私はあの女が嫌いだ   作:yudaya89

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第23話「寄道」

 予定していた練習試合の日程は問題なく終了した。最後に行った聖グロとの練習試合は、私が提案した体制が問題ないかの最終確認だった。結果はとりあえず問題ないレベルで仕上がっており、OB、OG、家元にも試合を見てもらい納得してもらった。まぁ依然として皆の気持ちが少し緩んでいることに私は危機感を感じているがな!

 

 そして全国大会抽選会を1ヵ月前に控えた日に私は西住しほに呼び出された。久しぶりのOFFを台無しにされ若干苛立ちながら西住家に到着し、大きな茶の間へと通された。

 

 

 そこには西住まほと見知らぬ老婆がいた。老婆が上座に座っていることからしほより目上であり、戦車道に何らかの関係がある人間と推測できた。でもどこかで見た覚えのあるような、無いような・・・

 

 

 

 茶の間に通された俺は老婆に

「さぁ立っていないで座りなさい」

 そう声をかけられ、

「失礼します」

 そう一礼し座った。そして

「このたびの練習試合は10連勝と素晴らしい結果でしたね」

「いえ、たかが練習試合如きに10連勝したところで褒められるわけにはいきません。今回の練習試合では「今の体制が問題なく機能している」。それがわかっただけで私の中では合格点です。しかし新たな問題点が浮上しました。現在その問題点に対しての対策、対応中です」

 俺はありのままのことを話した。勿論昨日まで問題点への対策をエリカと共に徹夜で考えていた。エリカは現在爆睡中。

「まさしく黒森峰の隊長に相応しいですね」

「ありがとうございます。しかし歴代の隊長達に比べるとまだまだだと思っています」

 それからは少し雑談を交えた。ある程度おれの緊張を解してから本題へ入るわけか?まぁ要らぬ心配だな。

「ところで」

 俺は本題を聞き出すことにした。

「今日呼ばれた理由はなんですか?」

 焦らされるのは嫌いだ。

「今日あなたをここへ呼んだのは、私の部隊への勧誘です」

「・・・」

「申し遅れけど私は「緒方千夏」、名前だけは聞いたことあると思うけど、聞いたことはありますか?」

 当たり前だ。「緒方千夏」先の大戦で伝説的な戦果を残し、西住流初代西住アキと同じ車両に乗っていた。そして西住アキの病死後、西住流を支え続けた女性である。齢90を超えているが未だ戦車道連盟などに顔が利く。そして彼女が直接選出、指導した部隊が自衛隊にあり、他国との親善試合等において常勝無敗を誇っている。その部隊に私は勧誘されている。

「勿論存じ上げてます。部隊もかなりの練度を保持していると」

「なら話は早いわね。黒森峰卒業後私の所に来ない?」

 なんだろうか?話がうますぎる。普通こんな難易度の高いところは必ず試験がある。それを素っ飛ばすのは普通しない。

「大変うれしいのですが、今の私では通用しないと思います。まだまだ実力不足と思います」

「いいのよ。これから実力を付ければ」

 ほら見ろ。俺の実力では通じないと今の言動ではっきりした。ならば

「いえ。それでは推薦していただいた緒方様の顔を潰す事になります。なのでテストをして頂きたいと思います」

「テスト?」

「はい。緒方様率いる部隊と私率いる黒森峰で試合をしたいと思います。そこで再度私の実力を見極めてもらい、それから再度検討するというのはどうでしょうか?」

 俺の言葉で少しだが場の雰囲気が変った。

「それは私の目を疑っているということでしょうか?」

「私の本当の実力を再認識していただく場を設けて頂きたいと思うだけです」

 俺は自信を持って答えた。

「なんと無礼な!!遠まわしに私の目を疑っていることではないですか!」

 緒方のババアが大声をあげる。ほんとに90超えてるのか?

「こんな無礼な人間は私は初めてです」

 そう言い放ち席を立った。

「今までの話は無かった事に。失礼する」

 老婆はそう言い放ち、茶の間を出て行こうとした。

「自分の目を疑われたぐらいで癇癪を起す。それが嘗ての大戦を生き残った人物の正体ですか」

 俺はせっかくの休日を潰された腹いせに毒を吐く。

「それとも元から詰らないプライドが高いだけの人間だったんですか?もしそうなら私は耳を疑いますね。歴代の戦車乗り?ホントはただ臆病なだけの小心者だったんでないかと。だって最初に死ぬのは詰らないプライドを振りかざす人間と相場は決まってますから」

 そこまで言うと西住しほが

「そこまでです!!口を慎みなさい!!」

 だが

「いえ、ここまで来たら私も言わせてもらいます。あなたが私を評価するのは間違っている。私があなたを評価します。なぜなら今のあなたは戦車乗りではなく、下らないプライドを振りかざす老害です」

