時間遡行の魔弾の王   作:無貌の王

5 / 7
第四射

 ロランとの面会が叶わなかったティグルが取った手段とは、矢文を用いたロランへの直訴であった。

 だがそれはあまりにも無謀な手立て。一つ間違えればナヴァール騎士団を敵に回し、果ては国に対して弓引く行為と取られても言い訳できないものだ。それだけのリスクを背負いながらもティグルは行動に移した。四百アルシンの彼方から矢文を届けるという粋な計らいを添えて。

 矢文への返答は驚くべきことにロラン本人が直々に赴き、荒野にて待っていた二人に直接告げられた。

 

 ──今回に限り騎士団長の権限を持って許す。だが次はない。

 

 との短くも重い言葉を頂いた上で、ティグルとティッタ両名は無事、城砦内に招き入れられた。

 入城する際、騎士や副官から非常に険しい視線を向けられることとなったが、ティグルは平然と受け流してみせた。予想はしていたことであったし、覚悟をしていたティグルにとってはなんてこともない。その態度が余計騎士たちの反感を買っているのにはティッタしか気づいていなかったが。

 ロランとオリビエの二人に案内されたのは軍議室であった。軍議に使うとだけあって室内は広く、石造りの机は大判の地図を数枚広げても余りある大きさはある。有事の際はここに集まって軍議を行っているのだろう。

 ロランから座るよう促されてティグルは彼は対面の席につく。その斜め後ろにティッタが立つ。オリビエもロランの後ろにて同様に控えた。

 かたや西方国境を守る最強の騎士。かたや辺境伯爵の一人息子。到底話す機会などないだろう二人が今、面と向かっての対話を始めた。

 

 

 ♐︎

 

 

「まず、謝罪申し上げます。突然の訪問、並びに城砦に矢を撃ち込んだ非常識を心からお詫びします」

 

 最初に口火を切ったのはティグルだ。誠心誠意の謝罪を述べ、対面に座るロランとオリビエに深々と頭を下げた。

 ロランは元よりあまり気にしていなかった。それ以上にティグルが見せた桁外れの弓の技量に舌を巻いていたからだ。しかし何事にも対面はある。副官たるオリビエからの視線を背に受けつつ、殊更語調を強めて言った。

 

「先も述べたように、今回に限り許す。だが貴殿の軽率な行動は一つ間違えれば王国への反逆行為とも取られかねなかったことを忘れるな」

 

「肝に銘じておきます」

 

 脅しめいた忠告にも臆することなくティグルは答えた。

 ただでさえ厳つく威圧的な風貌のロランを前にしても揺らがぬ居住まい。子供にしては見上げた胆力である。ロランの中で弓の技量に加えてヴォルン個人への興味も湧いた。

 

「貴殿は俺との面会を望んでいたようだが、如何なる故あってこの地にまで足を運んだ次第だ?」

 

「少々前置きが長くなりますが、一から説明させていただきます」

 

 一言断ってから、ティグルはいずれアルサスの地を治める領主となるにあたって、様々な国や地域の統治を直接見て学んでいることを説明した。

 てっきり貴族の享楽紛いの放浪だと決めつけていた副官たるオリビエは、最初こそ疑惑の目を隠すこともなくティグルに向けていた。だがここに至るまでの六ヶ月の日々を語るティグルの熱弁に少しずつ疑念を霧散させ、最終的には変わり者であるが領民を確と愛する少年貴族と認識を改めていた。

 そんな副官の内心を察してロランは顔に出さず苦笑を洩らす。それと共にここまでひとの心を容易く絆すティグルの人柄に好感と警戒を抱く。

 無意識か自覚があるのかは知れないが、ティグルの言葉には不思議な響きがあった。相手の心の奥底まで届く、真摯な響きだ。それ故についさっきまで敵意剥き出しだったオリビエの態度を軟化させることができたのだろう。

 言葉巧みなわけではない。それでも相手がよほど己と対極の存在か言葉すら交わせない心境でない限り、目の前の少年は良くも悪くも誰とでも繋がりを築き、気風の合う者とは友誼を結んで見せることだろう。

 

 ──ひとの上に立つ能力か……。

 

 ロランの脳裏を、己を騎士に叙勲したファーロン王の姿が過ぎった。

 

「なるほど、貴殿が将来的に治める領地のために学び歩いていることは納得した。個人的には殊勝な心懸けだとも思う。だが、それと俺に面会することの関係性が理解できん」

 

