果てがある道の途中   作:猫毛布

11 / 49
第11話

 ボス部屋までの道程はアッサリと踏破した。それこそ、先程の安全エリアでの休憩を挟んだことも原因なのであろうけれど。

 灰青色の巨大な二枚扉を撫でながらナッツは小さく息を吐き出した。

 

 損傷率は悪くない。けれど、退くべきである。

 

 客観的に導いた答えにナッツは頭の中で否と応える。現在の自分が口を出した所でコーバッツは退かない。

 既に士気向上の為に部下たちを鼓舞しているコーバッツを視界の端に入れる。

 幸いな事に、退避のタイミングは譲ってくれた。今までバケモノか鬼かを見ているかのような部下たちの視線が、助けを求めるように縋ったモノへと変化している。

 

「ん、じゃあまずはそこの二人。転移結晶の準備を」

「え?」

「何故だ?」

「この中で比較的損傷が大きい。回復POTで回復を待つのもエエけど、そもそも帰る前提や。あと、ボス部屋がトラップ部屋みたいに結晶阻害とかあった場合、後々の指示で混乱するやろ」

 

 当然のように理由を述べたけれど、耐える事を目的とした戦闘だ。回復POTを無駄に使う事もないし、それならば他に渡して置くべきだ。

 細かい指示、それこそ回復POTの分配なども口を出し始めたナッツをただ見るだけのコーバッツ。そんなコーバッツの視線に気付いたのかナッツはバツの悪そうな顔をする。

 

「なんや、領分以上の指示言う気?」

「いや、こう言ってはなんだが。……見くびっていた」

「ハッ。伊達と酔狂で最前線に居るからな」

 

 鼻で笑いながらも各自の持ち物の確認をしたナッツは満足そうに頷いた。それこそ多くもない自分の回復POTも渡しているから、生存率も上がる事だろう。

 

「ん、命令系統分けるんもアレやけど、戦闘中は任せるで」

「了解した」

 

 ヘラリと笑ったナッツはフードを深く被り直してバレないように息を吐き出した。

 本当に命令系統は分けたくはない。退避の命令もコーバッツに任せてもいいのならば、任せてしまいたかった。けれど、ソレは無理だ。

 初見のボス相手に勝つつもり、或いは善戦出来るだろうと思っているコーバッツには任せられない。

 実直だからこそ、任務を完遂したくなる。愚直だからこそ、部下の疲労と自身の疲労を鑑みない。

 

 逆にナッツに全ての指揮系統を任せるのならば、それこそこのまま回れ右をして撤退を指示した。ボス部屋までの情報で大きな成果である。それこそキリトから取得したモノであっても、迷宮区の敵Mob情報は必要だ。

 ボス部屋に挑む事が命令だったとすれば、それこそ自身だけでいい。幸い、ソロよりも楽にこの場に居るのだから、常よりもいい条件で情報収集することも出来る。

 

 ナッツは来ることもない近い未来を想像して、否定する。考えた所で意味もない。現実は今であるし、そして未来はソレではない。

 

「では、征くぞ」

 

 コーバッツの両手が扉へと触れ、両開きに開かれていく。容易く、滑らかに動いた扉はコーバッツの手を離れて重々しい音を響かせて衝撃と共に止まり、大きな口を開いた。

 迷宮の光すら飲み込む暗闇が広がった部屋。ふわりと頬を撫でる冷たい空気。誰かの生唾を飲み込んだ音が、誰かの鼓膜を揺らす。

 コーバッツですら緊張を顔に滲ませて、けれども実直すぎるその性格故か、一歩を踏み出した。

 

 今にも臓腑に入るであろう生贄を歓迎したように、音を立てて青白い炎が灯される。左右に一つずつ灯されたソレは連動したように奥へと向かう。

 入り口から真っ直ぐに伸びる青白い炎に挟まれた道。最後と言わんばかりに大きな火柱が吹き上がり、部屋全体が青白い光に照らし出された。

 

