果てがある道の途中   作:猫毛布

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次でGGOは終わりです。(デジャブ感)
お股セ。


第37話

 浮上していく意識。指を僅かに動かしてラフなショートパンツに触れる。発汗性の高いザラツイた生地が指先を刺激して現実に戻ってきた事をシノン――朝田詩乃は認識した。

 意識の帰宅に伴いエアコンの起動音が響き、緩やかに風が部屋を循環していく。

 細く、小さく、呼吸を意識する。

 

「――っくし」

 

 小さく溢れたくしゃみ。一拍、二拍。薄く開いた瞼で辺りを確認すれば見覚えのある部屋が視界に映る。

 眼球に動かせる範囲を確認し、次第に首を動かして部屋全体を見渡す。

 黒のライディングデスク。フローリング風のフロアタイル。そのどれもに自分以外の誰かが触れたような形跡はない。

 詩乃は小さく深呼吸をして警戒心を最大にする。ゲームのように何処に誰がいるかなどは分からない。けれども、ゲームの中で培った経験で警戒する。

 耳を澄ます。エアコンから吐き出される呼気と耳鳴りにも似た空気の流れ。音は、ない。

 注意深く自身とベッドのシーツ、小物を見る。動いた形跡は、ない。

 数時間前にフルダイブした時のまま、のように思える。

 慎重に、音を鳴らさずにベッドから降りる。嫌に冷たいフロアタイルがつま先を冷やし現実を突き付けてくる。

 踵を浮かして静かに移動し、人が隠れる事が可能であろう場所を確認する。ベッドの下、確認。クローゼット、確認。ベランダとカーテン、確認。脱衣所と浴室、確認。玄関にも誰かが入ったような跡は、ない。

 詩乃はようやく安堵したように息を吐き出して胸を撫で下ろす。

 取り越し苦労。という単語が頭に過ぎった。ついでにおそらくやってくるであろう現実のナッツに嫌味の一つでも言ってやろうと考える。

 もしかしたら、ナッツが現実で会う手口だったのかもしれない。

 冗談めかして考えるように顎に手を置いてみせた詩乃は自分の唇へと触れて、ハッとする。

 仮想空間で奪われた、感触が残る唇。瞳に映像として残るあの男の顔。そして受け入れた自分。

 

 いやいやいや。仮想世界だから。バーチャルだから。

 沸騰しそうになった頭をどうにか誤魔化して詩乃はどうしてか部屋が暑くなったのでエアコンの温度を二度下げた。

 リモコンをデスクへと置いて、ベッドに座る。自身の唇を指先で確認し、ふにりと押してみる。

 変な恥ずかしさが心を侵略し、ベッドへと顔を埋める。埋めて、数秒し、詩乃は気がついたように顔を上げる。

 決して物音がした訳ではない。この部屋に誰もいない事は確認出来ているのだ。

 けれども、詩乃は忙しなく部屋を見渡す。

 この部屋に――ナッツが来る?

 それは確かに嬉しい事であるが同時に女の子として、人間として確認しなくてはならない事がある。

 埃は、ない。掃除は、この前の休みにした。大丈夫、何も問題はない筈だ。

 小奇麗と自分で思える程度には整頓はしている。大丈夫、何も問題はない。

 

 いや、待て。こんな部屋着でいいのだろうか。

 曲りなりにも相手は働いている社会人である。シノンのリアルが学生という事は知らないであろうけど、おそらく年下である事はわかっている筈だ。それをふまえても今の自分の格好はマズい。ダボッとしたトレーナーとショートパンツである。加えて死銃の事もあり、僅かに汗を吸い込んでいるだろう。

 頭の中で彼が来るかもしれない時間を予想し、計算する。希望的観測など不要。シャワーを浴びる程度の時間はある……筈。たぶん。

 悲観するような時間など無い。着替えを準備しながら更に計算を詰めていく。伊達や酔狂で狙撃手のポジションについてはいない。

 服は、服はどうする? 気合が入り過ぎてるとそれはそれでナッツの性格を思い浮かべれば笑われる事だろう。しかし、この格好はダメだ。ナッツがよくても自分では許せない。外行きでもなく、それなりの服――。

