広大な土地を取得した『
報酬は素材。
それも
数キロメートル四方という広さは思っていたほど広く。目測と実寸の乖離は
一見、田畑があり祖母の錬金術や薬学に関係した『離れ』の工房とも思える施設。
常連客は来る。ただ、一般客は訪れにくい。
それもそのはず。
見晴らしの良すぎる平野にぽつんと存在する寂れた風景が広がっているのだから。
都市の中であれば様々な店などで賑やかであったかもしれない。
だが、ここは都市と都市の短い距離の間にある休憩するには近すぎる所だった。
これが首都である『リ・エスティーゼ』と、もっとも東に位置する『城塞都市エ・ランテル』の中間地点であればまだ理解できる。
歩いて
いわば『ただの通り道』だ。
見晴らしが良く、短い都市間に位置しているので不測の事態が起きにくい。
万が一の事態があってもどちらの都市からも救援が来やすい、という点で言えば安心感はある。
特に祖母の『リイジー・バレアレ』はまだまだ現役で活躍できる第三位階の
孫である『ンフィーレア・バレアレ』にとっては大事な家族だ。
土地の利用に当たって様々な権限を持つ『僕』ことンフィーレア・バレアレは新しい事に余念がない。
少し離れた『カルネ村』には最近村長になった
帝国兵に大切な家族を殺されていた時に助けに来てくれた謎の
モンスターを使役するエンリを危険と判断し、出身国であるリ・エスティーゼ王国が討伐隊を編成するとかしないとか、いろいろと揉める事があったらしいけど今は昔の出来事です。
カルネ村は平和である。
冒険者の噂で『血塗れのエンリ』とか聞いた気がするけれど、僕は気にしない。
もっとおぞましい施設に居るのだから。そんな事は
そう。この施設『マグヌム・オプス』に比べれば。
あらゆるモンスターを内包する物騒な地下施設。
実際にはモンスターに免疫の無い人達が怖がっているだけで中は比較的、安全です。
もちろん、
秘密を暴こうとすると『メイド』に強制転移させられてしまう。
この『メイド』はゴウンさんも手を焼く厄介な存在です。
『マニュアル』があるけれど、通用しない事態もたまに起こります。
この施設の事は今は関係ないので目下の目的は『モンスター』です。
みんなが怖がるモンスター。
その中の一つに『
名前にあるように足は山羊に似ています。
丸い身体にはたくさんの口がありますが、口だけです。あと、可愛い山羊の鳴き声を発します。
姿は山羊とは似ても似つかないけれど。
涎は垂らしますが、頭が良くて言う事を聞くので作業に良く利用させてもらっています。
かなりの重量があるから僕の錬金術関係の仕事には欠かせないモンスターです。
戦争の時に十万人ほど踏み潰しちゃったらしいけど、これは
邪神系のモンスターですが不死の存在で餌は不要。だけど、食べることはできるらしいです。排泄するのかは分かりませんが。
残飯処理には打ってつけ。
この
十メートルもあるのでカルネ村では飼えないと。
素直で大人しいモンスターなんですけどね。
近隣の『エ・レエブル』などから戦争体験者が怯えると抗議が来るので、普段は夜間に表に出しています。
『マグヌム・オプス』の出入り口は持ち主の厚意で巨大モンスターの出入りを可能とする扉を作って頂きました。
他にも数体の眠れる
居るというか保存容器に入っていたり、風呂場に置かれていたりするけれど。
カルネ村と一部の人達はモンスターを好意的に受け止めてくださりますけど、人間に
土の入れ替えや水やりで植物系のモンスターは僕に懐いています。
アインドラ伯爵は女性の観点からアンデッドはお好きではないらしく、施設にはほぼ
でも、実は
世間はモンスターにとって住みにくい。というよりかは近隣は人間の国だから仕方がありません。
遠くに行けば亜人の国があり、モンスターにとって住みやすい国もあるでしょう。
アーグランド評議国。
そういった国は人間が食料にされてしまう傾向にあるらしい。
種族が違うので仕方がありません。
人間は彼らにとって食料であるのと同様に我々は家畜の動物を食べるのですから。
さて、夜間
大抵は仔山羊の触手の餌食となるのですが、硬い身体の仔山羊はとても強いです。あと、走ると追いつけないほど。夜間なので黒い身体が闇に溶け込み、目立たなくなります。
アインドラ伯爵が本気で切り刻もうとしても歯が立たないほどです。でも、倒したんですよね。
では、どうしてそんなモンスターの複製を作れるのか。
それは僕のような人間には想像もつかない世界の御業があるのでしょう。
『マグヌム・オプス』には
再生魔法をかければ、たちどころに巨大モンスターが復活するという。
処分できないモンスターは世界に破滅をもたらすと言われています。
僕は施設の管理を任されていますが、実質危険なモンスターは施設内の『メイド』が厳重に見張っています。
手放しで安心することが出来ないのは分かっていますが、僕程度では『メイド』達の足元にも及びません。
なにしろ本気を出すと
散歩といっても遠くに連れて行けるわけではありません。
十メートルの巨体ですから近隣の一般市民は恐れて逃げ出します。
一度、鳴くと恐怖心がばら撒かれたように悲壮感が広がります。
普段は鳴かないように。鳴いても小さくするように気をつけています。
命令を聞く素直で賢いんですよ。
地面を踏み砕く脚力。これは畑を耕す時に最適なんですけどね。
人の役に立てるだけの能力はあるんです。
僕はただただ恐れられている仔山羊がとても可哀相に思えて仕方が無い。
元もとの召喚主であるゴウンさんも言っておられました。
自分で召喚したモンスターは従順だから可愛く見える。
確かに命令をよく聞く素直なモンスターは可愛いかもしれません。
それがたとえアンデッドでも。
多くのモンスターの管理を任されてから僕もモンスターにかなり理解ある人間になったものだと自負しています。
ただ、危険度の高いモンスターはまだ慣れません。
絶対に安全である、というのは幻想かもしれないし、危機意識を持つ上では気を抜かないようにしています。
カルネ村には
凶暴なモンスターは冒険者に駆逐されるのですが大人しいモンスターまで駆逐するのは可哀相という村長エンリの計らいで
この子達は小さいから住むことを許されているのですが、僕の仔山羊はダメだと拒否されてしまいました。
畑仕事が出来る優秀なモンスターなのに勿体ない事です。
硬い地面は強力な脚力で踏み砕き、柔らかくする事に長けているというのに。
命令次第では重いものを運べたりするんですけどね。
あと、木の伐採もお手の物です。刃物のような鋭さはありませんが。
城に連れて行くと怖がられますが、戦闘訓練の相手もできるんです。
身体が硬いので
勝手に暴れない良い子なんです、本当に。
そういえば、名前を付けていませんでしたね。それについてはアインドラ伯爵と相談しなければならないでしょう。
『マグヌム・オプス』にはお風呂の施設があり、そこには何体かの
湯気が天井で冷やされて水滴になり、それが落下する事によって水分補給する。
定期的に土の入れ替えをしなければなりませんが、最初の頃に比べて
人間の女性の身体に似た植物モンスターで本体は根っこ。
子孫を残すために頭に花を付けて、それが落ちると人間部分が老化して枯れていき、新たな身体を形成していきます。
基本的に根が枯れない限り
種を作るのですが、伝承では生物の精子が必要らしく、彼女たちは近づく生物を長い蔦で掴まえたりするらしいです。
花弁ということで腰の部分に生物を呼び寄せる蜜が溜められています。時には振りかけて外敵を追い払ったりするそうです。
足元が根っこなので自由な移動が出来ません。
元々は南東の奥深い森に生息していたのですがアインドラ伯爵が興味本位で伐採して持ち帰り、この施設で育てているのです。
ほぼ観葉植物のように。
近親種の
僕ことンフィーレア・バレアレの仕事は定期的に彼女達のお世話をし、生態の調査をすることです。
一応、薬草学を専攻しているので生物に興味があります。
特に植物系のモンスターなどは。
他の生き物も研究の延長線上で調べたりします。
時には貴重な資源を発見できるかもしれないし、生物から学ぶ事は多いです。
それがたとえアンデッドであっても。
たまに遊びに来るエンリの妹のネムは可愛い女体モンスターの遊び相手になることが多く、今では顔見知りになっています。もちろん、危険なモンスターには迂闊に近づかないように色々と教えています。
最近ではかなり北の山奥に出てくる
何もしなければ大人しく立ち去っていくので無闇に倒そうとしない限り、黒い
ちなみにゴウンさんに
様々なモンスターに精通していらっしゃって、とても勉強になります。
たまに
あと、とても危険なモンスターらしく近づかないように言われています。
見つかったら命が無い、と言っていた気もしますけど。
世の中にはどれだけ珍しいモンスターが居るのやら。
『マグヌム・オプス』にもゴウンさんが欲しがるほどの珍しいモンスターがたくさん居るらしいですが、僕が知りうるものは少ないです。
大半が眠っているので強いのか、危ないのかはわかりません。
起きているモンスターも居ます。というかゴウンさんが連れて来たモンスターですね。
見た目がモンスターなのが
一見すると人間のようなのが
珍しいモンスターは近くに置きたいものです。
個体によって色々と色合いに違いがあり、咲かせる花も微妙に違います。
あと、土の栄養などによって違う個体が生まれることがあります。
陸地に近い土だと黄色っぽくなったり、奥深い山だと緑色が濃くなったりします。
毒性の強い地域だと顔つきが険しくなります。
寒さに弱いので雪山では育てられず、砂漠地帯は水分がすぐに抜けてしまうので老婆になりやすいです。
植物系モンスターなので人間の女性のように身体を洗う必要はありませんが、艶かしい女性の裸体は股間を刺激されてしまうことがあります。
僕も男の子ですから。
なので普段は服を着せる事にしています。
そのままだと腰の蜜ですぐに濡れてしまうので、エンリに色々と作ってもらいました。
頭部分が日の光りを浴びればいいらしく、服に抵抗はなく光合成の障害にはならないらしいです。
人間の言葉は理解出来るのですが
毎回使うには高額だし、今は諦めています。
エンリには研究バカと言われるくらい友達作りよりポーションの研究に勤しんでいましたので。
こちらの言葉だけでも通じていれば今は充分です。
僕にはまだ他にもモンスターが居るので。
ほぼ
ゴウンさんも
こちらも自分のモンスターだから高位だろうと愛着があるらしい。
ゴウンさんが管理している図書館で働いているアンデッド達は日々、何かの研究をしているそうです。
例えば様々な国の書物の翻訳作業とか法律関係の制定とか、頭脳労働に最適なのだとか。
リ・エスティーゼ王国の周辺には居ないモンスターらしい。
もし居てもゴウンさんが周りに被害を出さないように取り計らってくれるそうです。
さすがの僕もアンデッドモンスターを飼いたいとは思いませんでしたが労働力としては魅力的ですけど。
疲労しませんし、飲食、睡眠不要。
人間の言葉が通じるのも大きいでしょう。
自然界の
ネムと一緒に遊ぶ事もできます。
危険な
モンスターに詳しい人が居ると心強いです。僕も勉強してネムに笑われないようにしなければ。
一緒にお風呂に入っても汚くならない、らしいので僕は思い切って
上空に浮かぶ
完全に骸骨である
綺麗な白骨。
高位モンスターなのでブラシで強く擦ったくらいでは削られる事もない、頑丈な骨。
汚れが一点もないのでは、と思うほどでした。
「……すごい。普段、自分で磨かれるんですか?」
「『
死人とは思えない発声のよさ。喉が無いのに澄んだ音色の声。
男性だと思われるけれど、生前はどんな人間だったのか。
モンスターになる前の記憶というのは無いらしく、生前の記憶を持っているのは奇跡だとゴウンさんは言ってました。
アンデッドになるとモンスターの特性に精神が穢されて生者を憎むようになってしまうのだとか。
アンデッドとはいえ高位のモンスター。
無理をお願いして色々と調べてみます。
僕の力では傷一つつけられないアンデッドなので多少の無茶も出来るでしょう。
さすがに頭蓋骨を取る、というのは出来ないようですが。
神経や血管があって骨を繋ぎとめているわけではなく、負のエネルギーともいうべき『見えない力』で骨を支えているらしい。
生命力とも呼ばれる力を失えば滅びるという。
色んな骨が破壊されたとしても『核』となる部分さえ無事なら自然と骨が修復されるという。
ただし、原理は本人も説明できないのだとか。
とにかく、勝手に治ると。
頭蓋骨の中は空洞になっていて、宝石などは無く、魔力の光りが眼光として僕に見えています。
人間の力では
低位の
それは
ただし、程度によったり条件によっては骨だけ残る事もあるという。
高位のモンスターほど残りにくい。と、ゴウンさんが言っていた。
死者特有のエネルギーというものがあり、それが骨にある限りは残り続けるのでは、というのが定説になっている。
上半身が人間で下半身が馬になっている亜人種
肉も食べられない事はないらしいが人間と同じ味覚を有していないのだとか。
カルネ村に居るのはまだ二歳ほど子供だけど既に走る事を覚えていて、ネムの遊び相手になっています。
というか、ネムがしっかりとお世話しています。
元々は異種交配の実験によって生み出された個体なので親は不明。
亜人ではないけれど
生命の神秘は僕の常識をいつだって
折角生まれた命は大切にしたい、というエンリの願いでカルネ村に置いています。
本当なら育てられない
『マグヌム・オプス』は生命体にとって厳しい施設です。
要らないものは潰される。それは
変な愛着を持つのは危険だとゴウンさんも言っていました。
育てられない個体は将来的に不安をもたらすと。
余計な種族を増やせば人間社会に良くない結果をもたらすかもしれない。
人間を食べる亜人が居るのだから、当然と言えば当然です。
個体は一種ずつ。
繁殖しようにも同種の個体が居ません。
必然的に人間が相手となってしまう。
人工的に出来ないことは無い、というのは目の前を走り回る小さな
親を知らずに育つ子供。
責任という点では生かすにも苦労する、ということでしょう。
全ての
エレメンタル系や非実体系、アンデッドも無理。
恐竜系も無理。
何でも良い訳ではなく、可能な生物はとても少ないようです。
そういうことを研究する人が僕以外にも居ます。
僕は異種交配の研究ではなく薬草学を専攻している。生命を
だが、研究者としては興味があるのも事実です。
この施設に居る間は非人道的な事にも耐えようと思っていたけど、僕はそこまで鬼畜にはなれない。
異種交配の実験は僕の知らないところで少し
少し、という点は僕が嫌がったせいでしょう。
新しい生命の誕生を願っていた
竜王国を襲う
屈強な肉体で人間を襲い、食らう亜人。
それがここではメイド服を着せられて警備に当たっているのだからとんでもない施設です。
動いているのは『メイド』達くらいで後は容器の中でいつ目覚めるとも知れずに眠っています。
時々、眠る献体が哀れだったり、幸せだったりと思うことがあます。
命を得て生まれた者達には
冬の季節になると餌を求めて人里に
住処からかなりの距離があるので滅多に来ないものだが、運よく『マグヌム・オプス』まで来た者が居た。
それはまだ幼く、群れから
この施設の地上部分では色々な作物を作る実験農園も兼ねていた。
近くに宿舎があり、備蓄している食糧は豊富だ。
アインドラ伯爵の許しを得て、幼い
餌付けすると次も来てしまうのだが、死なせるのは勿体ない。
育てられない場合はゴウンさんが引き取る事を約束してくださったのでエンリと一緒に面倒を見るようになった。
大きくなれば翼をはためかせ、獲物を狙う狩人となる。
時には
生物にとって『飢え』は耐えがたき苦痛。
野生生物なら本能で肉を食らおうとする。それが出来ない者は死ぬだけだ。
どんな凶暴なモンスターでも大切にしようとエンリが言うので面倒を見始める。
研究者ではないけれどエンリは自分が召喚した
同じモンスターに襲撃される事はあっても憎む事はしなかった。
心優しい女性は嫌いではありません。
僕としては愛しているとさえ、声にはなかなか出せないが言いたいとは思っています。
「名前を付けると愛着が出るよ」
「呼んだら来るかもしれないわね」
「群れに帰れなくなるよ」
そう言うとエンリは悲しそうな顔になった。
全てのモンスターの面倒を小さな村で見ることはできないし、伯爵だって慈善活動しているわけではありません。
人を襲わない方法は採用しても飼って面倒を見るところは行きすぎです。
ただでさえ、ここには
幼い
