果てがある道の途中   作:猫毛布

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加筆修正しました。


第15話

――違うっ! そうじゃない!

――何回言えばわかるのっ!?

 

――さあもう一度ッ! 出来るまでッ!

――何度でもッ!

 

 

 

 

 

 六日が経過した。

 前線で活躍するプレイヤー達にとっては驚く事が起こっていた。

 

 緑髪の少女が戦っている。

 たったそれだけの事であるし、事実として少女は元々最前線に居たプレイヤーでもあった。

 

 名前をナッツ。普段は隠している顔を曝け出し、外套を揺らし、戦っていた。

 いつも通りと言えばそうなのだが、キリトとアスナが欠落した精神的な穴を埋めるように少女はその場に立った。

 落下星などと称された通り、受け流しと回避を主にした反撃戦術。キリトの様に華々しいダメージはないモノの、敵の目を常に引き続け隙を作り出す。

 

 プレイヤー達の目を引く深緑の飾り布。意匠を凝らした鍔と鞘。まるで血で染め上げたような深紅の刃。

 《インペリアルラス》と銘打たれた曲剣。折れてしまったナッツの相棒の新しい姿。

 

「お疲れ様です。我が君」

「ん」

 

 従者の労いの言葉を聞き流しながらナッツはその深紅を鞘へと収めた。

 変わらずに女騎士然とした金髪の美女であるウィードと儚さと愛らしさを備えた緑髪の美少女ナッツ。噂にならない訳もなく、前線では既にある程度の尾ヒレと背ビレを付けながら広がっている。

 更に言えば、美少女のナッツが笑顔を振りまきながら前線の補助をしているのだから惹かれる人間も数多である。その度にウィードが牽制を入れるのだが、美女に牽制されて一石二鳥じゃないか? などと巫山戯た思考をお持ちの紳士も同数いるのだ。

 

「これである程度の根回しは出来たかな」

「そうですね。あとはボス攻略が上手く行けば、認知度も上がるでしょう」

「戦力補充の為にちょっと下の人ら持ち上げてるけど……六日程度やとこんなもんか」

「ええ。ご苦労様です」

「別に必要な事やから疲れはないよ」

 

 キリトの抜けた穴を補強する為の行為。そして自身の知名度を上げる為の行為。それこそキリトが抜けてしまった穴をナッツは埋めなくてはならない。

 勇者――人々の希望になるために、わかりやすい形で立たなくてはいけない。

 

 強行して組まれたスケジュール。ウィードが確認している中でナッツが眠った時間はない。睡眠が浅い事は知っていたけれど、眠らずに動ける道理ではない。

 それでもナッツは動き続けた。弱音すら吐かずに、ましてや必要だから、と断じている。

 期間を六日間としていたのはこれ以上は自身達の攻略に支障を来たしてしまうからだ。だから過密な予定を組んだ。

 

 なんと完成された存在だろうか。崇拝する主の在り方に歪さと狂気が内包されている事などわかっている。その狂気に従う訳でもなく、歪みを正す訳でもなく。それで完成した主。

 定められたかと思えるほどに戸惑いも、躊躇も無い。物語の登場人物のように、何かに――自身の規定に従って行動している。

 汚れもない。歪みすらも納得させる程の完成形。狂気すらも必要な項目であるかのように……。

 

 だからこそ、ウィードはナッツに心酔した。全てをナッツに捧げてしまいたい。この血肉すらも、存在の一片すらもナッツへと。

 この完成された主の片隅を自身で占領してやりたい。それだけでウィードは満足なのだ。

 

「それではギルドホームへと戻りお姉さんと一緒に寝ましょう。今日まで一睡もしていないでしょう?」

「…………」

 

 フードが無くなった事で分かりやすくなったジト目をウィードへと向けたナッツ。そんな視線にすら頬を赤らめる淑女(ヘンタイ)

 そんな変態を放置して、ナッツは今しがた来たメッセージを確認し、眉を寄せる。

 

「どうかしました?」

「……ウィードはホームに戻っとき。ちょい用事が――」

「そんな! 私と一緒に寝るというご褒美は!?」

「元々無いやろ」

 

 バッサリとウィードの言葉を切り捨てたナッツは転移結晶を手に持って聞き取れない程小さな声で転移を命令し、姿を消した。

 その様子を涙ぐんで見ていたウィードはナッツが消えた事を確認すると息を吐き出して、表情を改める。

 

