時間遡行の魔弾の王   作:無貌の王

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修正
三ヶ月→六ヶ月にしました。


第三射

 ティッタを供にアルサスを出たティグルは、ウルスに言った通りブリューヌ国内の各地をその足で旅して回った。

 自分の目でその地の統治を見て学び、時にはウルスの友人であるマスハスやオージュの伝を借りて直接その地を治める領主と話してみたり、個人的に気風の合う者とは親交を深めたりした。特にかつての世界で共に肩を並べたひとたちとはティグルから積極的に接触を計った。

 おかげでこの時点で多くの知己を得ることができた。しかし万事上手くいったわけでもない。面会を避けられたり、門前払いをくらった家もあるのだ。

 それにティグルはテナルディエとガヌロンが治める領地にだけは足を運んでいない。酷い治世がなされていることが理由でもあるが、現時点で不用意に接近するのは危険と判断したからだ。

 そういった紆余曲折ありながらも国内各地を回ること六ヶ月。ティグルとティッタ両名はブリューヌの西方に広がる不毛の荒野を歩んでいた。

 風が巻き起こり砂塵が舞い上がる。横殴りの砂入り混じる乾いた風から着込んだ外套で身を守りながらティッタは、同じく地味な外套に身を包んだティグルの隣に並んだ。

 このろくヶ月の旅路でティッタの身体は侍女見習い時代とは比べものにならないくらい強かになった。旅を始めた頃は体力的にも精神的にも辛いことこの上なかったが、今ではすっかり旅慣れた様子だ。これも偏にティグルについていきたいという想いゆえだろう。

 

「あの、ティグル様。もう二刻近く荒野を歩いてますけど、目的地は決まってるんですよね?」

 

 そんな疑問を思わずティッタは口にしていた。

 森や草原の緑が見えなくなって二刻。一番近くの街からはすでに半日近く歩いている。体力的には問題なかったが、ティッタは目的地が気になってしょうがなかった。

 ブリューヌの西方には二つの王国がある。ザクスタンとアスヴァールだ。

 隣国同士というのは基本的に両極端な関係になることが多い。良好か険悪のどちらかだ。アスヴァールとは接している国境が狭いということもあってそこまでだが、ザクスタンとの間柄はとにかく悪い。特にザクスタンは隙あらば侵略せんと兵を興している。

 そのため西方国境はしょっちゅう小競り合いが頻発している。

 そんな危険な場所へと足を進めるとなれば目的地を尋ねたくなるのも当然だろう。

 ティグルは砂から目を守るために目深に被っていたフードを指で掴むと、ティッタを安心させるように笑いかけた。

 

「もちろん、ある。この先にある西方国境を守る城砦に用があるんだ」

 

「城砦ですか?」

 

「そうだ。そこにいる人物と直接会って話がしたいんだ」

 

 ザクスタンと接する国境を守っているのはナヴァール騎士団だ。王家に忠誠を誓った騎士たちは国土を踏み荒らさんとする侵略者たちをその身をもってして討ち滅ぼしている。それが彼ら騎士団の使命だ。

 

「その御人とはもしかして黒騎士ロラン様ですか?」

 

「知ってたのか」

 

「はい。旅の途中で時々小耳に挟みました。なんでも若くして剣の腕を認められて、騎士団の団長になられたとか」

 

 ティッタとてただただティグルの後をついて回っていたわけではない。自分なりに情報を収集し、ティグルの役に立てるよう彼女は努力していたのだ。

 そんな侍女見習いの頑張りを褒めるようにティグルは優しく頭を撫で、荒野の先に見えてきた城砦を見やる。

 

「黒騎士ロラン。ブリューヌ最強の騎士と謳われ、国王陛下より宝剣デュランダルを賜った騎士の中の騎士。彼以上の騎士を、俺は他に知らないよ」

 

 まるで実際に相対したかのように語るティグル。事実、かつての世界で彼は黒騎士ロランと真っ向からぶつかり合った。その時は辛くも勝利を掴み取ったが、もう一度戦って勝てるとは言えない。それほどの強者だったのだ。

 そのナヴァール騎士団が団長、黒騎士ロランにティグルはどうにか接触して対話がしたかった。

 ティグルの言葉に一応の納得を見せるティッタ。しかしすぐにあることに気づく。

 

