「あれ? 転入生、か?」
「え? ……あ、そ、そうです」
「そ、そうか……」
現在放課後、ぶらぶらと学校内を歩いていたところ、廊下で泣き声が聞こえたのでそれを放っておけず、声をかけた次第。
綺麗なブロンドの髪をした少年で、俺の声に反応して顔を上げたのだが、控えめに言ってイケメンだった、放置しておけばよかったな。
見ない顔だし制服も違うので他所から転入してくる人なのかと思ったけど、とても不自然な笑顔で肯定されて思わず言葉に詰まる。
一つわかった、この人は嘘が下手だ。
「あー名前は? 俺は日下部、日下部春明って言うんだけど、迷ってるなら職員室送ろうか? 俺も用事あったし」
「く、クルツです。職員室……そうですね、お願いできますか? 逸れちゃった人がいるんですけど、どこに何があるのか全然わからなくて……」
うーん、高橋先生を見つけるのが一番いいんだろうなぁ。一応クルツさんって不審者だし、そうでなくてもとりあえず先生に引き渡して、逸れた人を放送で呼びだしてもらうなりすればいいだろう。
その場合クルツさんがちょっとだけ恥ずかしい目に遭うだろうけど。高校で迷子の案内されるなんて笑いものだからなあ……
「いつから授業に参加するの?」
「……そ、それを今日聞きに来たんです」
「へー……ところでクルツ君ってどこの国なのかな?」
「あ、産まれは日本なんです、父がドイツなんですけど」
「あ、それでこんなに日本語上手いのか、なるほどね」
ちょっと興味本位でつついてみれば隠す気のない笑みを返してきて、それが居た堪れないもんだから話題を別のことへと移す。
あんまり変に突っ込んでヤケになられたら困るしね、せめて近くに先生がいないと困る。
ドイツは行ったことあるの? まだですね、いつか行ってみたいですけど、そんな会話をしつつ歩いていると、見慣れたジャージ姿が視界に映る。
白い線の入った赤いジャージ、髪を後ろで一つにまとめたその姿は間違いなく佐藤先生だ。
クルツさんに「ちょっと待ってて」と伝えて、佐藤先生のところへ向かう。
「あ、佐藤先生佐藤先生、迷子拾いました」
「ま、まい……?」
「転入生だそうです。一緒に来た人と逸れちゃったらしく、まずは職員室かなって案内してる途中だったんですけど」
「あらそういう事ね。じゃあ私が送るから、日下部君は帰っていいわよ」
「はい、それじゃ、あとお任せしますね」
チラリと見ればクルツさんはその場から動かず、特に表情も変えず佐藤先生と俺を見ている。こうして見ると何か悪さを企んでるようには見えないんだけど。ほら、ちょっと目が合ったのか控えめに手を振ってるし、うーん。
とりあえず、懸念事項も伝えておかなきゃいけない。ちょっと声を小さめにしておいて、と。
「あとその、転入生って言ったんですけど……」
「……何かワケあり?」
「どうやら嘘っぽいです、めっちゃ顔に出てました。人と逸れて泣いてたくらいなので悪い事をやれそうな人じゃないとは思うんですけど」
「……次からちゃんと不審な点を見つけたら離れること、いいわね? 演技って可能性もあるんだから」
言い終わると、佐藤先生は険しい顔をして俺を窘める。はいその通りだと思います。
「本当にわかってるんでしょうね?」
「わかってますってば、ほらあまり待たせてもいけませんし」
「……まったくもう」
溜息を吐く先生を後ろに、クルツ君の元へと向かうと佐藤先生を紹介する。
クルツです、と礼儀正しくお辞儀をするのを見てると、やっぱり悪い人には見えないんだよな。
佐藤先生もそんな姿に毒気を抜かれたのか、ちょっと戸惑いつつも少し頭を下げている。
「じゃああとは佐藤先生が連れてってくれるから」
「えっと、日下部さんは……?」
「うーん……」
「……」
「……まあ、職員室まで一緒に行こうかな?」
「あ、ありがとうございます!」
「日下部君!」
すみません佐藤先生、目を潤ませてじーっと見つめられてそれを見捨てられる程俺の精神は強くないです……
クルツさんすっごい笑顔なんだけど何これ、懐かれた? 何歳くらいなんだろうな、すっごい幼く見えるんだけども。そして佐藤先生の視線が怖い。舌の根の乾かない内にさっきのお説教を無視しちゃったからしょうがないと言えばそうなんだけど。
と、そんなところへ日下部さんと町さんが仲良さそうに歩いてくる。二人がこちらに気付き、軽い挨拶をしつつ「何してるのー?」「まあちょっとした野暮用みたいな」「ふーん」なんて軽いやり取りを交わし、最後にまた遊ぼうねーなんて言ってそのまま歩いて行った。
「あの女の子……」
「あぁ、デュラハンだからねぇ」
「あの子が……そうですか……」
