果てがある道の途中   作:猫毛布

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次でSAOは脱出したいです(願望


第18話

 ナッツは静かに瞼を上げた。

 木々の間から日の光が射し込み、視界の隅に映る時計が早朝の時間を知らせる。

 手に持ったナイフを弄びながら、ゆっくりと息を吸い込んで細く吐き出した。

 

 あの日から、耳心地のいい女の声が聞こえなくなった。

 

 その原因がナッツから言わせれば惰眠にも等しい睡眠時間を得た結果か、それともその惰眠に付き合ってくれた彼女が原因か、はたまたあの日居なくなってしまった同類紛いの少女の所為か、或いは珍しく彼が矢面に立ったからなのか。

 もしかすればまったく別の要因なのかもしれない。

 

 思考した所で原因の究明になっている訳でもなく、結果として自身を進める為の原動力が失くなってしまったと言い換えても差し支えはない。

 原動力が無くなったからと言ってナッツが行動を止める理由にはならない。神様が居なくなったからと言って人間が生きるのを止める訳でもない。

 

「ま、エエやろ」

 

 すっぱりと愚考していた内容を切り捨てたナッツはツマラなさそうにナイフを正面の木へと投げつけた。自身を()()立たせるに幹へと直立したナイフを睨めつけたナッツは満足そうに鼻息を吹き出してウィンドウを右手で操作する。 

 妖精達から送られてきた情報を精査しながら口をへの字に折り曲げた。文面を確かめるように二度三度読み直して、事実を確認する。

 情報を噛みしめるように瞼を閉じて深く呼吸をし、溜め息のように吐き出した空気を睨めつける為に瞼を上げて立ち上がる。

 

 茶褐色の外套から草を払い、後腰に差した曲剣の位置を直す。萌黄色の髪を揺らしながら歩き始める。その手には青色の結晶が握られていた。

 

 

 

 

 

 

 

 第七十五層。攻略組にとってソレは特別な数字だった。

 二十五層の双頭巨人型のボスモンスターは軍の精鋭を壊滅させた。五十層の金属製の仏像めいた多椀型ボスでは全滅の可能性もあった。

 クォーターポイントで起こった激闘を考えれば、攻略組は普段のボス攻略以上の警戒と緊張をせざるを得ない。

 

 ナッツにとっても――いや、攻略組で轡を並べるメンバー達よりもナッツは一層の意思を七十五層に注いでいた。

 ソレは自身が勇者として台頭する為のモノであり、ヒースクリフが――茅場晶彦がどのような行動を取ろうが攻略の速度を緩めない為の行動でもあった。

 

「こ、困ります、ナッツさん」

「邪魔やボケ」

 

 白地に赤の十字架が刻まれた制服を纏った団員がギルドを我が物顔で闊歩するナッツを止めようとする。その制止の声に舌打ちでもせんばかりに苛立たしげに応えたナッツは隣に居た金髪の女騎士に目配せをする。

 ウィードはその目配せに応えるようにニコリと笑んで血盟騎士団員を止めた。

 変らずナッツはその脚を止める事もなく、見知った扉を蹴り開ける。

 

「邪魔するでぇ」

「ナッツ!?」

「やあナッツ君。来ると思ったよ」

「そう思っとたんやったら団員に情報共有ぐらいしといて欲しかったわ、ヒースクリフさん?」

 

 蹴り開けられた扉に驚いた黒の剣士と閃光の騎士とは違い部屋の主は悠々と佇まいすら直す事もなく言葉を吐き出した。

 ナッツは自身とヒースクリフの間に立っているアスナとキリトを一瞥した後にヒースクリフを睨む。

 

「で、どういう事か説明してくれるんか?」

「君の事だ。既に情報は掴んでいるんだろう?」

「七十五層に出向いてた先遣隊の一部が死んだ事は知っとる。結晶無力化空間、退路封鎖が今回のボス戦って情報も掴んどる」

「ならば説明する事はないと思うが? 今回は統制の取れる範囲での大部隊をもって当たるしか無いことは聡明な君なら分かるだろう」

「コッチの思惑を知っててそれを言ぅんか」

「……ふむ。君はもしや、今回の戦いで自分の我儘を通そうと言うのかね?」

 

 我儘。そう我儘である。

 ナッツが否定したい事実はこの場にキリトとアスナが居る事だ。戦線を退いた二人が再び戻ってきたことが問題なのだ。

 二人が居れば戦力は増える。攻略は安定する。けれど、それでは自身のしてきた事が全て水泡に帰す。誰もの希望になる為に、攻略を滞らせる事を無くす為に――。

 そんな矛盾を孕んだ理由が建前であることはナッツ自身が理解している。そしてヒースクリフが建前の否定ではなく本音の部分を我儘だと指摘している事もわかっている。

 