「でも、ティグル様。城砦を訪ねたとして会っていただけるのでしょうか。騎士団の団長様ともなればきっと忙しいでしょうし、何より前もっての約束もないですよね?」

 

 これまでの旅の途中、他の貴族と面会したり屋敷に厄介になったことは何度かある。それらは基本的にウルスの親友や交流のある人物からの紹介あってのことであった。

 だが今回の騎士団相手にティグルは何の伝もなければ繋がりもない。つまり相手方にとって完全無欠に何の前触れもない訪問なのだ。面会を了承してもらえる可能性は限りなく低いだろう。

 ティグルとてそれは分かっている。恐らく、ほぼ十中八九門前払いをくらうだろうと予想していた。だがそれでもティグルは黒騎士ロランとの接触を諦めるわけにはいかない。

 ここまでティグルがロランに固執するのには二つ理由がある。今後の戦いにおいて黒騎士ロランの力、ひいては宝剣デュランダルの人智を超越した力が必要であること。そしてもう一つ、黒騎士ロランを襲う悲劇を防ぐことだ。

 かつての世界で黒騎士ロランは故郷たるアルサスを守るために立ち上がったティグルの正義を認め、国王陛下にその旨を伝えようとした。しかし彼はガヌロンの奸計に嵌められ非業の最期を遂げる。ティグルはそれを回避したいのだ。

 そのためにもティグルはどんな手を使ってでもロランと接触する心積もりであった。

 

「心配するな。正面からお願いして拒否された時のために、別の手段も考えてあるから」

 

 下手をすれば大問題に発展しかねない手段であるが、背に腹は変えられない。ティッタまで巻き込んでしまうのは忍びないが、万が一の時は力の出し惜しみをしない所存である。まあ叶うならば穏便に話を進めたいのがティグルの紛れもない本音だ。

 ティグルの表情に幾許かの不安を覚えながらも、ティッタは彼に付き従う。それが彼女にできる、唯一のことだから。

 

 結果だけを述べれば、黒騎士ロランとの面会は叶わなかった。城砦の見張りに目的を告げたところで「ロラン殿は日々鍛錬と忌まわしき侵略者に対する備えのために忙しい。あなたのような貴族の子弟の道楽に付き合う暇などない」といった意味の言葉を添えて素気無く追い返されたのだ。

 確かに他人から見ればティグルは伯爵家の子供という身分を笠に国のあちこちを漫遊していると捉えられなくもない。故にティグルの応対を請け負った騎士の態度が悪かったのも致し方ないだろう。

 

 ──だからってここで大人しく引き下がるつもりはないけどな。

 

 元より門前払いは覚悟の上。追い返されたティグルは最終手段に出た。

 

 

 ♐︎

 

 

 西方国境において最も重要な場所に構える城砦。そこの最上階の一室に最強の騎士と謳われる黒騎士ロランの姿はあった。

 顔に真一文字の傷跡を残す偉丈夫だ。肉体は余すところなく鍛え上げられており、轟く勇名に恥じぬ風格を纏っている。部屋の壁には彼の代名詞ともなっている不敗の剣デュランダルが鞘に納められて立てかけられていた。

 ロランは己の副官であるオリビエより齎される報告に耳を傾けていた。つい先ほど、貴族の子供とその侍女が自分に面会を申し込んできたというものだ。

 

「それで、その子供たちはどうした」

 

「見張りの騎士が追い返したそうだ。当然だな。騎士団はあくまで陛下に忠誠を誓っている以上、子供であろうと貴族との繋がりを疑われるようなことがあっては問題になる」

 

 騎士は叙勲されると同時に陛下への忠誠を神々に誓う。彼らは何処までいっても国王陛下の騎士であって、どんな理由があろうと一貴族のために剣を振るうことはない。それがブリューヌの騎士である。

 それを思えば騎士のティグルたちに対する態度は当然のものと言えよう。報告をするオリビエも、それを受けるロランも応対を請け負った騎士の態度に異は唱えなかった。

 

「しかし子供の身でこの西方の地まで歩いてきたか。貴族としては到底褒められたものではないが、よくある貴族子弟の道楽とも思えんな」

 

「まあ変わり者なんだろうよ。何処にでもそういう奴はいるさ」

 

 これで終わりとばかりに報告を終わらして、オリビエは城砦内の様子を見回りに戻ろうとする。しかしその前にロランが声を上げて引き止めた。

 

「王宮の様子はどうなっている」

 