群れに返す努力は必要だと思うけれど、これから気温も低くなり食料の調達が困難になってくる。
野生の動物に安易に餌を与えるのは後々危険です。
群れに帰れなくなるかもしれない。帰ったとしても他の
難しい選択を迫られている気分だった。
『
とはいえ、僕は自然の厳しい掟に投げ捨てるような強い心は持っていない。
「エンリの気の済むまで面倒を見てあげるよ」
心優しい幼馴染みに僕は自分の出来る事をするだけです。
エンリも厳しい自然の掟はなんとなくでも分かってはいるんでしょう。
大きくなった
後でゴウンさんに尋ねたところ
幼くとも
本来はカルネ村の防衛任務に点く彼女は
他のモンスターと違い、外敵に容赦しないところがあるし。
そこは村長エンリが色々と命令を下して一つずつ解決していくしかない。
大きくなった
カルネ村に設営された水槽に
この亜人も本来は『マグヌム・オプス』で眠るモンスターの一人です。
それが何故、カルネ村に居るのか。
食べるためです。
正確には
半分以上は人間より魚類に近い身体を持つ亜人だが人間と交配できる。
浅瀬に住む
持ちつ持たれつの関係というやつです。
その中でも水中に適応できない個体というのが、どうしても現れる。
物珍しさで誘拐されて地上での生活で水中呼吸が出来なくなった者達です。
海にも帰れず地上でも長く生活できず、ただ死を待つだけ。
唯一は子孫を海に流すことで一生を終えることかもしれない。
伯爵はその中の一つの個体を手に入れて保管している。そして、目の前に居る
自我は無く命令のままに卵を産み続ける。
一般的な魚類ではないので大量の卵は産めない。
「この卵は栄養価のあるものなんだけど……」
「食べるのに勇気が居ると……」
上半身が人間の女性というのが躊躇いを生ませる。
調味料をかければ美味だと有名な
ンフィーレアも食に困っているわけではないので、食料としてモンスターは見ていない。
「人魚さん、食べちゃうの?」
ネムが心配そうに見つめてくる。
残酷な事するの、と訴えてくる子供の瞳がとても痛い。
家畜は食べるのに
魚類だって立派な食料です。上半身が人間の姿なだけで。
脇腹はエラ呼吸の為に切れ目が入っている。
口呼吸も出来るので窒息はしない。
「適応できない生物を無駄に生かしておくのも残酷なんだよ」
「可哀相と思う心は大切にしましょうね」
「……うん」
ネムには少し過酷な現実は早いかもしれない。けれども命の貴さを勉強する事は大事です。
この人魚は自我が無い。
命令しなければ水槽の中で窒息して死んでしまう。
呼吸も自分の意思で出来ない亜人です。
いきなり身体を裂いて切り身にして食べたりはしない。あくまでも卵が目的です。
地上に適し始めた
海沿いの都市『リ・ロベル』に住む漁師の話しではあるけれど。
あと、腐りやすいので生きているうちに解体しないと駄目だとか。
肥料に加工されるか、海の生物の餌になるか。
「卵は数日に一個か二個。栄養が足りないと体内で腐ってしまう。そうすると
「……かわいそう……」
腐る前に排卵するのが
生まれる卵が多い中で長生きする
『
地元の貴族によって他の都市への供給が断たれている。
様々な調理法があると言われているけれど、それは現地の料理店の秘伝となっていたりする。
有精卵だと罪悪感があるのだが無性卵は栄養補給として
生きる為に必至なのはどんな種族も一緒です。
「
事前に毒性などは調べているし、効能は随分と研究されている。
滋養強壮効果があり、疲労回復。調味料と混ぜると美味。
遠泳移動する
村人全員に分けられるほどたくさんは用意できないものなのでエンリは代表者として食した。
表面の薄皮は意外と丈夫で中身の液体はオートミールと一緒に食べると美味しかった。
貴族達はパンに塗ったり、焼いた肉に液体をかけたりする。
直径十センチメートルもあるので一口では食べられないが、スプーンで中身を掬い取るように食べるのが基本。
ネムも味見した。
「これだけの大きさの卵を人魚さんは毎日出すの?」
「卵を産む種族に処女性は無いらしいけど、毎回大変だよね。そうやって子孫を残そうと必至なんだよ」
卵を産む体力がなければ衰弱して死んでいく。
もっとも多産な
だからこそ絶滅しない。
自然淘汰の仕組みはネムには難しいかもしれないけれど、命の大切さをゆっくりと教えていく。
メイドを服を着た
二足歩行の獣ではあるけれど顔つきや体つきは人間の女性に近い。
手足は獣で肉球があるし、体毛が多く
「かっこいい女の人ね」
「手足が大きいから細かい仕事は不慣れだけど、案内役としては使えるよ」
「……
長い
二足歩行だけど眠るときは獣のように
背筋が真っ直ぐに伸びていて姿勢は悪くなかった。
手足の筋肉は硬くて太い。
腹筋も六つくらいに割れているという。
戦闘に際しては肉食獣の凶悪な面構えになる。
メイドの姿をしているけれど竜王国を苦しめる人間を食らう種族の亜種です。
普段は動物の肉を好むようだが、基本は雑食。匂いのきついもの以外は大抵食べる。
他の亜人までも。
生物の頂点になるには弱者を食らい続ける。それが
この
自害しろと言われればたちどころに自らの首を
両手を食べろと言われれば疑問をさしはさむ事無く食らう。
「僕はそんな命令はしないよ」
エンリの冷たい瞳に少し怯える僕、ンフィーレア。
基本的なことを言っただけなのに、そんなに怒らなくても。
「伯爵様はとんでもないお人だけど……」
「……ええ、分かっているわ。でも、ンフィーが毒されていないか心配で……」
「僕は純然とした研究者だから。真面目に仕事しているよ」
「胸の大きな亜人さんじゃない」
「健康的な身体だから仕方ないよ。良く食べてよく運動されているから」
張り出す胸はエンリの倍以上はある、という大きさ。
筋肉質なので決して
エンリは興味本位で触ったり揉んだりしてみる。
「……おお、負けた……」
健康的なので排泄も勢い良く出る。
唯一、
所構わず、ボタっと投げ捨てられるように出される汚物。
いきなり出てくるのでエンリとネムもびっくりした。
「これはまだ良いほうだよ。お腹を壊されたらもうどうしようもない状態になる」
「……食事時に聞きたくない話題ね」
出て来ないと具合を悪くするので、排便は好きにさせるのが良いとアインドラ伯爵は言っていた。
当然、排尿も豪快に出る。
この
ただ残念なのはメイド服を着ている状態での痴態が顔を
「くさ~い」
ネムは鼻をつまむ。
出た排便は畑の肥料に使われるので無駄なく利用される。
「健康的な娘さんなんだよ」
「……
「亜人の世界では常識かもしれないよ。出ないと困るし」
「……恥じらいがあると……、もう少し可愛く見えるんだけどな」
出すものを出した
突き出た鼻に裂けたように広い口。
輝く瞳は自信に満ち溢れている。
何かで読んだのか、聞いたのか忘れたのだが、
本来は猛禽類のような姿の
知る人が見ればペンギンと声を揃えて言うでしょう。
城塞都市エ・ランテル近郊にある古めかしい遺跡『ナザリック地下大墳墓』より訪れた客人で『エクレア・エクレール・エイクレアー』という。
ネムより低い背丈かもしれない小さな客人は当然
自我のある立派な
「これ、ほしい!」
と、早速ネムに掴まるエクレア。
短い手足では人間の少女の素早さに耐えられないのでしょう。
「はっはっは。お嬢さん、私は客人だぞ。ちゃんともてなしてくれないと困るじゃないか」
執事助手という肩書きに誇りを持つエクレア。ただし、移動には奇怪な使用人の手を借りなければならないという不便さがあります。
主にエクレアを小脇に抱えて運ぶという。
「ネム、その方はゴウン様の大切な部下さんですよ」
ゴウン本人からは特段、扱いに関して何も言及されていない。
そっちにペンギンが行くから適当にあしらっていいぞ、とは言われた。
「申し訳ありません、エクレアさん。ネムが大変失礼を……」
「いやいや、子供は元気な方がいい。さて、そろそろ離してくれないかね?」
「ヤダー」
すっかり気に入られたエクレア。
焼いたら美味しそう、という言葉がンフィーレアの脳裏を
小さいせいか、丸々と太った肉厚な鶏肉に見えてしまった。
食欲をそそるような姿をしている。
「わ、私を昼食の一品に添えるような眼で見るんじゃない!」
「失礼しました。……それで今日はどのようなご用件でしょうか?」
「ふむ。私が
「そ、それは……、凄いですね」
ゴウンさんからペンギンが何を言っても本気にするな、と言われているので聞き流す。
「
「私の
小脇に抱えられる事は当然のことなんだ、と呆れつつ感心もした。
ネムに捕まっている事はそれほど嫌っているわけでも無さそうなので少し安心した。
「さあ、小さき友よ。村を案内するのだ」
「りょうかいしました」
元気良く返事をするネム。
たったったっと軽い足取りでネムはエクレアを持ったまま移動した。
「ゴウンさんの部下は色んな人が居て楽しいね」
「そうね。……いい人達に出会えて良かった……」
少なくともエンリは日々、充実している。
帝国兵に襲われてから心休まる日々はもう来ないと思っていたのに。
賑やかな人間、というか種族が顔を見せに来る。
怖い人から楽しい人。
人というか、モンスターが。
どれもが友好的で驚かされる。
少なくとも普通の人間よりも優しいと言える。
僕、ンフィーレアが管理している『マグヌム・オプス』には多くのモンスターが保管されています。
どのモンスターが一番多いかと問われれば『女体』と答えた方が早いほどメスのモンスターがとにかく多いです。
不細工なオスは要らぬ。
それを地で行くような気がします。
オスが居ないのに繁殖などはどうするのでしょうか。
アインドラ伯爵は増殖させる気は無いらしく、繁殖については何も言及していません。
増やす気が無い。またはオスを必要としない方法がある、とでもいうのでしょうか。
これだけの物騒な施設を作り上げるのですから僕如きには分からない高尚なお考えでもあるかもしれません。
ゴウンさんもたくさんのモンスターを保有しているそうですが、こちらはオスメス問わず揃っています。もちろん、所有していないモンスターも多数居るようで、この施設に見学に来る事はよくあります。
ゴウンさんも珍しいモンスターには興味津々なご様子でした。
数の多く居る『メイド』の中に
牛に似た角を頭頂部に生やし、腰から大きな鳥に似た翼を生やし、悪魔の尻尾のようなものを生やして居る者も居れば生えていないのもいます。
個人差があるようですが、種族は同じようです。
この
ただ、声をかける相手によって様々な嫌がらせをするので覚悟が必要です。
時には全裸になって男性を困らせたり、とにかく色々と大変な事になります。
『メイド』の総数はおよそ五十人。
その五十人でも『マグヌム・オプス』を管理するのは大変かもしれません。
色んな物が置いてありますし、とにかく広いんです。あと、天井が高く、
僕の仕事はもちろん管理保守。
この女体モンスター達は命令以外のことが出来ない事があります。あとは外部から来るお客さんの対応でしょうか。
不届き者が来ると一気に危険な空気に変わるので毎回、生きた心地がしないです。
黙って見ている分には女性に囲まれた素敵な職場なのでしょうけれど。
この施設に居る一番危険なモンスターは先に出た『
一応、全ての部屋を完成する前に見せてもらったことがありますし、他に巨大で邪悪なモンスターというのは見た事がありません。
身体の大きな
「ンフィーレア君。今日の業務は終了しました」
と、
このモンスターは数としては五体ほど。決して多いわけではありません。
様々なモンスターにメイドをさせているので、数ヶ月ごとに入れ替えが
完全に人間にしか見えない女神系とか。
見目麗しいモンスターがとにかく多いです。
もちろん観賞だけではなく研究対象でもあります。
女体モンスターだけが特色ではありません。
羊皮紙生産にフェルト造り、石鹸、羊毛の採取とさまざまな物資生産が
ただ、決して人は殺さないように命令を受けていますが、命令は命令なので理解しているのかはまた別みたいです。
人とモンスターの区別が付かないらしく、力加減も不慣れなところがありますので、僕が気が付いたところは止めに入る必要があります。
「では、休んでください」
と、命令しない限り延々と僕の後を追い続けたりします。
自我が無い。
見た目は可愛いけれど命令で動いているだけの肉人形です。
新たな命令が無ければ永遠に立ち続け、その身が滅びるまで次の命令を待つという。
百年くらい経って自我が芽生えるまで、とゴウンさんは言っていましたが本当に自然と自我が芽生えるかは確認しようがありません。
エンリは彼女たちをとても哀れんでいました。同時に自我が無い事が幸せなのではないかと。
僕の命令だけを聞くわけではなく、一通り行動は出来るので知らない人が見ても気付きにくい側面はあります。
本当に『自我』が無いのか、疑わしい事もあったりますが、そこはアインドラ伯爵
それが良いのか悪いのかは僕には分かりません。
見目麗しい彼女たちには幸せになってもらいたい。
僕のささやかな願いでもあります。
この『マグヌム・オプス』には『
冒険者を入れて強く鍛える場所だそうですが、とても血生臭い施設だとか。
まあ、僕も使わせていただいたんですけどね。
様々なモンスターをただひたすらに殺し続ける。その名に恥じない場所です。
天井は無駄に高いですけど、広い部屋に数千体のモンスターを収容できるので大量殺戮を可能としています。
序盤は
そこからどんどん強力なモンスターが投入されていきます。もちろん女体モンスターもそれなりに強いのでやって来ます。
その中でも中盤から出てくる
弱い冒険者にとって倒しにくいモンスターで、これが千体規模で迫ってくる。
赤い色が視界いっぱいに埋め尽くすと人は恐怖心から武器を握る手が硬直したり、失禁したりと身体的に色々と悪影響が出始めます。
そんな恐怖に負けずに頑張れば強くなれるのですが、実際は甘くない。
それがたとえ無防備の
何もしないモンスター。
慣れた人なら何でもないけれど、
実際の
あと、強いモンスターというのは身体も硬い。
武器の通りが悪い、とも言えます。
リ・エスティーゼ王国の最強の戦士『ガゼフ・ストロノーフ』さんでも数百体の
何もしていない
黙っているモンスターに苦戦するというのは体験したものにしか分かりません。
無防備を命令されているので、もちろん攻撃に転じる命令を与えれば本来の強さを知ることが出来ます。
数体で王国の討伐隊数千人を駆逐できるだけの力があるそうです。
さすがに人間側の殺戮は見たくないので、本当かどうかは確認していませんが、事実なのでしょう。
身体は普通の
ゴウンさんが言うには
僕も何度か
身体の小ささを生かした戦略でもあるのでしょう。
伝説のアンデッドとして有名な
それだけなら普通の凶悪なモンスターで終わりますが、この『マグヌム・オプス』は常識外れです。
戦闘で打ち漏らした
いとも簡単に。
野菜を収穫するように首を撥ねていく。
自我が無いので恐怖心を感じない、のかもしれませんが、そう簡単に処分できるようなモンスターではないはずです。
さすがに『
無防備だから倒せたともいえますけどね。
この施設ではとにかく
本当に恐ろしいのは『マグヌム・オプス』を作り上げた人物でしょう。
ゴウンさんすら驚いていたくらいです。
ゴウンさんのところには
アンデッド系を多く所有するゴウンさんとは趣味が合うのか、時々疑問に思いますが、あちらは戦闘用に色々と揃えているらしく、僕のように国の発展のためや市民生活のためとか、とはまた違うんでしょう。
馬車に
戦闘から市民生活に合わせるのは容易ではありません。
問題の
あと、美人です。
騎士ではなくメイドの姿なのでなんと呼べばいいのでしょうか。
夜会巻きの
「ごきげんよう」
丁寧な物腰。
軽く頭を下げるのだが、本当に
だけど首はちゃんと取れる。
モンスターに見えないくらい人間的で、自然な振る舞いだった。
「モンスターらしい
伝説に出てくる
死を告げるモンスター、などとも言われている。
「……ああ、
「絶対に馬に乗らないとダメって意味じゃないですよ」
「
メイドの格好で馬に乗れるのか、という疑問が浮かんだ。
「こちらこそ、すみません」
ネムが早速
ゴウンさんの部下は大体、ネムと顔見知りになっていた。
「またお会いできて嬉しく思います、ネム様」
「おねえちゃん、首が取れるのいたくないの?」
「そういう種族なので平気でございます。いちいち痛がっていたら
ユリさんはネムの目の前で自分の首をはずしてみせる。
接合面は青白い炎が
実際に触らせてくれた。
全ての
「うちのルプスがいつもお世話になりまして……。ご迷惑をお掛けしておりませんか?」
