亜人ちゃんに伝えたい   作:まむれ

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日下部春明と雨

「あ、傘忘れた」

「ん?」

 

 ざあざあと降る雨。梅雨と言えば登下校時の雨に悩まされる時期。

 朝に見えていた綺麗な空はどこへやら、昼飯の前くらいからあれよあれよと雲が青空を覆い、それが仕事だと言わんばかりに雨粒を投下してきた。

 全ての授業も終わり、さぁ帰るかと靴を履き替えたところで、隣の小鳥遊がバッグを漁って困ったような表情を浮かべている。

 

「いや、天気予報見てなかったの?」

「見てたけど……ちょっと遅れそうになったからそこで忘れちゃったのかも」

 

 どうしよーと空を見上げて途方に暮れているが俺にとってそれはチャンスだ。

 傘を忘れた女の子、それに対して傘を持っている男、その女の子が男の好きな人ともなれば、次に言い出す言葉など一つしかあるまい。

 もちろん、それを言うには勇気が多少ばかりいる。早まる鼓動に収まれなんて思いながら――

 

「しょうがねー「おや、ひかりは今帰りかな」

「あ、おとーさん!!」

 

 はいお疲れさまでした。

 後ろから聞こえてきたそれは、俺にとっても聞き慣れたそれで、小鳥遊には頼れる肉親のもの。

 何故ここにいるんですか……小鳥遊が傘忘れたことに気が付いて迎えに来たのだろうか?

 

「どうしてここに?」

「昼にLINE送ったけれど、お迎えだよ。京子ちゃんに言ってないのかい?」

「……い、言ったよ? うん、そうだった! マッチーのお迎えだったね!! えへへ!!」

 

 あー、なんだこの、嘘が下手だよね小鳥遊って。

 確かに首と胴体が別れている町さんは、片手が塞がる雨の日は危ないかもしれない。

 片手は傘、もう片手は首で塞がっているから、万が一転んだりすれば即ち頭部を地面に強打することになる。雨で地面も滑りやすいし、そりゃあ傘以外にも手段はあるけれど、滑るのには変わりないからね。

 最初は学校指定の手に持つタイプだったカバンも、少し経ったらリュックになってたな。ちょっとのことが大事になるから、用心するに越したことはないというお話か。

 

「ひかりも乗っていくかい?」

「……いや、いいよー私は歩いて帰る!」

 

 車のキーらしきものを摘んでふりふりと揺らすおじさん。俺は一人で帰るかとやや落胆していると、意外や意外、小鳥遊はおじさんから目を逸らしてそれを断った。

 え? 傘忘れたんじゃないの? 俺何も言ってないしそのままだと雨に濡れて帰るってことになるけどいいのか?

 

「いや小鳥遊、お前傘」

「私は日下部と帰るよー」

「そうかい……? 春明君、ひかりをよろしくね」

「……わかりました」

 

 いや、別に言うよ? 言うけどさ、でもその前に選択肢があるんだからさ、それをおじさんに教えようと思ったんだよ。

 めっちゃ睨まれた、余計なこと言うなって言外に含んだ表情だった。俺の声を遮りながらそれを向けられちゃあ、何も言えない。

 結局おじさんはそのまま行っちゃったよ。どうすんだこれ。

 

「……」

「……」

 

 いやなんか言えよ。

 

「一緒に帰らないの?」

「おとーさん運転が荒いから」

「いやでも」

「いーの! ほら一緒に帰ろ!」

「傘は?」

「? 入れてくれるんじゃないの? さっき言いかけてたの、それかなって思ったけど違う?」

「……違くない」

 

 違くないけど、恥ずかしい。

 呆気らかんと言ってくるが、小鳥遊にとってはそうでも俺にはそうじゃない。めちゃくちゃ恥ずかしい。

 というか聞こえてたんですね、思いっきりおじさんに遮られてたけど、よく聞こえてたな。

 ほらほら! と急かすように背中を押す小鳥遊、はいはいとため息をついて傘を広げる。

 途端に雨が傘を叩き、耳障りな音が鼓膜を打つ。しかし、不快感よりは隣に小鳥遊がいることの嬉しさの方が勝る。

 好意を寄せている女の子と雨の日に相合傘、いえーいと隣に入ってくる姿に頬が緩むのを抑えられない。むしろ、それを我慢できる奴がいたら凄いと思う。

 

「というか濡れた方がマシって思う程運転が荒いのに町さん乗せていいの?」

「な、何事も経験だし?」

 

 こいつ鬼か。いや確かに吸血『鬼』だけどさぁ。

 

「ちゃんと町さんに謝るよーに」

「言われなくても解ってるし! というかお父さんも流石に私達以外を乗せるなら安全運転するでしょ! 多分!」

「確証はないのか……」

「それよりほら! ちょっと濡れてるじゃん! もっと寄って寄って! ちこう寄れ~!」

「いやいや充分近づいてない!? これ以上寄るの!?」

 

 一つの傘に二人は、流石に荷物の関係もあって厳しい。俺は荷物を濡らしたくないから、荷物をかけてる肩と傘を持つ手が同じだ。もちろん必要以上に近づきすぎないようにって予防線もある。近づきすぎても俺の心臓に悪い。

 そんなんだから反対側はちょっとはみ出てるし、当然そこは容赦なく雨が濡らすわけだけど、小鳥遊はそれを目ざとく見つけてぐいぐいと距離を縮めてくる。ちこう寄れなんて言ってる本人が近寄ってくるのはありなんですかね。

 

「入れてもらってるのに傘の持ち主が濡れてるなんて悪いもん」

「いいのいいの、小鳥遊が濡れるより平気だよ」

「わ・た・し・が・気・に・す・る・の」

「はい、すみませんでした」

 

 あ、これ逆らったらあかんやつや。

 観念して受け入れるが、雨の匂いに紛れてこう、女子特有の良い匂いが、漂ってくる。

 え? この状態で帰るの? 小鳥遊の家まで? え? なんの試練だこれ。

 

「雨っていいね!」

「俺はそうでもないけどな……」

 

 そりゃあ相合傘に慣れれば雨もいいかなって思うけれど、このときめきに慣れることなんて、あるのだろうか……

 雨よりまず、そっちに悩む俺の横で、小鳥遊は惚れ惚れとする笑みを浮かべて会話を弾ませるのだった。

 

 

――

 

 

「ひかりちゃんのお父さんって、とても安全運転なんですねー」

「うん? そりゃあ人を乗せてるからね、たまにひかりにもっと早くなんて言われちゃうけどね」

「私は良いと思います。変な運転よりよっぽど」

「はは、ありがとうね。じゃゆっくりだけどいこうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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