「相変わらず、二大公爵が好き勝手やっているそうだ。陛下も手を尽くしていらっしゃるようだが」

 

「連中は本当にどうしようもないな……!」

 

 滲み出るほどの怒気を露わにロランは己の拳を握り締めた。

 騎士たちは例外なく国王陛下に忠誠を誓っているが、ロランはその中でも国王ファーロンを盲信といっても過言ではないほどの忠義を抱いている。故に権力に物を言わせて非道を行い、国王陛下を煩わせているテナルディエとガヌロンにロランは憤りを抱いていた。

 だからと言って両公爵を斬って捨てるわけにもいかない。国内では悪逆非道の限りを尽くしていても、外交においては誠実な取引を信条としており、他国との繋がりが非常に強いのだ。下手に断罪などすれば諸外国との関係が悪化しかねない。

 どうにもできない、もどかしさと己が無力さに湧き上がる怒りを呼気と共に吐き出す。ここで燻っていても事態は変わらない。ならば己は陛下より与えられた使命を粛々と果たすまでだ。

 落ち着きを取り戻したロランは城砦内部にある練兵場で汗でも流そうかと考えて、不意に感じた何者かの視線に足を止めた。

 直後、ロランの眼前を物凄い勢いで細長い何かが通過していった。

 

「──なっ!?」

 

 驚愕の声を上げたのはオリビエ。彼は部屋に飛び込んできた物を拾い上げると愕然と顎を落とした。

 

「矢だと……! まさかロランを狙ったのか。だとしたら騎士たちに賊を探すよう通達せねば……!」

 

 副官として騎士団長の部屋に矢を撃ち込んだ賊を捕らえるべく部下に命令を下そうとするオリビエ。だがそれに待ったを掛けたのは他ならぬロランだった。

 

「その必要はない。下手人は逃げることもなくあそこで待ち構えているからな」

 

「なんだって?」

 

 矢が撃ち込まれた窓から荒野の先を見下ろすロランが、遥か遠く離れた位置に並ぶ豆粒ほどの影を顎で示す。

 

「馬鹿な……あそこからこの城砦までどれだけ離れていると思っているんだ!?」

 

「目測で四百アルシンは下らんな」

 

「それこそあり得ないだろうが!?」

 

 殆ど絶叫するように否定した。

 世間一般的に弓の飛距離は二百五十アルシン、それ以上となれば達人の領域とされている。三百アルシンも飛ばせればもはや神業といっても過言ではない。

 ブリューヌは弓を蔑視している。それは副官たるオリビエもそうであったが、その価値観がたった今、木っ端微塵に砕かれた。

 四百アルシンも離れた超遠距離から恐ろしく精密な射撃をしてくる。戦場にそんな敵がいたらと考えるともはや悪夢でしかない。それほどの弓の遣い手が狙い撃ってきたというのだ。下手に部下に捕縛の命令を出せばそれこそ辿り着くまでに狙い撃たれてしまうだろう。

 

「どうする……」

 

 このまま放置するわけにはいかない。だが下手な手を打てば犠牲が増えるだけだ。

 

「オリビエ、その矢を寄越せ」

 

「構わないが」

 

 撃ち込まれた矢を受け取ると、ロランは矢に結び付けられた細長い紐を解く。オリビエが驚愕と戦慄のあまり見逃していた物だ。

 解けた紐には文字が書かれていた。ロランはそれにさっと目を通すと、不敵な笑みを浮かべる。

 

「ついさっき、俺との面会を申し込んだ子供がいたと報告したな」

 

「そんなこと今はどうでもいいだろうが……」

 

 柄にもなく焦燥を募らせていたオリビエは、ロランに差し出された紐を反射的に受け取る。そのまま読むように促され、渋々目を通していく。オリビエを本日何度目かの驚愕が襲った。

 

──ヴォルン辺境伯が長男、ティグルヴルムド=ヴォルンよりナヴァール騎士団団長黒騎士ロラン殿へ。あなたとの面会を望む意思をここに記す。

 

 驚きのあまり言葉もないといった様子の副官に苦笑を零しながら、黒騎士ロランは荒野に立つ影を見やる。矢を撃ち込んだ下手人はその場から一歩も動いていない。ただじっと待ち構えていた。

 

「四百アルシン先を狙い撃つ弓使いか。面白い──」

 

 

 

 

 

 


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