ランキングに載ったみたいなので、少し頑張りました。
でも目的(シノンさん)に届くまで遠いです。許してください。
――ドコに居るの? 出てきなさい。
母が自分を探している気がした。いいや、それとも別の誰か。
ナッツはぼんやりと意識を持ち上げて、細めた視界で空を見上げた。
一秒、
二秒、
三秒。
視界の端に映る時計を眺めながら、ナッツは息を潜める。手から落ちそうになる投げナイフを握り直し、索敵スキルを発動させた。
ようやく息を吐き出して、ナッツは投げナイフを慣れたように戻した。
いい加減に外套は変えどきかもしれない。そんな事を頭に浮かべて、腰に差した舶刀の柄を撫でる。撫でてから、目を細めて鞘ごと引き抜いた。
店売りの消耗品ではなく、ありふれたモンスタードロップ品であるソレは随分と長い間ナッツを支えていた。壊れる寸前で戦闘が終わり、街に戻って修理される。たったソレだけの行為を何度も経験した舶刀。ココまでくればナッツもドコか意地になっていた事は否定しない。この舶刀が壊れるまで使った。そう、壊れるまで使ってしまったのだ。
「……ハァ」
愛着が無かった、と言えば嘘になる。けれども消耗品である武器を失った事に対してはそれほどの感情を持ち得ない。
ドコか矛盾した感情を心の中で混ぜ合わせたナッツは舶刀を鞘から引き抜く。飾り気も、拘りもない、僅かに反った剣。耐久値を見ればあと一振りでもすればポリゴン片へと散ってしまうであろう曲剣。決して、名残惜しかったから別の武器へと変更した訳ではない。ただ、戦闘が終わっただけ。偶然、運命的に、奇跡的に、それだけの話。
ナッツの戦闘の都合上、《丈夫さ》に極振りされた風変わりな――奇特な曲剣。十数日と続くMob狩りも付き合ってくれた剣。
ナッツは静かに、ゆっくりと鞘へと戻して立ち上がる。後ろ腰へと鞘を差し込み、裾の掠れたフードをしっかりと被った。
「鍛冶屋探さななァ……」
久しく取り出した店売りの曲剣を握りしめてナッツは息を吐き出した。
一年の大半を一緒に過ごしたヘンテコな武器をナッツはどうしても捨てる事が出来なかった。
ただソレだけの事なのだ。
◆◆
「うぇっ……」
久しく街に戻ったナッツは目の前にいた人物に顰めっ面を見せた。目深に被ったフードによって顔の大部分は隠れていたが、それでも歪んだ口元は隠れていない。
「げっ、ってそんなに私に会うのが嫌だったの? ナッツ」
「嫌やった訳やないんやで、アスナさん。でもなぁ、ほら、アスナさん僕見たら血盟騎士団入れー、言うやん? 入りたくないやん? 仕方ないんやって」
街に居るというのに警戒を強め、目の前のアスナに対して一歩だけ後ろに下がったナッツは頭の中でストレージの中身を思い出す。大量に詰められたドロップ品の中に武器は無く、店売りの武器はこの街への途中で使い潰れた。回復POTも片手で数える事も出来る。
逃げる事は出来ない。そう逃げれないのだ。その結論を早々に出したナッツは笑顔を作り上げた。
「ほ、ほら、言うてもソロでも安全な立ち回りしてるし?」
「へぇ……。十日も街に戻ってなくてよく言うわね」
「うっ……。でもほら、えーっと、キリトの方が危険なレベリングしてるんやし」
「彼はちゃんと街には戻ってるわよ」
「ぐっ……」
ナッツはジト目でコチラを睨んでいるアスナから視線を逸し、自分を擁護する何かを探す。或いはこの会話から脱する為の何かを――。
「そ、そうや、アスナさん。なんかエエ鍛冶屋さん知らん?」
「鍛冶屋?」
「そうそう! 強化してなんとか使ってた
「……あの剣でよく今まで戦ってたわね」
「ハハハ……」
ナッツは外套の上から後ろ腰を触り、柄を撫でる。アスナは呆れながら溜め息を吐き出し、以前のボス攻略から変わって無いであろうナッツの武器を思い出す。攻撃力としては申し分があるどころか問題しかない曲剣。ナッツの攻撃方法からして恐らく《正確さ》と《鋭さ》そして少しばかりの《丈夫さ》に振られているであろう強化を予想して、それでも攻略やレベリングには適さない事を理解する。
