亜人ちゃんに伝えたい   作:まむれ

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小鳥遊ひかりに伝えたい

 帰りのホームルームも終わって、クラスの面々も自由に過ごす中、春明はすぐ帰らずにいつもの相手と話していた。

 内容はもちろん昼休みのこと。春明の友人達も、事情をある程度知っているとは言え小鳥遊ひまりに不穏なトーンで呼び出されたともなれば、気にならないわけがない。

 

「で? 小鳥遊の妹から呼び出された結果は?」

「あの時の春明の顔は見物だったよねー、真っ青ってああ言うんだなって」

「む、無理して話さなくてもいいよ?」

 

 野郎二人は興味津々に、それに対して雪女はこちらを気遣うように笑う。確かにあの時の自分は変な顔をしてただろうと振り返る。ただ、あの昼休みで色々確認出来たからこそ今は清々しい気持ちでいられる。

 自分の心が再確認できた、人に言われてようやっと現状を理解して、そうして数日の間にまともに関わってないと自覚した瞬間、気持ちが溢れてもどかしさすら覚えた。

 

「隠すことでもないよ、とりあえずすぐに仲直りする」

「無事告白が成功したら飯でも奢ってやっから」

「告るって決まったわけじゃないんだけど」

 

 親指を上に向ける佐竹へ、冷静に突っ込みを入れる。そう、仲直りすると決めただけで、そこから先――想いを伝えると決めたわけではない。ちょっと話し合いして、今までの気軽な繋がりに戻るだけ。

 そうしてから夏までに告白出来たらいいなあと春明は考えていた。いつもの関係だって居心地が良い、自分が我慢できなくなった時が決意の時だと、楽観的に捉えていた。

 少なくとも春明はそのつもりだったし、三人の友人も、本気で今日明日のうちにそんな話が出るとは思っていなかった

 

 ドアが荒々しく開かれる。

 春明を含め、残っていた少数のクラスメイトも何事かと音の出所へと顔を向ける。十数人の視線を一手に受けたその存在は、一瞬気まずそうにするもすぐに持ち直し、荒々しい足取りでA組の教室へと侵入、必要以上に地面を鳴らしながら、春明へ最短距離で向かってきた。

 

「校舎裏へ来なさい」

「凄く血の繋がりを感じる言葉だなあ」

 

 太田の、傍観者のような台詞が耳に響く。

 

「ひまりにもそうやって呼ばれたんだ?」

「ま、まあ」

 

 絶対零度のその声に、同じ温度の視線を向けられた春明は居心地悪そうに頷く以外に選択肢はない。確かにひまりにもそうやって呼び出されたが、それと何の関係があるのか。

 

「じゃあ付いてきて」

 

 じゃあってなんだじゃあって。

 その疑問を口にする前に、腕を強い力で掴まれて引きずられるように教室を後にする。助けを求めるように友人へアイコンタクトを送れば、気楽そうに手を振る姿が映り、絶対あとで殴ると心に決めた。

 

 

――

 

 

 連れていかれた場所は、生物準備室。そこにいたテツ先生に大事な話があるからと真剣な声で伝えた小鳥遊に、テツ先生も空気を読んでこの場所を貸し出してくれた。

 去り際の、あとで全部説明しなさいと言わんばかりの顔がはっきりと思いだされる。ごめんなさい先生、自分も良くわからないんです、と心の中で謝罪。

 そうして部屋に入って小鳥遊が先生の使う黒い椅子に、春明はソファの端っこに座り、背筋を伸ばして向かい合う。

 

「で?」

「で、とは」

 

 口火を切ったのはもちろん小鳥遊。

 

「ウチのひまりとの関係、吐いてよ」

「いやそう言われてもただの友達だけど」

「へぇ?」

 

 意味ありげな小鳥遊の声。何が言いたいのか、さっぱりわからない。

 

「その割には、随分と仲良さそうだよね? 昼休みに、あんなに楽しそうにしてさ?」

「あ、見てたの?」

「たまたまね。あんなにへらへらしてだらしなさそうなの、初めて見た!」

 

 語気が強めな小鳥遊に、はて自分はそんなに顔が緩んでただろうかと思い返す。

 確かにある種そんな気分でいたことは間違いない。しかしそんな顔に出ることかと言われると……少なくともだらしないと言われるまでの表情をしてたかどうかは、疑問が残る。

 得意げに指摘してくる小鳥遊には悪いが、そんな顔をしていたとは到底思えない。

 

「いや、そんな顔してた?」

「ひまりとすっごい楽しそうに昼休み話してたでしょ?」

「まあ、実際ひまりさんと話すのは楽しいし」

 

 そこは、否定しない。友達と話すのは、楽しいものではないだろうか。そりゃあ気分しだいでつまらなくもなるだろうが大体は楽しいものであり、それを責められるような口調で問い質されることではない。つまり、小鳥遊の意図がまったく見えない。

 自然、言葉も若干ぶっきらぼうになる。言いたいことがあるなら、はっきりと言えばいいのに。

 

「……私と最近疎遠だからってひまりにかまけるの?」

「は?」

 

 素だった。その論理の飛躍は見事と言う他なく、春明は心の底から疑問が声に出てしまった。

 確かに小鳥遊とは最近ぎくしゃくしていた。けれど、だからと言ってひまりさんと話してたのは別だ、むしろあれは春明が呼び出されたので、かまってきたのは向こうである。

 そんな態度が気に入らないのか、捲し立てるように小鳥遊は思いを吐きだすかのように言葉にしていく。

 

「確かにちょっと私は避けてたけど!」

「はい」

「でも! それは私が悪いんじゃなくて!」

「いやそれは」

「日下部が悪い!」

 