――広い。

 部屋の壁を見渡しながらナッツは単純な思考に落ち着いた。キリトから送られたマップで確認はしていたけれど、自身の瞳で見てもその感想を抱くことは出来た。

 自身の周りを確認すれば、僅かに手を震わせる者。強く武器を持つ者。構えた盾を震わせる者。僅かに隊列をズラして一歩下がった者。その表し方は様々であったが極度の緊張を把握するには十分だった。

 

 火柱が揺れ動き、その後ろから巨大な姿が現れる。見上げる程の体躯。ソレを支えるべく、敵を殺すべく発達した筋肉。筋肉を包み込んだのは炎にも負けぬ深い青。心臓まで刃を届かせない分厚い胸板の上には山羊の頭が生えていた。

 頭の両端からは捻くれた太い角が後方にそそり立ち、まるで炎を宿したような青白い瞳は確かにナッツ達を捉えていた。濃紺の毛に包まれた下半身も人間のソレではなく――叩きつけられる絶望と緊張は正しく悪魔と言うに相応しい姿形であった。

 

 ボスの証である定冠詞のある名前。《The Gleameyes(輝く瞳)》のカーソルを読み取ったナッツはコーバッツへと目配せをする。

 ナッツの視線を受けたコーバッツはまるで何も思考出来ないように停止し、一拍を置いて起動を果たした。突き動かされるように、盾と剣を構え、自身を鼓舞する。

 

「――全員、突撃ィ!!」

「ッ、オォォオオオオオオオ!!」

 

 コーバッツの指示に呼応し、隊員達が叫ぶ。恐怖に打ち勝つべく、振り払うべく、身体ではなく喉と心を奮わせる。

 対してナッツはその一団へと入れる事はなかった二人の肩を叩き、合図する。驚きを顔に浮かべた二人に対して短く、端的に命令だけを与える。

 

「君らは撤退」

「りょ、了解」

 

 震えていた手でカーソルを弄り、何度かミスをしながらも二人の手には転移結晶が握られた。しかし、反応はしない。片方だけならば、転移の定員オーバーという可能性もあったけれど、ソレもない。

 絶望に塗りつぶされた顔をした隊員を見ながら、ナッツは自身の回復POTを二人へと分配する。

 

「コレを持って君らは撤退。迷宮区を走り抜けて、たぶんまだ居るやろうキリト――さっきの安全エリアに居ったソロに救援を求めて」

「し、しかし」

「他の事は気にせんでエエ。君らの仕事はそうなっただけや。もしも危険なら転移結晶砕いて、ホームに戻って情報拡散をする事。エエな?」

「は、はい!」

 

 何度かコチラを振り返りながらも走り出す二人の背中を見送り、ナッツは息を吐き出した。

 転移結晶が使えない。結晶の類は全て封じられたと考えるべきだろう。ボス部屋なら――初めてか。

 敵の攻撃は斬馬刀によるモノ。大型剣のモーションはある程度覚えているけれど、大きさの違いからタイミングもズレるだろう。

 情報を整理しながら、ナッツは愛剣を抜く。深緑の飾り布が揺れ、床に擦れる。踏み込んで、自身に速度を加算する。一歩で半分、二歩あれば接敵する事も出来た。

 

「スイッチ!」

 

 震えそうな声でそう言った攻撃班に代わり、ナッツが躍り出た。同時に《挑発》をする。スキル効果により、青白い瞳がナッツへと向いた。

 自分だけを狙う状態であるならば、それはナッツの本分である。

 相手を注視する。全ての動作を見逃すつもりなどない。剣の動き、足捌き、呼気、動作所要時間、予備動作と思われる動き。

 呼吸すらも忘れて、ナッツはその全てを視界に収まるグリームアイズへと捧げた。

 振り下ろされた巨大な斬馬刀を《フォレストキール》で受け、横へと流す。威力を物語るようにフードを撫でる剣圧すらもナッツは意に介さない。愛剣の消耗具合からの威力を計算しながら、僅かに下がる。

 流され、床板を砕いた斬馬刀を引き抜きグリームアイズはナッツを――ブツブツと何かをフードの中で呟きながらコチラを観察する小さな存在を睨む。

 憤慨したのか、グリームアイズは仁王立ちになり雄叫びを上げる。怒りの度合いを表すように地面が揺れ、その口からは眩い噴気が撒き散らした。

 

