亜人ちゃんに伝えたい   作:まむれ

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【エピローグ】日下部春明は共にしたい

 その後のことを少し話すとすれば、まずひかりが提案した。

 

「ちょっとだけ恋人同士って秘密にしない?」

「え?」

「やっぱり、恥ずかしい」

 

 乙女心は複雑らしい。きっと、自分を連れ出した時は色々余裕がなかったからこそ、ああまで脇目も振らずに行動できたのだろう。

 それが一段落ついて、余韻に浸って冷静になった今、整理する時間が欲しいのだとひかりは遠慮がちに言った。それに合わせて、学校では前見たく、名字で呼び合おうということも決める。

 

「でもテツ先生には言わないと駄目だと思うよ」

「駄目かな?」

「部屋の主を追い出してまで借りたんだから」

「……う~わかった」

 

 どうやらひかりはその辺をわかりつつも、先生には言いたくないらしい。見える程の葛藤の後、渋々と言った様子でスマートフォンを操作し、連絡を取る。

 滑らかな指の動き、それから数分してようやく主が戻ってくる。

 

「せんせーごめんなさい」

「ちょっと驚いたが、大体察したから気にするな」

 

 大人の対応だった。先生が、とても優しい目をしている。

 

「こうして二人並んでるってことは悪くはなさそうだな」

「あ、うん、その」

「付き合うことになりました」

 

 誰かに報告すると少しは羞恥心も出てくるようで、春明は視線を逸らして報告する。その逸らした視線が、ひかりとぶつかって余計に恥ずかしい。

 テツ先生は「そうか」と一言。次に春明を見て、「よかったな」と祝ってくれた。

 

「ありがとうございます」

「え? ちょっと待って、春明、先生に相談とか……」

「うん」

 

 春明と先生のやりとりに引っかかるものがあったのか、割り込んできたひかりの言葉に春明は首を縦に振る。

 徐々に赤くなる顔、別に先生に相談するくらいと春明は考えていたが、ひかりにとってはそうでなかったらしい。

 

「ど、道理で先生の目が最初の頃と比べて優しいと思った!」

「最初の俺はどんな目をしてたんだ」

「春明もなんで先生に相談しちゃうかな! 恋愛観で人をからかう先生なのに!」

「だって亜人(デミ)のことと言ったらテツ先生みたいなとこあるし」

「訂正しておくとオレもからかうつもりは一切ないぞ」

 

 最初はおっさんみたいに根掘り葉掘り聞かれた事実は伏せておく。ともかく実際に相談相手がいるのは春明にとっても心強く、この前のことだってやり場のない感情の受け皿になってくれた先生には感謝しかない。

 きっと、この先生がいなければあのまま臆病になって、もっと元の関係に戻ることですら時間がかかっていた予感があった。

 

「ふむ、そうだな。ひかりの言う通りの行動をするとすれば――血を吸うのとキスをするのはどっちが簡単なんだ?」

「ま、まだどっちもしてないし!」

「先生、それはさすがにどうかと」

 

 やはり先生はおっさんだった。頼りがいはあってもデリカシーがないのは、先生唯一の欠点かもしれない。

 

「あ、俺はどっちもいつでも言ってくれればウェルカムだから」

「春明も大概だよ!」

 

 

――

 

 

 朝起きて、頬を抓って、痛みを感じて思う。昨日のは夢ではなかったんだな。その一幕を母親に見られ、軽い精神ダメージを負ったものの、それ以外は概ねいつも通り。

 下駄箱で太田と挨拶を交わし、今日は早いねなんて言われながら教室へ向かう。確かに、いつもはもうちょっと遅い。けれど今日はいつもより早く起きれたために、こうして時間つぶしの兼ね合いも含めてやってきた。

 

「佐竹と日下部さんが来たら、昨日のこと話してもらうよ?」

「あぁうん、佐竹はとりあえず一発殴るな、見捨てやがって」

「あれを止められるのなんて誰もいないと思うけどなあ……」

 

