精卵だと罪悪感があるのだが無性卵は栄養補給として人魚(マーメイド)自身の栄養源にされたりする。

 生きる為に必至なのはどんな種族も一緒です。

 

人魚(マーメイド)は排卵するのにも体力を使うからたくさんは産めない。一個でも貴重なものだからありがたく頂こう」

 

 事前に毒性などは調べているし、効能は随分と研究されている。

 滋養強壮効果があり、疲労回復。調味料と混ぜると美味。

 遠泳移動する人魚(マーメイド)自身の体力回復にも使われる。

 村人全員に分けられるほどたくさんは用意できないものなのでエンリは代表者として食した。

 表面の薄皮は意外と丈夫で中身の液体はオートミールと一緒に食べると美味しかった。

 貴族達はパンに塗ったり、焼いた肉に液体をかけたりする。

 直径十センチメートルもあるので一口では食べられないが、スプーンで中身を掬い取るように食べるのが基本。

 ネムも味見した。

 

「これだけの大きさの卵を人魚さんは毎日出すの?」

「卵を産む種族に処女性は無いらしいけど、毎回大変だよね。そうやって子孫を残そうと必至なんだよ」

 

 卵を産む体力がなければ衰弱して死んでいく。

 人魚(マーメイド)は意外と短命の種族です。

 もっとも多産な人魚(マーメイド)は特別なマジックアイテムを持つ。

 だからこそ絶滅しない。

 自然淘汰の仕組みはネムには難しいかもしれないけれど、命の大切さをゆっくりと教えていく。

 

第七話 獣人(ビーストマン)

 

 メイドを服を着た獣人(ビーストマン)種の虎型、人虎(ジンコ)と呼ばれる種族を連れて来た。

 二足歩行の獣ではあるけれど顔つきや体つきは人間の女性に近い。

 手足は獣で肉球があるし、体毛が多く(ひげ)も生えていた。

 

「かっこいい女の人ね」

「手足が大きいから細かい仕事は不慣れだけど、案内役としては使えるよ」

「……見栄(みば)えだけって気がするわ」

 

 長い縞々(しましま)模様の立派な尻尾が動き回る。

 二足歩行だけど眠るときは獣のように(うずくま)る。

 背筋が真っ直ぐに伸びていて姿勢は悪くなかった。

 手足の筋肉は硬くて太い。

 腹筋も六つくらいに割れているという。

 戦闘に際しては肉食獣の凶悪な面構えになる。

 メイドの姿をしているけれど竜王国を苦しめる人間を食らう種族の亜種です。

 普段は動物の肉を好むようだが、基本は雑食。匂いのきついもの以外は大抵食べる。

 他の亜人までも。

 生物の頂点になるには弱者を食らい続ける。それが獣人(ビーストマン)社会の掟のようなものらしい。

 この人虎(ジンコ)はもちろん複製(クローン)でアインドラ伯爵の命令に絶対服従する。

 自害しろと言われればたちどころに自らの首を()ねる。

 両手を食べろと言われれば疑問をさしはさむ事無く食らう。

 

「僕はそんな命令はしないよ」

 

 エンリの冷たい瞳に少し怯える僕、ンフィーレア。

 基本的なことを言っただけなのに、そんなに怒らなくても。

 

「伯爵様はとんでもないお人だけど……」

「……ええ、分かっているわ。でも、ンフィーが毒されていないか心配で……」

「僕は純然とした研究者だから。真面目に仕事しているよ」

「胸の大きな亜人さんじゃない」

「健康的な身体だから仕方ないよ。良く食べてよく運動されているから」

 

 張り出す胸はエンリの倍以上はある、という大きさ。

 筋肉質なので決して(たる)まない。

 エンリは興味本位で触ったり揉んだりしてみる。

 人虎(ジンコ)の胸はかなり硬めだ。中までびっしりと筋肉が詰まっている。そんな感触だった。

 

「……おお、負けた……」

 

 健康的なので排泄も勢い良く出る。

 唯一、人虎(ジンコ)に命令しても守れないのは排泄行為だけかもしれない。

 所構わず、ボタっと投げ捨てられるように出される汚物。

 いきなり出てくるのでエンリとネムもびっくりした。

 

「これはまだ良いほうだよ。お腹を壊されたらもうどうしようもない状態になる」

「……食事時に聞きたくない話題ね」

 

 出て来ないと具合を悪くするので、排便は好きにさせるのが良いとアインドラ伯爵は言っていた。

 当然、排尿も豪快に出る。

 この人虎(ジンコ)の個体は()()()()生理現象を許された複製(クローン)だった。

 ただ残念なのはメイド服を着ている状態での痴態が顔を(しか)めさせる。

 獣人(ビーストマン)の国の人虎(ジンコ)にとって当たり前の事なのかは分からないけれど、人間の国では残念極まりない。

 

「くさ~い」

 

 ネムは鼻をつまむ。

 出た排便は畑の肥料に使われるので無駄なく利用される。

 

「健康的な娘さんなんだよ」

「……獣人(ビーストマン)の国って……、行きたくないな……」

「亜人の世界では常識かもしれないよ。出ないと困るし」

「……恥じらいがあると……、もう少し可愛く見えるんだけどな」

 

 出すものを出した人虎(ジンコ)の娘の顔は獣特有の笑顔だった。

 突き出た鼻に裂けたように広い口。

 輝く瞳は自信に満ち溢れている。

 何かで読んだのか、聞いたのか忘れたのだが、獣人(ビーストマン)は人前で排泄行為をするのは求愛の(あか)しだとか。

 人虎(ジンコ)に僕は気に入られたって事か。

 

第八話 鳥人(バードマン)

 

 本来は猛禽類のような姿の鳥人(バードマン)なのだが僕、ンフィーレアの目の前には小さな姿の鳥人(バードマン)と言い張る生物が居た。

 知る人が見ればペンギンと声を揃えて言うでしょう。

 城塞都市エ・ランテル近郊にある古めかしい遺跡『ナザリック地下大墳墓』より訪れた客人で『エクレア・エクレール・エイクレアー』という。

 ネムより低い背丈かもしれない小さな客人は当然複製(クローン)ではない。

 自我のある立派な鳥人(バードマン)だ。

 

「これ、ほしい!」

 

 と、早速ネムに掴まるエクレア。

 短い手足では人間の少女の素早さに耐えられないのでしょう。

 

「はっはっは。お嬢さん、私は客人だぞ。ちゃんともてなしてくれないと困るじゃないか」

 

 執事助手という肩書きに誇りを持つエクレア。ただし、移動には奇怪な使用人の手を借りなければならないという不便さがあります。

 主にエクレアを小脇に抱えて運ぶという。

 

「ネム、その方はゴウン様の大切な部下さんですよ」

 

 ゴウン本人からは特段、扱いに関して何も言及されていない。

 そっちにペンギンが行くから適当にあしらっていいぞ、とは言われた。

 

「申し訳ありません、エクレアさん。ネムが大変失礼を……」

「いやいや、子供は元気な方がいい。さて、そろそろ離してくれないかね?」

「ヤダー」

 

 すっかり気に入られたエクレア。

 焼いたら美味しそう、という言葉がンフィーレアの脳裏を(かす)めたが我慢する。

 小さいせいか、丸々と太った肉厚な鶏肉に見えてしまった。

 食欲をそそるような姿をしている。

 

「わ、私を昼食の一品に添えるような眼で見るんじゃない!」

「失礼しました。……それで今日はどのようなご用件でしょうか?」

「ふむ。私が()()()()()()のナザリック地下大墳墓と友好関係にある村ならば()()支配下も同然ではないか。そんな村を視察しにきたのだ。何か問題でもあるのか?」

「そ、それは……、凄いですね」

 

 ゴウンさんからペンギンが何を言っても本気にするな、と言われているので聞き流す。

 

()()()()()()()()、ですか?」

「私の()()()()()()()にケチをつけるのかね?」

 

 小脇に抱えられる事は当然のことなんだ、と呆れつつ感心もした。

 ネムに捕まっている事はそれほど嫌っているわけでも無さそうなので少し安心した。

 

「さあ、小さき友よ。村を案内するのだ」

「りょうかいしました」

 

 元気良く返事をするネム。

 たったったっと軽い足取りでネムはエクレアを持ったまま移動した。

 

「ゴウンさんの部下は色んな人が居て楽しいね」

「そうね。……いい人達に出会えて良かった……」

 

 少なくともエンリは日々、充実している。

 帝国兵に襲われてから心休まる日々はもう来ないと思っていたのに。

 賑やかな人間、というか種族が顔を見せに来る。

 怖い人から楽しい人。

 人というか、モンスターが。

 どれもが友好的で驚かされる。

 少なくとも普通の人間よりも優しいと言える。

 

第九話 女淫魔(サキュバス)

 

 僕、ンフィーレアが管理している『マグヌム・オプス』には多くのモンスターが保管されています。

 どのモンスターが一番多いかと問われれば『女体』と答えた方が早いほどメスのモンスターがとにかく多いです。

 

 不細工なオスは要らぬ。

 

 それを地で行くような気がします。

 オスが居ないのに繁殖などはどうするのでしょうか。

 アインドラ伯爵は増殖させる気は無いらしく、繁殖については何も言及していません。

 増やす気が無い。またはオスを必要としない方法がある、とでもいうのでしょうか。

 これだけの物騒な施設を作り上げるのですから僕如きには分からない高尚なお考えでもあるかもしれません。

 ゴウンさんもたくさんのモンスターを保有しているそうですが、こちらはオスメス問わず揃っています。もちろん、所有していないモンスターも多数居るようで、この施設に見学に来る事はよくあります。

 ゴウンさんも珍しいモンスターには興味津々なご様子でした。

 数の多く居る『メイド』の中に女淫魔(サキュバス)が当然のように居ます。

 牛に似た角を頭頂部に生やし、腰から大きな鳥に似た翼を生やし、悪魔の尻尾のようなものを生やして居る者も居れば生えていないのもいます。

 個人差があるようですが、種族は同じようです。

 この女淫魔(サキュバス)達も複製(クローン)ですが、保守管理の仕事に従事していて黙っていると大人しい人達です。

 ただ、声をかける相手によって様々な嫌がらせをするので覚悟が必要です。

 時には全裸になって男性を困らせたり、とにかく色々と大変な事になります。

 

 

 『メイド』の総数はおよそ五十人。

 その五十人でも『マグヌム・オプス』を管理するのは大変かもしれません。

 色んな物が置いてありますし、とにかく広いんです。あと、天井が高く、精霊(エレメンタルなど)系や粘体(スライムなど)系が監視や掃除を担当しています。

 僕の仕事はもちろん管理保守。

 この女体モンスター達は命令以外のことが出来ない事があります。あとは外部から来るお客さんの対応でしょうか。

 不届き者が来ると一気に危険な空気に変わるので毎回、生きた心地がしないです。

 黙って見ている分には女性に囲まれた素敵な職場なのでしょうけれど。

 この施設に居る一番危険なモンスターは先に出た『黒い仔山羊(ダーク・ヤング)』と眠れる(ドラゴン)達を除けば、後は容器に入れられたモンスター達くらいです。

 一応、全ての部屋を完成する前に見せてもらったことがありますし、他に巨大で邪悪なモンスターというのは見た事がありません。

 身体の大きな三相の悪魔(ヘカテー)という女性のモンスターくらいでしょうか。

 粘体(スライム)系で危険な物もいるようですけど。

 

「ンフィーレア君。今日の業務は終了しました」

 

 と、女淫魔(サキュバス)のメイドが言いました。

 このモンスターは数としては五体ほど。決して多いわけではありません。

 様々なモンスターにメイドをさせているので、数ヶ月ごとに入れ替えが(おこな)われたりします。

 完全に人間にしか見えない女神系とか。

 見目麗しいモンスターがとにかく多いです。

 もちろん観賞だけではなく研究対象でもあります。

 女体モンスターだけが特色ではありません。

 羊皮紙生産にフェルト造り、石鹸、羊毛の採取とさまざまな物資生産が(おこな)われています。

 女淫魔(サキュバス)は並みのモンスターではありません。一度、迎撃に回れば冒険者でも歯が立たないと言われています。

 ただ、決して人は殺さないように命令を受けていますが、命令は命令なので理解しているのかはまた別みたいです。

 人とモンスターの区別が付かないらしく、力加減も不慣れなところがありますので、僕が気が付いたところは止めに入る必要があります。

 

「では、休んでください」

 

 と、命令しない限り延々と僕の後を追い続けたりします。

 

 自我が無い。

 

 見た目は可愛いけれど命令で動いているだけの肉人形です。

 新たな命令が無ければ永遠に立ち続け、その身が滅びるまで次の命令を待つという。

 百年くらい経って自我が芽生えるまで、とゴウンさんは言っていましたが本当に自然と自我が芽生えるかは確認しようがありません。

 エンリは彼女たちをとても哀れんでいました。同時に自我が無い事が幸せなのではないかと。

 僕の命令だけを聞くわけではなく、一通り行動は出来るので知らない人が見ても気付きにくい側面はあります。

 本当に『自我』が無いのか、疑わしい事もあったりますが、そこはアインドラ伯爵(いわ)く、秘密があった方がいい、だそうです。

 それが良いのか悪いのかは僕には分かりません。

 見目麗しい彼女たちには幸せになってもらいたい。

 僕のささやかな願いでもあります。

 

第十話 赤帽子の小鬼(レッドキャップ)

 

 この『マグヌム・オプス』には『屠殺場(とさつじょう)』なる危険な部屋があります。

 冒険者を入れて強く鍛える場所だそうですが、とても血生臭い施設だとか。

 まあ、僕も使わせていただいたんですけどね。

 様々なモンスターをただひたすらに殺し続ける。その名に恥じない場所です。

 天井は無駄に高いですけど、広い部屋に数千体のモンスターを収容できるので大量殺戮を可能としています。

 序盤は小鬼(ゴブリン)悪霊犬(バーゲスト)など。

 そこからどんどん強力なモンスターが投入されていきます。もちろん女体モンスターもそれなりに強いのでやって来ます。

 その中でも中盤から出てくる赤帽子の小鬼(レッドキャップ)は相対した冒険者の殆どが恐れおののきます。もちろん、僕もですけど。

 弱い冒険者にとって倒しにくいモンスターで、これが千体規模で迫ってくる。

 赤い色が視界いっぱいに埋め尽くすと人は恐怖心から武器を握る手が硬直したり、失禁したりと身体的に色々と悪影響が出始めます。

 そんな恐怖に負けずに頑張れば強くなれるのですが、実際は甘くない。

 それがたとえ無防備の赤帽子の小鬼(レッドキャップ)であっても。

 

 何もしないモンスター。

 

 慣れた人なら何でもないけれど、()()()何もしない保証は無いので怖いです。

 実際の赤帽子の小鬼(レッドキャップ)は素早くて強いです。

 あと、強いモンスターというのは身体も硬い。

 武器の通りが悪い、とも言えます。

 リ・エスティーゼ王国の最強の戦士『ガゼフ・ストロノーフ』さんでも数百体の赤帽子の小鬼(レッドキャップ)に苦戦したという。

 何もしていない赤帽子の小鬼(レッドキャップ)に。

 黙っているモンスターに苦戦するというのは体験したものにしか分かりません。

 無防備を命令されているので、もちろん攻撃に転じる命令を与えれば本来の強さを知ることが出来ます。

 数体で王国の討伐隊数千人を駆逐できるだけの力があるそうです。

 さすがに人間側の殺戮は見たくないので、本当かどうかは確認していませんが、事実なのでしょう。

 身体は普通の小鬼(ゴブリン)と同じくらいなのに凶暴さは断トツ。

 ゴウンさんが言うには死の騎士(デス・ナイト)よりも強いそうです。

 僕も何度か死の騎士(デス・ナイト)死の騎兵(デス・キャバリエ)の強さを見せてもらいましたが、あれらよりも強い、というのが信じられません。

 身体の小ささを生かした戦略でもあるのでしょう。

 伝説のアンデッドとして有名な魂喰らい(ソウルイーター)にも勝つかも、とか言われるとどれほど強いのか、もう分かりません。

 それだけなら普通の凶悪なモンスターで終わりますが、この『マグヌム・オプス』は常識外れです。

 戦闘で打ち漏らした赤帽子の小鬼(レッドキャップ)などは女淫魔(サキュバス)などのメイド達に普通に討伐されて処分されていきます。

 いとも簡単に。

 野菜を収穫するように首を撥ねていく。

 自我が無いので恐怖心を感じない、のかもしれませんが、そう簡単に処分できるようなモンスターではないはずです。

 さすがに『黒い仔山羊(ダーク・ヤング)』を一撃でかち割ったりはしなかったのですが、数十人規模の魔法や斬撃、様々な特殊技術(スキル)などによる怒涛の攻撃で撃破する(さま)は壮観というか、とにかく凄かったです。

 無防備だから倒せたともいえますけどね。

 この施設ではとにかく赤帽子の小鬼(レッドキャップ)程度は雑魚モンスターに過ぎない。

 本当に恐ろしいのは『マグヌム・オプス』を作り上げた人物でしょう。

 ゴウンさんすら驚いていたくらいです。

 

第十一話 首無し騎士(デュラハン)

 

 ゴウンさんのところには首無し騎士(デュラハン)というアンデッドモンスターが居るそうです。

 アンデッド系を多く所有するゴウンさんとは趣味が合うのか、時々疑問に思いますが、あちらは戦闘用に色々と揃えているらしく、僕のように国の発展のためや市民生活のためとか、とはまた違うんでしょう。

 死の騎士(デス・ナイト)で家を建築できるのか、と言われれば首を傾げます。

 馬車に魂喰らい(ソウルイーター)を使う利便性とか。

 戦闘から市民生活に合わせるのは容易ではありません。

 従者の動死体(スクワイア・ゾンビ)はただただ厄介なアンデッドです。

 問題の首無し騎士(デュラハン)ですが、首はありました。

 あと、美人です。

 騎士ではなくメイドの姿なのでなんと呼べばいいのでしょうか。

 首無し騎士の女中(デュラハン・メイド)とかでしょうか。

 夜会巻きの(つや)やかな黒髪に()()()レンズの入っていないメガネをかけていて、棘付きのガントレットを装備した戦闘メイド。

 

「ごきげんよう」

 

 丁寧な物腰。

 軽く頭を下げるのだが、本当に首無し騎士(デュラハン)なのか疑わしい。

 だけど首はちゃんと取れる。

 モンスターに見えないくらい人間的で、自然な振る舞いだった。

 

「モンスターらしい首無し騎士(デュラハン)とはどういうものなのでしょうか?」

 

 伝説に出てくる首無し騎士(デュラハン)は同じく首の無い馬に乗って小脇に自分の首を抱えて駆け回る。

 死を告げるモンスター、などとも言われている。

 

「……ああ、首無し馬(コシュタ・バワー)が居ないから……」

「絶対に馬に乗らないとダメって意味じゃないですよ」

首無し馬(コシュタ・バワー)は居ないわけではありません。乗ったままお邪魔するのは失礼かと思いまして……」

 

 メイドの格好で馬に乗れるのか、という疑問が浮かんだ。

 

「こちらこそ、すみません」

 

 ネムが早速首無し騎士(デュラハン)の『ユリ・アルファ』さんに近づく。

 ゴウンさんの部下は大体、ネムと顔見知りになっていた。

 

「またお会いできて嬉しく思います、ネム様」

「おねえちゃん、首が取れるのいたくないの?」

「そういう種族なので平気でございます。いちいち痛がっていたら首無し騎士(デュラハン)としてやっていけません」

 