 青白い輝きに包まれたナッツの眉間が歪む。

 特殊行動の動作は十全に理解したが、発動する契機は不明。HP減少のデバフ。毒よりも減少率は軽微。

 迫る攻撃を受けて流しながら、ナッツはモーションを読み取っていく。両手用大剣技を基礎に僅かにアレンジを加えた技。

 削られていくHPバーを認識しながらも、その全ての攻撃を受け流す事に集中していく。剣戟の音と架空とも言える鼓動だけが鼓膜を揺らす。

 

 受け流される攻撃に嫌気が指したのか、それともナッツの立ち位置が起因したのか、グリームアイズは大きく斬馬刀を振り上げる。斬馬刀に光が灯り、スキルの使用を合図する。

 勢い良く振り下ろされる斬馬刀はスキルの光を軌跡として残す。

 

「スイッチッ!」

 

 その斬馬刀の腹をスキルで弾き飛ばしたナッツは隊員達と入れ替わるように後ろへ跳んで移動する。止まっていた呼吸を再開させて、頭の中で秒数を数えながら、防御班として回復していたコーバッツに寄る。

 

「次の攻撃が終わったらそのまま撤退や」

「なっ!?」

「このボス攻略は無理や。ボスの足止めはボクがするよって、逃げろ」

「ッ! 我々はまだ――」

「余裕がある。だからこそ、逃げなアカン」

 

 この決定を覆す事は絶対に許さない。そう言わんばかりのナッツの言葉にコーバッツは歯を食いしばる。

 確かに撤退の命令権は渡した。けれども決断が早すぎる。この悪魔に恐怖し、臆病風に吹かれた。『落下星』と持て囃されても、所詮は子供である。

 

「わかった」

「ん」

 

 攻撃班の「スイッチ」という言葉に反応して、コーバッツを含む盾持ち達が敵の攻撃を受ける。

 何が『落下星』だ。何が「ボス攻略は無理」だ。何が、何が、何がッ!!

 頭に血が昇ってしまったコーバッツは隊員から貰った回復POTを飲んでいるナッツを視界に入れて余計に憤ってしまう。

 だからこそ、ソレを見逃した。

 

「ウグッ!」

 

 斬馬刀の横腹がコーバッツを捉え、すくい上げられるように弾き飛ばされ、悪魔の頭上を越えて地面へと打ち付けられる。

 自身の身に何が起きたのかコーバッツは理解出来なかった。回転していた視界。景色が早送りの動画のように変化して、いつの間にか地面に押し付けられていた。点滅しているHPバーだけが、自身が攻撃を与えられた事を明確に示している。

 

「――撤退!」

 

 そんなコーバッツにナッツの命令が届いた。自分が攻撃をくらったことで撤退を早めたのだろう。

 だからこそ、コーバッツは絶望に染まる。脱出すべき扉と自身の間にはあの悪魔が立っている。その猛攻を潜り抜けて脱出、などという甘い考えなど出来る訳がない。

 腰を抜かし、絶望し、死を悟る。足掻く事すら、あの悪魔の前では許されない。

 コーバッツは理解した。あの()()()()()()は自身を餌に逃げ果せるつもりだ。

 

 仁王立ちし、地響きを伴った雄叫びを上げた悪魔がコーバッツへと向き、その足を進める。

 一歩進む毎に僅かに揺れる地面にへたり込みながら、コーバッツは悪魔を仰ぎ見る。青白い瞳の悪魔はコーバッツを見下した。

 

「は、ハハハ……」

 

 死ぬというのに、コーバッツは笑った。笑うしかなかった。

 頭の中は否定と罵詈雑言が満たされたが、ソレを口にはしなかった。先に逝く自身だからこそ、ソレを遺す訳にはいかなかった。

 大人として、男として、最期の矜持を抱き、コーバッツは瞼を閉じて、審判を待った。

 待てども来ない攻撃を訝しみ、コーバッツは瞼を上げる。視界には悪魔の背中が映った。振り下ろされる斬馬刀と激しく音を鳴らす剣戟。

 

「ちゅ、中佐!」

「お、お前たち、撤退ではなかったのか!?」

「ハイ! ()()()()()()撤退です!」

 