ナッツはなんとなくアスナの思考を感じ取りながら、勘違いを指摘する事はなかった。きっと全ての強化を《丈夫さ》に振っていると知られればアスナからの説教は間違いない。理由を問われれば、"街に戻る必要がない"という単純明快な理由を言ってしまうナッツにとってありがたい勘違いであった。
「それで、誰か知らん? アスナさんの知り合いやったら
「そうかしら。キリト君はどうなの?」
「アレはレアドロップにモノを言わせて、コミュ力をどっかに売りつけた男やで……鍛冶屋の知り合いなんか居るわけないやろ」
「そんな真顔で言われてるキリト君が不憫ね」
何処ぞの野武士と狩りをしている黒い剣士の事はさておき。
ナッツの性別を勘違いしているアスナからすれば、ナッツの『安心』という言葉に納得出来る。そもそも女性プレイヤーの少ない
ナッツとしては「こう言うたらアスナさんやし、エエ鍛冶屋紹介してくれるやろ」などと計算しての発言なのだが、そんな事をアスナが知る由もない。血盟騎士団からの伝手ならばソレでもナッツは構わなかった。今は何より長く使う事の出来る武器が欲しかった。流石に店売りのモノだけでは嵩張るのだ。
「そうね。わかったわ、ちょっと待ってね。時間取れるか聞いてみる」
「当然お金とか、素材とかはちゃんとするからよろしゅうに」
「……少しぐらい出すわよ?」
「あー……あんまり言いたないねんけど、あんまり街に戻ってないからお金は有り余ってるんよ」
「…………ナッツ?」
「ほら、怒るから言いたなかってん」
「……因みにどれぐらい?」
「えーっと、ここらの階層の家買って、それでも余ってるぐらい?」
「貯め過ぎよ!」
そんな事を言われてもなぁ、と困ったようにはにゃりと眉尻を下げたナッツ。当然彼もお金を使いたくなかった訳ではない。ただ使う事が無かっただけなのだ。
ナッツ自身が言った通りに街に戻っていない。それこそ街に戻る時は消耗品である武器や回復POTが無くなった時、アルゴによる呼び出しぐらいなのだ。野宿続きである為に宿代は無し。尽きる事もなくモブ狩りを繰り返し溜まるコルとドロップ品。そのドロップ品を知人へと卸して、回復POTを安価で手に入れる。アルゴからの依頼代。更には店売りの剣も腰に差した舶刀により数が少なくなってしまった。そうした遣り繰りがナッツの現在の金額の原因であった。
その全てを明言しようモノならアスナによるありがたいお言葉を頂くことを理解していたナッツは適当に誤魔化す事を心の中に誓う。
フードの奥ではにゃりと顔を緩めているナッツを見ながらアスナは少し考える様な仕草をして、少しばかり自分の欲望に従う。
「ねえナッツ。少し提案なんだけど」
「……先に言うけど、コレで血盟騎士団入れー、言うんやったら流石に逃げ出すで?」
「言わないわよ!」
フードの奥に見えたナッツのジト目をアスナは大きく否定した。アスナとて理由は分からずともナッツが血盟騎士団――ギルドに入る事を避けているのは理解していた。それでも勧誘をし続けているのはただ単に心配、という気持ちがある為である。
コホン、とナッツから視線を逸らしながら一つ。
「その、ほら。私はナッツに鍛冶屋を紹介するでしょう?」
「せやな」
「それで……仲介料を貰って然るべきだと思うのよ」
「……物凄い正論言うてるけど、ジブン、さっき『少しぐらい出すわよ』とか言うてなかったっけ?」
「それはソレ」
「さいでっか……。まあアスナさんが僕の事を子供やなくて一プレイヤーとして見てるって事の証明にもなりそうやし構わんで」
「?」
「アスナさんの性格からして
「うぐっ」
思わず呻いてしまったアスナをナッツはニッコリと笑いながら見つめた。その表情は嬉しさに満ちたモノであったが、もしココにアルゴかキリトが居たならば「あー、この表情は認められた事を喜んでるんじゃなくてアスナを苛めて楽しんでる表情だから」と看破した事だろう。残念な事に両者ともこの場には居らず、アスナの良心がジワジワと傷ついていく。ナッツは更に笑みを深める。
