亜人ちゃんに伝えたい   作:まむれ

32 / 35
日下部春明の校舎裏

 最初に異変に気が付いたのはやはり小鳥遊ひまりだった。

 

 一日二日三日、ここまではまああんなことあったし……と気のせいで済ませた。しかし四日五日となると、流石に気のせいで済ますことが出来ない。

 佐竹や太田に事情を聞いても、三日経った辺りから立ち直ったというか割り切ってたぞーと言われ、いよいよ何が起きているのかわからなくなる。

 

 次に異変に気が付いたのが、日下部雪と町京子だった。

 

 小鳥遊ひかりの様子がいつもと違う。言葉はいつもと変わらないのだが、纏う空気とか言葉のテンションとかが、違う。

 本人に聞いてもしらばっくれるばかりで、困った二人は妹のひまりに事情を説明したものの、ひまりもそれがわからず調べている途中で、何かわかったら教えて貰うことに待つことにした。

 

 一番最後に、佐竹と太田が気付いた。

 二人はひまりから声をかけられて、やっとここ数日に渡って覚えていた違和感の正体を知った。あいつ、確かに俺らとばっか喋ってやがる、と。

 もうどうしようもなく、拉致していい? と本気100%で聞いてきたひまりに二人はそれを推奨すらして結果を待つ。

 

「日下部さん、校舎裏」

「ちょっと顔が本気(マジ)すぎやしませんかね?」

 

 こうして、日下部春明は小鳥遊ひまりに拉致られることとなった。

 

 

――

 

「その、な? なんか話しづらくてさ」

「気持ちはわかりますけど」

「まぁショックだったけど、よくよく考えれば別に振られた訳じゃないし! ちょっと、こう、確率が……下がっただけだし……」

 

 昼休み、人気がない場所と言えばやはり校舎と壁の間の日陰部分と決まっている。そこに春明とひまりは、それぞれ壁と校舎に背中を預けていた。

 向かい合う二人が話すのはやはりここ最近の異変――春明と小鳥遊が最近喋ってないんじゃね――についてである。

 しかし春明自体はもう立ち直っていると言う。後半部分は若干声が小さくなっているが、話しづらいだけで話すことは別に問題はないとのこと。

 

「むしろ、小鳥遊が俺を避けてるんじゃないかって一昨日辺りから感じてるんだけど、気のせいであってほしい」

「……すみません、ちょっとそうかなって部分は私から見てもあります」

 

 その時の春明の顔たるや、約一週間前の再来と言っても過言ではなく、慌ててひまりがフォローに走るほどであった。

 

「で、でも! なんかこう、嫌いになったとかじゃなくて、うーん? 日下部さん、お姉ちゃんに何かしました?」

「してないしてない……ロクに会話してないのに」

「そもそもお姉ちゃん自体、あの日からおかしいんですよ」

 

 どういうこと? と春明が聞けば、ぼーっとすることが多くなったとか、私の腕を噛む頻度が増えたとか、デザートを私に譲ったとか、早起きするようになったとか。

 最初はともかく、後ろ二つがおかしいとはどういうことかと問い質したくなるレベル。……聞かなくても想像は付いてしまうのが春明は悲しかった。

 

「私にも相談してくれませんし、こんなの初めてです」

 

 そう締めくくったひまりの顔は、不安と悲しみが混ざった面持ちをしていた。

 その原因を担っているのではないかと自覚している春明はそれに対してかける言葉が見つかるわけもなく、ただ口を閉ざす以外にない。

 実はこの時、ひまりはその翌日のことを話そうかどうか迷っていた。自分が帰ってきた時、父親から姉の様子がおかしいと聞かされ、こっそりと様子を伺えばベッドに突っ伏して微動だにしない姉の姿を確認した。

 恐る恐る声をかけてみれば、やっと自分の存在に気付いたように慌てて起き上がり、ちょっと寝ていた、と笑う。それが嘘だと見抜けない程ひまりの目は節穴ではない。

 ――結局、ひまりは言わないことにした。今の空気から昨日の今日で二人が会話しているとは思えないし、高橋先生に聞けばいいと思いついたのもある。

 

「日下部さん的にはどうなんですか? このままでいいなんて」

 

 そんなの、聞かれるまでもなく、

 

「思ってないに決まってる。ほんとはこう、テツせんせーにしたスキンシップ全部俺にしてくれって言いたいけど、とりあえず今まで通りに戻りたい!」

「欲望だだ漏れですね、一応目の前に妹である私がいるんですけど」

「そういやそーだ」

 

 小鳥遊ひかりのことに関しては、正直だった。

 立ち上がって力強く宣言したそれを聞き、ドン引きしているひまりの姿にすごすごと体育座りへ戻る。割とガチな引き方をされるのは辛い。

 

「変態的なことはさておき」

「おい」

「お姉ちゃんも日下部さんと話してると楽しそうにしてますし、私だって元に戻ってもらいたいんですけど」

「本人逃げない? ちゃんと聞いてくれるかな?」

 