 ならば、撤退を命じた本人はドコに居る。応えるまでもない。コーバッツ達にターゲットが向かないように時折《威嚇》を混ぜながら、悪魔の猛攻を捌き切っている。

 コーバッツは震えて、その震えを止めるように剣を握り直す。見えているのは敵の背中。そして自分達は隊列を組める程度に残っている。

 そんな思考に塗りつぶされそうになっていたコーバッツの視線が一瞬――ほんの一瞬だけナッツとぶつかる。まるでその思考を読み取ったように、咎めるように、罰するように。

 錯覚にも思える一瞬。それこそナッツはグリームアイズの猛攻を捌きながらである。コーバッツの気のせいかもしれない。けれど、確かに見られた。

 

「――て、撤退だ……」

「了解」

 

 弱々しく呟いたコーバッツに続くように隊員達は動く。部屋の外周を移動し、悪魔に気付かれないように、入り口へと向かう。

 ナッツの戦闘を見ていたコーバッツは移動しながらも息を飲み込んだ。あの猛攻を捌ききっている事もそうであるが、悪魔が自身達に常に背中を向けているというのも十二分に異常であった。

 剣戟の音が激しく響く部屋を出る間際、コーバッツはナッツへと頭を下げた。隊員達も、同様に。

 ソレは自身達を逃し、そして死ぬであろう存在への出来うる限りの手向けであった。

 

 

 

 

 入り口から出ていったコーバッツ達をグリームアイズの脚の間から見送ったナッツは斬馬刀を大きく弾き、少しだけ距離を開けて、落ち着けるように息を吐き出した。

 これで自身も逃げ切れれば、上々であるが――。ナッツは思考を捨てる。()()()()()()()()()()()()

 運良く、キリト達が来て助かる場合もある。けれどもソレは望み薄であった。救援を求めたであろう二人は恐らく転移結晶を使った筈だ。ナッツはソレを咎める事はしない。極度の緊張から解放され、そして絶望に僅かに触れた。今すぐにでも逃げ出したかっただろう。

 だからこそ、救援は望めない。

 

 愛剣を視れば、耐久値も殆ど無い。「これでも耐久に極振りしているのだけれど……」と愚痴を言いたくなったが、口を噤む。きっとピンク髪の鍛冶師は顔を真っ赤にして怒るに違いない。

 アスナは自身が死ねば、悲しんでくれるだろうか? きっと悲しんでしまうだろう。クラインは義憤に駆られ軍に何かを言うかもしれない。ウィードはきっと平常運転で妖精達へと引き継ぎをして、追い掛けてくるかもしれない。キリトは悲しむだろうけど、ソレも踏み越えてくれるだろうか?

 

 ナッツは口元を緩ませる。

 

「なんや、結構エエ人生やったな」

 

 加藤夏樹に自慢出来るモノならば嫉妬されるかもしれない。ナッツは歯を見せて笑い、剣を構える。

 決死、というには常にそうだった。死を恐れた事はない。生を惜しんだ事もない。ただ()()()()()()()()()。ソレこそがナッツ(nuts)だ。

 自身の()()を再度理解し、ナッツは息を吐き出し、悪魔の巨躯を見上げた。

 

「死ぬ予定やけど、足掻かせてはもらうで」

 

 宣言する。

 救援が来ない事は理解している。防御に限界が来るのも理解している。相手のHPバーを削りきれない事も理解している。

 

 けれど、ソレがどうした。そんなモノ、無意味でしかない。

 

 ナッツは笑みを浮かべて、その一歩を踏みしめる。相手の攻撃エリアへと身を移動させ、立ち止まり、悪魔をその視界に収める。

 行動を判断し、体を同時に動かす。最早、扉と護衛対象の位置など考えずともいい。ただ純然に相手の攻撃を捌き、反撃の機を逃さなければいい。

 ジリジリと身を焦がすようなリスク。攻撃を流す度に減少する耐久値。吐き出された噴気によるHPの減少。

 

「ハハ、アハハハハハハハ!!」

 

