時間遡行の魔弾の王   作:無貌の王

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新刊出たのと時間が出来たので書きました。時間空けたせいで書き方がおかしくなってる……。


第六射

 ジスタートは七つの公国からなる王国だ。公国を治めるのは戦姫と呼ばれる女性。人智を超越した武器、竜具(ヴィラルト)に選ばれた一騎当千の戦士である。彼女らは国王に次ぐ地位を認められており、その力には貴族とて逆らえない。

 戦姫の選考基準は不明だ。代々継いでいる者もいれば、貴族でもない市井の者が突如として戦姫になる。王国との関係性が薄い者が選出されることだってあるのだ。

 何故このように奇妙な選出になるのか。それは戦姫を選ぶのがひとではなく竜具だから。彼らはある日なんの前触れもなく現れると、告げるのだ──戦姫になれと。

 そういった事情から七つある公国は例外なく官僚制を取っている。ある日唐突に戦姫の手元から竜具が消えることがあったり、その逆に統治も政治も知らない娘が竜具に選ばれることもあるのだ。そのような体制を取らなければ運営していられない。

 そんな王国ジスタートをティグルとティッタ両名はその足で回った。

 気候や風土の違いに多少戸惑いはしたものの、二人の旅路は基本的に安全なものである。何せティグル自身が若くして大人すらも凌駕する弓の実力者だ。野盗に襲われようと軽々とあしらえてしまう。

 それにティグルは以前の世界でジスタートに関しては一通り把握している。時に騎馬の民の一団に身を寄せて短い期間で友誼を結び、雪の降るオルミュッツを見て回り、東奔西走すること四ヶ月近く。

 旅の段取りも悪くなく、大過なく旅を続ける一行はジスタート南部に位置するパルドゥの安宿に滞在していた。

 部屋に一つだけ備え付けられたベッドに並んで腰掛け、二人は直面した問題に頭を悩ます。

 

「路銀がそろそろ尽きそうだな」

 

「はい……」

 

 しゅんと肩を落としてティッタが随分と軽くなった布袋に嘆息を漏らす。

 旅をするに当たってウルスから与えられた路銀は決して多くはない。今までティッタが上手くやりくりし節約で乗り切ってきたが、それもここにきて底を尽き始めた。

 

「どうしましょうティグル様?」

 

「そうだな……」

 

 ぱっと考えてみて幾つか案は上がる。最も安全かつ確実なのは一度アルサスに戻ってウルスから新たに路銀を貰うことだが、この旅はあくまでティグル個人の勝手で行っているものだ。自分の身勝手にアルサスの大切な税金を充てるのは違うだろう。

 となれば選択肢は一つ、働いて稼ぐ他ないだろう。

 

「働くとなるとあたしは酒場でしょうか」

 

 容姿も器量も優れているティッタならば適当な職場を見つけて働くことができるだろう。使用人としての経験もある以上そのあたりの心配はないと言えば嘘になるが、この旅を通して強かになった彼女であれば問題ないはずだ。

 それよりも働き口に難儀するのはティグルの方である。

 以前の世界含め貧乏とはいえ貴族の息子であるティグルに料理やらのスキルはない。あるのは人並み外れた弓の腕のみ。金を稼ぐとなれば必然的に荒事方面になるのは避けられないだろう。

 

「そういえば近くに盗賊の討伐があるって話だったな」

 

 この街から少し離れた場所を根城に活動する盗賊団を討つため、領主が腕利きの傭兵を募集しているという話を小耳に挟んだ。報酬もきちんと出るそうなので子供を理由に門前払いでも喰らわなければティグルでも金を稼げるだろう。

 だが当然そんな危険なことに首を突っ込むのをティッタが良しとするはずがない。

 

「駄目ですよ、盗賊退治なんて危ないこと絶対駄目ですからね」

 

「でも弓以外に取り柄なんてないしなぁ。ティッタみたいに器用でもないし」

 

「だったらあたしがティグル様の分も一杯働きます! あたし、頑張ります!」

 