「い、いいえ。明るい娘さんなので村人と仲良くしてもらっています」
ルプスこと『ルプスレギナ・ベータ』という赤い髪を三つ編みのツインテールにしていて褐色の肌は健康的な雰囲気をかもし出す女性。
体型もよく胸も大きい。
そして、伝え聞いたところでは
人前で正体を安易に見せないそうです。実際に真の姿とやらは一度も見た事が無い。
狡猾で残忍な性格、と言われているけれどネムとは仲良しです。それが演技かもしれない、という不安は少しあるけれど。
ユリさんは異形種だけど特段、人間を食べたりするような事は無く、はた目にも異形っぽさが見当たらない。
頼めば首を外してくれる。その時になって
「確かに私はアンデッドの
柔らかい物腰で丁寧に説明してくれるユリさん。
姿勢も良く、これがアンデッドモンスターだと誰が信じられるのか。
ちなみにアンデッドなので治癒魔法や回復ポーションはさすがに扱えないとのこと。
自然治癒力が強いわけではないので、どうやって回復するのかと思い尋ねてみた。
「私共には
「後学の為にいくつか教えてはもらえませんか?」
「……そうですね、アインズ様もご利用なさる都合もありましょう。こほん、ではまずは『
第六位階の信仰系魔法に『
欠損した肉体の再生も出来る優れもの。
この魔法の対極にあるのだからアンデッドも同じような効果を生むのでしょう。
僕の知る中ではアインドラ伯爵に連なる者だけです。
ちなみにアインドラ伯爵は信仰系第五位階『
「
「破壊されても滅びていなければ再生魔法と同じく骨が回復いたします」
肉体の治癒と違うとはいえ、骨が肉体のように回復する、というのは実際に見ないことには理解できないかもしれない。説明だけでも想像はつくのだが。
「では、
「……いいえ、その時は滅んでしまうかもしれません。我が創造主『やまいこ』様の
だからといって
胴体が命をかけて守るでしょう。
その胴体も心臓に当たる部分を破壊されてしまえば滅んでしまう、らしいです。
「弱点はありますが、簡単に破壊されるほど
「すみません、弱点となるような事を聞いてしまって」
僕は素直に謝罪するがユリさんは微笑んで許してくれた。
「我々も人間を殺害いたしますから……。敵の情報を知り、撃破するのは当然だと思います。
「い、いいえ、とても珍しいと思いますよ。少なくとも僕らの周りには居ません」
「あらら」
ユリさんは口に手を当てて驚いていた。
「……でも、首を小脇に抱えるのですから、そこが弱点というのは……」
「弱点を守るのは至極当然ですね」
「はい」
ユリさんは打撃系の
いわゆる正装というものです。
お淑やかな外観とは裏腹に武闘派である。
他に
首を置いて
頼んだらネムの為ならやってくれそうだが、とても申し訳ない気持ちになりそうなので自制しました。
生物とアンデッドと来て次は
「……なにやら失礼な紹介をされた気がする」
腰の辺りにまで伸びた髪の毛。
迷彩柄のマフラー。眼帯。
見たことも無い装備品を身につけている戦闘メイドの一人です。
「……ンフィーレア。……私はそこらのモンスターとは違う」
「はい、シズ先生」
「……宇宙は広くて不安がいっぱい。……未知の探求者だけが挑戦を許される。……地上で
シズ先生の言葉は難しい。けれども挑戦する者には様々な解説をもたらしてくれる。
「……『フェルト』造りは順調?」
「石鹸の製作に手間取っています。なかなか灰や油を
「……素材調達は基本にして難関。……焦ってはダメ」
「はい、シズ先生」
フェルトというのは羊毛などを固めて作る素材です。
断熱材として優秀で、僕はそれを大量に作る方法も研究している。
石鹸が必要なのはフェルトを固めるのに必要だからです。
正確には『石鹸水』なのだが。
羊毛は石鹸水に浸すと固まる性質がある。そして、それを重量のある『
超重量のモンスターも使いようによっては優秀だが、十メートル規模の巨体を持っているので砂漠地帯まで運ばなければならない。
こちらはメイド達によって作られているので問題は無いのだが、砂漠地帯特有の暑さに何人かのメイドを熱中症で死なせてしまった。
日中の作業は控えさせているのだが、暑さ対策に頭を痛める。
メイドといっても『
生命力に
アインドラ伯爵も安易に命を粗末にせず、色々と研究せよと言ってくれている。
失敗は研究にはつきものです。
色々と悩んで後世に残せばいい。
「……出来たフェルトの一部は販売しているの?」
「建築関係の人には好評です」
資金調達も大事とシズ先生は言っていた。
「……天然素材は優秀。……時間はかかってもいいが、続けることは大切。……これからも精進するように」
「はい」
シズ先生の種族である
謎がある方が楽しみもあるけれど、と思って詳しく聞くのは今は諦める。
宇宙にでも行けば教えてくれるかもしれない。
シズ先生は無表情が多いけれど僕が
この飲み物は人間には飲めたものではない油そのもののようなものだけどシズ先生にとっては必需品らしい。
種族的な好みがあるんでしょう。
「……これは
そう言っている顔に変化は見られないが喜んでいるのかもしれない。
アンデッドと違い、治癒魔法や回復ポーションでダメージは受けない。
専用の回復魔法を必要とするようだが、高い治癒魔法も効果があるとか、ないとか。
高度な専門職の知識が豊富。
シズ先生は戦闘に特化しているけれど
ゴウンさんが言うには表立って外に出せない秘蔵っ子だとか。
僕ばかりモンスターに触れ合っても仕方が無いのでネムにも触れ合えるモンスターについてゴウンさんに相談してみました。
丸い身体を持ち、宙に浮くアンデッド。
『
身体の前面部が縦に割れていて、そこから大量の内臓がこぼれ出ているモンスターです。
見た目には不気味なのですが飼うには丁度いい、とおっしゃっていたので見せてみました。
案の定、泣き出す始末。いえ、普通の反応で安心しました。
エンリには引っ叩かれましたけれど。
「このユーモラスなモンスターの良さが分からんとは……。女とは難しいな」
「……世間一般の反応としては間違っていないと思います」
丸ければ何でもいいと思っているのかもしれない。
確かにゴウンさんにかかれば
言う事を聞く素直なところを見ていると可愛げが、あるように見えてくるのかな。
僕の知識では
城塞都市エ・ランテルの墓地に生息していて兵士達を襲うという。
割と強い部類なので複数人でかからないと死人が出ます。
「ネムが泣くほどなら……、仕方ないな」
ゴウンさんも子供の涙には弱いようです。
折角呼んだモンスターなので色々と調べてみようと思います。
ゴウンさんは基本的にアンデッドモンスターが好みのようで、様々なおぞましいモンスターと触れ合っています。
戦闘に際して優秀なモンスターほど自慢する傾向にあり、可愛げは二の次のようで困ります。特にエンリにとっては。
「ネムよ、このモンスターは嫌いか?」
「……もっと可愛いのがいい……」
「可愛くないのか? 丸くて強いのに」
腸をたくさん出している不気味な身体のモンスターを可愛い、と言った事がある子供を僕は一人も知りません。
諦めないゴウンさんは続いて
丸いというか、今にも爆発しそうなほど身体を膨張させています。
説明によれば負のエネルギーを溜め込んでいて、倒すと爆散して敵にダメージを与える。
溜め込んでいるのが負のエネルギーなのでアンデッドにとっては回復手段の一つとなるのだとか。
丸い身体は
ボールのようなものと一緒なので子供でも喜ばれるはずだと。
そんなことは無かったけれど。
ネムがまたも泣きました。
僕はエンリに胸倉をつかまれて大変です。
「こんな気持ち悪いモンスターは連れてこないで!」
「で、でもゴウンさんの好意だから……」
きっ、とゴウンさんを睨むエンリ。さすがのゴウンさんも顔をそらすほどエンリの激怒は怖かったようです。
僕も怖かったけれど。
「このモンスターはよく弾むんだ。遊び相手としては……」
「……でも爆発するんですよね?」
「……はい」
冷たい氷のナイフのようなエンリの言葉にゴウンさんは素直になりました。
「負のエネルギーを撒き散らすんですってね」
「そうそう、それで仲間のアンデッドを回復させる便利なモンスター……」
「子供は人間です!」
「……そうでしたね。普通の人間には危険なモンスターです、はい……」
ネムを喜ばせようとゴウンさんが気を利かせてくれたのに僕達は文句ばかり言うのも気の毒で仕方がありません。
ですが、人間にはやはり危険なモンスターなのも忘れてはいけないんでしょう。
子供には危険かもしれませんが、ゴウンさんにとっては可愛いモンスターのようで、とても可愛がっていました。
便利で頼もしいモンスターだと。
人間の子供の遊び相手としてはきっと、不向きなんでしょう。
二度ある事は三度ある。そんな言葉がゴウンさんの口から出たけれど、今回のモンスターはアンデッドではなく悪魔であるという。
膨れ上がった身体。翼が無いのに宙に浮くことができる。
本来は大人の人間を丸呑みできるほど大きな口を持ち、丸く膨れた腹には食べた人間の苦悶の表情が浮かぶという。
共通点としては丸くて大きいモンスターである、ということ。
僕のせいではないのですがエンリに叱られる役目を負っているようです。
翼が無いのに空を飛ぶ不思議さが売り、とゴウンさんは言いますが人間を丸飲みにするのが好き、というところが失敗だったようです。
ゴウンさんにとっては丸くて可愛いモンスターを連れて来たつもりだったのでしょう。
子供には
ただでさえ『
ちなみに、この
ネムの為に丸くて可愛いモンスターを、と選んでくれたそうです。
「すみません、ゴウンさん」
「ネムには早かったのかな。このモンスターの素晴らしさを知るのが」
ネムが泣いた事を伝えたらデミウルゴスは悲しむだろうな、という呟きが聞こえてきました。
僕は悲しくなりましたが、無理に慣れさせるのもネムにとって良くない気がします。
他に丸くて可愛いモンスターがどんなものが居るのか聞いてみると『
白濁した眼球を寄せ集めたような姿をしている。
監視としては優秀なモンスターで戦闘能力は若干低い。
夢に出て来て、うなされそうな姿に僕は言葉を失いました。
一日に四体が限界と言われても困りますけど。
「可愛いモンスターは居ないんですね」
「戦闘に特化したモンスターしか……」
ゴウンさんの
ネムの為に色々と尽力してくれるのはありがたいですけど。
エンリもあんなに怒らなくてもいいと思うのですが、カルネ村の村長になってから
今のエンリは確か
アンデッドや悪魔では不評だったゴウンさんが可愛いものを
今回のはエンリも可愛いと言ってくれたのですが、二メートルの大きさなので嫌な予感がしました。
見た目は白い兎。顔も可愛い。
戦闘時の見た目から名付けられたのでしょう。
ですが、普段の体毛は人間が触っても柔らかいと言われるくらいふっくらしたものです。
「アウラが命令しているから戦闘態勢には入らない。余計な敵が来ない限りだが」
「……それはそれで不安ですけど」
「でも、ふかふかだわ~。顔も可愛いし」
一般人には脅威のモンスターであることには変わらない。
出来るだけ温厚にするように命令されているようで、アウラさんが側に控えていました。
ネムもさすがに泣いたりせずにふかふかを
ゴウンさんは小さな女の子の笑顔を見て、安心したようです。
ちなみに柔らかな体毛を手に入れる場合は警戒を解いている状態で一撃で仕留める必要があります。
針のように尖らせたままで倒すと元に戻らないという。
「……そういう物騒なことは聞きたくなかった……」
「いやまあ、そういうモンスターだから。だが、これはこれで可愛いだろう?」
「……はい。ふかふかで気持ちがいいです」
不満げだがエンリは納得してくれた。
顔面を殴られると思っていて警戒していたが、今回は気に入ってくれたようです。
「ゴウン様、ありがとう」
「喜んでくれてなによりだ」
「だいじに飼うからね」
「……ん?」
「あっ、ネム! このモンスターは頂き物じゃありませんよ」
「ええ~!」
「はっはっは。このモンスターはとても貴重でね、ネム。会わせることは出来るがあげることはできないんだ。申し訳ないな」
貰えないと分かってがっかりするネム。
「私のモンスター達は人にあげるようなものではないからね。そうだな。可愛いモンスターを見つけたら、ネムにあげよう」
「ほんとう?」
「すぐには無理だがな。なにしろ、欲しいと思うモンスターはなかなか見つからないものだ」
アインドラ伯爵が所有するモンスターの大部分は『
今日は白い
普段はナザリック地下大墳墓の第六階層で他の
亜人種ではあるけれど人間に対しては友好的な人です。
「クルシュさんだ~」
怖がるどころか自分から抱きつくネム。
白い身体は呪われた証拠、と言われていた。
つぶらな赤い瞳は
普段から
それでも気持ち悪いモンスターは嫌がるもよう。
女の子だから、なのか。
ネムにもちゃんと好き嫌いがある、という事なのか。
オスの
刺さりそう、というか触ると手が切れそう、というか。
尖っている鱗。
クルシュは撫で付けられそうに突起類が見当たらない。
突起類というかガリガリと引っかかりそうな部分が。
子供のネムがクルシュの肌に触ってもケガしない。
これが他の
亜人は人間より肉体的に強固で鎧を必要としないほどです。
それでも魔法を受ければケガをする。
クルシュ達は背丈の平均値が高く、始めて見る人間は大体怖がる。
穀物類を主食とし、慎ましやかな生活を送ってた。時には飢えに勝てず部族単位で争う事もあった。
クルシュもそんな経験を経てきた者の一人だ。
現在は魚の養殖をはじめ、部族全体で飢えない方法を模索している。そして、人間と触れ合い、エンリと共に更なる食糧確保に
「森は多くの恵みをもたらすと言われておりますが、田畑の開発が意外と難しいのですね」
「そうですね。自然を壊さない、という条件を守ろうとすればどこかで
クルシュ達の住んでいる場所の近くには湖があり、水源の確保には問題が無かった。
ただ、沼地が多いせいで水気の多い。
水田の開発を進められているのだが、
狩猟に長けた肉体なので細かいことには不得手な部分がある。
確かに森には動物が豊富なので畑仕事より、男らしい得物を追い回す文化が発達していても不思議は無い。だが、獲物は逃げる。
獲物だって生きる為に餌を求める。
必然的に食べるものが限定されてしまえば全体的に食料が減るのは当たり前だ。
無いものは増やすしかない。
無いなら奪えばいい、というのが今までの歴史だ。そうして部族で争い続け、数を減らしてきたのだから。
そんな中、謎のアンデッドの軍団に襲われて
首謀者は『アインズ・ウール・ゴウン』という強大な力を持つ未知の敵だった。
戦闘は熾烈を極め、アインズの部下である虫の巨人『コキュートス』一人に全ての戦士は倒されてしまった。
本来なら絶滅していてもおかしくない。
戦闘を終えて戦士の戦いに何かを感じたコキュートスの
戦う力を失った
「強制労働とか性奴隷とか
「笑い事ではないのだけど……、災難でしたね」
「強大な敵に負けてよかったのかもしれません。
アインズだけではなく助命を嘆願したコキュートスと
多くの戦士たちを訓練させ、己の身や部族を守る方法を教えてくれる。
食料に関してはカルネ村を紹介し、エンリと出会って多くを学んでいる。
合間にアインドラ伯爵という邪悪な存在に
己の
後は自分たちで生きるすべを学んでいく。
「畑は順調ですか?」
「日照条件が厳しいので発育が思うように行きません」
同じ作物を作り続けることが出来ない、と聞いた時は首を傾げたものだ。
湿度の高い湿地帯で育てられる野菜などを色々と持ち込んでは研究する毎日だ。
作物が出来る間の食料調達はエンリが
現在は
今のエンリはリ・エスティーゼ王国では名の知れた農業経営者になっている。
アインズが言うには『ぱわーれべりんぐ』の影響だとか。
諸悪の根源であるアインドラ伯爵、恐るべし。
伯爵というか『マグヌム・オプス』という施設を作り上げた者だが。
「水耕栽培が上手くいかない時は『上手くいくように自作』するしかないですね」
「じさく、というのは自分で新しく作る、という意味ですか?」
「道具とか作ったり、ですね。自然そのままでは限界があるでしょう。
丸投げされて僕、ンフィーレアは苦笑しました。
頼られるのは嫌ではありません。
僕はエンリが喜ぶ事をするだけです。
とはいえ、簡単にアイデアは出ないので現地に行って必要な道具を選定する必要があります。
おそらく、効率的な水耕栽培の装置を作ることになるでしょう。
日照条件の悪い中でも育つ作物の中に『貝割れ大根』や『もやし』類があります。
肉しか食べない、と
