果てがある道の途中   作:猫毛布

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読者「ちょっと待って。モチベ高くする為に評価したけど、たいして更新速度変わらんやん。どういう事や?」

逆に考えてほしい。モチベショーンが上がらなければもっと掛かっていたのだろうと。
そして言わせてほしい。
ホントごめんなさい。期待に応えようとしたら空回りしたんです……。


第32話

 硝煙と酸化鉄の匂いがむせ返る程濃密な空気。

 緊張を集中へと切り替えるように沈黙した待機ドーム内は沈黙と僅かな囁きで満たされている。

 プレイヤーたちの瞳は鋭くギラついて、参加者達の観察を怠らない。

 誰が、どのように戦っていたか。そんな事は予選を見ることで分かっている。だからこそ、ソレを確かめるように、相手を威圧する。

 お前の行動はわかっている。お前の手札は知っている。そう言わんばかりに。

 所詮は予選だった。全力で戦いはしたけれど、手札全てを露見させた訳ではない。それは自分もであるし、そして誰もがでもある。

 そんな中、水色の髪を両頬で束ねたシノンは首に巻いたマフラーに口元を埋めながら鉄柱に背中を預けている。

 冷静沈着な狙撃手。予選で見せた対物ライフルでの見事な狙撃。露見した所で意味がないほど強い手札。

 伏した瞳と組まれた両腕がより一層に彼女を強者たらしめた。

 

 そんな彼女の心中は穏やかではない。

 予選の途中では心の中で相棒(バディ)とも呼べた存在に負ける事を断言され、そして予選最終戦ではGGO初心者(ニュービー)に負けた。更に言うならば銃弾を両断された。

 けれど、そんな事はここに至るまでで置いてきた。現在の心をザワめかせる要因足り得ない。

 予選で彼女から勝利を勝ち取ったプレイヤー――キリトが()()()()()の生還者であることは先程知った。だからと言って『負けてやろう』などという訳の分からない思考になるほどシノンは甘くない。

 けれど、そのキリトが()()()として頼っているナッツが――ナッツも()()()()()の生還者だったならば……。

 卓越した戦闘技術。最低限の安全、死なない立ち回り。不死者(イモータル)

 その全てがその事実だけで理解出来る。

 彼がどこか達観した様子であったのも、理解出来てしまう。

 どれもこれも、彼にとっては土俵が違うのだろう。

 『死んでも死ぬだけ』という言葉は『所詮はゲーム内での死』という意味なのだろう。

 シノンはそう理解した。

 

 だからこそシノンはこの大会開始前に一言だけ彼に伝えたかったのだ。

 彼の土俵に上がる為に。導かれるように繋がれた手を自ら放す為に。ただ純然たる敵として認識してもらう為に。目標を越える為に。

 宣戦布告にも似た言葉を伝えるだけ。それだけだった筈なのだ。

 

 第三回バレット・オブ・バレッツ。開始十分前。

 予選でその圧倒的な存在を魅せたプレイヤー……《不死者》ナッツ。その姿は未だに待機ドーム内に無い。

 兵士の如く筋骨隆々なプレイヤー達よりも少しばかり高い頭とボロ外套は目立つ筈なのだが、まったく見えない。

 宣戦布告してやろうと意気込んだ末にその相手が居らず、来た時に言ってやろうと構えて早数十分。

 片手間にやっていた筈の装備の点検は早々に終わり、二度三度繰り返しした事で点検の精度は集中した時程に完璧だと言えた。彼は姿を見せない。

 仮想(バーチャル)で身体を馴染ませる為にウォーミングアップも終わってしまった。彼はやってこない。

 心を落ち着かせようと精神集中の為に鉄柱に凭れかかり。腕を組み。時間が刻むように指が腕を叩き。苛立ちからの舌打ちを隠すようにマフラーへと口を埋め。視界の端にある時計が見えないように瞼を伏せた。彼は姿を見せない。

 彼が来ない。彼が来ない。彼が来ない。

 不戦敗という言葉が頭にチラつき、彼に対して普段から言う以上の悪態をついてやる。もしも本当に不戦敗だったならば心の底から罵った挙句、ヘカートの銃弾をゼロ距離の額に撃ち込んでやろう。

 

 その意気込みが無駄になるように、待機ドームの入り口がザワリと色めく。

 ようやく来たか、とシノンは溜め息を吐き出して鉄柱から背を離し、伏せていた瞼を上げ、一歩進もうとして、足が動かない事に気付く。手を見れば小刻みに震えている。

 そして入り口を見て納得した。

 ボロボロの外套が揺れている。フードの影から自分達を――獲物を見ている事が分かる。見えている口元がニヤリと嗤っている。

 

