アイビス×マサキ(スパロボOG)   作:マナティ

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第四章:その名はフリューゲルス遊撃小隊

 

   Ⅰ

 

 

 当日0800時ごろ、アビアノ基地のレーダーが北北西より接近するノイエDC部隊の存在を感知した。むこうもこちらの存在に気付いているはずだが、方向転換せず逆に接近して来るところから襲撃、もしくは強硬突破の意志が見受けられる。もしかすればハガネ隊がアビアノに留まっている情報が伝わっていないのかもしれない。

 

 ただちに両艦内にてスクランブル警報がなされた。ハガネ隊の擁する英傑たちが続々と格納庫に集結する中、艦橋のオペレーターや観測士たちは敵部隊の規模や詳細の解明に全力をあげていた。その結果、敵はノイエDC所属の陸上戦艦三隻と判明。三個大隊に数えられる。

 

 航空能力を有するハガネとヒリュウ改ならば敵戦艦自体はさほど脅威に値しないが、その搭載機がリオン系列を中核とするならば、激しい空中戦になることが予想される。

 

 部隊は敵戦艦を目標とする突撃部隊、敵機迎撃および基地防衛を主眼とする迎撃部隊の二つに分けられ、当然後者に関しては空中戦を得意とする機体を中心に編成されることとなった。

 

「いいか、アイビス。前の哨戒任務中に言ったことを、まだ覚えているな?」

 

 出撃間際のわずかな時間に、イルムよりアイビスへ閉鎖通信が飛ぶ。

 

「はい!」

 

「今のお前はとにかく実戦の経験が少ない。訓練でアラド達に勝ったところで、新兵であることに変わりはないんだ。勝手な行動は二度も見逃さないぞ」

 

「はい!」

 

「いいか、今回もお前はサイバスターのうしろをひたすら追っかけろ。とにかく今回お前は生き残ることだけを考えて、そのために戦場では絶対僚機と離れるな。安心しろ、お前の小隊長はとびっきりだ。お前がなにもせずとも、周りの敵は勝手に落ちて行く。いいな!」

 

「はい!」

 

 イルムは回線を切り替えた。

 

「いいかマサキ・アンドー小隊長。今度からは勝手に飛んでもらうわけにはいかないからな。お前は親鳥で、お前の後ろにはひよっ子がいるってことを頭から一時も離すな。来る敵残らず、きっちりかっちり撃ち落とせ。いいな!」

 

「へいへい」

 

 急にお鉢が回って来たマサキは、気のないこと火を見るより明らかな返事を返した。

 

「返事は一回!」

 

「あいよ!」

 

「よし」

 

 鬱陶しげにマサキは舌打ちしたものだが、これは彼なりのポーズが多分に含まれている。

 

「なぁ、アイビス」

 

「な、なに?」

 

 呼びかけられたアイビスはうわずった声を出した。マサキとイルムのやり取りは、彼女には聞こえていない。

 

「なんなら呼び名を決めとかねえか?」

 

 モニターの通信窓に映る少年は、鼻の頭を掻きながらそう言った。

 

「呼び名?」

 

「キョウスケのところはアサルトなんとか、タスクんところはオクトなんとかって、あるだろ? 番号で呼ぶやつ」

 

「ああ、コール・サインのこと?」

 

「そう、それそれ」

 

 アイビスは思わず苦笑を漏らした。

 

「ひょっとして、羨ましかった?」

 

「んな……」

 

「分かるよ。なんか格好いいもんね」

 

 通信機の向こうのわめき声を右耳から左耳にしながら、アイビスは考えを巡らせた。アイビスの場合はプロジェクトの頃にもコール・サインがあったが、あれは単にパイロット候補生としての席順をそのまま当てはめたもので、あまり嬉しいものではなかった。

 

 何が良いだろう。

 

 気の利いた名前を探して、記憶の様々な場所に思考の網を放っていたアイビスだが、すぐに引きを見つけた。

 

「じゃぁ、フリューゲルスで。『翼』っていう意味の」

 

「言い辛くないか、それ」

 

「聞き間違えないことが大事だから。ウィングとかだと、通信状態によっては紛れちゃうんだ」

 

「ふーむ……よし、いいんじゃねぇか? たしかに聞き取りやすいし覚えやすいし、いい感じにお揃いだしな。じゃぁ、今日から俺がフリューゲルス・ワンだ」

 

