果てがある道の途中   作:猫毛布

23 / 49
第23話

 揺れる視界と地に着かない足。鈍化した感覚達の中で左手だけが冷たいグラスを掴んでいる事を明確に伝えてくる。

 吐き気はない。高揚感も、呂律が回らなくなる事もない。舌に乗る苦い液体を呑み込んで、小さく息を吐き出す。

 味覚エンジンは優秀だった。酒の味など現実では味わえないけれど、少なからず過去に経験した()()()のどれよりもハッキリとした味であるには違いない。

 こうして考えるとアインクラッドで酒に溺れていた大人達は自分と一緒でデバフの調査をしていたのだろうか。味を愉しんでいた訳ではない事は確かだろう。それは他の料理モドキが証明している。

 

 不必要な思考を回転させながらナッツは腕を真っ直ぐ伸ばす。

 筋肉の付いた長い腕。その腕の先に付いている手を動かして鈍化した感覚を確かめる。指先ひとつ一つを丁寧に折り曲げて自分の中の歯車を修正していく。

 長くなった体躯。幸いな事にスキルのアシストによって身体は問題なく動いてくれる。動いてくれるが、それだけだ。

 一ヶ月程この世界に潜り続ければ、とも思けれどどうにも慣れなかった。現実での夏樹との差は問題はない。けれど、違う。

 根本的な部分で、ズレている。

 

 ナッツに不必要な部分が増えたのか? いいやナッツは何も問題ない。

 ナッツに必要な部分が削がれたか? いいや、ナッツは何も問題ない。

 自分に誤差が生じたか? ―――――――。

 

 グラスの中に残った液体を飲み干してバフとデバフを確認する。重ねに重ねたデバフのお陰で船にでも乗っている様に視界が揺らぐ。

 グラスを机に置いて、立ち上がれば立っているのもやっとの状態だ。重ねたデバフで新しいデバフでも追加しているのだろうか。

 不必要な事を考えながらも染み込んだ行動を繰り返す。索敵スキルを起動し、周囲を確認する。街であってもソレは変わらない。

 索敵スキルに引っ掛かった存在達。その一つに首を傾げて、一つ唸る。

 穴も空いていない平面の床を()()()()、覚束ない足を後ろに置こうとすれば背中を支えられる。

 

「飲み過ぎじゃない?」

「ん? んぉ。ああ、シノンさんかい」

 

 呆れた口調で行動を窘める知人にナッツは酔っ払いのようにケラケラと笑いながら応えてみせる。実際は酔っていない――そもそもバーチャルにアルコールによる酔いは無いにも関わらずにである。

 支えられたままケラケラと笑うナッツに溜め息を吐き出して鬱陶しい身体を引き離そうとすれば腕を肩に回されて絡まれる。

 

「ちょっと!」

「まあまあ」

 

 珍しく絡んでくるナッツに驚きながら怒りを露わにしたシノンであるが、ナッツは理由も言わずに顔をニヤけさせている。

 目の前に出てきたハラスメント警告をタップしようにも器用に腕は抑えつけられている。

 鬱陶しさを全面に出しながらナッツを睨めばケラケラ笑っているのは口元だけでその瞳はシノンに向いてすらいない。

 

「おい!」

 

 そんな二人の前に現れたのは優男であった。そこそこ長身の男であるが肩から下げている《Mini UZI》が余計に彼の優男度を上げているのだろうか。

 シノンはこの男を知っている。なんせ自分をGGOへと誘った男なのだから。

 

「シュピーゲル!?」

「シノンを離せ」

「……なんや知り合いやったんか」

 

 パッとシノンを離してナッツは溜め息を吐き出すようにそう呟いて、すぐさま笑みを浮かべてみせた。

 

「いやぁ、スマンスマン。ちょっと足が覚束んくてなぁ」

「……はぁ」

「シノン大丈夫?」

「彼の言う通りよ。酔っ払いに絡まれてただけ」

「酔ってないねんけどなぁ」

「酔っ払いはそう言うのよ」

 

 酔っ払いの常套句を口にしたナッツにシノンの鋭い指摘が刺さる。シノンと仲よさげなセクハラ男に警戒を隠そうともしないシュピーゲルをナッツは観察する。

 武器の種類。装備。警戒の仕方。視線の位置。表情。

 彼の観察が終わった所で本格的にシノンから距離を置く。パーソナル・スペースに入り続けて不興を買う意味もない。

 

