アイビス×マサキ(スパロボOG)   作:マナティ

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第七章:堕天の序曲

 

 

 

   Ⅰ

 

 

 ラングレー基地を拠点とした異星軍地上部隊は、数えて五つの部隊によって侵攻を受けていた。

 

 北方からはライノセラス級陸上戦艦「レッドノーズ」を旗艦とする陸戦機甲連隊。

 

 東方大西洋からはキラーホエール級潜水艦「シードラゴン」を旗艦とする揚陸連隊。

 

 南方からはライノセラス級陸上戦艦「タイラント」を旗艦とする空戦強襲連隊。こちらはノイエDC所属の部隊である。

 

 そして西方からは、スペースノア級万能母艦「ハガネ」および「ヒリュウ改」。

 

 それぞれが複数の機動兵器大隊を抱え、数で言えば総数500を超す大部隊となる。対して異星軍側の戦力は300前後と予測されており、物量面においては間違いなく連邦軍側が優位に立っていると言えた。

 

 500と300の戦いであれば当然前者が勝つだろう。ところが数字通りにいかないのが戦争の常であり、異星軍側とて自らの劣勢を看過しつづけるはずもなかった。合流さえすれば異星人を飲み干すに足る連邦軍も、逆に言えば合流するまでは東西南北に点在する独立した戦力に過ぎない。500対300ならば結果は見えていようと、100対300を五度繰り返すとなれば話も変わる。とりわけ異星軍は条件付きながら空間転移技術を有しており、戦力の運用速度においては地球側を遥かに上回っていた。

 

 最初に攻撃を受けたのは、大西洋を行軍していた東方部隊だった。深海に潜行した潜水艦は、それだけで究極のステルスを体現している。不意の遭遇戦ならばともかく、そこを狙い定めての襲撃など本来ありえない。しかし、そんな地球軍側の常識など一顧だにせず、深海装備の機動兵器部隊一個中隊が、潜水艦隊の直下にまるごと転移してきた。

 

 起こるはずの無い敵襲に潜水艦隊は軒並み浮き足立った。直下というのもまた致命的であった。水中で下腹部を抑えられることは、地上戦において上空を抑えられるのと同様の意味を持つ。シードラゴン艦長フランクリン・フォックス中佐の号令のもと必死の抗戦が展開されたが、しかし状況を覆すには至らず、東方軍はラングレー基地にまで辿り着くこと無く、あえなく壊滅の憂き目にあった。

 

 沈没直前のシードラゴンから一つの映像データが、まるで遺言のように他方面部隊へと発信された。そこにはドルーキンと呼ばれる緑色の巨人が、泡と水蒸気に消えて行く艦隊を静かに見送る姿が映し出されていた。

 

 次に襲撃対象となったのは、ノースカロライナ州を縦断中にあった北方の陸戦部隊だった。彼らが有していた戦力は、機動兵器にしておよそ100。襲撃した異星軍もほぼ同数だったが、陣形の優劣が勝敗を分けた。進軍中であった北方軍の隊列は縦に伸びており、異星軍側は空間転移を利用してその両側面を突いたのである。高空から俯瞰すれば、ちょど「%」の記号のような布陣となる。兵力は同数でも、こうなっては勝負にならない。

 

 戦いはほんの半刻ほどで終わった。荷電粒子の束を雨霰と食らい、火と煙にまみれついには沈黙した旗艦レッドノーズを眼下に、異星軍の指揮を執っていた青色の巨人は銃を下ろした。

 

「ま、こんなもんか」

 

 グレイターキンのコクピット内で、異星軍幹部の一人たるメキボスは、そう退屈そうに一人ごちた。

 

 

 異星軍の猛攻により、五つの部隊のうち二つが潰走したという連絡は、残りの三部隊にも即座に伝達された。

 

 反応は三者三様であった。

 

「これで戦力面での優位は崩れた。だが劣勢ではない。対等になったまでのことだ」

 

 巌めいた表情でそう述べるのは、南方軍指揮官にしてノイエDCを統べるバン・バ・チュン大佐である。落胆とも平然ともつかぬ曖昧な口調だった。彼のみは、立場上のこともあって現状に一義的な感慨を持てないのだろう。

 

 対して、西方軍の片翼たるレフィーナ・エンフィールド中佐は、その女性らしい感受性によって悲嘆を拭えずにいた。

 

「ランバック中佐とフォックス中佐は、双方戦死されたとのことです。尊敬に値する優秀な将校でした……」

 

 言っても詮無いこと、とバン大佐は思いはしても口にはしなかった。レフィーナ艦長の言葉は建設的ではないが人間的ではある。そしてバン大佐自身もまた人間だった。

 

「今後の作戦についてはどう思われます」

 

「大佐と同じ意見です。作戦は継続すべし。手痛い反撃を受けたとはいえ戦力比は決して劣勢ではありません。ラングレー基地の挟撃はまだ十分可能です」

 

 意見の一致を見た二人は、最後の一人の方へ顔を向けた。ダイテツ・ミナセ中佐は言わずもがなと、一つ頷いた。

 

「どの道、退路などないのだ。ここで勝たねば、起死回生のプランタジネットは始まりもしない。背に水を負うのは敵も味方も同じ。作戦は変わらない」

 

 ダイテツのその言葉で作戦会議は終わり、三隊は一斉に進軍を再開した。DC部隊は南より、ハガネ・ヒリュウ改の両隊は西より、目指すは言うまでもなくただ一点、バーニジア東端にして大西洋沿岸に位置するラングレー基地。もはや地上においてただ一つの病巣と言え、これさえ摘出すれば地球人類の健康は回復し、逆にこれを摘出できなければ病状は悪化の一途をたどるだろう。

 

 作戦完遂のためあらゆる裁量を委ねられている各艦長たちだったが、唯一敗走だけは許されていなかった。軍組織の中核とも言える佐官クラスが三人いたとしても、やはりそれはあまりに重すぎる責務だった。

 

 

 一方、異星軍側でも同じように幹部クラスが集い、今後の戦略のための会議が行われていた。

 

「まずは東を沈めた」

 

