果てがある道の途中   作:猫毛布

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(SAOは)初投稿です。

目標はGGOでシノンさんのお尻に顔面を突っ込んでおねショタに持ち込む事です(迫真
よろしくお願いします。


第1話

――いい事、夏樹(ナツキ)。アナタは私の夢なの。

 

 母の声が聞こえた。何度も聞いた言葉と声。

 夏樹は同時にソレが現実ではないことを知る。夢から逃げ出す様にして、瞼を緩りと上げた。

 生い茂る木々。流れる風。僅かに若草の香りが鼻を擽り、現実的な刺激を与えてくれる。

 視線を左上に持ち上げて、夏樹――ナッツ(nuts)は自身のHPが減少していない事とこの現実が()()()である事を改めて認識する。

 縮こまった身体――幼いと言える体躯を伸ばし、凝り固まってもいない筋肉達をほぐしていく。

 布団代わりにしていた擦り切れそうな外套を身に付けて、手に持っていた曲剣を腰に装着する。

 欠伸を一つしながら、ナッツは立ち上がり、外套に付けられているフードを目深に被り萌黄色の髪を覆い隠す。

 

「ふぁぁ……。一旦街に戻らななぁ。POTも無くなってきてるし、何よりマントの耐久値も剣の耐久値もヤバイし、投げナイフ無いし……うわ、帰れるんかいな……」

 

 メニューを開き、ナッツは所持している回復POTと武器の耐久値を見てげんなりとする。頭の中で街への道のりと恐らく出現(POP)しているモンスター達、その強さを考えて思考を回転させて……やめる。

 

「ま、死んだら死んだでエエか」

 

 ナッツは溜め息と一緒にそう吐き出した。死ねば死ぬだけ。ココはゲームの中の世界――ソードアート・オンライン、アインクラッド。

 仮想現実の世界であり、同時にココでの死は現実世界の死に直結する世界。

 非現実でありながら非幻想。

 幻想でありながら現実。

 

 コレは、ゲームであっても遊びではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆

 

 アインクラッドの世界に置いて、少年と言える年齢のプレイヤーはあまり存在していない。

 ある意味女性よりも奇特な存在。或いは巻き込まれてしまった奇異な存在。そんな奇特で奇異な存在の一人は《トールバーナ》の入り口で安心したように息を吐き出していた。

 

「いやぁ、生きて辿り付けるなんて思ってなかったわ」

 

 誰に言うでもなく、ナッツはそう嘯いた。そして付け加える様に「持ってた剣の耐久値が無くなった時はどうしようかと思ったわ」と更に言葉を続けた。当然、誰かに言っている訳ではない。

 自身の不出来と不運と悪運を噛み締めながらケラケラと笑ってみせた。

 

「さってと、とりあえず同じ剣買って――」

「ナッツじゃないカ」

「なんやアルゴさんかいな」

 

 目の前ではなくて、街の路地からナッツに話しかけたのは同じくフードを目深に被った、語尾に鼻音が被さる様な発音の小柄な――と言ってもナッツよりも少しばかり背の高いプレイヤーだった。

 何度か見知った顔であるプレイヤーにナッツは顔を綻ばせ、軽く手を上げる。そんなナッツに対してアルゴは大きく溜め息を吐き出した。

 

「まさか生きてるとは思わなかったヨ」

「なんや、薄情やなぁ」

「NPC販売の無強化武器数本と数える程度の回復POT。数日も街に戻ってなイ。死んだと思うのが普通ダヨ」

「ちゃんと帰れる計算やったんやで?」

 

 どうだか、とはアルゴは言わなかった。この自分よりも年若いだろう少年がそこまで計算をしているとは思えない。頭が悪い、という訳ではない。ドコか螺子が外れている印象が強いナッツだからこそだ。

 あからさまに「どうだカ」と言いたげなアルゴにケラケラと笑いながらナッツはメニュー画面を開き、アルゴに受け渡しを予定していたモノを送りつける。

 

「……ホントにいいのカ」

「始まりの街でお世話になってるし、恩返しって事も含めてやな」

「……じゃあありがたく貰っておくヨ」

「今度からは金取るで」

 

 冗談めかしてそう言ったナッツにアルゴは苦笑してメニューを操作する。自身のマップデータに追加された迷宮区の詳細、ボス部屋と呼ばれる所までの道のり。

 恩返し。あの始まりの日にがむしゃらに、けれどドコか螺子の外れた様な少年を見つけて、簡単にレクチャーしただけ。人間としての善意に従ったある種の条件反射だったのかもしれない。

