不足があれば教えていただけるとありがたいです。
2016/9/9 多数あった誤字を修正
――ほぅ。
と呟いたのは誰の言葉だったか。
誰でもなく、誰しもが吐き出してしまった感嘆の声。或いは納得、もしくは怪訝。どの意味合いにも取れるソレは彼を見ている全員の口から吐き出された。
コボルドの斧を回避するでもなく曲剣で
力を見せる為、と言うには出来過ぎた結果だ。少年と言える年齢のナッツを受け入れるには十二分の結果。既に一部のメンバーの頭には「単なるマスコットではない」と刻み込まれているだろう。
外套の中へと武器を仕舞い込み、ナッツは感じている視線をそのままに分かりやすく息を吐き出した。決して
「ん、コレで認められたって事でエエんかな?」
そう嘯いたナッツに対して、誰も何も答える事は出来なかった。
にへら、とフードの奥で笑い、誰も何も言わずに受け入れた事を察したナッツは細剣使い――アスナの元へとテクテクと歩き「いやぁ、時間が掛かってもたわー」とテキトーな言葉を吐き出した。
はしゃぐわけでもなく、アスナと適当な言葉を交わしながら歩いているナッツを見ながらキリトは目を細めた。
――オレっちが言うのも変だけド、ナッツの事頼んだヨ。
先日、去り際にそう言い残した鼠の事を思い浮かべて、キリトは内心で溜め息を吐き出した。頼む必要が無いじゃないか、という訳では無い。確かにアレは危険だ。
ナッツの
『子供が無傷で戦闘を終わらせた』という現実――非現実の事実に誰しもが目を奪われていたがソコはそれ程問題ではない。
恐らくナッツはその安全を得る為に何度も戦闘を繰り返した筈だ。だからこそコボルドの攻撃を
ソレは歪だった。
安全の為に
けれどナッツはそうではなく《何度も戦闘をする》という結果に行き着いた。そして安全を
「どないしたん?」
「あ、いや……」
「?」
数歩後ろに居たキリトに顔を向けて疑問を口にしたナッツに対してキリトは思わず口ごもる。ハッキリと「お前狂ってるよ」なんて言える筈もない。そんな事はコミュ障のキリトだってわかっていた。何を言ったものかとコテンと首を傾げたナッツから視線を外しながら考えて、ようやく
「ナッツはスゴイな」
と当たり障りの無い言葉が吐き出された。
吐き出された言葉に対してナッツはにへら、とだらしのない笑みを浮かべる。
「せやろせやろ。防御に関しては任してぇな。見ての通り攻撃はお粗末やから、ソコはお二人に任すよって。えー、ほら、えっと、
「スイッチでしょ」
「おお! そうそう! スイッチな」
昨晩教えられた言葉を間違えたナッツをアスナが訂正をする。自分の間違いを素直に訂正し、ニコニコと笑みを浮かべる。
「ま、変則的なタンクやと思ってもらえりゃエエで」
「頼りになるんだかならないんだか」
「やーん、ソコは『頼りになるな、流石ナッツだ』とか言うてぇさぁ」
恐らくキリトが言う部分では少し低い声で喋り、フードの奥では真面目でキリッとした顔をしていただろうナッツに思わず肩を揺らして笑いを堪えるアスナ。
キリトがジト目でそんなアスナを見ていれば咳払いを一つして、踵を返して攻略部隊の集団へと足並みを合わせた。
二人は足並みを合わせたアスナの背中を見て、口元だけで笑い、少しだけ急ぎ足で集団へと紛れ込んだ。
変わらずも大きな扉。
2日ぶり、二度目のボス部屋の扉に対してナッツはそういう印象を受けた。当然、ココで不必要な事を言う程ナッツは馬鹿ではない。小さく息を吐き出してフードを目深に被って緊張の面持ちを貼り付けた。
迷宮区の情報を渡したアルゴがその情報の出処を言わなかったのには理由があるのだろう。そう推察したナッツは何も言わずに扉を睨めつける。数秒ほど睨んでから、興味を失った様に視界を下げてフードに隠した視線を周囲に這わせた。緊張と興奮の混ざった表情をしている人たち。扉の奥にいるであろうボスに緊張しているプレイヤー達。僅かにボスを警戒するのではなく、別のプレイヤーを警戒しているのは……恐らく