 ところはラングレー基地の作戦室。異星人幹部メキボスは、そう言いながらスクリーンに映る周辺地図の一点を示した。

 

「次に北を破った。さて、次だ」

 

「西と南の二つに一つだろ? あたいとしちゃ西に行きたいけれど」

 

 同じく幹部アギーハが同席者の顔を見渡すと、ヴィガジが不機嫌そうに唸った。

 

「ハガネ隊は手強い。転移を用いたところで、南が駆けつけてくる前に沈めることは難しいだろう。自ら網の中に飛び込むようなものだ。行くならば南だろうな」

 

「おや、てっきり一目散に西へ行くかと思えば。こっぴどくやられて、さすがに懲りちまったのかい?」

 

「だまれ。ガルガウの修復が完了した暁にはハガネ隊の……なかでもあの忌々しい二機小隊の首は必ずこの手でもぎ取ってやる。貴様には譲らぬから、よく心得ておけ」

 

「そりゃ困る。あたいだってあいつらには貸しがあるんだ」

 

「そこまでにしろ」

 

 脱線しかけた話を、メキボスが塞き止めた。

 

「話の続きだ。ラングレーの転移装置だけじゃ、転移による戦力運用は一回こっきりの片道運転。それを西に向けたんじゃ、ヴィガジの言った通りになる。かといって南の戦力も、そう馬鹿にできたものじゃない。ハガネ隊の援軍が駆けつけてくるまでに黙らせるのは難しい。この二つの部隊は、距離もそう離れてないからな。なら、いっそのこと欲張らずに、ここで陣を張らないか?」

 

「そりゃ定石ではあるけどさ。MAPW持ちをごろごろ抱えるハガネ隊に、防衛戦かい? サイバスターか例の合体特機に焼き払われるのがオチだろうに」

 

「否定はしないが、ま、ものは考えようだ。こいつを見てくれ」

 

 首を傾げる二人の前で、メキボスは器用に地球製の機材を操作して、事前に作成していた作戦要項を画面に呼び出した。メキボスが作戦の仔細を説明し終えたとき、ヴィガジは腕を組んで考え込み、アギーハは面白そうに瞳を瞬かせた。

 

「面白いね。堅実かと思えば、なかなかに博打じゃないか」

 

「しかしラングレーの命運は変わらない。地上制圧の足がかりを失ってしまっては……」

 

「いいや、意味はある。どだいあれだけの戦力差を前にして勝ちきろうってのが、そもそも高望みだったのさ。ラングレーはもう仕舞いと、ここらで見切りをつけておくべきだ。無論、転移装置だけは何としてもホワイトスターに送り返すがな。要点はもう如何に勝つかじゃなく、如何に気分よく負けるかにある」

 

「舞台はどのみち宇宙に移る。その前の最後の一花ってわけか。いいね。あたいはそれでいいよ」

 

「しかし、ウェンドロ様にはどう釈明したものか」

 

「その点については問題ない。何を隠そう、この作戦はつい先日にあの方から賜ったものなんだ。お墨付きってやつだな」

 

「なんだい。感心して損した」

 

「ならば異論は無い」

 

 二者からの同意を得られ、メキボスは先ほどから一言も発しない四人目の幹部を見やった。

 

「シカログはどうだ?」

 

 問いかけられても、男は無言と鉄面皮を微動だにさせなかった。

 

「いいってさ」

 

 そこから何をどう読み取ったのか、アギーハがそう口添えして、場は開きとなる。四人は立ち上がり、顔を見合わせた。異星軍総帥ウェンドロの旗下、四人の幹部たち。ハガネ隊の人間からは「四天王」などとも呼ばれることもある彼らは、決して仲睦まじい間柄ではなかった。しかしこの時だけは、ある一点における心情の一致が間違いなくあった。

 

「んじゃ、一発かましてやろうぜ」

 

「目にもの見せてくれる」

 

「派手に遊ぼう。ね、ダーリン?」

 

「……」

 

 

   Ⅱ

 

 

 新西暦187年11月25日。天気は快晴にして風も無く、気温は15度前後とやや肌寒いが、季節を思えばむしろ温暖と言える。異星軍が居を構えるラングレー基地の勢力圏内にハガネ隊が脚を踏み入れたのは、真冬の厳しい寒気の間に顔をのぞかせた、そんな優しげな日のことだった。

 

 ラングレー基地は、旧暦の頃はラングレー空軍基地と呼ばれ、米軍有数の軍事施設に数えられていた由緒正しい土地である。敷地の東側半分は海岸に面しており、西側半分は演習のために切り拓かれた荒野が、さらに先には森林地帯が広がっている。旧暦の頃は市街地とも普通に面していたのだが、暦が改まってからは軍拡の影響で四方一帯は丸ごと軍の領地となり、付近には街どころか人家一つ見当たらない。いたとしても事前の避難勧告で、とっくに住民は避難していることだろう。

 

 ハガネ隊は現在、そのラングレー基地の北西約25kmの地点にいた。基地をぎりぎり目視できる、まさに目と鼻の先といえる位置である。敵も当然、ハガネ隊の存在には肉眼とレーダーの双方で気付いているはずであり、いまはちょうど開戦前のにらみ合いの段階にあるというわけだった。嵐の前の静けさである。

 

 交戦開始時刻は、1000時と予定されていた。人間が最も活動的となる時間帯であり、戦闘においても夜襲などの戦術上の都合を無視すれば、この時間帯に行うのが理想的と軍教本には記されている。

 

 朝6時。ハガネの食堂はいつも通りの賑わいを見せていた。これが最後の食事となるかもしれないことは、誰の胸の内にもある認識だった。しかし、それはなにも今日に限った話ではない。ここに集う人々はみな、そういった心持ちに慣れきった者たちだった。

 

 それでもさすがに個人差はあるようで、アイビスも昨日までは問題なく平らげられた分量の朝食に、やや手こずっていた。出撃前は何時もこうであるので、無理をせずに食器を置く。皿の上は片付いたものの、トーストが丸々一枚残っており、アイビスは向かい側に座る少年に目を向けた。

