亜人ちゃんに伝えたい   作:まむれ

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日下部同士のちょっとしたお話

 偶然と言うものは中々にあるらしい。

 

「日下部 春明です。そこの佐竹って奴と出身中学は同じなので詳しくはそいつの話を聞いてやってください、趣味は……特にないのでこれから増やして行けたらなと思います」

 

 そういえば俺って佐竹達と馬鹿やってたからあまり趣味らしい趣味はない。強いていうならサッカー? 遊びでやるくらいだから上手いわけではない。

 つまらねーなーとヤジを飛ばしてくるそこの佐竹、俺は良いが先生から睨まれてるからな。目をつけられても俺は知らないぞ。

 とりあえず難局を乗り越えたのでリラックスして背もたれに体重を預ける。預けすぎると背中が曲がって後ろの人に迷惑をかけてしまうので注意が必要だ。

 もっとも、すぐに俺は背もたれとお別れすることになるのだが。

 

日下部 雪(くさかべゆき)です。上京してきました、その、よろしく、お願いします」

 

 なんと、まさか同じ苗字を持つ人がいるとは。

 雪と言った少女は言葉少なにそれだけ言うと座ってしまう。ちょっとした間もあったがすぐに後ろの人が立って続きを受け取って微妙な空気になることはなかった。

 その少女をちらりと盗み見してみればこれまた中々可愛い。やや首を垂れているうえにこちらも盗み見態勢なので顔を全て見えるわけではないが。

 髪は……そう、結構特徴的であった。何がと言うと色が。春に見る薄い色の葉っぱを人の髪の毛にしたらこんな感じかなって色。伝わりにくくてすまない。ただし彼女の名誉のために言えばどこぞの吸血鬼(バンパイア)とは違いヘンテコな髪の纏め方はしていない。

 本当は今すぐにでも話したかったのだが流石に今は授業中だし、ゆっくり話せるかどうかはさておきまあ昼休みくらいに話しかけてみよう。だからな、熱烈な視線を向けるのはやめてさしあげろ佐竹。

 

 ちなみに件の佐竹は気合の入った自己紹介をした結果、担任からうるせーと熱烈な評価をいただいた。良い奴ではあるが加減くらいは覚えたらどうか。もちろんクラスが笑い声で満たされたのは言うまでもない。そして佐竹が朝に絡んでいたのは太田、という名前らしかった。

 

 

 

 

 

「や、日下部さん」

「……えっと、日下部君って呼んだ方がいいかな?」

 

 一瞬の間の後、日下部さんはこちらに顔を向けた。あ、これは普通に可愛い。

 時刻は既に昼休み。乱雑な係りやら委員会やらを決めてあとちょっと色々やればあっという間だ。時間が早く感じるのは最初の一週間だけなんだろうなあとしみじみしつつも目的を忘れない。

 一応佐竹には話を通しておいた。あいつも思うところはあったのか快くそれに応えてくれた。「ファーストコンタクトはお前に譲ってやるぜ」じゃねーよ有難いけど何キメた顔で言ってんだ。

 

「うーん……結構難しい問題だ」

「です、ね。同じ苗字ですとこんがらがっちゃいます」

 

 とは言え名前で呼ぶかと言われると俺達は今初めて喋ったわけだし馴れ馴れしい。そこは細心の注意を払うということで結局お互い苗字呼びにすることにした。

 残念ながらじゃあ名前で呼ぶ? と言える程俺はレベルが高いわけではなかった。

 

「そう言えば地元はどこなの?」

「け、結構寒いところなんです」

「へぇ……ゆ、雪とかも降ってたり?」

 

 雪という単語でつっかえたのは許してほしい。だって雪って日下部さんの名前じゃん! なんか女の子の名前呼んでるみたいでちょっとアレなんだって!!

 向こうにもその動揺がちょっと伝わったのか肩をびくんと揺らして一瞬だけこちらに目線を合わせてきた。なんかごめん。

 

「そ、そうですね。結構積もって、学校ではよく雪かきしました」

 

 雪かき、都民にはまったくもって縁のない話である。東京は寒いだけで雪が降るなんて稀だしなあ。積もらずに消えちゃうことだってあるくらいだし。

 うーん、となると大丈夫だろうか。ほら、

 

「夏とかは気を付けてね?」

「っ!」

「夏は大分暑いからさ、水分補給とかね。無理すると倒れちゃうかもしれないし」

「あ、そう、ですね……」

 

 雪の結構積もるともなれば夏はそこまで暑くなさそうな地域(偏見)そうだし、上京してきたとなれば都会の夏を味わうのはこれからが初めてだろう。照り返しとあっついコンクリートはまさに身体が溶ける感覚。あれは都会生まれ都会育ちの人間だって慣れないのだから割と心配である。

 

「っと、ご飯の邪魔しちゃってたね」

「いえ……」

「また暇があったら話そうね日下部さん」

 

 っと、あんまり長話をしてはせっかくの休み時間が台無しだろう。初対面の男と一緒じゃ休まるものも休まるまい。落ち着かなそうに視線があちこちに動いているし。先ほどからお弁当の中身はあまり減っていなく箸が進んでいないのは明白だ。

 そういうところの加減はいくら俺でも知っている。地道に話していこうかな。せっかく同じ苗字なんて共通点あるんだし。

 と言うことで教室の外に出て、俺はとある人物の頭に容赦なく平手を叩き込む。

 

「あでっ!」

「ばかたれ」

 

 この佐竹と言う奴は加減を知らない男だった。夏とはまた違った熱さの視線を向けてたのだからほんとにこいつはもうな。

 

「日下部さん、可愛いな」

「なんかぞわっとするからやめろ」

「お前に言ってんじゃねーぞ」

「言わんでもわかるからなおさらやめろ」

 

 同じ苗字の弊害はこんなところにも波及していたのだった。頭が痛い。

 

 

 

 

 

 

 

 

「私は小鳥遊 ひ……くしゅっ! た、小鳥遊ひかりです……! 一番最初に言っておきたいのは――」

 

 どこぞの吸血鬼(バンパイア)は運悪く自己紹介中にくしゃみをしてしまったとかなんとか。

 彼女を知る人間はあまり多くない。妹か昨日知り合った男か、どちらかが噂してこうなったのだ、と割と本気で考えていて密かに仕返しを決意しているのは別のお話。


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