「土を必要とせず、水だけで出来る野菜の開発もしているので。おそらく湿地帯でも育てられる作物があるかもしれません」
人はそれを『品種改良』と呼ぶ。
地域によって適した作物を開発する事はとても大事だ。
木の実だけでは生活できない。
足りない栄養は精神的にも肉体的にも多大な影響を受けてしまう。
食料がなければ同族を食べればいい、というわけにはいかない。
「ンフィーレアさん、よろしくご指導
「こちらこそ、よろしくお願いします」
お互い礼を言った後、地域の説明が続く。
ネムは真面目な話しが始まって少し退屈していたがクルシュが気を利かせて尻尾で彼女の相手をしてくれた。
意外と器用な白き
それがそのまま
下等生物の宝庫を前にして『戦闘メイド』の『ナーベラル・ガンマ』はニヤケ面を晒していた。
このところ外装である人間の顔の調子が悪い。
意味も無く笑う事にアインズが頭を痛めていた。
病気なのではないかと心配するほどだ。
なにせ、自分の意思ではないと言っていたのだから。
高位の治癒魔法も通じない。
「エヘっ」
勝手に出る笑い声。
至高の御身を前にしても出てくる謎の現象。
さすがに咎められる事態ではないのでナーベラルについては原因の調査を依頼する。
「ヒッ」
と、引き付けを起こすような声が勝手に漏れ出る。
もう死にたい。
そうナーベラルが思い込むほど事態は深刻だ。
「ナーちゃんが病気とは……。前から下等生物と連呼していて頭がおかしいとは思っていたっすけど」
同僚の『ルプスレギナ・ベータ』はナーベラルの状態を笑う。
「こらこら」
「んー、ナーベラルの肉体自体に異常は見当たらないんだけどね」
と、毒物に詳しい
「ならぁ、顔全部ぅ食べてみようかぁ?」
仮面蟲の奥から喉を鳴らす同僚の『エントマ・ヴァシリッサ・ゼータ』が言い、それを『
「……しゃっくり、という可能性はゼロ?」
無表情の『シーゼットニイチニハチ・デルタ』こと『シズ・デルタ』が進言する。
「しゃっくりなら笑わず、声だけでは? 呼吸器系も問題なしよ」
「あれっすか? 驚かして止めるとか」
「アインズ様のお叱りに驚かないナーベラルではないわ。だから、その線は無いわね」
本当にしゃっくりとしか言いようの無い連続した『ヒック』という声が漏れ出る。
同時に顔は笑ったまま。
「……あー、
「アインズ様自らが生み出したシモベの悪口はいけません!」
ユリの叱責にルプスレギナは頭を抱えて
そのアインズ自ら作り上げたというレベル100の
種族はナーベラルの上位種『
現在はナザリック地下大墳墓ではなく、カルネ村の視察に向かっていて留守にしていた。
そのパンドラズ・アクターも実はナーベラルと同じ症状を
なので薬学に詳しいンフィーレアの元に訪れた次第だ。
もちろん、これはナーベラルの治療の一環にも繋がる事なのでアインズ自ら外出を許可した。
恥を忍んで、という一文は内緒にされて。
「通常の
「ヒッ、フッ。威厳っ!」
胸に手を当ててもう片方の手は天に向かって突き出される。
ゴウンさんの知り合いは楽しい人が多くて賑やかだな、と。
「うむ、っふ。この姿でも症状がっ、ふ。続いているので、困っている」
見た目には眼と口が穴になっていて外から見た限りは何かが詰まっているようには見えない。
もちろん、相手の許可を得て空虚な部分を覗き込んだ。
同僚であるナーベラルも似た顔だと聞かされた。
普段は美しい女性の姿だが、本性である
違いは色くらいか。
後、指の本数とか細かい部分に差異があるらしい。
軍服は仕様ではなく、アインズからの
もちろん、もっと突っ込んだ検査が必要なのだけれど、受けてくれるか心配だ。
あと、このパンドラズって人は姿をコロコロ変える。
気持ち悪いモンスターだなと思ったら
治療に来て自慢するのはちょっと理解できない。
ここは相手の好きにさせた方がいいのか。
黙っていても、とてもうるさくなるのが困り者だけど。
「鈍器で気絶した方がいいですか?」
「……ごめんなさい」
素直なところはゴウンさんに似ていた。
聞けば生みの親だとか。
いやでも、普段のゴウンさんは自慢する傾向にあっても、ここまでうるさくないですよね。あと大仰な身振り手振りはしないし。
「胸とかは苦しくないですか?」
「違和感は無い」
僕も
モンスターの生態も勉強の一環として色々と頑張っているけれど、分からない事だらけだ。
そういえば、呼び方を決めなければ。
「アクターで結構~だっ」
そこでくるっと一回転されても困ります。
頭部以外に違和感が無いらしいので服は脱がなくてもいいでしょう。
当人は平気そうに振舞っても苦しいのかもしれない。
少なくとも目上の人の前で痴態を見せるのは恥だと思っている。
僕に見せるのは下等生物だから、とかかな。
「いきなり切ったりしないので、楽にしてくださいね」
特設ベッドにパンドラズ・アクターを寝かせるのだが装備品を奪われたくない気持ちがあるのか、服は着たままだった。
汚れないようにタオルを置いて行く。
「内部に膿が出来ている、とか無いですか~」
「ソリュっしゅ、ソリュシャンの診察では異常なしだった」
と手を激しく動かそうとしたので無理矢理押さえつけます。だけれど、力が強いので負けました。
「……確か
「捕食型
本来は秘匿されるべき情報のはずだが、信頼の証しとして公開できる種族に関しては一部だが許されていた。
化け物とモンスター、どちらで呼ばれたいかと問われた時、カタカナのモンスターだとパンドラズ・アクターは答えた。
棒の先端に『
口を閉じたところは一度も見た事が無い。開きっぱなしかも知れない。
こんな状態で何を食べているのかと疑問に思ったが飲食不要のアイテムを使ったり、外装変化で食べたりしているのだとか。
聞いたところでは四十人分くらい変身出来ると聞いている。
「ヒッヒッ。種族レベルをそれだけ取っているから出来るのだ」
こんな状態になったのはごく最近のこと。
患者の状態を正確に聞くことも大事だ。
口に棒を入れている間に変身したら殴ると言っておいたので、とても大人しいです。
時には暴力も必要です。特に聞き分けの無い人とか。
「魔法に対して耐性があり、バッドステータスにも強いと自負していた我が身がっ!」
どういう身体をしているのか、口に棒を入れたままでも平然と喋るアクターさん。
普通なら無理だ。
「いつもは魔法で治ったりするのに……。薬もダメですかね?」
「……うむ。うっひ。ポーションでもダメだった。だがっ! 外装を変えたら治まったぞ。この
「なるほど。ということは種族特有の病気、かもしれませんね。特有というか、
ナーベラルは人間型で発祥している。もちろん、
聞いていると人間の姿から
例えば植物モンスター。
『
それがどうしたと言われると困るのですが、アクターさんが変身出来る姿の一つなのです。
アクターさんは変身出来るけれどナーベラルさんは外装を一つしか持っていないので何の解決にもなりませんでした。
ただ、考える
別の日にナーベラルさんの診察を
彼女の場合は人間形態が壊滅的に歪んでしまって
本性が多いアクターさんとは違い、病状の進行具合が良く分かる。
表情が崩れるといっても顔が溶けるわけではありません。
装備品を外してもらいましたが普段ならば拒否されるところが今はとても従順で助かります。
実は裸体を見た事がありますが、変身中は人間と大差がありません。
今回は顔だけです。出来れば本性を見せてほしいのですが、今は元に戻せないらしいです。戻ろうと努力はしたと言っていました。聞き取るのが大変でしたが。
「アクターさんはすぐ変身できたのに……」
歪みきった顔はとても柔らかいです。
鼻とか口の中を確認しましたが膿のような腫れは見当たりません。
切り裂いて奥まで視るのはさすがに覚悟が要ります。ただし、ナーベラルさんは睡眠が効かなくても耐える方なのは聞いています。あと、痛みに強いとか。
自称でしょうけれど。
アンデッドではないのに凄い忍耐力です。
「戻せないというのは前からですか?」
「うっひゃあ」
筆談で会話を試みようとしましたが彼女の書いた文字が王国語ではないので分かりませんでした。
後でルプスレギナさんに解読してもらうと『元気です』と言ってましたが、たぶん違うんでしょう。
本当は『一週間くらい前から』が正しいことはルプスレギナさんがナーベラルさんに殴られてから判明しました。
アクターさんよりも酷い状態かもしれません。
僕の技術ではナーベラルさんの顔を切り裂いて調べる、という血生臭い事が出来ないというか苦手というか。
どうしたらいいのか。
「おっ、
既に色々と調べられている筈だけれど、僕自身が確認するために挑戦させてもらうことにする。
アインドラ伯爵が保有する中にも
今回使うのは『
もっと強力な『
「ちょっと呼吸が苦しくなると思いますが我慢してくださいね~」
「うぶぶ……」
口と鼻から入り込む
ある程度まで入り込むとナーベラルさんの暴れっぷりが激しくなる。さすがに失禁はしなかったようですが。
暴れる同僚をルプスレギナさんが必至に押さえる。
「少しだけ耐えてくださいね~」
細かい作業の命令は難しい。
体内の重要な器官を痛めない様にするには繊細な作業が必要です。
僕の予想では未知の細菌類のようなモンスターか非実体系などが関係していると思います。
だけど、
治癒魔法が効かないというところも疑問なのですが。
「……ぷひゅ~」
「呼吸器系に問題なし」
「ナーちゃんの真の姿からは想像もできない。外装に問題があるのでは?」
僕に言われても困ります。
血管や神経があるのかは分からないけれど、生物であれば繊細な部分は出来るだけ傷つけないように、と命令する。
この
綺麗好きのアインドラ伯爵の命令に従い、細かな仕事には慣れている、はずです。
もちろん、今回は体内に入ってもらうので事前にお風呂に入れて汚れは除去しています。
「異物を見つけたら捕らえて引っ張り出してください」
いくつかの健康的な献体で実験し、異物かそうでないかの訓練はさせている。
だから、今回も使い方としては間違っていないはずだ。
もしもの為に治癒要因としてルプスレギナさんが居る。
「あれ? 急に大人しくなったっすね。ナーちゃん、生きてるっすか?」
「今は返事どころではないと思いますよ」
「あらら、これは失礼したっす」
最初の歪んだ表情は消えていた。呼吸にも変化は無い。
「うがっ、がっが……」
という呻き声の後で鼻に入っていた
「あっ……うぁっ」
軽く呻いた後でズリュっという音と共に何かが引き出された。
「おっ、原因物質が取れたっすか?」
「おそらくは。小さくて良く分からないですけど」
細菌系という仮説は立てていたが、確かにばい菌っぽい。
小さすぎて見にくいが少し動いていた。
顔の奥で
神経を刺激されてしまうと表情を上手く制御できなくなる、ということもあるかもしれない。
ナーベラルは途中で嘔吐したが、それらも
異物を取り終えてから出て来た後、ルプスレギナは治癒魔法を掛けた。
「お疲れっす」
「……酷い目にあった。あっ、治った……」
パンパンと頬を叩き、表情を制御することが出来るようになった事を確認し、喜んだ。
顔を顰めることの多かったナーベラルが涙を少し出しつつ笑った。
「ほらほら、ナーちゃん。ちゃんとお礼は言わなきゃっす。世間一般の常識として」
「んっ? む……」
一つ唸ってからナーベラルはンフィーレアに向き直る。
そして、平伏はしなかったが片膝を付く姿勢になる。
「ンフィーレア・バレアレ。お前の尽力に深く感謝する」
「もったいなきお言葉です。ご無事で何より」
頭を倒したときに血が床に落ちた。
「治癒魔法と言ってもまだ完治していないようですね。数日は安静にしてください」
「了解した」
と、言って顔を上げたナーベラルの鼻や口から大きな異物が躍り出た。
「うわっ!」
「……あー、治癒魔法で異物ごと治癒しちゃったっすかね~」
改めて治療のやり直しをすることになり、当然のようにナーベラルはルプスレギナの顔面を
つい勢いで、ということで後で謝罪はしたようだが。
腹が立ったせいか、大して反省はしなかったようだ。
ナザリック地下大墳墓の最下層にてナーベラルとパンドラズ・アクターが揃って平伏していた。
周りには階層守護者たちが二人を見守っている。
「こたびの一件、大変辛かったであろう」
「いいえ、アインズ様に失礼な姿を見せる方が
「父上っ!」
と、叫びだしそうになったパンドラズ・アクターをアインズは手で制する。
「いちいち叫ぶな。聞こえているから」
「はっ」
「それで原因は……、
アインズの居る場所から少し離れた位置に保存に使うガラス容器が置かれていて、その中に細菌と思われるものが入っていた。
治癒魔法により巨大化し、今にも溢れそうになっていたので分割して保存しなおしている。
「我々が冒険者の依頼を遂行していた時に体内に入り込んだ模様です」
「依頼を受けた時期と病状が発症した時期が近いので間違いないかと」
と、秘書のように答えたのはアインズの隣に控えている
「現地のモンスターのようで名前は調査中です」
「ナザリック産のモンスターであれば何も問題は無かったのだが、現地特有となると話しが変わるのは当たり前だな……」
「
そもそも人ではなく、ただの菌類系モンスターという事もありえるからだ。
ナザリックに居る
「バレアレ家にはいつも世話になっている。不可視化の……
送ってもいいのだが、少し凶悪なのでネムが泣くかもしれない。
あと、姿を見せたらエンリが激怒する様子が目に浮かんだので却下する事にした。
「こな菌類程度が戦闘メイドを苦しめるとは……」
「菌類も体内に入り込むほど小さいと脅威だよ。ちゃんと毎日のお風呂は欠かせないってことね」
「シャルティアは吸血鬼で体内が腐ってるから心配は無いんでしょうけど……」
「いやいや、腐ってたら苗床にされてしまうんじゃない?」
「こ、この菌類は、治癒魔法が、通じる、んですよね?」
と、おどおどしながら第六階層の守護者にして
「報告では通じるとあるな。何か気になるなら遠慮なく発言していいぞ」
「は、はい。おそれ、ながら……。この菌類はアンデッドモンスターではないということに、なりますね」
「……うむ。治癒魔法が通じるのだから……。当たり前かもしれないな。いや、言いたい事は分かるぞ。アンデッドモンスターであれば治癒魔法で殺菌できる、ということだろう?」
「はい。……僕の予想だと、対処方法なしではナーベラル、みたく危険な状態になるかもしれません。最悪、頭が破裂する事も……」
「ん……。それは一大事だな。この菌類がどれほど……いやまて、治癒魔法はそれ以前にかけていたのではなかったか?」
ナーベラルとパンドラズ・アクターは治癒魔法などを受けて居た筈だ。
その時に細菌が増殖してもっと酷い事になっていてもおかしくないでしょう。
通じないわけではない、という仮説を立ててみる。
「治癒魔法が通じたとすると力はそれ程強くないかもしれないな。または密閉空間では魔法の影響を受けない、と仮定すると取り出されたときに始めて効果を見せた、とも言える」
「はー……。確かに……」
それでも素直に納得する事が出来ないマーレ。
アインズとてすぐに結論が出るとは思っていない。
原因究明はこれからすればいいだけだ。
「ところで、この菌に名前はあるのか?」
と、言った後で調査中だったことを思い出し、唸るアインズ。
少し恥ずかしくなった。
「仮として
最初に確認されたのが
マイコは
本来のマイコは『菌類』の接頭辞のことだと後で
それと同じ
想像したくないがナーベラルが無事に手術を乗り切れる保証はない、と言わざるを得ない。
下手をすれば顔の大部分を失っている事もありえなくは無い。
面倒だから溶かしてしまいましょう、となり、阿鼻叫喚はアインズにとって想像に難くないことだった。
それがたとえ治癒で直せるとしても、だ。
打つ手無し、となるまでは可能性を探らせたい。もちろん、最後は支配者としてアインズ自ら覚悟を決める。
「まずは二人共、数日間の休息を命じる」
与える、と言うと仕事をさせろ、と言ってくるかもしれないので苦肉の策としての命令を言い渡してみた。
もう少し優しい言葉をかけたいのだが、支配者だから仕方が無いと自分に言い聞かせる。
「裏切り行為とは違うのだから徹底的な健康診断は受けてくれ」
優しい言い方で声をかけるとナーベラル達は素直に従う意思を見せた。
それだけで自分の言葉が間違っていないとアインズは確信し、安心した。
たまに、というか良く意図を
「とにかく、無事で何よりだ。……全く私の部下を苦しめる菌はしっかりと調査の後、利用価値が無ければ処分したいところだが……。研究に適した部下は誰が居たかな?」
拷問ならニューロニストなのだが研究機関となれば
菌類が繁殖しても問題の無い者達が多いから。