「――()()()()()()()()、ナッツ君」

 

 まるで思考を読み取ったようにヒースクリフはナッツを咎めた。

 建前を否定するように放たれた言葉はナッツにとっては違う意味を持つ。そして瞬間に意図を理解した。理解してしまった。

 

「――わかった。僕が折れたる」

「助かるよ。私としても現状で君と事を構えるのは避けたいからね」

「戦争ふっかけるにしてもボス攻略が終わった後や」

 

 今にも決闘(デュエル)を行いそうな雰囲気を纏う二人の間に挟まれたキリトとアスナは直ぐにでも止めれる様にやや身構えている。

 そんな二人を安心させるようにナッツは両手を上げて溜め息を吐き出してみせた。

 

「別に今すぐケンカする訳やないよって、そんなに睨みなやアスナさん」

「ボス攻略が終わればするんでしょ?」

「両方共生きとったらな……って冗談やって」

 

 縁起の悪い事を言ったナッツはアスナの睨みに怯んだように戯けてみせた。

 

「それではナッツ君。今から三時間後――作戦が開始されるまでに状況と統制、道具各種について少しばかり詰めようか」

「それで溝でも埋める気かいな」

「さて、それも君次第だろう」

 

 苦笑し立ち上がったヒースクリフに至極嫌そうな顔をしながら言葉を口にしたナッツ。彼とてヒースクリフとの作戦会議は必至と思っているからこそ、拒絶を表に出しつつも指示には従おうと足は動いている。

 お互いに攻略という目的があるからこそ、二人は味方であり続ける事が出来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一時間程して、会議が終わったのか、それとも方方に指示を出すために血盟騎士団が保有するギルドホームの一室から出てきたナッツは驚いた表情をする。

 

「なんや、キリト。待っとったんか」

「ああ」

 

 壁から背を離した黒の剣士はフードもしなくなった弟分に申し訳なさそうな顔をする。

 

 英雄になろうとした少年。希望という責任を背負う為に立った子供。

 対して自分はその責任から逃げた男であり、そして少年が努力したであろう事柄全てを無駄にしようとしている。

 

 仕方ない、攻略の為だ。

 そう割り切ってしまうのはきっと容易い事なのだろう。そんな事が出来るような性格であれば。

 

「その……」

「――はぁ。まったく、僕の頑張りが水の泡やで。せっかく色々根回しして、無償の人助けまでしたのになんで戻って来るんかなぁ」

「…………悪い」

「そんな言うほど怒っとらんよ。戦力が増えるんは確かやし」

 

 厭味ったらしく言葉に出したナッツは疲れたような顔を一変させて穏やかに笑う。

 ナッツにしてみれば、既に終わったことなのだ。

 自分が英雄に――希望になるという表向きの理由も。

 二人に死んでほしくないという我儘らしい事情も。

 既に水泡に変化して、破裂した。

 

 キリトが戻ってきたから、とキリト本人は感じている。それは間違いではない。確かにキリトが戻ってきたのが原因である。

 

「ま、攻略が楽なるし。僕としては万々歳や」

 

 あっけらかんとした口調でケラケラと笑うナッツにキリトは安堵したように苦笑する。後ろを顧みない弟分だからこそ、なのだろう。少しばかりその性格を羨ましく思ってしまう。

 

「というより、アスナさんと一緒に居らんでエエの? あれでいて嫉妬深いから後ろから刺されるんちゃう?」

「怖いからやめてくれ」

 

 想像したのか顔を青くしてナッツの言葉を止めるキリト。閃光と呼ばれる彼女が笑顔のまま自分の背後に立っているだけなのに、どういう訳か背筋が凍りついた。

 

「ま、コッチは大丈夫やし、準備もあるからアスナさんの近くに居ったりぃさ」

「……ホントに大丈夫なんだな?」

「むしろ頼りない兄貴分が居らんほうが動きやすいまであるで」

「頼りなくて悪かったな!」

 

 ケラケラと笑いながらキリトの背中を押したナッツは手を振る。その様子に安心したようにキリトは足早に閃光様の元へと馳せ参じる。彼女に黒い笑顔をさせてはいけない。

 

 キリトの背中を見送りながらナッツは溜め息を吐き出してウィンドウを開く。淡々と業務的に内容を妖精達へと送りつけていく。

 作戦の中止。攻略の準備内容。尤も、ギルドとしての参加はしていないのでアイテムをかき集めて配るだけなのだけれど。

 