 任せろとばかりに意気込むティッタだが、いくら貴族であっても女の子一人に稼がせて自分は何もしないなんて甘えをティグルが認められるはずがない。

 傭兵以外で弓を活かして稼ぐ手段がないか思索し、生態系を崩さない程度に獣を狩ってその毛皮などを売って金を得るという形に落ち着かせた。

 ティッタも狩りであれば傭兵の真似事よりもよっぽど安全だと納得を示し、早速翌日から二人は働くことになった。

 しかし舌の根も乾かぬ内にティグルは狩りではなく傭兵の募集に応じることになる。その切っ掛けは奇しくもティッタが職場で耳にした情報だ。

 

 ──盗賊狩りに『白銀の疾風(シルヴヴァイン)』が参加するらしい。

 

 その情報をティッタ経由で知ったティグルは目の色を変え、ティッタの反対も押し切り盗賊狩りに名乗りを挙げた。

 無論、子供であるティグルがすんなりと雇われることはなかったが、そこはロラン同様実際に腕を見せて黙らせた。弓蔑視の風潮がないジスタートであり、領主が比較的穏和な人柄であったからこそ通用したごり押しだ。

 言うまでもなくティッタからは烈火の如く叱られ、何度も止められた。だがティグルもこればかりは譲れない。救えなかった者がいて、未然に防ぐことが可能な悲劇があるのならば、力を尽くしたいのだ。

 説得にはギリギリまで時間を費やした。それこそ盗賊狩り前日までティッタは頑なに認めようとせず、最悪縋り付いてでも止めると言わんばかりの気迫であった。かつての世界でもここまで頑固に引き止められたのは最後の最期だっただろう。

 それでも根気よく話し合い、真っ直ぐやりたいことごあるんだと告げれば最終的には折れてくれた。あくまで折れてくれたのであって帰ったらウルスに報告すると言われてしまったが、こればかりは甘んじて受け入れよう。我儘を言っている自覚はあるのだ。

 そうした紆余曲折を経てティッタに見送られながらティグルは戦場へと赴く。盗賊討伐と言えど血が流れ人が死ぬ地獄。今世において初のまともな戦である。

 かつての世界では何一つ守り抜くことができなかった。忸怩たる想いを胸に秘め、今度こそはと傲慢な理想を抱いて少年は戦場へと出向いた。

 

 

 ♐︎

 

 

 盗賊討伐に参加した傭兵は個人と団体含めて四十近く。その半分以上を傭兵団“白銀の疾風(シルヴヴァイン)”が占めている。

 各地で名を轟かせる腕利きの傭兵団が参加するとあって討伐隊の士気は高い。凡百の盗賊程度であれば問題なく退治できるだろう。だからと言って慢心などはしないが。

 盗賊討伐は大過なく進められた。相手が地形を利用し思った以上に奮戦したことで梃子摺ったものの、最終的には敵将を一人残らず討ち取られた盗賊が投降し、このあたり一帯を脅かす盗賊団の脅威は払われたのだ。

 そんな討伐戦の中でティグルは良い意味でも悪い意味でも目立っていた。

 子供でありながら卓越した弓の技量を以ってして敵の隊長格を的確に射抜き、時に討伐隊の陣営が崩れかければ即座にフォローへ回る獅子奮迅の活躍。当初子供だ貴族の道楽だと懐疑的であった傭兵たちはその戦場慣れした居住まいに等しく度肝を抜かれた。

 到底貴族の子息とは思えないほどの戦と弓の才能。討伐戦後に催された細やかな祝勝会の中でティグルの勇壮ぶりは多くの傭兵たちによって讃えられ、ティグルもまた弓の技量を褒められて素直に喜び、また多くの傭兵たちと縁を結んだ。

 街の酒場を一つ貸し切った祝宴の真っ只中、夜も深くなり傭兵たちのテンションがまた一段と盛り上がりを見せ始めた頃に、ティグルの待ち望んだ相手が接触を図ってきた。

 

「飲んでるか本日の主役くん」

 

 傭兵たちの熱気を少し離れた席から軽食片手に眺めていたティグルの隣に、中肉中背の男が相席する。左頬に幾つか白い傷跡が目立つ、しかし傭兵にしてはやけに穏やかな印象的な笑みを浮かべる男だ。

 ティグルは男の名も正体も伝聞で知っていたが、あくまで知らない風を装って応じる。

 