「アインズ様。絶対にシャルティアに渡してはダメな気がします」
と、進言してきたのはマーレの姉の『アウラ・ベラ・フィオーラ』だった。
「普通に苗床になって大変なことになるのは火を見るより明らか」
アンデッドの腐った養分では普通に増えそう、とアルベドの呟きが聞こえた。
確かに階層守護者でアンデッドはシャルティアだけだ。
第五階層の守護者『コキュートス』ならば菌を凍結させてしまうかもしれない。と、思った時にひらめいた。
「保管はコキュートスに任せよう。菌類は凍結保存するのが一般的だからな」
「ハッ。アインズ様ノ仰セノママニ。シカシ、ドコニ保管スレバヨロシイデショウカ?」
「専用の保管施設を作る必要があるな。こういう事はおろそかにする事は出来ない。司書長の意見を聞いて施設を作ることを許可する。死体も野ざらしのままでは格好がつかんだろう」
「デハ、直チニ」
「うむ、任せたぞ。……アウラ、シャルティア。ケンカはほどほどにな」
いがみ合うアウラとシャルティア。口ゲンカはいつものことだったので軽く
「アウラの意見ももっともだ。菌類は時にアンデッドに脅威となろう。お前達も身だしなみとかしっかりするように。特に女性としての
「はい。ですが、水浴びだけではダメなのですか?」
「今回に限ってはダメだ。実験しないと分からないが熱に強いか弱いかで対応を変えなければならん。熱に弱ければ温かい風呂に入らなければいかん。大抵の菌類は熱に弱いと聞くが……」
「アウラ、シャルティア。アインズ様がご心配しているじゃない。ちゃんと言う事を聞きなさいよ」
「は~い」
「わたしは風呂は欠かした事がないでありんすえ。なので、それほど心配……」
「油断大敵という言葉を知らんのか、シャルティア? 気の緩みが
「ひー! 申し訳ありんせんでした~!」
と、アインズの近くまで行ってひれ伏すシャルティア。
第七階層は溶岩地帯。
悪魔にとっては過ごし易いがシャルティアには肌が焼けるので少し苦手としていた。
あと、自由に活動が出来なくなる。
特に階層守護者の『デミウルゴス』に見張られたりするのは生理的に嫌だった。
疑いの目をずっと向けてくる、という意味で。
「さて、二人共。謹慎という訳ではないので静かに過ごしてくれ。三日か四日程度だが」
「謹んでお受けいたします」
「父上に心配されるこの身が恨めしい!」
「……お前はもう少し大人しくしてくれ。後、叫ぶな。それほど離れていないのだから」
ナーベラル達を下がらせた後、問題の菌類と対面するアインズ。
側にはアルベドと司書長が控えていた。
「珍しいモンスターが欲しいと思っていたが……、部下を苗床にされると腹が立つものだな」
「想定外の事とはいえ、部下の心配をなさるとは……」
「それがたとえアルベドでも心配するぞ、私は。とにかく、こいつをしっかりと研究してくれ」
というと司書長は
「ちゃんと切り分けるのだぞ」
「分かっております。ですが、まずは研究室の用意から始めさせていただきます」
「うむ。それらは任せた。……ところで、こいつは熱に弱い菌類か?」
「ンフィーレアの報告によれば焼却処分は可能ですが雷属性を受けると増殖する可能性があるそうです。なんでも、菌類はショックを受けると生存本能を刺激されて胞子を大量に生み出すとか」
菌糸を植えつけた後で金槌で叩いたり、雷魔法を浴びせたりする。
そうすることで発育を促進させるとか、なんとか。
「迂闊に『
「幸運にも帰還したナーベラルは魔法を使用しませんでした。そうでなければ謎の襲撃者によって命を絶たれたと言われて騒ぎになっていたことでしょう」
という司書長の言葉にアインズは戦慄するがアルベドは少し残念に思った。
余計な女が一人消えてくれたのに、と。
「……確かにな。ナザリック全軍をあげて犯人を探そうとするかもしれないな。特にナーベラルは
急に居なくなると言い訳を考えるのが大変だ。
蘇生させればいい、というのは後で気付いたが仲間を失う想定はアインズとしてはしたくなかった。
憎い菌類は徹底的に調査した後で超位魔法とかで消し飛ばしてやろうかな、と少し本気で思った。
あと、ンフィーレアに深く感謝した。
仕事以外では『
同僚の『ルプスレギナ・ベータ』が監視要員として滞在しているのだが、今回は代理として監視する為に訪れた。おやつが主目的なのは変わらないが。
決して人間が食べたいわけではない。
今回は命令だから。あと、一度は様子を見たいと思っていたので丁度良かった。
和装のエントマは身体の各所に蟲を配置し、人間に擬態している。
本性だと人間に怯えられてしまうから、というのもあるけれど実際は創造主の趣味で人間に擬態しているだけだ。決してカルネ村に配慮などする気は無い。もちろん、命令以外では、という意味でだが。
『
あっちは下半身が蜘蛛。こちらは全身が限りなく蜘蛛になっている。あと、背中から他の脚が出てくる。
本性の姿は人間とかけ離れているし、見るものを恐怖させてしまう。
「という事ですぅ」
「……と、言われても……」
僕、ンフィーレアとエンリが住んでいる家に突然、入ってきて種族の違いを説明するエントマさん。
僕にはどちらも蜘蛛人間にしか思えない。
微妙な差とかで区別されているのかもしれない。
実際に
人間と交配できる、とか。
「クモのお姉ちゃんはどこから糸を出すの?」
ネムの勇気はンフィーレアとエンリを度々驚かせる。
「口からですよぅ」
「
口と言ってもエントマさんの
僕たちが見ている顔は『仮面蟲』で偽物だ。
本当の顔は虫っぽい。複眼も有り、顎は人間の肉体をたやすく砕くほどだとか。
「全身にまとわりつく虫達は人間にも装着できるものなんですか?」
「ん~。どうだかなぁ。これらは召喚物なんでぇ、よく分かりません。あと、みんな基本的にぃ、人間を食べますしぃ。危険かとぅ」
「ありゃりゃ……」
「どうしても着けたいならぁ、命令してあげますよぉ。もちろん、肉体を食べないようにぃ」
ンフィーレアは着けたくなかったがネムが『つけてみて』と無言でおねだりしているように見えた。
顔を食べられるのは嫌だ。
確実に知っているのはエントマさんの声を担当する『口唇蟲』というものが人間の喉を食い破り、声を奪うモンスターだということ。
アインドラ伯爵の説明では使う場合は自分の喉を切り裂いてねじ込む、という。
治癒魔法必須の方法だ。
当然、ンフィーレアはそこまでする勇気が無い。
痛いのヤです。
エンリが後でルプスレギナさんに頼むから、ぜひつけて。と言っているように見えました。
「僕の顔を食べないように命令してください。是非っ」
「
エントマさんは懐から数枚の金貨を取り出して影の出来ている部分に投げ込みました。
召喚される蟲は影から現れるから、だそうです。
その何も無い影から人間の顔だけが出てきました。しかも動いています。
見た
全く同じ個体というのは居ないらしく、それぞれ微妙に違う。
ただし、
「ちょっと、人間にはチクチクするかもぉ、しれませんがぁ。ちゃんと命令しておきますのでぇ、少々お待ち下さいぃ」
「かわいい」
と、元気に言うのはネムでした。
僕から見てもかわいいと思うのですが、どう見ても女の子っぽいです。
「贅沢は言わないようにぃ」
どんな個体が召喚されるのかはエントマさんでも分からないようです。
「さあ、どうぞ。顔に乗せるだけですよぉ。あと、視界を共有するには顔に食い込む必要が」
「ええ~!?」
「乗せるだけなら大丈夫ですぅ。前が見えなくなりますがぁ」
僕はテーブルの上で
物凄く動いています。
顔の裏側は凶悪な爪が見えて痛そうです。
「ちゃんと命令はしましたよぉ。傷をつけないようにと……」
「は、はい……」
出来る事なら逃げ出したい。でも、モンスターの事を勉強するには体当たりは必定。
避けては通れないんでしょう。
さすがに毒物は飲みたくないです。
それもこれもエンリとネムの喜ぶ顔のためです。
「!?」
「あまり暴れないようにぃ」
チクチクどころかブスリブスリと刺さる感触が。
顔の上で動いてて痛いです。
当たり前ですが仮面蟲は己の爪だけで僕の顔にしがみ付いているのですから。
「お兄ちゃんがおんなの子っぽくなってかわいい~」
仮面蟲を付けている僕には見えないけれどね。
これはこれで結構、重労働だ。
油断すると顔がズタズタになってしまうかもしれない。
「……ンフィー、大丈夫?」
「今は返事をしてはだめですよぉ。人間の舌を見せたら食いつかれるかもしれません」
「ご、ごめんなさい」
「………」
「鼻息だけして下さいぃ。息を止め続けるのは大変でしょう? 前が見えないと思いますが、落ち着いてくださいねぇ」
仮面蟲を付けたンフィーレアにネムは大はしゃぎ。
身体を張ったンフィーレアにエンリは大変感謝した。
ちょっと顎から血が垂れているように見えたが見ない事にした。
「慣れると楽ですよぉ。感情表現には
「………」
誰か助けて、と僕は声に出して言いたかった。あと、けっこう痛い。
エントマさんは痛くないのか。
仮面を取ると結構な擦過傷が出来ていた。
鋭い爪で落ちないように支えていたのだから当たり前でしょう。
「平気ですよぉ。痛みを感じにくいのかもしれませんねぇ。それでも私だって痛いと感じるときはありますけどぉ」
独特の喋り方には慣れてきたのだが、それは種族によるものなのか。
可愛い声なので深く詮索はしたくないけれど。
他の女性の声を奪った、と言われそうなので声についての質問はしなかった。
「おねえちゃんは虫なのに虫を食べるの?」
「違う種族は食べますよぉ。あと野菜も肉も食べますぅ」
「すみません、妹が失礼な事ばかり……」
「いえいえ、人間と触れ合うのも
肉厚の男性の肉が好みだそうです。
貧弱な僕の肉は物足りないのだとか。
筋肉トレーニングしたら狙われてしまうかもしれませんね。
「これからお父さんになるンフィーは少し……、けっこうかっこよかったわよ。可愛い顔だったけれど」
「ネムの為なら多少の傷は平気だよ」
でも、結構痛かった。
「父親になるのですかぁ?」
「そう遠くない未来ですけど。僕も結婚適齢期ですから」
「……人間の赤子は生まれたてが美味しいと……」
「食べさせません!」
「……失礼しました」
人間を食べる異形種が居るのは知っていますが、ここは
ゴウンさんの話しでは部下達はナザリック地下大墳墓の第九階層にある食事処で飲み食いするので外で無闇に人を食べる者は少ないと言っていた。
大きな組織ならば自衛は不思議ではありません。
リ・エスティーゼ王国にはアダマンタイト級の冒険者チーム『蒼の薔薇』が居ました。
過去形なのは色々とあったからです。
現在は『
そのチームの元リーダーがアインドラ伯爵だったりします。ただ、彼女は国の危機に際して剣を取ることを誓っているのでいつでも現場復帰できるように用意はしているようです。
『魔剣キリネイラム』を持つ凄腕の女冒険者。
今回は彼女ではなく、彼女の仲間の一人『イビルアイ』という凄腕の
本来は僕と共に『マグヌム・オプス』にて様々な研究をしているのですが、カルネ村にはアインドラ伯爵の両親が住んでいます。なので時々、様子を見にこられるのです。
「フィア殿も来ていたのか」
イビルアイさんは僕を『フィア』と呼ぶようになりました。
変わりにイビルさんとは呼ばせてくれません。
「ええ、このところ色々とモンスターを呼び寄せて人間社会に溶け込まないか研究しています」
「……それは……大変だろうな」
「はい」
赤黒いローブを頭から被っていたイビルアイさんも今は青いローブを着用するようになりました。
背中には薔薇の模様が刺繍されています。
他のメンバーも武具などを新調して統一感を出しています。
白い仮面を被っているのですが、イビルアイさんは女性です。
そもそも『真蒼の薔薇』のメンバーは全員が女性で構成された冒険者チームなので当たり前なのですが、イビルアイさんの声は仮面によってノイズがかって性別が判別できないようになっています。
後ろに立たれたりすると知らない人は女性だと分からないでしょう。
仮面を外した時の声を聞くとガラリと印象が変わります。
とても可愛らしい女性の声なので隠すのがもったいないくらいです。
イビルアイさんはナーベラルさんとは仲が悪いらしく、出会えばケンカになりやすいくらい険悪な状態になります。
ナーベラル、ではなく冒険者の時は『漆黒』の相棒『美姫ナーベ』でしたね。
正体を隠す事と僕が正体を知っていることは内緒です。
ちなみにイビルアイさんもナーベラルさんの事は承知しています。こちらはどういう
「……聞きたくは無いのだが……、あの
村の中に隠せないほどの巨体と言えば『
「あー……。村で飼うとしたら、どういう理由が考えられるのか。エンリに
「……結果は見なくても分かるような気がするな……。ちゃんと砂漠の隠れ家に戻しておいてくれ」
「はい」
だからといって簡単に倒せるようなモンスターではありませんが、近隣のスレイン法国に危険視されれば色々と面倒な事態にはなるんでしょう。
それを防ぐのに最適な方法が『こっそり転移』です。
転移魔法を修めているメイド達にいつも助けられています。
命令しない限り暴れないので大抵は大木や落ち葉で隠しますが、隠し切れない場合は布などをかけておきます。
多少は天候に左右されますが。
「モンスターの生態を研究する事は止めはしない。扱い方は間違わないでくれ」
「はい」
「……それで広場の中心に居るのもフィア殿が連れて来たモンスターか?」
「えっ!?」
イビルアイさんに言われて顔をカルネ村の中心にある井戸に向けると傘を差した見慣れない人影が居た。
いつも神出鬼没なルプスレギナさんかな、と思ったが背が低く、服も黒や紫色が多いものだった。
全体的に黒い服装でボールガウン。スカート部分はかなり膨らんでいた。
白銀の髪に大きな黒いリボンが乗っている。
僕も何度か見かける程度だが服装に変化が無いので同一人物かもしれない。
ナザリック地下大墳墓の第一から第三階層の守護者『シャルティア・ブラッドフォールン』さんでしょう。
『
「ブラッドフォールンさんでしょうか。日中に出てこられるとは……」
というよりカルネ村に来るのは初めてかもしれない。
「汚い村だこと……。品性の欠片もないとは」
「普通の農村ですからね」
と、軽く言いつつ挨拶する。
ブラッドフォールンさんは鼻を鳴らすだけだった。
「今日はどのようなご用件でしょうか?」
「ただの見学。あっちに
「……おいこら、くそ
と、イビルアイさんが言いました。
「あっ!? わたしに声をかける時は殺される覚悟があるんでしょうね」
「うるさいだまれ、いちいちつっかかって来るな。……アインズの部下はみんなケンカ腰か?」
イビルアイさんは『
無詠唱なのか、聞きそびれてしまったのか。
「下等な存在の分際で……、って浮いて見下すな!」
「お前こそ、よそ者のクセに生意気なんだよ」
一触即発の気配を感じます。
おそらく戦闘になれば村はあっという間に崩壊しそうです。
「シャ、シャルティア様。この村で騒ぎを起こされては困ります」
と、ブラッドフォールンさんの足元の影から声がしました。
『
「アインズ様に村で騒ぎを起こしてはならないと……」
「あ~もう! 分かっているわよ、そんなことは」
苛立つシャルティア。
見下すイビルアイ。
「イビルアイ様も剣を収めて下さい」
「
「ありがとうございます」
と、言ったのは
「ナザリックの吸血鬼と戦うのも悪くは無いのだが……、場所が悪い」
「ああっ!? このわたしとやりあいたいのかよ」
傘の変わりに物騒な槍が現れる。
攻撃した相手の生命力の幾分かを自分の回復に回す神器級武器『スポイトランス』だ。
シャルティアの主武装の一つでもある。
「シャルティア様! 沸点が低すぎます」
と、
「部下の方が聞き訳がいいじゃないか。それともなにか、今日は晴れているから機嫌が悪いのかな?」
「んっ? まあ、確かに晴れているでありんすね」
肌を焼くような日光の熱。だが、シャルティアにとっては微々たるダメージに過ぎない。対するイビルアイは防具でしっかりと日光から身体を守っている。
「そうでありんすね……。
「……殺すぞ、くそ
「二人共、ケンカするなら村の外でお願いします!」
と、僕は大きな声で言いました。
少なくとも村の中で暴れられるのは非情に困ります。エンリの怒り顔がチラチラと見えているので。
ネムは少し興味があるのか、楽しみにしているような雰囲気を感じる。
「ちょっと待ってくだせえ」
と、新たに声をかけてきたのはカルネ村で世話をしている
「外で戦うんなら、大急ぎで麦を回収しますんで。ちょっとだけ時間をもらえませんかね?」
「おお、そうだな。麦は村にとって生命線だ。いいな、くそ
「……し、仕方ありんせんね。村の
