「やーやー、霜月くん。楽しそうじゃないか」
「どこがですか」
雷同大佐。まったくもってよく分からない人だ
「まあまあ。君をこの部屋に呼んだってことは――わかるよね?」
「……霧島レオナのことですか」
「正解!なんてゆーかさ、霧島死刑囚のことを調べてたら世界って狭いんだなーって思っちまったよ」
この人の悪い癖だ。どうでもいい話もどうでもよくない話も、無駄に前置きを長くとる
「霧島レオナと東雲亜子は、異母姉妹だ」
「なっ……」
「DNA鑑定の結果さ。ほぼ間違いない。それともう一つ」
まだあるのか
「君、彼女と手合わせをしたって報告したよね。どうだった?」
「大佐に勝るとも劣らないほど手強かったです。下手をすれば負けていました」
多少のハンデがあったとはいえ、あそこまで追い詰められたのはいつ以来だろう
「君にそこまで言わせるか!すげえな!」
さっきから何なんだよ
「彼女に武術を教えたのは雲崎廉十郎。かつて君に武術を教えた、伝説の傭兵だ」
「……何やってんだ師匠」
雲崎廉十郎(くもさき れんじゅうろう)は、先程大佐が言ったように『伝説の傭兵』と呼ばれ、現役時代に培った体術や剣術などを俺のような軍人志望者に教える道場をしていた
「数年前、隠居したと聞いておりましたが」
「当時中学生だった霧島レオナが最後の弟子だそうだ。そして――」
「?」
「その雲崎廉十郎が霧島レオナによる連続大量殺人の、最初の被害者だ」
すっかり忘れていた。1763件もあればそうなるのが自然かも知れないが、最初の被害者が師匠という事実がなぜ頭から抜け落ちていたのだろう
「なぜその情報を、俺に?」
「ボクが考えそうなことさ、わかるだろう?」
『ただの嫌がらせ』
「いいね、霜月くん。やっぱり分かってるじゃあないか」
しかし、だとしたらだ。皮肉にも少し打ち解けて来た俺が初日に抱いたあの疑問を、ぶつけざるを得ないじゃないか
「大佐、一つ聞きたいことが」
「何だい?」
キミから話題を降ってくるなんて、と言わんばかりに目を見開く。そんなに意外なことをしたか?
「霧島レオナによる連続殺人……大佐は本当にアイツがしたと思いますか?」
「何故その疑問が浮かんだのか気になるな。それを聞いてから答えよう」
「奴の話し相手をして暫くして、幾つか気付いたことがあります」
他人に触れられるのを極端に嫌うこと、初対面の人にはかなり気を遣えること。……ああ、年齢なりの恥じらいも持ってたな。これらは東雲のおかげだ
そして傷付いた過去を思い出した時、他人の言葉が救いになり、涙を流せること
俺にはどうもその全てが演技とは思えないし、仮に演技じゃなかったら俗に言うコミュ障の普通の女子高生のそれじゃなかろうか。まぁ他人と会話したい意思があるからコミュ障とは違うかも知れないが
そのことを伝えると神妙な面持ちになった
「確かにボクも疑問に思ってるよ。いくら雲崎廉十郎の元弟子で霜月くんを打ち負かす実力を秘めていたとして、1763人を殺すほどの殺人衝動――つまり動機が思い浮かばない。君も知っての通り、雲崎の指導方針は『誰かを護る為の力』だからね。というか一介の女子高生にそんなことできるかって話だよ」
「……全く以て同意見です」
「ただ、本人が名乗り出たうえに供述内容と検死結果が全て合致している。警察、延いては国の意見としては『これ以上事を荒立てる必要は無い』ってところかな。混ぜっ返して犯人が見つからないのが最も駄目なパターンだからな」
分かっていた。それでも別の真犯人の存在を疑ってしまう
「君は霧島レオナを庇うのかい?」
「違いますよ。疑問に思っただけです」
「なら良いんだ。君が霧島や亜子ちゃんとイチャイチャしてる間にボクはボクでもっと調べるよ」
「……」
一度大きく伸びをして真剣な表情になる雷同大佐。
「霜月少尉、改めて霧島レオナ死刑囚の対話相手の任務を続行せよ」
「御意」
結局俺がやることは変わらない。ただ、自分の意見に少し自信が持てた。それだけだ