「ツー了解……ふふ」

 

 フリューゲルスはドイツ語なんだけれど……と思いはしたものの、アイビスは口にしなかった。英独折衷のやや珍妙なコール・サインだが、二人の間でよければ、それで良かった。 

 

 たったこれだけのやり取りだったが、不思議とアイビスは、それまで体を雁字搦めにしていた緊張の糸が、すごしばかりほぐれているのに気づいた。

 

 かくして、のちに「地球圏最速」の名をほしいままにする銀と銀のエレメント、通称「フリューゲルス遊撃小隊」が誕生したのである。

 

 

   Ⅱ  

 

 

 そして戦いは始まった。

 

 サイバスターが空に在ることは、魚が水を得るよりもなお自然であり、必然であった。

 

「おらおらどいたどいたっ!」

 

 操縦者の品性は良く言って暴走族の特攻隊長といったところだが、その手足となる機体はどれほど低く見積もったところで改造バイクどころの話ではない。

 

 まず軽くサイバスターが翼を吹かせると、たちまちのうちに母艦との距離が広がり、戦線への一番乗りを果たした。

 

 早速接敵した最初の一機をマサキはすれ違い様に一刀両断した。続けざまに両刃の実体剣をさらに閃かせては近くの敵を切り伏せ、遠くの敵は一瞬で距離を詰めてやはり切り伏せた。

 

 獅子奮迅の働きと言って良かったが、すでにイルムからの忠告は大半が脳から抜け落ちているに違いない。それでもわずかに残った部分が、一ミリたりとも敵から目を離さないマサキに口を使わせる。

 

「しっかり、ついて来いよ!」

 

「言われなくても!」

 

 すぐさま威勢のよい声が返る。

 

 これだよ、これ。

 

 マサキは心からそう思った。

 

 一方アイビスは、敵に対するマサキのそれに勝るとも劣らぬ執念でサイバスターの背を追っていた。追うべきその背中が、一秒たりとも途絶えずに轟く砲声と爆音の中からアイビスの精神を守っていた。

 

 体中の血は頭上から足下までひっきりなしに往復し、至近距離を流れ弾のビームが掠めていくと、心臓までもが息を飲んで一瞬停止する。フライト開始から五分も経過しないうちに、アイビスは息を荒くしていた。

 

 殺意が雨あられと降り注ぐ、戦場という名の閉鎖空間。殺しが栄誉にして自尊となる異常空間。このようなものが世の中に当たり前のように存在していることに、いまさらながらアイビスは恐怖した。

 

 しかしどんな時でも、アイビスの目の前には常にサイバスターがいた。あの翼がアイビスの視界内にある限り、アイビスは自らの背にもまた、戦場を飛び越えるための翼があることを忘れずに済んだ。

 

 サイバスターがまた一機のバレリオンを撃墜した。火力と装甲に富み、それだけに鈍足なバレリオンではかの騎士と目が逢った時点ですでに撃墜されているも同じである。

 

 その洗練された機動に、アイビスは目を見張る。ああも躊躇い無く死地へと飛び込んでいける勇気と戦意はアイビスの理解を超える。なぜ、あそこまで戦えるのか。

 

 不毛な思考に耽るアイビスを罰するかのように、敵からのレーダー照射を受けて、アステリオンの警報が奇声をあげた。アイビスは慌てて回避行動を取ろうとするが、その反応は平時よりも数拍は遅れていた。

 

 しかしアステリオンが撃墜されるよりも早く、サイバスターの放った二機の自律砲台「ハイ・ファミリア」が、アイビスを後方から狙っていた敵機を即座に撃ち落とした。アイビスの無事を目視したマサキは、声をかけることもなく再び敵軍の方へと反転していく。

 

 年季が違った。もはや可視域が違うと言っても良い。後ろにも目が付いているかのような少年の戦いぶりに、アイビスは嘆息するしかない。

 

「そういえば、あれで年下なんだよね……」

 

 轟々たる戦火の中、一瞬とはいえ、アイビスは全くもって場違いな思考に捕われた。

 

 

 戦闘は早々と収束の兆しを見せ始めていた。ほんの数分前に、正面突破を十八番とするATXチームが疾風迅雷の勢いで敵陣中に殴り込みをかけ、敵艦の一隻を轟沈せしめた。それをを皮切りに、敵の攻勢が目に見えて和らいでいっていた。