ナッツは改めてそんな
「どうかしたか?」
「なんでもあらへんよ」
キリトから視線を外して経験者だから、という予想を外す。少なからず経験者であっても緊張や不安はあるらしい。それも踏まえて既に勝つ前提であり、仲間を警戒しているのは
《ルインコボルド・センチネル》。頭と胴体に金属鎧。武器は
そんな事を認識しながらナッツは目の前の扉で銀の長剣を高々と上げているディアベルへと視線を向ける。
ディアベルは全員が注目し、頷いた事を確認してから扉へと振り向き、扉の中央に左手を当てる。
「――――行くぞッ!」
短く意思を固める様に叫んだ
その部屋は暗闇だった。
開いた扉から差し込む光だけの、暗闇の空間。ドクリとナッツの鼓動が速まる。
左右から同時に何かが灯る音が響き、粗雑な松明が燃え上がった。ぼっ、ぼっ、と奥に走る松明の炎は数を増やし、部屋を怪しく灯す。
乱雑に並んだ白骨。壁のひび割れ。部屋の最奥には粗雑で巨大な玉座が設けられ、何かがソコに坐していた。巨大な玉座に負ける事のない巨体がユラリと揺れる度に最奥部の炎が震える。
誰もが緊張の面持ちでその
騎士が掲げていた銀色の剣が振り下ろされ、総勢四十五人の反逆者達が鬨の声を上げつつ一気に雪崩れ込む。
戦いの幕が開けた。
はぐれ組だと言っても三人にも仕事はある。
コボルドの王には右手に握った骨斧や腰に差した
《
故に、キバオウ率いるパーティが取りこぼしてしまったセンチネルを倒す事が《はぐれ組》の役割になっている。
「わっ、おっ」
センチネルが振り回す長柄斧を驚きの声を上げながら
何度も繰り返し、防御と受け流しと反撃を戦闘の基本としてるナッツは相手を観察してしまう。
――
決してセンチネルが強いという訳ではない。それこそ、この部屋にいる三匹のセンチネルをナッツ一人で時間を掛けて相手をすれば受け流しと反撃を完璧にする事も出来るだろう。けれど、今はその時間が無い。
振り降ろされる長柄斧を曲剣で受け流し、地面に刺さりそうになるソレを単発斜め斬りスキル《スラント》で上空へとかち上げる。
「スイッチ!」
後ろへと飛び退けば、入れ替わる様に細剣が伸びてセンチネルの喉元へと突き刺さった。僅かに残った体力バーが赤く点滅し、その点滅を消すように直剣がセンチネルを斬り裂く。
ポリゴン化していくセンチネルを見つめながらナッツは名残惜しそうに溜め息を吐き出した。
「GJ」
キリトが小さくそう呟いた。何の略称かはナッツは理解出来なかったので首を傾げたが、アスナは「そっちも」と返した。結局ナッツは何も言わずに誤魔化すように笑みを浮かべるだけにした。
何度も言うようだが、時間はそれ程ない。
「二本目!」という最前列にいるディアベルの声が響き、同時に護衛兵が更に現れる。
ナッツに小さく息を吐き出して口元に笑みを携える。さっきよりも、次はもっと上手く出来る。回復POTを飲み干し、キリトに言われて強化した店売りの曲剣を握る。
「ナッツ」
「わぁっとるって。体勢を崩す、無理はしない、危なくなったらスイッチする」
一体目の戦いが危なかったのかキリトが注意を促すように声を掛ければナッツは呆れたようにキリトとアスナから言われていた事を繰り返して言う。子供扱いである事に不満はそれ程ない。なんせナッツ自身は自分が子供である事を大いに理解しているのだから。
横振り。袈裟斬り。振り下ろし。足捌き。攻撃反応。防御の仕方。予備動作。唸り声。
頭の中でループする動作とソレを一致させて、ナッツは興味を失せた様にセンチネルの攻撃を受け流す。まだ完璧に覚える事は出来ていないけれど、ココが到達点だろう。後ろに飛び退きながらアスナと入れ替わり、ポリゴンと化していくセンチネルを見送り、ボスである《イルファング・ザ・コボルドロード》へと視線を向ける。
三本目の体力バーもそろそろ尽きる。予定通りならば腰に差した湾刀を抜く頃だろう。