「いやぁ、やっと認められたわ。コレで僕の事を血盟騎士団に勧誘する事もないやろ。僕は
「ナッツ、謝るから。謝るからもうやめて……」
「嫌やわぁ、アスナさん。何を謝るんさ。僕は嬉しいんやで、今なら幾らでも仲介料を払えるぐらいに、いやぁ嬉しいわぁ」
「………………」
「ちょ、冗談やって、そこまで落ち込まんといてぇさ。僕が悪かったって、な?」
「……《エンチャンテッド・タルト》」
「えっと、確か、この階層で売ってるケーキやな! 幸運ボーナス付くらしいアレやな! よっしゃ! 僕が奢ったるで!」
「ほんとに!?」
「……なんや年上の女の人ってこんな怖いんやなぁ、勉強させてもらいましたわ……」
「ほら、ナッツ行くわよ! ずっと食べたくて手が出なかったんだぁ」
「さいでっか……」
落ち込んだ様子を反転させて、満面の笑みを浮かべたアスナと逆転したように疲れたように息を吐き出したナッツ。年上の女の人は怖い、そう心に刻みつけて既に歩き出しているアスナを追った。
「んぅ~!」
喜色を満足感へと変換しながら声を上げたアスナをナッツはぼんやりと頬杖を着きながら眺めていた。アスナに言われたのか常に目深に被っていたフードも外して萌黄色の髪と美少女の様な顔も露わにしている。
幸い、というべきか、
「本当にいらないの?」
「まあ別に幸運ボーナス付けた所で、狩りに行くわけやないし……」
「私だけ食べてるのも悪い気がするんだけど……」
「気にせんでエエよ」
困ったように笑うナッツは視線をアスナから机に置かれてタルトへと落とした。
タルト生地の皿に盛られたフルーツ達。それを輝かせる様に無色透明の蜜が掛けられ、それこそ
「それに、別にモノ食べんでも死ぬわけやないし」
「それはちょっと極論過ぎじゃない?」
「水があればそれだけで人間生きていけるもんやって」
随分な極論にアスナは思わず眉を寄せた。ナッツはそんなアスナに首を傾げている。果たして自分は間違った事を言ったのだろうか、と思考して否定する。ナッツの言ったことは
アスナは暫し考え込むように口元に手を当てて瞼を閉じる。自分の中にふと湧き出したトンデモナイ疑問を否定して、ナッツを見た。至って普通の美少女であった。
「……ちなみに、一番最近は何を食べたの?」
「うーん……。キリトと狩りをしてる途中にドロップしたジャーキー? バフの確認せなアカンかったし。毒は無し、筋力値にボーナス掛かったけど、上がりは微妙で時間は長かったかな。あ、因みにキリトと一緒に確認したけどステータスを参照した割合や無くて固定値っぽいから低階層やと有用やと思うで。まあ低階層の人らに配ってソコソコな安定レベルまで持ち上げて変に調子乗られても――……ってどないしたん、です?」
つらつらとドロップ品であるジャーキーの効果の説明をしていたナッツを見ながらアスナは怒りを隠すように笑みを顔に貼り付ける。ヒクリと口角が動いてナッツが言葉を止めた。
アスナは笑みを浮かべながら恐る恐るナッツへと疑問をブツケてみる。
「…………もしもバフが確認済みだったら?」
「? 別に食べんでエエやろ。死なんし」
「……他には何も食べてないの?」
「レベリングで回復POTは飲んでたけど?」
「はぁ……。
すぅ――………ナァァァァァァァッツ!!」
雷がナッツへと落ちた。
怒りを露わにしたアスナの叫びにビクリと背筋を動かして、縮こまったナッツは何を怒られているのか分からずに疑問を浮かべながらアスナを恐怖混じりで見た。
「アナタね! その筋力値にバフが掛かるジャーキーを食べたのは二週間も前でしょ! キリト君から話は聞いてるのよ!?」
「いや、だから食べんでも死なんって――」
「食べなさい! じゃないと無理矢理にでも血盟騎士団に入れるわよ!!」
「それで血盟騎士団出されても――」
「わかったわね?」
「え、あ、ハイ……」
笑顔で凄んできたアスナに思わず肯定を示してしまったナッツは知人へと卸す筈だったジャーキーを一片噛った。HPバーの下に僅かながらのバフがアイコンとして表示された。
「はぁ……いい? ナッツ」