 火蜥蜴(サラマンダー)が暑さに弱いとか、致命的だと思うように。

 ユリさんはネムの目の前で自分の首をはずしてみせる。

 接合面は青白い炎が(とも)っていて、それはアンデッドの生命力の具現のようなもので触れても火傷しない。

 実際に触らせてくれた。

 首無し騎士(デュラハン)は生まれた時から首無し騎士(デュラハン)だそうで首を切断されてアンデッドになった、というわけではないそうです。

 全ての首無し騎士(デュラハン)が同じとは限らない、という説明が続く。

 

「うちのルプスがいつもお世話になりまして……。ご迷惑をお掛けしておりませんか?」

「い、いいえ。明るい娘さんなので村人と仲良くしてもらっています」

 

 ルプスこと『ルプスレギナ・ベータ』という赤い髪を三つ編みのツインテールにしていて褐色の肌は健康的な雰囲気をかもし出す女性。

 体型もよく胸も大きい。

 そして、伝え聞いたところでは人狼(ワーウルフ)というモンスターだとか。

 人前で正体を安易に見せないそうです。実際に真の姿とやらは一度も見た事が無い。

 狡猾で残忍な性格、と言われているけれどネムとは仲良しです。それが演技かもしれない、という不安は少しあるけれど。

 

 

 ユリさんは異形種だけど特段、人間を食べたりするような事は無く、はた目にも異形っぽさが見当たらない。

 頼めば首を外してくれる。その時になって()()()()()()()()()()と改めて驚かされる。

 

「確かに私はアンデッドの首無し騎士(デュラハン)ではありますが、一般的な伝承にある通りの行動を取るつもりはありません。モンスターとしての特性はあるかもしれませんが、それ以外は皆様とそれほど乖離しているとも思えません」

 

 柔らかい物腰で丁寧に説明してくれるユリさん。

 姿勢も良く、これがアンデッドモンスターだと誰が信じられるのか。

 ちなみにアンデッドなので治癒魔法や回復ポーションはさすがに扱えないとのこと。

 自然治癒力が強いわけではないので、どうやって回復するのかと思い尋ねてみた。

 

「私共には聖職者(クレリック)などの信仰系を嗜んでいる者がおりますので。アンデッドの回復手段は一通り……」

「後学の為にいくつか教えてはもらえませんか?」

「……そうですね、アインズ様もご利用なさる都合もありましょう。こほん、ではまずは『負の光線(レイ・オブ・エナジーネガティブ)』は離れた場所に居る相手にかける魔法としては比較的優秀な魔法でございます。続いて『致死(リーサル)』は第六位階の信仰系魔法でございますが、皆様にとっては大きな痛手となりましょう。高位の魔法としては『大致死(グレーターリーサル)』というものがあり、我々の中では一般的な魔法となっております」

 

 第六位階の信仰系魔法に『大治癒(ヒール)』があり、高位の神官(プリースト)職が扱う凄い魔法です。ただし、第六位階は知識でのみ知っている程度で扱える人は英雄級以上の人くらいでしょう。

 欠損した肉体の再生も出来る優れもの。

 この魔法の対極にあるのだからアンデッドも同じような効果を生むのでしょう。

 僕の知る中ではアインドラ伯爵に連なる者だけです。

 ちなみにアインドラ伯爵は信仰系第五位階『死者復活(レイズ・デッド)』の使い手です。

 

骸骨(スケルトン)だとどうなるんでしょうか?」

「破壊されても滅びていなければ再生魔法と同じく骨が回復いたします」

 

 肉体の治癒と違うとはいえ、骨が肉体のように回復する、というのは実際に見ないことには理解できないかもしれない。説明だけでも想像はつくのだが。

 

「では、首無し騎士(デュラハン)の場合、頭部を破壊されたら直るんでしょうか?」

「……いいえ、その時は滅んでしまうかもしれません。我が創造主『やまいこ』様の(げん)ではありますが、生物と同じようにアンデッドにも破壊されてはいけない部分があります。それを失えば首無し騎士(デュラハン)とて滅びます」

 

 だからといって首無し騎士(デュラハン)の頭部を安易に破壊できるわけがない。

 胴体が命をかけて守るでしょう。

 その胴体も心臓に当たる部分を破壊されてしまえば滅んでしまう、らしいです。

 

「弱点はありますが、簡単に破壊されるほど()()ではありません」

「すみません、弱点となるような事を聞いてしまって」

 

 僕は素直に謝罪するがユリさんは微笑んで許してくれた。

 

「我々も人間を殺害いたしますから……。敵の情報を知り、撃破するのは当然だと思います。首無し騎士(デュラハン)もそれ程、珍しいモンスターではないのでしょう?」

「い、いいえ、とても珍しいと思いますよ。少なくとも僕らの周りには居ません」

「あらら」

 

 ユリさんは口に手を当てて驚いていた。

 

「……でも、首を小脇に抱えるのですから、そこが弱点というのは……」

「弱点を守るのは至極当然ですね」

「はい」

 

 ユリさんは打撃系の職業(クラス)を持っているのでガントレットを主体とした戦い方を好み、メイドなのに物騒な姿なのは『戦闘メイド』だから、と言っていた。

 いわゆる正装というものです。

 お淑やかな外観とは裏腹に武闘派である。

 他に首無し騎士(デュラハン)らしいところを探してみたが見つからなかった。

 首を置いて彷徨(さまよ)ってみて下さい、という失礼な事はさすがに言えなかった。

 頼んだらネムの為ならやってくれそうだが、とても申し訳ない気持ちになりそうなので自制しました。

 

第十二話 自動人形(オートマトン)

 

 生物とアンデッドと来て次は人造物(コンストラクト)系モンスターである自動人形(オートマトン)のシズ先生がいらっしゃいました。

 

「……なにやら失礼な紹介をされた気がする」

 

 赤金(ストロベリーブロンド)という色合いの長いストレートヘアが風に揺れる。

 腰の辺りにまで伸びた髪の毛。

 迷彩柄のマフラー。眼帯。

 見たことも無い装備品を身につけている戦闘メイドの一人です。

 

「……ンフィーレア。……私はそこらのモンスターとは違う」

「はい、シズ先生」

 

 創作(クリエイト)系においてシズ先生の知識は夢の技術がいっぱい詰まっている。だからこそ敬称に『先生』と僕は付けています。

 

「……宇宙は広くて不安がいっぱい。……未知の探求者だけが挑戦を許される。……地上で安穏(あんのん)としている人間のまま一生を終えるほうが賢い。……けれども時には愚か者になる事も必要」

 

 シズ先生の言葉は難しい。けれども挑戦する者には様々な解説をもたらしてくれる。

 

「……『フェルト』造りは順調?」

「石鹸の製作に手間取っています。なかなか灰や油を()()に調達するのが大変で……」

「……素材調達は基本にして難関。……焦ってはダメ」

「はい、シズ先生」

 

 フェルトというのは羊毛などを固めて作る素材です。

 断熱材として優秀で、僕はそれを大量に作る方法も研究している。

 石鹸が必要なのはフェルトを固めるのに必要だからです。

 正確には『石鹸水』なのだが。

 羊毛は石鹸水に浸すと固まる性質がある。そして、それを重量のある『黒い仔山羊(ダーク・ヤング)』に圧縮してもらうんです。

 超重量のモンスターも使いようによっては優秀だが、十メートル規模の巨体を持っているので砂漠地帯まで運ばなければならない。

 人気(ひとけ)の無い場所であり、もう一つの断熱材である『シリカ』の宝庫です。

 こちらはメイド達によって作られているので問題は無いのだが、砂漠地帯特有の暑さに何人かのメイドを熱中症で死なせてしまった。

 日中の作業は控えさせているのだが、暑さ対策に頭を痛める。

 メイドといっても『複製(クローン)』なので替えは利く。だが、実際に人を雇えば替えなど利かない貴重な労働力なのでしょう。

 生命力に(あふ)れたメイドなので蘇生魔法で現場復帰してもらっている。

 アインドラ伯爵も安易に命を粗末にせず、色々と研究せよと言ってくれている。

 失敗は研究にはつきものです。

 色々と悩んで後世に残せばいい。

 

「……出来たフェルトの一部は販売しているの?」

「建築関係の人には好評です」

 

 資金調達も大事とシズ先生は言っていた。

 

「……天然素材は優秀。……時間はかかってもいいが、続けることは大切。……これからも精進するように」

「はい」

 

 シズ先生の種族である自動人形(オートマトン)は秘密と言って詳細は教えてもらえない。

 動像(ゴーレム)より凄い、とゴウンさんは言っていた。

 謎がある方が楽しみもあるけれど、と思って詳しく聞くのは今は諦める。

 宇宙にでも行けば教えてくれるかもしれない。

 

 

 シズ先生は無表情が多いけれど僕が特殊技術(スキル)で用意した特製の飲み物はよく飲んでもらっている。

 この飲み物は人間には飲めたものではない油そのもののようなものだけどシズ先生にとっては必需品らしい。

 種族的な好みがあるんでしょう。

 

「……これは自動人形(オートマトン)にとっての活力源」

 

 そう言っている顔に変化は見られないが喜んでいるのかもしれない。

 アンデッドと違い、治癒魔法や回復ポーションでダメージは受けない。

 専用の回復魔法を必要とするようだが、高い治癒魔法も効果があるとか、ないとか。

 高度な専門職の知識が豊富。

 シズ先生は戦闘に特化しているけれど創作(クラフト)系には興味津々のご様子だった。

 ゴウンさんが言うには表立って外に出せない秘蔵っ子だとか。

 

第十三話 内臓の卵(オーガン・エッグ)

 

 僕ばかりモンスターに触れ合っても仕方が無いのでネムにも触れ合えるモンスターについてゴウンさんに相談してみました。

 丸い身体を持ち、宙に浮くアンデッド。

 

 内臓の卵(オーガン・エッグ)

 

 身体の前面部が縦に割れていて、そこから大量の内臓がこぼれ出ているモンスターです。

 見た目には不気味なのですが飼うには丁度いい、とおっしゃっていたので見せてみました。

 案の定、泣き出す始末。いえ、普通の反応で安心しました。

 エンリには引っ叩かれましたけれど。

 

「このユーモラスなモンスターの良さが分からんとは……。女とは難しいな」

「……世間一般の反応としては間違っていないと思います」

 

 丸ければ何でもいいと思っているのかもしれない。

 確かにゴウンさんにかかれば内臓の卵(オーガン・エッグ)も可愛いアンデッドモンスターなんでしょう。

 言う事を聞く素直なところを見ていると可愛げが、あるように見えてくるのかな。

 僕の知識では内臓の卵(オーガン・エッグ)は自らの体内に納めている(おびただ)しい腸を敵に絡めて相手の身体を潰す危険なモンスターです。

 城塞都市エ・ランテルの墓地に生息していて兵士達を襲うという。

 割と強い部類なので複数人でかからないと死人が出ます。

 

「ネムが泣くほどなら……、仕方ないな」

 

 ゴウンさんも子供の涙には弱いようです。

 折角呼んだモンスターなので色々と調べてみようと思います。

 

 

 ゴウンさんは基本的にアンデッドモンスターが好みのようで、様々なおぞましいモンスターと触れ合っています。

 戦闘に際して優秀なモンスターほど自慢する傾向にあり、可愛げは二の次のようで困ります。特にエンリにとっては。

 死の騎士(デス・ナイト)もエンリにとっては凶悪な顔をしているので触れ合うのは躊躇(ためら)われています。

 

「ネムよ、このモンスターは嫌いか?」

「……もっと可愛いのがいい……」

「可愛くないのか? 丸くて強いのに」

 

 腸をたくさん出している不気味な身体のモンスターを可愛い、と言った事がある子供を僕は一人も知りません。

 

第十四話 疫病爆撃手(プレイグ・ボンバー)

 

 諦めないゴウンさんは続いて疫病爆撃手(プレイグ・ボンバー)なるモンスターを連れてきました。

 内臓の卵(オーガン・エッグ)をもっと腐らせたような病的な姿ですが丸い身体です。

 丸いというか、今にも爆発しそうなほど身体を膨張させています。

 説明によれば負のエネルギーを溜め込んでいて、倒すと爆散して敵にダメージを与える。

 溜め込んでいるのが負のエネルギーなのでアンデッドにとっては回復手段の一つとなるのだとか。

 丸い身体は内臓の卵(オーガン・エッグ)と一緒ですが、こちらはより丸いので転がったり弾んだりして移動する。

 ボールのようなものと一緒なので子供でも喜ばれるはずだと。

 

 そんなことは無かったけれど。

 

 ネムがまたも泣きました。

 僕はエンリに胸倉をつかまれて大変です。

 

「こんな気持ち悪いモンスターは連れてこないで!」

「で、でもゴウンさんの好意だから……」

 

 きっ、とゴウンさんを睨むエンリ。さすがのゴウンさんも顔をそらすほどエンリの激怒は怖かったようです。

 僕も怖かったけれど。

 

「このモンスターはよく弾むんだ。遊び相手としては……」

「……でも爆発するんですよね?」

「……はい」

 

 冷たい氷のナイフのようなエンリの言葉にゴウンさんは素直になりました。

 

「負のエネルギーを撒き散らすんですってね」

「そうそう、それで仲間のアンデッドを回復させる便利なモンスター……」

「子供は人間です!」

「……そうでしたね。普通の人間には危険なモンスターです、はい……」

 

 ネムを喜ばせようとゴウンさんが気を利かせてくれたのに僕達は文句ばかり言うのも気の毒で仕方がありません。

 ですが、人間にはやはり危険なモンスターなのも忘れてはいけないんでしょう。

 子供には危険かもしれませんが、ゴウンさんにとっては可愛いモンスターのようで、とても可愛がっていました。

 便利で頼もしいモンスターだと。

 人間の子供の遊び相手としてはきっと、不向きなんでしょう。

 

第十五話 魂食の悪魔(オーバーイーティング)

 

 二度ある事は三度ある。そんな言葉がゴウンさんの口から出たけれど、今回のモンスターはアンデッドではなく悪魔であるという。

 膨れ上がった身体。翼が無いのに宙に浮くことができる。

 本来は大人の人間を丸呑みできるほど大きな口を持ち、丸く膨れた腹には食べた人間の苦悶の表情が浮かぶという。

 共通点としては丸くて大きいモンスターである、ということ。

 

 ()()()()()()ネムは泣いて僕はエンリに殺されそうになりました。

 

 僕のせいではないのですがエンリに叱られる役目を負っているようです。

 翼が無いのに空を飛ぶ不思議さが売り、とゴウンさんは言いますが人間を丸飲みにするのが好き、というところが失敗だったようです。

 ゴウンさんにとっては丸くて可愛いモンスターを連れて来たつもりだったのでしょう。

 子供には(つら)いですね。たぶん、僕が子供でも泣きますよ。

 ただでさえ『黒い仔山羊(ダーク・ヤング)』でも泣いたんですから。こちらはただ巨大だっただけでは、と思っていたんですけどね。

 ちなみに、この魂食の悪魔(オーバーイーティング)という悪魔はゴウンさんの部下のデミウルゴスさんが用意してくれたモンスターです。

 ネムの為に丸くて可愛いモンスターを、と選んでくれたそうです。

 

「すみません、ゴウンさん」

「ネムには早かったのかな。このモンスターの素晴らしさを知るのが」

 

 ネムが泣いた事を伝えたらデミウルゴスは悲しむだろうな、という呟きが聞こえてきました。

 僕は悲しくなりましたが、無理に慣れさせるのもネムにとって良くない気がします。

 他に丸くて可愛いモンスターがどんなものが居るのか聞いてみると『集眼の悪魔(アイボール・コープス)』という二メートルほどの球形で、桃色の身体。

 白濁した眼球を寄せ集めたような姿をしている。

 監視としては優秀なモンスターで戦闘能力は若干低い。

 夢に出て来て、うなされそうな姿に僕は言葉を失いました。

 一日に四体が限界と言われても困りますけど。

 

「可愛いモンスターは居ないんですね」

「戦闘に特化したモンスターしか……」

 

 ゴウンさんの特殊技術(スキル)で出せるモンスターに期待してはいけないんでしょう。

 ネムの為に色々と尽力してくれるのはありがたいですけど。

 エンリもあんなに怒らなくてもいいと思うのですが、カルネ村の村長になってから人食い大鬼(オーガ)より怖くなりました。

 今のエンリは確か赤帽子の小鬼(レッドキャップ)より強いとアインドラ伯爵が言ってましたね。

 

第十六話 針山の槍(スピアニードル)

 

 アンデッドや悪魔では不評だったゴウンさんが可愛いものを()()()探してくれました。

 今回のはエンリも可愛いと言ってくれたのですが、二メートルの大きさなので嫌な予感がしました。

 見た目は白い兎。顔も可愛い。

 針山の槍(スピアニードル)と呼ばれる魔獣は戦闘時には体毛を硬い針に変えて襲って来るそうです。

 戦闘時の見た目から名付けられたのでしょう。

 ですが、普段の体毛は人間が触っても柔らかいと言われるくらいふっくらしたものです。

 

「アウラが命令しているから戦闘態勢には入らない。余計な敵が来ない限りだが」

「……それはそれで不安ですけど」

「でも、ふかふかだわ~。顔も可愛いし」

 

 一般人には脅威のモンスターであることには変わらない。

 出来るだけ温厚にするように命令されているようで、アウラさんが側に控えていました。

 ネムもさすがに泣いたりせずにふかふかを堪能(たんのう)して笑顔になってくれた。

 ゴウンさんは小さな女の子の笑顔を見て、安心したようです。

 

 

 ちなみに柔らかな体毛を手に入れる場合は警戒を解いている状態で一撃で仕留める必要があります。

 針のように尖らせたままで倒すと元に戻らないという。

 

「……そういう物騒なことは聞きたくなかった……」

「いやまあ、そういうモンスターだから。だが、これはこれで可愛いだろう?」

「……はい。ふかふかで気持ちがいいです」

 

 不満げだがエンリは納得してくれた。

 顔面を殴られると思っていて警戒していたが、今回は気に入ってくれたようです。

 

「ゴウン様、ありがとう」

「喜んでくれてなによりだ」

「だいじに飼うからね」

「……ん?」

「あっ、ネム! このモンスターは頂き物じゃありませんよ」

「ええ~!」

「はっはっは。このモンスターはとても貴重でね、ネム。会わせることは出来るがあげることはできないんだ。申し訳ないな」

 

 貰えないと分かってがっかりするネム。

 

「私のモンスター達は人にあげるようなものではないからね。そうだな。可愛いモンスターを見つけたら、ネムにあげよう」

「ほんとう?」

「すぐには無理だがな。なにしろ、欲しいと思うモンスターはなかなか見つからないものだ」

 

 蜥蜴人(リザードマン)をあげるわけにはいかないし、とゴウンさんの呟きが聞こえた。

 アインドラ伯爵が所有するモンスターの大部分は『複製(クローン)』だし、ネムの為に用意するのは意外と大変だと思った。

 

第十七話 蜥蜴人(リザードマン)覚醒(アウェイクン・)古種(エルダーブラッド)

 

 今日は白い蜥蜴人(リザードマン)のクルシュ・ルールーさんが遊びに来てくれました。

 普段はナザリック地下大墳墓の第六階層で他の蜥蜴人(リザードマン)達の特訓や健康管理などをしている女性です。

 亜人種ではあるけれど人間に対しては友好的な人です。

 

「クルシュさんだ~」

 