 ナッツが離れた事でシュピーゲルが寄り二人の間へと入り込み、ナッツを睨めつける。強い敵意を感じる視線であったが、ナッツは彼を笑んだ。

 

「まるで騎士様やねぇ。おっと、この世界やとエージェント言うべきかな?」

 

 エージェントが守っているのは腕利きの傭兵なのだが、言わぬが花だろう。

 そんな皮肉に気付いたのかシノンがナッツを睨み、ナッツは両手を挙げて降参の意を示した。

 

 シュピーゲルに向けた皮肉は置いておき。ナッツは()()()()()()()足取りで二歩ほど後ろに下がった。

 

「それで、コチラさんは?」

「彼は――」

「僕はシュピーゲル。彼女の、……友人だ」

「……なるほどなるほど」

「変に勘繰らないで。単なるリアルでの友人よ」

 

 シュピーゲルの言葉にニマニマとした笑みを浮かべたナッツであったが、シノンの言葉によりその表情をつまらなさそうに歪める。

 シノンの口撃が飛び火したシュピーゲルは表情をピクリと動かしたが、どうにか未だにナッツに敵意を向け続けている。

 

「初めまして、僕はナッツ言います。シノンとは……いや、君に言うんはちょい残酷やね」

「なっ!?」

「はぁ……クエストのパーティを組んだりする程度の仲よ」

 

 目を白黒させてシノンとナッツに視線を行き来させていたシュピーゲルとそんなシュピーゲルをニマニマと笑っているナッツ。溜め息をわかりやすいように吐き出したシノンはハッキリとナッツとの仲を口にする。

 

「そ、そうなんだ……ん? ナッツ?」

「想像してるボスよ」

「誰がボスやねん」

「鏡でも見たら?」

「イケメンが見たい訳や無いねんけど」

「病院にでも行ってきたら?」

「目はいい方や」

「精神科の方よ」

 

 シノンからの一言に唸るナッツ。返す言葉もないとはこの事なのだろう。現実世界でも受診しているかと言われれば否なのであるが。

 言葉の殴り合いはともかくとして。殴り合いに参加すら出来なかったシュピーゲルは目を輝かせてやや興奮気味にナッツを見ている。

 

「ほ、本当? この人が襲撃を全て撃退して、不死者の二つ名まで持ってるナッツ? 最近模倣されて噂が交差してるけど……」

「なんやそら」

「髪色を替えたとか、別の人がアナタに成りきってるとか」

「ふーん」

 

 自身の模倣人が出回っている事に関してそれ程の興味を見せずに左肩にひょろりと乗っている深緑色の髪束を指で弄る。

 襲撃が減ったのはそういう事なのだろう。噂が出回る事はいい事だが、アイテムボックスが自分から来ないという点では損だろう。

 

「ま、エエわ。それで、僕がそのナッツやけど、どないかしたん?」

「ホントにプレイヤーだったんだ……」

「なんや、この都市伝説そのものに会ったみたいな感想は」

「文字通りでしょ」

「僕は都市伝説やった……?」

「不死者って言われてる時点で察しなさいよ」

 

 わざとらしく驚いてみせたナッツに溜め息でも吐き出さんばかりに呆れるシノン。そのシノンは都市伝説を言葉のサンドバックにしている訳であるが……。

 

「シノンは普通やん」

「幽霊の正体見たり枯れ尾花」

「それにしても僕の扱いがぞんざいやと思うねんけど」

「酔っ払いにマトモに接した所で意味ないでしょ」

 

 街で見かければ酒場で酒を飲んでいるか、店売りの銃を買い替えているかのどちらかである。悪癖二つが重症過ぎた結果の扱いである。絡まれ方もあるが、配分としてはそれ程大きくない。

 

「その……パラメーターってやっぱりAGI(敏捷力)優先なんですか?」

「シュピーゲル!」

「ええよええよ」

 

 シュピーゲルが不死者に恐る恐る聞いた内容にシノンは声を少し荒らげ、ナッツはケラケラと笑ってシノンを抑える。

 パラメーターやスキル構成に関して聞くのはマナー違反だ。ステータスの情報さえあれば大凡の戦術を立てられる。対人戦(PvP)を主にしているこの世界であれば尚更である。