 自身の所持する衣服をリスト化して頭に流しながら詩乃は行動を止める事はない。件の彼が何を用いてこの場所にやってくるかは分からない。少なからず徒歩ではない事は確かであるし、自分の理想からもかけ離れすぎている。タクシーというのが一番可能性として高く、そして彼がいるかもしれない場所からここまでタクシーで来るにしても時間は限られている。

 そんな時間の無い詩乃の動きがピタリと停止した。銃を突きつけられた訳ではない。背中に銃口を当てられた訳でもないし、撃鉄の上げる音を聞いた訳でもない。

 彼女の眼前には変哲もない自身の下着がある。綺麗に畳まれた色とりどりの下着達。見えない部分のオシャレというのは必要である。確かに必要であるのだが、彼女が止まる理由はナッツの軟派な態度であったり軽さである。

 もしかしてのもしかして、があるかもしれない。もしもそうなった場合殴って逃げる気持ちではいる。けれども、しかし――。

 極めて低い希望的可能性を思考に巡らせて、清潔で無難で地味でも派手でもない下着を選ぶ。その選択が正しいのか詩乃にもわかりはしない。

 それでも自身の正しさに導かれた結果である。後悔などない。

 

 シャワーを浴びた訳でもないのに茹だった思考のまま清潔な着替えとバスタオルを持って浴室へと向かう。

 そこに誰も居ないことは既に確認している。けれど詩乃の手はユニットバスへの扉で停止した。

 

「……何してるのかしら」

 

 我に返った。浮かれていた気持ちが全て沈下し、冷徹な思考へと戻った。

 バスタオルと着替えを手に持った自分の滑稽な姿に溜め息と苦笑を漏らして、思考を冷たいものへと変化していく。

 死銃。ナッツ。キス。殺しの告白。キス。自分にとって衝撃の多すぎる数時間であった事は間違いない。何より半ば無理やり唇を奪われたのだ。

 頭を振って妄想を振り払って、視線を下げる。バスタオルと清潔な衣服が腕に抱かれている。

 少しだけ、ほんの三秒程思考して、詩乃は着替える事を決める。そこにやましい想像や妄想はない。僅かばかり汗の匂いがしているかもしれない衣服を清潔に保つ為である。

 

 ユニットバスの扉の前、キッチンで衣服を脱ぎながら冷蔵庫の上に置かれた時計機能付きのキッチンタイマーを確認すれば、デジタル文字で時間を正確に刻んでいる。

 体感時間よりも短い時間しか経過していない。そう感じてしまう程に長く、濃く、重い時間であった。普段の狩り以上に、以前の大会よりも、ずっと激しい戦いであった。

 と、ブラジャーのホックを摘みながら停止。自身の戦績と立ち回りを思い出して深い溜め息を吐き出す。

 序盤の潜伏は仕方ない。狙撃手という立場上の弊害だ。どこかのチュートリアルのように狙撃銃を片手に敵に突貫し的にするなど自分には出来ない。

 中盤。キリトとタッグを組み死銃を捜索した。これも、結果をみれば仕方ない事である。間違いなく、あの時間がなければ自分は死銃にアッサリと殺されていた事だろう。

 中盤の終わり。キリトが倒され、タッグ相手がナッツへと変わった。そこから先は終盤までナッツと共にいたし、結果として二人同時優勝になった。

 ……経験も実力もあの二人に比べれば劣るであろう。けれども実力不足ではない。あのナッツを倒すつもりで参加したのだ。意気込みもあった。

 けれど、まあ、客観的に見れば『姫プレイ』のようだ。チュートリアルと黒髪美少女を侍らせる狙撃手。次のログインが億劫である。

 改めて深い深い溜め息を吐き出して着替え作業を再開する。

 