動いていたことでズレていたフードを目深に直して、敵が居なくなった事で手持ち無沙汰になってしまったアスナが近くに歩み寄る。
「どうかしたの?」
「いや、例えば神様やったとして。自分が作った世界、その第一階層を余裕で突破された時の気持ちを考えてたんよ」
「?」
「……ヤナ感じ。事前情報出回ってて、後手で何かを仕込む事はないやろうけど」
ナッツは頭を振って纏まらない考えを放棄する。あくまで予想、予測。尤も、ナッツは茅場晶彦の性格をそれほど知りはしない。それこそ《傍観者》ではない事も予測の域を出ないが……恐らくソレは確定だと判断している。
だからこそ、茅場晶彦はこの状況で何か手を加える事はない。ソレはフェアではない。絶望を求めている訳でもないだろう茅場晶彦は最低限のラインは守るだろう。
けれど、決定打はない。それこそナッツの情報不足が原因だが。
結果の出ない思考を捨てたナッツはキリトへと視線を向ける。そこには
――面倒な事が起きてるんやろなぁ。
小さく溜め息を吐き出したナッツはキリトの表情とキバオ……イガグリ頭の表情を見ながら察する。そしてキリトの視線を追って、訝しむ。
「ディアベル……?」
「え?」
「あ、いや、なんでもないで」
どうしてキバオウとキリトの会話でキリトはディアベルを驚きの表情で見る必要がある? 同じβテスターならば見知っている筈では? いいや、見知ってはいない可能性もあった。けれど、キバオウの憤りの表情を見ればキリトがテスターである事は知られている?
ガシャンガシャンとナッツの中で予想が組み立てられ、扉の前で
よもや、ドチラかが異性のアバターで想い人だった、とか?
ソレはない。という事もわかっていたけれどナッツは冗談としてそう結論を出した。別にキリトとディアベルに何かしらの遺恨があった所でナッツには関係はない。
今は戦闘中である。意識を集中させるべきだろう。
そう結果を出した所でキリトがナッツ達の方へと歩み寄る。
「……何を話してたの?」
「いや…………」
「大方、変なやっかみ受けたんやろ。僕居るのにイガグリヘッドのパーティより処理速度早いからな」
「え、あ、ああ」
にしし、と笑ったナッツが迫っていたセンチネルの斧を受け流す。まだ四体目だと言うのに迷いもない行動であった。
幾らか受け流して、斧を弾いて「スイッチ」と叫んで、後ろへと飛び退く。この戦闘だけでも何度もした行為である。飛び出してきたアスナを尻目にナッツはキリトの視線を追う。
戦場を見渡しているキリトの目が見開かれた。ほぼ同時にコボルドの王が湾刀を抜く。
キリトの口が開き、喉が動き、何かを飲み込んで叫ぶんだ。
「だ、だめだ下がれ! 全力で後ろに跳べ――――ッ!」
最前線に向け放った言葉であったが、ソレは無残にもイルファングが発動させたソードスキルの効果音により最前線には届かなかった。
コボルド王の巨体が宙へと跳び上がり、ギリリと鳴らさんばかりに身が捻られる。着地すると同時に込められた力が深紅の輝きへと変換され、竜巻の如く解き放たれた。
ナッツは思わず眉を寄せた。囲んでいたプレイヤー達の体力バーが黄色に染まった事もそうであるが、頭の上に黄色い光が覚束ないように回転している。"スタン"と呼ばれる状態異常である事をナッツは知っていた。ソロで行動するにあたり必要最低限の事をアルゴに教わったナッツにとってソレは現状最も危険な状態異常である事を判断する事が出来た。
拙い。コレは、アカンやろ。
コボルド王の目の前にいるディアベルを確認してしてまい、ナッツは内心で焦燥する。ココでディアベルが死んでしまえばどうなるか。少なからずいい事など起きないだろう。士気の落下。攻略の遅延。
頭の中で展開していた最悪の未来を消すようにナッツの隣から声が聞こえた。
「追撃が……」
「チィッ」
聞こえたキリトの声にナッツはようやく現実を見据えて、苛立たしく舌打ちをした。現状、スタンを受けて動けないプレイヤー以外でマトモに動いているプレイヤーは自分を含めて居ない。
