少しだけ加筆しました。
響き渡る鉄の咆哮。
吐き出された超音速の弾丸が螺旋を軌跡に描きながら空中を滑り、目標としていた的に命中する。
抉れるように弾け飛んだ的を見ながらシノンは小さく息を吐き出して、ボルトを操作して薬室から薬莢を弾き出した。
カランと高い音を鳴らした空薬莢を見送る事もなく、スコープを覗きながらボルトを押して新しい弾丸が相棒へと装填される。
鳴り叫ぶ鼓動を無理やり抑え付けて着弾予測円を収縮させる為に一定だった呼吸を変化させる。
大きく息を吸い込んで、肺の中に空気を留めるように呼吸を少し止める。細く、静かに吐き出しながらトリガーに指を掛ける。
ドクンと心臓が脈打つ気がした。同時に視界に映るライトグリーンの円が脈動する。
トクリと心臓が動く気がする。同時にライトグリーンの円が広がり、元の円よりも小さくなる。
もう音は聞こえない。ライトグリーンの点が的の中心を捉えて動かない。
指に掛けていたトリガーを引き絞り、弾丸が咆哮と共に銃口から吐き出される。マズルブレーキから左右に噴出したガスが土煙を上げて弾丸を見送った。
《ウルティマラティオ ヘカートⅡ》。直径13.0mmの弾丸を担い手の命令通りに無慈悲に吐き出す
GGO内でも両手で数える程しか存在していない冠を被った死の女王。
当然、レアリティの高い武器であった。それこそ売ってしまえばシノンが今までGGOへと捧げた
ヘカートⅡは売られる事もなく、現在もシノンに引き金を引かれている。
売らなかった理由は純粋な強さを求めたからでもある。
弱い心を守る為ではなく、乗り越える為に。そしてヘカートⅡとの出会いが運命的だった事。幸いな事に要求されていた
シノンの内情……それこそ
それこそGGOに入り浸れば、月額料金以上を稼ぐことは出来るだろう。けれどもソレをすれば現実世界に響く事は分かりきっていた。
「……どう?」
「土埃がキッツイ」
「隣に居たらそうなるに決まってるでしょ」
「それ、
いつも肩の上に乗っている一房の深い緑色の髪が身を隠すように背中に垂れ下がり、眉間に皺を寄せた彼の口からは溜め息が零れた。
鬱陶しそうに土埃を払い除けながら、望遠鏡の先を見つめてナッツは一つ頷く。
「まあエエんちゃう?」
「……ソロの視点からお願い」
「クソやな。ヘカートⅡ盗られたなかったらもうちょい精進した方がエエで」
バッサリとシノンの力量を叩き切った男はカラカラと笑って望遠鏡をストレージへと戻した。
ナッツの言葉を受け取ったシノンも自覚はあるから反論はしない。
彼のソロとしての実力は折り紙つきである。今日に至るまで伊達や酔狂で『不死者』などと呼ばれてはいない。
チュートリアルである。
ダンジョンに好んで潜り、迫るPKプレイヤー達を返り討ちにしている存在とバディを組んでいるシノンが稼げていない訳がない。ドロップ品を売り捌き続ければ優に月額料金を支払う事が出来るだろう。
けれどもシノンは月額料金に苦心している。何故か。
ナッツがシノンに対してドロップ品を売らないように言っている訳ではない。そもそもそんな物を聞く必要はない。
ナッツとシノンのドロップ品の分配が偏っている訳ではない。キッチリと二等分されている。
ナッツがシノンを倒す事によりドロップ品を押収している訳でもない。そんな事をされてもナッツと共にいるのならば彼女は特殊な性癖をお持ちに違いない。当然、そんな事はない。
ナッツのドロップ率が極端に悪いのだ。運営の手によってナニカサレタヨウにも思える程、ドロップ率が悪い。
例えば、敵Mobを数十体程ナッツが撃破したとする。その後、シノンが同種の敵を数体程倒せばナッツには出なかったレアアイテムがドロップする。
例えば、迫り来るPKプレイヤーを倒すとする。当然、不死者と呼ばれる存在を倒す為に装備を整えるのだから、それなりのレア武器を所持している訳である。それらPKプレイヤーを倒しに倒しても、結果は散々である。
彼に負けたプレイヤー達がドロップしてしまった物を羅列した結果、彼は運営が用意したチュートリアルである可能性が浮上した。当然、そんな事は一切ない。彼は純粋にゲームを楽しむプレイヤーの一人である。
彼のドロップ運の悪さを逆手にとって、同プレイヤーが何度も襲撃する時期もあった。当たり前の如く撃破したナッツの目の前にはレア武器がドロップした訳である。その事が余計にチュートリアル感を出しているのも問題であった。