 殊更突き放すような強い語調を意識して、ロランは対面の少年を睨み据える。

 将来治める領地のために他の貴族や代官の統治を直接見て学ぶ、大いに結構だ。しかしその理由だとロランとの面会を望んだことが説明できない。ロランは西方国境の城砦を守る騎士であって、領地運営をしているわけではないのだ。

 実を言うと、ロランはウルスと同じくティグルの言葉の裏に隠された他の企図を察している。その上であえて知らぬ振りをして問うた。少年が如何なる反応を返すか見定めるために。

 たった今語った理由では理由になっていないという的確な指摘を、ティグルは慌てることなく泰然と受ける。その疑問は予想の範疇であった。

 十を数えるほどの時間を静かに瞑目し、ティグルは強い意思を秘めた瞳をロランに向ける。纏う空気に子供が放つとは思えない重さが含まれた。

 

「単刀直入にお尋ねします。異例の若さで騎士団団長に上り詰め、国王陛下より宝剣デュランダルを下賜されし黒騎士ロラン殿。あなたの忌憚なきお考えをお聞かせ願いたい。ブリューヌ王国の現状を、ひいては王国の未来をどう思っておられる」

 

「ブリューヌの未来か……」

 

 到底十二歳の子供の発言とは思えない、国の行く末を問う言葉にロランは腕を組んだ。背後でオリビエが動揺する気配がした。

 黙り込むロランに対してティグルは真剣な声音で続ける。

 

「このろヶ月、私はブリューヌ各地をこの目で見て回ってきました。善政を敷く者がいれば、悪政を強いる者もいる。それでも見た限りは国として回っているようにみえる。しかしそれは表面上だけでしかない」

 

 ティグルは一度言葉を区切ると表情を険しくさせた。

 

「貴族社会では今、テナルディエ公爵とガヌロン公爵が権力を欲しいままにしている。両公爵はその強大な威をもってして国の主導権を握らんと日夜権力争いを展開しているでしょう。それによって大勢の無辜の民が苦しんでいることを、ロラン殿はご存知のはずだ。この現状を、あなたは如何思っていらっしゃるか」

 

 再度の問いには偽りも曖昧に流すことも許さない響きがあった。

 ロランは少年からの問いを受けて、脳裏に現在のブリューヌ王国の情勢を思い描く。少年が述べた通り、現在の王国は大別してテナルディエとガヌロンの二大派閥に別れている。それ以外の傍観に徹する第三者は除く。

 テナルディエとガヌロンは今でこそまだ大人しいが、このまま時が流れれば対立は激化の一途を辿り、国が真っ二つに割れるのは想像に難くない。

 その未来を、ロランはどう思うか。

 

 ──俺は、国王陛下の騎士だ。我ら騎士は王命によって剣を振るい、国と民を守るために戦う。それが騎士に与えられた使命……。

 

 そう答えられたならばどれほどよかっただろうか。しかし王国の行く末を見据える少年に対して、ロランは何も返せなかった。

 ロラン率いるナヴァール騎士団は国境の先より攻め込んでくるザクスタンの軍勢を相手に奮闘している。それは間違いなく陛下より下された命であり、騎士として果たすべき責務をきちんと果たしているといえよう。

 だが同時に、テナルディエとガヌロンにより苦しめられている民を守れない不甲斐なさに憤りも感じていた。

 両公爵が諸外国との関係や影響力の大きさ故に下手な手出しをすることができない。

 

 ──陛下も、国民のより良い暮らしのために日夜お心を砕いてくださっている。我らは誓いを預けた陛下を信じ、侵略者と戦うだけだ。

 

 これも所詮は言い訳に過ぎないことは、騎士たるロランが一番理解している。だが現状でこれ以上の答えをロランは用意できなかった。

 ロランの内心での葛藤を察して、ティグルは己の想いを打ち明ける。

 

「私の私的な見解ですが、遠からずしてブリューヌに内乱が起こるでしょう。テナルディエ公爵とガヌロン公爵による、血で血を洗う争乱が。その時、私は両公爵のどちらにもつかず、第三の勢力として立ち上がる心算です」

 

 ともすれば先の矢文よりもとんでもない発言に、オリビエが驚愕のあまりに素っ頓狂な声を上げた。ちなみにティグルの後ろに控えるティッタも似たような反応である。

 

「本気で言っているのか? 失礼ながら、私の記憶が確かであればヴォルン伯爵が治めるアルサスは辺境もいいところだったはずだ」

 