「悪いけど酒を嗜むにはまだちょっと早いんだ。あと一年もすれば絵になるかもしれないけどさ」

 

「そうか。若いのにしっかりしてんな。うちのお転婆娘にも見倣わせたいもんだ」

 

 そう言って男は葡萄酒を一息に呷り、ふと思い出したとばかりに名乗る。

 

「俺はヴィッサリオン、こんなんでも“白銀の疾風(シルヴヴァイン)”の団長を務めてる。まあ宜しくな」

 

「こちらこそ。俺はティグルヴルムド=ヴォルン。名前から察せると思うけどブリューヌの貴族だ。まあでも名ばかりの貧乏貴族だから、気にせずティグルって呼んでくれ」

 

 皮肉を感じさせないティグルの自己紹介にヴィッサリオンは自然と顔を綻ばせた。

 それから二人は年の差を感じさせず酒場の賑わいを肴に語り合う。内容は今回の戦のことから“白銀の疾風(シルヴヴァイン)”の武勇伝。時にティグルの類稀な弓の腕前の話や旅の経緯など。

 お互いの気性ゆえか和やかに言葉を交わしていた二人だが、不意にヴィッサリオンが真面目な表情で話題を切り替えた。

 

「突拍子もない話なんだが、少し聞いてくれるか」

 

 そう前置きしてヴィッサリオンは己の理想を滔々と語り出す。

 一傭兵団の団長たるヴィッサリオンには国をつくるという理想がある。皆が飢えることなく、野盗や獣に怯えず、凍えるような寒さも乗り切ることができて、ひとの行き来が盛んで、誰もが笑って暮らせる理想の国。

 傭兵団の長が抱くには分不相応が過ぎる現実的に考えて実現不可能な荒唐無稽の夢であるが、語るヴィッサリオンはこれ以上になく本気。聞き手であるティグルにはそれがよく分かった。

 

「傭兵が何を言ってるのかと思うかもしれないが俺は本気だ。団員連中は一人を除いて全く信じてくれてないがな」

 

 寂し気に呟いてヴィッサリオンはティグルと向き直る。

 

「率直に聞きたい。一貴族として俺の夢をどう思う? 馬鹿らしいか、実現不可能な夢物語か、それとも……」

 

 静かな決意を湛えたヴィッサリオンの両目に見据えられ、ティグルは居住まい正して真摯に答える。

 

「馬鹿になんてしないさ。それは誰だって思い描く理想だから。俺だって、将来受け継ぐことになるアルサスの地をより住みやすくしていきたいと思っている。その点では俺とヴィッサリオンは似ているのかもしれない」

 

 国と領地という規模の違いは大きいが、両者が抱く理想は誰もが一度は思い描く最高の夢だ。ブリューヌの王も、ジスタートの王も、ムオジネルとザクスタンの王だって自国の更なる繁栄を望んでいるに決まっている。

 だからこそ、それを現実に実現するのはこの上なく難しい。それも傭兵であるヴィッサリオンが一から国をつくりあげるとなれば、荒唐無稽な夢物語だと彼の仲間が笑ってしまうのも致し方ないだろう。

 だがヴィッサリオンはどこまでも本気だ。本気で己の理想を現実にするため日々着実に努力を積み重ねているのだろうことが窺えた。

 故にこそティグルも、かつての世界で玉座を打診された経験も含めて忌憚ない意見を述べる。

 

「難しいことなのはあなたも重々承知しているはずだ。それでも理想を目指して歩むというなら、同じ志を持つ者として応援する」

 

 そこでティグルは前もって温めていた提案を切り出した。

 

「許可が下りるかは分からないけど、うちの領地の運営を見てみないか。領地は狭いし大した参考にならないかもしれないけど、直に見ることで新たに学べることがあるかもしれない」

 

 ティグルの提案は言うなれば領地運営の見学だ。普通はそんなこと認められるはずもないのだが、そこは上手い具合にウルスを説得する。

 嬉しい提案に、しかしヴィッサリオンは首を横に振った。

 

「有り難い話だがブリューヌに行くのは遠慮しておく。しばらくはジスタートで活動する方針なんだ」

 

「どうしてもか?」

 