 怖がるどころか自分から抱きつくネム。

 白い身体は呪われた証拠、と言われていた。

 つぶらな赤い瞳は白子(アルビノ)の特徴ではあるけれど、ネムは綺麗な瞳と絶賛した。

 普段から小鬼(ゴブリン)達と触れ合っている為に人間以外の種族と触れ合う事に免疫があるようです。

 それでも気持ち悪いモンスターは嫌がるもよう。

 女の子だから、なのか。

 ネムにもちゃんと好き嫌いがある、という事なのか。

 蜥蜴人(リザードマン)の中でも異質な存在であるクルシュさんは女性であるためか、見た目は攻撃的には見えず。

 オスの蜥蜴人(リザードマン)は刺さりそうな鱗がびっしりと張り付いている。

 刺さりそう、というか触ると手が切れそう、というか。

 尖っている鱗。

 クルシュは撫で付けられそうに突起類が見当たらない。

 突起類というかガリガリと引っかかりそうな部分が。

 子供のネムがクルシュの肌に触ってもケガしない。

 これが他の蜥蜴人(リザードマン)なら傷だらけになっている事でしょう。

 蜥蜴人(リザードマン)の鱗は硬い。それだけで凶器と言えるし、戦闘に役立てている。

 

 

 亜人は人間より肉体的に強固で鎧を必要としないほどです。

 それでも魔法を受ければケガをする。

 クルシュ達は背丈の平均値が高く、始めて見る人間は大体怖がる。

 蜥蜴人(リザードマン)は見た目は怖いけれど平和主義者で争いごとから避ける意味で近隣の『トブの大森林』でひっそりと暮らしていた。

 穀物類を主食とし、慎ましやかな生活を送ってた。時には飢えに勝てず部族単位で争う事もあった。

 クルシュもそんな経験を経てきた者の一人だ。

 現在は魚の養殖をはじめ、部族全体で飢えない方法を模索している。そして、人間と触れ合い、エンリと共に更なる食糧確保に邁進(まいしん)していた。

 

「森は多くの恵みをもたらすと言われておりますが、田畑の開発が意外と難しいのですね」

「そうですね。自然を壊さない、という条件を守ろうとすればどこかで齟齬(そご)がでてしまいますものね」

 

 クルシュ達の住んでいる場所の近くには湖があり、水源の確保には問題が無かった。

 ただ、沼地が多いせいで水気の多い。

 水田の開発を進められているのだが、蜥蜴人(リザードマン)は意外と不器用だった。

 狩猟に長けた肉体なので細かいことには不得手な部分がある。

 確かに森には動物が豊富なので畑仕事より、男らしい得物を追い回す文化が発達していても不思議は無い。だが、獲物は逃げる。

 獲物だって生きる為に餌を求める。

 必然的に食べるものが限定されてしまえば全体的に食料が減るのは当たり前だ。

 無いものは増やすしかない。

 無いなら奪えばいい、というのが今までの歴史だ。そうして部族で争い続け、数を減らしてきたのだから。

 そんな中、謎のアンデッドの軍団に襲われて蜥蜴人(リザードマン)は絶滅の危機に立たされた。

 首謀者は『アインズ・ウール・ゴウン』という強大な力を持つ未知の敵だった。

 戦闘は熾烈を極め、アインズの部下である虫の巨人『コキュートス』一人に全ての戦士は倒されてしまった。

 本来なら絶滅していてもおかしくない。

 戦闘を終えて戦士の戦いに何かを感じたコキュートスの嘆願(たんがん)により蜥蜴人(リザードマン)はアインズの軍団に取り込まれることになった。

 戦う力を失った蜥蜴人(リザードマン)に拒否する権利は無かった。

 

「強制労働とか性奴隷とか危惧(きぐ)していたのだけど……。森開発という任に少し驚いたわ」

「笑い事ではないのだけど……、災難でしたね」

「強大な敵に負けてよかったのかもしれません。蜥蜴人(リザードマン)は世間を知らなすぎました。絶滅を免れただけ幸せなのかもしれません。特に亜人を嫌うスレイン法国の者達よりゴウン様は慈悲深い方で良かった」

 

 アインズだけではなく助命を嘆願したコキュートスと蜥蜴人(リザードマン)は良い付き合いをしている。

 多くの戦士たちを訓練させ、己の身や部族を守る方法を教えてくれる。

 食料に関してはカルネ村を紹介し、エンリと出会って多くを学んでいる。

 合間にアインドラ伯爵という邪悪な存在に複製(クローン)作りの為に身体を切り刻まれてしまったけれど。

 

 

 己の複製(クローン)をアインズに捧げた事で蜥蜴人(リザードマン)の存在を守護する約束は取り交わせた。

 後は自分たちで生きるすべを学んでいく。

 

「畑は順調ですか?」

「日照条件が厳しいので発育が思うように行きません」

 

 同じ作物を作り続けることが出来ない、と聞いた時は首を傾げたものだ。

 湿度の高い湿地帯で育てられる野菜などを色々と持ち込んでは研究する毎日だ。

 作物が出来る間の食料調達はエンリが(おこな)っている。

 農家(ファーマー)職業(クラス)レベルが高く、収穫者(ハーヴェスター)も得て多くの作物の確保に役立てている。

 現在は村長(ヴィレッジ・チーフ)職業(クラス)レベルも確保しているので大農園を開発中だ。

 今のエンリはリ・エスティーゼ王国では名の知れた農業経営者になっている。

 アインズが言うには『ぱわーれべりんぐ』の影響だとか。

 諸悪の根源であるアインドラ伯爵、恐るべし。

 伯爵というか『マグヌム・オプス』という施設を作り上げた者だが。

 

「水耕栽培が上手くいかない時は『上手くいくように自作』するしかないですね」

「じさく、というのは自分で新しく作る、という意味ですか?」

「道具とか作ったり、ですね。自然そのままでは限界があるでしょう。生簀(いけす)を作るのと一緒です。ンフィー、ちょっとアイデアを貸してあげて」

 

 丸投げされて僕、ンフィーレアは苦笑しました。

 頼られるのは嫌ではありません。

 僕はエンリが喜ぶ事をするだけです。

 とはいえ、簡単にアイデアは出ないので現地に行って必要な道具を選定する必要があります。

 おそらく、効率的な水耕栽培の装置を作ることになるでしょう。

 日照条件の悪い中でも育つ作物の中に『貝割れ大根』や『もやし』類があります。

 蜥蜴人(リザードマン)は肉食より菜食主義者が多く、野菜類を育てる事自体に抵抗が無くて助かります。

 肉しか食べない、と(かたく)なに言われるものだと最初は思い込んでいました。

 

「土を必要とせず、水だけで出来る野菜の開発もしているので。おそらく湿地帯でも育てられる作物があるかもしれません」

 

 人はそれを『品種改良』と呼ぶ。

 地域によって適した作物を開発する事はとても大事だ。

 木の実だけでは生活できない。

 足りない栄養は精神的にも肉体的にも多大な影響を受けてしまう。

 食料がなければ同族を食べればいい、というわけにはいかない。

 

「ンフィーレアさん、よろしくご指導(たまわ)りませ」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 

 お互い礼を言った後、地域の説明が続く。

 ネムは真面目な話しが始まって少し退屈していたがクルシュが気を利かせて尻尾で彼女の相手をしてくれた。

 意外と器用な白き蜥蜴人(リザードマン)も一児の母なので子供の扱いは得意だと自負していた。

 それがそのまま()()相手に通じるとは限らないのだが。

 

第十八話 二重の影(ドッペルゲンガー)

 

 下等生物の宝庫を前にして『戦闘メイド』の『ナーベラル・ガンマ』はニヤケ面を晒していた。

 このところ外装である人間の顔の調子が悪い。

 意味も無く笑う事にアインズが頭を痛めていた。

 病気なのではないかと心配するほどだ。

 なにせ、自分の意思ではないと言っていたのだから。

 高位の治癒魔法も通じない。

 

「エヘっ」

 

 勝手に出る笑い声。

 至高の御身を前にしても出てくる謎の現象。

 さすがに咎められる事態ではないのでナーベラルについては原因の調査を依頼する。

 

「ヒッ」

 

 と、引き付けを起こすような声が勝手に漏れ出る。

 

 もう死にたい。

 

 そうナーベラルが思い込むほど事態は深刻だ。

 

「ナーちゃんが病気とは……。前から下等生物と連呼していて頭がおかしいとは思っていたっすけど」

 

 同僚の『ルプスレギナ・ベータ』はナーベラルの状態を笑う。

 

「こらこら」

「んー、ナーベラルの肉体自体に異常は見当たらないんだけどね」

 

 と、毒物に詳しい暗殺者(アサシン)の『ソリュシャン・イプシロン』が言う。

 

「ならぁ、顔全部ぅ食べてみようかぁ?」

 

 仮面蟲の奥から喉を鳴らす同僚の『エントマ・ヴァシリッサ・ゼータ』が言い、それを『七姉妹(プレイアデス)』の副リーダー『ユリ・アルファ』が(たしな)める。

 

「……しゃっくり、という可能性はゼロ?」

 

 無表情の『シーゼットニイチニハチ・デルタ』こと『シズ・デルタ』が進言する。

 

「しゃっくりなら笑わず、声だけでは? 呼吸器系も問題なしよ」

「あれっすか? 驚かして止めるとか」

「アインズ様のお叱りに驚かないナーベラルではないわ。だから、その線は無いわね」

 

 本当にしゃっくりとしか言いようの無い連続した『ヒック』という声が漏れ出る。

 同時に顔は笑ったまま。

 

「……あー、二重の影(ドッペルゲンガー)特有の病気っすかね。オーバーリアクションが病気みたいな人が居るくらいっすから」

「アインズ様自らが生み出したシモベの悪口はいけません!」

 

 ユリの叱責にルプスレギナは頭を抱えて(ちぢ)こまる。

 

 

 そのアインズ自ら作り上げたというレベル100のNPC(ノン・プレイヤー・キャラクター)の名は『パンドラズ・アクター』という。

 種族はナーベラルの上位種『上位二重の影(グレータードッペルゲンガー)』だ。

 現在はナザリック地下大墳墓ではなく、カルネ村の視察に向かっていて留守にしていた。

 そのパンドラズ・アクターも実はナーベラルと同じ症状を(わずら)っていた。

 なので薬学に詳しいンフィーレアの元に訪れた次第だ。

 もちろん、これはナーベラルの治療の一環にも繋がる事なのでアインズ自ら外出を許可した。

 恥を忍んで、という一文は内緒にされて。

 

「通常の二重の影(ドッペルゲンガー)も存じ上げないのですが……、上位種は下位と何が違うのですか?」

「ヒッ、フッ。威厳っ!」

 

 胸に手を当ててもう片方の手は天に向かって突き出される。

 (しゃべ)るたびに大仰(おおぎょう)な態度なのでンフィーレアは対応に苦慮(くりょ)していた。

 ゴウンさんの知り合いは楽しい人が多くて賑やかだな、と。

 

「うむ、っふ。この姿でも症状がっ、ふ。続いているので、困っている」

 

 見た目には眼と口が穴になっていて外から見た限りは何かが詰まっているようには見えない。

 もちろん、相手の許可を得て空虚な部分を覗き込んだ。

 同僚であるナーベラルも似た顔だと聞かされた。

 普段は美しい女性の姿だが、本性である二重の影(ドッペルゲンガー)の素顔はパンドラズ・アクターに似ている、という。

 違いは色くらいか。

 後、指の本数とか細かい部分に差異があるらしい。

 軍服は仕様ではなく、アインズからの(たまわ)りものだと聞いている。

 医者(ドクター)の上位職業(クラス)である神の手(ゴッドハンド)を持つ僕の診断でもすぐに答えは出せない。

 もちろん、もっと突っ込んだ検査が必要なのだけれど、受けてくれるか心配だ。

 あと、このパンドラズって人は姿をコロコロ変える。

 気持ち悪いモンスターだなと思ったら脳食い(ブレイン・イーター)の『タブラ・スマラグディナ』って人の姿だと自慢してきた。

 治療に来て自慢するのはちょっと理解できない。

 半魔巨人(ネフィリム)の『武人建御雷』と言われても困ります。というか検査が怖いのかもしれない。

 ここは相手の好きにさせた方がいいのか。

 黙っていても、とてもうるさくなるのが困り者だけど。

 

「鈍器で気絶した方がいいですか?」

「……ごめんなさい」

 

 素直なところはゴウンさんに似ていた。

 聞けば生みの親だとか。

 いやでも、普段のゴウンさんは自慢する傾向にあっても、ここまでうるさくないですよね。あと大仰な身振り手振りはしないし。

 

「胸とかは苦しくないですか?」

「違和感は無い」

 

 僕も二重の影(ドッペルゲンガー)というモンスターを近くで見るのは初めてなのでどう診察したらいいのやら。

 モンスターの生態も勉強の一環として色々と頑張っているけれど、分からない事だらけだ。

 そういえば、呼び方を決めなければ。

 

「アクターで結構~だっ」

 

 そこでくるっと一回転されても困ります。

 

 

 頭部以外に違和感が無いらしいので服は脱がなくてもいいでしょう。

 当人は平気そうに振舞っても苦しいのかもしれない。

 少なくとも目上の人の前で痴態を見せるのは恥だと思っている。

 僕に見せるのは下等生物だから、とかかな。

 

「いきなり切ったりしないので、楽にしてくださいね」

 

 特設ベッドにパンドラズ・アクターを寝かせるのだが装備品を奪われたくない気持ちがあるのか、服は着たままだった。

 汚れないようにタオルを置いて行く。

 

「内部に膿が出来ている、とか無いですか~」

「ソリュっしゅ、ソリュシャンの診察では異常なしだった」

 

 と手を激しく動かそうとしたので無理矢理押さえつけます。だけれど、力が強いので負けました。

 

「……確か粘体(スライム)系の人ですよね」

「捕食型粘体(スライム)だ」

 

 本来は秘匿されるべき情報のはずだが、信頼の証しとして公開できる種族に関しては一部だが許されていた。

 化け物とモンスター、どちらで呼ばれたいかと問われた時、カタカナのモンスターだとパンドラズ・アクターは答えた。

 棒の先端に『永続光(コンティニュアル・ライト)』を装着したものを眼は怖いだろうから口に入れた。

 口を閉じたところは一度も見た事が無い。開きっぱなしかも知れない。

 こんな状態で何を食べているのかと疑問に思ったが飲食不要のアイテムを使ったり、外装変化で食べたりしているのだとか。

 二重の影(ドッペルゲンガー)は姿を変えるモンスターだ。

 聞いたところでは四十人分くらい変身出来ると聞いている。

 

「ヒッヒッ。種族レベルをそれだけ取っているから出来るのだ」

 

 こんな状態になったのはごく最近のこと。

 患者の状態を正確に聞くことも大事だ。

 口に棒を入れている間に変身したら殴ると言っておいたので、とても大人しいです。

 時には暴力も必要です。特に聞き分けの無い人とか。

 

「魔法に対して耐性があり、バッドステータスにも強いと自負していた我が身がっ!」

 

 どういう身体をしているのか、口に棒を入れたままでも平然と喋るアクターさん。

 普通なら無理だ。

 

「いつもは魔法で治ったりするのに……。薬もダメですかね?」

「……うむ。うっひ。ポーションでもダメだった。だがっ! 外装を変えたら治まったぞ。この二重の影(ドッペルゲンガー)という姿で居る時に起きる、っほ。ようだ」

「なるほど。ということは種族特有の病気、かもしれませんね。特有というか、二重の影(ドッペルゲンガー)だけに発祥する病気とか」

 

 ナーベラルは人間型で発祥している。もちろん、二重の影(ドッペルゲンガー)の姿でも治らなかったのだが。

 聞いていると人間の姿から()()()乖離(かいり)した姿だと問題が解決するらしい。

 例えば植物モンスター。

 『死の蔦(ヴァイン・デス)』というモンスターが居て『絞め殺す蔦(ギャロップ・アイビー)』の上位種というか、植物の蔦の集合体のような姿をしているらしい。

 それがどうしたと言われると困るのですが、アクターさんが変身出来る姿の一つなのです。

 アクターさんは変身出来るけれどナーベラルさんは外装を一つしか持っていないので何の解決にもなりませんでした。

 ただ、考える(ヒント)にはなりました。

 

 

 別の日にナーベラルさんの診察を(おこな)います。

 彼女の場合は人間形態が壊滅的に歪んでしまって狂気の女戦士(まるでクレマンティーヌさん)っぽい状態でした。

 本性が多いアクターさんとは違い、病状の進行具合が良く分かる。

 表情が崩れるといっても顔が溶けるわけではありません。

 装備品を外してもらいましたが普段ならば拒否されるところが今はとても従順で助かります。

 実は裸体を見た事がありますが、変身中は人間と大差がありません。

 今回は顔だけです。出来れば本性を見せてほしいのですが、今は元に戻せないらしいです。戻ろうと努力はしたと言っていました。聞き取るのが大変でしたが。

 

「アクターさんはすぐ変身できたのに……」

 

 歪みきった顔はとても柔らかいです。

 鼻とか口の中を確認しましたが膿のような腫れは見当たりません。

 切り裂いて奥まで視るのはさすがに覚悟が要ります。ただし、ナーベラルさんは睡眠が効かなくても耐える方なのは聞いています。あと、痛みに強いとか。

 自称でしょうけれど。

 アンデッドではないのに凄い忍耐力です。

 

「戻せないというのは前からですか?」

「うっひゃあ」

 

 筆談で会話を試みようとしましたが彼女の書いた文字が王国語ではないので分かりませんでした。

 後でルプスレギナさんに解読してもらうと『元気です』と言ってましたが、たぶん違うんでしょう。

 本当は『一週間くらい前から』が正しいことはルプスレギナさんがナーベラルさんに殴られてから判明しました。

 アクターさんよりも酷い状態かもしれません。

 僕の技術ではナーベラルさんの顔を切り裂いて調べる、という血生臭い事が出来ないというか苦手というか。

 どうしたらいいのか。

 

「おっ、粘体(スライム)を試してみましょう」

 

 既に色々と調べられている筈だけれど、僕自身が確認するために挑戦させてもらうことにする。

 アインドラ伯爵が保有する中にも粘体(スライム)系はあります。

 今回使うのは『蒼玉の粘体(サファイア・スライム)』です。

 もっと強力な『古き漆黒の粘体(エルダー・ブラック・ウーズ)』も最近手に入れられたようですが、こちらは酸性が強すぎて使えないそうです。というか触れないほど危険なモンスターなので厳重に封印されています。

 

「ちょっと呼吸が苦しくなると思いますが我慢してくださいね~」

「うぶぶ……」

 

 口と鼻から入り込む粘体(スライム)にナーベラルさんは苦悶の表情を浮かべる。

 ある程度まで入り込むとナーベラルさんの暴れっぷりが激しくなる。さすがに失禁はしなかったようですが。

 暴れる同僚をルプスレギナさんが必至に押さえる。

 

「少しだけ耐えてくださいね~」

 

 細かい作業の命令は難しい。

 体内の重要な器官を痛めない様にするには繊細な作業が必要です。

 僕の予想では未知の細菌類のようなモンスターか非実体系などが関係していると思います。

 だけど、二重の影(ドッペルゲンガー)系だけが発症するというのは()せない。

 治癒魔法が効かないというところも疑問なのですが。

 

「……ぷひゅ~」

「呼吸器系に問題なし」

「ナーちゃんの真の姿からは想像もできない。外装に問題があるのでは?」

 