 

「僕が長く生きてる理由は銃弾に当たらない事を主にしてるからや。昔の人も言うとったやろ? 当たらなければどうということはない、って」

「なるほど……やっぱりAGIに振ってるのか」

 

 自身の強さを披露したナッツに考えるように唸るシュピーゲル。そして眉間に皺を寄せるシノン。

 ナッツの言葉に嘘はない。彼の戦闘は確かに言葉通りだ。銃弾に当たらない。だから死なない。

 けれど、AGIを重点にパラメーターを振っている訳ではない。それは彼がアイテムの所持数が証明している。

 

「シノンみたいにSTR(筋力)優先でもエエんちゃう?」

 

 シノンの眉間を見て取り繕うように口にしたナッツであるが、皺の原因はそこではない。

 彼の言葉を訂正すべきなのか。このままシュピーゲルが騙されたままでいいのか。マナー違反をしたのはシュピーゲルであるけれど……。

 

「まあ、プレイヤーの強さやないし。装備決めたら好きなように上げるんが一番やろ」

 

 店売りを順繰りに装備して使い潰しているナッツが言うと随分と違和感のある言葉である。

 それでもその言葉を彼は体現していた。好きなようにこの世界を生きていた。

 何かに束縛されることもなく。

 何にも従事することもなく。

 ただただ純粋に、この世界を満喫し、生きていた。

 

「ん、話し過ぎたかな。ほな、僕は狩りに行くから」

 

 踵を返してヒラヒラと手を振った長身の男を呼び止める事はしなかった。シノンもシュピーゲルもアルコールによるバフとデバフは知識として知っている。

 短いバフの時間を割いてもらった事に申し訳なく思うシュピーゲルに長いデバフの時間を割いてしまったと呆れるシノン。考える内容は二人とも真逆であるが、時間を割いてもらった事に関しては申し訳なく思ってもいる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 シュピーゲル。シュピーゲル……。

 

「武器とか、話の結果的にはAGI特化なんかなぁ」

 

 ふむ、と小さく息を吐き出して呟く。全てが敵、という大きな事は言わないけれど出会った人物が敵に回っても問題無いように思考するのはあの世界での癖みたいな物であった。

 戦い方を見ていない分、戦闘方法などわからないけれど武器の種類と会話の結末から動きを予測する。得意そうな行動から今まで相手にしたプレイヤーを当て嵌める。

 SMGで一定の距離から撃ち続けられれば面倒であるけれど、決定力は無い。或いは武器は見せ掛けで《P90》や《ファマス》を持っていたならば……。

 

「ま、考えてもしゃーないか」

 

 座ったまま覗いていたスコープの向こうに現れた(POPした)人型機械のMob数体を見ながら吐き出す。

 目の前の掩蔽物にバイポッドを立て固定された狙撃銃――《ドラグノフ》の銃床に頬を押し当てて細く息を吐き出し続ける。視界に入り込むライトグリーンの円を収縮させ、Mobの胴体部分へと集中させる。

 

 トリガーを引けば後は銃弾が勝手に仕事をしてくれる。咆哮と共に吐き出された弾丸が空気を削りながら直進し、Mobの胸元に命中した。

 Mob達は姿通りに機械的な動きで撃たれた味方を見ることもなく狙撃地点へと銃を向け、数体程は先行して移動する。

 

 自動的に排莢された薬莢を耳で捕らえながらスコープを覗き続けるナッツ。移動し始めた敵を捉えてトリガーを引く。

 撃てば即座に標的を変更し、遮蔽物が近い敵を正確に撃ち抜いていく。十体を撃ち抜けば、スコープから目を離す事なくマガジンを外して、新しいマガジンを装填しコッキングハンドルを引いて敵を捉え直す。

 

 マガジン三つ分の銃弾を撃ち尽くして、ナッツは一息吐き出した。

 スコープから覗く敵達は沈黙していないが大きくダメージは入っているだろう。光学銃であれば倒せた筈だ。

 既存のプレイヤーに無駄弾と言われそうな弾薬を消費したナッツは満足気に笑みを浮かべてスコープから目を離す。

 