 不安げに訊いてみれば、ひまりは首を横に振って否定のニュアンスを示す。今の状態なら、逃げそうですね、と。

 双子の妹にそんなことを言われてしまっては、春明としてもどうすればいいのかわからなくなってしまう。

 

「そこはこう、手をぎゅっと掴んで」

「学校でそんなことすんの?」

「……翌日には一年全員に噂が回ってそうですね」

 

 なにせ、人の色恋沙汰に関しては三度の飯並に関心があるお年頃である。

 思春期の男子生徒としては、周りに囃し立てられるのは春明としては遠慮したかった。別に佐竹とか太田と、町とか日下部とかに囃し立てられるのなら、いい。皆は友達だし、少なからず理由を知ってるからだ。

 ただ規模が大きくなると、羞恥の感情が許容量を超えてしまう。きっと朝から放課後まで、休み時間ごとに誰かしらから一言かけられたりとか。祝ってくれるのは嬉しいが、何事も限度がある。

 じゃあ誰もいないところでとなるが、そうなると逃げられた場合に亜人(デミ)としての能力をフル活用された場合、捕捉出来る自信がなかった。それはひまりもわかっているようで、どうするかと頭を悩ませていた。

 

「いっそ私が一つ芝居でも打っちゃおうかな……?」

「俺の姿が見えた瞬間逃げそう」

「あ、じゃあ私達の家とか」

「もしもの場合俺の逃げ場がないし、おじさんにどう説明するんだよ」

 

 そう、万が一というのも大事。やる前から失敗した時のことを考えるなどと言われるかもしれないが、少なくとも小鳥遊家で話し合いをした場合、拗れた時が怖い。外やどこかの店ならば精神が耐えられなければ逃げられる。しかし小鳥遊家となると、不安定な精神でおじさんに挨拶などしようものならその後二人に事情を問いかけないとも限らない。

 二人で気まずくなる分には、もうしょうがない。しかし余波をそれ以外にまで広げるのは春明の望むところではなかった。

 

「そんなに深く考えなくてもいいじゃないですか……」

「俺が気にするの」

「そもそも今まで買い物に来てくれたのに突然来なくなった時点でおとーさん色々聞いてくると思いますけど」

「あ」

 

 そう言えば、そうだった。なんてこったい。春明は出てくる溜息を抑えることが出来なかった。

 

「でもうん、これは自分でどうにかするさ」

「出来るんですか?」

「やるしかないっしょ。俺と、小鳥遊の問題なんだから」

 

 二人で、解決するべきことなのだ。ここでひまりの力を借りる程、春明は他人任せにするつもりはなかった。これからがあるならば、喧嘩だってするかもしれないし、その度自分だけで片づけられないというのは、格好がつかない。

 あとはひまりさんに相談したなんて小鳥遊が知れば怒った顔でひまりを巻き込むなとか、そんなことを言われそうというのもある。

 

「逃げられたら?」

「トラップや待ち伏せも辞さないし、どうにもならなくなったら手をぎゅっとでもするさ」

 

 春明の手が、虚空を掴む。案外、どうにもならない時はすぐ訪れそうだ。改めて数日も話していない事実を認識すると、もう話したくて話したくて仕方がない。

 あの遠慮のない会話がしたい、小鳥遊の笑っている顔が見たい、買い物をしながら夕飯の献立を想像したい、その後で小鳥遊の家でまったりしたい。

 ひまりはその姿に「そうですね」と相槌をしながら満足そうにうなずいた。

 

「その時は積極的に噂を広めますね」

「広めろとまでは言ってないんだけど?」

「いいじゃないですか。全学年に知られれば、お姉ちゃんにちょっかい出す人なんていなくなりますから」

 

 実にイイ微笑みだった。

 春明は一瞬考え込む動作をして――親指を立てて異議なしと言わんばかりの笑みを浮かべる。小鳥遊の妹にここまで応援されたならば、止まる理由はない。

 

 

「ま、じゃあ明日からちょっと追いかけてみようかな」

「今日の放課後とかでもいいじゃないですか」

「それはちょっと早すぎる」

 

 いやほら日を改めて的な意味で。言い訳をすればジト目が返ってきて、「このヘタレめ」と。いや戦略的な意味でヘタレではないと春明は言い返したかった。

 

 

「私が相談に乗ったんですから、ちゃんと捕まえてくださいね?」

「乗ったって言うより乗らせたって言ったほうが良いと思う、あの喧嘩するぞみたいな顔して校舎裏とか言われたら誰も逆らえないわ」

「お姉ちゃんとのけんかで鍛えられてますから、買いますけど?」

 

 その時の気迫たるや、後に春明はその時を振り返って、「心臓が止まりそうだった」と漏らす程だった。

 

 

 

 

 

 




感想評価ありがとうございます、やはり励みになって執筆速度があがりますね(当人比)

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。