 酒の飲みながらケラケラ笑っているような、軽い日常の姿で忘れていた。

 GGOに君臨する絶対の上位者。不死者と呼ばれる男。徹底した敗北の為に用意されたチュートリアル(生きた教本)

 たった一瞬で待機ドームの視線を独り占めにした男は歪んだ笑みを潜ませ、顔を僅かに上げる。

 彼の視線の先には開始時間に迫り、数字を消費する時計。

 絶対者は両手を広げ、不敵な笑みを浮かべる。参加する全てのプレイヤー達の挑戦を受け止めるように。

 緊張が熱気に変わり、プレイヤー達を鼓舞する。

 戦うべき敵。その敵は自分よりも上位者だ。けれど、勝たなくてはならない。勝ちたい。

 兵士としての感情ではない。戦闘をする者として、上を目指す者としての欲求が湧き上がる。

 けれど、それはまだ内に秘めなくてはならない。

 全ては戦場に到着してから。あのいけ好かない上位者を倒すのは戦場だ。

 

 視線の大半が自身にとって好ましい物へと変化したことを認識したナッツは喉を震わせてクツクツと笑う。

 少し遠くの方に見える自身の兄貴分が呆れたような顔をしているのが見えてナッツは更に笑みを深める。

 同じく呆れたように、けれども熱を持った表情のシノンを見て、ナッツはその足を進める。

 

「随分と派手なパフォーマンスね」

「やる気出るやろ?」

「ええ。とっても」

 

 鋭い瞳でナッツを見上げたシノンは数秒程で肩を竦めて息を吐き出す。先程まで全てを威圧するように君臨した上位者は既に居らず、相変わらず軽い笑いを浮かべる彼が存在している。

 それが喜ばしい事なのか、それとも悲しい事なのか、シノンは判断出来なかった。どちらにしろ、彼は彼である事に違いはない。

 

「遅れてきたのもパフォーマンスなのかしら?」

「そっちは仕方なくやな。取材が長引いてもて」

「取材?」

「っと、僕も武器の調整せなな」

 

 チラリと時間を再度確認したナッツは手頃なイスへと座り、少しばかり慌ててメニュー画面から骨董品とも言える銃を取り出した。

 恐らく無意識下で吐き出されたであろう単語に思考を取られたシノンは数秒程考えて、大会が終わってから追及しようと思考を奥へと置いた。

 

「ねぇナッツ」

「んぅ?」

 

 シノンの問いかけにも手を止めず、骨董品を弄るナッツが言葉だけで反応する。

 一つ、深呼吸をする。

 

「私がアナタを倒すわ」

 

 骨董品を弄っていた手がピタリと止まった。

 

 シノンの方を向くわけでもなく、言葉を吟味するように視線を動かす事もない。

 たった数秒だけ停止したナッツは止まっていた作業を再開させる。

 お互いに無言。ナッツの手元で小さく音が鳴るだけの時間が経過し、その音が止まる。

 銃をストレージへと戻し、ようやくナッツがシノンへと視線を向ける。

 

「――わかった」

 

 短い了承の言葉。正しく宣戦布告が受けられた。

 相棒に裏切られた。下位者が囀っている。安い挑発だと鼻で笑う。

 そんな事は一切ない。そんな感情すらナッツは湧くことはなかった。

 

「楽しみに待っとるよ」

「ええ」

 

 短く言葉を交わし、ナッツは敵対者と別れる。

 敵対者と成ることが出来たシノンは震えていた手を見る。熱いモノが胸の内から押し上げられ、それを確かめるように強く拳を握り込んだ。

 

 壁際で集中するように凭れていた兄貴分へと近寄ったナッツはその隣で同じく壁に凭れて小さく息を吐き出した。

 

「……嬉しそうだな」

「せやろか? これでも感情は出えへんようにしてるねんけど」

「わかるよ。どれだけ一緒に居たと思ってるんだ」

「せやな」

 

 我慢しきれなかったのか、ナッツから喜色に染まった笑いが零れる。

 考えもしなかった。いいや、考えたくなかっただけかもしれない。

 冗談交じりで敵対者になることはあった。けれどこうして真正面から敵対者になる事を宣言された事はなかった。

 それも、シノンの表情から読み取れた感情は本気である事もナッツは理解している。

 だからこそ、嬉しく思う。

 