 

 段々と遠くなる銃声と剣戟の音に釣られ、ゆっくりと興奮が冷めていくのをアイビスははっきりと自覚した。

 

(これが生き残るってことなんだ)

 

 アステリオンの両隣に寄り添っていた二機の「僚機」が、まるでアイビスの無事を祝うかのようにアステリオンの前で一度交差した。サイバスターが従える使い魔は、あれからずっとアイビスの直援についていたのだ。

 

 そしてサイバスター自身は、依然アステリオンの前方で退却を渋っている敵の一団を相手に切った張ったを続けている。

 

「一昨日、来やがれってんだ。阿呆ども!」

 

 火のついたような威勢で敵を追い立てていたマサキだったが、それが一部の敵機には悪く作用したらしい。とっとと逃げ失せてもらいたいマサキの意に反して、もはやこれまでと勝手に思い込んだ一機のリオンが、サイバスターの後背めがけて突撃を試みた。

 

 すでに消化試合と見て油断していたマサキは、精霊レーダーに映るその機影に気付かなかった。観測手を務める使い魔が現在出張中という不運も重なり、かくしてPT一機分の質量を持った弾丸はサイバスターの背中に直撃する……かと思われた。

 

「なんだ?」

 

 いきなり至近距離から爆風を受け、マサキは面食らった。

 

 突然背後で何かが爆発した、かと思えば黒煙に包まれたリオンが後ろから現れ、何をするでも無く墜落していく。何がどうなったのか、一瞬掴めなかった。

 

 しかしこの場で最も驚愕していたのは、奇跡的なタイミングによる射撃で相方の危機を救った当のアイビスの方だった。彼女の主観から状況を追うと、敵の一人がサイバスターの死角に迫っているのが見えたので、反射的に手を動かしたら、なにやら敵が爆発した……ということになる。その「反射的に動かされた手」が、正確に射撃操作の手順をなぞっていたのは、積み重ねた訓練の賜物に違いなかった。

 

「マ、マサキ、平気?」

 

「んん? あ、いや……すまねえ。助かった」

 

 アイビスはほっと息を付くが、素直に頭を下げるマサキに何故だか無性に頬が緩んだ。

 

「フリューゲルス・ツーよりワンへ。いいえ、小隊員の務めを果たしたまでです」

 

「……」

 

 助けられたのは確か、と何も言い返さずにおいたのは、マサキにしては珍しいくらいの自制心だった。

 

 そして全ての戦闘は終了した。

 

 フリューゲルス・ワン、撃墜数十二。

 

 フリューゲルス・ツー、撃墜数一。

 

 小隊総撃墜数、十三。

 

 アイビスの、ハガネ隊における初陣だった。

 

 

   Ⅲ

 

 

 戦闘が終わるごとにハガネ隊の各小隊はデブリーフィングを行い、小隊長はその内容をまとめた報告書を戦闘司令官に提出する義務を持つ。

 

 提出を受諾するため自室で待機していたキョウスケ・ナンブは、非常に珍しい客人が訪れたのを見て少しばかり眉を動かした。

 

「マサキか」

 

「ああ、俺だ。戦闘司令官への報告ってのをしにきた」

 

「そういえば、お前もいまや小隊長だったな」

 

 自分で告げたことなのだから忘れていたはずもないが、そううそぶかずにはいられないほど、キョウスケにとってそれは感慨深い事実だった。

 

 これまで個人で機動兵器を所有しているのを良いことに、自分の命令はおろか艦長クラス、さらには軍の体制や政治すら顧みず好き勝手に地球圏を飛び回っていたのが、目の前の少年なのだ。

 

「それで道案内を頼んでまで来たと。それは面倒をかけたな」

 

 道案内ことエクセレンは、閉じたドアに背を預けながら「ハァイ」とにこやかに手を振っていた。

 

「まあそういうわけで、ほら」

 

 マサキが差し出して来たA4サイズの紙を受け取り、キョウスケは首をかしげた。

 

「なんだこれは」

 

「報告書だ。義務なんだろ?」

 

「いや、そうではなく」

 

 キョウスケは紙面の一部分、やたらギザギザした物体と,、大気圏内戦闘機を現代アート風にアレンジしたような代物が並んで書かれているイラストを指差した。

 