 僕に言われても困ります。

 二重の影(ドッペルゲンガー)の生態は不勉強ではあるけれど、苦しんでいる人は放っておけない。

 粘体(スライム)に細かい指示を与えていき、鼻の奥にもぐりこんで()ってもらいます。

 血管や神経があるのかは分からないけれど、生物であれば繊細な部分は出来るだけ傷つけないように、と命令する。

 この蒼玉の粘体(サファイア・スライム)は普段は『マグヌム・オプス』の掃除係りとして使われています。

 綺麗好きのアインドラ伯爵の命令に従い、細かな仕事には慣れている、はずです。

 もちろん、今回は体内に入ってもらうので事前にお風呂に入れて汚れは除去しています。

 

「異物を見つけたら捕らえて引っ張り出してください」

 

 いくつかの健康的な献体で実験し、異物かそうでないかの訓練はさせている。

 だから、今回も使い方としては間違っていないはずだ。

 もしもの為に治癒要因としてルプスレギナさんが居る。

 

「あれ? 急に大人しくなったっすね。ナーちゃん、生きてるっすか?」

「今は返事どころではないと思いますよ」

「あらら、これは失礼したっす」

 

 粘体(スライム)が入って数十分が経過。

 最初の歪んだ表情は消えていた。呼吸にも変化は無い。

 

「うがっ、がっが……」

 

 という呻き声の後で鼻に入っていた粘体(スライム)が赤く染まる。

 

「あっ……うぁっ」

 

 軽く呻いた後でズリュっという音と共に何かが引き出された。

 粘体(スライム)を通して引き出されたものは小瓶に入れられる。

 

「おっ、原因物質が取れたっすか?」

「おそらくは。小さくて良く分からないですけど」

 

 細菌系という仮説は立てていたが、確かにばい菌っぽい。

 小さすぎて見にくいが少し動いていた。

 顔の奥で(うごめ)くモンスターならばどうしようもなく、大変だったと思う。

 神経を刺激されてしまうと表情を上手く制御できなくなる、ということもあるかもしれない。

 ナーベラルは途中で嘔吐したが、それらも粘体(スライム)がまとめて吸い出した。

 異物を取り終えてから出て来た後、ルプスレギナは治癒魔法を掛けた。

 

「お疲れっす」

「……酷い目にあった。あっ、治った……」

 

 パンパンと頬を叩き、表情を制御することが出来るようになった事を確認し、喜んだ。

 顔を顰めることの多かったナーベラルが涙を少し出しつつ笑った。

 

「ほらほら、ナーちゃん。ちゃんとお礼は言わなきゃっす。世間一般の常識として」

「んっ? む……」

 

 一つ唸ってからナーベラルはンフィーレアに向き直る。

 そして、平伏はしなかったが片膝を付く姿勢になる。

 

「ンフィーレア・バレアレ。お前の尽力に深く感謝する」

「もったいなきお言葉です。ご無事で何より」

 

 頭を倒したときに血が床に落ちた。

 

「治癒魔法と言ってもまだ完治していないようですね。数日は安静にしてください」

「了解した」

 

 と、言って顔を上げたナーベラルの鼻や口から大きな異物が躍り出た。

 

「うわっ!」

「……あー、治癒魔法で異物ごと治癒しちゃったっすかね~」

 

 改めて治療のやり直しをすることになり、当然のようにナーベラルはルプスレギナの顔面を(こぶし)で殴った。

 つい勢いで、ということで後で謝罪はしたようだが。

 腹が立ったせいか、大して反省はしなかったようだ。

 

 

 ナザリック地下大墳墓の最下層にてナーベラルとパンドラズ・アクターが揃って平伏していた。

 周りには階層守護者たちが二人を見守っている。

 

「こたびの一件、大変辛かったであろう」

「いいえ、アインズ様に失礼な姿を見せる方が(つら)いです」

「父上っ!」

 

 と、叫びだしそうになったパンドラズ・アクターをアインズは手で制する。

 

「いちいち叫ぶな。聞こえているから」

「はっ」

「それで原因は……、()()か……」

 

 アインズの居る場所から少し離れた位置に保存に使うガラス容器が置かれていて、その中に細菌と思われるものが入っていた。

 治癒魔法により巨大化し、今にも溢れそうになっていたので分割して保存しなおしている。

 

「我々が冒険者の依頼を遂行していた時に体内に入り込んだ模様です」

「依頼を受けた時期と病状が発症した時期が近いので間違いないかと」

 

 と、秘書のように答えたのはアインズの隣に控えている女淫魔(サキュバス)にして階層守護者を統括するアルベドだった。

 

「現地のモンスターのようで名前は調査中です」

「ナザリック産のモンスターであれば何も問題は無かったのだが、現地特有となると話しが変わるのは当たり前だな……」

茸人(マイコニド)系と予想されますが、別種というのも捨て切れません」

 

 そもそも人ではなく、ただの菌類系モンスターという事もありえるからだ。

 ナザリックに居る茸人(マイコニド)は徹底的に管理されているので菌類を飛ばすような不届き者は居ない。

 

「バレアレ家にはいつも世話になっている。不可視化の……影の悪魔(シャドウ・デーモン)を一体、護衛として派遣しておこう。さすがに十五体しか居ない八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)は……」

 

 送ってもいいのだが、少し凶悪なのでネムが泣くかもしれない。

 あと、姿を見せたらエンリが激怒する様子が目に浮かんだので却下する事にした。

 

「こな菌類程度が戦闘メイドを苦しめるとは……」

「菌類も体内に入り込むほど小さいと脅威だよ。ちゃんと毎日のお風呂は欠かせないってことね」

「シャルティアは吸血鬼で体内が腐ってるから心配は無いんでしょうけど……」

「いやいや、腐ってたら苗床にされてしまうんじゃない?」

「こ、この菌類は、治癒魔法が、通じる、んですよね?」

 

 と、おどおどしながら第六階層の守護者にして闇妖精(ダークエルフ)の『マーレ・ベロ・フィオーレ』はアインズに尋ねた。

 

「報告では通じるとあるな。何か気になるなら遠慮なく発言していいぞ」

「は、はい。おそれ、ながら……。この菌類はアンデッドモンスターではないということに、なりますね」

「……うむ。治癒魔法が通じるのだから……。当たり前かもしれないな。いや、言いたい事は分かるぞ。アンデッドモンスターであれば治癒魔法で殺菌できる、ということだろう?」

「はい。……僕の予想だと、対処方法なしではナーベラル、みたく危険な状態になるかもしれません。最悪、頭が破裂する事も……」

「ん……。それは一大事だな。この菌類がどれほど……いやまて、治癒魔法はそれ以前にかけていたのではなかったか?」

 

 ナーベラルとパンドラズ・アクターは治癒魔法などを受けて居た筈だ。

 その時に細菌が増殖してもっと酷い事になっていてもおかしくないでしょう。

 通じないわけではない、という仮説を立ててみる。

 

「治癒魔法が通じたとすると力はそれ程強くないかもしれないな。または密閉空間では魔法の影響を受けない、と仮定すると取り出されたときに始めて効果を見せた、とも言える」

「はー……。確かに……」

 

 それでも素直に納得する事が出来ないマーレ。

 アインズとてすぐに結論が出るとは思っていない。

 原因究明はこれからすればいいだけだ。

 

「ところで、この菌に名前はあるのか?」

 

 と、言った後で調査中だったことを思い出し、唸るアインズ。

 少し恥ずかしくなった。

 

「仮として二重の菌類(マイコドッペル)とンフィーレアが名付けました」

 

 最初に確認されたのが二重の影(ドッペルゲンガー)だったこともあり、それほど悪いネーミングでもないな、とアインズは素直に納得する。

 マイコは茸人(マイコニド)から付けられたと思うけれど、アインズの耳には女性の名前に聞こえた。

 本来のマイコは『菌類』の接頭辞のことだと後で巨大図書室(アッシュールバニパル)の司書長から教わり感心した。

 それと同じ粘体(スライム)種のソリュシャンが役に立たなかったのは単純に医療の技術がンフィーレアより劣っていたからかもしれない。あと、細かい作業は敵を殺す事に関してはいかんなく発揮されるとしても治療となると話しが変わる。そもそも医療の職業(クラス)は殆ど持っていない。せいぜい毒物に関するものくらいだ。

 想像したくないがナーベラルが無事に手術を乗り切れる保証はない、と言わざるを得ない。

 下手をすれば顔の大部分を失っている事もありえなくは無い。

 面倒だから溶かしてしまいましょう、となり、阿鼻叫喚はアインズにとって想像に難くないことだった。

 二重の影(ドッペルゲンガー)なのに顔無し、というのは勘弁してほしい。

 それがたとえ治癒で直せるとしても、だ。

 打つ手無し、となるまでは可能性を探らせたい。もちろん、最後は支配者としてアインズ自ら覚悟を決める。

 

「まずは二人共、数日間の休息を命じる」

 

 与える、と言うと仕事をさせろ、と言ってくるかもしれないので苦肉の策としての命令を言い渡してみた。

 もう少し優しい言葉をかけたいのだが、支配者だから仕方が無いと自分に言い聞かせる。

 

「裏切り行為とは違うのだから徹底的な健康診断は受けてくれ」

 

 優しい言い方で声をかけるとナーベラル達は素直に従う意思を見せた。

 それだけで自分の言葉が間違っていないとアインズは確信し、安心した。

 たまに、というか良く意図を()()()受け取ってくれないので心配になる時がある。

 

「とにかく、無事で何よりだ。……全く私の部下を苦しめる菌はしっかりと調査の後、利用価値が無ければ処分したいところだが……。研究に適した部下は誰が居たかな?」

 

 拷問ならニューロニストなのだが研究機関となれば巨大図書室(アッシュールバニパル)のアンデット達が適任か。

 菌類が繁殖しても問題の無い者達が多いから。

 

「アインズ様。絶対にシャルティアに渡してはダメな気がします」

 

 と、進言してきたのはマーレの姉の『アウラ・ベラ・フィオーラ』だった。

 

「普通に苗床になって大変なことになるのは火を見るより明らか」

 

 アンデッドの腐った養分では普通に増えそう、とアルベドの呟きが聞こえた。

 確かに階層守護者でアンデッドはシャルティアだけだ。

 第五階層の守護者『コキュートス』ならば菌を凍結させてしまうかもしれない。と、思った時にひらめいた。

 

「保管はコキュートスに任せよう。菌類は凍結保存するのが一般的だからな」

「ハッ。アインズ様ノ仰セノママニ。シカシ、ドコニ保管スレバヨロシイデショウカ?」

「専用の保管施設を作る必要があるな。こういう事はおろそかにする事は出来ない。司書長の意見を聞いて施設を作ることを許可する。死体も野ざらしのままでは格好がつかんだろう」

「デハ、直チニ」

「うむ、任せたぞ。……アウラ、シャルティア。ケンカはほどほどにな」

 

 いがみ合うアウラとシャルティア。口ゲンカはいつものことだったので軽く(たしな)める。

 

「アウラの意見ももっともだ。菌類は時にアンデッドに脅威となろう。お前達も身だしなみとかしっかりするように。特に女性としての沽券(こけん)に関わるからな」

「はい。ですが、水浴びだけではダメなのですか?」

「今回に限ってはダメだ。実験しないと分からないが熱に強いか弱いかで対応を変えなければならん。熱に弱ければ温かい風呂に入らなければいかん。大抵の菌類は熱に弱いと聞くが……」

「アウラ、シャルティア。アインズ様がご心配しているじゃない。ちゃんと言う事を聞きなさいよ」

「は~い」

「わたしは風呂は欠かした事がないでありんすえ。なので、それほど心配……」

「油断大敵という言葉を知らんのか、シャルティア? 気の緩みが大事(だいじ)を生む。なんならお前だけ第七階層に引っ越してもらう事になるぞ」

「ひー! 申し訳ありんせんでした~!」

 

 と、アインズの近くまで行ってひれ伏すシャルティア。

 第七階層は溶岩地帯。

 悪魔にとっては過ごし易いがシャルティアには肌が焼けるので少し苦手としていた。

 あと、自由に活動が出来なくなる。

 特に階層守護者の『デミウルゴス』に見張られたりするのは生理的に嫌だった。

 疑いの目をずっと向けてくる、という意味で。

 

「さて、二人共。謹慎という訳ではないので静かに過ごしてくれ。三日か四日程度だが」

「謹んでお受けいたします」

「父上に心配されるこの身が恨めしい!」

「……お前はもう少し大人しくしてくれ。後、叫ぶな。それほど離れていないのだから」

 

 ナーベラル達を下がらせた後、問題の菌類と対面するアインズ。

 側にはアルベドと司書長が控えていた。

 

「珍しいモンスターが欲しいと思っていたが……、部下を苗床にされると腹が立つものだな」

「想定外の事とはいえ、部下の心配をなさるとは……」

「それがたとえアルベドでも心配するぞ、私は。とにかく、こいつをしっかりと研究してくれ」

 

 というと司書長は(うやうや)しくお辞儀した。

 

「ちゃんと切り分けるのだぞ」

「分かっております。ですが、まずは研究室の用意から始めさせていただきます」

「うむ。それらは任せた。……ところで、こいつは熱に弱い菌類か?」

「ンフィーレアの報告によれば焼却処分は可能ですが雷属性を受けると増殖する可能性があるそうです。なんでも、菌類はショックを受けると生存本能を刺激されて胞子を大量に生み出すとか」

 

 椎茸(しいたけ)の栽培について似たような話しを聞いた覚えがアインズにはあった。

 菌糸を植えつけた後で金槌で叩いたり、雷魔法を浴びせたりする。

 そうすることで発育を促進させるとか、なんとか。

 

「迂闊に『雷撃(ライトニング)』など使おうものならもっと酷いことになっていた、ということもあるわけだ」

「幸運にも帰還したナーベラルは魔法を使用しませんでした。そうでなければ謎の襲撃者によって命を絶たれたと言われて騒ぎになっていたことでしょう」

 

 という司書長の言葉にアインズは戦慄するがアルベドは少し残念に思った。

 余計な女が一人消えてくれたのに、と。

 

「……確かにな。ナザリック全軍をあげて犯人を探そうとするかもしれないな。特にナーベラルはアンダーカバー(偽装身分)としてまだまだ働いてもらわなければならない身……。『漆黒』のモモンの相棒が突然死亡するのは今はまだ不味いからな」

 

 急に居なくなると言い訳を考えるのが大変だ。

 蘇生させればいい、というのは後で気付いたが仲間を失う想定はアインズとしてはしたくなかった。

 憎い菌類は徹底的に調査した後で超位魔法とかで消し飛ばしてやろうかな、と少し本気で思った。

 あと、ンフィーレアに深く感謝した。

 

第十九話 蜘蛛人(アラクノイド)

 

 仕事以外では『黒棺(ブラック・カプセル)』で『恐怖公』の眷属を()()()として食す『蜘蛛人(アラクノイド)』の戦闘メイド『エントマ・ヴァシリッサ・ゼータ』は新たな餌というかおやつを求めてンフィーレア達の住むカルネ村に向かった。

 同僚の『ルプスレギナ・ベータ』が監視要員として滞在しているのだが、今回は代理として監視する為に訪れた。おやつが主目的なのは変わらないが。

 決して人間が食べたいわけではない。

 今回は命令だから。あと、一度は様子を見たいと思っていたので丁度良かった。

 和装のエントマは身体の各所に蟲を配置し、人間に擬態している。

 本性だと人間に怯えられてしまうから、というのもあるけれど実際は創造主の趣味で人間に擬態しているだけだ。決してカルネ村に配慮などする気は無い。もちろん、命令以外では、という意味でだが。

 

 

 『蜘蛛女(アラクネ)』と違うところはやはり姿だろうか。

 あっちは下半身が蜘蛛。こちらは全身が限りなく蜘蛛になっている。あと、背中から他の脚が出てくる。

 本性の姿は人間とかけ離れているし、見るものを恐怖させてしまう。

 蜘蛛女(アラクネ)は少なくとも美しい人間の女性の身体なので、好きな人にとっては好印象を与えられる。

 

「という事ですぅ」

「……と、言われても……」

 

 僕、ンフィーレアとエンリが住んでいる家に突然、入ってきて種族の違いを説明するエントマさん。

 僕にはどちらも蜘蛛人間にしか思えない。

 微妙な差とかで区別されているのかもしれない。

 実際に蜘蛛女(アラクネ)は亜人種でエントマさんは異形種だ。何故、違うのかはよく分からない。

 人間と交配できる、とか。

 

「クモのお姉ちゃんはどこから糸を出すの?」

 

 ネムの勇気はンフィーレアとエンリを度々驚かせる。

 

「口からですよぅ」

蜘蛛女(アラクネ)はお尻付近ですよね?」

 

 口と言ってもエントマさんの()()()()からでしょう。

 僕たちが見ている顔は『仮面蟲』で偽物だ。

 本当の顔は虫っぽい。複眼も有り、顎は人間の肉体をたやすく砕くほどだとか。

 蜘蛛女(アラクネ)も複眼があるんですけどね。

 

「全身にまとわりつく虫達は人間にも装着できるものなんですか?」

「ん~。どうだかなぁ。これらは召喚物なんでぇ、よく分かりません。あと、みんな基本的にぃ、人間を食べますしぃ。危険かとぅ」

「ありゃりゃ……」

「どうしても着けたいならぁ、命令してあげますよぉ。もちろん、肉体を食べないようにぃ」

 

 ンフィーレアは着けたくなかったがネムが『つけてみて』と無言でおねだりしているように見えた。

 顔を食べられるのは嫌だ。

 確実に知っているのはエントマさんの声を担当する『口唇蟲』というものが人間の喉を食い破り、声を奪うモンスターだということ。

 アインドラ伯爵の説明では使う場合は自分の喉を切り裂いてねじ込む、という。

 治癒魔法必須の方法だ。

 当然、ンフィーレアはそこまでする勇気が無い。

 痛いのヤです。

 エンリが後でルプスレギナさんに頼むから、ぜひつけて。と言っているように見えました。

 

「僕の顔を食べないように命令してください。是非っ」

(かしこ)まりましたぁ」

 

 エントマさんは懐から数枚の金貨を取り出して影の出来ている部分に投げ込みました。

 召喚される蟲は影から現れるから、だそうです。

 その何も無い影から人間の顔だけが出てきました。しかも動いています。

 見た目的(めてき)にはエントマさんの顔に似ています。

 全く同じ個体というのは居ないらしく、それぞれ微妙に違う。

 ただし、複製(クローン)なら同じ個体を作り出せるかもしれないと言っていました。

 

「ちょっと、人間にはチクチクするかもぉ、しれませんがぁ。ちゃんと命令しておきますのでぇ、少々お待ち下さいぃ」

「かわいい」

 

 と、元気に言うのはネムでした。

 僕から見てもかわいいと思うのですが、どう見ても女の子っぽいです。

 

「贅沢は言わないようにぃ」

 

 どんな個体が召喚されるのかはエントマさんでも分からないようです。

 

「さあ、どうぞ。顔に乗せるだけですよぉ。あと、視界を共有するには顔に食い込む必要が」

「ええ~!?」

「乗せるだけなら大丈夫ですぅ。前が見えなくなりますがぁ」

 

 僕はテーブルの上で(うごめ)く顔の虫を手に取りました。

 物凄く動いています。

 顔の裏側は凶悪な爪が見えて痛そうです。

 

「ちゃんと命令はしましたよぉ。傷をつけないようにと……」

「は、はい……」

 

 出来る事なら逃げ出したい。でも、モンスターの事を勉強するには体当たりは必定。

 避けては通れないんでしょう。

 さすがに毒物は飲みたくないです。

 それもこれもエンリとネムの喜ぶ顔のためです。

 