 ナッツは――加藤夏樹は生きていた。この危険も、命の減少も、全て、全て全てスベテその証明であった。

 他人ではなく、人形でもなく、物でもなく、『加藤夏樹』が――ナッツが今この瞬間に生きていた。それだけで十分だった。

 誰も邪魔などしない生。唯一許された自由を満喫するように。いつか見ていた羽ばたく鳥のように。夢ですら見なくなった世界。

 溢れ出た笑いを止める事など出来ようか。神に垂らされた蜘蛛の糸に絶望などしようものか。

 ()()()()()()()()()()()()()よりも確実に、明確に、想像でなく現実に、妄想ではなく実感して、夏樹は生きている。

 

 だからこそ夏樹は理解している。生の終わりは――物語の終結は死である事を。そう()()()()()()()()()()

 生を惜しみ、涙を流す事はない。ソレはナッツの役柄ではない。

 死を恐れ、震える事はない。ソレはナッツの役柄ではない。

 

 斬馬刀を弾いた《フォレストキール》の刃がまるでガラスのように砕け散った。愛剣の死を惜しまんばかりにそのポリゴンを身体いっぱいに浴びたナッツは尚も笑っていた。

 

 

 

「――――スイッチ!!」

 

 それは既に二年も続けた行動であった。だから身体も反射的に動いてしまった。自分と入れ替わるように両隣を白と黒が通り過ぎた。

 見知った後ろ姿を見つめながら、ナッツは瞬きを何度かして首を傾げる。

 どうしてキリトとアスナがココにいる?

 

「大丈夫か! ナッツ!」

「わぁ、なんでクラインさんまで居るん?」

「なんで、ってそりゃぁ助けに来たに決まってんだろ!」

「…………えぇ」

 

 自分で救援を頼みながらもナッツはその判断に呆れた。呆れてしまった。いや、確かに喜びもあったけれど、風林火山とキリトとアスナ、そして主要武器を失った自分。逃げるにしても人数が足りなさすぎる。

 

「――スイッチ!」

「っと、お前は後ろ!」

 

 キリトの声に咄嗟に反応しそうだったナッツを手で制したクラインがキリトとアスナに入れ替わる。

 飛び出すタイミングを逃したナッツは肩を落として、そして困り顔で目の前に迫ってくるアスナをどう避けようかと視線を動かす。

 

「ナァッツゥ?」

「す、スンマセン……わっぷ」

「生きててよかった……」

 

 アスナに抱きつかれた事でナッツは驚きの声をあげながら両手を上げる。目の前にはコード発動を促すシステムメッセージが出ているが、押すことはない。

 離されたアスナは「説教は後」と言い、目に見えて肩を落としてショボクレたナッツはキリトをジト目で見る。

 

「それで、勝算は?」

「……ナッツ。()()()()()()()()()?」

「ちょっとキリト君!?」

「《フォレストキール》が在るんやったら何秒でも――って言いたいけど」

 

 ナッツは手に持った柄だけになってしまった愛剣を見せて肩を竦める。その柄だけの剣を見てキリトは何かを言いたげに口を開きそうになったが、噤み口元に手を置いて思考する。

 その思考を打ち切るようにナッツが更に口を開く。

 

「五回――いや、六回だけ。攻撃は流せる」

「六回か……」

「攻撃のパターンにもよるけど、十秒とちょっとぐらいやな」

「十分だ。頼む」

「ん、了解」

「ちょ、ちょっと、武器も無いのにどうやるつもりなの!?」

「主要武器が壊れただけやよって……」

 

 ナッツは慣れたように手元を弄って剣を一本取り出す。装飾も、飾り気も、何もないただの三日月刀(シミター)

 

「武器はまだあるよ」

 

 その無骨さを見て、アスナは目を見開いた。

 魔剣と呼ばれるモンスタードロップに感じる重圧。

 鍛冶師産(プレイヤーメイド)の剣に感じる遊び心。

 そのどちらも無い。

 何か口を開く前に、ナッツは悪魔へと歩き出す。

 

「ああ、先に言うけど、絶対に邪魔はせんといてね?」

「な、ナッツ!」

「入るタイミングは任せるでー」

 