「くそをくそと言って何が……」
「いい加減にしてくださいって言ってるでしょう!」
僕はあらん限り叫びました。
「ごめんなさい」
「もう、申し訳ないでありんす」
意外と二人は素直になってくれました。
村人総出で麦の刈り取りを
みんなで協力すればこれくらいは出来るのです。
カルネ村には護衛役のモンスターとして『
外敵の警護を任せているのですが内部での争いには関知していなかったもようです。
もし、村の中で戦闘が始まっていたらすぐさま飛んできたかもしれません。
ゴウンさんが言うには結構強いモンスターだそうです。
敵が居ない時は定期的に村の周りを監視し、人知れず木陰などで休んでいたりします。
「あまり派手に荒らしてほしくないんですけどね」
「モンスターとの戦いはどこも
「……ほどほどにしてください。エンリが物凄く怖い顔になるので」
「……うむ。『血まみれのエンリ』の二つ名が真実でない事を祈ろう」
「そんな二つ名を付けた人は誰なんですかね」
イビルアイは首を傾げたが
結局、犯人は最後まで浮かばなかった。
場が整い、イビルアイとシャルティアは相対する。
見晴らしのよい平地。
刈り取られたばかりの麦畑は今はただの土がむき出しの荒れた土地だ。
「こなた、少し後悔するでありんす」
「ふん。そこらのモンスターに遅れを取る私ではないわ」
と、強がってみたもののイビルアイは相手を甘くは見ていない。
見た目では分からない強さの波動。
歴戦のつわものであるイビルアイは『
シャルティアは強い。
事前に得た情報によれば『
掛け値なしの化け物。
対してこちらはアダマンタイト級冒険者にすぎない『
普通に考えれば勝てるほうがおかしいのかもしれない。
「さて、いざ戦うとして勝敗はどうつけたらいいかな?」
「そんなん決まっているでありんす。お前がわたしの靴を
「……言葉が通じていないのか? どの地点で勝ちとするのか、と聞いているんだ。脳みそまで腐って思考も出来ないのか?」
「はあ!? わたしに勝てると思っているんでありんすか? それは万が一も無いでありんすよ」
イビルアイは両手を広げて肩をすくめる。
呆れてものも言えない、という意思表示だ。
確かにシャルティアは第十位階魔法を使う強敵だ。
勝てる見込みはないかもしれない。と、普通は思う。というか当たり前に思う。
切り札があるのか、と聞かれれば『無い』と即答する。
バカ正直にそんなことを言うわけがないだろう。
口の軽い愚か者ではない。
少なくとも
種族や
あと、ナザリック地下大墳墓にあるイビルアイの強さの情報は『古い』筈だ。
一方的な
ただまあ、少しは警戒している。
シャルティアが『超位魔法』を使えるのか、どうなのか。それだけがイビルアイの知らない情報だ。
早い話しが見た事がないからだ。
アインズ以外で超位魔法を使う存在を。
「お前を地に叩き落して勝ちとしようか」
「ん~、安易に滅ぼしてはアインズ様に叱られてしまうでありんすね。……手加減する気は無いでありんすが……。面倒な人間はやはり好きにはなれないでありんす」
イビルアイは滅ぼしてはいけない。
それは自らの
思い出して少し安心している。
イビルアイが言う通り、何らかの形で勝敗の線引きをしなければならない。
出した
では、それはどうやって
「ここはシンプルに『私の負けです』と言ったら終わりでありんすね。まあ、こなたのセリフとしては上等かしら?」
「ほう。少しは知恵を使ってきたな」
「……いちいち頭にくる人間ですねぇ」
相手を怒らせることも戦略の一つだ。そんなことも分からないのか、と胸の内でイビルアイは
苛立つシャルティアはスポイトランスを軽く振る。
「
「私も多少は武器に精通しているぞ」
「ほう、武器を使いんすか。魔法の槍とか?」
弱者の事はあまり頭に入れていないのだが、イビルアイは確か魔法で槍を放っていたような気がした。
それは『
どんな魔法だろうと大した事は無さそうな気もする、とシャルティアは思った。
「……あい分かった。『降参』の意思で勝敗を決しよう。負ける気は無いがな」
「『ぎゃふん』と本当に言わせてみたいでありんすね」
「お前がな。腐れ
小刻みに震えるシャルティア。
こいつはマジでぶち殺す。
黒のボールガウンなどの服装は無くなり、代わりに真紅の
顔が見える兜。鳥をイメージした鎧にはスカートがある。
翼があるので今にも飛び立ちそうな姿こそシャルティア・ブラッドフォールンの完全戦闘形態。
シャルティアの重装備はワルキューレなどの
対してイビルアイは今の姿が完全戦闘形態だ。
力の差は歴然だと言える。
とはいえ、重厚な鎧を
正確には着る事ができない。それ専用の
「……防御は完璧か……」
装備が重々しければ肉体的には弱い、というのが一般的だ。
だが、そんな通説はシャルティアに通じるとも思えない。
「この装備を
「あ~、戦闘開始の合図は必要だよね~」
と、
高く築かれた塀の上に器用に腰掛ける
「アウラ!? なぜ、ここに?」
「村の様子を見てこいってアインズ様から言われてね~。戦うのはいいけどさ~、殺し合いはダメだって。いいわね、シャルティア。それでも勝ちなさいよ」
「言われなくても」
「イビルアイだったわね。適度に痛めつけてもいいけど、あっさり死なないでよ」
「見事に打ち勝ってやるとも」
「天気が気になるなら
「いや、結構だ」
アウラは塀の上に立ち、
「じゃあ、戦闘開始っ!」
と、言った後で鞭を地面に叩きつける。
すぐに互いにぶつかったりせず相手の出方を
アウラはシャルティア相手にどう戦うのか興味があったので高みの見物を決め込んでいた。
こういう試合は貴重で誰にも邪魔されたくなかった。
「適度に強い『ざこ』はとんと出会えなかったでありんすが……。こなたは歯ごたえがありそうでありんすな~」
「あ~、シャルティア」
と、アウラが言う。すると睨むような顔をシャルティアは向けてきた。
「イビルアイを殺してはいけないって命令を受けてるから、分かってるわよね?」
「わ、分かっているでありんす!」
「殺しきらなければいいだけよ。丁度いいハンデじゃない」
甘く見られたものだ、と普通ならイビルアイは言っている。だが、今回に限っては言わない。
勝ち目があるか、無いかくらい分からないほど戦闘経験は浅くない。
シャルティアは強い。
かつて戦ったヤルダバオトと同等なほどに。
「……長生きはするものだな」
手持ちの位階は低い。
将来を見据えてイビルアイは強くなりすぎない道を選んだ。だから、強すぎる敵には勝てない。
それでも戦うときは逃げない。
「〈
魔力系第四位階魔法を唱え、水晶で出来た槍を持ち、シャルティアに投げつける。
「綺麗なガラス細工だこと」
軽くスポイトランスが奮われただけで魔法の槍は木っ端微塵になる。
今ので確信する。並みの冒険者では歯が立たないことを。
「〈
第五位階の魔法で星の形をした雷属性の矢を放つ。
位階は高いが可愛い魔法で人間相手なら割りと当たりやすい。
ただし、
名前は月なのに星の形が飛んでいく魔法をシャルティアは
「しょぼい魔法も数撃てば当たるわけではありんせんよ」
「分かっているさ。だが、私は
「わたしも
「シャルティアに勝ちたいなら強力な第十位階魔法を持ってこないとダメよ」
と、塀の上から声をかけるアウラ。
「どっちの味方でありんすか」
「弱い方。その方が面白いでしょう」
いたずらっ子のように笑う
イビルアイとしてはてっきり『弱者はいたぶってこそじゃない』とか言うかと思った。
「普通の攻撃魔法は大した効果が……」
「アウラ! あんたなにアドバイスしてるのよ」
「いいじゃん。弱いなりの戦い方って興味あるし。だいたいあんた、魔法バンバン使うしか脳が無いんだから、現地の戦い方をきちんと学びなさいよ」
「……うん、仲が良いのは分かった。だが、外野はあまり気を散らすような事は避けてくれ。私まで巻き込まれて間抜けな姿で負けそうになってしまう」
「あらら、そうね。これは失礼したわ。頑張って、イビルアイ」
「……素直に嬉しいよ」
嫌味のない言葉に聞こえたので、イビルアイは少しだけ照れてしまった。
反対にシャルティアは激怒する。
「わたしが悪者にされているでありんす」
「腐れ脳みその吸血鬼だもん」
「ア~ウ~ラ~! お前も殺すぞ」
「あはは~、出来るものならやってみなさいよ~」
可愛く舌を出すアウラ。
「……だから、外野が気を散らすと……。まあいい。二対一だぞ、くそ
「敵が増えてる!?」
イビルアイは軽き息を吐いてから駆け出す。
ずっと気になっていたシャルティアの武器に拳を打ち込む。
ガン。
とても硬い。拳が痛むのではないかという硬さかもしれない。
それだけは分かった。
第五位階の魔法をものともしないところから、相当な
確か『ごっず』というとんでもない武具だったはずだ。
次に鎧に拳を打ち込む。もちろん、ただの素手ではなく魔力を乗せた一撃だ。
こちらも感触としては相当な硬度があるのは理解した。
アダマンタイト、またはそれ以上。
並みの装備を持ってくるはずが無い。
「〈
てっきり槍で全て捌ききると予想していたが、シャルティアは最初だけなぎ払うように奮ったのみで、いくつかは鎧の硬度で防ぎきった。
「なに当ててんのよ」
「全部叩き落すのは面倒くさかったんでありんす。必中の魔法かもしれんでしたし」
「余裕だな」
程度を見極めようと思っていたが底がまだ見えない。
シャルティアという
「そちらばかり攻撃しては不公平……。こちらも動くでありんすえ」
シャルティアの姿が掻き消えた。
咄嗟にイビルアイは次の魔法を唱える。
「〈
物理的なダメージを魔力ダメージに変換する魔法。
魔力は当然減るが肉体的な痛みは受けなくなる。ただし、気分的には痛みを受けたような感じになってしまう。
ゴスっ。
背中を貫こうとする槍が突き立った。だが、魔法により貫通は避けられたのだが、慣性の法則が働いたのかイビルアイは思いっきり吹き飛ばされる。
どういう力が加わっていたのか、痛みは無いとしても体勢が整えられず村の防壁である柵に激突し、破壊ののち内部へと転がる。
「ちょっと~! どこを狙って攻撃してんの、バカ!」
「手元が狂っただけでありんすよ。また直せばいいだけでありんしょう」
意識まで持っていかれそうになるが誰かの家の外壁を突破したところで止まる事ができた。
「……どれだけバカ力なんだ、あいつ……」
「だ、大丈夫ですか?」
「す、すまない。迷惑はかけないつもりだったんだが……。後で改めて謝罪する。今は……、見逃してもらう」
体勢を立て直し、シャルティアの元に向かう。
アウラは入れ替わるようにやってきて、家の修復の為にいくつかのシモベを呼び寄せる。
「すみませんね~。ちゃっちゃっと直すんで。ケガとかしたら言って下さい。治癒担当の者を呼ぶんで」
と、営業スマイルを見せるアウラは村人を安心させるように言った。
現場に戻ったイビルアイはもう少し村から離れたほうがいいと判断した。
「柵が思ったより
「私も今のはビックリした。化け物というのは間違っていないようだな。それはそれで安心した。口からでまかせでなくて……」
実力は本物。
見えない恐怖から見える恐怖に変わっただけではあるけれど、イビルアイとしては納得した。
現段階で勝てる確率は限りなくゼロ。
強さに呆れはするのだが、持て余す結果となっていることは
相手に負けない強さを得る事は簡単だ。だが、それを
自分は今の強さに満足している。
過度な強さは災害でしかないからだ。
高望みはしないし、したくない。
それでも戦わなければならないときがあることも理解している。
「ちょっとやり過ぎたでありんすね。でも、準備運動は充分でありんしょう。ここからは……、蹂躙を開始んす」
「〈
静かな口調で唱えられたシャルティアの魔法。
イビルアイを炎が包み込む。
だが、シャルティアは気付かなかった。
物理的なダメージは全て魔力ダメージに変換されていることを。
見た目には魔法で焼かれているように見えるのだが、そのダメージは全て魔力ダメージとなっているため、肉体的には無傷である。あと、装備品も焼けていない。
装備品が無事なのは色々と属性耐性が付与されているからだ。
完全耐性ではなかったはずなので多少は焼けているかもしれないが、今は確認しない。
「〈
神聖属性の魔法でアンデッドには有効的な魔法をシャルティアはイビルアイに使った。
「こなたは……確かアンデッドではなかったかえ?」
「そんなことはどうでもいいだろう」
ダメージは無い。だが、高い位階魔法に正直、驚かされた。
信仰系でもここまで攻撃に特化した魔法があるとは、と。
一般的な知識だけでは得られない実践的な魔法の知識は探究心を刺激される。
うっかりどんな効果なのか、と見とれてしまうほどだ。
「……ちなみに超位魔法は使えるのかや?」
「勉強中だ」
これは事実だ。
候補となる魔法はいくつかある。
後はどんな効果か勉強するだけだ。
「戦闘の役に立たない魔法もあるからな」
「確かに……。賢いようで安心したえ。でも、それでも我が
「……魔法に特化している者と比べるな。そういうお前は戦士に特化しているものより優れた戦闘が出来るのか?」
「ああ言えば、こう言う! いちいちムカつくでありんすね」
「自慢話しばかりするからだ、バカ」
「……しかし、どう倒したものか……」
攻守共に優れた
攻めあぐねているイビルアイ。
正直、助っ人が欲しい。
この手の強大なモンスターは一人よりチームで討伐するのが一般的だ。
相手が
今のイビルアイは物理攻撃と魔法が心許ない。
シャルティアに当てられはするのだが、無傷だと思う。
それこそ『超位魔法』でも持ってこないとダメかもしれない。
「まだまだ弱いということか」
そもそもアインズより強いと言われるシャルティアに魔法で勝とうと思うほうが無謀だ。
相手はまだ隠し玉を持っている。
未熟な
相手を知る。
「物理攻撃が高い
「それ用の
シャルティアが習得している
「例えば……この
シャルティアが天に掲げた手からスポイトランスとは違う光り輝く槍が現れた。
「絶対不可避の槍でありんす」
とはいえ
即死効果はないけどダメージによって殺すことは出来る。
運が悪ければ死ぬかもしれないが、イビルアイなら大ダメージかもしれない。
何度も思う。
この場合はどうなるのかしら。
おかしな
分からない時は『物理で殴る』とはペロロンチーノかぶくぶく茶釜の言葉だったか。
「手加減しても相手によるでありんすね」
とはいえ、出した槍は投げないともったいないのでイビルアイ目掛けて投げつけた。
もちろん、必中なので逃走は転移でも不可能。どこまでも追い続ける。
イビルアイが転移魔法を使えるかは知らないけれど。
「ぐっごぁ!」
転移する暇など無く槍はものすごい速度で狙った対象に当たる。
言い知れない肉体を削るような音が響く。
誰がどう見ても肉体を貫こうとする槍に見える。
『
しかも、これは魔法ではなく
貫通させない限り、どこまでも不快感は続く。
「あっははは! どうでありんすか、イビルアイとやら。負けを認めてしまえば楽になりんしょう」
「腐っても『真蒼の薔薇』……。そう簡単に頭は下げん」
無理矢理、槍を押し込めて貫通させる。
胴体に穴は開かないが、割りと魔力は持っていかれた気がする。
「ふん。妙な小細工をしていたようでありんすね」
自分の知らない魔法はシャルティアとて興味をそそられる。
ただ単に習得していないか、興味が無いかの違いかもしれない。
「眷属を召喚するまでもないでありんすね。〈
失敗しない上位の転移魔法で移動するのはイビルアイの近く。
移動の阻害が無いのは転移阻害魔法を習得していないか、油断を誘うか、だが。
油断については有り得ない。
イビルアイは
一向に高い位階魔法を使わないのは
弱すぎる相手に本気を出すほどシャルティアは短気な
とはいえ、丈夫な敵は貴重だ。つい本気を出したくなる。
さすがに『
その時は
『血の狂乱』も今回に限っては自制する。
スポイトランスでイビルアイのわき腹を突く。
今度は村の方向は避けた。
「ぐっ!?」
「その小細工が切れたら報告してくんなまし。大怪我をさせるほど、わたしは血に飢えていないでありんすから。……血が出るかは分かりんせんけど」
「それはありがたいな。……まあ、後二撃くらいは耐えられるだろうよ」
強がりではあるのだが、魔力を削られる不快感が強くて吐きそうだった。
決定打に欠ける。これが一番の問題だ。
人間種のように一撃で殺せる相手ではない、というのも厄介な点だ。
痛み分けどころか一方的な蹂躙劇で終わる事になりそうだ。
だが、このまま泣き寝入りはしたくない。
一矢報いる事も時には必要だ。
運が良い事に攻撃魔法のほとんどが通じない事が分かった。