 それとこれとは別である。祈りでもしてくれれば、寛大な心を発揮したかもしれない。しかし佐竹はあろうことか笑って手を振ったのだ。その後がどうであれ、この部分だけで見れば殴りたくもなる。

 途中で日下部を見つけ、今日の時間割について少し話したあと、やはり日下部も気になるのか、話題は昨日のことについてだ。苦笑いで佐竹が来たらな、とその勢いを受け流す。

 

「でも、余裕そうだし仲直りは出来たんでしょ?」

「ああ、それは、うん」

 

 実際には仲直りどころか一気に進展してしまったのだが、それを伝えるのはもう少し先だ。

 

「春明ー、ごめん、ちょっと現国の教科書貸してー」

 

 教室の外から聞こえた高い声に春明は仰天する。もちろん、自分を名前呼びする女子生徒など学校ではただ一人だ。問題は、それはしばらくしないようにとつい昨日決めたことなのだが。

 何が言いたいかと言うと、今までそう呼んでたかのような気軽さでひかりが――その申し出をした本人が、ドアに寄りかかりながら春明と呼んでいた。

 

「おまっ」

「はる…?…」

「あき……?」

 

 太田と日下部が意地悪い顔になる。教室も静まり返り、そこでやっとひかりは自分の失態に気付き、「あーえーとー」なんてもごもごしながら180度身体の向きを変え、そのまま消えて行った。

 後に残されたのは、特ダネを掴んで興味津々なクラスメイトと春明のみ。ひかりが逃げなければ二等分できたのに、いなくなってしまったためにその一身を受けることになり、肩身が狭い。

 

「ふぅーん?」

「惚けたりしないよね?」

「まあ、その、付き合うことになりまして……本当はあいつの提案で少し秘密にするって話だったんだけどな」

「ふふっひかりってば迂闊なんだから。おめでとう、日下部君」

「良かったね春明」

「ああ、うん、ありがとう」

 

 こうなってはクラスメイトのうち、普段あまり話さない人までも口々に「おめでとう」だの、「末永くな」だの、「羨ましい」だの好き放題言ってくるから困る。祝われて嬉しくないわけはないが、やはり容量の問題なのだ。

 ――遅れてやってきた佐竹が事情がわからず、疑問を近くの生徒にぶつけて答えてもらい、ニヤつきながら春明に話しかけた結果、頭に良い一撃を貰うまであと数分のこと。

 

 

――

 

 

 放課後にもなれば、朝の話題はお互いの友達全員に周知されるもので、二人で話していると、春明かひかりのどちらかの友人から「付き合ってるの?」と聞かれ、今更隠し立てしてもしょうがないので頷けば「おめでとう」と返ってくる。

 その声は鋭い武器となって二人に突き刺さる。祝福の剣は吸血鬼(バンパイア)だけに効果があるものではないらしい。そのことを春明は今日体験した。

 

 

「私のクラスでも噂になってたわよ」

「うぅ」

「お姉ちゃんのせいじゃない。あ、日下部さん、おめでとうございます」

「もう聞いたの何度目かなあそれ」

 

 下駄箱の手前でひまりと遭遇した春明は、最早聞き飽きたその言葉にまともな返事をする気力すらない。

 それはひかりも同じようで、頭を抱えてひまりと目を合わせようとしない。あんな勘違いをした翌日だからというのもあるだろう。

 

「まさかお姉ちゃんがあんな積極的になるとは、恋もわかりませんね」

「連行された時は何事かと思ったけどな」

「結局どうしてそんなことに?」

「あぁ、それは……」

 

 ちらりと見れば、言うなと言わんばかり強い眼差しを浮かべるひかりがいて。苦笑いしながら「秘密」と答える以外に春明の選択肢はなかった。

 

「……そうですか、まあいいですけど。お姉ちゃんも元に戻りましたし」

「ごめんね」

「いいです、無理に聞くつもりはありませんから」

「うん。ひまりさんも、色々ありがとうね」

 