 そう、ナッツを倒すつもりでいた。結果として同時優勝という選択肢を選んだ。

 序盤。大会が始まるまでのナッツであったならば、倒せる。倒せたと思う。確実に倒す方法も幾つか考えられる。

 けれども、あの最終盤のナッツ。戦闘が終わり、満身創痍であったあの男。傷だらけで腕一本を欠損させた存在。その戦い全てを見ていた観客たちと自分。

 印象が変わった。いいや、少し違う。きっとあれが普通なのだろう。

 あの時、最後にナッツを目の前にした時。勝てないと意識が判断した。

 目標が、憧れが更に高くなった。悲しくも、嬉しい変な感情が詩乃を染める。

 負の感情ではない。目標が高ければ高いほど燃えるような人間でもないが、悲観をする訳でもない。

 ただ彼の隣に違和感なく立てる為の理由であった。庇護下ではなく、相棒として、半身として、居続ける為の目標であった。だから諦める事もない。

 

 ショートパンツを脱ぎ捨てショーツへと指を引っ掛けて、古めかしいインターホンの音で停止する。

 咄嗟の行動で壁に背中を押し付けて、息を潜める。玄関まで続く通路を確認するために最低限露出を控える。

 ナッツにしては早過ぎる。他にこの時間に自宅を尋ねるような人間はいない筈である。

 澄ました耳に鍵の開ける音は聞こえない。ドアが勝手に開く事もなければ、ロックが回転する事もない。

 嫌に鼓膜を揺らす鼓動。生唾を飲み込む。

 耳を澄ましたまま、視線を部屋へと向ける。逃げ道の確保――は絶望的。立ち向かえる自信もない。

 チェーンさえすれば――。そうドアにチェーンを掛ければ侵入は防げる。

 足音を鳴らさずに、教わってもいないすり足でドアへと向かい、左手を伸ばす。

 再びインターホンが鳴らされる。鼓動が煩い。ビクリと手が停止する。

 

「朝田さん、居る? 僕だよ、朝田さん!」

 

 少し高めの少年の声。ドアの向こう、インターホン機能つきの電子ロックから聞き慣れた声が聞こえる。

 応える事もなく、レンズを覗けば、魚眼効果で歪んだ廊下に立っている同じく歪んだ知り合いである。

 

「新川、くん?」

「あの……どうしても優勝のお祝いを言いたくて……。これ、コンビニで悪いけど、買ってきたんだ」

 

 ようやくインターホン越しに詩乃は少年の名前を呼んだ。自身をGGOへと誘った元クラスメイトの新川恭二。自身の安全の為に呼ぼうと思っていた、少年がそこには立っていた。

 詩乃の声にすぐさま反応した恭二の手には近くにあるコンビニの袋。うっすらと見える形はケーキの入っている小箱だろう。

 

「は……早いね、ずいぶん」

 

 咄嗟に、意図せずに出てしまった言葉。優勝してからの待機時間と自身が舞い上がっていた時間を足しても、新川家からコンビニに寄って、ここまで来る時間は足りない。

 自宅ではなく近所の公園などで中継を見ていて、優勝すると同時にコンビニ経由で来たのかもしれない。AGI型のシュピーゲルを操る新川恭二ならば有り得そうだ、と思考を打ち捨てる。

 それに連絡する手間が省けたのは確かである。ホッと息を吐きながら、ドアノブへと手を伸ばして腕を止める。

 

「あー……ごめんなさい。少しだけ待ってくれる?」

「え?」

「その別に何でもないんだけど、少しだけ待ってくれない?」

「う、うん。わ、わかったよ……」

 

 そう応えた恭二の声に息を吐き出して、慌てて部屋の奥へと戻る。

 危なかった。危うく、何も考えずにドアを開く所であった。自分の格好が上着を着て下がショーツだけなのもそうであるし、脱いだ服や下着が部屋に転がっているのもマズい。

 気がついた自分をよくやったと褒めながら、頂いた少しばかりの時間で手早く着替えを済ませ、脱いだ衣服を洗濯用の籠へと放り込んで置かなくてはならない。

 彼女に残されている時間は短い。

 

 

 

 

 

 

 

 

「どこでも、そのへんに座って。あ、何か飲む?」

「う、ううん。お構いなく」

「疲れてるから、そんな事言うとほんとに何も出ないよ」

 

 冗談めかしたやり取り。先に六畳間へと戻った詩乃は外気の寒さに身を震わせてリモコンを手に取る。どういう訳か普段よりも二度程下がっていた設定温度を数度上げる。

 その詩乃の背中を見ながら恭二は机の上にコンビニ袋を置き、ケーキの入った小箱を取り出し傍らのクッションの上へと遠慮がちに腰を下ろした。

 