「なんだ、これは?」

 

「サイバスターとアステリオンだよ。フォーメーションの説明だ。これから俺たちはこれでいく、ていうな」

 

 マサキは、数分前のアイビスとのやり取りを説明した。

 

 フリューゲルス遊撃小隊の記念すべき最初のデブリーフィングは、戦闘後の補給や修理に慌ただしい格納庫の隅で行われた。

 

「……とりあえず今のまま俺が前で、あんたが後ろでいく。基本形は間隔五、六百くらいで、百メートルくらいそっちが上」

 

「うん」

 

 マサキとアイビスは二人して、間に置かれた二個のボルトを覗き込んでいた。ちなみにマサキは和式便器に跨がっているかのような、いわゆるヤンキー座り、アイビスは足を崩した正座のような、いわゆる女の子座りをしていた。

 

 二人ともシャワーを一浴びしてきたばかりで髪が湿っており、マサキなどは首にタオルまでかけている。

 

「役割としては俺が囮と切り込みを兼ねるわけだ。とにかく俺が暴れる。すると敵は躍起になって俺を捕まえに来る。お前はそれを外から見る」

 

 いくつかの小さなネジが、チャラチャラと音を立てながら一方のボルトの周りに掻き集められた。ちなみにネジもボルトも、さきほどマサキがそこら辺に保管されていた資材から無断で拝借したものである。

 

「あたしが敵を後ろから撃つんだね」

 

「そう。まぁ、慣れない内は無理をするな。敵を落とすんじゃなく、俺が後ろを取られないように注意するくらいの気持ちでいい。その、あれだ、今日みたいにな」

 

 アイビスが笑みをこぼす。先の失態について笑ったのではなく、頼られることを嬉しく思ってのことだと何となく分かったので、マサキは何も言わなかった。

 

「次に小隊としての動きだ。小隊の役割っていうのはそれぞれ違う。キョウスケやカチーナのところは敵陣突破、カイのおっさんやイルムのとこなんかは戦線維持……みたくな」

 

「マサキはこれまで一人で動いてたんでしょ?」

 

 マサキは頷いた。

 

 ハガネ隊において、サイバスターは単独で戦場を臨機応変に駆け回る遊軍としての役割をになっていた。上空にて戦場を俯瞰し、味方の進軍が滞っている戦域を見つけては即座に突入して敵の数を減らす。減らし終われば、また次の戦域へと移る。とくに乱戦時は、敵だけを正確に識別する特殊MAPWが猛威を振るう。

 

 DC戦争、並びにL5戦役において、マサキとサイバスターはそうやって「非公式の撃墜王」の座を不動のものとした。

 

 そんな役割の特殊性から、マサキは何処の小隊に組み込まれず常に単機で行動して来たが、これからは違った。

 

「サイフラッシュを使うと、説明が難しいんだが、酷く疲れるんだ。だから連発は利かないし、隙もある。DCはともかく異星人が相手だと効きも悪くなる」

 

「取りこぼしを、あたしが狙うんだね。それからマサキが持ち直すまでの援護も」

 

「これについては、次の実戦前に一度確認しておきてえな。それから、あのいつぞやの奴みてえに手強い敵が現れた場合は」

 

「いつぞやの時みたいに連携して倒す、でしょ?」

 

 二人は同時に顔をあげ、不敵な笑みを浮かべ合った。自分の背中を見てくれる者ほど戦場であり難いものはない。

 

 要するにマサキは、本心ではアイビスの存在を歓迎しているのだ。

 

 

 そんな調子で、忙しく動き回る整備士たちからやや邪魔に思われつつも、二人の討議は小隊内の動きから小隊としての動きまでトントン拍子に進み、導きだされた結論をマサキが手早く、ものの数分で紙一枚にまとめてこうして持って来たという次第である。

 

 話の半分まで聞いたところで既にキョウスケは疲れたように眉間を抑え、エクセレンは俯きながら笑いをこらえていた。

 

「小隊内のモチベーションが良好なのは理解したが、書き直しだ」

 

 なんでだよ、と言い返そうとしたマサキにキョウスケは皆まで言わせなかった。

 

「いくらなんでも、こんな落書きじみたものを受け取れるか。俺があとでどやされる。とにかく再提出だ。明日まで待ってやる。正式な書式は誰かに教われ」

 