 データの重みを感じながらアルゴはナッツに悟らせないように息を吐き出した。

 

「そういや、《会議》って今日で合ってるっけ?」

「……明日の午後四時からだヨ」

「さよか。うーん……準備だけしとこかな」

「いい加減に武装を強化すべきだネ」

「どうせ壊れるまで使うからなぁ」

 

 鍛えれば強くなるということはナッツも承知の上であったが、クエスト入手となると複数本用意する事も煩わしく、ナッツの日常を考えればNPCが常に売っている武器である方が都合がよく、何より複数本を確定で仕入れる事も可能であった。

 

「ココまでで出てきた敵は慣れるまで戦ってるから問題ないよ。ボスは初見になるけど、どうせソロの予定やし、取り巻き駆除が仕事やろ。取り巻きが初見じゃなけりゃある程度イケるイケる」

「いつか死ぬヨ」

「そりゃそうやろ。何言うとるん」

 

 アルゴは噛み合ってない言葉を感じて溜め息を吐き出し、軽く手を上げて踵を返した。どうにも納得のいかないナッツは口をへの字にして頬を指で掻いた。

 しばらく呆れられた事を考えたがすぐにその思考を放棄した。どうせ分かりもしないのだ。

 

「さって、明日になるまでテキトーに過ごそかな」

 

 ぐぃ、と背伸びをしたナッツは明日の《会議》の為かやや賑わっている街の中へと姿を消していった。

 

 

 

 

 

◆◆

 

「ひぃ、ふぅ、みぃ……四十四。僕を合わせて四十五か」

 

 目線だけで人数を数えていたナッツがぼんやりとそう呟いた。欠伸を混ぜて、なるべく人の目に付かない様に壇上から離れた場所、その隅にナッツは座っていた。

 コレが多いのか少ないのか、その判断はナッツがする事は出来ないが、大凡のプレイヤー達がその人数を見て眉を顰めている事から恐らく少ないのだろうと適当に当たりを付けた。

 

「はーい! それじゃあ五分遅れたけどそろそろ始めさせてもらいます!」

 

 目深に被ったフードの奥にある瞳がその男を捉えた。金属鎧、盾、直剣。その髪を見てナッツは眉を寄せた。髪の色は青色だった。記憶と記録を少し漁り、髪染めアイテムが店売りしていたかを思い出す。思い出した結果は無しである。

 ということは何かしらのイベントか。いや、現状覚えているイベントでは手に入らない事はアルゴが証明しているから、モンスターのレアドロップか、もしくは元々そういった色だったのか。

 目を細めて今しがた《騎士(ナイト)》として自己紹介をしたディアベルを見つめて、思考を放棄する。あれがモンスターのレアドロップによるものとするならば自身は相当に運が悪い事になる。

 

「うーん……ドロップ率の偏りまではわからんで……。というかアレか、コレが俗に言う物欲センサー言うヤツか……」

 

 げんなりと自身の運の悪さを悲観したナッツは髪染めアイテムをアルゴに工面してもらうべきかを考える。考えた結果、結局外套で隠しているから無駄という判断になり思考が完結した。もう運良く手に入れば、また考えよう。

 朗々と続く演説を聴きながらナッツは笑みを深めていく。会議、と名付けられているけれど、士気向上の意図の方が大きいのだろう。

 一ヶ月。生きるか死ぬかの世界に閉ざされたプレイヤー達。そこから脱出する為の第一歩の為に今ココに集まっている。そう考えれば四十五人というのは中々に人が集まっていると言ってもいいかも知れない。ナッツは考えを新たにして、ぼんやりとディアベルの演説に意識を向ける。

 

「ちょお待ってんか、ナイトはん」

 

 大凡ディアベルの演説が一段落した時に響いた低い濁声(ダミゴエ)。同じ関西弁を耳にしてナッツはその男へと視線を向けた。

 二つに割れた人垣の間にその男は居た。大型の片手剣、オレンジ色のサボテン頭。片手剣へと視線を送りながらナッツは溜め息を吐き出した。

 

「髪染めアイテムってもしかして普通にドロップすんの?」

 

 いや、そんな訳はない。そうならば自分は持っていて然るべきだ。と思考を振り払い、物欲センサーを恨む。

 非常に悩ましい事実を目の当たりにしながらもナッツは濁声の主張に耳を傾ける。

 