「あぁ、羨ましいですね。またキリトさんですか……ああ、羨ましい羨ましい。いっそ殺してしまえば、私は我が君に殺されるんでしょうか」

 

 それはそれでイイかも知れない。と思考をしたけれど、キリトに真正面から戦えば必敗であるし、不意打ちにも反応されそうだ。

 溜め息を吐き出して思考を捨てる。ナッツが一番であるけれど、ウィードがやるべき仕事もある。

 

「我が君が帰ってこれるように、さっさと根回しを終わらせましょうか。次々回のボス戦はギルドでの参加をしないといけませんし」

 

 主が褒めてくれる。なんて事を考えながらウィードは鼻歌混じりにメッセージを妖精達に送りつけていく。

 

 妖精達はそのメッセージを確認し、顔を真っ青にしながら行動を始める。

 触らぬ神に祟り無し。誰も鬼に触れる様な事をしたくはないのだ。

 

 

 

 

 

◆◆

 

 

 茶褐色の外套に付いているフードをしっかりと被ったナッツははじまりの街を歩いていた。慣れ親しんだ、というには日数が足りないけれど凡その地図は頭の中に入っている。

 

 東七区にある教会へとやってきたナッツは早々に入り込んで目的の人物を探す。索敵スキルを発動し、部屋の中の人数まで知り得ているナッツは小さく息を吐き出して声を出す。

 

「サーシャ、居るんやろ?」

「な、ナッツちゃん……」

 

 怖ず怖ずと扉から暗青色の髪を揺らしながら顔を覗かせた女性――サーシャは安心したように息を吐いて姿を現す。

 相変わらずの怯えよう、というべきか。はじまりの街の現状を把握してナッツは口をへの字に曲げる。

 

「ナッツじゃねぇか!」

 

 そんなナッツの意思を両断するように甲高い、嬉しさを隠しきれてない少年の叫びが響く。同時に扉が開き、わらわらと出てきた少年少女達数名がサーシャの両脇に並ぶ。

 

「久しぶりぃ。元気ぃ?」

「元気だぜ! ちゃんと約束を守ってるんだから剣とか見せてくれよ!」

「はいはい。しゃーないなぁ」

 

 わいのわいのと群がる同学年であろう少年少女をアッサリといなしながらナッツは近くの机に余剰分の武器をオブジェクト化していく。つい数時間前までウィードとコンビを組んで他のプレイヤーのフォローをしていた為か、それなりに要求の高い武器達が並んでいる。

 歓声を上げながら、武器達に手を出してはハシャイでいる子供を見ながらナッツは申し訳なさそうな顔をしているサーシャへと向く。

 

「毎回ごめんなさいね。ナッツちゃん」

「エエよ。一応、全部要求レベル高いから持ち出す事もないやろ。あとコッチも渡しとくわ」

「ホント……申し訳ないデス」

「それこそ今更や」

 

 心底申し訳なさそうなサーシャに苦笑しながら、ナッツはトレード画面を開きサーシャへと多額のコルを渡していく。

 名目は情報の報酬。実際は子供たちの保護の為。それこそナッツ自身がサーシャは必要だと判断した結果だ。

 

「それで、頼んでた事は?」

「実際に見てみるまでわからないけど、話で聞いていた子は見たことないかな……」

「さよか……。まあそろそろ来るやろうし、話はそこからにしよか」

「話は終わったか!? ナッツ遊ぼうぜ!」

「ナッツは私達と遊ぶの!」

「……遊ぶんはまた今度な」

 

 困ったような声でナッツがそう言えば子供達の不満そうな声が教会の中に響き、サーシャは可笑しそうに笑みを溢す。

 

 ナッツの噂は聞いてる。ここ数日でよく聞くようになった緑髪の美少女剣士がナッツの事だというのは分かっていた。

 そんな最前線で戦っている少女が今はこうして年相応――とは言い辛いが、同い年であろう子供達と喋っている。なんとも不思議な光景だった。

 

「何笑ってるんや」

「いえ、別に」

 

 クスクスと笑うサーシャに疲れたように溜め息を吐き出したナッツは扉の方へと顔を向ける。

 公共の場で鍵なども掛からない扉は開き、黒髪の少年と橙髪の少女――そしてその背には幼女が眠っていた。

 