「ごめんね朝田さん……急に押しかけて。でも、さっきも言ったけど少しでも早くお祝いを言いたくて」

「優勝って言っても一位タイだけどね」

「ううん。それでも凄いよ朝田さん。BoB優勝、おめでとう朝田さん――シノン。GGO最強のガンナーになっちゃったね。でも、僕は……わかってたよ。朝田さんには、誰にも持ってない、本当の強さがあるんだって」

「……ありがと」

 

 手放しでの賛辞に詩乃はくすぐったさを覚えて、心から上がってくる嬉しさを噛みながら、首を振る。

 

「でも、GGO最強のガンナーじゃないよ。最強はナッツ」

「違うよッ! 最後のあの時、アイツと戦えば朝田さんが勝ってたに違いない」

「――……そうかもね」

 

 食い気味に否定した恭二の言葉を詩乃は否定はしなかった。苦笑しながら曖昧に肯定し、瞼を閉じて最後のあの瞬間を思い出す。

 手負いのナッツ。隻腕で傷のエフェクトもあった彼。自然体でありながらも、隔絶された存在。

 カメラ越しで見ていた恭二は感じなかったのだろう。ただ圧倒的な力を持っている存在にしか見えなかったのだろう。

 それは自分とは全く違った印象だ。あの瞬間、シノンの装備に不備がなかったとしても殺されていただろう。直感的に、詩乃はそう感じたのだ。敗北の二文字ではない、死銃を殺したように歯向かえば死を与えられると感じた。

 かと言って、そんな超常的な感覚を説明する訳にもいかず、詩乃は改めて苦笑を浮かべる。

 

「それに、もしかしたら大会自体が無効扱いになるかもしれないし」

「え?」

 

 自分の中の答えを口して、恭二の疑念の声に暫し考える。

 彼は死銃の事を知らない。それに説明する意味も、薄いだろう。変な事に巻き込まれる、という意味では自分だけで十分だ。

 

「いいえ、なんでもない。ただ変なプレイヤーが居ってだけ。それにしても、うちに来るの随分早かったね。まだ大会が終わって五分ぐらいなのに」

「あ、その……実は近くまで来て、携帯で中継を見てたんだ。すぐにお祝いを言いたくて」

 

 慌て気味に言っている恭二に微笑んだ詩乃はやや呆れを含んだ声で「風邪、引いちゃうよ」と零した。

 何か温かいモノでも淹れるべきか、と立ち上がった詩乃の動きを恭二の切羽詰まった声が止める。

 

「あの……朝田さん」

「な、なに?」

「中継で……砂漠の洞窟が映ってたんだけど……」

 

 切羽詰まった表情にパチクリと瞼を動かした詩乃に向けられた言葉。その言葉の意図を読み取った詩乃はその時の状況を思い出して顔が熱くなるのを感じる。

 

「あ、あれは、その……違うくて」

 

 発作と落胆、信頼と恐怖がごちゃ混ぜになって()()なっただけである。

 自分の迂闊さを呪いたくなる。確かにあの場を思い出せばカメラがあったかもしれない。いやそんな事が思い至らないぐらいに疲弊していたのも事実であるけれど。

 まごまごと言葉を淀ませて、顔を俯かせる。顔が熱い。

 

「――あれは、あいつに脅されてたんだよね? 何か、弱みを握られて、仕方なくあんなことをしたんだよね?」

「――……は?」

 

 熱かった顔が冷水でも掛けられたように冷えていく。

 俯かせていた顔を上げて、恭二の顔を見る。冗談にしてはたちが悪い。

 けれど、彼の顔は冗談を言うような顔ではない。奇妙な光を双眸に浮かべ、唇が不規則に震えている。その口からは次々と言葉が決壊したダムのように溢れてくる。

 

「脅迫されて、アイツの仲間と組まされて……。そうだ、普段だって、あのシノンがアイツなんかと組んでるのがおかしかったんだ」

「あ、新川くん?」

「無理やりキスまでされて、それでも、グレネードに巻き込んで倒したよね。だけど、それだけじゃ足りないよ、朝田さん。前にも言ったけど、もっとちゃんと思い知らせてやらなくちゃ……」