ともあれ、そんなチュートリアルと一緒に狩りをしているシノンの稼ぎが良い訳がなかった。
効率だけを考えれば非常に良い。極悪に等しいドロップを二等分して月額料金の半額程は賄えているのが証明でもある。
戦闘以外の飲ん兵衛であり、偏屈デバッカーであり、武器の取替など――はなるべく含めたくないが、含めてもナッツは強かった。
純粋な戦闘力も、立ち振舞も、心も。
「どないかしたん?」
「……別に」
羨ましいまでに完成された不死者に何か言うでもなく、何かを言った所で彼がマトモに答えてくれる訳もない。わかりきった事を聞く意味もない。
そう割り切ったシノンは身体を起こしてヘカートⅡを持ち上げた。
いつもよりも素っ気無い友人に首を傾げて疑問に感じたがナッツはそれ以上を聞くことはない。
地面に敷かれたボロ外套を拾い上げて身体を隠すように羽織って、ナッツは空を見上げて、目を細める。
「次の狩り場に移動する?」
「…………」
「ナッツ?」
「ん。いや、雨が降りそうやからちょっと休憩やな」
空に向いていた視線を下げて歩き出したナッツに入れ違うように視線を空へと向けたシノン。
薄い雲の隙間から見えた空。快晴であるし、雨が降るにしても首都まで戻れない程短時間で降るとは思えない。
訝しげに空を睨んでいた瞳をナッツへと向ければナッツの背中が随分と小さくなっている。
「ちょっと!」
「はよ行くでー」
待つ気など無いようで後ろ向きのままヒラヒラと振られた手がシノンを煽り、肩を竦めて大きく溜め息を吐き出したシノンはヘカートⅡをストレージに戻して追いつくように駆ける。
数秒程でその背中に追いつく事が出来た。自身の速度を緩めれば彼の背中は遠ざかる。少しだけ速度を上げて追いついて、また少し離れる。
決してムキになった訳ではないが、どうにか彼の横に辿り着き、彼よりも速いテンポで脚を前に出す。決してムキになった訳ではない。
「…………」
「なんで怒ってるんさ……」
「別に怒ってないんですけど?」
「お、おう……さよか」
「ええ」
あからさまに怒っている声色であった。
果たして自分が何か悪いことをしたのだろうか。考えてもナッツに答えは出せなかった。
威嚇している猫の如くピリピリとした空気を放っているシノンをどう宥めたものかと考えながらナッツは空を見上げた。
雨が降るとは思えない、快晴である。
◆◆
「ほな、ボクは周辺警戒してくるから」
「……雨のデバフ確認じゃないのね」
「そんなん最初の方に終わらせたわ」
ケロケロと笑いながら後ろ手を振り、ゴム靴をコンクリートの地面に擦らせて彼は消えた。
一人になったシノンは彼の背中に呆れと気疲れを混ぜた溜め息を吐き出して窓の近くに腰を下ろした。
ひしゃげた窓を見上げれば、しとしとと雨が空から落ちてくる。
割れたコンクリート片からポタリポタリと落ちる水滴の音と静かな雨音を聞き流し、廃墟となったビルの一つで雨宿りをする。
ナッツの言うことは当たったのだ。
本当に彼はシステムか何かなのでは無いだろうか? と半ば本気で疑問が湧いてきたシノンは柱に背を預けて膝を抱えた。
そのシステム野郎が居たならばきっと疑問を口にしていただろう。尤も、彼は飄々としてこの疑問を逸らかすだろうけど。
もしも、本当にシステムなら……いや、そうであったほうが色々と説明出来るのだが、彼はプレイヤーだろう。もしもシステムなら高度過ぎるAIだ。
無駄な事を考えながらシノンは雨音で鼓膜を優しく揺らす。
瞼を閉じて、ゆっくりと思考の海に沈んでいく。
流れていく記憶と思考。
現実世界での自分。宿題。勉強。方程式。英単語。教科書。学校。
突きつけられるトイガン。嘲笑。銃口。
鈍色に光る鉄の塊。悲鳴。叫び。自分を呼ぶ声。怒声。
赤。耳鳴り。衝撃。
赤が溢れる。頭に
赤が落ちる。手に持った銃から煙が昇る。
赤色が広がっていく。呪いの様に思考を塗りつぶしていく。
伸びてきた男の手を弾き飛ばして、臆病に鳴る歯を食いしばる。
「シノンさん?」
「――ァッ」
見えたのは心配そうに自分を見つめる長身の男。恐らく振り払われた手を宙空に漂わせたナッツ。
詰まった息を吐き出そうとして、吐き出せなくて、苦しくて、吐き出そうとして――。