「久しぶり、キリト。言うても六日ぐらいやけどな」

「久しぶり、ナッツ。無理を言って悪いな」

「エエよエエよ。それで――結婚早々に子作りとはお盛んやなぁ」

「ぶっ!?」

「な、ナッツ!? ち、違うから!」

「なんや、そうなん?」

「ナッツちゃん。駄目でしょ、女の子がそんな事言っちゃ」

「せやな。ボクもそう思うわ」

 

 キリトとアスナを弄ったナッツは満足そうにケラケラと笑ってみせる。顔を真っ赤にして恨めしそうにナッツを睨む二人など意に介さない様に笑ってみせた。

 

 

 

 

 

 

 

 教会の一室にて、キリト達から詳しい事情を聞いたナッツは悩むように口を手で隠す。

 少女――ユイ。黒い髪に白磁の様な肌。くっきりとした顔立ち。ナッツ自身が言うのもアレであるが、まるで人形のようだ。

 サーシャも元々言っていた様に、ユイを街で見たことはない。加えて下層に詳しいナッツもこの少女を見たことがなかった。まるで幽霊のように湧いて出た少女。……そういえば幽霊の噂も二十二層だったか。すっかり流していたから忘れていた。

 

「それで、ナッツもココでお世話になってたのか?」

「アホ言いなや。一ヶ月経っとった時は1階層のボス戦や」

「そういやそうか」

「むしろ私がお世話されてる側と言いますか……」

「と、言うと?」

「《王冠の妖精》経由でココに寄付しとるって事。まあその分情報買っとるけど」

「……ナッツってホント色々手を出してるよな」

「ネット弁慶が悪化しとるヤツに言われたくないけど?」

「け、結婚したから」

「……キリトくん。情けないからやめて」

「ハイ……」

 

 隣にいたアスナからのジト目に耐えきれずに肩を落としたキリトに苦笑するサーシャ。

 前線で戦っている人たちの事を何処か空の上の出来事だと思ってしまう。けれど、話してみれば何てことはない、普通の人なのだ。

 そんな普通の人達にサーシャは申し訳なさそうな顔をする。

 

「それで……ここ二年間、毎日一エリアずつ全ての建物を見て回って、困ってる子供たちが居ないか調べてるんです。そんな小さな子が残されていれば絶対に気付いた筈です。その……残念ですが」

「そうですか……」

 

 アスナは俯いて、ユイを静かに抱きしめる。

 

「先生! サーシャ先生! 大変だ!!」

「こら、お客様に失礼じゃないの!」

 

 扉を乱暴に開けて雪崩込んできた子供たちにサーシャは叱りつけるように言うが、子供は目に涙を浮かべながら叫んだ。

 

「ギン兄ィたちが、軍のやつらに――」

「どこや?」

「ひ、東五区の道具屋裏の空き地」

 

 と少年が言った所でその少年の肩をナッツが掴む。少年は目を見開いて驚きながら、吃りながら場所を告げる。

 告げたと同時に弾かれるように飛び出したナッツを呆然と見送ってしまったサーシャ達。

 二秒ほど時間が空きキリトが慌てたように立ち上がる。

 

「ナッツ! 待て!」

「そ、そうです。危険じゃない!」

 

 そう危険だ。

 ナッツが並々ならぬ想いをこの教会に抱いている事は聞いた。だから、危険なのだ。あのナッツの事だから頭に血が昇って暴走する、なんて事は有り得ないが、逆に言えばあのナッツが飛び出たのだ。

 頭に思い浮かぶのは《笑う棺桶》討伐戦の最期にナッツが首を斬り飛ばした場面。ヤバイ。間違いなく、ヤバイ。

 

「アスナ、ユイを頼む」

「うん!」

 

 短いやり取りで意思疎通を熟し、キリトはナッツを急いで追いかける。システムで保護されていたとしても、あの状態のナッツであるならば、圏外へと移動させて首を刎ねる可能性もある。

 まるでゴミを捨てるかのような、あの目をナッツにさせてしまうのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まるでソレが当然かと思うほど、悪びれた様子もない不快な大人の声。

 はじまりの街の現状は理解している。それこそ情報収集していれば嫌でも目に付いた。

 徴税。システムとしてではなく、プレイヤー間での――《軍》がプレイヤーに対して税を納める。街を守っているから、いつかアインクラッドを救うから。だから自分達に投資するのは当然の事。そんな理由で。