「ドラグノフ用の徹甲弾って店売りされてたっけなぁ。いや、徹甲弾入れるんやったら別の銃になるんやったっけ……。ま、胴体に三発撃ち込んだら倒せるな」

 

 考えを口に出しながら外套の上からドラグノフを背負い倒れているMob達の元へとのんびりと向かう。

 

「AGI特化型の攻略なぁ……うーん。このMobみたいに遠距離からが倒すか、トラップ仕掛けとくか……。真正面からやといっそ接近する方が楽やな」

 

 レベル差はあるであろうし、スキル構成的にも自分が近接戦闘寄りである事は明白である。

 明確に決定した対処法を口に出したナッツはその口をへの字に曲げて苦笑する。

 

「しっかし、お粗末なストーカーやったなぁ。僕目当てやなくてシノンさん目当てやったし……シノンさんも苦労すんなぁ」

 

 当事者達には言わないし、もしかしたら勘違いかも知れない。元ストーカー被害者としては確信を持って言える事であったけれど。

 溜め息を吐き出して苦笑してから、ナッツは首を傾げる。

 癖である事は確かである。それは間違いない。あのキリトでさえ倒す為に思考を巡らせた事もある。それは事実だ。

 

「……ま、エエか」

 

 覚えた引っかかりを無理やり飲み込んだナッツは息を吐き出して、(マト)をリポップさせるべく行動する。




>>仮想現実世界の酔い
 バフとデバフにての管理。味覚に関してはSAO内で設定されていたので流用。
 仮想現実で酔っ払いが生じると脳がぶっ飛ぶお薬(意味深)が出回りそうなので、システム的には一切の酔いはない。
 揺らいでいる視界は麻痺的の肉体運動に問題の出るデバフか何かだと思って下さい。

>>脳がぶっ飛ぶオクスリ
 頭の中を直接ヴァイヴする色彩。振幅。結果的に神を感じれる。

>>ナッツの誤差
 『ナッツ』としての役割不全。

>>シュピーゲル
 ご存知の新川君。マトモに見えるだけで既にお察し。

>>ニセナッツ
 ピーナッツと名付けよう(以後出演無)。
 実際は情報が錯誤してるだけ。名前だけ独り歩きしてる感じ。

>>パラメーター
 SAO程プライバシー的ではない筈。ただ出会って数秒の相手に聞くようなことでもない筈。

>>ナッツsパラメーター
 ドコかの感想で言った様な気がして限定すると「以前の発言とちゃうやん!」とか言われそうなので、テキトウに。DEXとSTR上げじゃないっすかね……少なくともAGIに振ってる事は無さそう(不安)。

>>元ストーカー加害者
雑草「ストーカーと言うなの護衛です。決してペロペロしたいとか考えてないですよ(キリッ」


いつもの

>>FN P90
 SMG(PDW)。可愛い(確信)。ドコかの病的なガンマニアで銃ばかり出てくる小説を書いている小説家様も言ってる。ポロポロと下から排莢する姿も可愛い。
 有名所さん!?なので説明する事はそれほどない

>>ファマス
 AR。マガジンが後ろにある不思議な形のAR。FPSとかでもよく見るヨ。

>>ドラグノフ
 SR。セミオートスナイパー。名称的には《SVD》でも可。文中で言ってる徹甲弾もあるにはあるけど、《SVDK》と別銃として採用されてるらしいっすよ。
 有名所さん!? マズイですよ!



>>設定的なアレソレ
 SAO本編(映像も含め)で出てくる銃器を調べていたのですが、店売り各種の中にトカレフが無かったです。死にたい。
 いや、まあ、ほら、映像として出て来てないだけだから(震え声)。ドロップ品だから(白目)。

 GGOの決着を経由した後に朝田さんを助けに行くのだけれど、このまま進むと朝田さんが死んじゃう事が発覚しました。設定ェ……。
 猫耳と尻尾を備えたシノンさんにナッツ(ショタサイズ)が抱かれるまでは殺す訳にはいかない(当然)のでどうにかします。無表情系ショタがニマニマ顔のクールビューティに抱きしめられて撫でられてる姿が書きたいのでガンバリマス。
 尻要素……尻要素はドコ?

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。