 言外に、両公爵を相手取って戦う力がお前にあるのか、という問いだった。当然の疑問だろう。

 ティグルはアルサスの辺境ぶりを知られていたことに苦笑して頭を掻く。

 

「仰る通り、ヴォルン伯爵家が治める領地は寸土といって過言ではありません。現状では天変地異が起きたとしても両公爵には敵わないでしょう」

 

「ならば何故、このような発言を?」

 

「そうですね。少し発言を訂正させていただきます。内乱が起きれば、私は両公爵に目をつけられることになり、必要に駆られて第三の勢力として立ち上がることになると思います」

 

「余計ややこしくなっているのだが」

 

 まるで言葉遊びのようなやり取りにオリビエは眉を顰める。だが現時点でティグルにはこれ以上の説明はできない。これで最大限なのだ。

 ただ黙して腕を組んで話を聞いていたロランは、ティグルの意図の半分を正確に把握していた。

 

「ヴォルン伯爵が治めるアルサスはウォージュ山脈を隔ててジスタートと隣接していたな」

 

 何気ない呟きにオリビエは得心顔になり、ティグルはロランの慧眼に感服した。

 

「そうか。アルサスの地は広くないが、ジスタート王国がブリューヌに踏み入る足掛かりには丁度いい。もし内乱が起きたとして、

 両公爵は他国からの介入は避けたいはず。連中のことだ。敵に取られるくらいならいっそ焼き払うぐらいはやりかねないな……」

 

「だが、それもあくまで可能性の話だ」

 

 副官の推測を遮ってロランが断じる。事実、それはあくまで予想や推測の範疇を出ていない。これらの要因が確実にティグルを第三勢力として駆り立てるとは言えなかった。

 ティグル自身もそう考えているので否定はしない。だが彼には確信があった。その確信の根拠を明かすことはないが。

 

「ロラン殿の仰る通り、あくまで可能性です。しかし、可能性でしかないからといって捨て置くのは愚か者の所業だ。愛するアルサスの地を血で汚さぬためにも、私は最悪の事態を想定して備えます。そしていざという時にはこの身を張って領民を守るべく戦う」

 

 両の瞳に戦意を漲らせ、ティグルは黒騎士ロランに宣言してみせた。

 領民を守るために戦う覚悟を持つ若き少年に、騎士たるロランとオリビエは心の中で強い共感を抱く。彼の在り方は自分たちと通ずる部分がある。特に民のために命を張るという点は子供ながらにしてよく言ったと、オリビエは内心で称賛していた。無論ロランも、態度にはおくびにも出さなかったが同じ想いだ。

 だが、それで貴族たるティグルに靡くほど騎士は甘くない。

 

「貴殿の故郷を想う丈、守るために戦う覚悟はよく分かった。だがそれだけで戦い抜けるほど、この世界は甘くない。実力の伴わぬ想いと覚悟は野心となんら変わりがない」

 

 どの口が言うか。実力はあるのに想いが揺れている己に、偉そうに少年を説教などできようはずもないのに。

 しかしそれでも己は騎士であるのだ。未だ起こると確定しているわけでもない争乱を理由に目の前の少年を認めるわけにはいかない。

 

「ただ、領民を真に想い、王国の未来を憂う人間を俺は好ましく思う。ティグルヴルムド=ヴォルン。貴殿の名をこの胸に留めておこう」

 

 激しい葛藤の末にロランが出した最大限の譲歩だった。

 王国最強の騎士に人格を評価され、名を覚えられる。それは決して大きいとは言えないが小さくもない影響力を持つだろう。それを辺境貴族の息子が引き出した。よくやったと誰もが口を揃えて称賛することだろう。

 

 ──だが、それじゃ足りないんだ……!

 

 贅沢だろう。分不相応な高望みだろう。それでもティグルは、その評価だけで満足するわけにはいかなかった。

 

「なら──想いの丈に見合う実力があれば、認めていただけるのですね」

 

 その声は殊更大きくはなかった。しかし一本芯の通った声は軍議室に響き、確かに黒騎士ロランの耳に届いた。

 

「度重なる非常識を承知の上で願い奉る。ナヴァール騎士団が団長、黒騎士ロラン殿。あなたに一対一の決闘を申し込む──!」

 

 ティグルの決闘宣言にロランが目を瞠る。後ろではオリビエが開いた口が塞がらなくなっていた。

 そして今まで侍女見習いとして静かに控えていたティッタは、あまりの衝撃に「きゅう」と声を洩らして卒倒してしまったのだった。

 

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。