 少ない期待でナッツも《軍》には投資している。義務だから、という理由ではなく、戦力に成り得るからだ。コーバッツを助けたのもその一因に過ぎない。

 

「ん? なんだ、お仲間か?」

「おいおい助けを呼んだんじゃないのかよ?」

 

 けれど実際はどうだ。正義と正論染みた鉾を片手に下卑た笑いを浮かべ子供に脅しを掛けるゴミだ。

 情報では知っていた。ディアベルを通して話もした。《軍》との溝を作るのは――面倒極まりない。

 ナッツは深く息を吐き出して、フードの奥から大人達を睨む。目視出来るので六人。索敵スキルで更に四人。

 

「アンタら、邪魔やから退き(どき)

「あ゛?」

「この剣が見えねぇのか!?」

 

 取り出した直剣をナッツは視界に入れた。よく知る直剣だ。なんせ、幾度もナッツ自身が扱い折った消耗品に違いはない。

 耐久値、要求ステータス、攻撃力。頭の中を巡るデータを思い出し、ナッツは溜め息を吐く。フードを外して、男達の先へと視線を向ける。

 

「邪魔」

 

 そう、言葉に出してナッツは男二人の間を悠々と歩く。触れられる訳がない、少女に触れれば問答無用で黒鉄宮へと送られるだろう。

 だからこそ男達が取る手段は一つ。

 

「武器が見えねぇのか!?」

 

 男の怒声すら耳に入れず、ナッツは淡々と歩く。脅しが怖くないという事ではない。それ以前の問題だ。

 

「ん、ギンとケインとミナかいな。助けに来たで」

「ナッツ……」

「さっさと出ていき。後ろからサーシャも来とるやろし」

「おい……オイオイオイ! 何勝手に話進めてるんだよ!」

 

 大人に囲まれて震えていた三人へと微笑んだナッツ。その間に割り入るように男が喚き声を上げる。

 眉を寄せて睨めつけるがナッツは一切の興味すら持たずに冷たい瞳を男へと向けた。

 

「まあ待て。おい、嬢ちゃん。解放軍に楯突くことがどういう事か分かってねーのか?」

「知るかボケ」

「――は、ハハハ! つまり、嬢ちゃんは正義感だけでこいつらを助けに来たってことか!」

 

 大型のブロードソードを手にした――恐らくリーダー格であろう男が下卑た笑い声を上げる。

 そのリーダーを見て、小さく息を吐き出す。

 

「ほな、ゲームをしよか。ボクのHPを一ドットでも減らせたら、ボクがココでストリップでも何でもやったるわ。当然倫理コードも解除したる」

「ほほぉ?」

「代わりに三人はさっさと逃し」

 

 自身を生贄にし、三人を助ける。きっと男達は自己犠牲、献身という言葉を頭に思い浮かべて、それを掻き消すように下卑た思考で塗りつぶす。

 リーダー格が他の男へと視線を向けて、子供達が逃げれる道を開けた。

 

 子供達はナッツを見て、泣きそうな顔になりながらも大人に追い立てられて逃げ出す。その様子を微笑みながらナッツは見送り、男達へと視線を向ける。

 

「ほな、一人ずつデュエルしよか。誰かがボクのHPを減らせたら、約束は守るよ」

「へへ、言ったぜ?」

「ああ、言うたよ」

 

 コンソールを弄ってナッツは一本の短剣を取り出す。櫛状になった峰が特徴的な短剣。特別な銘もない、モンスタードロップ。

 もしも男達の中でナッツの容姿から最前線プレイヤーであることを知っていればこのデュエルは行われる事もなかっただろう。

 

 けれどもう遅い。

 男たちから申し込まれたデュエルのウィンドウをナッツは無感情に見ながら、受け入れる。

 

 下卑た笑い。興奮しているであろう男の息遣い。カウントダウンの音。金属鎧の擦る音。

 どれも、無意味で無価値だ。だから、徹底して絶望させてやろう。その顔を下卑た笑みではなく絶望に彩り――殺してやろう。

 

「うらぁ!」

 

 男が振りかぶり、振り下ろしたブロードソード。勢いと重みのある剣撃。はじまりの街にいるにしては、早い方なのだろう。

 それでもナッツにしてみれば愚鈍の一言に尽きる。剣の軌道に合わせて、櫛状の峰にブロードソードを当てる。横に寝かしていた短剣を相手へと向ける。

 ブロードソードはナッツに触れる直前でポリゴン片を撒き散らした。

 