 

 まるでそうである事を願うように吐き出された言葉。呪詛にも似たそれを全て聞いた詩乃は果たしてどこから否定すべきか、少し悩んで口を開く。

 

「その……ううん。脅迫とか、そういうんじゃないの。洞窟の時は、その、あんな事をしたのは不謹慎だと思うけど、発作が起きちゃって……」

「……」

「あ、っと……その、えっと。キスは、その……」

 

 瞳を見開き、無言で視線を向ける恭二から逃げるように顔を逸らす。あの瞬間を思い出せば、顔が熱くなるから、あまり思い出させないでほしい。

 

「……朝田さん。でも、それは、発作で仕方なく、だよね? あいつの事なんて、なんとも思ってないんだよね?」

「……新川くん?」

「だって、朝田さん言ったじゃないか。『待ってて』って。言ったよね。待ってれば、いつか僕のモノになってくれるって言ったよね。……だから、だから――」

 

 恭二から吐き出される呪詛が古めかしいインターホンの音に止められる。

 未だに危険性を含まれている死銃が思考に過ぎり詩乃の身体が硬直する。けれど、同時に助かったとも思えた。

 

「すみませーん、となりのかとーです」

 

 部屋に響いたのは舌足らずな少女の声であった。

 聞こえた声に詩乃は慌てて立ち上がり、ドアへと足早に移動した。少し、恭二が変になってしまった。けれど、間をあければ、きっと大丈夫だろう。

 最大限に背後に警戒を向けながら、詩乃はロックを外し、ドアノブを捻った。

 

 かとー。かとう……。加藤。隣。隣人の加藤……。隣人……隣は、誰もいない筈だ。

 

 ゾクリと背筋が凍る。けれど既に遅い。僅かに開かれたドアからは外気が入り込み、緩やかに開いていく。詩乃が止めるよりも早く、ドアは開き、隣人ではない存在が詩乃の視界に入った。

 萌黄色の髪に寒さでやられたのか紅潮する頬。長い睫毛で彩られた大きな瞳。小さな唇。精巧に作られたパーツを更に選別したように整った顔立ち。純白のコート。緩やかにウェーブする髪が首元にあしらわれたファーに乗っている。足には黒のブーツが地面を踏んでいる。

 思わず、息を飲み込んだ。まるで絵本から出てきた美少女であった。

 その美少女が詩乃の顔を数秒見て、微笑む。可愛かった。鏡で見る自分よりも数倍可愛かった。

 

「その、えっと、おとうさんが困ったら、しのおねぇちゃんをたよれ、って」

 

 大きな瞳を潤ませて上目遣いで詩乃へと攻撃する美少女。不安そうな顔も素晴らしかった。

 けれど、今この子を入れる訳にもいかない。謎の美少女である。なにより自分には死銃の事もあり、巻き込みたくはない。

 

「……朝田さん?」

「新川くん。えっと――」

 

 何事かと、後ろから顔を覗かせた恭二にどう説明したものかと詩乃は迷う。

 美少女は相変わらず不安そうな顔――いいや、その顔は感情の一切を浮かべない人形のような表情に変化していた。

 

「……やっぱり」

「え?」

「死銃。ステルベン……シュピーゲル」

 

 淡々と少女の口から吐き出される単語。その単語に息を飲み込んだ詩乃。

 何故この少女が知っている? 何故この少女が死銃の事を知っている? まるで関わりがあるようにシュピーゲルの名前を――新川恭二の名前を連ねた?

 

「は、ハハっ、兄さんが言ってた事はホントだったんだ」

「な、何を言ってるの?」

「選択肢をあげます。無抵抗に投降するか、抵抗して捕まるか。前者なら、ある程度の便宜も図ります」

 

 少女らしい声は変わらず、けれどもその声に感情の起伏はない。

 まるで幻を見つけたように、恭二は顔を驚かせ、少女の言葉を聞いて笑う。笑ってしまう。

 

「今の君に何が出来る? ここはあの世界でも、GGOでもない! だから、僕の邪魔をするなッ!!」

 

