果てがある道の途中   作:猫毛布

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3000字程度
ユイたそ~ は次回に回します。


第14話

――夏樹。アナタは才能があるの。

 

――だから、私の言う事だけを聞けばいいのよ。

 

――アナタはワタシなのだから。

 

 

 

 

 

 

 

「それで、キリトはアスナさんと一緒に一線を退くと?」

「ああ……その、ナッツには悪いと思ってる」

 

 申し訳無さそうな顔をしているキリトに素顔を晒しているナッツは目を伏せる。

 ヒースクリフとの対談の翌日。キリトに呼び出されたナッツは淡々とキリトの話を聞いていた。彼の主観的な事も、アスナと相談した結果も、そして現在の気持ちも。

 

 キリトはナッツに口汚く罵られると思っていた。

 それこそ半ば惰性的に迷宮区へと潜り経験値を稼いでいた自分とは違い、この少女――のような少年は明確にゲームをクリアする事を求めている印象を受けていたからだ。

 その意思の強さはわかっている。悪く言えば、誰の命すらも――自分の命すらも淡々と賭けて戦っているのだ。罪悪感を押し殺してまで、殺人を犯し、自身の中の規律で動く少年。

 そんなナッツが『これ以上自殺者を出さない為』という理由でキリトを勇者に仕立て上げたのだ。

 

 そして、キリトは逃げ出してしまう。

 神輿に無理やり担がれたから逃げる、と言えばキリトに非はない。ナッツが責める権利はない。

 けれどキリトは一度その話を承諾してしまった。だからこそ、逃げ出す事に罪悪感がある。

 

「まあ、エエよ」

「……いいのか?」

「構わんよ。元々、キリトを無理やり持ち上げたんはコッチやし。前も言うてるけど、フォローの仕方は何個かあるよって」

「そうか」

「なんや、アッサリ行って驚いとるなぁ」

「そりゃぁ、ナッツだったら怒ると思ってたからな」

「そこまで頭固くはないよ。その……兄貴分の尻拭いぐらい考えとるよ」

「……このやろう」

 

 照れた様に顔を背けたナッツに同じく照れ隠しの様にナッツの頭をぐしゃぐしゃと少し乱暴に撫でたキリト。少なくとも、こうしてナッツがキリトの事を評した事はない。キリトの方も何かと頼りになるナッツを同列に扱っていたし、二人の仲に明確な上下はなかった。

 

 ナッツからしてみれば、キリトに頼る部分も多かった。それこそ経験値稼ぎの時は彼主導であったし、ダメージを稼いでいるのもキリトである。

 それを除いても口喧しいアスナとは違い、なんとなくで自分を食事に誘ってくれたりしてくるコミュ障なのだ。

 

「髪が乱れるやろ、やめい」

「どうせフード被るだろ」

「そういう事やないわ、ボケ」

「この弟分めぇ」

 

 浮かれるキリトを鬱陶しく感じてきたのか、いつもよりも数段冷たい視線を叩きつけたがどうやら無意味だったらしい。

 ナッツはキリトの手を軽く払い除けて、鼻を鳴らした。そんな様子もキリトには通用しない。

 

「ほな、ボクは行くわ」

「もう少し頼ってもいいんだぜ?」

「頼りない兄貴分の為に色々することが増えたんやけど?」

「本当に申し訳ない」

「わかればエエんや」

 

 キリッと格好良く言ってのけたキリトであるがナッツの一言にアッサリと手の平を返した。流れるようなやり取りにナッツが吹き出して、キリトも笑みを溢す。

 しっかりとフードを被ったナッツが踵を返せば、キリトが声を出す。

 

「いつでも遊びに来いよ。アスナも待ってるからな」

 

 その一言にナッツはヒラヒラと手を振るだけで応え、人混みの中へと紛れていった。

 

 

 

 

 ソレは必然だったのかも知れない。

 

 特に何かを感じた訳でもなく、単なる直感的なモノでナッツは納得していた。

 キリトとアスナの結婚。結婚、と言えどシステム上の行いであり現実のモノとは違うだろうが、それでも二人はお互いの為に手を取り合い、一緒に前を向き合う事を誓った。

 この世界の攻略を本格的に望んでいなかったキリトとソレを想うアスナだからこそ。一線を退くというのはある種の必然だと思う。

 

 だから、ナッツは()()()()()に逃げ道を作っておいた。自身がフォロー出来る様に、色々と根回しはしていた。

 

「はぁ……」

 

 理解出来ない。出来る訳が無い。キリトとアスナが欠ければ攻略に支障が出る事など分かりきっていたことだ。

 それでも、自分は逃げ道を作った。戦力の温存、という言い訳も用意は出来る。けれどもソレは違う。明確に自分の中で逃げ道を作った自覚はある。

 

 キリトで無ければ? それこそ自身の知らぬ存在であったならば?