「・・・」

「・・・」

「・・・」

「よくわかりました。ならばあなたの提案に乗りましょう。私の部隊と黒森峰との練習試合。車両は30両同士。試合形式はフラッ「殲滅戦で」・・分りました。殲滅戦で、試合は1週間後。どうですか?」

「いいと思いますよ。まぁ精々歳を理由に逃げないでくださいね。これは私とあなたとの戦争です。間に訳のわからない人間は鬱陶しいだけなので入らないようにして下さい」

「私に直接指揮を行えと?」

「当り前じゃないですか。それとも小娘一人相手にできないほど落ちぶれてるんですかね?ああ、それなら仕方ないですね。代わりの人間でいいですよ。勘弁してあげます。どうせ負けたらいい訳は「私なら勝てる」「私ならあんなミスはしない」と。ならばあなたが最初から指揮を行えばいい」

 そして

「「撃てば必中、守りは堅く、進む姿は乱れなし。鉄の掟、鋼の心」今のあなたに出来ますか?この言葉通りの戦車道が」

 俺は「失礼します」といい茶の間を出た。その後黒森峰に帰り、ある程度仕事を終わらせ自室に帰り、その日は就寝した。

 

 

 

 

 

 翌日

 

 

 ドアをノックする音で俺は目を覚ます。まだ朝練には十分すぎるほど時間がある。もう少し寝かせてほしいと思ったが、あまりにしつこくノックするのでドアをあけに行く。本当に昨日から俺の休みを邪魔する人間が多いこと。

 

 ドアを開けるとそこにはエリカがいた。新聞を持ちその表情は何だか怒っている。

 

「どうした?」

「あんた、昨日何したのよ?」

「婆と喧嘩した」

「これ見なさい!」

 乱暴に渡された新聞には

 

『霧島エリ、緒方様と決闘!!??」

『霧島隊長、緒方様を怒らせる?黒森峰への援助打ち切りか!?」

 等と書かれていた。まぁあの婆の嫌がらせだ。

「あんた、これどうするのよ?」

 エリカが呆れたように言い放つ。

「まぁ入って。着替えながら話す」

 

 

 

 

 

「結論から言うと緒方と喧嘩した。理由は俺をスカウトするしない。決着方法は練習試合と名目しているが、実のところ戦争。以上」

「何よそれ。それで喧嘩の経緯は?簡潔にね」

 俺は簡潔に説明した。

 ①練習試合の結果を褒める。何度も言うが練習の延長上に練習試合があり、練習したことを試すのが練習試合だ。それを褒めるとは・・・逆に練習試合如きで喜ぶなと怒られなければならない。

 ②結果だけ見て状況を見ていない。もしも彼女が今の黒森峰を見ていたならば浮かれているのは一目瞭然。しかしそれが彼女から言葉として出ない=現状を見ていない。よって人の話しか聞いていないと判断できる。

 ③そんな状況でスカウトされるのは嫌。だからあなたの目で再度判断してほしいと申し出たら怒られた。そして言い合い→現状。

 一通り説明したのち、エリカが少しあえきれた感じで

 

「言いたいことは分かるわ。でも人が悪いわね。緒方様を怒らすなんて・・・どうするの?」

「人間ってのは言い方や表現の仕方で物事の捉え方が変わる。まぁダメ元で何とかしてみる。失敗した時?まぁ私がここから居なったり、自宅や路地裏でレイプされるか何かされるだけよ?どうしたの?」

「・・・何考えてるの?」

「さぁ~何も考えてないわよ」

 

 それ日を境に黒森峰の状況は変わった。今までチヤホヤしていた報道は一変して黒森峰叩きに、主に霧島エリ隊長を中心に行われた。OG,OBからは連日のように電話や訪問で嫌味を言われる。我々の敵は敵高から母校となった。そしてたったの2日で状況に耐えられなくなった隊員から

「霧島エリ隊長は辞任すべきという」声が上がり、それが他の隊員を巻き込み、霧島エリへの反乱が起こった。学園内から学園外にもその運動は広まり、危険な状況へ発展していった。

 

 その事を慌てて隊長室に駆け込んできたエリカから報告され、俺は仕方なく学園艦全ての人間へ向けて釈明というか謝罪会見的なものを実行することになった。状況が変化して3日目の事だった。しかしもっと早くにこういう事態になると予想していたのだが・・・まぁいい、この事態になるのは「想定範囲内」というか「計画通り」なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「今日は今黒森峰に起こっている状況について話をさせていただきます。今までの報道や新聞の記事は全て本当であり、緒方様は私に対して怒っておられます。なぜなら「隊長であるにも関わらず、部隊が学校全体が浮かれているのを阻止できないのか」という問いに私が緒方様を納得できる回答を出せなかった・・・というのが緒方様が怒っている理由です。練習試合如きで10連勝したぐらいで何を浮かれているのか!!浮かれている隊員を何故指導できていないのかと・・・私は何も答える事が出来ませんでした」