 

「食べる?」

 

「くれ」

 

 簡潔な取引のもと、アイビスの二枚目のトーストはすぐさま少年の三枚目となった。きつね色に焼かれた食パンにひょいひょいと目玉焼きとハムを乗せ、少年は大口を開けてかぶりついた。

 

「マサキの胃袋は鉄で出来てそうだね」

 

「もう何十回目かも分からねえんだ。今さら緊張なんてできるか」

 

 むしろマサキは、咎めるようにアイビスを見た。

 

「お前も、もうちっと胆を鍛えねえとな。戦いだろうが宇宙探検だろうが大事なのはメシと度胸だぜ」

 

 古兵ぶって訓戒を垂れるマサキだったが、口元にパン屑が付いていては締まるものも締まらない。アイビスがつんつんと自らの唇を指差すと、気付いたマサキはそそくさと口元を拭った。

 

(こうして見ると、「年下の男の子」って感じなんだけどなあ)

 

 マサキがアイビスの陸と空での違いに一時期戸惑ったように、アイビスの方もまた似たような感覚をマサキに対して抱いていた。小隊長と小隊員、姉と弟。二人の間で、互いの立場と役割はくるくると入れ替わった。あるいは、だからこそこの二人は気が合ったのかもしれない。頻繁に返される砂時計が、けっして尽きる事の無いように。

 

「人間度胸も大事だけれど、身だしなみもきちんとしないとね」

 

「いいんだよ、男は風呂にさえ入ってりゃ。お前こそ女なんだから、もう少し服とかに気を使ったらどうなんだ」

 

「これは制服だよ。あたしだって私服はちゃんと選んでるさ。前に見たでしょ?」

 

 数週間ほど前、ハガネ隊が極東基地に逗留している間、乗組員達に丸一日の休暇が与えられたことがあった。その際パイロット数名が集まって街遊びへと繰り出したのだが、それにアイビスとマサキも参加しており、確かにその時マサキはアイビスの私服を目撃していた。

 

「あの銀色の奴か。そうだったな。普段、陸じゃぁ気が小さいくせに、着る服はやけに強気なんだなって驚いたっけ」

 

「つ、強気って。あれくらい普通だよ」

 

「そうか? エクセレンが悔しそうな顔してたけどな。上を行かれたって」

 

「動きやすいってだけだよ」

 

「へいへい。んじゃ、そういうことにしておくか」

 

 如何にも含むところを持つようなマサキのにやけ顔に不満を覚えながらも、しかしアイビスはこのとき確かに、遠景に浮かぶ敵本拠地のことも、わずか数時間後に控える決戦のことも忘れていた。如何なるときも変わらない少年の自然体が、いつもアイビスに同じものを思い出させる。アストロノーツの常備薬の一つに精神安定剤があるが、この少年がいてくれれば自分には必要ないようにアイビスには思えた。

 

「ごちそーさん。そろそろ行くか」

 

 マサキは返事を待たずに立ち上がり、アイビスもそれに続いた。

 

(あと一枚くらい、食べられたかもしれない)

 

 気まぐれな胃腸の具合に、アイビスはそんなさもしいことを考えた。

 

 

 ラングレー基地の周囲には、第一・第二防衛ラインが張り巡らされている。そのうち第一防衛ラインは元々存在していた地球製の対空ミサイル施設のことを指すが、これは異星軍に占領された際に破壊されている。

 

 より外側の第二ラインは異星人が新たに敷設したもので、テスラ研にも見られたドライバー・キャノンによる対空砲台群のことである。

 

「その数は五十以上にも昇る。さすがにこの数では強行突破はほぼ不可能。テスラ研の時と同じ手は使えないということだ」

 

 この日のモーニング・レポートは、ラングレー攻略作戦の最後のおさらいの場となった。スクリーンから発せられる光で、その前に立つキョウスケの顔に影が落ち、その眼光をより鋭いものにしていた。

 

「そのために今回の作戦は、全くの正攻法が採用された。全機動兵器は超低空でラングレー基地をめざし進軍。敵の砲台に対しては、地形を盾にしながら接近・破壊する。そしてDCと足並みを合わせ、敵本陣を叩く。無論、行く手を遮ってくるであろう、敵機動兵器部隊を蹴散らしながらな。要は出撃したが最後、ラングレーまで直進し続ければ良いということだ。分かりやすくて良いだろう」

 

 キョウスケなりの精一杯のユーモアはそれなりに機能して、何人かの笑いを誘うことに成功した。ユーモアそれ自体よりも、彼の似合わぬ気遣い方のほうが効果としては大きかったようだ。

 

 無理を通せ。本作戦の趣旨を端的に述べるなら、これに尽きた。無体な命令ではあったが、起死回生を果たすためには、それだけのことを為さねばならないことも確かだった。家族のため、仲間のため、世界のため、自分のため。動機の源泉は各人様々であったが、それは覚悟という名の共通した意志として収束し、この場に居る全員の間で溶け合い、一つになっていった。

 

 時計が九時三十分を指し示す。

 

「時間だ。全機、出撃態勢に入れ」

 

 戦闘司令官の号令のもと、ハガネ隊のパイロットたちは皆一様に、弾かれたように走り出した。格納庫に次々と人影が飛び込んでいき、それぞれの愛機に駆け出して行く。数十もの巨人たちの瞳に一斉に光が灯った。

 

「フリューゲルス・ワン。チェックイン」

 

「ツー」

 

 回線を揃えて、繰り返す。

 

「フリューゲルス・ワン。チェックイン」

 

「ツー」

 

 間髪入れない呼吸にひとまずの満足を得たのち、この程度のやり取りすら覚束なかったころのことを、マサキはふと思い返した。アイビスがもたついたせいというときもあれば、マサキがそもそも呼びかけるのを忘れたせいというのもあった。それが、今となってはなかなかのものに仕上がったものだった。

 

「今日はブルってないのか? 二番機さん」

 

「そう何度もお世話にはならないよ、一番機さん」

 

「へえ。今日は雪が降るかもな」

 

「冬に降ったって、おかしくないじゃないか」

 