 パーカーのポケットの中に手を入れて恭二が取り出したのはクリーム色の奇妙なモノであった。

 詩乃が確認出来たのはそれだけで、手に隠れたソレを奇妙に思う前に恭二が一歩目を踏み出した。頭の中で沢山の無意味な思考が過ぎる。

 同時に、詩乃の腕が掴まれる。詩乃の前に自分よりも幾分も身長の低い純白が現れる。

 

 一閃。

 

 風切り音の直後に恭二の短い呻き声。手を抑える恭二を冷たく見る少女の手にはビニール傘が握られている。

 カラカラと音を鳴らして転がるクリーム色のナニかを恭二は視線だけで追い、手首を抑えながら憎々しげに少女を睨む。

 

「どうして、どうして、おまえがっ。おまえなんかが!」

「……抵抗は無駄です」

「は、ハハハ! お前なんか、お前なんか!!」

 

 拳を握った恭二が再度踏み込む。体格差。性別差。そのどれもが恭二にとって有利であった。それは、事実である。

 傘による殴打など、先程の痛みから耐えれる事はわかる。少女を倒せば、詩乃もコチラに向いてくれる。恭二はそう考えた。

 なんせ、相手は――不死者なのだ。

 

 少女は殴りかかろうとしている恭二に目を細め、片手をコートのポケットへと入れて、一歩を踏み出す。傘を腕に置いて拳を流し、コートから手を抜き、恭二の腹部へと押し当てる。バチリと激しい音が一瞬響き、恭二の身体がビクンと跳ねた。

 力が抜けたように少女へと倒れる恭二を少女は支えようと踏ん張る。

 

「あの、し――朝田詩乃さん。助けて、助けてください」

「え、あ、ええ」

 

 ようやく意識が戻ったように、目の前で困っている美少女から恭二を退けて、床に寝かす。

 目の前で起こった事に未だに思考が追いついていない。突然来た謎の美少女に新川恭二が突然殴り掛かり、謎の美少女がソレを撃退した。まだ恭二が化け物に豹変して美少女が魔法少女になるほうが理解出来る状況であった。

 美少女は土足のまま廊下を歩き、転がっていたクリーム色のモノをハンカチ越しに掴む。

 

「無針高圧注射器。なるほど、痕が残らない訳です」

「えっと、その」

「ああ、シュピーゲルは高圧スタンガンで攻撃しただけですよ?」

「いや、そうじゃなくて……」

 

 詩乃は頭の中で一つひとつ問題を提示して、そもそもの問題へと行き着く。

 小首を傾げる美少女に疑問を口にする。

 

「……誰?」

「……え?」

 

 詩乃の直接的な問いに対して美少女はパチクリと瞼を動かして、少しだけ考えるような仕草をしてから頬を指で掻く。

 あー、と声を漏らして、コホンと一つ咳をする。

 

「一応、約束したから来たんやけど?」

「…………は?」

 

 

 

「だから。BoB終わる時に約束したやろ。なるべく早く向かうって」

「――はぁぁあああああああ!?」

 

 少女を指差して絶叫する詩乃。その絶叫に美少女――ナッツである加藤夏樹は片耳を指で塞ぎながら楽しそうに笑った。




>>美少女
 控えめに言って天使。化粧までされて完璧です。
 化粧に関しては次に書きます。

>>舌足らず
 演技

>>傘くん
 朝田宅、玄関に立てかけられている変哲もないビニール傘

>>スタンガン
 改造されているモノではなくて、市販されているモノ。なので新川くんは気絶せずに倒れてるだけです。

>>判断方法
 「しのおねぇちゃん」に反応無し。新川君の「朝田さん」で特定。同じくして「新川君」でシュピーゲル特定。シュピーゲルの中身に関しては薺さん辺りが調べてそう。たぶん。

>>薺さん
 ライダースーツで朝田詩乃の部屋があるアパートを見上げてほっこりしてます。警察関係の連絡と御主人様に「待て」と言われたのもある。



>>別ルート
「朝田さん朝田さん朝田さん朝田さん!」してる最中に助けるってルートも思いついていたけれど、夏樹くんの体格だと無茶かなぁ。という事でコッチ。

>>「すみませーん、かとーですけどー」
 まーだ(次話)時間掛かりそうですかねぇ

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