遠ざかる町さんを後ろからぼーっと眺めるクルツさん。その視線は興味以外にも別の意味が含まれている気がした。
悪い感情は含まれていないんだけど、なんだろうね、わからん。
佐藤先生が純粋に亜人に興味があるの?と聞いたその瞬間、
「……いえ別に」
その顔は俺が声かけた時とまったく同じで。
佐藤先生もなんとも言えない表情を俺に向けてきた辺り、俺の言いたいことをわかってくれたんだと思う。
こんなに露骨な不審者がいるわけないし、放っておけないよね、色んな意味で。
得意げな笑みを佐藤先生に浮かべると、「日下部君はあとで反省文ね」という有難いお言葉が。なんでですか。
――
「不審者、ですか……?」
「えぇ、ひかりが不審者を校内で見た、と。見たのが
「盛ってる、とは?」
「クマみたいに大きくて、けがもじゃもじゃで、獲物を狙う獣みたいな目だった、だそうです」
「……それは、なんとも」
反省文に頭を抱えているうちに物騒になっていた。テツ先生が言うには、不審者が校内に現れたらしく、しかもそれを見かけたのが小鳥遊だと言う。
なんか不審者の特徴がまんま猛獣なんだけど、それ小鳥遊は大丈夫なんですかね。
「先生」
「お? 日下部か、どうした」
「小鳥遊は、大丈夫なんですか?」
「……ちゃんと姿を確認した後に全力で逃げたそうだ」
それは良かった。きちんと俺を見て言ってくれたテツ先生は、そのまま後ろへと視線を向けて、「誰?」と佐藤先生を見る。
事情を説明していくうちに、テツ先生がちらちらと俺を見ては呆れたような目をするのはやめてほしい。時々はぁって溜息ついてるし。
「不審者、ですか?」
「ん? あぁそうみたいだね、ここには先生が二人いるし大丈夫だと思うけどね。ただちょっと友達がそれを見かけたって言うから。逃げた後にカチ合わなきゃいいけど」
「……そうですか。なら、ボクが、なんとかしてみせます」
「は?」
クルツさんが両手を構えて意気込んでいる、のはいいんだけどとてもなんとか出来るような体格じゃない。というか不審者に返り討ちに遭いそうだ。
やめとけ、と言っても大丈夫ですの一点張り、誰かクルツさん止めてあげてくれ。
あーそうだ、とりあえず元の職員室へ行くという目標を達成しよう。職員室まで行けば何か起こることもあるまい。
テツ先生や佐藤先生も、この場で喋っているよりはと動き出す。「その不審者がクルツ君の逸れた相手の可能性もあるのよねぇ」なんて佐藤先生がぼやいているが、クマみたいに大きくてもじゃもじゃで獣みたいな目をする同行者がいるわけないじゃないか。
なんてことはない曲がり角。佐藤先生が一番最初に踏み込み――角の先からテツ先生を一回り大きくした人物が出てくる。そのシルエットに見覚えはなく、もしかしてこれが件の不審者かと他人事のように思った。
……じゃなくて佐藤先生が「危ない!」へ?
大男にぶつかりかけた佐藤先生の手を、クルツさんが思いっきり引っ張る。バランスを崩した佐藤先生をテツ先生が胸で受け止めて……ってサキュバスに直接触れて大丈夫なのか!?
そんな懸念を他所に姿勢を低くして突撃したクルツさんが地面を蹴って飛びかかる。右足で首への鋭い一撃、そのまま腕をロックして地面へ叩きつける。少々エグい音と共に大男は廊下と熱いキスをした、と。痛みを訴える大男の悲鳴が怖い。
ちなみにテツ先生は悟りを開いたかのような顔で佐藤先生を気遣っていた。テツ先生ぱねーな。
「どうですか! これで日下部さんも安心でしょう?」
「え? あ、うん、と言うか凄いねクルツさん」
「…………う、宇垣さん?」
「ウガキさん……?」
「ウガキさん?」
「ウガキさん? 佐藤先生、知ってる人なんですか?」
いででででででと悲鳴が途切れない大男、何かに気付いた佐藤先生がその大男に恐る恐る声をかける。
テツ先生と、クルツさんと、俺がそのまま真似して、得意げな顔から一瞬で真っ青になったクルツさんがか細い声で確認する。
「よぉ~クルツぅ~……急にいなくなったと思ったらどうした? 急に。ん~~?」
随分と恨みの籠った声だった。痛みがまだ残っているのか怒りなのか判別に困るけど、顔を震わせてクルツさんを睨んでいる。
先輩ッ!? やらかしたと言わんばかりのクルツ君の叫び声。それに続く三人のオウム返し。
どうやら佐藤先生の言う通り、不審者はクルツさんが逸れた人のようですね。
「えっと……知り合いの、刑事さんです」
「「刑事!!」」
しかも不審者を狙う方でした。疑ってすみません。
……え? 先輩ってことはクルツさんも刑事……?
佐竹君の名前が判明したって教えて貰ったので即修正しました、直ってない箇所がありましたらご報告お願いします
DVD発売早くして