「んじゃ槍が降るな」

 

「降ってくるのは砲弾だよ。でも、あたしたちには当たらない。そうでしょ?」

 

 強気な物言いに、マサキは満足して頷いた。タスクあたりが何と言おうと、少年にとってのアイビスとはまさしく今のアイビスだった。流星の如く真っ直ぐな、一文字の軌道を描くアステリオン。マサキの彼女に対する第一印象といえば、まずそれなのだから。

 

 リニア・カタパルトに乗って、矢継ぎ早に味方機が空へ投げ出されて行く。やがてマサキたちの順番が回って来た。

 

「そうだな。当たるわけがねえな」

 

「うん」

 

「じゃぁ、見せつけてやるか」

 

「うん」

 

 コンベアに乗って、サイバスターがカタパルトまで運ばれる。脚部固定。充電開始。エーテル・スラスターが静かに呼吸を始める。

 

「こちらブリッジ。フリューゲルス・ワン、発進どうぞ」

 

「フリューゲルス・ワン、サイバスター出るぞ!」

 

 瞬く間の加速をもって、サイバスターは外界へと飛び出した。エーテルが爆ぜ、風に乗る。煌めく粒子が、宝石の如く空を舞い踊っていった。

 

 やがて後方からアステリオンが追いつき、二機は連なり合った。フリューゲルス小隊が完成する。彼らだけではない。最前列ではATXチームが先鋒を務め、そのわずか後ろにSRXチームが控えている。ゴースト小隊、オクト小隊が左翼・右翼を固め、その他の小隊が後ろに続いていく。小隊と小隊が連なり合い、「ハガネ隊」という名の一つの塊となった。

 

 全機出撃、ならびに陣形構築が完了した。持てる全ての戦力を投入し、ハガネ隊が行く。

 

 地球人類と異星人の、地上最後の決戦が、始まろうとしていた。

 

 

   Ⅲ

 

 

 艦橋オペレーターより砲台射程圏内到達の連絡の一瞬後に、超音速の砲弾が暴風雨のごとくハガネ隊に降り注いで行った。一発一発が長距離ミサイルすら撃ち落とす威力と精密さを持っている。一瞬でも機体の操作を誤れば、ひとたまりもなく蜂の巣にされるだろう。そんな弾幕の中をハガネ隊は、ジガンスクード、グルンガスト、龍虎王など装甲に富む特機タイプを最前面に置きつつ、真っ直ぐに突っ切って行った。

 

 とりわけ高出力のEフィールドをバリアとして展開できるジガンスクードは、こういった際の切り込み役にはまさしく適任といえたが、パイロットにしてみればとんだ貧乏くじと言う他ない。

 

「くっそー。金一封くらい出るんだろうな」

 

「無駄口を叩かず、出力ゲージをよく見なさい。大事な弾除けなんだから」

 

「そりゃないぜ、レオナちゃん」

 

 嘆くタスクだったが、そんな彼も口をつぐまざるを得ない情報がレーダーから伝えられて来た。敵機動兵器部隊襲来を確認したのである。数は二十機と少ないが、砲撃の波に乗って進軍してくる二十機となれば厄介極まりない。ましてや、それを率いる指揮官機の雄々しき姿があれば尚更のことだった。

 

「大物がいるぞ。幹部機だ!」

 

 ジガンスクードの高感度カメラが最大望遠を効かせると、森林地帯の上空を一直線にこちらへ突撃してくる緑色の巨人の姿が映し出された。異星軍指揮官機の一つ、ドルーキンである。ガルガウと異なり装甲と砲撃能力に長けるその勇姿には、さながら一つの山岳であるかのような威厳と頑強さがあった。

 

 とっさに減速したジガンスクードの後背より、三つの機影が弩のように飛び出した。キョウスケ・ナンブ率いるATXチームである。小隊の役割は突撃・突破、そして大物狩り。それに恥じぬ迅雷のごとき勢いで真っ向からドルーキンに肉薄する。

 

「大将首だ。仕掛けるぞエクセレン」

 

「天下無敵のランページ、ご覧あれ!」

 

 砲弾の嵐の合間を縫って、紅白に彩られた二機一体の怪物が疾走する。ドルーキンの両肩部レーザー砲が咆哮した。威力重視ゆえに速射性に欠ける火砲など難なくかいくぐり、凶器にして狂気たる右腕を構えアルトアイゼンが吶喊する。ほぼ同時にヴァイスリッターの長大なライフルが火を噴いた。打ち出された杭と超高圧荷電粒子の銃弾は大気を抉り、引かれ合うようにドルーキンという的を目掛けて収束する。

 

 その両方を、ドルーキンは、その膂力と装甲をもってして一息に受け止めてみせた。エクセレンの放ったビーム流は重厚という言葉を通り越した装甲にあえなく阻まれ、キョウスケの繰り出した杭は盾のように分厚いその掌によって防がれた。

 

「ちょっとちょっと」

 

「まだだ」

 

 貫通、ただそれだけのために生み出されたパイルバンカー、その本領はここより始まる。迫撃砲にも似た轟音と共にリボルバーが火を噴き、緑巨人の掌中にてより一層の直進的破壊力が炸裂した。

 

 しかしそれすら、ドルーキンは凌いでみせた。何層かの装甲を抉りつつも、アルトアイゼンの撃ち出した鋼鉄の杭はあえなく弾き返され、反動でアルトアイゼンの右腕が弧を描いて跳ね上がった。

 

「ふざけろ、貴様……!」

 

 こんどこそキョウスケは呻いた。

 

 奇しくもマサキがガルガウの爪剣に対して抱いたのと、全く同種の感覚が背筋を走る。アルトアイゼンの右腕を正面から受けてびくともしないその様は、まさしく鉄塊そのものだ。

 

「……」

 

 シカログは相も変わらず鉄で出来た表情のままアルトアイゼンの左腕部を掴み上げ、接近を試みていたクスハの龍虎王に向かって投げ飛ばした。尋常ならざる膂力である。慌てて退避したクスハにより衝突は免れ、キョウスケもなんとか姿勢を立て直した。