それだけでも分かれば戦略が立て易くなる。
「あ~、うっかり殺さないでよ。怒られるのはあんただけにしなさいよね」
と、戻ってきたアウラが言った。
「わ、分かっていんす!」
「『
信仰系第十位階の魔法で対象の内部を破壊する。
一見すると強力な魔法だが非実体には通じないし、発動まで精神を集中させる必要があるので気が散ると不発に終わる事がある。あと、複数人を狙えるけれど連発は出来ない。
つまり一人一回ずつ、ということだ。
「アウラ! いちいち分かっている事を……。気が散るでありんす!」
信仰系の魔法はイビルアイもあまり馴染みがないので知識に無かったが物騒な雰囲気は感じた。
「黙ってやられはしないが……。強いな、お前は。それは素直に驚いたよ」
「当たり前でありんすえ。弱い階層守護者など我がナザリック地下大墳墓にはおりんせん」
「いや、弱い階層守護者は居るよ」
と、アウラ。
今の言葉にシャルティアは驚いたがイビルアイもついアウラの方に顔を向けてしまった。
油断と思ったが、シャルティアからの攻撃は来なかった。
「び、びっくりさせるな、バカ」
「あはは、ごめんごめん」
「直接戦闘しない『ヴィクティム』っていうのが居てね。そいつなら楽に倒せると思うよ。でもまあ、そいつくらいしか倒せないんじゃあ、お話しにならないけれどね」
「……むう」
「いいんでありんすか、そんなこと教えて」
「大丈夫、大丈夫。ヴィクティムの居るところまで来られる敵は居ないって。それにあいつ、移動も大変だろうし」
階層守護者を一人倒したとしても他にも居る。
復活手段を持っている相手だ。
今のところ無理に倒しに行く理由はない。
目下の敵は目の前の
こういう時に他人を頼りたくなるのは自分の弱さを知るからだ、とイビルアイは情けなくなりながら思う。
モモン様なら。
一対一の勝負なので頼るわけには行かないし、
「一方的にやられてやるのも面白くない。こちらもそろそろ反撃したいところだな」
「今まで出会った『ざこ』よりは丈夫なようでありんすが……」
シャルティアはスポイトランスをイビルアイに突きつける。
「我が
「コキュートスでも味方につけないと
「……ア、ウ、ラ~。あんたはどっちの味方でありんすか!」
「だから、弱い方よ。脳みそまで腐っている人には解からないようね」
弱い方と言われても今はイビルアイにアウラに反論する元気は無い。
事実は素直に認める。
「極大魔法でもあればいいのだが……。大規模破壊に抵抗があるんでね。これでも私は……、人の世を壊したくないのさ」
イビルアイは駆け出して、いくつかの魔法を繰り出す。だが、その全てをシャルティアは小石、またはもっと小さな砂粒の
それでも第四、第五位階の魔法だ。
第八位階以上が彼らの『普通』ならば人間はなんと
物理攻撃は当然の
ヤルダバオトよりは弱いかも、と
おかしい。
自分は弱い部類ではないはずなのに。と、他人事のようにイビルアイは思った。
お前は『国堕とし』ではないのかと。
種族に差があるとすればシャルティアの『
聞いた話しでは更に上に居るという『
噂などでは近くには居ないようだが。
シャルティアと同等、または強い吸血鬼がゴロゴロ居ては困る。
「もうタネ切れでありんすか」
という言葉の後で喉にスポイトランスが当たり、後方に吹き飛ばされる。
避けられない。
相手の動きが早すぎる。いや、自分の方が遅いのかもしれない。
「ぐっ……」
手も足も出ない。
それはそれで情けない事だ。
「んー、たぶんだけど、あんたの魔法の位階が低いからじゃないかな。本気でダメージ与えたいなら第八位階からが必須よ。今のあなたの魔法じゃあカスリ傷どころかシャルティアがケガしても瞬時に自然治癒しちゃうレベルだもん」
「……そうじゃないかな~とは思っていたよ。だが、高い位階魔法はリスクがあるんでね」
「ダメージを別のものに移す魔法が
魔法に精通している者には
高い位階魔法を扱う連中だから我々より物を知っていて当たり前と言える。
逆に言えば我々は物を知らなすぎた。
まだまだこれから発展するのだから、勉強はさせてほしいところだ。
「分かるわよ。攻撃優先か防御優先か……。向こう見ずな戦い方は命取りだもんね。こいつみたいに自意識過剰に魔法をバンバン打ちまくる輩の相手は大変でしょう」
「……わたしも考えて魔法を使っているでありんすえ」
「だったら低い位階魔法でチマチマと戦いなさいよ」
「……それはそれでイライラしそうでありんす」
イビルアイは仮面を外してその場で嘔吐した。
急激な魔力の消費で具合が悪くなってしまった。
「……はぁ。こんなに一気に減らされるとはな……」
「MP少なすぎるだけじゃないの?」
100ポイントから一気に5ポイントに減らされることと、20ポイントから5ポイントに減らされる負担は全く違う。
イビルアイは足が震えて立っていられなくなってきた。
戦闘をやめて魔力の回復を計らないといけない。
対するシャルティアはまだ魔力に余裕があり、
こうして眺めている間にも1ポイント、2ポイントとMPが回復している筈だ。
回復は数分単位なので満タンになるのに数時間かかるのが一般的だ。
対して
肉体的な損傷は無いが、そろそろ魔力が尽きて大怪我をする頃だ。
イビルアイは何か一矢報いたいと思っていた。
どの道倒せはしないし、ただのケンカだ。
「……そう、ただのケンカだ。それをうっかり忘れるところだったな」
その言葉にアウラは微笑む。
「ちょっと大怪我させてもいいわよ。こいつすぐ調子に乗るから」
「その期待に答えたいな」
「わたしに味方は居ないでありんすか?」
「帰ったら
イビルアイも腹が立つがアウラにも腹が立ってきた。
いつか勝負を挑みたい。そうシャルティアは新たな決意を固める。
「スポイトランスの攻撃をまともに受けている事も致命的なのよね」
そのお陰でシャルティアは未だにHPが満タンになっているし、とアウラは
なっている、というよりはダメージを受けているように見えないからだが。
もう少し派手にケガしてほしいな、とちょっとだけ思った。
シャルティアのように武具に恵まれている者でなければ後方支援に徹するべきだ。
とはいえ、そんなことを二人のケンカに言っても無駄なんだけどね、とアウラは胸の内で
「そうでありんすね。そろそろ武器はやめんしょう」
神器級武器をいつまでも下等な人間に見せるのは色々と都合が悪い。
ここからは素手で充分だと思い、スポイトランスを消す。
正直、素手での戦闘は得意ではないので、魔法を少し撃つ程度に留める。
「ペッ。恐れ入ったシャルティア。せっかく相手をしてくれたのだから、こちらも期待に応えたいところだ」
「わたしは物足りなくて退屈でありんすよ」
と、言った後で駆け出す。
魔法による敏捷などの強化ではなく、素の状態での速度でイビルアイに挑む。
ゴズン、と音が聞こえるほどの拳の一撃をイビルアイは受けた。
吸血鬼は物理攻撃も人間より強い。
対するイビルアイはダメージは無いものの衝撃は感じた。
普通の人間なら内臓を損傷しているところだ。
軽く後方に吹き飛ばされるもすぐさま体勢を立て直す。
「ここからは魔法も
「そりゃどうも」
イビルアイとて多少の体術は
それでも
相手は武道に不慣れなはずなのだが、無理矢理速度を上げて当ててくる。
戦闘中でも発揮されるのは高速治癒だ。
物理攻撃だけなら魔法を解除して対応が出来る。
相手が攻撃力を上げるような事をしてこなければ、だが。
「まさかこの鎧のおかげで攻撃が強いとか、思っているでありんすか? 多少は防御が硬いかもしりんせんが、それほど大層な
極大魔法を食らっても無事、という
ただ、中身までは保証されないのが困り者、とため息も同時につく。
早い話しが露出部分までは保障されないので、超位魔法などを食らうと鎧に守られている部分以外は消し飛ぶ可能性がある。
完全消滅でもなければ
ズブリ。
思考の海に沈んで気が散ったところに不快な音がシャルティアの耳に届く。
「んっ?」
突き出した腕の下に見えるのは赤い棒。
その赤い棒は鎧を刺し貫いている。
「おっ……。これは……なんなんでありんすか?」
いや、なぜ
極大魔法でも傷一つ付かない強固な鎧を赤い棒が何故、刺さるのかと。
「隠し玉は私にだってあるさ」
「……おお、あー、えーと、この場合は……なんて言えばいいでありんすか?」
「うぎゃぁぁ、か。痛い痛い、じゃないの?」
ニッコリと微笑んだままアウラは言った。
「……うーん、なんか違うでありんす」
痛みに強いアンデッドのお陰か、激痛というものは感じない。だが、HPは減っている筈だ。
「なんじゃこりゃあ、とか?」
「……間抜けでありんすね。いいでありんす。自分で考えますから」
とはいえ、すぐには思いつかない。
イビルアイは赤い棒を引き抜き、再度、刺してくる。
思考中のシャルティアは避ける、という概念が無くなったような状態だった。
好き放題に刺される。
高速治癒の能力が高く、すぐに穴が塞がる。
減ったものはすぐに回復する。ダメージとしてはそれほど多くない。
刺突攻撃という事も原因だ。
「ちなみに、その鎧。直せるから多少、壊しても大丈夫だから。遠慮なくやっちゃっていいわよ」
「それはどうもご丁寧に」
普通はそんなアドバイスをしないものだ。
つくづく次元の違う相手だとイビルアイは苦笑を禁じえない。
「その槍はなんなんでありんすか! かな?」
「……自信を持って言いなさいよ」
「この槍は『魔槍ゲイ・ボルグ』と言うそうだ」
「ゲイ・ボルグ!?」
と、アウラが身を乗り出して言った。
今のは演技か本気か。
「ウソ!? マジもん? 本物だったら凄いじゃん」
「……あー、わたしは良く知らないでありんすが……」
「槍装備の
「ううっ、知らないものは知りんせんもん!」
「後で説明してあげる。もっとその槍を使って見なさいよ」
「もちろんだ」
素手のシャルティアに対し、どこから取り出したのか、二メートル近い長さの赤い槍のゲイ・ボルグ。
これは伯爵より頂いた『
正確には伯爵がナザリック地下大墳墓で買って来たものをイビルアイに
500キログラムまでのアイテムや武具を収められる
『魔槍ゲイ・ボルグ』はアーグランド評議国付近に現れた女神系モンスターから奪い取ったものだ。
名前は確か『
そのモンスターと少し手合わせしたことがあるのだが、今のシャルティア並み、かもしれない程に強くて歯が立たなかった。
「あー、でも戦士職ならもっと上手に扱うんでしょうね」
「らしいな。だが、私程度でも刺さる事が分かって……。自分でも驚いている」
「気が付いたら結構、穴だらけにされていたでありんす!」
「……普通は気付くから……」
と、アウラは呆れ返った。
心臓にも刺したはずだが何とも無い、というかなんとも思っていない、という感じだ。
弱点という概念も無くしたのか、と思わせるほどだった。
「刺突ではダメージにならないということか」
「……いや~、結構ダメージになっていると思うわよ」
「そうなのか? ……そういう風には……、見えないんだが……」
「気にしたら負けよ、イビルアイ」
平気そうなシャルティアの顔が自信を失わせる。
魔法無しなら対等に戦える、と思ってはいけないんだろう。
相手はいつでも本気が出せる。
決して油断は出来ない。
と、言っている側から拳が飛んできた。
その攻撃をゲイ・ボルグで受けると言い知れない振動が手に伝わる。
槍は破壊されなかったが、イビルアイの手が制御できない振動に襲われる。
「……お、おお……」
「結構丈夫でありんすね、その槍」
「私の記憶が確かなら
「……改めて思うが、詳しいのだな」
「聞きかじった程度だけどね」
振動は今も止まらない。
「変な攻撃で震えが止まらん……」
「普通に殴っただけでありんすよ」
強固な武器と激突した事で想定外の事が起きたようだ。
イビルアイは力任せに押さえ込もうとしているのだが、止まらない。
手の感覚は無く、槍を掴んでいるというより、手にくっ付いてはなれない感じた。
それでも腕は自由なので攻防は続く。
ガンガンガン、と硬い石と石がぶつかっているようだ。
「そちらさんは
「使いたくても使えない。私の
無理というか未熟というか。
確かに
今さら戦士職にはなれない。
馬術を収めないと
バンっ。
イビルアイの目の前が真っ赤に染まる。
一瞬、何が起きたのか理解できなかった。
ただ、アウラは現場を
イビルアイの手の振動が限界を迎えて爆発した。ただそれだけだ。
木っ端微塵になるイビルアイの両手。
飛び散る指。嵌めていた指輪がシャルティアの身体に当たる。
その後で感じる別の波動。
今まで秘匿していたものが明るみになる。だが、それらはシャルティアには興味をそそられるようなものではなかった。
「うおぉ……」
掴む手が無くなり、ゲイ・ボルグは地面に落下する。
イビルアイはあまりの事に戦闘意欲、戦う意志を失ってしまった。
「……これはもうダメね。はいはい、ケンカは終わり。いいわね、シャルティア」
イビルアイの鮮血を受けていたシャルティアはアウラの言葉にうなずく。
血を浴びているのに精神が落ち着いているのは相手がアンデッド特有の種族だから、というか『
仮に『血の狂乱』が起きてもアウラが止める事になっている。
「高速治癒が働けば元に戻るんでしょう?」
「それは分からない。……だが、これほどの事になったのはあまり経験が無い……」
驚きはあったものの意外なほど精神は落ち着いている。あと、痛みも少ない。
目の前で踊る血管が見えている。
元の形に戻ろうとしている為だ。
飛び散った肉片が戻るのではなく、細胞分裂して肉を増やすような感じだ。
「……ゆ、指輪を見つけてくれ……。あれが無いと……私は家に……」
「分かった分かった。そのまま大人しくしていなさい」
アウラは優しく言って、イビルアイの指輪を捜索する。
ケンカを終えて誰が勝ったかなどは今のシャルティアにはなんの興味もなかった。
元の服装に戻り、傘を差す。
「これかしらね。確か一個だけよね?」
「そうだ」
シャルティアに比べれば治癒の速度は遅いのだが、それでも結構手は再生した。
手首のところで止まるんじゃないかと少し心配した。
「再生に心許ないなら……、シャルティアの魔法で治癒してもらいなさい。それくらい敬意を払えるでしょう?」
と、アウラはシャルティアに言った。
「良い戦いには褒美を与える。それくらい心得ているでありんすよ」
「物理的に『
「うむ。私もビックリした」
「わたしも」
自然と三人の間に和やかな雰囲気が訪れる。
「ほらほら、シャルティア。治癒魔法」
「わ、分かったでありんす。……は~、もう仕方ないでありんすね」
信仰系第八位階『
皮膚が出来ていなかった両手は瞬く間に勢いを増して再生していった。
「第六位階の『
「アンデッドの回復手段は必須よ」
「分かってはいるのだが……。まだまだ勉強中の身なのだ」
再生の終わった手の指に指輪を
手袋は残念ながら破れてしまったので新調する必要がある。
「回復したのならわたしはもう帰るでありんす。汚い
「そうよね、早く洗わないと血が混じって新種の
「おおう。怖い事を言わんでくんなまし。では、失礼するでありんすえ、イビルアイ」
そう言って第十位階の転移魔法『
「もう、素直じゃないんだから。……ところで腰が抜けたのかしら?」
イビルアイが一向に動かないから言ってみた。
「そのようだ。あまりのことに……。少し休めば大丈夫だ。なにせ、私はイビルアイだ」
「変な根拠ね~」
震える手でゲイ・ボルグを回収する。掴んでも振動は伝わってこなかったので、大丈夫だと思われるが安心は出来ない。
それにしても目の前で破裂するとは思わなかった。
爆裂魔法を食らった気分だ。
それとも槍が暴走でもしたのか。
使い方に気をつけるように、とは言われていた。
もう一つの『ゲイ・ジャルグ』とかにすればよかったかな。
「あなたも帰って服とか洗った方がいいわね」
「……ああ、そうだな。青いローブに赤い血は……、目立つ……」
自分の血の匂いで暴走しないのは、あまりにも衝撃的なことがあって気にならないのかもしれない。
まだまだ精進する必要がある。
攻撃だけではなく、身を守る為にも。
戦闘を終えて立てるようになったイビルアイは飛び散った自分の肉片を全て回収して辺りを整地していく。
後始末もちゃんとするのがアダマンタイト級の冒険者として当たり前の事、というわけではなく、変なモンスターが湧かないように、という意味合いで
数百年も続けた習慣なので自然と身体が動いてしまう。
アウラも空いた穴くらいはシモベなどで塞ぐが、イビルアイの仕事の丁寧さには感心していた。
真面目なところはアインズも見習いたいと言っていた程だ。
無闇に人を襲う
近隣の
だが、それは去年までの話し。
『