 きっと逃げ道を作る事はなかっただろう。期待と希望で押し潰し、責任を押し付けた。文字通りに勇者として名を広げただろう。

 ソレをしなかったのだ。()()()はしなかった。

 

 それにキリトを兄貴分だと言ってしまったこと。コレもナッツは不本意である。

 言うにしても、先程では無くてよかった。いつでも問題は無いし、言う必要もなかった。

 けれど、言ったのだ。言ってしまった。お陰で面倒臭いキリトに軽く絡まれたが……まあ、ソレはいい。

 

 路地へと入り込んで、へたり込む。自分を抱きしめる様に身を縮める。

 

 キリトやアスナとの繋がりを切りたくなかった。だから、キリトの事を兄貴分だと言って、繋がりを持ってしまった。

 

 それは、()()()()()()()

 ()()()()()()()()()()()()

 

 じゃぁ――

    ()()()

 

 痛む訳もない背中がズクズクと痛みだす。叩かれたような、焼かれたような、熱を持った痛みが背中に広がる。

 

 次第に荒くなる呼吸。浅く、上手く呼吸が出来なくなる。吐き気が波の様に押し迫る。吐くことは出来ない。ソレはシステムで許可された動きではない。

 

 ただ単純な不快感だけが身を支配していく。

 

 寒い訳でもなく身体が震え、震えを抑えるように外套の上から腕を掴む。痛みはない。

 喉に何かが詰まったように息が吸えず、嘔吐感だけが呼吸を助けるように口から空気を押し出した。

 

「ン? ナッツじゃ――どうかしたのカ?」

 

 特徴のある鼻に掛かった声にフード姿。

 その人物を見れば、鼠を思わせる髭が描かれた見慣れた顔を心配に染めている。

 近くに膝を付いて背中を擦るアルゴに大きくビクッと動いた少年はフードの奥からアルゴを注視する。

 

「大丈夫カ?」

「……あ、あ、――」

「? ナッツ?」

「…………あ、ぁあ、いや、なんでもあらへんよ」

 

 震えが止まり、ナッツはゆっくりと深呼吸を始める。大きく肺を膨らませて、空気を押し出す。フードの上から押し付けるように手を置いて顔を無理やり隠す。

 アルゴは目を細めて、背中に触れていた手を離す。

 これ以上、介入すべきである。そんな事はわかっている。けれど、ソレをナッツが許すのか。

 

「あんまり心配をさせるナ。ビックリするダロ」

「せやなぁ。ちょっと立ち眩みしただけやで」

 

 だから、心配あらへんよ。と加えたナッツにアルゴは何も言わなかった。嘘である事など分かっていた。それでも、踏み込んでナッツをどうにかする事などアルゴには出来ない。

 

「そうカ。何かあれば頼るんだゾ。お姉さんとの約束ダ」

「それ、有料やろ?」

「ハハハ」

 

 戯けるように言ったナッツにアルゴは否定する事をしなかった。無料でも問題などないけれど、それではきっとナッツは自分を頼らない事をわかっている。

 自身の無力さを感じながら、アルゴは立ち上がる。

 

「そうや。キリトの事やねんけど」

「あァ、アスナと結婚するんだってナ」

「そそ。やから、計画の変更しよう思って」

「……そうカ」

 

 色々な感情を飲み込んでアルゴは返事をした。フードをなるべく深く被って、表情をナッツに見せないようにする。

 理解は出来ても、納得など出来る訳がない。先程まで震えていた子供を人々の希望として祭り上げるなど。その責任も、重圧も、理由も、理解出来てしまう。

 危惧していた無気力に繋がる絶望を塗り替える為の希望(生贄)。戦う事を余儀なくされた偶像(アイドル)

 

「ナッツがいいなラ、向きを変えるヨ」

「ほな、お願いな」

「…………わかったヨ。分からず屋」

 

 そう言い残して去ったアルゴを見送り、ナッツは小さく息を吐き出した。

 分からず屋、と言われた事に何かを感じている訳ではない。言葉の語調、僅かに見えた表情、把握している限りの性格。ソレを考えれば、凡その答えはナッツは出すことが出来た。

 

「許してとは言わんよ、情報屋さん」

 

 誰にも聞こえてないナッツの呟きは路地裏へと消えていく。


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