 

「……」

 

 ほんの一当てを交したところで、シカログはあっさりと機体を下がらせた。ATXチームはそれを追う事が出来ない。彼の配下であるバイオロイド兵が散開して包囲を試みて来たこともあるが、なにより依然としてドライバー・キャノンによる長距離砲撃が続いてるためである。嵐の中で、風上と風下に立って戦うようなものだった。

 

(やはり、砲台のなんとかしない限り勝負にならん)

 

「これじゃ進軍が進まねえ。奴らを黙らせねえと」

 

 前線の戦闘司令官と高空から戦況を見下ろしていたマサキはほぼ同時にそう判断した。タスクらの奮闘もあってハガネ隊は現在、敵の第二防衛ラインを目視できる距離まで到達しており、砲台施設も所在も確認が取れている。

 

「フリューゲルス・ワンよりアサルト・ワン。俺達はうるさい蠅を始末してくる」

 

「こちらアサルト・ワン。なら十時方面を任せる。SRXチームは二時方面の砲台を黙らせろ。残りはこのまま直進を続ける」

 

「よし。聞いたなアイビス。やるぞ!」

 

「了解!」

 

 言うが早いか、銀と銀のエレメントは進軍の向きを変えた。味方本隊から離れることになるが、二人にためらいは見られない。ATXチームの役割が突撃・突破ならば、フリューゲルス小隊は臨機応変な遊撃をこそ使命とする。

 

「『爆撃作戦』だ。遅れるなよ」

 

「だれが!」

 

 ざっくばらんなネーミングだが、れっきとした小隊戦術の一つである。マサキとアイビスが協同して構築したもので、意味するところはMAPWを念頭に置いた一撃離脱戦法である。こういった小隊内の戦術やフォーメーションは通常数字やアルファベットで管理されるのだが、フリューゲルス小隊では直感的や分かりやすさや覚えやすさを重視して、こういった識別名を付けている。

 

 二連の銀鳥は最大戦速で左翼前方の砲台群へと突っ込んでいった。その企図するところを悟った砲台は、次々と二機に照準を再調整し、ありったけの弾頭を打ち込んでいく。テスラ研での戦いを彷彿とさせる一幕は、やはり同様の結果に終わった。その翼にかすり傷一つ負う事無く、二機は砲台群真上に瞬く間に踊りこんだ。

 

 ここまでくれば、やるべき事は決まっている。威嚇する

大鷲の如く、あるいは観客に応じる舞台役者のごとく、銀の騎士が翼と両腕を広げた。その後ろに背中合わせとなって銀の流星が寄り添う。約束された言霊を引き金に、バージニアの大地に、蒼い「星」が炸裂した。

 

 

   Ⅳ

 

 

 時はほんの数分ほど遡る。

 

「メキボス。見えてるかい? サイバスターが飛ばしている。ありゃ北側の砲台を潰す気だね」

 

「ああ。にしても俺のところに来たか。恨むなよアギーハ。いまさら転移先は変えられんし、おまえのくじ運の無さがいけないんだからな」

 

「ふん。まぁこっちの合体特機だってごちそうには違いないさ。あいつらを平らげてから、そっちにお邪魔させてもらうよ」

 

「抜かせ」

 

 ラングレー基地地下二階のホールに据え付けられた大型転移装置の前で、二人は別働隊を従えて既に出撃態勢に入っていた。床に広がるエネルギー・サーキットに次々と光が走り、複雑な幾何学模様が浮かび上がる。巨大な魔方陣にも見える足場はますます光量を強め、メキボスたちを周囲の空間ごと飲み込んで行った。

 

 そしてサイバスターがMAPWを解き放ち、砲台群をなぎ払った直後のことである。全エネルギーを放出し終え、マサキが一瞬の虚脱の覚え、結界装甲の強度が弱まったまさにその瞬間、サイバスターの背後に青色の巨人が虚空より出現した。言うまでもなくメキボスの駆るグレイターキンが、空間転移を果たして来たのである。

 

「取ったぜ、この爆弾魔!」

 

「マサキ!」

 

 狙われた当人であるマサキ、そのサポートを務める二匹の使い魔、その誰よりも早くに、アイビスが事態を察知した。マサキの背後とは、すなわちアイビスの正面である。Eフィールドを全開に、アイビスはほとんど脊椎反射でスロットルを全開にした。アステリオンはその身を弾丸に変え、グレイターキンの胸元に体当たりする。

 

 激しい激突音は、Eフィールドと装甲に遮られてアイビスの耳には届かなかったが、かわりに尋常でない振動が彼女の肉体を襲う。しかし揺れ動く視界の片隅で、敵の放った荷電粒子の束が明後日の方向に飛んで行くのをアイビスは確かに目にした。

 

「見たか!」

 

「こいつか。奴の付き人というのは」

 

 すぐさま機体を制御し直して、メキボスは密着するアステリオンに目標を変える。しかし一歩遅く、先んじて体勢を立て直したサイバスターが、銀の長剣を手にグレイターキンへと躍りかかった。

 

「でかした。退け!」

 

「……っ!」

 

 逆加速するアステリオンと入れ違いに接敵し、サイバスターが長剣を一閃させる。それを寸でのところで躱し、グレイターキンもまた腰元から高周波ブレードを抜いて斬り返す。

 

 その様子を見て、後方に退いたアイビスは自己の判断でフォーメーションを切り替えた。マサキが強敵と一騎打ちを始めたのなら、そのフォローをするのが彼女の役目になる。具体的に言うのなら、グレイターキンとほぼ同時に周囲に転移して来たバイオロイド兵たちの目を、自分の下に引きつけなくてはならなかった。

 

「フリューゲルス・ツーよりワンへ。雑兵はあたしが!」

 

 操縦桿を弾くように動かし、スロットルを握る五本の指がそれぞれ別の生き物のように一瞬うごめいた。マルチ・ロック完了、ミサイル一斉発射。照準精度は度外視し、なかば景気付けに放たれた大量のミサイル群によって、バイオロイド兵の注意は思惑通りにアイビスへと集中していった。

 

 