「こいつだけは言わせてもらわんと、仲間ごっこはでけへんな」

「こいつっていうのは何かな? 何にしろ意見は大歓迎さ。でも発言するならいちおう名乗ってもらおうか」

 

 余裕を持ったディアベルの声が響きサボテン頭を手招きする。サボテン頭は壇上へと()()()()、ディアベルではなく囲んでいるプレイヤー見渡してから声を出す。

 

「わいは、キバオウってもんや。こん中に五人か十人、ワビぃいれなアカンやつがおる筈や」

「詫び? 誰にだい?」

「はっ、決まっとるやろ! 今まで死んだ二千人に、や!」

 

 ナッツはポカンとしてしまった。同時に沸々と笑いが込み上げてきて、堪えるように口を抑えて肩を震わせる。もしもコレがディアベルが仕組んだ演目だったならば、盛大に笑ってやろう。とも考えれる程に、ナッツの目にはキバオウが滑稽に映り込んだ。

 一ヶ月で二千人が死んだ。ソレは何故か? この中にいる五人か十人程が狩場を独り占めして、始まりの日にビギナー達を見捨てたから。

 キバオウの憎々しげな主張が止み、NPCによるBGMだけが響く。その中でナッツが肩を震わせて口を手で抑えている。

 

「――キバオウさん。君の言う《奴ら》っていうのは、元ベータテスター達の事、かな?」

「――決まっとるやろ」

「ぶはっ」

 

 ナッツはついに耐え切れずに吹き出して笑ってしまった。集まる視線を物ともせずにナッツはヒーヒーと息も絶え絶えに笑う。

 そんなナッツに対してキバオウは当然の様に激昂した。当然だ。自身の主張を丸々()()()()()に笑われているのだ。

 

「何わろてんねん! このガキィ!」

「こんなん笑うしかないやろ! ひっ、ふひっ!」

「なんやとっ!」

 

 激昂しているキバオウの叫びなど物ともせずにナッツは足を進める。ヒラリと壇上へと飛び登り、物怖じせずにキバオウを見上げ、少しだけ考えてフードを外す。

 萌黄色の髪がさらりと流れ、黒色の瞳が真っ直ぐにキバオウを貫く。ドコか少女にも思える中性的な少年はニヒリと口を歪ませている。

 

「ナッツ言います、以後よろしゅう」

「何がよろしゅう、や! 急に笑いおって」

「なんや、ディアベルさんが名乗れ言うとったから名乗っただけやねんけど、まあエエわ。ソレで、二千人死んだんがベータテスターの責任やって?」

「そうやろ! ビギナーを始まりの街に放置して――」

「そんなら、ココに居る人らはみーんなベータテスターなん?」

「それはちゃうやろ」

「ならビギナーも普通にココに居るんやろ? かく言う僕もビギナーやし」

 

 ケラケラと笑いながらキバオウを見上げるナッツ。その表情に苦虫を噛み潰した様に顔を歪め、苛立つキバオウ。

 

「それでも二千人死んだ事に代わりはないやろ!」

「というか、その死んだ二千人は無謀に特攻したか、自殺したか、ドッチかやろ?

 ベータテスター関係ないやん。アホらし」

「ベータテスターが全部独り占めしてたからやろ! 少なくとも死んだヤツらの中には他のMMOじゃトップ張ってたベテランやぞ! 居ったらココには十倍の……いやもう二層や三層に行ってる――」

「じゃあ死んだヤツの中にはベータテスターって居らんのか?」

「そら狩場とかわかってるんやったら居らんやろ!」

「……じゃあベータテスターって何人居ったんや? 確か千人は居った筈やろ。その全員が現状プレイしてるかはわからんけど、ココにはそのプレイしてるベータテスターが居るはずちゃうの?」

「それは――……。でもやで、狩場を独占したんは真実や!」

「それやったら独占されてる筈の狩場でレベリングとかしたやろう、ココにおるプレイヤーが全員ベータテスターや無かったら話繋がらん言うてるやろ。イガグリ頭」

「イガっ」

「ビギナーでもココに居る。ある程度ゲーム慣れしてるヤツがココに居る。そりゃぁベータテスターもココに居るやろ。ソレが事実やろ」

「……なんやねん。お前は悔しくないんか! 二千人やぞ」

「ニュースで人が死んで、他人やのに悲しむんか。なんや(ジョブ)は聖人か何か?」

「バカにしてんのか!」

「あ、やっと気付いた?」

「なんやとこのガキぃ!」

「……そんなガキでも必死で生きてる世界で死んだ大人の事なんざ知るかボケ」

 