 食い下がるティグルにヴィッサリオンは怪訝な顔になる。だがティグルにとってここは引き下がれない分水嶺なのだ。

 ヴィッサリオンは遠からず戦場にて死ぬ。かつての世界でエレンが語った言葉が正確であれば年内中には戦死する。それも酒を飲み交わし夢を語り合った相手に殺されるのだ。

 ティグルはそれを避けたい。そうすれば悲劇が一つ減り、後々の争いが一つ無くなる。愛した女性の憂いを取り除けるのだ。

 それに個人的にヴィッサリオンの人柄も気に入った。傭兵の身でありながら民が幸福に暮らせる国をつくりたいと願う在り方はティグルにとっても好ましい。一人の人間としてヴィッサリオンには死んでほしくなかった。

 だが現実は残酷で何もかもが思い通りはいかない。

 

「悪いな。夢も勿論大切だがあいつらも同じくらいに大事な存在なんだ」

 

「そうか……」

 

 きっぱりと断られティグルはかくりと肩を落とした。

 気落ちするティグルに悪いと思ったのか、ヴィッサリオンは空気を変えようと女性たちが集まっている一角から二人の少女を呼び寄せる。

 

「紹介する、銀髪のがエレオノーラで背の高いのがリムアリーシャだ。二人ともお前さんとは年も近いだろうし、話でもしてみるといい。おっさんはあっちで酒でも飲んでるからな」

 

 去り際に「付き合ってくれてありがとな」と言い残してヴィッサリオンは陽気に騒ぐ傭兵たちの波に消えていった。

 代わりに残されたのは紅の瞳に溢れんばかりの好奇心を湛えたエレオノーラと、平静でありながらも興味の念を隠せないリムアリーシャの二人。唐突に訪れたかつての世界で失った大切な人たちとの邂逅に、予期していたとはいえティグルは面食らった。

 

「初めましてだな、ええと……ティグルヴルムドだったか。見たぞお前の弓の技量。是非話してみたいと思っていたんだ」

 

「落ち着きなさいエレン。そんなに詰め寄ったらティグルヴルムドさんに失礼でしょう」

 

 好奇心を隠そうともせずぐいぐい迫るエレオノーラとそれを抑えるリムアリーシャ。もう見ることは叶わないと思っていた懐かしいやり取りに一瞬目頭が熱くなる。だがそれも一瞬で、何気ない動作を装って目元を拭い微笑みをもって応じた。

 

「初めましてエレオノーラ、リムアリーシャ。俺なんかで良ければ話し相手になるよ。あとティグルでいい」

 

「なら私もエレンでいいぞ」

 

「私もリムで結構です」

 

「分かった、エレンとリムだな。それで何の話が聞きたいんだ」

 

「それは勿論弓の話だ! あ、でもブリューヌの話も気になるな。むぅ……聞きたいことが山ほどあって困る。リムはどうだ?」

 

「私は……そうですね、では旅の話を」

 

「いいよ。そうだな、じゃあ──」

 

 それから三人は夜が更けるまで語り尽くした。

 エレンはティグルの武勇伝にも似た弓の話にころころと表情を変え、リムは落ち着きながらもブリューヌとジスタートを回った旅の話に耳を傾け、語るティグルは失った時間を埋めるような心地で心ゆくまで語り明かした。

 

 ちなみに三人の歓談がお開きとなったのは東の稜線から朝日が見え始めた頃だった。空が白み始めたのに気づいたティグルは大慌てで宿に戻ったのだが、案の定帰りを待っていたティッタに号泣され、気が済むまで説教を受けた。

 懐かしい顔ぶれに時間を忘れたのは自分であり、全面的に非が己にあると自覚しているティグルは兎に角平身低頭ティッタに謝った。その甲斐あってティッタは涙と怒りを収めてくれたが、その代わりに今度埋め合わせをする約束を取り付けられた。

 

 その後、ティグルとティッタは再び旅を再開した。ティグルの褒賞とティッタの給金で路銀は十分に集まっており、以降の旅路は滞りなく進んだ。

 そして予定の一年を迎え故郷であるアルサスへ帰る道中、ティグルは白銀の疾風(シルヴヴァイン)が解散したことを風の噂で知ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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