「はいはい。ここは女教師エクセレンにお任せあれ」

 

 壁の花を演じていたエクセレンが手を挙げる。

 

「冗談じゃないぜ。リョウトかクスハあたりに頼まぁ」

 

「だめよマーサ。人選からして上手いこと代わりに書かせようって魂胆がひしひしと感じられるわ。いい機会だから、ここは先生の愛と授業をたっぷり受け取りなさい。じゃないとこれから先、もう何処にも連れて行ってあげないわよ」

 

「こっちから願い下げだ。だいたいここに来るのだって、頼んだわけじゃねえ」

 

「はいはい。まぁ、いいから行きましょ? アイビスちゃんのこともあるから、別にすぐってわけじゃないし。キョウスケも遅れずに来なさいよ?」

 

 そう残して、エクセレンは依然不平を絶やさないマサキを強引に部屋の外に押し出していった。二人の耳障りな言い合いがドアに遮られたのを機に、キョウスケは三倍ほど広くなった気がする部屋の中で、またもや眉間を抑えてため息をついた。

 

 

   Ⅳ

 

 

 その日の夕食時、ハガネでは初陣を無事に終えた新たなる戦友に対する、簡素な祝勝会が開かれた。仕掛人の中心はイルムガルト、共謀者はタスク・シングウジだった。本人に事前通知はなく、意味ありげに笑うツグミに促されるまま食堂に足を踏み入れたアイビスは、途端に鳴り響いた幾つものクラッカーの破裂音に眼を白黒させた。

 

「見事、我が隊における初陣と初勝利と初戦果を同時に飾ったミス・アイビス・ダグラスに乾杯」

 

 イルムの調子の良い音頭に、すでに集結していたリュウセイ、ブリットらを初めとするパイロットの面々から一斉の拍手が重なり、アイビスの思考は真っ白に、そして顔面は真っ赤に染まってしまった。横にいるツグミの、そんなアイビスの混乱を見透かしたような笑みが、ますます拍車をかける。

 

「簡単な形でしか祝えんが、とにかくおめでとう。ずいぶん遅れたが、あらためて君たちを歓迎する」

 

 キョウスケの簡潔なスピーチを終え、参加者たちが次々と立食形式の夕食に群がった。ほとんどが合成食料であり、通常食堂で支給されるものを献立別に大皿に載せただけだが、演出を変えるだけでそれなりにご馳走の雰囲気は出ていた。

 

 主賓のアイビスとツグミは、各料理がふんだんに盛りつけられた皿をクスハとリオから手渡されていた。好印象稼ぎにその役目を狙っていたタスクは指を鳴らし、即座にレオナに野菜ばかりの皿を押し付けられることとなったのだが、アイビスたちに認知されることはなかった。

 

「俺なんかもう、初陣は散々でしたよ。相方がやられそうになって、前に出たら即撃ち墜とされて。いやまぁここの部隊の人達にやられたんですけどね」

 

 からからと笑うアラド・バランガに、アイビスは自分も笑うべきかどうか判断がつきかねた。彼もハガネ隊には途中参加した身の上であり、しかもアイビスとは違い敵軍から寝返るという形であったという。それがこうしてパイロットとして認められているのだから、異様なほどの懐の深い部隊である。

 

「よければ今度アイビスさん、俺に上手い飛び方ってやつを教えて下さいよ。ラトからも習ってんですけど、全然モノにならなくて」

 

 アイビスが答えようとする前に、横で聞いていたラトゥーニが「なんだか私が悪いみたい」と不服そうに呟いた。己の浅慮に気付いたアラドは、妹分に謝る前にまずカイ・キタムラ少佐より拳骨を受けた。

 

 ふとアイビスの目に、歓談の輪からやや外れて黙々とチキンにかぶりついているマサキ・アンドーの姿が写った。一応、唯一のチームメイトであるのに……と思うアイビスだったが、小隊長の方は食事に夢中でアイビスの視線に気付く様子も無い。

 

 話し相手だったアラドはラトゥーニへの平謝りに夢中であり、ツグミはリョウト・ヒカワらとメカ関連の話題で盛り上がっているようだ。他の者も、それぞれに親しい相手と飲み食いを交わしており、気づけばアイビスのところだけ少しばかりの空白地帯が出来上がっている。

 

 アイビスは皿とグラスを持ってそそくさと、逃げ込むようにマサキの下へと向かった。

 