「!?」

「あまり暴れないようにぃ」

 

 チクチクどころかブスリブスリと刺さる感触が。

 顔の上で動いてて痛いです。

 当たり前ですが仮面蟲は己の爪だけで僕の顔にしがみ付いているのですから。

 

「お兄ちゃんがおんなの子っぽくなってかわいい~」

 

 仮面蟲を付けている僕には見えないけれどね。

 これはこれで結構、重労働だ。

 油断すると顔がズタズタになってしまうかもしれない。

 

「……ンフィー、大丈夫?」

「今は返事をしてはだめですよぉ。人間の舌を見せたら食いつかれるかもしれません」

「ご、ごめんなさい」

「………」

「鼻息だけして下さいぃ。息を止め続けるのは大変でしょう? 前が見えないと思いますが、落ち着いてくださいねぇ」

 

 仮面蟲を付けたンフィーレアにネムは大はしゃぎ。

 身体を張ったンフィーレアにエンリは大変感謝した。

 ちょっと顎から血が垂れているように見えたが見ない事にした。

 

「慣れると楽ですよぉ。感情表現には()()が要るんですがぁ、ンフィーレア様にはまだ早いですねぇ。何事も一歩ずつですぅ」

「………」

 

 誰か助けて、と僕は声に出して言いたかった。あと、けっこう痛い。

 エントマさんは痛くないのか。

 仮面を取ると結構な擦過傷が出来ていた。

 鋭い爪で落ちないように支えていたのだから当たり前でしょう。

 

「平気ですよぉ。痛みを感じにくいのかもしれませんねぇ。それでも私だって痛いと感じるときはありますけどぉ」

 

 独特の喋り方には慣れてきたのだが、それは種族によるものなのか。

 可愛い声なので深く詮索はしたくないけれど。

 他の女性の声を奪った、と言われそうなので声についての質問はしなかった。

 

「おねえちゃんは虫なのに虫を食べるの?」

「違う種族は食べますよぉ。あと野菜も肉も食べますぅ」

「すみません、妹が失礼な事ばかり……」

「いえいえ、人間と触れ合うのも大事(だいじ)だとアインズ様から言われておりますから。あと、無闇に人間は食べませんよぉ。私にも好みがありますからぁ」

 

 肉厚の男性の肉が好みだそうです。

 貧弱な僕の肉は物足りないのだとか。

 筋肉トレーニングしたら狙われてしまうかもしれませんね。

 

「これからお父さんになるンフィーは少し……、けっこうかっこよかったわよ。可愛い顔だったけれど」

「ネムの為なら多少の傷は平気だよ」

 

 でも、結構痛かった。

 

「父親になるのですかぁ?」

「そう遠くない未来ですけど。僕も結婚適齢期ですから」

「……人間の赤子は生まれたてが美味しいと……」

「食べさせません!」

「……失礼しました」

 

 人間を食べる異形種が居るのは知っていますが、ここは(ゆず)れません。

 ゴウンさんの話しでは部下達はナザリック地下大墳墓の第九階層にある食事処で飲み食いするので外で無闇に人を食べる者は少ないと言っていた。

 ()()()()()()と明言しないのは不届き者を始末するからでしょう。

 大きな組織ならば自衛は不思議ではありません。

 

第二十話 吸血鬼(ヴァンパイア)

 

 リ・エスティーゼ王国にはアダマンタイト級の冒険者チーム『蒼の薔薇』が居ました。

 過去形なのは色々とあったからです。

 現在は『真蒼(しんそう)の薔薇』と改名し、メンバーが増強されています。

 そのチームの元リーダーがアインドラ伯爵だったりします。ただ、彼女は国の危機に際して剣を取ることを誓っているのでいつでも現場復帰できるように用意はしているようです。

 『魔剣キリネイラム』を持つ凄腕の女冒険者。

 今回は彼女ではなく、彼女の仲間の一人『イビルアイ』という凄腕の魔法詠唱者(マジック・キャスター)が遊びに来ました。

 本来は僕と共に『マグヌム・オプス』にて様々な研究をしているのですが、カルネ村にはアインドラ伯爵の両親が住んでいます。なので時々、様子を見にこられるのです。

 

「フィア殿も来ていたのか」

 

 イビルアイさんは僕を『フィア』と呼ぶようになりました。

 変わりにイビルさんとは呼ばせてくれません。

 

「ええ、このところ色々とモンスターを呼び寄せて人間社会に溶け込まないか研究しています」

「……それは……大変だろうな」

「はい」

 

 赤黒いローブを頭から被っていたイビルアイさんも今は青いローブを着用するようになりました。

 背中には薔薇の模様が刺繍されています。

 他のメンバーも武具などを新調して統一感を出しています。

 白い仮面を被っているのですが、イビルアイさんは女性です。

 そもそも『真蒼の薔薇』のメンバーは全員が女性で構成された冒険者チームなので当たり前なのですが、イビルアイさんの声は仮面によってノイズがかって性別が判別できないようになっています。

 後ろに立たれたりすると知らない人は女性だと分からないでしょう。

 仮面を外した時の声を聞くとガラリと印象が変わります。

 とても可愛らしい女性の声なので隠すのがもったいないくらいです。

 イビルアイさんはナーベラルさんとは仲が悪いらしく、出会えばケンカになりやすいくらい険悪な状態になります。

 ナーベラル、ではなく冒険者の時は『漆黒』の相棒『美姫ナーベ』でしたね。

 正体を隠す事と僕が正体を知っていることは内緒です。

 ちなみにイビルアイさんもナーベラルさんの事は承知しています。こちらはどういう経緯(いきさつ)で知りえたのか僕は知りません。

 

「……聞きたくは無いのだが……、あの()()()()()は誰が連れてきたんだ?」

 

 村の中に隠せないほどの巨体と言えば『黒い仔山羊(ダーク・ヤング)』以外には(ドラゴン)くらいでしょう。

 

「あー……。村で飼うとしたら、どういう理由が考えられるのか。エンリに忌憚(きたん)の無い意見を聞こうと思って……」

「……結果は見なくても分かるような気がするな……。ちゃんと砂漠の隠れ家に戻しておいてくれ」

「はい」

 

 人気(ひとけ)の無い場所と言っても遠征する冒険者が捜索すれば見つけられてしまうかもしれません。

 だからといって簡単に倒せるようなモンスターではありませんが、近隣のスレイン法国に危険視されれば色々と面倒な事態にはなるんでしょう。

 それを防ぐのに最適な方法が『こっそり転移』です。

 転移魔法を修めているメイド達にいつも助けられています。

 命令しない限り暴れないので大抵は大木や落ち葉で隠しますが、隠し切れない場合は布などをかけておきます。

 多少は天候に左右されますが。

 

「モンスターの生態を研究する事は止めはしない。扱い方は間違わないでくれ」

「はい」

「……それで広場の中心に居るのもフィア殿が連れて来たモンスターか?」

「えっ!?」

 

 イビルアイさんに言われて顔をカルネ村の中心にある井戸に向けると傘を差した見慣れない人影が居た。

 いつも神出鬼没なルプスレギナさんかな、と思ったが背が低く、服も黒や紫色が多いものだった。

 全体的に黒い服装でボールガウン。スカート部分はかなり膨らんでいた。

 白銀の髪に大きな黒いリボンが乗っている。

 僕も何度か見かける程度だが服装に変化が無いので同一人物かもしれない。

 ナザリック地下大墳墓の第一から第三階層の守護者『シャルティア・ブラッドフォールン』さんでしょう。

 『真祖(トゥルーヴァンパイア)』という種族の異形種。

 

「ブラッドフォールンさんでしょうか。日中に出てこられるとは……」

 

 というよりカルネ村に来るのは初めてかもしれない。

 

「汚い村だこと……。品性の欠片もないとは」

「普通の農村ですからね」

 

 と、軽く言いつつ挨拶する。

 ブラッドフォールンさんは鼻を鳴らすだけだった。

 

「今日はどのようなご用件でしょうか?」

「ただの見学。あっちに()ってくんなまし。気が散るから」

「……おいこら、くそ吸血鬼(ヴァンパイア)。よそ者のクセに生意気言うな」

 

 と、イビルアイさんが言いました。

 

「あっ!? わたしに声をかける時は殺される覚悟があるんでしょうね」

「うるさいだまれ、いちいちつっかかって来るな。……アインズの部下はみんなケンカ腰か?」

 

 イビルアイさんは『飛行(フライ)』を、たぶん魔法を使い、ブラッドフォールンさんの近くに寄って行きます。

 無詠唱なのか、聞きそびれてしまったのか。

 

「下等な存在の分際で……、って浮いて見下すな!」

「お前こそ、よそ者のクセに生意気なんだよ」

 

 一触即発の気配を感じます。

 おそらく戦闘になれば村はあっという間に崩壊しそうです。

 

「シャ、シャルティア様。この村で騒ぎを起こされては困ります」

 

 と、ブラッドフォールンさんの足元の影から声がしました。

 『影の悪魔(シャドウ・デーモン)』でしょう。その事に僕は指摘しない。というか、存在は知っているので。

 

「アインズ様に村で騒ぎを起こしてはならないと……」

「あ~もう! 分かっているわよ、そんなことは」

 

 苛立つシャルティア。

 見下すイビルアイ。

 

「イビルアイ様も剣を収めて下さい」

無手(むて)だが……、村で暴れるのは本意ではない。そちらが大人しくするなら私も無闇に暴れたりはしないさ」

「ありがとうございます」

 

 と、言ったのは影の悪魔(シャドウ・デーモン)だった。シャルティアはあらぬ方向を向いて鼻を鳴らす。

 

「ナザリックの吸血鬼と戦うのも悪くは無いのだが……、場所が悪い」

「ああっ!? このわたしとやりあいたいのかよ」

 

 傘の変わりに物騒な槍が現れる。

 攻撃した相手の生命力の幾分かを自分の回復に回す神器級武器『スポイトランス』だ。

 シャルティアの主武装の一つでもある。

 

「シャルティア様! 沸点が低すぎます」

 

 と、影の悪魔(シャドウ・デーモン)は言う。

 

「部下の方が聞き訳がいいじゃないか。それともなにか、今日は晴れているから機嫌が悪いのかな?」

「んっ? まあ、確かに晴れているでありんすね」

 

 肌を焼くような日光の熱。だが、シャルティアにとっては微々たるダメージに過ぎない。対するイビルアイは防具でしっかりと日光から身体を守っている。

 

「そうでありんすね……。()()()()ならば問題ないでありんすえ。そこなゲス、私の相手をしてくんなまし」

「……殺すぞ、くそ吸血鬼(ヴァンパイア)

「二人共、ケンカするなら村の外でお願いします!」

 

 と、僕は大きな声で言いました。

 少なくとも村の中で暴れられるのは非情に困ります。エンリの怒り顔がチラチラと見えているので。

 ネムは少し興味があるのか、楽しみにしているような雰囲気を感じる。

 

「ちょっと待ってくだせえ」

 

 と、新たに声をかけてきたのはカルネ村で世話をしている小鬼(ゴブリン)の一人だった。

 

「外で戦うんなら、大急ぎで麦を回収しますんで。ちょっとだけ時間をもらえませんかね?」

「おお、そうだな。麦は村にとって生命線だ。いいな、くそ吸血鬼(ヴァンパイア)

「……し、仕方ありんせんね。村の大事(だいじ)とあっては私も……ってくそ吸血鬼(ヴァンパイア)ですって」

「くそをくそと言って何が……」

「いい加減にしてくださいって言ってるでしょう!」

 

 僕はあらん限り叫びました。

 

「ごめんなさい」

「もう、申し訳ないでありんす」

 

 意外と二人は素直になってくれました。

 

 

 村人総出で麦の刈り取りを(おこな)い、三十分後には戦いの場が整いました。

 みんなで協力すればこれくらいは出来るのです。

 カルネ村には護衛役のモンスターとして『戦乙女の蜘蛛女(アラクネ・ワルキューレ)』が居ます。

 外敵の警護を任せているのですが内部での争いには関知していなかったもようです。

 もし、村の中で戦闘が始まっていたらすぐさま飛んできたかもしれません。

 ゴウンさんが言うには結構強いモンスターだそうです。

 敵が居ない時は定期的に村の周りを監視し、人知れず木陰などで休んでいたりします。

 

「あまり派手に荒らしてほしくないんですけどね」

「モンスターとの戦いはどこも苛烈(かれつ)なものだ。村に被害が出ないよう努力する」

「……ほどほどにしてください。エンリが物凄く怖い顔になるので」

「……うむ。『血まみれのエンリ』の二つ名が真実でない事を祈ろう」

「そんな二つ名を付けた人は誰なんですかね」

 

 イビルアイは首を傾げたが(シルバー)(ゴールド)の冒険者の誰かだったような、と冒険者達の顔を何人か浮かべるイビルアイ。

 結局、犯人は最後まで浮かばなかった。

 場が整い、イビルアイとシャルティアは相対する。

 見晴らしのよい平地。

 刈り取られたばかりの麦畑は今はただの土がむき出しの荒れた土地だ。

 

「こなた、少し後悔するでありんす」

「ふん。そこらのモンスターに遅れを取る私ではないわ」

 

 と、強がってみたもののイビルアイは相手を甘くは見ていない。

 見た目では分からない強さの波動。

 歴戦のつわものであるイビルアイは『彼我(ひが)の戦力差』の分からない能無しではない。

 シャルティアは強い。

 事前に得た情報によれば『真祖(トゥルーヴァンパイア)』にして信仰系魔法詠唱者(マジック・キャスター)で階層守護者。

 掛け値なしの化け物。

 対してこちらはアダマンタイト級冒険者にすぎない『雑魚(ざこ)きゃら』の一人だ。

 普通に考えれば勝てるほうがおかしいのかもしれない。

 

「さて、いざ戦うとして勝敗はどうつけたらいいかな?」

「そんなん決まっているでありんす。お前がわたしの靴を()(つくば)って己の舌で綺麗にしながら泣いて懇願(こんがん)すればいいだけのこと。自らの存在意義を悔やみながら(みじ)めったらしく悔やむがいいでありんすえ」

「……言葉が通じていないのか? どの地点で勝ちとするのか、と聞いているんだ。脳みそまで腐って思考も出来ないのか?」

「はあ!? わたしに勝てると思っているんでありんすか? それは万が一も無いでありんすよ」

 

 イビルアイは両手を広げて肩をすくめる。

 呆れてものも言えない、という意思表示だ。

 確かにシャルティアは第十位階魔法を使う強敵だ。

 勝てる見込みはないかもしれない。と、普通は思う。というか当たり前に思う。

 切り札があるのか、と聞かれれば『無い』と即答する。

 

 バカ正直にそんなことを言うわけがないだろう。

 

 口の軽い愚か者ではない。

 少なくとも()()()()()()()()は。と、イビルアイは強く思う。

 種族や職業(クラス)の違いはあるが共に『吸血鬼(ヴァンパイア)』に連なる者だ。そう簡単には勝敗は決しない、筈だ。

 あと、ナザリック地下大墳墓にあるイビルアイの強さの情報は『古い』筈だ。

 一方的な蹂躙(じゅうりん)にはならないと自負している。

 ただまあ、少しは警戒している。

 シャルティアが『超位魔法』を使えるのか、どうなのか。それだけがイビルアイの知らない情報だ。

 早い話しが見た事がないからだ。

 アインズ以外で超位魔法を使う存在を。

 

「お前を地に叩き落して勝ちとしようか」

「ん~、安易に滅ぼしてはアインズ様に叱られてしまうでありんすね。……手加減する気は無いでありんすが……。面倒な人間はやはり好きにはなれないでありんす」

 

 イビルアイは滅ぼしてはいけない。

 それは自らの(アインズ)からの厳命だった。それをつい()()()()()忘れていた。

 思い出して少し安心している。

 イビルアイが言う通り、何らかの形で勝敗の線引きをしなければならない。

 出した(こぶし)は収めなければならない。

 では、それはどうやって(おこな)えばいいのか。

 

「ここはシンプルに『私の負けです』と言ったら終わりでありんすね。まあ、こなたのセリフとしては上等かしら?」

「ほう。少しは知恵を使ってきたな」

「……いちいち頭にくる人間ですねぇ」

 

 相手を怒らせることも戦略の一つだ。そんなことも分からないのか、と胸の内でイビルアイは嘲笑(ちょうしょう)する。

 苛立つシャルティアはスポイトランスを軽く振る。

 

魔法詠唱者(マジック・キャスター)同士、魔法の打ち合いもいいのでありんすが、折角の武器は使わないと()び付きそうで困りんす」

「私も多少は武器に精通しているぞ」

「ほう、武器を使いんすか。魔法の槍とか?」

 

 弱者の事はあまり頭に入れていないのだが、イビルアイは確か魔法で槍を放っていたような気がした。

 それは『魔法の矢(マジック・アロー)』か特殊技術(スキル)なのか。

 どんな魔法だろうと大した事は無さそうな気もする、とシャルティアは思った。

 

「……あい分かった。『降参』の意思で勝敗を決しよう。負ける気は無いがな」

「『ぎゃふん』と本当に言わせてみたいでありんすね」

「お前がな。腐れ吸血鬼(ヴァンパイア)

 

 小刻みに震えるシャルティア。

 

 こいつはマジでぶち殺す。

 

 黒のボールガウンなどの服装は無くなり、代わりに真紅の全身鎧(フルプレート)が現れる。

 顔が見える兜。鳥をイメージした鎧にはスカートがある。

 翼があるので今にも飛び立ちそうな姿こそシャルティア・ブラッドフォールンの完全戦闘形態。

 シャルティアの重装備はワルキューレなどの職業(クラス)を持つからこそだ。

 対してイビルアイは今の姿が完全戦闘形態だ。

 力の差は歴然だと言える。

 とはいえ、重厚な鎧を魔法詠唱者(マジック・キャスター)が着るわけがない。

 正確には着る事ができない。それ専用の職業(クラス)を得なければ基本的には無理だ。

 職業(クラス)には適材適所の装備が存在する。無理を通せないのが定説だ。

 

「……防御は完璧か……」

 

 装備が重々しければ肉体的には弱い、というのが一般的だ。

 だが、そんな通説はシャルティアに通じるとも思えない。

 

「この装備を(さず)けて下さったペロロンチーノ様に勝利をお届けいたしますでありんす」

「あ~、戦闘開始の合図は必要だよね~」

 

 と、暢気(のんき)な声が村から聞こえる。

 高く築かれた塀の上に器用に腰掛ける闇妖精(ダークエルフ)の男装少女『アウラ』だった。

 

「アウラ!? なぜ、ここに?」

「村の様子を見てこいってアインズ様から言われてね~。戦うのはいいけどさ~、殺し合いはダメだって。いいわね、シャルティア。それでも勝ちなさいよ」

「言われなくても」

「イビルアイだったわね。適度に痛めつけてもいいけど、あっさり死なないでよ」

「見事に打ち勝ってやるとも」

「天気が気になるなら()()にしてあげようか? マーレも連れて来たから」

「いや、結構だ」

 

 アウラは塀の上に立ち、(むち)を持つ。

 

「じゃあ、戦闘開始っ!」

 

 と、言った後で鞭を地面に叩きつける。

 

 

 すぐに互いにぶつかったりせず相手の出方を(うかが)う。

 アウラはシャルティア相手にどう戦うのか興味があったので高みの見物を決め込んでいた。

 こういう試合は貴重で誰にも邪魔されたくなかった。

 