 クツクツと笑っているナッツを横目に見ながら、キリトは「コホン」とわざとらしく咳を一ついれる。

 

「それで死銃だけど」

「初参加者やろな。来る時に一覧で確認したよ」

「そうか」

「ま、僕は動くんに制限付くからなぁ」

「あのパフォーマンスのせいだろ」

「ああせな誰も僕を狙わんやろ」

「……お前、GGOで何してるんだよ」

「まとめサイトに載るぐらいの事?」

 

 小首を傾げた長身のフード野郎。SAOでのアバターならまだしもGGOでのアバターでそんな行動をされても違和感しかない。

 疲れたように溜め息を吐き出したキリトをナッツはケラケラと笑った。

 

 きっと、自分は全プレイヤーに狙われる。死銃よりも先にターゲットになるであろう存在を倒す。

 

 そんな事は一切考えずに結果的にそうなっただけだが、ふと考えれば事態はナッツにとって好転しているらしい。

 そんな風に思いながらナッツは口を開く。

 

「キリトは大丈夫なんか?」

「……ああ」

 

 言い篭もってはいたけれど、確かな意志を持って返された言葉にナッツは満足する。

 

「さよか。頼りにしてるで」

「任せろ」

「…………ついでにシノンの事も頼んでエエ?」

「……いいのか?」

 

 その問いに対してナッツは顔を逸らして「これ以上言うな」と言わんばかりに手で問いを払い除けた。

 その不満そうな様子にキリトは苦笑を浮かべて、「任せてくれ」と頼りになる言葉を口にした。

 

「ほな、健闘を祈るわ」

「お互いに生き残ろう」

「当然やろ」

 

 ナッツから差し出された拳に軽く拳を打ちつけて、お互いに不敵な笑みを浮かべた。

 

 

 方や『好んで銃ではなく刃物を振り回すサイコキラー系女子』。

 方や『特定の武器もなくドロップ率のクソ悪いファッ○ンガイ』。

 そんな二人が拳を突き合わせる様はさぞかし他人から見たら不思議に見えた事は違いない。

 そしてナッツの恨みが増える事も間違いない事だろう。

 

 

 

◆◆

 本戦の舞台となったISLラグナロクの北部の砂漠へとPOPしたナッツは周囲を軽く警戒してから遮蔽物へと身を隠した。

 直径十キロの円形孤島。中央部にある都市廃墟。北部に砂漠地帯、東部に田園、南東部には森林、南西部に山岳、西部には草原部が配置されている。

 幸いな事に初期位置の近くに敵も居らず、始まって早々の戦闘は免れた。

 十五分毎に行われるサテライト・スキャンが始まれば潜んでいる場所がバレてしまう。

 開始直前のパフォーマンスと不死者という肩書。二つを重ねればナッツを狙うことは想像に難くない。

 狙われる事は予想している。そしてソレが一時的な共闘関係を結ぶであろう事も、予想出来る。

 

 不死者と呼ばれる上位者を一対一で倒したならば、まさしく勇者と呼ぶべき存在だろう。

 けれどそうはならない筈だ。あったとしても、開始数分の興奮状態の時ぐらいだ。

 数分経てば、冷静になる。スキャンが始まり、場所が露呈すれば勝手に頭が判断する。

 全員――とは言わないがナッツの近くにいるプレイヤーはナッツを狙うだろう。

 それを利用する。

 戦闘が始まれば、戦闘中ならば、戦闘が終われば。幾らでも有利(アドヴァンテージ)は取れる。

 彼らは勇者ではない。

 彼らは正々堂々を貫く騎士ではない。

 彼らは兵士だ。

 生き残る事と倒す事に特化した兵士なのだ。フェアではあるが、だからこそ持てる手段は全て使う。

 そしてその手段の中にナッツという強者の要素も含まれている。

 最後の一人になればいい。自分で倒す必要はない。ナッツを狙う存在を容易く狩ればいい。

 

 そんな思考をナッツは理解している。故にわざわざ威嚇するように待機ドームへと入った。

 自分の近くにいるプレイヤー達を容易く狩る為に。その思考を『ナッツへの奇襲』へと固定させた。当然、ナッツの望み部分も多分に含まれている事は間違いではない。

 

「……お誂え向きに最北端やなぁ」

 

 マップで確認した自分の位置に苦笑しながらナッツはストレージから武器を取り出す。

 それは骨董品などではない。

 機関部の状態を確認し、大型のマズルブレーキが付いた銃身を接続する。トルコの国産メーカーであるMKEKが開発したボルトアクション狙撃銃《JNG―90》がナッツに握られた。