 キリトの了解の声を聞く事もなく、ナッツはその一歩を踏み出した。スイッチ、と一言だけ叫んで悪魔の前へと立つ。一歩進めば、悪魔の射程距離である。

 だからこそ、ナッツはその外套を外した。スルリと身を滑るように落とした外套を意に介さず、ナッツは大きく息を吸い込んで、吐き出す。

 

 そして、一歩を進んだ。

 

 迫る斬馬刀を見切り、三日月刀で受け流す。なるべく武器を労った、無理のない、不必要な力すらもない、無駄を省ききった受け流しであった。

 けれど、武器はガラスを割るように砕け散る。

 

 再度斬馬刀は振られる。横薙ぎに振られたソレを見つつ、ナッツは右手の指を動かす。既に慣れた動作だった。

 右手に新しく舶刀(カトラス)を握り、身を背中側へと倒しながら、斬馬刀を上へと弾いた。その衝撃により舶刀は砕け散り、ポリゴン片をナッツへと撒き散らせた。

 

「スゴイ……」

 

 ソレはアスナの呟きであった。

 悪魔の猛攻を流す度に散るポリゴンがナッツを包み込む。

 

 斬馬刀を受け止めた剣先から砕け散っていき、寸での所で流しているナッツとしては呼吸も出来ない。

 これで四度目。消耗品である武器は残り()()。その一つを手元に出しながら、ナッツはただ正確に相手の攻撃を見切っていく。

 避けれる攻撃は受ける必要もない。既に十秒は過ぎている。流せる攻撃はそこそこある。受けれる攻撃は少ない。弾ける攻撃はもっと少ない。

 なるべく自身の情報を削って、グリームアイズの攻撃を誘導しているが、限界もある。

 完璧に、カウンター判定を付随して、弾ける攻撃は――

 

 大きく構えて振り下ろされる斬馬刀。ソレを視界に入れてナッツは嗤いを浮かべる。

 

 ――これだけである。

 身を捻り、舶刀に光が灯る。まるで独楽のように身を回転させて、ナッツは斬馬刀の横腹を斬り弾いた。

 

「スイッチ!!」

 

 片足だけで、不器用に後ろに跳んだナッツと入れ替わり黒の剣士が悪魔へと接近した。その背中には黒の魔剣と白い刃の剣が背負われていた。

 ナッツはソレを見惚れて――受け身を取るのを忘れて、背中から思いっきり地面に打ち付けた。痛みは無い、ただ集中の倦怠感からか、ボンヤリと視界が白い。

 遠くでアスナとクラインの声が聞こえたが、ナッツは適当に手をヒラヒラとさせて無事であることを示し、そのまま天井を見つめた。

 

 

 まるで空のように、遠い天井である。




>>二刀流バレ……バレ?
 やっぱ、キリト君の……二刀流を……最高やな!

>>店売り武器での受け流し
 耐久値全消費してるのはグリームアイズの攻撃力。店売りも階層が上がれば品質よくなるから多少はね?

>>瞬時武器出し
 特殊スキルでもないらしいっすよ。
 クイックチェンジの流用です。クールタイムもありそうですが、比較的短そう。というか、運営もこんなポンポン武器を敵の目の前で変更されるとは思ってないデショ……。

>>これは……赤い弓兵じゃな?
 弓兵が剣を使うわけがないだろ(棒
 初期モデルはどちらかと言えば鎩らしいっすヨ(白状

>>コーバッツ中佐
 二階級特進ならず。ザンネンダナー(白目
 生き残ったからといって何かを為出かす訳でもないので、適当に流しといていいですよ(唐突なネタバレ

>>加藤夏樹とナッツ
 今回で凡そを書いてる気がしないでもない。でももう暫くはそのまま進みます。読者諸君は「あぁなるほどなぁ……えぇ」という感想を抱いていればイイと思いますお願いします許してください何が何でも。
 何処かでちゃんと説明……というか多分アインクラッドから現実に戻れば説明せざるを得ない状況になる予定なので、大丈夫な筈。
 むしろ、ユイちゃんと絡む時点で凡その加藤夏樹をちゃんと書く……のかは知りませんが、書くからダイジョウブダロ! イケルイケル!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。