 そう言い放った瞬間にキバオウが静止する。この意味のない漫才もようやく終わる、と溜め息を吐き出したナッツはディアベルへと視線を向けて、申し訳なさそうな顔をする。

 

「なんや、士気下げたみたいでエライすんません」

「いや……」

「全員一緒によーいドンで始まって、ベータテスターさん達が先に狩場に行ったんはわかってます。同時に現状でソレがドレだけ危険かわかってます。

 ソレをこうやってバカ言うヤツが居る事も事実やと思います。それでもこうやってベータテスターさんに感謝してる子も居るって知って下さい。名乗り出る必要はないです、ただ誇ってください」

 

 ナッツは頭を下げて感謝を伝える。どうしようもない世界で先陣を切ったプレイヤー達に頭を下げる。

 疎らに聞こえる拍手が全体に成り、大きく響いた辺りで顔を上げる。ナッツは眉尻を下げて申し訳なさそうな表情を作り上げてキバオウへと向き直り、頭を下げる。

 

「スンマセン、キバオウさん。色々気ィ悪い事言いました」

「……別に、もうエエわ」

「スンマセン。決してそのステキな頭の事をイガグリ言うつもりは無かったんです……! サボテンなんですよね!」

「そうそう、このトゲトゲ具合はなぁ――ってちゃうわボケ!」

 

 ナッツはしっかりとキバオウのツッコミを受けて、笑いの起こる広場に改めて頭を下げてから壇上から降りる。キバオウも眉間を寄せていたが、渋々と壇上を降りた。

 少し息を吐き出して、改めてフードをかぶり直したナッツは目を細める。

 七人――いや、ディアベルさん含めて八人ぐらいか。ちょい少ないかもなぁ。

 自分の演説で反応していたプレイヤーの数を思い出しながら小さく溜め息を吐き出す。尤も、八人という数も結構当てずっぽうであり、確定しているのは名前を上げたディアベルともう一人。フードをしているプレイヤーの横に居る黒髪の剣士。

 別に関わり合いになる訳ではないけれど、ボス攻略に置いてベータテスターという存在は大きい。その大きい存在の士気を著しく下げようとしたキバオウに恨みの視線を送りつつナッツは佇まいを直した。

 

 ディアベルが死んだ二千人の事、そして自分達がこの先どうすべきかをちゃんと纏めて全員の意識の向きが正され、その日の会議は終了した。

 

 

 

 

 

 

 

「いやー、イイ弁舌だったネ」

「なんやアルゴさん聞ぃとったんかいな……なんや恥ずかしいなぁ」

「仮にでも商売相手だからナー」

「商魂逞しいこって」

 

 ナッツはこの世界での恩人であるアルゴに照れたように言葉を返し、溜め息を吐き出した。アルゴは上機嫌にナッツに近寄りフードの奥でニマニマと笑っている。

 

「それで、アレはドコまでが本音なんダ?」

「一割ぐらいやな」

「…………」

「いや、嘘やって。九厘ぐらいは本音やねんで?」

「更に減ってるんだガ?」

「そもそも二千人死んだ所で興味も無かったし、ああせな士気落ちるやろうし。つーか、詫び入れろって、死んだアホ共にどうやって詫び入れさすつもりやねん、あの()()()()()。自分が得したいだけやったらそう言うたらエエやん。ホンマ、アホらし」

「…………ナッツがソレをあの場で言わなくてよかったヨ」

「言わんよ。ボス攻略が遅れるし、何より僕が()()()にこの世界を楽しんでると思ってんねんから」

「二番目?」

「一番は茅場さんやろ。自分の作った世界を眺めてるか、そこに居るか知らんけど……確認した限りは神様気取ってないみたいやけど」

「どういう事ダ?」

「内緒。こっから先は有料やで」

「……恩人なのニ?」

「次は金取るって言うたやん」

「…………幾らダ?」

「一億万コルかな」

「ふっかけ過ぎだナー」

「まあ確証もってる訳ちゃうし、そもそもGMコール無いんが原因なんやけどな」

「通話出来ないからプレイヤーだなんて言わないよナ?」

「ありゃ、バレた?」

「…………ハァ」

 

 呆れたように溜め息を吐き出したアルゴをケラケラと笑いながら見つめる。ナッツは満天の星空を見上げながら、目を細める。

 この星空を茅場晶彦も見ているのだろうか。もしも会ったならば、ナッツはきっと――

 

 

――この地獄に招かれた事を感謝するだろう。


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