「適度に強い『ざこ』はとんと出会えなかったでありんすが……。こなたは歯ごたえがありそうでありんすな~」

「あ~、シャルティア」

 

 と、アウラが言う。すると睨むような顔をシャルティアは向けてきた。

 

「イビルアイを殺してはいけないって命令を受けてるから、分かってるわよね?」

「わ、分かっているでありんす!」

「殺しきらなければいいだけよ。丁度いいハンデじゃない」

 

 甘く見られたものだ、と普通ならイビルアイは言っている。だが、今回に限っては言わない。

 勝ち目があるか、無いかくらい分からないほど戦闘経験は浅くない。

 シャルティアは強い。

 かつて戦ったヤルダバオトと同等なほどに。

 

「……長生きはするものだな」

 

 手持ちの位階は低い。

 将来を見据えてイビルアイは強くなりすぎない道を選んだ。だから、強すぎる敵には勝てない。

 それでも戦うときは逃げない。

 

水晶騎士槍(クリスタルランス)

 

 魔力系第四位階魔法を唱え、水晶で出来た槍を持ち、シャルティアに投げつける。

 

「綺麗なガラス細工だこと」

 

 軽くスポイトランスが奮われただけで魔法の槍は木っ端微塵になる。

 今ので確信する。並みの冒険者では歯が立たないことを。

 

月の矢(ムーン・アロー)

 

 第五位階の魔法で星の形をした雷属性の矢を放つ。

 位階は高いが可愛い魔法で人間相手なら割りと当たりやすい。

 ただし、見栄(みば)えはいいのだが強力に見えないのが難点だ。あと、時間差で三回放てるらしい。

 名前は月なのに星の形が飛んでいく魔法をシャルティアは()()()打ち落とす。

 

「しょぼい魔法も数撃てば当たるわけではありんせんよ」

「分かっているさ。だが、私は魔法詠唱者(マジック・キャスター)だ。魔法を主体にするのは当たり前だ」

「わたしも魔法詠唱者(マジック・キャスター)でありんすけど……」

「シャルティアに勝ちたいなら強力な第十位階魔法を持ってこないとダメよ」

 

 と、塀の上から声をかけるアウラ。

 

「どっちの味方でありんすか」

「弱い方。その方が面白いでしょう」

 

 いたずらっ子のように笑う闇妖精(ダークエルフ)のアウラ。

 イビルアイとしてはてっきり『弱者はいたぶってこそじゃない』とか言うかと思った。

 

「普通の攻撃魔法は大した効果が……」

「アウラ! あんたなにアドバイスしてるのよ」

「いいじゃん。弱いなりの戦い方って興味あるし。だいたいあんた、魔法バンバン使うしか脳が無いんだから、現地の戦い方をきちんと学びなさいよ」

「……うん、仲が良いのは分かった。だが、外野はあまり気を散らすような事は避けてくれ。私まで巻き込まれて間抜けな姿で負けそうになってしまう」

「あらら、そうね。これは失礼したわ。頑張って、イビルアイ」

「……素直に嬉しいよ」

 

 嫌味のない言葉に聞こえたので、イビルアイは少しだけ照れてしまった。

 反対にシャルティアは激怒する。

 

「わたしが悪者にされているでありんす」

「腐れ脳みその吸血鬼だもん」

「ア~ウ~ラ~! お前も殺すぞ」

「あはは~、出来るものならやってみなさいよ~」

 

 可愛く舌を出すアウラ。

 

「……だから、外野が気を散らすと……。まあいい。二対一だぞ、くそ吸血鬼(ヴァンパイア)

「敵が増えてる!?」

 

 イビルアイは軽き息を吐いてから駆け出す。

 ずっと気になっていたシャルティアの武器に拳を打ち込む。

 

 ガン。

 

 とても硬い。拳が痛むのではないかという硬さかもしれない。

 それだけは分かった。

 第五位階の魔法をものともしないところから、相当な業物(わざもの)であることは理解した。

 確か『ごっず』というとんでもない武具だったはずだ。

 次に鎧に拳を打ち込む。もちろん、ただの素手ではなく魔力を乗せた一撃だ。

 こちらも感触としては相当な硬度があるのは理解した。

 アダマンタイト、またはそれ以上。

 並みの装備を持ってくるはずが無い。

 

魔法最強化(マキシマイズマジック)結晶散弾(シャード・バックショット)

 

 (こぶし)より小さめの水晶の弾丸を大量に撃ち込む。

 てっきり槍で全て捌ききると予想していたが、シャルティアは最初だけなぎ払うように奮ったのみで、いくつかは鎧の硬度で防ぎきった。

 

「なに当ててんのよ」

「全部叩き落すのは面倒くさかったんでありんす。必中の魔法かもしれんでしたし」

「余裕だな」

 

 程度を見極めようと思っていたが底がまだ見えない。

 シャルティアという吸血鬼(ヴァンパイア)は天井知らずなのか。

 

「そちらばかり攻撃しては不公平……。こちらも動くでありんすえ」

 

 シャルティアの姿が掻き消えた。

 咄嗟にイビルアイは次の魔法を唱える。

 

損傷(トランスロケーション・)移行(ダメージ)!」

 

 物理的なダメージを魔力ダメージに変換する魔法。

 魔力は当然減るが肉体的な痛みは受けなくなる。ただし、気分的には痛みを受けたような感じになってしまう。

 

 ゴスっ。

 

 背中を貫こうとする槍が突き立った。だが、魔法により貫通は避けられたのだが、慣性の法則が働いたのかイビルアイは思いっきり吹き飛ばされる。

 どういう力が加わっていたのか、痛みは無いとしても体勢が整えられず村の防壁である柵に激突し、破壊ののち内部へと転がる。

 

「ちょっと~! どこを狙って攻撃してんの、バカ!」

「手元が狂っただけでありんすよ。また直せばいいだけでありんしょう」

 

 意識まで持っていかれそうになるが誰かの家の外壁を突破したところで止まる事ができた。

 

「……どれだけバカ力なんだ、あいつ……」

「だ、大丈夫ですか?」

「す、すまない。迷惑はかけないつもりだったんだが……。後で改めて謝罪する。今は……、見逃してもらう」

 

 体勢を立て直し、シャルティアの元に向かう。

 アウラは入れ替わるようにやってきて、家の修復の為にいくつかのシモベを呼び寄せる。

 

「すみませんね~。ちゃっちゃっと直すんで。ケガとかしたら言って下さい。治癒担当の者を呼ぶんで」

 

 と、営業スマイルを見せるアウラは村人を安心させるように言った。

 

 

 現場に戻ったイビルアイはもう少し村から離れたほうがいいと判断した。

 

「柵が思ったより(もろ)かっただけでありんす。私のせいではないでありんす」

「私も今のはビックリした。化け物というのは間違っていないようだな。それはそれで安心した。口からでまかせでなくて……」

 

 実力は本物。

 見えない恐怖から見える恐怖に変わっただけではあるけれど、イビルアイとしては納得した。

 現段階で勝てる確率は限りなくゼロ。

 強さに呆れはするのだが、持て余す結果となっていることは(いな)めない。

 相手に負けない強さを得る事は簡単だ。だが、それを十二分(じゅうにぶん)に使いこなさなければシャルティア同様の化け物の出来上がりだ。

 自分は今の強さに満足している。

 過度な強さは災害でしかないからだ。

 高望みはしないし、したくない。

 それでも戦わなければならないときがあることも理解している。

 

「ちょっとやり過ぎたでありんすね。でも、準備運動は充分でありんしょう。ここからは……、蹂躙を開始んす」

 

 ()()()()()()()()()()台詞(セリフ)。それは誰の言葉だったか、とイビルアイは独白(どくはく)する。

 

魔法最強化(マキシマイズマジック)朱の新星(ヴァーミリオンノヴァ)

 

 静かな口調で唱えられたシャルティアの魔法。

 イビルアイを炎が包み込む。

 だが、シャルティアは気付かなかった。

 物理的なダメージは全て魔力ダメージに変換されていることを。

 見た目には魔法で焼かれているように見えるのだが、そのダメージは全て魔力ダメージとなっているため、肉体的には無傷である。あと、装備品も焼けていない。

 装備品が無事なのは色々と属性耐性が付与されているからだ。

 完全耐性ではなかったはずなので多少は焼けているかもしれないが、今は確認しない。

 

魔法最強化(マキシマイズマジック)輝光(ブリリアントレイディアンス)

 

 神聖属性の魔法でアンデッドには有効的な魔法をシャルティアはイビルアイに使った。

 

「こなたは……確かアンデッドではなかったかえ?」

「そんなことはどうでもいいだろう」

 

 ダメージは無い。だが、高い位階魔法に正直、驚かされた。

 信仰系でもここまで攻撃に特化した魔法があるとは、と。

 一般的な知識だけでは得られない実践的な魔法の知識は探究心を刺激される。

 うっかりどんな効果なのか、と見とれてしまうほどだ。

 

「……ちなみに超位魔法は使えるのかや?」

「勉強中だ」

 

 これは事実だ。

 候補となる魔法はいくつかある。

 後はどんな効果か勉強するだけだ。

 

「戦闘の役に立たない魔法もあるからな」

「確かに……。賢いようで安心したえ。でも、それでも我が(アインズ様)に比べれば足元に及ばない」

「……魔法に特化している者と比べるな。そういうお前は戦士に特化しているものより優れた戦闘が出来るのか?」

「ああ言えば、こう言う! いちいちムカつくでありんすね」

「自慢話しばかりするからだ、バカ」

 

 二言(ふたこと)目には討伐せよ、と言い出すリ・エスティーゼのバカ貴族と一緒ではないかとイビルアイは少しだけ憤慨(ふんがい)する。

 

「……しかし、どう倒したものか……」

 

 攻守共に優れた吸血鬼(ヴァンパイア)

 攻めあぐねているイビルアイ。

 正直、助っ人が欲しい。

 この手の強大なモンスターは一人よりチームで討伐するのが一般的だ。

 相手が巨大石化の魔眼の毒蜥蜴(ギガント・バジリスク)みたいのだったらいいのに、と今は思う。

 今のイビルアイは物理攻撃と魔法が心許ない。

 シャルティアに当てられはするのだが、無傷だと思う。

 それこそ『超位魔法』でも持ってこないとダメかもしれない。

 

「まだまだ弱いということか」

 

 そもそもアインズより強いと言われるシャルティアに魔法で勝とうと思うほうが無謀だ。

 相手はまだ隠し玉を持っている。

 未熟な魔法詠唱者(マジック・キャスター)に出来る事は学ぶことだ。

 相手を知る。

 

「物理攻撃が高い魔法詠唱者(マジック・キャスター)というのは卑怯だな」

「それ用の職業(クラス)を持っているでありんすから。そこらの戦士職には負けんせん」

 

 シャルティアが習得している職業(クラス)呪われた騎士(カースドナイト)戦乙女(ワルキューレ)などで厄介な特殊技術(スキル)を持っている。

 

「例えば……この清浄投擲槍(せいじょうとうてきやり)はいかがでありんすか?」

 

 シャルティアが天に掲げた手からスポイトランスとは違う光り輝く槍が現れた。

 

「絶対不可避の槍でありんす」

 

 とはいえMP(マジックポイント)を上乗せしないと必中効果は得られない。あと、この攻撃には即死効果が無い。

 即死効果はないけどダメージによって殺すことは出来る。

 運が悪ければ死ぬかもしれないが、イビルアイなら大ダメージかもしれない。

 呪われた騎士(カースドナイト)の影響で受けたダメージは通常の回復では治せない。だが、イビルアイは普通の人間ではない。そこら辺がシャルティアの思考を混乱させる。

 何度も思う。

 

 この場合はどうなるのかしら。

 

 おかしな(くるわ)言葉は真面目な思考の時は使わない。

 分からない時は『物理で殴る』とはペロロンチーノかぶくぶく茶釜の言葉だったか。

 

「手加減しても相手によるでありんすね」

 

 とはいえ、出した槍は投げないともったいないのでイビルアイ目掛けて投げつけた。

 もちろん、必中なので逃走は転移でも不可能。どこまでも追い続ける。

 イビルアイが転移魔法を使えるかは知らないけれど。

 

「ぐっごぁ!」

 

 転移する暇など無く槍はものすごい速度で狙った対象に当たる。

 言い知れない肉体を削るような音が響く。

 誰がどう見ても肉体を貫こうとする槍に見える。

 『損傷(トランスロケーション・)移行(ダメージ)』の影響で肉体的には無傷なのだが、魔力を削られる不快感は消せない。

 しかも、これは魔法ではなく特殊技術(スキル)だ。

 貫通させない限り、どこまでも不快感は続く。

 

「あっははは! どうでありんすか、イビルアイとやら。負けを認めてしまえば楽になりんしょう」

「腐っても『真蒼の薔薇』……。そう簡単に頭は下げん」

 

 無理矢理、槍を押し込めて貫通させる。

 胴体に穴は開かないが、割りと魔力は持っていかれた気がする。

 

「ふん。妙な小細工をしていたようでありんすね」

 

 自分の知らない魔法はシャルティアとて興味をそそられる。

 ただ単に習得していないか、興味が無いかの違いかもしれない。

 

「眷属を召喚するまでもないでありんすね。上位転移(グレーター・テレポーテーション)

 

 失敗しない上位の転移魔法で移動するのはイビルアイの近く。

 移動の阻害が無いのは転移阻害魔法を習得していないか、油断を誘うか、だが。

 油断については有り得ない。

 イビルアイは自分(シャルティア)が思っているほど()()()()からだ。

 一向に高い位階魔法を使わないのは使()()()()から。

 弱すぎる相手に本気を出すほどシャルティアは短気な吸血鬼(ヴァンパイア)ではない。

 とはいえ、丈夫な敵は貴重だ。つい本気を出したくなる。

 さすがに『勇者の魂(エインヘリヤル)』を使う事態にまでは発展しない筈だ。

 その時は()()()()()()()をする時だ。だから命令遵守(じゅんしゅ)の今は使う事は出来ない。

 『血の狂乱』も今回に限っては自制する。

 

 

 スポイトランスでイビルアイのわき腹を突く。

 今度は村の方向は避けた。

 

「ぐっ!?」

「その小細工が切れたら報告してくんなまし。大怪我をさせるほど、わたしは血に飢えていないでありんすから。……血が出るかは分かりんせんけど」

「それはありがたいな。……まあ、後二撃くらいは耐えられるだろうよ」

 

 強がりではあるのだが、魔力を削られる不快感が強くて吐きそうだった。

 決定打に欠ける。これが一番の問題だ。

 人間種のように一撃で殺せる相手ではない、というのも厄介な点だ。

 痛み分けどころか一方的な蹂躙劇で終わる事になりそうだ。

 だが、このまま泣き寝入りはしたくない。

 一矢報いる事も時には必要だ。

 運が良い事に攻撃魔法のほとんどが通じない事が分かった。

 それだけでも分かれば戦略が立て易くなる。

 

「あ~、うっかり殺さないでよ。怒られるのはあんただけにしなさいよね」

 

 と、戻ってきたアウラが言った。

 

「わ、分かっていんす!」

「『内部爆散(インプロージョン)』禁止!」

 

 信仰系第十位階の魔法で対象の内部を破壊する。

 一見すると強力な魔法だが非実体には通じないし、発動まで精神を集中させる必要があるので気が散ると不発に終わる事がある。あと、複数人を狙えるけれど連発は出来ない。

 つまり一人一回ずつ、ということだ。

 

「アウラ! いちいち分かっている事を……。気が散るでありんす!」

 

 信仰系の魔法はイビルアイもあまり馴染みがないので知識に無かったが物騒な雰囲気は感じた。

 

「黙ってやられはしないが……。強いな、お前は。それは素直に驚いたよ」

「当たり前でありんすえ。弱い階層守護者など我がナザリック地下大墳墓にはおりんせん」

「いや、弱い階層守護者は居るよ」

 

 と、アウラ。

 今の言葉にシャルティアは驚いたがイビルアイもついアウラの方に顔を向けてしまった。

 油断と思ったが、シャルティアからの攻撃は来なかった。

 

「び、びっくりさせるな、バカ」

「あはは、ごめんごめん」

 

 (ほが)らかに笑うアウラ。全く反省の色は無し。

 

「直接戦闘しない『ヴィクティム』っていうのが居てね。そいつなら楽に倒せると思うよ。でもまあ、そいつくらいしか倒せないんじゃあ、お話しにならないけれどね」

「……むう」

「いいんでありんすか、そんなこと教えて」

「大丈夫、大丈夫。ヴィクティムの居るところまで来られる敵は居ないって。それにあいつ、移動も大変だろうし」

 

 階層守護者を一人倒したとしても他にも居る。

 復活手段を持っている相手だ。()()()()()()()()()があるんだろう。

 今のところ無理に倒しに行く理由はない。

 目下の敵は目の前のくそ吸血鬼(シャルティア)だけだ。

 こういう時に他人を頼りたくなるのは自分の弱さを知るからだ、とイビルアイは情けなくなりながら思う。

 

 モモン様なら。

 

 一対一の勝負なので頼るわけには行かないし、活路(かつろ)を見出すのも自分の仕事だ。

 

「一方的にやられてやるのも面白くない。こちらもそろそろ反撃したいところだな」

「今まで出会った『ざこ』よりは丈夫なようでありんすが……」

 

 シャルティアはスポイトランスをイビルアイに突きつける。

 

「我が(アインズ様)と比べるとやはり物足りなさは(いな)めないでありんすね」

「コキュートスでも味方につけないと五分(ごぶ)にはならないんじゃない?」

「……ア、ウ、ラ~。あんたはどっちの味方でありんすか!」

「だから、弱い方よ。脳みそまで腐っている人には解からないようね」

 

 弱い方と言われても今はイビルアイにアウラに反論する元気は無い。

 事実は素直に認める。

 

「極大魔法でもあればいいのだが……。大規模破壊に抵抗があるんでね。これでも私は……、人の世を壊したくないのさ」

 

 イビルアイは駆け出して、いくつかの魔法を繰り出す。だが、その全てをシャルティアは小石、またはもっと小さな砂粒の(つぶて)を払うようにあしらう。

 それでも第四、第五位階の魔法だ。

 第八位階以上が彼らの『普通』ならば人間はなんと脆弱(ぜいじゃく)なんだ、とイビルアイは絶望感いっぱいだった。

 物理攻撃は当然の(ごと)く通じない。

 ヤルダバオトよりは弱いかも、と(あわ)い期待を持ったのだが、目の前の吸血鬼(シャルティア)はかなり頑丈だった。

 

 おかしい。

 

 自分は弱い部類ではないはずなのに。と、他人事のようにイビルアイは思った。

 お前は『国堕とし』ではないのかと。

 種族に差があるとすればシャルティアの『真祖(トゥルーヴァンパイア)』とやらはそこまで強いのか。

 聞いた話しでは更に上に居るという『始祖(オリジンヴァンパイア)』はどんな化け物なのか。

 噂などでは近くには居ないようだが。

 シャルティアと同等、または強い吸血鬼がゴロゴロ居ては困る。

 

「もうタネ切れでありんすか」

 

 という言葉の後で喉にスポイトランスが当たり、後方に吹き飛ばされる。

 避けられない。

 相手の動きが早すぎる。いや、自分の方が遅いのかもしれない。

 

「ぐっ……」

 

 手も足も出ない。

 それはそれで情けない事だ。

 

「んー、たぶんだけど、あんたの魔法の位階が低いからじゃないかな。本気でダメージ与えたいなら第八位階からが必須よ。今のあなたの魔法じゃあカスリ傷どころかシャルティアがケガしても瞬時に自然治癒しちゃうレベルだもん」