だからこそ、隣でキリトの言った「追撃」を防ぐ事は不可能に近いだろう。けれど、それでも――。
「死ぬまでは生きなな」
ナッツは意識を切り替えてメニューを開く。取り出したのは店売りの投げナイフ。そのナイフを構えて、身を捻り上げる。ナイフ自体に淡い光が灯り、ソードスキルの発動を予期している。
地を這っていた野太刀がディアベルを宙へと浮かせ、獣人の王が厭らしく嗤う。まるで絶望を叩きつける様に野太刀に更にスキルエフェクトが灯る。
ディアベルはその直剣を構え、迫り来るスキルに対抗するべくスキルを発動させようとした。しかし、空中という場所ではスキルの発動判定は得ることも出来ず、力なく剣は宙を裂いた。同時にディアベルの躰が
「は?」
腹部に突き刺さったソレをディアベルは視界に入れて、迫り来るコボルド王の
何度か地面をバウンドして、ディアベルが転がり止まる。腹部に刺さったソレを改めて確認すれば店で売られている
「リーダーやからって、功を焦りすぎやろ」
「なっ!?」
ディアベルの目の前には少女のような少年がいた。投げた動作でフードが外れてしまったのか、萌黄色の髪を揺らして溜め息が吐き出される。
そのカーソルは
「どーせ回復するのに時間掛かるやろぅし、そこで大人しゅう見とき」
そう言いながらナッツはディアベルの前に持っていた回復POTを全て置いて一歩前へと進んだ。
コボルド王の前に立ったナッツは大きく息を吸い込んで、細く吐き出した。口には笑みが浮かべられている。
求めていたモノ。求めて止まないモノ。ナッツにとってコボルド王はそれに近しいモノだった。
強敵、という意味ではない。絶望、という意味ではない。危機、という意味ではない。
ただ明確なモノ。人として訪れなければいけない現象。そしてナッツにとっては求めて止まないモノ。
「死んだら、死ぬだけやな」
求めているからこそ、ナッツはソレを受け入れられる。
けれど、ナッツはソレを好んで望むことはしない。
だからナッツは剣を握り直して、目の前にいる強敵へと向くことが出来る。
「さあ、殺してみぃ。死人をどう殺すかなんざ知らんけどな」
ボソリと呟いた言葉で口角が持ち上がり、ナッツが踏み込んだ。振り下ろされた野太刀を曲剣で受け止めて勢いを逃がす様に横へと流す。
地面へと突き刺さった野太刀を見る事もせずにナッツはイルファングへと視線を向け続ける。地面に向けて曲剣を突き刺し、柄を手で抑え込んで逆立ちの様に躰を浮かせる。
地を這う様に野太刀が曲剣を叩き折り、柄の上で逆立ちをしていたナッツはクルリと躰を回転させて地面へと手を突く。
「それは
折れた曲剣の代わりとなる店売りの曲剣をメニューから呼び出し、スキルによって硬直しているコボルト王へと攻撃を仕掛ける。
決して多くないダメージであるけれど、それでもナッツはダメージを与える事が出来た。僅かに仰け反ったコボルド王が左腰へと右手を降ろして溜めを作る。
「スイッチッ!」
殆ど条件反射でナッツの躰は動いた。何度も繰り返してきた行動に準じたと言った方がいいかも知れない。
ナッツと切り替わるようにキリトがコボルト王へと斬り込んでスキルを封じる。更にキリトが叫んで、アスナと切り替わる。
「なんや、遅かったなぁ」
「ナッツ! お前、何をしたかわかってんのか!?」
「ディアベルさんに対してなんか、一人でイルファングと戦った事かわからんけど、まー、説教は後にしてんか」
決して視線を合わせない二人は真っ直ぐにイルファングへと向き直っている。
ナッツは瞼を降ろして、息を吐き出す。
他のスキルが来た場合はわからないけれど、予備動作は覚えた。次は弾ける。
瞼を上げて、「よし」と呟く。
「ほな、三人だけやよって、慎重に行こか」
「ナッツがソレを言うのかよ」
「まあなんや、死んでも死ぬだけやって。気楽に行こや」