 腕を組んで視線を逸らす小鳥遊に、春明は途方に暮れる。別に、そんなに怒られるようなことではないだろう。ひまりさんと話すのは今まで良くあったし、小鳥遊と少しばかり顔を合わせていないからとそこまで言われようとは。

 いくら考えども答えは出てこず、かくなる上はと直接聞くことにした。逃げられたら追ってやると思っていた昼下がり、その数時間後に向こうから飛び込んできたこの仲直りのチャンス、無駄にするわけにはいかない。

 

「じゃあ何が悪いんだ?」

「何って……」

 

 小鳥遊がぐいと寄せていた顔を一気に離し、柔らかい背もたれへ寄りかかる。それからたっぷり十数秒、口を開けたり閉めたりして、やっとそれは出てきた。

 

「聞いちゃったんだもん」

「えっ」

「その、日下部が、先生と話しているところ」

 

 視界が真っ白になった。そのまま今すぐにでも逃げ出したくなる身体をなけなしの精神で抑える。

 直近の会話と言えば、あれである。何故、どうして、用事があったんじゃあと疑問が駆け巡るも、今度はこちらが口をぱくぱくとさせるばかりで言葉が出てこない。

 

「そんな、なんで……」

 

 やっと出たのはそんな疑問だけ。

 

「ちょっと先生に相談ごとがあって、それで……」

 

 迂闊だった、ひまりさんに用事があるとは聞いていたが、その内容までは伺っておらず、知らなければ後日に回すくらいはするべきだった。

 後の祭りと言えば後の祭り、あの会話を聞かれてしまったならば、春明はもう頭を抱える他ない。

 

「待って、理解が追いつかない」

「日下部が、その、先生に私のことで」

「いやそれはわかってる、そうじゃなくて現状にね?」

 

 盛大に、今この場所で、小鳥遊に想いを告げるんだと叫んだあの日。テツ先生は「小鳥遊が来たらどうするんだ」と言っていたが、よもやあれがフラグだったとは。

 話の流れで行けばワンチャン、明日がターニングポイントになるかもと思った矢先がこれ。明日どころか数時間後だった。

 背もたれに身体を預け、押し黙る小鳥遊を真似るように春明も身体をソファへ投げ出す。考えるのを放棄したい、頭はオーバヒート直前であり、熟れたトマトのような色をしているのは想像に難くない。

 ああ、なぜ自分は生物準備室でこんなことをしているのか、思考を切り替えようとすればこれも良くわからない。もうちょっとこう、帰り道とか公園とか、そんな場所でもいいではないか。

 身体を倒したまま、視線だけを小鳥遊に向ける。「なによ」とぶっきらぼうに返ってくる。

 

「あぁ……もうとりあえずさ本当に違うから」

「ふーん」

「聞いてたならわかるよな?」

 

 軽い返事、信じていないのは明白。それどころか、

 

「……ひまりだって『小鳥遊』だもん」

「俺、ひまりさんは苗字で呼ばないんだけどなぁ」

 

 と惚ける始末。

 それで色々察する。あ、これ言わないと駄目なやつだ。こうなれば腹をくくるしかない。

 すぅ、はぁ。静まり返った教室に、春明の呼吸音が行きわたる。

 

「小鳥遊」

「ひまりはここにいませ~ん」

 

 この吸血鬼め。

 

「ひかりさん」

「他人行儀だね」

「……ひかり」

「うん」

 

 

「俺、ひかりのことが大好きだ」

「わ、私、わた、しも……はるあき、のこと、すき」

 

 

 

――

 

 

「結局、ひまりと何話してたのよ」

「んー?」

 

 仲直りをすっ飛ばして見事結ばれた二人は、ソファへ並んで座っていた。春明はひかりに、ひかりは春明に。お互いがお互いに身体を委ねて、未だ頬の熱は冷めない。

 力の抜けた声で聞いてきたのはひかりの方だった。告白に成功した春明は、そう言えばそんな話だったことを思い出す。

 

「姉の様子がおかしいってひまりさんがな、何かしただろってA組まで来たんだ」

「そ、そう」

「で昼休みの間に色々話して、捕まえてでも仲直りしてやるって結論に至った。見たのはその後かな?」

「……うん」

 

 ひかりの声が更に小さくなる。これは、勘違いだったのだとやっと解ってくれたのだろう。

 こうして落ち着いた今だからこそ、春明もどうして怒っていたのかわかる。

 

「つまり嫉妬」

「わ~! 言わなくていいよ! 駄目!」

 

 慌てたひかりの、綺麗な手が春明の口を覆う。唐突に口を塞がれた春明は、抗議の意味を含めて睨むが中々手を放してくれない。

 仕方がない、この手は取りたくなかったがと建前に、本心ではノリノリで口を覆っている手を舌で軽く舐める。一瞬で手が口から離れ、ふぅと一息つく。

 

「ひゃっ、な、なな!」

「いや離さないのが悪いだろ」

「だからって、舐めるのはどうなの?」

「勘違いで引き摺られた挙句、ここで問い詰められたことに比べればマシじゃないかな」

 

 うぐ、とひかりが胸を抑える。勝手に勘違いをして、勝手に嫉妬して、その感情のままに相手を問い詰める――他人から見ればどう考えても擁護しようがない。

 それが巡り巡って今に至るのだから、何が起こるかわからない。しかし改めて言われるとやはり辛いのか、沈黙の後にやっと一言。

 

「随分余裕じゃない」

 

 それは八つ当たり気味の言葉。

 

「そりゃあ好きな人が彼女になったんだし、喜びを噛みしめたって良いでしょ」

 

 どうだ、と得意げに言えば半目になったひかりが一言。

 

「つまらない」

 

 声と裏腹にその顔は満足そうで、その表情が春明にはとても輝いて見えた。

 

 

 

 


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