「……そうじゃないかな~とは思っていたよ。だが、高い位階魔法はリスクがあるんでね」

「ダメージを別のものに移す魔法が心許(こころもと)なくなるんでしょ?」

 

 魔法に精通している者には看破(かんぱ)され易いようだ。

 高い位階魔法を扱う連中だから我々より物を知っていて当たり前と言える。

 逆に言えば我々は物を知らなすぎた。

 まだまだこれから発展するのだから、勉強はさせてほしいところだ。

 

「分かるわよ。攻撃優先か防御優先か……。向こう見ずな戦い方は命取りだもんね。こいつみたいに自意識過剰に魔法をバンバン打ちまくる輩の相手は大変でしょう」

「……わたしも考えて魔法を使っているでありんすえ」

「だったら低い位階魔法でチマチマと戦いなさいよ」

「……それはそれでイライラしそうでありんす」

 

 イビルアイは仮面を外してその場で嘔吐した。

 急激な魔力の消費で具合が悪くなってしまった。

 

「……はぁ。こんなに一気に減らされるとはな……」

「MP少なすぎるだけじゃないの?」

 

 魔獣使い(ビーストテイマー)のアウラはもっと少ないMPなので魔法詠唱者(マジック・キャスター)の気持ちはあまり分からない。

 100ポイントから一気に5ポイントに減らされることと、20ポイントから5ポイントに減らされる負担は全く違う。

 イビルアイは足が震えて立っていられなくなってきた。

 戦闘をやめて魔力の回復を計らないといけない。

 対するシャルティアはまだ魔力に余裕があり、特殊技術(スキル)も残っている。

 こうして眺めている間にも1ポイント、2ポイントとMPが回復している筈だ。

 回復は数分単位なので満タンになるのに数時間かかるのが一般的だ。

 対して特殊技術(スキル)は一日に使える回数が決まっていて再度の使用は明日になる。自然に回復したりはしない。

 

 

 肉体的な損傷は無いが、そろそろ魔力が尽きて大怪我をする頃だ。

 イビルアイは何か一矢報いたいと思っていた。

 どの道倒せはしないし、ただのケンカだ。

 

「……そう、ただのケンカだ。それをうっかり忘れるところだったな」

 

 その言葉にアウラは微笑む。

 

「ちょっと大怪我させてもいいわよ。こいつすぐ調子に乗るから」

「その期待に答えたいな」

「わたしに味方は居ないでありんすか?」

「帰ったら(なぐさ)めてあげるわよ。脆弱(ぜいじゃく)な生き物を(あなど)った頭の悪い吸血鬼の末路を」

 

 イビルアイも腹が立つがアウラにも腹が立ってきた。

 いつか勝負を挑みたい。そうシャルティアは新たな決意を固める。

 

スポイトランスの攻撃をまともに受けている事も致命的なのよね」

 

 そのお陰でシャルティアは未だにHPが満タンになっているし、とアウラは(つぶや)く。

 なっている、というよりはダメージを受けているように見えないからだが。

 もう少し派手にケガしてほしいな、とちょっとだけ思った。

 魔法詠唱者(マジック・キャスター)が単独で戦闘する事は悪手(あくて)である。

 シャルティアのように武具に恵まれている者でなければ後方支援に徹するべきだ。

 とはいえ、そんなことを二人のケンカに言っても無駄なんだけどね、とアウラは胸の内で独白(どくはく)する。

 

「そうでありんすね。そろそろ武器はやめんしょう」

 

 神器級武器をいつまでも下等な人間に見せるのは色々と都合が悪い。

 ここからは素手で充分だと思い、スポイトランスを消す。

 正直、素手での戦闘は得意ではないので、魔法を少し撃つ程度に留める。

 

「ペッ。恐れ入ったシャルティア。せっかく相手をしてくれたのだから、こちらも期待に応えたいところだ」

「わたしは物足りなくて退屈でありんすよ」

 

 と、言った後で駆け出す。

 魔法による敏捷などの強化ではなく、素の状態での速度でイビルアイに挑む。

 (しゅ)としてはそれほど差があるとも思えないはずなのに、シャルティアは圧倒的だった。

 ゴズン、と音が聞こえるほどの拳の一撃をイビルアイは受けた。

 吸血鬼は物理攻撃も人間より強い。

 対するイビルアイはダメージは無いものの衝撃は感じた。

 普通の人間なら内臓を損傷しているところだ。

 軽く後方に吹き飛ばされるもすぐさま体勢を立て直す。

 

「ここからは魔法も特殊技術(スキル)も使いんせん。どうぞ、(あらが)ってみるでありんす」

「そりゃどうも」

 

 イビルアイとて多少の体術は(たしな)んでいる。

 それでも生粋(きっすい)の戦士職には劣る。

 無手(むて)で迎撃しているのだが肉体に受けるダメージは軽くない。

 相手は武道に不慣れなはずなのだが、無理矢理速度を上げて当ててくる。

 戦闘中でも発揮されるのは高速治癒だ。

 物理攻撃だけなら魔法を解除して対応が出来る。

 相手が攻撃力を上げるような事をしてこなければ、だが。

 

「まさかこの鎧のおかげで攻撃が強いとか、思っているでありんすか? 多少は防御が硬いかもしりんせんが、それほど大層な特殊技術(スキル)はありんせんよ」

 

 極大魔法を食らっても無事、という特殊技術(スキル)はあるかもしりんせんが、と胸の内で言うシャルティア。

 ただ、中身までは保証されないのが困り者、とため息も同時につく。

 早い話しが露出部分までは保障されないので、超位魔法などを食らうと鎧に守られている部分以外は消し飛ぶ可能性がある。

 完全消滅でもなければ吸血鬼(ヴァンパイア)の高速治癒で治るけれど、いい気分はしない。

 

 ズブリ。

 

 思考の海に沈んで気が散ったところに不快な音がシャルティアの耳に届く。

 

「んっ?」

 

 突き出した腕の下に見えるのは赤い棒。

 その赤い棒は鎧を刺し貫いている。

 

「おっ……。これは……なんなんでありんすか?」

 

 いや、なぜ()()()()()()()()、と。

 極大魔法でも傷一つ付かない強固な鎧を赤い棒が何故、刺さるのかと。

 

「隠し玉は私にだってあるさ」

「……おお、あー、えーと、この場合は……なんて言えばいいでありんすか?」

「うぎゃぁぁ、か。痛い痛い、じゃないの?」

 

 ニッコリと微笑んだままアウラは言った。

 

「……うーん、なんか違うでありんす」

 

 痛みに強いアンデッドのお陰か、激痛というものは感じない。だが、HPは減っている筈だ。

 

「なんじゃこりゃあ、とか?」

「……間抜けでありんすね。いいでありんす。自分で考えますから」

 

 とはいえ、すぐには思いつかない。

 イビルアイは赤い棒を引き抜き、再度、刺してくる。

 思考中のシャルティアは避ける、という概念が無くなったような状態だった。

 好き放題に刺される。

 高速治癒の能力が高く、すぐに穴が塞がる。

 減ったものはすぐに回復する。ダメージとしてはそれほど多くない。

 刺突攻撃という事も原因だ。

 

「ちなみに、その鎧。直せるから多少、壊しても大丈夫だから。遠慮なくやっちゃっていいわよ」

「それはどうもご丁寧に」

 

 普通はそんなアドバイスをしないものだ。

 つくづく次元の違う相手だとイビルアイは苦笑を禁じえない。

 

「その槍はなんなんでありんすか! かな?」

「……自信を持って言いなさいよ」

「この槍は『魔槍ゲイ・ボルグ』と言うそうだ」

ゲイ・ボルグ!?」

 

 と、アウラが身を乗り出して言った。

 今のは演技か本気か。

 

「ウソ!? マジもん? 本物だったら凄いじゃん」

「……あー、わたしは良く知らないでありんすが……」

「槍装備のワルキューレ(戦乙女)の分際で知らないの? バカじゃないの」

「ううっ、知らないものは知りんせんもん!」

「後で説明してあげる。もっとその槍を使って見なさいよ」

「もちろんだ」

 

 素手のシャルティアに対し、どこから取り出したのか、二メートル近い長さの赤い槍のゲイ・ボルグ

 これは伯爵より頂いた『無限の背負い袋(インフィニティ・ハヴァサック)』から出したものだ。

 正確には伯爵がナザリック地下大墳墓で買って来たものをイビルアイに譲渡(じょうと)したものである。

 500キログラムまでのアイテムや武具を収められる(すぐ)れものだ。

 『魔槍ゲイ・ボルグ』はアーグランド評議国付近に現れた女神系モンスターから奪い取ったものだ。

 名前は確か『影の国の女王(スカアハ)』という褐色(かっしょく)の肌を持つ女戦士でかなりの強敵だったが伯爵が倒してしまった。

 そのモンスターと少し手合わせしたことがあるのだが、今のシャルティア並み、かもしれない程に強くて歯が立たなかった。

 影の国の女王(スカアハ)より下位のモンスター『魅了する顔(ディルムッド・オディナ)も強かったが倒せた。

 

「あー、でも戦士職ならもっと上手に扱うんでしょうね」

「らしいな。だが、私程度でも刺さる事が分かって……。自分でも驚いている」

「気が付いたら結構、穴だらけにされていたでありんす!」

「……普通は気付くから……」

 

 と、アウラは呆れ返った。

 心臓にも刺したはずだが何とも無い、というかなんとも思っていない、という感じだ。

 弱点という概念も無くしたのか、と思わせるほどだった。

 

「刺突ではダメージにならないということか」

「……いや~、結構ダメージになっていると思うわよ」

「そうなのか? ……そういう風には……、見えないんだが……」

「気にしたら負けよ、イビルアイ」

 

 平気そうなシャルティアの顔が自信を失わせる。

 

 

 魔法無しなら対等に戦える、と思ってはいけないんだろう。

 相手はいつでも本気が出せる。

 決して油断は出来ない。

 と、言っている側から拳が飛んできた。

 その攻撃をゲイ・ボルグで受けると言い知れない振動が手に伝わる。

 槍は破壊されなかったが、イビルアイの手が制御できない振動に襲われる。

 

「……お、おお……」

「結構丈夫でありんすね、その槍」

「私の記憶が確かなら伝説級(レジェンド)クラスはあったはずよ。あと、専用特殊技術(スキル)と専用超位魔法があったはず……。えっとね、爆裂魔法系だったような……」

「……改めて思うが、詳しいのだな」

「聞きかじった程度だけどね」

 

 振動は今も止まらない。

 

「変な攻撃で震えが止まらん……」

「普通に殴っただけでありんすよ」

 

 強固な武器と激突した事で想定外の事が起きたようだ。

 イビルアイは力任せに押さえ込もうとしているのだが、止まらない。

 手の感覚は無く、槍を掴んでいるというより、手にくっ付いてはなれない感じた。

 それでも腕は自由なので攻防は続く。

 ガンガンガン、と硬い石と石がぶつかっているようだ。

 

「そちらさんは特殊技術(スキル)を使っていいでありんすよ」

「使いたくても使えない。私の職業(クラス)では無理かもしれない」

 

 無理というか未熟というか。

 確かに槍兵(ランサー)職業(クラス)を持っているが戦士ではないので攻撃力は心許ない。

 騎兵(キャバリエ)くらいになればもっと槍を使いこなせるかもしれないのだが、自分は魔法詠唱者(マジック・キャスター)の方が得意だ。

 今さら戦士職にはなれない。

 馬術を収めないと騎兵(キャバリエ)の真価は発揮されないけれど。

 

 バンっ。

 

 イビルアイの目の前が真っ赤に染まる。

 一瞬、何が起きたのか理解できなかった。

 ただ、アウラは現場を俯瞰(ふかん)できていたので()()()()()いた。

 イビルアイの手の振動が限界を迎えて爆発した。ただそれだけだ。

 木っ端微塵になるイビルアイの両手。

 飛び散る指。嵌めていた指輪がシャルティアの身体に当たる。

 その後で感じる別の波動。

 今まで秘匿していたものが明るみになる。だが、それらはシャルティアには興味をそそられるようなものではなかった。

 

「うおぉ……」

 

 掴む手が無くなり、ゲイ・ボルグは地面に落下する。

 イビルアイはあまりの事に戦闘意欲、戦う意志を失ってしまった。

 

「……これはもうダメね。はいはい、ケンカは終わり。いいわね、シャルティア」

 

 イビルアイの鮮血を受けていたシャルティアはアウラの言葉にうなずく。

 血を浴びているのに精神が落ち着いているのは相手がアンデッド特有の種族だから、というか『吸血鬼(ヴァンパイア)』だから。同族の血には何も影響が出ない、のかもしれない。

 仮に『血の狂乱』が起きてもアウラが止める事になっている。

 

「高速治癒が働けば元に戻るんでしょう?」

「それは分からない。……だが、これほどの事になったのはあまり経験が無い……」

 

 驚きはあったものの意外なほど精神は落ち着いている。あと、痛みも少ない。

 目の前で踊る血管が見えている。

 元の形に戻ろうとしている為だ。

 飛び散った肉片が戻るのではなく、細胞分裂して肉を増やすような感じだ。

 

「……ゆ、指輪を見つけてくれ……。あれが無いと……私は家に……」

「分かった分かった。そのまま大人しくしていなさい」

 

 アウラは優しく言って、イビルアイの指輪を捜索する。

 

 

 ケンカを終えて誰が勝ったかなどは今のシャルティアにはなんの興味もなかった。

 元の服装に戻り、傘を差す。

 

「これかしらね。確か一個だけよね?」

「そうだ」

 

 シャルティアに比べれば治癒の速度は遅いのだが、それでも結構手は再生した。

 手首のところで止まるんじゃないかと少し心配した。

 

「再生に心許ないなら……、シャルティアの魔法で治癒してもらいなさい。それくらい敬意を払えるでしょう?」

 

 と、アウラはシャルティアに言った。

 

「良い戦いには褒美を与える。それくらい心得ているでありんすよ」

「物理的に『内部爆散(インプロージョン)』するとは思わなかったわ」

「うむ。私もビックリした」

「わたしも」

 

 自然と三人の間に和やかな雰囲気が訪れる。

 

「ほらほら、シャルティア。治癒魔法」

「わ、分かったでありんす。……は~、もう仕方ないでありんすね」

 

 信仰系第八位階『大致死(グレーターリーサル)』を唱えた。

 皮膚が出来ていなかった両手は瞬く間に勢いを増して再生していった。

 

「第六位階の『致死(リーサル)』とか修めていないからな。ありがとう」

「アンデッドの回復手段は必須よ」

「分かってはいるのだが……。まだまだ勉強中の身なのだ」

 

 再生の終わった手の指に指輪を()める。

 手袋は残念ながら破れてしまったので新調する必要がある。

 

「回復したのならわたしはもう帰るでありんす。汚い吸血鬼(イビルアイ)の血を浴びるとは……」

「そうよね、早く洗わないと血が混じって新種の吸血鬼(ヴァンパイア)になっちゃうかもね」

「おおう。怖い事を言わんでくんなまし。では、失礼するでありんすえ、イビルアイ」

 

 そう言って第十位階の転移魔法『転移門(ゲート)』を呼び出して潜って消えた。

 

「もう、素直じゃないんだから。……ところで腰が抜けたのかしら?」

 

 イビルアイが一向に動かないから言ってみた。

 

「そのようだ。あまりのことに……。少し休めば大丈夫だ。なにせ、私はイビルアイだ」

「変な根拠ね~」

 

 震える手でゲイ・ボルグを回収する。掴んでも振動は伝わってこなかったので、大丈夫だと思われるが安心は出来ない。

 それにしても目の前で破裂するとは思わなかった。

 爆裂魔法を食らった気分だ。

 それとも槍が暴走でもしたのか。

 使い方に気をつけるように、とは言われていた。

 もう一つの『ゲイ・ジャルグ』とかにすればよかったかな。

 

「あなたも帰って服とか洗った方がいいわね」

「……ああ、そうだな。青いローブに赤い血は……、目立つ……」

 

 自分の血の匂いで暴走しないのは、あまりにも衝撃的なことがあって気にならないのかもしれない。

 まだまだ精進する必要がある。

 攻撃だけではなく、身を守る為にも。

 

 

 戦闘を終えて立てるようになったイビルアイは飛び散った自分の肉片を全て回収して辺りを整地していく。

 後始末もちゃんとするのがアダマンタイト級の冒険者として当たり前の事、というわけではなく、変なモンスターが湧かないように、という意味合いで(おこな)っている。

 数百年も続けた習慣なので自然と身体が動いてしまう。

 アウラも空いた穴くらいはシモベなどで塞ぐが、イビルアイの仕事の丁寧さには感心していた。

 真面目なところはアインズも見習いたいと言っていた程だ。

 無闇に人を襲う吸血鬼(ヴァンパイア)がバカに見えるほどだ。

 

第終話 竜王国(ドラウディロン)()女王(オーリウクルス)

 

 近隣の獣人(ビーストマン)の国の侵攻により竜王国の国民は餌場として食われ続けていた。

 だが、それは去年までの話し。

 『漆黒の死神(変態)』だか『漆黒の風(とにかく女の敵)』とかのお陰で獣人(ビーストマン)の部隊の半数は壊滅した。

 褒美は恐ろしいものだったが、それはもうどうでもいい。

 

 

 竜王国を治めるのは『七彩(ブライトネス)()竜王(ドラゴンロード)』の末裔にして『黒鱗(ブラックスケイル)()竜王(ドラゴンロード)』の女王『ドラウディロン・オーリウクルス』という。

 見た目は小さな黒髪の少女。

 だが、それは国民の要望で変えているだけで本性はもっと年上だ。

 高齢の(ドラゴン)は人に変身する能力を得る。だが、だからといって人間種になるわけではない。

 あくまで人間に変身するだけだ。

 変身だけなのに人との間に子供が出来るのが今もってドラウディロンには理解しがたいが。

 生まれた自分がここに存在しているのだから、どうしようもない問題だけれど。

 たまに本性に戻りたい事もある。

 人間の肌色から黒い鱗がびっしり張り付いた美しい(ドラゴン)の姿へと。

 

「ああもう、ロリコンどもめ。イライラが止まらぬ」

 

 文句を言っても仕方が無い。

 獣人(ビーストマン)の進攻が止み、新興国家『アインズ・ウール・ゴウン魔導国』と国交を持ってから仕事に余裕が生まれた。

 頭を悩ませていた問題が少し減ったのでお忍びで国外に出たくなってきた。

 以前、帝国に行き、物騒な『マグヌム・オプス』にも行きはしたが、普通の農村にも行きたくなる。

 竜王国の都市は復興を始め、現地調査には今しばらく時間がかかりそうだ。

 

「かねてより打診されていたリ・エスティーゼ王国の農村に()って見ますか? 村長エンリの噂を直に見る機会でもあります」

「うむ。大農場を作り上げる手腕は是非ともわが国にも富をもたらそう。少し遠いのが難点だな。スレイン法国に(にら)まれていなければ良いが……」

「その点は抜かりなく……。救援要請の『陽光聖典』を寄越さず、金だけ持ち逃げしようとしたのです。文句は言わせません」

「当たり前じゃ! あのアホウ共にどれだけ金をやったことか」

 

 小さな身体で憤怒の形相を見せる女王ドラウディロン。

 ()()()()なので威厳は全く感じられず、他者の目を楽しませる結果しか生まない。

 頬にうっすらと黒い鱗が現れ始める。

 (ドラゴン)には触れてはいけない『逆鱗(げきりん)』が一枚ある。

 力は弱くとも並みの人間には負けない。

 