 メッセージを送りながらのんびりとした足取りで街へと出たナッツは空を見上げて息を吐き出す。

 力不足。英雄に成りえない。

 ヒースクリフ――茅場晶彦から告げられた言葉。そして呼び出されたキリトとアスナ。

 攻略の為に必至である。それはナッツとて理解している。二人の戦力は大きい。

 

 自分への嫌がらせとして茅場晶彦が二人を呼んだとは考えにくい。そんな自意識過剰な精神をナッツはそもそも持ち合わせていない。

 二人を呼んだ意味。戦力としての意味、英雄、力不足、攻略。

 バラバラの欠片を頭の中で繋ぎ合わせながら、ナッツは路地裏へと身体を滑り込ませてようやく深く溜め息を吐き出した。

 

 そのまま力任せに壁を殴りつけて自身の感情を発散する。

 

 壁を殴ったというのに痛くもならない手と【Immortal Object】の文字。張り付けていた笑顔が剥がれ落ちていく感覚にナッツは顔を手で軽く覆う。

 ナッツらしくない激情。攻略を目的としたナッツで言えばこの感情は排他すべきモノだという事は理解出来ている。それでも溢れてくる感情を制御する事が出来ない。

 

「ナッツ、大丈夫カ?」

「ッ――、なんやアルゴさんかいな」

「オォ、わかったなら早くこの剣を下げてくれないカ?」

 

 突然声を掛けられた事で反射的に曲剣を引き抜いて声の主の首元へと突き付けてしまった。

 苦笑したアルゴに指摘されるまで半ば無意識であったナッツはようやく気がついたように剣を収めた。

 

「それデ、どうかしたカ?」

「別に。僕はいつも通りやで」

「お姉さんに吐き出してみナ、全部聞いてやロウ」

 

 フードを目深に被った三本ヒゲのお姉さんをジト目で見たナッツは分かりやすいように溜め息を吐き出す。

 

「……キリトか?」

「残念」

「アスナさんかいな……敵わんなぁ」

 

 自分では上手く隠しきったと思っていたのに見破られてしまった事にナッツは肩を下げる。

 そんな様子にアルゴは笑みを浮かべてナッツの隣で壁に背を預ける。

 

「それで?」

「……動いてた事が丸っきり無駄になった事は別にどうでもエエんよ」

「そうなのカ? 結構なコルを注ぎ込んでいただロ」

「貯金の半分ぐらいやし、ギルドに入れてる分考えると大した事あらへんよ」

「次から妖精(ブラウニー)に情報を売る時は割高にしよウ」

「それは困るなぁ」

 

 お互いに『お得意様』である二人で静かに笑う。

 

「それじゃア、何を怒ってるんダ?」

「……さぁ、なんでやろうなぁ」

「キー坊達が戻ってきたからカ?」

「それは違う」

 

 確かに、キリト達が戻ってきたのも要因の一つなのだろう。

 戦わせない為に、戦ってほしくないから、自ら退いた彼らを引きずり出さない為に立ち回った。ソレが無駄になってしまった。

 ヒースクリフから言い渡された力不足という言葉。キリトを呼んだ理由。これから先の予想。

 茅場晶彦はキリトを英雄として選んだ。極々自然な選出の仕方で。茅場晶彦がラストボスである事を考えれば、ヒースクリフの脱退、希望の消失。

 連鎖的に起こるであろう絶望とラストボスに英雄――勇者として選ばれた存在。勇者に成りたかった訳ではない、キリトを勇者にしたくなかっただけなのだ。それすらも無駄になった。

 

「……ちょっと気分が悪くなっただけやよ」

 

 もしもその要素の一つでもアルゴに漏らせばどうなるのか。恐らく彼女の事だ、スグに結論に辿り着くことが出来るだろう。

 秘密裏にヒースクリフの打倒を考えるかも知れんない。ソレは――無駄だ。

 この世界で神にも等しい茅場晶彦を騙し続ける事も、多人数で彼の前へと立とうが、無駄なのだ。ラストボスは然るべき手順で殺さなくてはいけない。

 結果としてヒースクリフという戦力が抜けるだけに終わってしまう。ヒースクリフである間は戦力として使う方が便利だ。

 

「……そうカ」

「こう日差しがキツイと……って何トレード開いてるんさ」

「――()()()()幾らダ?」

 

 ナッツは息を飲み込んだ。

 隣を見れば真っ直ぐにコチラの瞳を射抜かんばかりの瞳。情報屋としての彼女の顔は見慣れているけれど、それ以上に真剣で、本気だ。

 

「十万コル」

「エライ大金やなぁ」

「千万コル」

「…………」

「一億コル」

「この情報は()()()()()

 

 増えていく金額にゾッとしながらナッツはそう言葉を溢した。その言葉に目を細めたアルゴは唇を尖らせてみせて戯ける。

 