 

 少し間を空けて

 

「そして緒方様が、「そんな布抜けた精神で戦車道をされては、今後の戦車道の復興に邪魔なだけです」と仰られその場を後にしました。そして翌日このような事態になっていました。この度全校生徒、いえこの黒森峰に住んでいる全ての住民、そしてOG、OBの方々に御迷惑をお掛けしたことをお詫びします。そして本日を持ちまして私霧島エリは隊長職を逸見エリカさんと交代する事及び不祥事の責任を取りこの学園を退学、船より退艦することが職員会議で決定しました」

 

 

 

「私の技量不足によりこのような事態になってしまった事をお詫び申し上げます」

 

 深々と頭を下げる。そして会見は終了した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 会見後職員会議が再度行われ、緒方様が怒っている理由及び原因が判明し、その原因が学校にあるということが判明した。霧島エリは当初から学校や戦車道の隊員達が浮かれている事を校長に相談していたことが分かった。しかしその時相談した校長がまともに取り合わなかった事が更なる波紋を呼んだ。しかしそれは霧島エリが

 

「あの時の学校の雰囲気では仕方がないこと。逆にあの時学校が浮かれている事に危機感を覚えた教師がいるのならこの場で挙手をしてください」

 その時誰一人として挙手をしなかった。

「そういう事です。この件に関して私からは今後このような事例に対するマニュアル作成をお願いするだけです」

 

 また戦車道内で霧島が部隊内の士気を落としたくない等の理由によりあまり強く言い出せなかった事も判明した。

 その後学校側も今後このような事例への対応としてマニュアルを作成。教師一人一人への周知を行うなどの対応をとった。また一人の生徒に責任を負わす行為を厳しく禁止した。

 マスコミへは今回未成年の実名報道、住所の露見などにより霧島エリへの身体的危険及び精神的苦痛を与えたとして厳重に抗議した。

 住民はこの事を理解し、デモに参加した人間は全て警察へ出頭及び本人への謝罪文を提出した。結果霧島エリに被害はなく、本人より

「今後の黒森峰の発展にご協力お願いします」という言葉により、誰一人として罪には問われなかった。しかし一部の人間は強姦未遂により逮捕、退艦することとなり、霧島叩きから一遍して霧島を英雄扱いしていたマスコミに実名報道された。その後の彼らの運命がどうなったかは誰も知らない。

 

 そして霧島エリは再度開かれた職員会議の結果、簡単に言うと「これからも隊長頑張れ」ということになった。ようは無罪放免だ。

 

 

 

 

 戦車道の隊員達は全員深く反省した。緒方様を怒らせた原因は自分たちであるにも関わらず、何もしらないとはいえ反乱まで起こす隊員を出してしまった事。副隊長以外に隊長の味方が居なかった事。それらに関して霧島隊長へ頭を下げた。その時

「私に頭を下げる暇があるなら練習しなさい。緒方様との試合で無様な姿を晒さないように。OG,OBの皆様に恥をさらさないように。

『1日練習しなければ自分に分かる。

2日練習しなければ批評家に分かる。

3日練習しなければ聴衆に分かる』

分りますか?貴方達はもう既に4日も練習していない。この意味がわかりますか?次は『馬鹿にだって分かる』です」

 この言葉を聞いた隊員達は心を入れ替え必死に今までの分を取り返した。試合まで3日しかないが、彼女達は今まで以上に練習に没頭した。

 

 

 全てを知っていたため、たった一人の味方だったエリカに礼を言い、俺は自室に戻る。前の自室は住所が割れたため、学校側の意向で部屋を変更する事になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「これで俺が勝っても負けても罰も罪もない。そして全国大会にむけての最大の問題も解決できた・・・本当にあの婆に感謝せねばな」

 

 

 

 

 多少身の危険があったが、まぁ計画通り事が進み、終息していった。

 

 

 

 しかし今回は少しムカついた。いつものように相手を撃滅したいが、相手はエリート中のエリートであり、本物の精鋭部隊だ。私達では相手にならないだろ。しかし彼女達にも弱点がある。それは

 

 

 

 

 

 

 指揮官以外の隊員は「戦争」を体験していないということだ」

 

 

 

 

 

 この試合はスポーツではない。死合・・・戦争だ。だからそこに付け入る隙はある。

 

 

 

 

 


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