 ヘカートⅡの半分ほどしかない重量のJNGを持ち上げ、ボルトハンドルを引き薬室内に何も入っていない事を確認して弾倉を装着し、ハンドルを銃身へと押し込める。

 対狙撃手として持ってきた武器であるが、ナッツが想定していた以上に使う機会が巡ってくるであろう。なんせ、あのシノンと敵対しているのだから。

 嬉しさを振り払うように頭を振って、ナッツはJNGをストレージへと戻す。

 

 最初のスキャンまでは動かない事を決めていたナッツはマップを開いて、リスクの高い所をピックアップしていく。

 山岳地帯と森林地帯を繋ぐ鉄橋は危険過ぎるだろう。特に繋がれた先が山岳地帯というのも問題だ。

 中心部の都市廃墟では遭遇戦になりやすくなるだろうか。ここで《闇風》と接敵すれば負けるかもしれない。

 ギリースーツもなく草原地帯に行く気にもなれない。開けた地形は敵を視認しやすいがソレは相手も同じだ。

 現在いる砂漠地帯は――。そこそこに遮蔽物もあるし、洞窟もちらほらと点在している。

 

「衛星から隠れられるんは……撒き餌の意味無くなるな」

 

 思い浮かんだ案を即座に否定して、ナッツはマップの詳細を頭の中へと叩き込んでいく。尤も、高低差も調べられない直上からのマップは遠距離戦も含んでいる今大会においてそれほど役には立たないだろう。

 果たしてキリトとシノンは――と二人を想像してナッツは苦笑を浮かべた。

 シノンはGGO屈指の狙撃手であるし、遭遇戦にならない慎重さも持ち合わせている。遭遇戦になったとしても彼女ならば即座に距離を取る事も出来る筈だ。

 キリトはGGOでは初心者であるが、遭遇戦で彼に勝てる存在など居ないであろう。咄嗟の判断力、瞬発性、曲芸じみた銃弾の両断。それこそ、彼に勝つならば絶対防御を誇った聖騎士様でも連れて来なければならない。

 必要無い心配をしたナッツは頭を切り替える。

 開いたマップと時計を見比べて小さく息を吐き出す。

 

「死んでも死ぬだけ」

 

 死を恐れる事はない。それはナッツの役目ではない。

 生に執着する事はない。それはナッツの役目ではない。

 空を見上げて黄昏色を瞳へと映す。

 きっと、()()()()()()。その事を理解したナッツはボンヤリと呟く。

 

「もうちょい生きたかったけどなぁ」

 

 ナッツらしくはない。けれども既に逸脱した役である事はアイツも了解している事だ。

 出来ることならば、もう暫くはアイツを支えてやりたかったけれど、それは無理だ。

 ヒステリックに叫ぶ女がナッツの死を望んでいる。そしてその理由も、ナッツ自身が理解してしまっている。

 

 細く息を吐き出して、ナッツは予選で見せていた骨董品(M1895)を手に持ち、嗤う。

 

「ま、楽しまな損やな」

 

 最期の瞬間までナッツである為に。ナッツは不敵に笑いながら遮蔽物から飛び出した。




>>キリトとナッツのSAO出身バレ
 原作より。キリトの言葉からシノンが察した感じ。まあSAO事件自体が大事だったし、多少はね。

>>増えたナッツの恨み
 サイコキラー系女子に速攻で手を出してるプレイボーイに見えるから仕方ないね。

>>不死者入場
 精神攻撃は基本。SAN値削られそう。

>>取材による遅刻
 夏樹くんの職業による弊害。容姿と出来る事を考えると妥当。

>>シノン「アナタを倒す」
 デデン! デデッテ!



アレ
>>JNG-90
 ボルトアクション狙撃銃。本文中でわざわざヘカートを引き合いに出して軽めの重量とか言ってるけど、似た重量ならSV-98とかバリスタとかもある。
 なんでJNGにしたかって? 好きだからだよ。

>>ナッツの装備
 M1895(レバーアクションライフル)
 JNG-90(ボルトアクションスナイパーライフル)
 シグアームズ GSR(ハンドガン 銃剣装着)
 その他投げ物各種。

>>装備過多
 その分弾丸が削られてるから、彼の継続戦闘能力はそれほど高くないです。消費させ続ければ相手の攻撃に反応して銃剣でのカウンターを機械的に入れてくるカカシも同然です。

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