ミオン砦の中に入り込めたエクレとシンクだが、その先に待ち構えていた別兵がその先の行く手を阻んでいた。
「夜天はどうした! こんなときに役に立たないやつだな」
「まあまあ、僕たちだけで頑張ろう」
向かいくる敵兵の大軍を相手するエクレとシンク、遠くからリコのサポートでギリギリの戦いを繰り広げていた。
しかしそれも時間の問題、流石に二人で百騎の大軍を相手するのにも限界があった。
気づけばリコからの砲撃の嵐も止み、徐々に押されていく。いつの間にか二人は壁際まで追いやられてしまっていた。
「これかなりピンチな状況じゃない? リコからの砲撃も止んじゃったし」
「無理もない。砲術師は歩兵に詰められば無力なんだ。むしろここまでよく持ってくれたと褒めてやりたい」
ジリジリと近付いてくる敵兵の後ろから大柄の男がセルクルに跨がり、兵たちの間を縫うように近付いてくると、二人の前に止まった。
「フハハハハハ! 親衛隊長も勇者も恐るぅに足らんぞぉ。勇者の坊主は我らが主、ガウル殿下のご指名だ。広場まで来てもらおうぅ、それと小娘の親衛隊長は用はない。降参するなら許してやるぞぉ」
「断る!!」
「ん!?……そうか、なら……少々痛い目を見てもらおうかぁぁ!」
大男の手に持たれていた、鉄球に楔で斧とくっついている武器を持ち上げた。
「エクレ!」「勇者!」
同じタイミングで言葉が重なる。
「何だ」
「そっちこそ」
「いいか、よく聞け」
「エクレこそ」
「僕はここに残るからエクレは先に!」
「私はここに残るから貴様は先に!」
またもや同じタイミングで言葉が重なる。
「だぁー、もう! なんで被んの!」
「それはこっちのセリフだ! スットコ勇者!」
「いいから行けって! ここは危ないんだし! エクレなら砦の中とか詳しいでしょ!」
「足止めなんて難しい戦場、貴様に務まるわけなかろうが! 貴様こそさっさと行け!」
「女の子を危険な目に合わせるわけには行かないの!」
こんな現状のなかで喧嘩を始める二人に囲んでいた兵たちはただただその光景を見つめるだけだった。
しかし、大男はその光景に呆れ、逆に苛立ちが沸き上がっていく。
それも直ぐに我慢の限界がくると、持っていた武器を勢いよく振り回し始めた。
「ああぁぁー!! ガキども! この土壇場で楽しいやりとりしてんじゃねぇー!!」
大男の鉄球が二人に投げ込まれた。
咄嗟の出来事に、大男の攻撃がきていることに気が付いたのはエクレだけだった。
「勇者!」
エクレがシンクの前に立ち、向かいくる鉄球を受け止める。
が、想像以上の攻撃。エクレはそのまま押し込まれ、シンクを巻き込み後ろの壁に押し込まれた。
直ぐに体勢を戻そうと立ち上がるエクレだったが、既に大男は第二発の鉄球を投げ込んでいるところだった。
立ち上がって避ける暇もない、間に合わない、せめて勇者だけでも……そう思った瞬間だった。
二人の前に大太刀を振り上げ、迫ってきていた鉄球を弾き返した。その人物は藁でできた笠を被り、片手に盃を握る姿をしていた。
エクレはその後ろ姿を一目見ただけで、誰なのかすぐに分かった。
「ダルキアン卿!?」
「え?」
「久しぶりでござるな、エクレール。しばらく見ない内に、大きくなった」
ダルキアン卿がエクレに微笑み返すと、ポカンッとしているシンクの方に目を向ける。
「そこにいる勇者殿はお初にお目にかかる。…ビスコッティ騎士団自由騎士!隠密部隊頭領、ブリオッシュ・ダルキアン!」
シンクとエクレの視線が注がれる中、ダルキアンは自分が纏っていたマントと被っていた傘を脱ぎ捨て、どこからか取り出した巻物を開き、こちらに見せながら言い放った。
「騎士団長、ロラン殿から要請を受け、助太刀に参った!」
エクレールの話を聞く限り、ダルキアン卿は大陸最強の剣士だという。
そんな人が、この場にいてくれたら…もしかしたら。
「っ、危ない!後ろ!」
そう思った即座の事だった。ダルキアン卿の背後から、見晴らし塔と思われるその場所から光る物が見えた。それが、弓の矢だという事を悟るまでには時間はかからなかった。
一番最初にそれに気づいたのはシンクのようで、すぐにその事をダルキアンに知らせる。
「…紋章剣」
が、どうやらダルキアンにはその忠告は特に必要なかったようで。
「裂空!一文字!」
腰に差したもう一方の刀を抜き放ち、それによって放たれた光の軌跡がダルキアンを狙った兵士達が立つ見晴らし塔を斬り倒してしまった。…そう、斬って、建物を倒したのだ。
「…は?」
「おぉー!」
シンクの目は丸くして呆然とし、エクレールは感激に目を輝かせている。
倒れた見晴らし塔は砦内へと落ち、俺達を囲んできた兵士たちをけものだまに帰るという二次災害まで起こす。
「さて、と。勇者殿とエクレールは、砦内に侵入して姫様を救出してくるでござるよ。拙者と、ここで殿を務めるでござる。…なぁに、もうすぐ援軍も到着するでござるよ」
「……わかりました。おい、勇者。行くぞ」
「え、でも……。わぁ!エクレール、引っ張らないでよ!」
ダルキアン卿は、エクレに引き摺られていく後ろ姿を苦笑いで見送ったあとに、目の前の敵に意識を向けた。
「貴様一人でぇ、百騎を超える兵を相手できると思ってるのかぁ?」
「やってみないとわからないものでござるよ。それに主殿は既に負けでござる」
「なんだtッ……!?」
大男は最後まで言葉を言う前に、その巨体が勢いよく宙に浮かび上がった。
その巨体をあげたのは、いつの間にかそこで掌底を打ち込んでいた夜天の姿があった。
「夜天殿、もう大丈夫でござるか?」
「なめるなダルキアン、俺は元からピンピンだ」
「そうでござるか。それにしてもたった一撃で《ゴドウィン将軍》を倒されるとは、本当に強くなられたでござるよ」
「これでも手加減はした方だ。…それでもだ、エクレといいこいつといい、ここの仕立て屋は無能なのか? 服が破れるとか詐欺だよな……男のポロリとか吐き気がする」
転がっている巨体、基ゴドウィン将軍は、さっきまで着ていたはずの衣服は全て破り去っていた。運良くうつ伏せだったため、口から滝を流すことはなかった。
「さてと……」
「行くのでござるか?」
「まあな、本命三人のヌードを、この目に焼き付けるためにこの戦に参戦したんだからな。ここは任せたよ」
「…承知したでござる」
夜天はシンク達がいった方向に歩いていった。ダルキアン卿は、またしても苦笑いを浮かべながらその後ろ姿を見つめていた。
『見ないうちに皆成長しているでござるな……』
違う、俺の求めるポロリじゃない!(血眼)