「なんダ、残念だナ」

「そもそも何とも解らん情報に大金掛け過ぎやろ」

「そうカ? ナッツが言えないとなるとそれこそ――SAOの根源に迫りそうだからナ」

「……」

「ビンゴ」

 

 ニッと歯を見せて笑ったアルゴにナッツは両手を上げて降参の意を示す。

 内容は言えない、と漏らしてしまった自分が悪かったのだろう。普段ならば適当に逸らかしていた筈だ。

 

「何にしろ、言われへんで。金にもならんし」

「ほうほう。つまりナッツは茅場晶彦が何処にいるか知っているト?」

「…………知っとったんかい」

「いんヤ。正確な場所まではさっぱりダ」

「最上階で待っとるやろ」

「そうじゃなイ。オレっちもナッツと一緒でプレイヤーの中にアイツが居ると思ってたんダ」

「……はあ、僕の動向からの逆算かいな」

「あれだけ大きく探してたのに、いつの間にか止めればバレるだロ」

「緩やかに止めていったから諦めたと思われたとばかり」

「ナッツの性格上、止めるならスグだロ」

「カモフラージュが過ぎたんやなって……」

 

 溜め息を吐き出しながらナッツはアルゴを横目で見る。

 どうすればアルゴを助ける事が出来るだろうか。少なくとも攻略をバックアップしている彼女はボス攻略には出てこない。多少の安全は確保されているだろう。

 そう考えた所でナッツは苦笑する。

 

「どうかしたカ?」

「いや、アルゴさんを殺すのが一番早いかなぁ、思って」

「やめてくれヨ!?」

「せぇへんよ」

 

 慌てて身構えたアルゴにナッツはカラカラと笑いながら否定する。ナッツの行動を知っているアルゴにしてみれば恐ろしい冗談である。

 

 殺す方が早い。けれども殺さない。茅場晶彦に迫る答えは少ない方がいいのにも関わらず、である。

 これもナッツらしくはない考えなのだろう。

 

「情報屋達にもバレてると思った方がエエんやろうなぁ」

「オレっちが一番近いと思うけどナ」

「流石アルゴさんやなぁ――お姉ちゃんスゴイッ!」

「お、オゥ……急に可愛いくしないでくレ……心臓に悪い」

「なんや似合ってないかなぁ」

「似合いすぎダ」

 

 目をキラキラさせて尊敬の眼差しで愛らしく振る舞ってみせたナッツにたじろいだアルゴは胸に手を当てながら深呼吸をする。

 見た目は可愛い癖に普段は子供っぽくないナッツが急にそんな事をすると破壊力がスゴイ。頭の中の情報一覧に追記された事実を確かめながらアルゴは呼吸を落ち着ける。

 

「この階層を切り抜けたら最上階も近くなるし……多人数で押しかけていくのもあの人好きそうやしなぁ」

「……茅場晶彦像が崩れるんだけド?」

「僕よりもある意味で子供っぽいよ」

「それはナッツが――」

「――どうかしたの?」

「いや、ナンデモナイ」

「なんや、意外とこういうのに弱いんやな」

「ウルサイ」

 

 ケラケラ笑うナッツに頬を少しばかり染めたアルゴは拗ねたように言葉を吐き出した。

 

「ほな、攻略して来るわ」

「……死ぬなヨ、ナッツ」

「うん。頑張るね、お姉ちゃん」

 

 キュッと拳を作り身体の前に軽く構えて愛らしく振る舞って見せたナッツにアルゴは溜め息を吐き出してフードを摘んで顔を隠そうとする。

 

「……普段からそうすればもっと人気もあるのにナァ」

「人気は求めとらんよ」

 

 ケラケラと笑ったナッツは路地裏から身体を出して空を見上げる。

 遠い空には現実から見た時と同じように雲が流れていた。




>>アルゴさん
 責められるのは弱そう(確信)

>>激情
 ナッツにしてみれば理解不能な感情の嵐。単純に助けたかったけど危険にさらす事への後悔というか、そういうモノ。

>>キリトを勇者にするために
 呼び出し。戦力的な都合もあるし、多少はね。
 ナッツを勇者にする為にもキリトの参加は必至だったりするけれど、今作はハッピーエンドを目指すモノなのでそんな不幸は訪れない。イイネ?

>>情報屋達の茅場晶彦バレ
 バレてはないけれど、プレイヤーの中にいるかも知れない、という情報だけ水面下で動いている。
 基本的にはナッツが行動していた事とその行動がとある時期から緩やかに終わっていった事、後はアルゴが動いている事も原因。芋づる式かな?(スットボケ

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