亜人ちゃんに伝えたい   作:まむれ

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小鳥遊ひまりには勝てない

 最近、小鳥遊さんとお喋りする時間が減った。

 と言ってもお喋りしない日はないし、なんだかんだ暇な日の放課後は佐竹やら日下部さんやらを交えてわいのわいのしてる、してるんだがたまーにふらりとどこかへ消えているのだ。

 

「どう思いますひまりさん」

「それを私に訊きに来ますか? 姉妹だからって全てを知ってるわけじゃないんですけど……」

 

 気まぐれに入った図書室にて、伝承系の本を読みふけるひまりさんを見て話しかけてみた。至極真面目な生徒である彼女は馬鹿騒ぎしてるからなのかあまり俺に対して良い顔はしていない。もちろんその場にいればちゃんと言葉はやりとりしてくれるし、変な言動をすれば窘めてくれる。

 仲が悪い訳ではない。なんと言うか、壁みたいなものがあるのだ。まあまだ四月だし、滅茶苦茶遠慮がなくなってる俺と小鳥遊さんがおかしいだけなのかもしれないけど。

 ほんっとうに仕方なさそうに目を閉じ、息を吐いたひまりさんは読んでいた本を閉じた。

 

「うーん、最近はよく理科準備室に行ってるみたいです。クラスだと日当たりが強いからって」

「やっぱあんまり日の光は好きじゃないんだ?」

「えぇ、少しぐらいならいいんですけどやはりずっと陽射しを貰うのは流石に辛いらしくて」

 

 ふうんと俺は生返事を返して考え込む。これもきっと吸血鬼の一因なのだろう。と言うことはこれからはもっと大変だ。何せ夏、陽射しと共に気温も高くなるし……

 

「流石に授業中辛くなったらいつでもカーテンを閉めてもいいみたいですけど、姉は変なところで遠慮と言うかなんと言うか」

「そんなの気にする人っているんだろうか」

「さぁ……」

 

 真実はクラスのみが知る。

 ところでこれもいい機会なのでひまりさんともっとお話しをしてみたいと思う。仲の良い相手の妹とも仲良くなって楽しくしたいのは友人として当然の心得、この真面目そうな妹を姉と一緒に困らせたいという邪な気持ちがないわけでもない。

 だが仲を深めようと会話したくとも話題らしい話題と言えばひかりちゃん()ぐらいなもので、こういう時自分の話題の無さを恨む。

 

「そう言えば」

 

 会話が途切れた時、ひまりさんが思い出したかのように声を吐きだした。

 

「最近よく先生の名前が出るようになりましたね」

 

 その声は不思議とよく通って自分の耳に聞こえてきた。

 

「へぇ……?」

「高橋先生でしたっけ、とても私の事を理解してくれてると」

 

 その名前には聞き覚えがあった。日下部さんが亜人(デミ)だとわかって、町さんが体調崩して、小鳥遊さんのドヤ顔に不覚にも見惚れた日。

 そこで町さんの頭だけ持って行った小鳥遊さんの代わりに身体の方を届けてくれた先生がそれである。亜人(デミ)に会いたくてだのなんだのと言っていた。嬉しさよりも一気に亜人(デミ)に会えて色々考えちゃったとも。

 なるほど、確かに亜人(デミ)に会いたいと思うならば亜人(デミ)のことを詳しく知っててもおかしくはない。けれどもなんと言うか、小鳥遊さんがそこまで言うほどなのかとも思う。

 

「それはちょっと……羨ましいなあ」

「え?」

「俺は、きっと小鳥遊さんの事理解してあげられてないと思うんだ」

「それは……」

 

 ぽろりと零れる言葉、それは紛れもなく俺の本心だった。呆気に取られてるひまりさんを後目に言葉を続ける。

 

「同じ亜人(デミ)の町さんや日下部さんはあだ名で呼ばれてるのに俺は未だに日下部君だしなあ……俺も小鳥遊さんって呼んでるから相子なのかもしれない。けれど小鳥遊さんってあだ名とかつけたら勝手にそう呼ぶから、それがされてないってことはほんとにただの友達なんだなぁって」

「ふふ、面白いですね、まるでその先を望んでるみたいで」

 

 向こうが俺に対してそう言う呼び方をしてくれれば俺だって敬称なんてつけないんだけどなあ……そこまで呟いて改めてひまりさんを見れば、手を口に当てて小刻みに身体を揺らして必死に笑いをこらえようとして――堪え切れない笑みが零れて声になっていた。

 そんなに笑う事かな、と思ったがよくよく自分の発言を思い返してみれば確かにひまりさんの言う通りである。これは誤解を解かねばなるまい。

 

「いやいや! そういう事じゃないから! ……あ、すみません」

 

 そしてあまりに慌て過ぎてここがどこか忘れていた俺はちょっと声が大きすぎたようで、多方面から視線を集めて頭を下げることとなった。

 

「とにかく、そうじゃなくてね」

「えぇ、わかっていますから」

「全然わかってないよね?」

「いえいえ、ですが一つアドバイスをするならば……」

 

 読んでいた本を持ち、俺の対面に座っていたひまりさんは椅子から立ち上がってから一言だけ残した。

 

「姉は身内から見てもとても魅力的な人ですから、否定しなくてもいいんですよ?」

「ぜってーわかってないよね!?」

 

 このひまりさん、ノリノリである。そして舌の根も乾かない内に再び大声を出してしまった俺は周囲の非難めいた視線に居心地悪く図書室を後にするのだった。

 

 人間、日当たりは強くても平気だが風当たりが強いのは嫌なのである。

 

 

 

 




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