ニヒリと笑ったナッツはアスナから受け取った回復POTを飲み込んで、変に張っていた気を僅かに抜く。
後ろはまだ動ける感じはしない。このまま
ディアベルを一瞥したナッツはしっかりと視線が合った事を確認して、「スイッチ」と叫んでアスナと入れ替わった。
ディアベルは背筋を凍らせた。あのナッツの視線に恐怖を感じた。先ほど殺される瞬間にも感じたソレを、単なる少年の視線によってリフレインされた。
殺される、という恐怖ではない。底が見えない恐怖みたいな、まるであの時手招きしていたモノがその場にあるような。
未だにHPゲージは赤く染まっているけれど、それでもディアベルは立ち上がった。逃げ出したい気持ちを噛み締めながら、真っ直ぐに顔を向けた。
「あんな子供が戦ってるのに、俺達は何もしなくていいのか?」
そうたった一言呟いた。それだけでよかった。
責任感と使命感は伝播して、自身を無理矢理にでも鼓舞する事が出来る。更に言えば、リーダーはまだ
「まだ誰も死んじゃいない! 戦いは終わってない!」
だから、まだ戦える。
黒人の斧使いが立ち上がり、ナッツに迫っていた野太刀を受け止める。
「んぉ?」
「いい根性してるな、嬢ちゃん!」
「ハッ! 惚れるんやったら後にしてや!」
斧使いの言葉に対してナッツは軽口で返し、後ろへと跳び退く。ディアベルへと視線を向けて、首を振られた。
「キリト、指示は任せるで」
「――了解」
短いやり取り。キリトもディアベルの状況を確認していたのか、すぐに了承を口にした。
そこから数十分。ようやくコボルド王は力を失い倒れた。綱渡りの戦い。繰り返される攻撃と防御。
極度の緊張の中、最前線に常に立っていたナッツがゆっくりと息を吐き出した。力を抜いて、折れた曲剣を捨てる。
いつの間にか耐久力が無くなってしまった外套も消え、細い体躯が露わになっているがナッツはそれを気にするでもなく止めを決めたキリトへと歩み寄る。
「お疲れさん、キリト」
「お疲れ様」
アスナと共にそう言えばようやくキリトは剣を下げて、肩から力を抜き、そして振り返り力なく笑ってみせた。
「――見事な指揮だった。そしてそれ以上に見事な剣技だった。コングラッチュレーション、この勝利はアンタのもんだ」
「なんや、ヤケに発音エエなぁ」
「まあな」
巨漢で浅黒い斧使い――エギルがナッツの言葉に対して笑いながらキリトに向けて拳を差し出す。
その拳を見て少しだけ視線を漂わせてから、遠慮しがちに拳を突き合わせたキリトはやはりドコか照れたようである。
「――んでやっ!」
そんな勝利の余韻に浸っていれば、後方の中からそんな声が上がった。濁声の主はキリトへと憎しみの視線を向けて言葉を荒げる。
「なんでそんなに素直に喜べるんや! ワイらはソイツにLAを奪われたんやぞ!?
もっと言えばなんでソイツは誰も知らんボスの技を知ってたんや!? ソレを言うとったらもっと簡単に攻略出来たんちゃうんか!? 結局、独り占めしようとしとったんやろ!?」
キリトが一歩下がる。歯を食いしばり、視線を下に向ける。
そんなキリトの横で溜め息が聞こえた。カツカツと踵を鳴らしながらキバオウへと歩き、拳を握った手は容易くキバオウの頬へと突き刺さった。
錐揉み回転をして吹き飛んだキバオウは地面に頭を擦り付けられ、少ししてから止まった。
「おい、誰か
底冷えするような低い――と言っても少女のような声がボス部屋に響いた。淡々と指示を出したナッツは舌打ちをして倒れたキバオウを見下す。
頬を抑えてキバオウはナッツを睨む。
「何するんじゃワレェ!?」
「そらぁコッチのセリフやボケ。あの状態でキリト以外に動けた人間が居ったんか? 居らんやろ、止めの一撃は結果論や」
「ソレも最初から狙っとったんやろ!」
「ハァ? 最初から狙っとったんやったら、もっとエエパーティ組んで仕込みからやるやろ。アホちゃう? ああ、ゴメンなぁ、アホやからわからんのかー」