褒美は恐ろしいものだったが、それはもうどうでもいい。
竜王国を治めるのは『
見た目は小さな黒髪の少女。
だが、それは国民の要望で変えているだけで本性はもっと年上だ。
高齢の
あくまで人間に変身するだけだ。
変身だけなのに人との間に子供が出来るのが今もってドラウディロンには理解しがたいが。
生まれた自分がここに存在しているのだから、どうしようもない問題だけれど。
たまに本性に戻りたい事もある。
人間の肌色から黒い鱗がびっしり張り付いた美しい
「ああもう、ロリコンどもめ。イライラが止まらぬ」
文句を言っても仕方が無い。
頭を悩ませていた問題が少し減ったのでお忍びで国外に出たくなってきた。
以前、帝国に行き、物騒な『マグヌム・オプス』にも行きはしたが、普通の農村にも行きたくなる。
竜王国の都市は復興を始め、現地調査には今しばらく時間がかかりそうだ。
「かねてより打診されていたリ・エスティーゼ王国の農村に
「うむ。大農場を作り上げる手腕は是非ともわが国にも富をもたらそう。少し遠いのが難点だな。スレイン法国に
「その点は抜かりなく……。救援要請の『陽光聖典』を寄越さず、金だけ持ち逃げしようとしたのです。文句は言わせません」
「当たり前じゃ! あのアホウ共にどれだけ金をやったことか」
小さな身体で憤怒の形相を見せる女王ドラウディロン。
頬にうっすらと黒い鱗が現れ始める。
力は弱くとも並みの人間には負けない。
「
「おっとと、危ない危ない。久しぶりの休暇は誰にも邪魔されたくないな」
「護衛として帝国の四騎士の一人『レイナース・ロックブルズ』様をお借りできました」
「大丈夫なんだろうな? ジルクニフ皇帝は裏切る、とか何度も言ってて怖くなってきたぞ」
「好きで騎士になったわけではありませんから。……確か復讐が……」
「いやいい! なんか聞きたくない」
「大丈夫ですよ、ドラウディロン陛下。ロックブルズ殿は仕事はしっかりやってくれる人ですから」
「……暗殺も入ってそうで怖いな……」
バハルス帝国最強と
『レイナース・ロックブルズ』は四騎士の紅一点。
実力は最強に恥じない。他の三人の騎士とも渡りあえる実力者と言われている。
他に
顔の半分は
その呪いの為に不遇な生涯を送っている。
趣味は『復讐日記』の執筆。
最近、アインドラ伯爵と意気投合し周りを戦慄させている。
「あの二人を怒らせたら、世界が呪われちまう!」
「手を組んではいけない二人と言えば……」
という冒険者の噂が出るほど。
実際のレイナースは噂とは関係無しに鼻歌交じりに仕事の準備を整えていた。
振り回す槍の調子はよく、昨日殺した犯罪者の首の
今回は皇帝の命令もあるが、少し遠出が出来るとあって楽しみにしていた。
このところ
まずは竜王国の護衛兵と合流し、数日間の旅路が始まる。
初めていく場所ではないけれど他国の領内は浮かれているレイナースでも緊張するものだ。今回は魔導国の領地も通るのだから、多少のモンスターの出現も想定しなければならない。
魔導国のモンスターは勝手に襲い掛かってこないと聞いているのだが、力に
特に
「ロックブルズ殿は長旅は平気なほうか?」
顔の半分が膿に覆われているのでドラウディロンは心配になって尋ねた。
「はい。遠出ははじめてではありません。あと、顔の事をご心配されていると思いますが、呪いというものは病気とは違います。膿をふき取る布巾が足りるかが気がかりですわね」
「それについてはこちらでも用意している。それは安心してくれ。良い仕事をしてもらうためだからな」
「ありがとうございます」
「そういえば、復讐はどうなったのだ?」
「もう果たしておりますので、ご心配には及びません」
「おおう、そうか。だが、ジルクニフ皇帝は心配しておったぞ。私が言うのも変かもしれんが……、仕える
「……はい、……それはもちろん」
と、小さな声でレイナースはドラウディロンにだけ聞こえるように言った。
途中で野営を設営し、兵士達はしっかりと疲労回復に努める。
目下の問題は女性である身なので身だしなみが心配になってくる。
風呂の用意は中々できるものではない。かといって水を持ち歩くわけにも行かない。
自然と寒風摩擦が中心となる。
ただし、女王だけは水の使用を優先される。
「もうすぐだが、長き遠征の場合、ロックブルズ殿は身体はどうしておる?」
「長期の遠征はあまり無いのですが……。そうですね……。我慢です。一般的に宿舎を作り上げてカッツェ平野で訓練をしたりするので、身支度に不自由した経験はありません」
「……我慢か……。食糧難の時に私だけ贅沢は言ってられんな」
「いえ、国を治めるものは責任を糧に生きなければなりません。その話しで言えば……、確かにジルクニフ陛下を心配させる私は……ちょっと意地悪な女かもしれませんわね」
薄く笑うレイナース。
「ちょっとかな~。確かに責任というものは大事だがな。何もせず無責任に死ぬようでは国というか国民が困るだろうな。……ロリコンの多い国だが……」
「私ならその『ろりこん』なる不届き者は成敗いたしますわ」
「いや、うちのアダマンタイト級の冒険者だからな……」
「関係ありません。なんなら去勢でも……」
「……そこまでするのか……。それはそれで恐れられてしまうな……」
「
「厳しくすると駄々をこねるからな……」
少女の姿に好きでなっているわけではない。
それもこれも竜王国のためだと思えばこそだ。
そんな『がーるずとーく』を続けて三日目に魔導国領を抜けて目的地のカルネ村に到着する。
挨拶もそこそこに村の中に作られている宿舎に直行し、排泄や食事や睡眠を取っていく。
四日目の朝に改めて村長に挨拶する。数日の旅は疲労との戦いだ。
「少し強行軍であったが無事に着いて何よりだ」
と、まずは部下を
「竜王国から参ったドラウディロンだ。昨晩は失礼した、村長」
「いえ、まずは……。ようこそおいでくださいました。私はエンリ・エモット。このカルネ村の村長を務めています」
「お忍びゆえに大々的な出迎えは不要。あと、内密にな」
「了承いたしました」
「こちらは既にご存知だと思うが、帝国四騎士の一人……」
「レイナース・ロックブルズです」
紹介されて名乗りを上げるレイナース。エンリとは初対面ではないが改めて挨拶した。
帝国騎士とは浅からぬ関係ではあるのだが、過去のわだかまりは今は避けることにしていた。
どういう意図があってカルネ村を襲撃したのか、本当は聞きたかった。だが、戦闘を餌に部下が勝手にやったことだと言われれば追求はほぼ不可能だと貴族の人に教えられた。
現に帝国四騎士は王国における村の襲撃は誰一人として知らなかったと答えた。
そもそも帝国領から
それと行方不明となった騎士は実は居ない。
つまり帝国騎士は何者かの偽装である、と。
それでも帝国騎士の鎧をまとい王国の村々を襲撃した事実は幻想ではない。
ジルクニフ皇帝は戦争に勝つためには手段は選ばない、と言われてはいるのだが弱きものを虐げる趣味はなく、村や国民を愛しているように他国の村人まで巻き込むことを良しとしない。
軍事のみで強大な国家は維持できない。それが分からない皇帝ではない。
「今回は……謝罪とかは言わぬな?」
「はい。過ぎたこと、には出来ませんがいつまでも恨みを抱くのは本意ではありませんので」
皇帝の名の下に僅かばかりの見舞金も届いた。
「今回、訪れた目的は……エンリ、そなただ」
「私が目的?」
「大農場を作り上げた手腕を是非ともご教授願いたくてな。もちろん、竜王国に招待する、とは言わん。遠いからの。色々と教えてはくれぬか。我が国も発展せねばならないので」
「こんな私でよければ」
話しに区切りを付けて、エンリはドラウディロンを案内する。その間、兵士やレイナースは気がかりな事があった。
入る前から見えていたのだが、まず村の中にモンスターが
こちらは危害を加える目的は無く、というよりは村の一員となっているように見えていた。
噂では色々と聞いていたのだが、実際に目にすると驚かされる。
モンスターを使役する『血塗れのエンリ』なる武人が居ると。
他にも覇王とか聞いた覚えがあるが、実物は普通の村娘だった。
「……あえて避けてては失礼であろうな……」
「あはは。……あー、いや、別に無理に指摘されなくてもいいんですよ」
「そ、そうか? だが……、あれは目立ちすぎる」
村のすぐ近くに居るんだろうけれど、隠し様の無い巨大な物体。
戦争時、帝国で待機していたレイナースは直接は見ていなかったのだが、伝え聞いた超ど級モンスターの話しを飽きるほど聞かされていた。
体長十メートルを超える巨体の持ち主。
なぜ、この村に居るのか誰も指摘したくないのだが何か言わなければならない気がした。
だからこそドラウディロンは言いにくい事を勇気を出して言った。
なんだ、あの化け物は、と。
「あれで『うちの妹です』と言われたら私は泣く自信があるぞ」
「それは私もですよ。名前は
「了解した。部下達にも言っておこう。……あまり意味が無い気もするが……」
「少し遠いけど、迫力がありますね。帝国の守護神と言われているモンスターをこの目で見ることになろうとは」
レイナースとしては帝国を勝利に導いた聖なる化け物、という印象だった。
立場の違いで感じ方もそれぞれ違う事にドラウディロンは感心した。
「あれは数日中には砂漠地帯の方に
「その方が良いだろう。王国としてもあんな化け物を野放しにされては討伐隊を編成されてしまう」
「仰るとおりです、ドラウディロン陛下。近隣に謝罪するのが大変なんです」
「そういえば……。一体だけなのか?」
「はい」
帝国の守護神は五体の
だが、その帝国には一体たりとも居ない。
長時間、暴れた後には全部が退去した、ことになっていた。
レイナースも再召喚が必要なモンスターだと思っていた。
「戦争時に一体だけ倒されたというのは
「そのようです。念のために言いますと、私が倒したわけではありません」
「うむ。……それほどの力があるとは思えん。あれくらいになると
「
「……あれの他に厄介なモンスターは居ないな?」
「どうでしょうか。色々と連れてくる人が居るので……」
「楽しい村で私は気に入ったぞ」
子供らしく笑うドラウディロン。
理解ある人間でエンリも話しやすくて助かっていた。
夕方まで話し込んだ後でレイナースはドラウディロンの護衛をしつつ他のモンスターの様子を見学する。
村の中に居るのは
いや、もう一体、別格が居た。
『
カルネ村の護衛モンスターだが、外敵であるはずの帝国に攻撃は仕掛けてこなかった。
「ちゃんと命令しておいたので、客人の皆様に危害は加えないと思います。それがたとえ帝国の人でも」
と、説明したのは近隣では名の知れた
帝国では無名に近い。遠いから、とも言える。
「立派な武装で驚いている」
「最初から武装していたので僕たちが用意した物ではありません。種族の基本武装みたいです」
「ほう」
「もちろん、糸も出せますよ。命令に従順ですが正確に伝わっているのか、時々、心配になります」
「曖昧な命令とかだな」
「はい」
「勝手に襲ってきた時は?」
「迎撃してください、としか」
「あい分かった。なかなか楽しい村だな。近隣の村を襲ったのが帝国兵というのは……、本当なのか?」
着ていた鎧にバハルス帝国の紋章が刻まれていた、とは聞いたが偽装くらい出来る。
では、何者が帝国を
レイナースはつい『復讐してやる』と言いそうになった。
復讐したいのはカルネ村の方だ。自分は帝国軍人として
非がなければ謝罪する必要無し。
身内の不祥事は恥ではあるけれど、原因がはっきりするまでは安易に頭は下げない。
レイナースの立場では犯人を見つけて
「当時は三国ともに思惑があって色々とごちゃごちゃした事があったのでしょう。互いが互いの偽装をしていたようで犯人を見つけるのは困難かと。襲撃者の大部分は殺されてしまいましたし」
「死体は魔導国にあると……」
「らしいですね。ただ、魔法的に証拠隠滅の仕掛けが施されていたらしく、全部ダメになったと聞きました」
「魔法的に、か……。厄介ではあるが……。そんなことが出来るとしたら……」
スレイン法国くらいだ。
犯人が判明したのだが、証拠がなければ追及できない。
つまりそういう事なのだろう。
スレイン法国の秘密部隊は表向きには『存在しない』事になっている。だから、いくら尋ねても『知らない』の一点張りになる筈だ。
有名なのに。
「生きて掴まえた者が居なかったか?」
「『陽光聖典』の人達ですね。こちらは王国戦士長の暗殺が目的であって村の襲撃は否認されています」
「……小ざかしいかぎりだ。なるほど……」
陽光聖典は帝国兵に偽装していない。だから追及を逃れる理由がある。
全ての原因は自分達には無い。第三者が犯人だ、と言い張れる。という筋書きが出来ているのかもしれない。
もちろん、それは王国と帝国にも書ける筋書きだ。
だからこそ、言い逃れが出来る。
「三国全てに言いがかりをつけられるわけだ」
「はい」
「嫌な話しですまなかったな。……ところで、あの守護神、
「フェルトとか断熱材の製作を手伝ってもらっています。重量のあるモンスターなので圧縮作業に適しているんです」
「……圧縮か……。それは……適任だな。近隣の国を襲うかと思っていたぞ」
自分ならすぐ復讐に使いそうだ。
良い事に使うのであれば悪い気はしないし、応援したい気持ちになってくる。
「ちなみに餌はなんだ?」
「餌は必要ないのですが野菜とか残飯類ですね。……人は食べさせませんよ」
「残念……」
ンフィーレアは苦笑する。
護衛の任務があるのでドラウディロンからあまり離れられないのだが、
遠目からでも不気味な姿は見えているけれど。
一応、素手で触るのは危険だと聞いていた。
「いや~、とても有意義な話しを聞かせてくれて感謝するぞ。苗木とかも頂けて」
「竜王国の土地に合うと良いですね」
「土地自体に問題が無いのだが……。厄介な隣人が居るのでな。ところで、カルネ村は頻繁にモンスターを集めているのか?」
「いいえ。
「そ、そうか。そういえば可愛い
「たくさんのお客さんに驚いて、今は部屋の奥に避難しております」
「それは失礼したな。この村は
「私は何も言いませんよ」
最も危険な場所『マグヌム・オプス』はモンスターを量産できる、と言われている。
もっとも自我の無い
ンフィーレアは度々、向かい何かを研究している。同僚にイビルアイが居る。
実際にンフィーレアはモンスターの研究は生態調査くらいでエンリを悲しませる事はしていないと言い張っている。
連れてくるのがびっくりするようなものばかりなだけだ。
それはンフィーレアが原因ではないのは分かっている。
「複数の
「忙しくて……。眠っている
「だろうな。愚問だった。だが……、親類が居ると思うと気になってな」
「お察しします」
ドラウディロンにとっては親類どころではなく
裸の観賞とかが特に。
「ンフィーからは女性の裸などは特別な部屋に安置されていて、しっかり封印されているそうですよ」
「なんと、それは初耳だ」
「特にドラウディロン様ならば封印の部屋行きかと存じます」
「知りたくないようで、知らなければいけない気もするが……。それもこれも
「うちのンフィーは頼りなく見えますが紳士ですよ。気配りが出来て……。研究に熱中すると周りが見えなくなることがあるけれど……」
「秘密をベラベラ喋る口の軽い男と魔導国では言われているそうじゃないか」
「自慢癖があるんです」
と、エンリは苦笑しながら言った。
「それだけ喋る男が言うのだから信頼に値するのだろう。裸云々についてベラベラ喋ってほしくはないがな」
「はい」
「護衛のためとはいえ物々しくて申し訳ないが……。ますますの発展を祈っているぞ」
「ありがとうございます」
女王としての責務を負えた後、ドラウディロンは村人と交流を始める。
帝国騎士はレイナースのみ。後は竜王国の兵士達だ。それでも武器を携帯する兵士に幾分か警戒心をもたれてしまう。
国の頂点自ら足を運んでいるので
幾多の困難を乗り越えてきたカルネ村は三国で一番有名になっていた。
良くも悪くも、と付くかもしれないけれど。
あの村長なら
村自体はモンスターで
火消しとしてイビルアイが様子を見に来てはエンリの近況を聞き、王国に伝えられる。
王国の第三王女『ラナー・ティエール・
悪い事ばかりではない。
物騒な噂のおかげで他国から安易に攻められない牽制の役目にもなっている。
だが、全ての事情を把握する魔導国には通用しないけれど。
いつしかカルネ村はこう呼ばれるようになる。
『バレアレモンスター園』
と、それは遠くない未来の話し、かも。
当の
今日も新たなモンスターがカルネ村に勝手にやってくるかもしれない。
例えば
意外と笑い事ではないかもしれません。