ナッツは目を見開いてシノンの手を強く握って真っ直ぐに彼女を見つめた。
「ゆっくりでエエから。落ち着いて、大丈夫――シノンさん、大丈夫だから」
「――ッ、ハァ、ハァ、ハァ……ゲホ、ゲホ」
「落ち着いて。ゆっくりと呼吸して」
関西特有のイントネーションもない、標準語のナッツに何かを言う余裕もなく。背中を擦られている事で目の前に出ているハラスメント警告のポップアップを叩く余裕すらない。
彼に縋り付いて、荒い呼吸を繰り返して頭の中に流れた映像を消していく。
大丈夫。大丈夫だ。ココは現実ではない。隣にいる長身男こそその証明である。
この世界にいる自分は
「……ありがと。もう大丈夫だから」
「――ん、さよか」
数分程寄りかかった彼の胸に手を置いて自分から距離を離す。呼吸は幾分も落ち着いているし、思考にも余裕が僅かに出来ている。
アッサリとシノンを離して両手を挙げたナッツはシノンから距離を置こうとして、その場に座り込んだ。
非常に珍しく隣に座っている彼に疑問を感じながらもシノンは深く呼吸をして心を落ち着ける。
「……その関西弁。キャラ作りなの?」
「ブッ……いきなりぶっ込んでくるなぁ」
吹き出して少し咳き込んだナッツは眉尻を下げて言葉を吐き出した。
「いいじゃない、別に」と小さく呟いたシノンに苦笑してから困ったように口を開く。
「キャラ作りって言うても間違いやないんやけど……まあナッツやからなぁ」
どこか自嘲も混じった言い方であった。少なくともシノンはそう感じた。
少しだけ目を伏せてから、ナッツは壊れた窓から空を見上げる。 雨粒も見えない程細かい雨が静かに音を鳴らす。
何も言わないナッツを横目で見ながら、何度か口の中で言葉を反芻して、吐き出す。
「……聞かないのね」
「言いたいんやったら聞くけど、言いたい事でもないやろ」
シノンの呟きに対してナッツは視線を向ける事もなく答えてみせた。そんなナッツに僅かに苛立ちを感じながら、吐き捨てる。
「……知ったように言うのね」
ナッツはただ窓へ向けていた瞳を瞼で隠して、小さく息を吐き出した。
「知らんよ。何が起こって、それがシノンにとってどれだけの枷になってるかなんて、知ったことやない」
「冷たいのね」
「せやな」
言葉では突き放しているようであるがナッツは決してシノンの隣から動こうとはしない。
ただ震えていたシノンの手を握りしめて、沈黙を過ごす。
シノンの頭がナッツの肩に乗る。預けられた身体を押しのける事もせずにナッツはただ彼女を受け入れた。
雨と水の音だけが二人の鼓膜を揺らし、時間が流れていく。
「……どうして優しくするの?」
「……なんでやろ?」
ボンヤリと呟いたシノンに対してナッツは少しだけ考えて疑問を口にした。
何故シノンを受け入れたのか。言われてようやくナッツは自覚して、疑問を浮かべる。
攻略の為? いいや、GGO内でのダンジョンでソロで困るような事は現在無い。
PKの対応として? いいや、GGO内のプレイヤーに殺されるような事はない。
では、どうして? ナッツに答えを見つける事は出来ない。夏樹ならばどうだろうか? いいや、答えは見つからない。
肩から彼の顔を観察していたシノンはどこか可笑しくなって息を吹き出し笑みを浮かべた。
「なんで笑われてるんや……」
「別に、いいのよ。気にしなくて」
自分よりも年上であろう彼がどうしてか幼く見えてしまった。そんなチグハグな彼が少し可笑しかった。それだけだ。
不満そうに唇を尖らせた彼も諦めたように口元に笑みを浮かべた。
「ま、雨が上がるまではこのままでエエよ」
「ふーん。雨が上がったら?」
「そらヘカートの訓練を再開するんやろ」
「……」
「なんで腕抓るんや。HP減るんやで?」
チグハグでも幼くてもいいけれど、もう少し情緒という物を学んでほしい。無言で彼の腕を抓りながらシノンは顔を見せる事なくそう思ってしまった。
雨はもう暫く降り続ける。
>>チュートリアル・ナッツ
死にゲーのチュートリアルでしょ(スットボケ
>>ナッツのドロップ運
髪染剤をドロップしなかった時点でお察し
>>伏射シノンを描写したのに尻要素がないけど?
描いて(殺意)
>>シノンさんの発作
静かで、思考に浸ると急にパニックになることありますあります。
>>実際なんでシノンさん受け入れてんの?
そりゃぁ、おねショタする為に決まってる。ご都合主義だよ