「悪い言うても言うやん」
「何か?」
「ナンデモナイデース」
「定期的に食事をするのは
「ふーん」
「ナッツが繰り返してるモブ狩りにも弊害が出る可能性があります。なので、ちゃんと食事をしましょう」
「はーい、アスナおねぇちゃん」
アスナの話を右から左へと流してテキトーな受け答えをしているナッツは懲りていない。懲りるわけなどない。なんせ彼は
ナッツの「お姉ちゃん」発言に少しだけ胸を熱くしながらアスナは更に付け加える。
「食べたかどうか、ちゃんと私に報告すること」
「えぇ……」
「いいわね? 何を食べたとかもちゃんと報告するのよ?」
「なんやバフ効果とか知りたいんやったらアルゴさんにでも」
「報告する事、いいわね?」
「アッ、ハイ……」
また恐ろしく美しい笑顔を前にしてナッツは息を飲み込みながら返事をした。
その返事に満足したのかアスナは何かに気付いたようでコンソールを動かして、満足そうに頷いた。
「それじゃあ、リズの――鍛冶屋の所に行きましょうか」
「え? タルトは……って無いし」
「結構前から無かったわよ?」
「いや、あれ? ……まあえっか」
これ以上の追及は止めておこう。それこそ
ナッツは考えるのを諦めて、溜め息を吐き出した。噛み締めたジャーキーの味が口の中に広がった。
◆◆
「ようこそ、リズベット武具店へ」
不格好に笑顔を浮かべた少女を見て、フードを被っていたナッツは隣に居たアスナを少し見上げた。アスナは顔を綻ばせてナッツへと顔を向けて、まるで意見を求めているようである。
ふむ、と一つ溢してからナッツは改めて少女――リズベットへと視線を向けた。
「なんや……笑い方が
「がはっ」
急所に当たった。心に深く突き刺さった容赦のない一撃だった。リズベットは後にそう語るだろう。きっとその横では「初対面やし、気ぃは
乾いた笑みを浮かべていたアスナに睨みを効かせたリズベットはどうにか持ち直して、外套で身体を、フードで顔も隠した存在へと視線を向ける。
ハッキリと言えば怪しい風貌だった。ついでに偏見でもあるが、擦り切れた外套のお陰でそれほどお金を持っているとも思えなかった。客には平等であるけれど、諸事情により多額のコルを必要としているリズベットとしては相手をしたくない客に間違いはない。それこそ他ならぬお得意様であり、友人でもあるアスナからの頼みであるから、仕方なく、仕方なく相手をするのである。
そもそも第一声で「笑い方が下手」と言ってくる相手にいい顔をする理由をリズベットは持ち合わせていなかった。
「それで。アナタが私を探してたんだって?」
「探してたんは鍛冶屋であって、笑顔が下手な人じゃないんやけどなぁ」
「ねえアスナ、断ってもいい?」
「ナッツ。ほら、私の顔を立てると思って」
「そもそも、相手に頼むってのにフードを被ってるのも気に食わないわね」
「…………」
びくり、とナッツの身体が動いた。その反応をどう捉えたのか、リズベットは意地悪く笑みを浮かべて、アスナはドコか遠い目をしている。売り言葉に買い言葉、アスナは突如勃発した二人の争いを止める術を持ち合わせていない。
何かを諦めた様に、ナッツはフードを外した。流れる萌黄色の髪。黒色のパッチリと開いた瞳。整った顔立ち。隣にいるアスナと遜色のない美少女がソコに居た。
思わず息を飲み込んだリズベットにナッツは微笑みを浮かべる。年齢相応である無邪気な笑みではなく、ドコか重ねられた年齢を感じさせる微笑み。
「初めまして、ナッツと言います。少し試すような真似をして申し訳ありません」
フードを被っていた時に喋っていた声であるが、それは関西弁ではなく、標準語に準じた発音であった。
微笑み、謝罪、明らかに自分よりも年下であろう少女がソレをして憤る程リズベットは子供ではない。自身への罪悪感、そして予想されるナッツがこの世界で受けてきた被害。他人を警戒しても仕方ないだろう。
リズベットはいつの間にか差し出されていたナッツの手に気付き、手を伸ばす。綺麗な手だ、と思いながら伸ばした手は虚空を握った。