 機動兵器部隊より後方に下がること5キロの地点で、ハガネとヒリュウ改の両艦は戦況の推移を逐次受け取っていた。

 

「機動兵器部隊、重装甲型の幹部機と敵部隊に阻まれ依然進軍が停滞しております。前面の機甲中隊の損傷率、20%オーバー」

 

「先行して突出したフリューゲルス小隊により、防衛施設の北側半数が沈黙。同時に出現した別部隊ならびに中距離型の幹部機と現在交戦中です」

 

「同じく南側防衛施設にてSRXチームが高機動タイプの幹部機と交戦中、包囲されつつあります。砲台到着前に転移して来たため、砲台破壊は未だならず」

 

「砲を囮としたか」

 

 現状から読み取れる異星軍側の作戦を、ダイテツ艦長はそう端的に表現した。敵はハガネ隊が砲台破壊のために少数精鋭を先行させる事を読んで、最初からその地点に別働隊を用意していたのだ。網にかかったのがフリューゲルス小隊にSRXチームと、どちらも戦術級の火力を持つ攻撃の要であったのは、敵にとってこの上ない僥倖であっただろう。

 

「本艦主砲の射線は取れるか」

 

「現在位置からでは、ほとんど効果がありません」

 

「接近すれば、敵砲の的か……」

 

 加えて、迂闊に進軍すればそれこそハガネの真上に敵部隊が現れかねない。いまの位置ならば、例え残り全ての敵機が付近に現れても味方部隊を呼び戻すまで耐え忍ぶこともできるだろうが、ドライバー・キャノンの射程圏にまで入ってしまえば全く話は変わる。

 

「敵さらに増援。およそ30機が、中央部隊に合流しました」

 

「ジガンスクード中破。グルンガストも損傷率拡大。このままでは機甲中隊が!」

 

「シングウジ少尉に撤退信号を出せ。その他の者も、損傷率30%を越えた者から、随時転進せよと伝えろ」

 

 矢継ぎ早の指示はあくまで対処療法にすぎず、何一つ現状打破に寄与しないものだった。そんな命令しか出せないこと、伝えられないことが艦橋を戦場とする全ての乗組員の心を締め付ける。それでも厳然たる事実として、状況を覆す術は少なくとも今この艦橋には存在しない。ならばそれを受け入れて、全てを現場に委ねる以外にブリッジ・クルーに選択肢はなかった。

 

 ダイテツは周囲に悟られぬよう、額に滲みだした汗を軽く拭った。

 

 

「アサルト・ワンからフリューゲルス・ワンへ。至急、SRXチームの援護に向かえ。とにかく砲撃を黙らせなければ、始まらん」

 

「こちらフリューゲルス・ワン。いま取り込み中だ!」

 

「こっちも同じだ。とっとと振り切れ!」

 

「くそ、簡単に言いやがって」

 

 忌々しげに、マサキは眼前の敵機を睨みつけた。

 

 長所と短所が明確なガルガウ、ドルーキンらと違い、グレイターキンは機動兵器として非常にバランスの取れた性能を持つ。所持する武装も遠近を網羅するオーソドックスなもので、得てしてこういった手合いが最も始末に悪い。少なくとも、不用意に背を向けられる相手ではなかった。

 

 アイビスが多数の雑兵相手に奮戦していることは把握していた。彼女のためにも、SRXチームのためにも、なんとかしてここを切り抜けなくてはならない。

 

 一計を案じて、マサキは牽制代わりに長剣を一振りした。敵はすぐさま剣を合わせて来たが、それで構わなかった。敵のブレードと噛み合う寸前に刃を引き、相手の姿勢に虚を作る。

 

「ここだ!」

 

 その隙をついて、マサキは機体を後方に引かせた。間合いを確保し、掌を突き出して魔方陣を中空に描く。ガルガウをも葬ってみせた破戒の巨鳥をもって、一気に勝負をつける算段だった。

 

「くたばりな!」

 

「そうはいくか!」

 

 グレイターキンの胸部砲塔から放たれたフォトン・ビームが、魔方陣に注力するサイバスターの左腕に寸分のぶれなく直撃する。発動を阻害された方陣は、蓄えられた魔力もろともあえなく霧散した。

 

「左腕部損傷。しばらく使えニャいわよ、これ!」

 

「腕一本くらいでわめくな!」

 

 しかし被害は腕一本では済まなかった。光子砲発射の後、即座に放たれたライフルの三点バーストに、サイバスターの右肩、腰、左大腿部が続けざまに狙い撃たれた。

 

「てんめっ……!」

 

 結界装甲により貫通・脱落は免れたが、決して小さくない欠損に大きくバランスを崩したサイバスターは、みるみる内に高度を下げていった。否、それはもはや落下も同然だった。

 

(落下だと……!)

 

 あるいは墜落か。いずれにせよ風の魔装機神が、風の化身たる我が分身が、あろうことか空での戦いに敗れ、敵よりも先に地上へ落ちていく。そう自覚したとき、マサキの脳裏にある目に見えない何かの線が、火花と共にちぎれとんだ。

 

「ふ・ざ・け・る・なぁぁぁぁ!」

 

 これ以上無い屈辱と慚愧の念が、マサキの肌という肌を焼き、粟立たせた。その怒りと闘志を一身に受け、サイバスターの翼からより一層のエーテルが爆ぜる。風を越え空を裂き、弾丸と化す。捨て身の突撃だった。魔術兵装はもはや要さない。頼る武器は、突きの形に構える長剣ただ一つ。

 

「おおい。マサキと心中ニャんてごめんだニャ!」

 

「馬鹿言え。あの野郎、もう容赦しねえ。ぶっつけ本番だがやってやる!」

 

 そんなマサキの怒号など露知らず、迫り来る騎士に対してメキボスはその意図を計りかねていた。やけになったか、あるいは逃亡を狙っているのか。いずれにせよブレードを盾に、この一刀は受け流すことに決めた。前者であれば、会心の一撃をさばかれ死に体となった騎士を、返す刀で切り伏せるか撃ち落とせばいい。後者ならば、やはりがら空きの背中に最大の一撃を見舞うまで。

 

 両者は上下より激突し、異界の刃と異星の刃が噛み合った。瞬間にメキボスはブレードを傾ける。柔らかくも鮮やかな剣運びに、騎士の長剣はあっさりとベクトルを反らされ、受け流されて行く。

 

 しかしサイバスターは止まらない。翼は依然として咆哮を続け、そのまま敵を置き去りに彼方へと飛び去ろうとする。

 

(馬鹿め!)