「は?」

 

 呆気に取られた男とは違い、ナッツは短剣を男へと向けながら一歩進む。刃が迫った事で男が後退りをする。

 理解など出来よう筈がない。短剣が大剣を破壊するというあり得ない事が起きたのだ。

 その短剣――ソードブレイカーが剣の破壊に特化したモノである事も。ナッツが同時に武器破壊スキルを発動したことも。男達には理解出来ようか。

 

「次の剣、出しぃさ」

「え?」

「待ったるわ。全部折ったるから、はよぉ」

 

 ナッツは更に一歩前に進む。後退る足が縺れて、男は尻餅を付いた。折れたのは剣だけではない。

 瞳に感情を灯すこともなく、ナッツはソレを見下し、更に一歩。

 

「ま、待て! 降参だ!」

「…………」

 

 片手を開いて向けてきた男に対してナッツは表情も変えずにもう一歩前に。見つけたゴミをゴミ箱に捨てる為に歩くように、そこに感情など必要無い。

 慌てて男は右手を振って、降参の為のウィンドウを開いた。降参する前に、その右手は自分の意思とは別に動かされた。

 呆気に取られた男の顔が衝撃に歪む。地面に押し付けられた右腕。その右腕を踏んでいる黒色のブーツ。

 

「……おっと、一撃決着やから手加減せな判定されてまうな。危ない危ない」

「こ、降参する! 許してくれ!」

 

 男の言葉にナッツは言葉の意味が理解出来ずにキョトンとしてしまった。許す? 一体何を許すというのだろうか。

 

「許すゥ? 許すって、ボクは何を許したらエエん?」

「もう教会には手を出さない! 子供達にもだ!」

「……っぷ、アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッハハハ!!」

 

 男達は呆気に取られた。少女の笑いだけが路地に響く。

 笑う少女は一頻り笑って満足したのか、それともその笑いすらも演技だったのか、ピタリと停止して男を見下した。

 

「巫山戯んなや」

 

 凍った空気の温度が更に下がる。

 その表情に先程まで笑っていた名残など一切ない。怒りでも、悲しみでも、呆れでも、諦めでも、憤りでもない。

 ただ駆除すべき物を見つけて、義務的に駆除するだけのように。書かれた文章をなぞりながら声に出すように。目に見える塵屑を吹き飛ばすように。

 ただ、無感情に男を見下した。

 

「さっきの子らの装備。アレは圏外に出て稼ぐ為の装備や。

 ソレを剥ぎ取ろうとしてたんは、あの子らを殺そうしてた言う事やろ?」

「だだだからもう手は――」

「殺す気なら、殺されても文句ないやろ」

 

 手に持っていた短剣を霧散させ、腰裏に反りのある鞘が現れる。緩やかで自然に、何千と繰り返してきたであろう動作でナッツは愛剣を引き抜く。

 飾り布が揺れ、鞘口に擦られて音を鳴らす。深い紅色の刀身が日に照り返され、その切っ先はゆっくりと流れる様に男の喉元へと突き付けられた。

 

「や、やめろ、やめてくれ……」

「死んでも死ぬだけや。まあ、今から死ぬアンタには関係ない事やけど」

「やめろやめろぉぉおおおお!!」

 

 男の絶叫など聞こえないように、ナッツはその手に力を込めた。

 瞬間、ナッツは男から視線を外し、曲剣を退く。深い紅色に染まった刀身が黒の直剣と打つかり火花を散らす。

 

 咄嗟の行動だった――そしてソレはナッツが最も得意として、幾度も繰り返した行動でもある。曲剣に打つかった直剣を滑らせ、攻撃の勢いを流しきる。そのまま剣を翻してその切っ先を攻撃をしてきた存在へと無意識に向ける。

 向け、向けて――、ナッツはようやく脱力する。

 

「なんや、キリトかいな。急な攻撃でビビったわ」

「ナッツ、落ち着け。剣を下ろせ」

「今から下ろすつもりやったよ、言われんでも」

「違う。その人を――、その、殺すな」

「? なんで? 子供らから生きる事を剥奪しようとした大人に同じ事をするのも因果応報やろ?」

「……それでもだ、ナッツ。やめろ」

 