「ま、まあ、あたしも悪かっ――」
「コレが笑顔って言うもんやで」
ヒョイと手を退けたナッツは変わらぬ関西弁で言ってのけた。滑稽にも手を伸ばしたリズベットを鼻で笑うおまけ付きである。
不格好な笑顔を浮かべて
ナッツは先程の微笑みなどではなく、意地悪く歯を見せながら笑っている。
「改めて、ナッツ言います。よろしゅうに」
「はぁ……リズベットよ。あんまりよろしくしたくはないけど」
「ちょっとリズ」
「まあこんな格好やし、さっきのアレあるし当然やな。で、武器のインゴット化と新しい武器を作ってほしいんやけど」
「じゃあ武器を出してちょうだい」
「なんや、コッチは客やで。もうちょい愛想良くしてもエエんちゃう?」
「スイマセンネ! 笑顔も下手なもんで!」
苛立ちを隠そうともせずにリズベットはナッツが後ろ腰から鞘ごと取り出した剣を右手で掴む。鍛冶屋兼
鞘から引き抜けば反った刃が光を照り返し、そこそこの業物である事がわかる。この
指先でホップアップメニューを叩き、曲剣の情報を表示させて、リズベットは眉間をこれでもかと顰めた。
「ナニコレ」
「何って、普通の曲剣やけど?」
「普通の曲剣って言うのは強化を全部《丈夫さ》に振ってないわよ!」
「いやぁ、長い事外に
「……ナッツ?」
「ちょ、ちょっと待ってアスナさん。ほら、えっと、僕の戦い方からしてしゃーないんやって」
「どんな戦い方してれば《丈夫さ》に全部振るのよ」
「……武器防御モドキ?」
首をコテンと傾げたナッツに溜め息を吐き出したアスナとリズベット。剣を見て、なんとなく目の前の美少女が奇特な存在である事を理解したリズベットは曲剣を鞘へと収める。
鞘に収めて、はたと気付く。
もう一度美少女を見る。外套から覗き見える装備、この曲剣。掠れた外套。いやいや、こんな子供が最前線に居る訳が無い。
「あー、アスナ? もしかしてナッツって」
「
「はぁ!?」
「いややわぁ、そんな尊敬の眼差しで見られると照れるで」
「呆れてんのよ!」
「まあ僕はダメージディーラーちゃうし。武器防御からの反撃と攻撃捌く変則タンクやから最前線張れてるんよ」
「ああ、だから《丈夫さ》にね……」
「そそ」
「――って納得できるかァァァ!!」
鋭いツッコミがナッツへと向けられた。実に当然の決着である。
◆◆
「ハハハハハッ、なるほどな。それでナッツはオレの店に来たって訳か」
「笑い事ちゃうで、エギルさん」
ぶすぅ、と唇を尖らせたナッツは目の前に居た浅黒い巨漢――エギルに不満を漏らした。
噛んでいたジャーキーを飲み込んで、律儀にアスナへとメッセージを送りつけたナッツはカウンターに体重を預けてぐったりとしている。
「素材集めする、言うてたのになんで僕は留守番やねん。僕の剣やで?」
「そりゃぁナッツが何日も迷宮区で篭もる計画だったからだろ?」
「さすがの僕も店売りの武器だけで何日も篭もるんは無理やって。武器が無くなる」
「武器があったらやるつもりだったら一緒だな」
「しかもアルゴさんまであっちの味方やし」
「因みにオレもだ」
「敵だらけやん……」
裏切り者ぉ、と力なく唸ったナッツに笑うエギル。あの血盟騎士団のアスナに「ナッツを見張っててください」と言われた訳ではなく、こうして愚痴りに来たナッツの話を聞いて、エギルは極々一般的な判断を下した。
目の前の少女が無茶をする事をエギルは知っていたし、咎める事もした。けれどエギルの静止など聞く訳もなく、ナッツは生活を変える事もなかった。コレを始まりとして、少しは無茶をやめてくれれば――とエギルは考えたが、ドコか諦めもあるのだ。
「ああ、そうそう。今回のドロップ品な」
「おう。毎度どうも」
慣れた様に溜め込んだドロップ品をトレード画面に入れていくナッツ。ジャーキーを一度入れて、戻して、全てのドロップ品を入れた。
チラリと映り込んだジャーキーに苦笑しながらエギルは回復POTなどのナッツが消耗するモノを同じく入れる。
「しかし、イイのかナッツ? 毎回言うが、オレが一方的に得してるぞ」