 

 敵は悪手を打った。そうメキボスは確信した。ならばあとは、最大火力をその無様な背中に打ち込むのみだった。しかしグレイターキンが胸部光子砲を開放して背後を振り向いたとき、そこにあったのは敵の無様な背中などでは断じて無かった。

 

(なに……?)

 

 何も無い。誰もいない。空に騎士の姿は欠片とて見当たらず、ただ陽光に煌めく翡翠色の残滓が、天頂に伸びゆく槍のごとき軌跡を儚く残すのみだった。

 

 

 ——だから、違うって言っているだろ。そこはもっとこう、バーンと行くんだよ。

 

 ——分かんないよ。スロットルのタイミングとか、もっと具体的に言ってよ。

 

 ——ちょっと待て。資料によると……ええい、そんなの知るか。こうなりゃ手本を見せてやる。見てろ!

 

 いつかの朝、いつかの昼。ツグミから渡されたプログラムを片手に、繰り返し繰り返し行われた高機動訓練。その中で、成長を遂げたのは果たしてアイビスだけだったのだろうか。

 

 アイビスが、あるいはツグミが今の光景を目撃していれば、即座に一つの名称を思い浮かべただろう。それは紛れも無く、シリーズ77搭乗者が到達を課せられた頂の一つ。

 

 マニューバー・RaMVs。武装一斉掃射のシーケンスこそ省略されているものの、描かれる彗星のごとき軌跡はまさしくそのもの。剣と魔を司る異界の風が、ひたむきに星を追いかける一人の少女の夢を写し取り、今ここに新たなる奥義が産声を挙げた。

 

 以後、さらなる修練を経て機動をより先鋭化させ、神祇無窮流と呼ばれる剣技との融合も遂げた時、その技は完成を祝してこう呼ばれることになる。

 

 秘剣・乱舞の太刀。その名に込められた一抹の洒落っ気は、使い手たるマサキ一人の胸に永劫留められることとなる。

 

 メキボスの駆るグレイターキンは果たして二度とサイバスターの姿を捉えることができなかった。まさしく疾風迅雷とも評されるべき速度で急上昇・急降下を為して来たサイバスターに、ほんの少し上を向く、たったそれだけの暇もなく両断されたがために。

 

「さっきのは、猿も木から落ちるって奴だ」

 

 ぎりぎりで作動した脱出用転移装置によって、グレイターキンのコクピットはラングレー基地まで無事に瞬間移動した。そのため、そんなマサキの捨て台詞がメキボスの耳に届くことはなかった。

 

 

「アイビス……!」

 

 敵の撤退を見届けた後、マサキはすぐに僚機の方を振り向いた。いまアイビスは、百メートルほど離れた空域で、七機もの敵機を相手に大立ち回りを演じている真っ最中だった。初めは十機以上いたはずであるから、予想以上に健闘していると言える。

 

 ここで、一つの逡巡がマサキの意識を支配した。敵はアイビス一人に狙いを定めている。彼女の身を優先するのなら、援護に入らなくてはならない。

 

 しかし物事は、見ようと思えばいくらでも多角的に見ることができる。この時のマサキの脳裏にも、全く別の見解が稲光のように閃いていた。

 

 アイビスが狙われている。換言すればそれは、アイビスが敵の目をよく引きつけているとも言えた。いまこの瞬間ならばマサキは追撃もなく自由に行動できる。SRXチームが攻めあぐねているもう一つの砲台エリアまで、一目散に飛んで行くことができるだろう。

 

 行くべきか。行かざるべきか。

 

 アイビスが落とされるかもしれない。

 

 落とされれば死ぬかもしれない。

 

 リュウセイたちもまた同じだ。さらに防衛施設の制圧には、キョウスケら全員の進退が関わってくる。

 

 優先すべきはどちらなのか。

 

 時間にすれば数秒。迷宮のように入り組む思考を、マサキは直観にて断ち切った。

 

「アイビス!」

 

「……はい!」

 

「五分でいい。そのままこらえろ!」

 

 言い捨てて、サイバスターは疾走した。アイビスが居るのとは逆方向、SRXチームのいるエリアに全速力で突撃していく。

 

 アイビスを見捨てたのか、それとも信じたのか。マサキにとって、それはどちらとも言えないことだった。見捨てたがゆえに信じるしか無く、信じたがゆえに見捨てるのだ。

 

 いずれにせよ、マサキは決断したのだ。

 

「フリューゲルス・ワンよりSRXチーム。聞こえるかリュウセイ。今からそっちに行く。合わせろ!」

 

 

   Ⅴ

 

 

「聞いたわね。合体を許可するわ。目にもの見せてやりなさい」

 

「了解。念動フィールド、オン。T-LINKフルコンタクト!」

 

「トロニウム・エンジン、フルドライブ」

 

「ヴァリアブル・フォーメーション!」

 

 直後、混迷する戦場より三つの光が立ち昇った。光は上空にて一堂に会し、そして大きく弾けた。

 

 R-1、R-2、R-3。熟達した三者の連携は、まさしく三位一体と言え、さながら流水のように淀みなく合体工程が消化されていく。

 

 無論、これは諸刃の剣でもある。合体が成功すれば、完成した二つ目の巨人は必ずや一騎当千の体現者となるだろう。しかし合体途中は当然ながら三機ともほぼ無防備、どころか急所をさらけ出す状態となる。

 