 隣まで来て、ようやくマサキはアイビスに気付いた。

 

「よお」

 

「こんばんは」

 

 何やら恥ずかしそうにしているアイビスに、マサキは首をかしげた。

 

「お前、主役だろ。真ん中にいとけよ」

 

「こういうの慣れてなくてさ。よくあるの?」

 

「初めてでもないな。けど誰にだって必ずやるってほど余裕ある艦じゃねえさ」

 

「そっか。ラッキーだったのかな」

 

「そう思っとけよ。大した飯じゃねえけど」

 

 そう言ってマサキはプラスチックのコップに、ペットボトルの水を注いだ。

 

「そうだ、マサキ」

 

「ん?」

 

「今度さ、良ければあたしに飛び方を教えてよ」

 

 水を飲み干したマサキは、口元を拭い、笑った。

 

「ああ、構わねえよ」

 

 気軽に応じたマサキだったが、後に彼は様々な意味で、このことを後悔することになる。

 

 

   Ⅴ

 

 

 そうして時が過ぎ、墨を塗りたくったような深い、静かな夜がアビアノ基地を訪れた。ドックの中で、ハガネとヒリュウの二隻が、さながら鞘から抜かれるのを待つ刀のように身を横たえている。

 

 祝賀会も終わり、自室で眠りの態勢を整えたアイビスは、机で書き物をするツグミの背中をふと見やった。

 

 テスラ研と違って戦艦は狭い。「済まないが一つの部屋しか用意できない」と艦長から言い渡されたとき、アイビスの視界内でのみ数秒の停電が起きていた。

 

 しかし、案ずるよりも産むが易しというべきか、二人の共同生活は存外スムーズに進んだ。二段ベッドの使い方を始めとする互いのスペースの確保、荷物の置き場所、必要な家事の分担、その他最低限のルール等々は、全てツグミ主導でテキパキと定められ口を挟む隙こそなかったものの、その様子からは冷たい気配は見られなかった。

 

 当初、「あの」タカクラチーフと同居することに戦々恐々としていたアイビスだったが、夜寝るとき無造作にかけられた「おやすみ」の声はびっくりするほど穏やかで、翌朝に初めて見たツグミの無防備な寝起き姿と、その直後の照れたような表情には、どうしてだか胸が大きく脈打った。

 

 この艦に乗ってから、なにかが変わって来ている。

 

 元は敵だった者や異世界の勇者など不思議な縁が集うこの艦こそ、不思議な力を持っているのかもしれない。

 

「チーフ」

 

「なに? アイビス」

 

 ツグミが振り返ると、ベッドの中で天井を見つめるアイビスの口元は綻んでいた。

 

「いい艦ですね、ここ」

 

 ツグミはすこし黙り、「そうね」と笑い返した。つい先日まで、軍人ではないアイビスがこれまた軍人ではない、しかも見るからに粗暴な少年の下に就くとあって気を揉んでいたが、当のアイビスがそう言えるのであれば、ツグミには何も言うことは無いのだ。

 

「いつかあたしたちが宇宙へ行くときも……」

 

 アイビスの続きの言葉は夢の世界に消えた。ツグミは机上ライトの明るさを落とした。アイビスの寝顔を見るのはいまや初めてではない。その寝付きの良さは遊び疲れた子供を思わせるほどで、そのくせあまり寝相はよくない。なにやら抱きつき癖があるようで、寝る時は頭に敷いていたはずの枕は、朝になると何故か彼女の腕の中に移動していたりする。

 

 ハガネ隊に来るまで一度も見たことの無かった、アイビスのそういった姿はどれもが新鮮で、テスラ研脱出以来、ツグミの胸中に芽生えつつある思いに暖かな光と水を注いでいくようだった。

 

(随分長いこと一緒にいたのに、私はこの子のことを何も見ていなかったのね)

 

 彼女は今、報告書を書いている。誰に対してのものでもない、彼女が個人的につけているものであり、強いて言うならプロジェクトTDの業務の一環とも取れるかもしれない。

 

 ハガネ隊での生活を記す、さながら日誌のようなそれは、彼女自身の想いと、そしてアイビスの成長を綴るためものだった。その報告書を、いつかフィリオと共に、笑って読める日が来ればよい。

 

 ツグミはそう考えていた。

 

 

 


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