(つの)が見えてきましたよ」

「おっとと、危ない危ない。久しぶりの休暇は誰にも邪魔されたくないな」

「護衛として帝国の四騎士の一人『レイナース・ロックブルズ』様をお借りできました」

「大丈夫なんだろうな? ジルクニフ皇帝は裏切る、とか何度も言ってて怖くなってきたぞ」

「好きで騎士になったわけではありませんから。……確か復讐が……」

「いやいい! なんか聞きたくない」

「大丈夫ですよ、ドラウディロン陛下。ロックブルズ殿は仕事はしっかりやってくれる人ですから」

「……暗殺も入ってそうで怖いな……」

 

 (ほが)らかに笑う宰相はいつにも増して怖かった。

 

 

 バハルス帝国最強と(うた)われる四騎士の一人『重爆』の二つ名を持つ女騎士。

 『レイナース・ロックブルズ』は四騎士の紅一点。

 実力は最強に恥じない。他の三人の騎士とも渡りあえる実力者と言われている。

 神官(プリースト)呪われた騎士(カースドナイト)職業(クラス)を持っている。

 他に槍兵(ランサー)騎兵(キャバリエ)と戦士というか騎士職が多い。

 顔の半分は(うみ)で覆われているのだが、それは過去に戦ったモンスターの呪いの影響だ。

 その呪いの為に不遇な生涯を送っている。

 趣味は『復讐日記』の執筆。

 最近、アインドラ伯爵と意気投合し周りを戦慄させている。

 

「あの二人を怒らせたら、世界が呪われちまう!」

「手を組んではいけない二人と言えば……」

 

 という冒険者の噂が出るほど。

 実際のレイナースは噂とは関係無しに鼻歌交じりに仕事の準備を整えていた。

 振り回す槍の調子はよく、昨日殺した犯罪者の首の()ね具合も申し分ない、と武器の確認に余念が無い。

 今回は皇帝の命令もあるが、少し遠出が出来るとあって楽しみにしていた。

 このところ()()()()()する事が多かったから。

 まずは竜王国の護衛兵と合流し、数日間の旅路が始まる。

 初めていく場所ではないけれど他国の領内は浮かれているレイナースでも緊張するものだ。今回は魔導国の領地も通るのだから、多少のモンスターの出現も想定しなければならない。

 魔導国のモンスターは勝手に襲い掛かってこないと聞いているのだが、力に()かれてやってくる他のモンスターは別物だと思われる。

 特に巨大石化の魔眼の毒蜥蜴(ギガント・バジリスク)は確実に殺す。これは魔導王の頼みであっても譲れない。

 

「ロックブルズ殿は長旅は平気なほうか?」

 

 顔の半分が膿に覆われているのでドラウディロンは心配になって尋ねた。

 

「はい。遠出ははじめてではありません。あと、顔の事をご心配されていると思いますが、呪いというものは病気とは違います。膿をふき取る布巾が足りるかが気がかりですわね」

「それについてはこちらでも用意している。それは安心してくれ。良い仕事をしてもらうためだからな」

「ありがとうございます」

「そういえば、復讐はどうなったのだ?」

「もう果たしておりますので、ご心配には及びません」

「おおう、そうか。だが、ジルクニフ皇帝は心配しておったぞ。私が言うのも変かもしれんが……、仕える(あるじ)が無能ならば口出しはしないが、あれはいい男だ。大事にした方がいい」

「……はい、……それはもちろん」

 

 と、小さな声でレイナースはドラウディロンにだけ聞こえるように言った。

 

 

 道程(どうてい)に問題は無く、一日、二日と過ぎていく。

 途中で野営を設営し、兵士達はしっかりと疲労回復に努める。

 目下の問題は女性である身なので身だしなみが心配になってくる。

 風呂の用意は中々できるものではない。かといって水を持ち歩くわけにも行かない。

 自然と寒風摩擦が中心となる。

 ただし、女王だけは水の使用を優先される。

 

「もうすぐだが、長き遠征の場合、ロックブルズ殿は身体はどうしておる?」

「長期の遠征はあまり無いのですが……。そうですね……。我慢です。一般的に宿舎を作り上げてカッツェ平野で訓練をしたりするので、身支度に不自由した経験はありません」

「……我慢か……。食糧難の時に私だけ贅沢は言ってられんな」

「いえ、国を治めるものは責任を糧に生きなければなりません。その話しで言えば……、確かにジルクニフ陛下を心配させる私は……ちょっと意地悪な女かもしれませんわね」

 

 薄く笑うレイナース。

 

「ちょっとかな~。確かに責任というものは大事だがな。何もせず無責任に死ぬようでは国というか国民が困るだろうな。……ロリコンの多い国だが……」

「私ならその『ろりこん』なる不届き者は成敗いたしますわ」

「いや、うちのアダマンタイト級の冒険者だからな……」

「関係ありません。なんなら去勢でも……」

「……そこまでするのか……。それはそれで恐れられてしまうな……」

獣人(ビーストマン)の進行に困っていた事は知っていますが、だからといって弱みを見せてはいけません」

「厳しくすると駄々をこねるからな……」

 

 少女の姿に好きでなっているわけではない。

 それもこれも竜王国のためだと思えばこそだ。

 そんな『がーるずとーく』を続けて三日目に魔導国領を抜けて目的地のカルネ村に到着する。

 挨拶もそこそこに村の中に作られている宿舎に直行し、排泄や食事や睡眠を取っていく。

 四日目の朝に改めて村長に挨拶する。数日の旅は疲労との戦いだ。

 

「少し強行軍であったが無事に着いて何よりだ」

 

 と、まずは部下を(ねぎら)う。

 

「竜王国から参ったドラウディロンだ。昨晩は失礼した、村長」

「いえ、まずは……。ようこそおいでくださいました。私はエンリ・エモット。このカルネ村の村長を務めています」

「お忍びゆえに大々的な出迎えは不要。あと、内密にな」

「了承いたしました」

「こちらは既にご存知だと思うが、帝国四騎士の一人……」

「レイナース・ロックブルズです」

 

 紹介されて名乗りを上げるレイナース。エンリとは初対面ではないが改めて挨拶した。

 帝国騎士とは浅からぬ関係ではあるのだが、過去のわだかまりは今は避けることにしていた。

 どういう意図があってカルネ村を襲撃したのか、本当は聞きたかった。だが、戦闘を餌に部下が勝手にやったことだと言われれば追求はほぼ不可能だと貴族の人に教えられた。

 現に帝国四騎士は王国における村の襲撃は誰一人として知らなかったと答えた。

 そもそも帝国領から()()()王国領に侵攻してはいけない決まりがあったからだ。

 それと行方不明となった騎士は実は居ない。

 つまり帝国騎士は何者かの偽装である、と。

 それでも帝国騎士の鎧をまとい王国の村々を襲撃した事実は幻想ではない。

 ジルクニフ皇帝は戦争に勝つためには手段は選ばない、と言われてはいるのだが弱きものを虐げる趣味はなく、村や国民を愛しているように他国の村人まで巻き込むことを良しとしない。

 軍事のみで強大な国家は維持できない。それが分からない皇帝ではない。

 

「今回は……謝罪とかは言わぬな?」

「はい。過ぎたこと、には出来ませんがいつまでも恨みを抱くのは本意ではありませんので」

 

 皇帝の名の下に僅かばかりの見舞金も届いた。

 

「今回、訪れた目的は……エンリ、そなただ」

「私が目的?」

「大農場を作り上げた手腕を是非ともご教授願いたくてな。もちろん、竜王国に招待する、とは言わん。遠いからの。色々と教えてはくれぬか。我が国も発展せねばならないので」

「こんな私でよければ」

 

 話しに区切りを付けて、エンリはドラウディロンを案内する。その間、兵士やレイナースは気がかりな事があった。

 入る前から見えていたのだが、まず村の中にモンスターが蔓延(はびこ)っていること。

 こちらは危害を加える目的は無く、というよりは村の一員となっているように見えていた。

 噂では色々と聞いていたのだが、実際に目にすると驚かされる。

 モンスターを使役する『血塗れのエンリ』なる武人が居ると。

 他にも覇王とか聞いた覚えがあるが、実物は普通の村娘だった。

 

「……あえて避けてては失礼であろうな……」

「あはは。……あー、いや、別に無理に指摘されなくてもいいんですよ」

「そ、そうか? だが……、あれは目立ちすぎる」

 

 村のすぐ近くに居るんだろうけれど、隠し様の無い巨大な物体。

 戦争時、帝国で待機していたレイナースは直接は見ていなかったのだが、伝え聞いた超ど級モンスターの話しを飽きるほど聞かされていた。

 体長十メートルを超える巨体の持ち主。

 

 黒い仔山羊(ダーク・ヤング)

 

 なぜ、この村に居るのか誰も指摘したくないのだが何か言わなければならない気がした。

 だからこそドラウディロンは言いにくい事を勇気を出して言った。

 なんだ、あの化け物は、と。

 

「あれで『うちの妹です』と言われたら私は泣く自信があるぞ」

「それは私もですよ。名前は黒い仔山羊(ダーク・ヤング)。姿は見たままです。ご存知かと思いますが『複製(クローン)』の一体です。命令に従い、休憩しているだけなので危険はないと思います」

「了解した。部下達にも言っておこう。……あまり意味が無い気もするが……」

「少し遠いけど、迫力がありますね。帝国の守護神と言われているモンスターをこの目で見ることになろうとは」

 

 レイナースとしては帝国を勝利に導いた聖なる化け物、という印象だった。

 立場の違いで感じ方もそれぞれ違う事にドラウディロンは感心した。

 

「あれは数日中には砂漠地帯の方に()ってもらうので村で飼う事はありません」

「その方が良いだろう。王国としてもあんな化け物を野放しにされては討伐隊を編成されてしまう」

「仰るとおりです、ドラウディロン陛下。近隣に謝罪するのが大変なんです」

「そういえば……。一体だけなのか?」

「はい」

 

 帝国の守護神は五体の黒い仔山羊(ダーク・ヤング)だ。

 だが、その帝国には一体たりとも居ない。

 長時間、暴れた後には全部が退去した、ことになっていた。

 レイナースも再召喚が必要なモンスターだと思っていた。

 

「戦争時に一体だけ倒されたというのは(まこと)のようだな」

「そのようです。念のために言いますと、私が倒したわけではありません」

「うむ。……それほどの力があるとは思えん。あれくらいになると竜王(ドラゴンロード)級を連れて来ないといかんな。そんな事はどうでもいいか……。さて、あれは無視して色々と農業についての話しを聞かせてくれ」

(かしこ)まりました」

「……あれの他に厄介なモンスターは居ないな?」

「どうでしょうか。色々と連れてくる人が居るので……」

「楽しい村で私は気に入ったぞ」

 

 子供らしく笑うドラウディロン。

 理解ある人間でエンリも話しやすくて助かっていた。

 

 

 夕方まで話し込んだ後でレイナースはドラウディロンの護衛をしつつ他のモンスターの様子を見学する。

 村の中に居るのは小鬼(ゴブリン)が多く、このモンスターは召喚モンスターだという。それ以外は黒い仔山羊(ダーク・ヤング)を除けば天然モンスター。

 いや、もう一体、別格が居た。

 

 戦乙女の蜘蛛女(アラクネ・ワルキューレ)

 

 カルネ村の護衛モンスターだが、外敵であるはずの帝国に攻撃は仕掛けてこなかった。

 

「ちゃんと命令しておいたので、客人の皆様に危害は加えないと思います。それがたとえ帝国の人でも」

 

 と、説明したのは近隣では名の知れた薬師(くすし)バレアレ。

 帝国では無名に近い。遠いから、とも言える。

 

「立派な武装で驚いている」

「最初から武装していたので僕たちが用意した物ではありません。種族の基本武装みたいです」

「ほう」

「もちろん、糸も出せますよ。命令に従順ですが正確に伝わっているのか、時々、心配になります」

「曖昧な命令とかだな」

「はい」

「勝手に襲ってきた時は?」

「迎撃してください、としか」

「あい分かった。なかなか楽しい村だな。近隣の村を襲ったのが帝国兵というのは……、本当なのか?」

 

 着ていた鎧にバハルス帝国の紋章が刻まれていた、とは聞いたが偽装くらい出来る。

 では、何者が帝国を(かた)って虐殺行為をしたのか。

 レイナースはつい『復讐してやる』と言いそうになった。

 復讐したいのはカルネ村の方だ。自分は帝国軍人として毅然(きぜん)としていなければならない立場だ。

 非がなければ謝罪する必要無し。

 身内の不祥事は恥ではあるけれど、原因がはっきりするまでは安易に頭は下げない。

 レイナースの立場では犯人を見つけて()らしめたいところだった。

 

「当時は三国ともに思惑があって色々とごちゃごちゃした事があったのでしょう。互いが互いの偽装をしていたようで犯人を見つけるのは困難かと。襲撃者の大部分は殺されてしまいましたし」

「死体は魔導国にあると……」

「らしいですね。ただ、魔法的に証拠隠滅の仕掛けが施されていたらしく、全部ダメになったと聞きました」

「魔法的に、か……。厄介ではあるが……。そんなことが出来るとしたら……」

 

 スレイン法国くらいだ。

 犯人が判明したのだが、証拠がなければ追及できない。

 つまりそういう事なのだろう。

 スレイン法国の秘密部隊は表向きには『存在しない』事になっている。だから、いくら尋ねても『知らない』の一点張りになる筈だ。

 有名なのに。

 

「生きて掴まえた者が居なかったか?」

「『陽光聖典』の人達ですね。こちらは王国戦士長の暗殺が目的であって村の襲撃は否認されています」

「……小ざかしいかぎりだ。なるほど……」

 

 陽光聖典は帝国兵に偽装していない。だから追及を逃れる理由がある。

 全ての原因は自分達には無い。第三者が犯人だ、と言い張れる。という筋書きが出来ているのかもしれない。

 もちろん、それは王国と帝国にも書ける筋書きだ。

 だからこそ、言い逃れが出来る。

 

「三国全てに言いがかりをつけられるわけだ」

「はい」

「嫌な話しですまなかったな。……ところで、あの守護神、黒い仔山羊(ダーク・ヤング)とやらを砂漠に連れてって何をさせているんだ?」

「フェルトとか断熱材の製作を手伝ってもらっています。重量のあるモンスターなので圧縮作業に適しているんです」

「……圧縮か……。それは……適任だな。近隣の国を襲うかと思っていたぞ」

 

 自分ならすぐ復讐に使いそうだ。

 良い事に使うのであれば悪い気はしないし、応援したい気持ちになってくる。

 

「ちなみに餌はなんだ?」

「餌は必要ないのですが野菜とか残飯類ですね。……人は食べさせませんよ」

「残念……」

 

 ンフィーレアは苦笑する。

 

 

 護衛の任務があるのでドラウディロンからあまり離れられないのだが、黒い仔山羊(ダーク・ヤング)を間近で見てみたかった。

 遠目からでも不気味な姿は見えているけれど。

 一応、素手で触るのは危険だと聞いていた。

 

「いや~、とても有意義な話しを聞かせてくれて感謝するぞ。苗木とかも頂けて」

「竜王国の土地に合うと良いですね」

「土地自体に問題が無いのだが……。厄介な隣人が居るのでな。ところで、カルネ村は頻繁にモンスターを集めているのか?」

「いいえ。人食い大鬼(オーガ)達はトブの大森林の異変で避難してもらっているだけです。安全が確認されれば戻ってもらいますよ、ちゃんと。モンスターを増やす目的はありません」

「そ、そうか。そういえば可愛い人蛇(ラミア)とかは見かけないが……」

「たくさんのお客さんに驚いて、今は部屋の奥に避難しております」

「それは失礼したな。この村は()()安全であろうに」

「私は何も言いませんよ」

 

 最も危険な場所『マグヌム・オプス』はモンスターを量産できる、と言われている。

 もっとも自我の無い複製(クローン)ばかりなので勝手に暴れだす事は無い、と聞いていた。

 ンフィーレアは度々、向かい何かを研究している。同僚にイビルアイが居る。

 実際にンフィーレアはモンスターの研究は生態調査くらいでエンリを悲しませる事はしていないと言い張っている。

 連れてくるのがびっくりするようなものばかりなだけだ。

 それはンフィーレアが原因ではないのは分かっている。

 

「複数の(ドラゴン)が居るはずなのだが、村長は様子は見ないのか?」

「忙しくて……。眠っている(ドラゴン)は眠ったままです。暴れだせば施設が壊れるのですぐ異変に気付きますよ」

「だろうな。愚問だった。だが……、親類が居ると思うと気になってな」

「お察しします」

 

 ドラウディロンにとっては親類どころではなく()()()複製(クローン)も保管されていた筈だと思って心配だった。

 裸の観賞とかが特に。

 

「ンフィーからは女性の裸などは特別な部屋に安置されていて、しっかり封印されているそうですよ」

「なんと、それは初耳だ」

「特にドラウディロン様ならば封印の部屋行きかと存じます」

「知りたくないようで、知らなければいけない気もするが……。それもこれも獣人(ビーストマン)共のせいだ!」

「うちのンフィーは頼りなく見えますが紳士ですよ。気配りが出来て……。研究に熱中すると周りが見えなくなることがあるけれど……」

「秘密をベラベラ喋る口の軽い男と魔導国では言われているそうじゃないか」

「自慢癖があるんです」

 

 と、エンリは苦笑しながら言った。

 

「それだけ喋る男が言うのだから信頼に値するのだろう。裸云々についてベラベラ喋ってほしくはないがな」

「はい」

「護衛のためとはいえ物々しくて申し訳ないが……。ますますの発展を祈っているぞ」

「ありがとうございます」

 

 女王としての責務を負えた後、ドラウディロンは村人と交流を始める。

 帝国騎士はレイナースのみ。後は竜王国の兵士達だ。それでも武器を携帯する兵士に幾分か警戒心をもたれてしまう。

 国の頂点自ら足を運んでいるので大事(だいじ)には至らないと思いたいが、何が起きるかわからないのが村人の小さな不安の種だ。

 

 

 幾多の困難を乗り越えてきたカルネ村は三国で一番有名になっていた。

 良くも悪くも、と付くかもしれないけれど。

 あの村長なら巨大石化の魔眼の毒蜥蜴(ギガント・バジリスク)も可愛いモンスターとして使役するのでは、とか色々と噂が広まる。

 村自体はモンスターで(あふ)れかえっているわけではないのだが、自分の目で確かめない者達の噂はいつだって尾ひれが付いて極大解釈されがちだ。

 火消しとしてイビルアイが様子を見に来てはエンリの近況を聞き、王国に伝えられる。

 王国の第三王女『ラナー・ティエール・シャルドロン(黄金)・ライル・ヴァイセルフ』は良き友達になれるかも、とイビルアイの報告を楽しみにしていた。

 悪い事ばかりではない。

 物騒な噂のおかげで他国から安易に攻められない牽制の役目にもなっている。

 だが、全ての事情を把握する魔導国には通用しないけれど。

 いつしかカルネ村はこう呼ばれるようになる。

 

 『バレアレモンスター園』

 

 と、それは遠くない未来の話し、かも。

 当の本人(ンフィーレア)はそんな二つ名が付くとは夢にも思っていないけれど。

 今日も新たなモンスターがカルネ村に勝手にやってくるかもしれない。

 例えば白金(プラチナム)()竜王(ドラゴンロード)とか。

 意外と笑い事ではないかもしれません。

 

『終幕』

 

 


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