「毎回言うてるけど。僕は安価で回復POT買えてるし、武器も買える。コレを一個の店でやってもらってるし、何よりドロップ品分のお金も貰ってるし」
「まあお前がイイならいいだが」
「それも毎回聞いとるよ」
実にアッサリとしたやり取りをしながらナッツは武器を装備して、立ち上がり――座って唸る。「うなぁ……」と悶えるナッツにエギルは苦笑した。常のやり取りが終わればナッツは早々に消えるのだが、今日はそうはいかない。
ココから出ていけばエギルはアッサリとアルゴへと報告をして、アルゴはアスナへと報告して、ナッツは説教を受けるのだ。ナッツに逃げ場などない。
「ま、今日は諦める事だな」
「ちょっとだけ、すぐ近くで狩りするだけやから」
「ダメだろ」
「ぶぅ……」
頬を膨らませて不満を漏らしたナッツは椅子をワザとらしくカタンカタン鳴らすが、現実世界からの経験を含めて慣れているエギルは笑ってソレを流すだけである。
不貞腐れながら口が寂しくなったのか、ストレージから取り出したジャーキーを囓り、ナッツは溜め息を吐き出した。
「なんだ、乾物が気に入ったのか?」
「あー……まあ、そんな所やな」
「なら今度から一緒に仕入れといてやるよ」
「それはありがたいこって……」
「まあナッツはお得意様第一号だからな」
アスナとのやり取りをエギルに説明すべきか少し迷ったナッツは言う事をやめた。エギルに説明すれば恐らくこの屈強な悪役レスラーの様な顔で説教されるに違いないのだから。
新たに自分のストレージを圧迫するであろうソレを考えて、ナッツは断ろうとも考えたが、エギルの断らせない一言によって封殺された。
"お得意様第一号"という称号はエギルが商売紛いの事を始めた最初の大口取引がナッツ開始だったことが起因する。ドロップ品を貯めに貯め込んだナッツがフラリと現れて、安価過ぎる取引をしたのが始まりである。どうしてか商人側が取引金額を上げる、という不思議な取引であったけれど、それが始まりである。
コルをそれほど必要としない――それこそ自分で稼いだ分で遣り繰り出来ていたナッツは金額を上げられた所で興味もなく、エギルはその人情から金額を上げるしかなかった。結局、偶然やってきたキリトが事情を聞いて回復POTなどの消耗品を受け渡す、という流れが完成し、ソレは今も続いている。
「それで、どんな武器になる予定なんだ?」
「知らんよ。アスナさんも監修してるからソコソコに耐久値はあるやろうけど……篭もれる日数減るんは嫌やなぁ」
「目的が変わってないか?」
変な所を心配しているナッツを見てエギルは呆れながら溜め息を吐き出した。
>>武器の強化に関して
《鋭さ》《正確さ》《速さ》《重さ》《丈夫さ》の五つのステータスが強化出来る。普通の曲剣なら《鋭さ》と《速さ》に振るのが正しい……筈?。
ナッツは戦闘方法の都合上と街に戻る事も少ないので《丈夫さ》に極振り。敵Mobにダメージは通るけど少ない。
>>コミュ障黒剣士と狩りをする野武士
まだ登場してないけれど、キリトとのレベリングの都合上、たぶん顔合わせぐらいはしてそう……。
二刀流バレ辺りで会話は挟めるし、大丈夫だな(白目
>>「レアドロップに物言わせて、コミュ力を売りつけた男」
レアドロップがある且つ、コミュ力はないのでプレイヤーメイドの剣とか持ってるわけないだろ!(偏見
>>ナッツ貯金
出費もそれほど無いのと、街で寝ないので自然と貯まる。
メタ的な発言をするとリズとの関係を濃くする為。店の出資者的な意味で。
>>リズベット武具店
まだ四十八階層の店を買う前なので、貸店舗か露天。たぶん貸店舗かな?
諸事情、というのは店舗購入の資金の為。
>>「別にモノ食べんでも~」
あ(察し
となった人は何も言うんじゃないぞ。そもそも私の主人公に何を求めてるんだ(迫真
>>エンチャンテッド・タルト
魔法を掛けられたタルト。幸運バフが掛かるけれど時間は短め。効果は高め。相当なお値段。
>>ナッツの標準語
この程度出来て当然、というのがナッツです。
>>美少女
美少女(少年)。