「小鳥遊、最近良い事あった?」
「あ、わかる?」
えへへ、と笑う彼女。この間皆でカラオケに行った前辺りから妙に機嫌が良く――主に日下部さん辺りを見て――そう思った次第。
「うん、日下部さんが小鳥遊や町さんのこと、名前で呼び始めたでしょ? だからそれ関連かなって」
「せーかいっ! 詳しくは言わないけど、私達親友になりました! 的な」
「今までは?」
「友達だった、かな?」
さいですか。日下部さんも小鳥遊を「ひかり」、町さんを「京子」なんて楽しそうに言うもんだからね、その時の俺はおや?なんて思ってたり。
ひかりったら、京子がこんなことを~、とか。それまで一応話はするけど、どこか硬さが残っていたのにそれが全部消えてるんだから。
「なんにせよ、良かったじゃん」
「ありがとっ! あ、それでねー、三人で話してる時に先生がやってきて、目ざとくそれに気が付いてニヤニヤしてた!」
「先生……高橋先生、のことだよな?」
「そそ」
「あー、先生そういうの好きそうだもんね」
「それで、ユッキーに先生が私のこと名前で呼んでることに突っ込まれたり」
「ほぉ……」
それは俺も実に興味があるなぁ……? あの変態
もっとも、その突っ込まれたあとのことは、俺が興味を示したからなのか、全て小鳥遊が語ってくれた。名前で呼ばれすぎて他だと違和感が酷い、らしい。
「小鳥遊」と呼ばれればお説教でも来るのかと身構え、「ひかりちゃん」と呼ばれれば子供のような反応を求めているのかと思ってテンションをあげてしまう。
「ってかそもそもテツ先生はなんで小鳥遊のこと下の名前で呼び始めたの?」
「あ、それは私からお願いしたの」
「は?」
「え?」
「あ、ごめん続きをどうぞ」
「? ほら、私って妹のひまりがいるじゃない?」
……あぁ、そうか双子で苗字が同じだから、差別化かな?
「そそ、紛らわしいから名前で良いよーって言って。それでセンセーは私達を名前で呼び始めたってわけ。まあひまりの方はちゃん付けだけど」
ぐぬぬ、なんと羨ましい。いやもう、それしか言えないです。
しかしその理由ならば俺も小鳥遊をひかり、と呼んでもいいんじゃないだろうか? そんなことをふと思いつき、ボソリと呟いてみると予想していなかったのか、小鳥遊はまあ、そうねときょとんっとした後に、何とも思ってないような表情を浮かべた。
いや、そこは普通男に下の名前呼ばれるなんて、って照れるとこじゃないの? ……あ、もしかして中学とかでもそうやったから慣れちゃった……のか?
「こうやって学校変わると最初は苗字で呼ぶんだけど、仲良くなると男子も女子も皆、ひかりって呼ぶようになるよ?」
「ふーん……」
「ほらほら、呼んでみる?」
「……い、いや、ちょっと、恥ずかしいなぁ!」
この
ただし小鳥遊、オメーは駄目だ。つっかえた俺を見て、愉快そうに口を歪めてからかってくる、小鳥遊はそんな奴なんだ。
「へーえ? 呼ぶのが恥ずかしいんだー?」
「まあそりゃあ、ね」
「ほほーう、ならほら、呼んでみなさい!!」
「どうしてそうなるんだよ……」
「日下部の恥ずかしがるところ、見てみたいでーす!」
こいつ、俺で遊んでやがる……
しかし一方的に遊ばれるのは困る、なのでちょっとした仕返しをしようかなと思う。全力で羞恥の表情を消すと、顎に手をあて、そうだなぁと考えるフリをする。
「じゃあほら、俺が名前を呼んだら小鳥遊も俺をさ、名前で呼ぶならまあ」
「マッチーとかユッキーみたいな感じだよね、オッケーオッケー!」
「そりゃああだ名だろ、ちゃんと、春明ってな」
「うげ……」
「まさか恥ずかしい訳じゃないだろ?」
「……ま、まっさかー! ばっちこーい! いつでもいいよ!!」
この不審な態度、あらぬ方向へ向けられた視線、どう見ても真っ赤な嘘です、本当にありがとうございます。
それならば立場は同じである。俺がちょっと恥をかけば、向こうだって同じくらいの恥を見せてくれる。逃走の危険? 逃がすわけないだろ。
「……でもこれ改まって言うと、なんかこれじゃないって感じしない?」
「それもそうだね。うーんじゃあ引き分けにする?」
「そうだなあ……」
そうだね、なんて言うとでも思ったか!
気を抜いたのか息を吐いて安堵している小鳥遊に向けて、まるでずっとそうであったかのように――
「ま、ひかっ……ひかりがそう言うなら引き分けでいいと思うけど?」
「……ゲホッ! ちょ……!」
はいちょっとつっかえました、俺には無理だったよ……
もっとも、充分奇襲効果は見込めたようで、息を整えながら恨みがましい目で俺を睨んでいる。いやいや、最初にそうなるように仕向けたのは小鳥遊だから、仕方ないよね?
終わってしまえば、あとは楽なもの。どうだ、と勝ち誇った笑みを向ける。次は小鳥遊の番だぞ、とも。
「卑怯じゃんそれ!」
「どこが? ちゃんと名前で呼んだしな?」
「うぅ……こんなはずじゃあ……」
じゃあどんなはずだったんですかね。俺としましては肩を落とし、何とか逃れられないかと模索してるその姿を見れて嬉しく思う。
じーっと、小鳥遊を見つめ、逃がさねーよ? と笑いかければか細い声で意地悪、と言葉の抵抗が返ってくる。自業自得なんだよなあ。
「ほれほれ」
「は……はる――」
――鳴り響く軽快な音、無粋な邪魔者の名は予鈴だった。
あわあわと口をパクパクして数秒、やっと言いかけたところだったのに、なんと勿体ない。
じゃあ私はこれでえええ! と脇目も振らずに教室へ戻っていく小鳥遊の姿に舌打ちをする。
「……今更恥ずかしさが出てきた……顔、赤くなってねーよなあ?」
冷静になってから羞恥がぶり返してきた。いつもより若干熱い気がする顔をぺたぺたと触りながら、俺もA組へと戻る。
流石にもう一回面と向かって言えってなったら勇気の撤退をさせてもらおうかな。