 例えば昨日のことだったり、ちょっとした家でのことだったり。ひかりに関してお世話になったと言えばテツ先生より、むしろひまりが一番だった。

 亜人(デミ)のことはテツ先生に、ひかり個人のことはひまりに。そうして、今まで来れた。

 

「私の好きでしたことですから」

「はい、二人しかわからないことを私の前で話すの禁止ー!」

 

 横からひかりが腕を掴み、ひまりと春明の距離を一歩分引き離す。その様子がおかしいのか、口に手を当てて笑い出すひまりに、ひかりがムッとする。

 ちょっとした嫉妬をされるのは、春明も嬉しいもので、しょうがないなぁと思いつつそのままひかりの隣に立つ。

 

「じゃ、私は図書館に寄るから。お姉ちゃんはゆっくりどうぞ」

「妹のくせに生意気!」

「双子だからほとんど変わらないじゃない……」

「じゃーねーひまりさん」

 

 そうして靴を履き替え、下駄箱から校庭へ。そのまま校門を出て、目指すのはひかりの家だ。昨日もそうだった。彼氏として、放課後くらいは送りたい。

 友人から一言二言しか話してない知り合いまで、色んな人に言われたからか、昨日とはまた違った気持ちになる。なんというか認められたというのか。

 その意味では秘密にする予定だったのが、ひかりのミスで一気に広まったのは大きいかもしれない。本人にはとても言えないが。

 

「皆には参ったなぁ……」

「まあいいじゃん」

「よくない、わけではないけどね? マッチーもユッキーもどうしてそうなったのか聞いてくるのが……」

「あぁ、説明するのって恥ずかしいよね」

 

 ひかりの勘違いだけは伏せて、昨日の出来事を友人達に何度か説明した春明も、それは共感できることだった。

 

「でも、私嫌じゃなかったから」

「ん?」

「だからね、何か疚しい気持ちがあって隠そうって言ったわけじゃないの」

 

 その言葉に、春明は不覚にも笑ってしまった。そんな疑いなんて欠片も抱いてないというのに。だから安心させるようにはっきりと、ひかりの目を見て言う。

 

「そんなこと、欠片も思ってないから大丈夫」

「ほんと?」

「ほんとほんと」

「なら、よかった」

 

 心の底からホッとしたように息を吐いたひかりは、一歩進んだあとその場でくるりと一回転、そのまま足を止めてこちらへ振り返る。

 

「私、腕とか首とか噛みたくなるし、行動に移さないだけでたまに血を飲みたいなって思うけど」

「いいよいいよ、これから俺の血は全部ひかりのになるな」

「そ、そこまでは聞いてない!」

 

 なんというか、今更だった。それを言ってみれば「確かに今更かも」なんて返ってくる。 

 春明にとって、それらは然したる問題ではなかったのだ。入学式にひかりから話しかけられて、それからどうしたことか次の日もわざわざ来てくれて、それからクラスも違うのに、不思議と毎日顔を合わせるようになって。自分が恋心を自覚したあの日からは、全てが小鳥遊ひかりをより魅力的に見せる一因になった。

 真っすぐな心が、何気ない笑顔が、ちらりと見える八重歯が、名前の通りに輝く髪が、日の光を浴びて怠そうにする様子が、やたらと高いテンションが、自分から振ったのに不意打ちで名前を呼んだ時のあの赤くなった顔が、友達のために動く姿が、ひまりに怒られてしゅんとしてるところが。

 

「よし! じゃあ買い物いこっ」

「荷物持ちは任せろ」

「ちなみに今度はお母さんも一緒するって言い出してるから」

「流石に一回だけ一緒して終わりは効かないかぁ……」

「その一回にピンポイントで居れなかったから尚更……諦めて春明」

 

 春――高校に上がった自分を待っていたのはそんな生活だった。

 関係が変わった今、これから今まで見えてこなかったひかりが見られるようになる。

 だからもっともっと側にいよう。そしてまだまだ好きになりたい。

 じき夏が来る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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