「っざけんなやこのガキ!」
「おお、殴ってもエエけど
ナッツを殴ろうとした拳が寸で停止する。その拳を邪魔扱いするように左手で払いのけ、右拳は更にキバオウの腹へと突き刺さった。
「ふぐっ」
「まあ僕はもうオレンジやからどーでもエエねんけど」
「――ん、やねん。オマエ……」
「なんやわざわざあの時に自己紹介までしたのに忘れたんか、僕はナッツってビギナーや」
「ちゃうわ。あの時なんでディアベルさんを助けれたんや」
ザワリと周囲がどよめく。まるでシステムのバグの様に、裏ワザか、チートか。何にしろ、ナッツを訝しむ視線は集まってしまう。
そんな視線に大した興味もなく、ナッツはただ冷たい視線を辺りへと向けて溜め息を吐き出す。
「単なるシステムの一端や」
そう短く切り出した。
「敵のソードスキル中に対象をズラして、不発させただけや。何もオカシイ事はないやろ」
「は?」
「……あの時のシングルシュートでディアベルさんを押し出した、って言えばエエの? ほら、単発斬撃スキルは回避出来るやろ。ソレと一緒や」
その為に味方を攻撃するなど、誰が思いつく。少なくともあの時はディアベルのHPは危険域に入っていた。ソレを何の躊躇もなく投げナイフを投げたのだ。
「まあシステムの穴やろうけど、ほら、GMである茅場さんに連絡しよぉ思っても連絡取れんしなー」
「お前茅場と繋がってるんか!?」
「なんでそんな話なってるん……アホやからしゃーないか」
「茅場と繋がってなそんなシステム知らんやろ!」
「……アホらし。システムの熟知は普通するやろ。孫氏曰く『彼を知り己を知らば百戦殆うからず』言うし。何回も実験はしてるよ。結果が僕の戦い方や。
それに茅場さんと繋がってるんやったらLAは僕が取っててもオカシクないんちゃう?」
自身の戦い方は相手の攻撃を知り、反撃をする事は既に証明している。だからこそ、その事前準備として何度も繰り返している、そしてその中で今回のシステムを見つけた。それだけの話なのだ。
キバオウはモゴモゴと何かを言おうとして、弱みを見つけた様にナッツを指差す。
「オレンジなんかの言う事なんざ――」
「はあ、キバオウさんも悪い人やで。僕がオレンジにならんかったらディアベルさんは死んでたって言うのに。
ああ、ゴメンなぁ、キバオウさん。ディアベルさんが死んで一番喜ぶんは君やもんなぁ。リーダーの座に近くなるしぃ? ああ、それは悪い事をしたわぁ、ゴメンなぁ、ゴメンなぁ」
顔を隠して泣いているフリをするナッツ。その口元はキヒヒと嗤いが浮かべられている。キバオウは必死に取り繕い、ナッツの言葉を否定する。
ナッツは一通り満足したのか、ケロリと笑顔を見せる。
「大丈夫やって、流石に
キバオウを地獄へと突き落とした。
>>ヒットずらし
VRMMOなら出来そうかなー、とか。空中での動作認識もしてるっぽいし、スキル撃とうとしている相手の脚を狙って体勢崩してスキル不発とかもヤれば出来そう。
>>キバオウパンチ
キバオウ(を)パンチ。ちなみに現段階でコボルド王の攻撃を"受け"てから流す程度にナッツ君の筋力値は高いです。
「回復POT飲ましぃ(震え声)。はよ(懇願」
>>オレンジ
軽犯罪者の君へ送る称号。
相手を殴ったりしちゃいけないんダゾ。
>>関西弁
発音というか、イントネーションがあってやな……。小さい「ぅ」とかが入ってるのは間違ってないような、合ってないような。
>>見稽古(偽
アレよりも劣化してるから七実お姉ちゃんほど優秀ではない。
>>
とりあえずディアベル生存ルート。ぶっちゃけ目標がシノンのお尻なので生きてても死んでてもどうでもいい。
ただ黒猫の彼女はどうにかして生かします。サチちゃんが可哀想……とかいう理由じゃなくて、サチが死んだ後にナッツがキリトに対してぶっ飛んだ事を絶対に言う気がするのでどうにかして生かします。別にサチちゃんが可哀想とか、そういう理由じゃないから。イイネ?