 真っ直ぐにキリトを見ていたナッツは数秒程して、曲剣を鞘へと納める。

 ソレを見て安心したのか、キリトは出していた直剣を消して、溜め息を吐き出す。最悪、ではない。取り返しがつかない事にはなっていない。

 ナッツは踏んでいた腕から足を退けて、男を見下す。

 

「――さっさと負けを宣言して、去ね」

 

 怯えた表情で男は震える手でウィンドウを慌てて操作して、ナッツの顔を何度も確認しながら敗北を認める。そのまま何度か立ち損じながらも男達はその場から逃げ出した。

 その様子を淡々と見送ったナッツは大きく息を吸い込んで、切り替える様に吐き出した。

 

「なんで止めたん?」

「……あのままだと殺してただろ」

「せやな。でも殺されても文句言われへんやろ」

「そういう事じゃなくてだな」

「子供らの生きる方法を奪おうとした。それも自分らが立つ為やなくて、欲求とか嫉妬でや。咎められて然るべきやし、罰せられて当然やろ。なんか間違いがあるん?」

 

 確かにナッツの言う事は正論である。

 欲求の為に子供を間接的に殺そうとした。十二分に罪な行為だ。だからこそ、あの男達も()()を乞うた。罪を罪と認識していた。

 キリトはそんなナッツの言葉に詰まって、口を開く。

 

「それでもだ」

「……なんやそら」

「キリトくん! ナッツ!」

 

 キリトの言葉に不満そうに顔を歪めたナッツであったが遅れてやってきたアスナとサーシャの顔を見て、意識を切り替える。

 アスナの背中には未だに眠っている黒髪の少女が背負われている。

 

「ナッツ無事だった!? 怪我はない!?」

「ある訳無いよ。心配しすぎやなぁ」

 

 近寄ってきたアスナを避けるようにナッツは一歩後ろへと下がった。怪我が無いことを示すように軽く両手を上げる事も忘れない。

 

「サーシャ、そっちはどない?」

「問題ないわよ。三人も無事」

「さよか。ほな、ボクは絡まれる前に逃げよかな」

 

 子供達に囲まれると面倒やし、とカラカラと笑ったナッツ。自身の姿格好と年齢を思えば実にヘンテコな発言である。

 苦笑したサーシャとアスナ。その横を素通りしようとしたナッツが止まる。

 視線を落としたナッツ。その先には自身の外套を摘む手を見つけた。サーシャではない。アスナでもない。キリトである訳もない。

 

「――――」

 

 少女は薄く目を開き、ナッツへと視線を向ける。黒曜石のようにナッツを写し込んだ瞳が僅かに揺れて、小さく口が開かれた。

 

「……こころが」

「ユイちゃん?」

 

 細いが、よく通る声がその口から奏でられた。ナッツはユイの手を払うことも出来ずに、真っ直ぐにユイを見返す。

 

「あたし……あたし……」

「ユイちゃん、何か思い出したの?」

「ずっと……ずっとくらいところにいた……ずっと、ずっと……ひとりで」

「――――」

 

 息を飲み込んだナッツは外套を摘んでいたユイの手をしっかりと握る。

 なるべく強く、壊れないように。指を絡めてしっかりと握った手をユイと自身の視線を間へと移動させる。

 

「――大丈夫や。君はココに居る。大丈夫やから、もうちょっとだけ寝とき」

「――……うん」

「ええ子やね」

 

 ユイは瞼をゆっくりと降ろして、静かに寝息を立てる。

 僅かに微笑みを浮かべたナッツは手を離そうとしたが、ユイに強く握られており外す事も出来ない。

 

「あー……アスナさん提案やねんけど。今日は教会に泊まらん? この子――ユイも離してくれそうに無いし」

「私はいいけど」

「コチラは問題ありませんよ」

 

 サーシャに視線を投げかければアッサリと了承の言葉が口から出てきた。

 そのままユイを受け取り、背負ったナッツ。ナッツに安心したのか、ユイは腕をしっかりと回して抱きつく。

 

「フフ」

「なんや?」

「まるで姉妹みたいだね」

「……セヤナー」

 

 不貞腐れるように呟いたナッツを微笑むアスナ。冷や汗を流すキリト。気付かなければ、問題は無い。問題は無いのだ。




>>ソードブレイカー
 実際は刺突剣を折る為のモノ。ブロードソードとか無理。

>>正論
 正しいけど正しくない。

>>姉妹みたい
キリト「(ホントは兄妹なんだよなぁ)」

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