 敵がその状態を看過し続ける理由は無い。砲台破壊を阻むべく転移して来た敵機という敵機が、組み合わさる三機に向けて雲霞のごとく群がろうとした。しかしSRXチームは三機だけではない。小隊指揮を預かるヴィレッタのR-GUNと、それに追従するマイ・コバヤシのビルトラプターが、敵陣中央に突撃することでその足並みを崩して行った。大技を扱う特機とそれを補うPTの巧妙な連携は、似たような編成であるフリューゲルス小隊との合同訓練でさらに磨き上げられたものだ。

 

 しかし十機を越える敵機をたった二機で制御しきれるものではなく、何機かがその防衛戦を越えた。その最初の一機がプラズマソードを構え、内部構造を剥き出しにするR-2に肉薄する。

 

「邪魔すんなぁ!」

 

 マサキが現地に到着したのは、まさにこの時だった。わずかな減速も挟むことなくサイバスターは敵機に吶喊し、銀の長剣をもってその胸部を一直線に串刺しにした。

 

 その直後。

 

「シーケンス・オーバー。合体完了!」

 

 Super Robot type-X。SRXチームが擁する専用PT、通称Rシリーズの真の姿。その正体とは、EOTならびに念動兵器の極地とも言える、一撃必殺型の合体特機。

 

 ついに姿を表した巨人は、余すところ無く凶器たるその五体を広げた。ハイフィンガー・ランチャー展開。ガウン・ジェノサイダー照準セット。十を越す超高エネルギー流が一息に撃ち放たれ、ヴィレッタ達を包囲しようとしていたバイオロイド兵たちをことごとく撃滅させていく。その言語道断の殲滅力の前には、多少の物量差などもはや何の意味も無い。

 

「さんざん好き勝手してくれたな。まとめてお返ししてやるぜ!」

 

 さらにSRXが右腕を突き出すと、その指先から放たれたエネルギー・ランチャーが敵陣を突き抜けて、その後方の砲台施設に直撃する。さらに二度の斉射で、南側砲台施設は沈黙……というより塵も残さず消滅した。ハガネ隊の進軍を妨げていた第二防衛ラインは完全に崩壊したことになる。

 

「こちらR-1。ミッション・コンプリート!」

 

 リュウセイの宣言を合図に、反撃の機はここに訪れた。

 

 

「アサルト・ワンより各機へ。前進再開だ。思う存分、鬱憤を晴らせ」

 

 キョウスケのその命令は、もはや不要のものだった。言われる前に誰もがそうしていたからだ。キョウスケ率いるATXチーム、カイ・キタムラが率いるゴースト小隊、カチーナのオクト小隊、イルムのオメガ小隊。その他、ハガネ隊全戦力が、一つの津波となって怒濤の進撃を開始した。対する敵は50機を越えるバイオロイド兵とドルーキン。しかしもはや、脅威に値しない。砲弾の向かい風は掻き消えた。代わりに非物質的な、気運ともいうべき目に見えない追い風がハガネ隊の背を追い立てていた。

 

 特機には特機をもって当たるべし。いまだ踏みとどまるドルーキンに、両翼よりグルンガストと龍虎王が、頭上からは大太刀を構えたダイゼンガーが躍りかかった。

 

 計都羅喉剣ならびに龍王破山剣。そして斬艦刀。いずれも劣らぬ剛剣の三枚刃が、堅牢を極めたドルーキンの五体を問答無用に断ち切った。

 

「……」

 

 シカログは目を伏せて、作動する転移装置に身を任せた。それを一顧だにせず、ハガネ隊はラングレー基地を目指して駆け抜けて行った。

 

 

 味方の轟々たる快進撃を遥か後方に察し、アイビスは喝采の声を上げた。

 

「勝てる。マサキ、これであたしたち勝てるよ!」

 

 見捨てられた、などという考えは微塵も湧いていなかった。戦場を縦横に駆け巡っての遊撃こそフリューゲルス小隊の使命であり、彼女の小隊長は見事にそれを果たした。ただその事実だけが、アイビスの胸の内で輝いていた。

 

「あとは、こいつらを……!」

 

 言うそばから、敵の一個小隊が一斉に放ったビーム砲の弾幕にアイビスはさらされた。五発までは数えられた。残りの数十発に対しては、ただ遮二無二操縦桿を動かして命からがらかいくぐるのみだった。

 

 恐怖が、さながら黒い風となってアイビスの心中に荒れ狂った。

 

「当たるもんか!」

 

 速度だ。とにかく速度を。パイロットとして、アストロノーツとして、徹底的に訓練を受けた五体が、ごく当たり前に最善の行動をとる。スロットルは全開に、小賢しくも回り込んで来たリオンの一機を轢き飛ばしてアステリオンは流星と化す。本家本元のマニューバー・RaMVsが空を裂く。

 

「死ぬものか!」

 

 目一杯に操縦桿を引く。アステリオンは猛スピードのまま大きく旋回し、碧空に虹のごときヴェイパーを残す。敵はその速度にまるで追従できておらず、あっさりとアイビスに背後をさらす結果となった。解き放ったマルチトレースミサイルが、続けざまに二機のリオンを撃ち落とす。

 

 アイビスの中で、何かが一線を越え、大きく弾けていた。そう思えるほど目覚ましく、華々しい機動だった。

 

 しかしこの直後にアイビスは思い知ることになる。速度は速度によって打ち破られることを。

 

 現行の機動兵器体系において、アステリオンと機動力で肩を並べられるものはない。ただ一つの例外がサイバスターと呼ばれる異界の騎士であった。しかし今、アステリオンの索敵範囲に、もう一機のさらなる例外が、アステリオンをも凌駕する速度で飛び込んで来ていた。

 

「なに……?」

 

 問う間もなく、幻影のように彼の物はアイビスの眼前に現れた。赤い双眼。省略された脚部。翼か刃のように薄く鋭い両腕部。向かい来る風全てを切り裂くような鋭利なシルエット。

 

 アイビスは、その機体をよく知っていた。思えば彼女にとって、その機体こそが全ての始まりであったのかもしれない。サイバスターを異界の風と呼ぶなら、それは異星からやってきた同じものだった。操縦者のいかなる趣向か、それは地球風の名を冠され、こう呼ばれる。

 

 ――銀風<シルベルヴィント>。

 

 

 

 


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