亜人ちゃんに伝えたい   作:まむれ

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小鳥遊浩二は突っ込みすぎる

「その時のひかりったら傑作でね、ぜーったい嫌だ! なんて言って離してくれなかったんだよ」

「その場面を想像すると微笑ましいですねぇ……」

「そうだろうそうだろう? 親の贔屓を抜いてもひかりは可愛くてねぇ」

 

「いい加減にしてよ! 私の横で恥ずかしい話するのやめてくれない!?」

 

「何を言っているんだひかり、恥ずかしい話なんて一つもしてない、私にとっては大事な話だ」

「そうそう、小鳥遊さんや、家族の思い出は大切だ」

 

「本人の、私が、恥ずかしい思いを、してるんだけど?」

 

 

 小鳥遊さんが抗議の声をあげるものの、俺とおじさんはどこ吹く風。途中でお茶を注いだり注がれたり、まさかの意気投合で昔話は結構続いていた。

 ちらりと時計を見れば、お邪魔した時より一時間は過ぎている。来る前に緊張していた自分? そんなものは消えたよ。

 

「俺は有意義な話が聞けて満足している」

「私は不満しかないんだけど?」

「そこは価値観の違い、かな」

「血を見たいならそう言ってくれればいいのに」

「のーせんきゅー」

 

 ぐっと拳を振り上げた小鳥遊さんには、流石の俺も空気を読む。結構容赦ないからね、保護者の前でも小鳥遊さんなら、俺をパンチングマシーンに見立ててくる確信がある。それは流石に勘弁願いたい。

 

「お友達とは、仲が良くて何より」

「えぇ、小鳥遊さんとはいつも楽しくお話させてもらってます」

「その割にはちょくちょく失礼なことを言ってくるよね?」

「友情の裏返し的な?」

 

 張り手で真っ赤に腫らすわよなんて言われますと、俺の方はごめんなさいをするしかない。

 おじさんはそんな様子をニコニコと、お茶を片手に、本当に楽しそうに眺めていた。

 そしてその場を堪能しながら、ふと気づいたのか、

 

「お互いに敬称が付いてるのは不思議だねぇ」

「えっ」

「えっ」

「息もピッタリだし、うーん、なんで二人はお互いを『小鳥遊さん』、『日下部君』なんて他人行儀な呼び方をしてるのかなァ」

 

 ――なんでも何もタイミング逃しました。

 小鳥遊さんの方はと言うと、おじさんの言葉にきょとんとするも、「ん~~」と間延びした声を響かせたあとに俺の方を向く。その表情を見れば何を言いたいかわかる。そう言えばなんでだろうね? ってね。

 

「うーん、私はいつでも変えていいけどー、でも日下部君が変えないままだとねー、温度差あるみたいになるから」

「だ、そうだよ春明くん」

「うーん、じゃあ試しに呼び方変えてみますね」

 

 変えると言っても敬称を取るだけだ。苗字の敬称略なんて友達が出来たころからやっていたことだったので、特に何の労力も必要ない。

 

「小鳥遊ー」

「はーい、なにかな日下部ー」

「なんでもないでーす」

 

 ほらこの通り。

 打てば響くようとはこのこと。小鳥遊さん――小鳥遊の返事に軽く頷き、どうでしょう? とおじさんへ得意げに笑う。

 完璧なやりとりにおじさんも満足しているのか、温かい目で俺達を見ていた。うんうん、仲が深まる瞬間はいいねえと誰に向かって言っているのわからない台詞を添えて。

 ただまあ、次に放った一言は余計だったんじゃないかな。

 

 

「じゃ! 今度は名前で呼んでみよう!」

「は?」

 

 この人ってもしかして踏み込みすぎるタイプか。思わず素の返事をしてしまった俺は悪くない。

 小鳥遊も流石に予想していなかったのか、「それは口の出し過ぎだって!」なんて怒っている。うん、俺もそう思います。流石にさっきまでさん付けしていた相手を名前呼びするには、ちょっとばかし俺の気持ちがもたない。

 ましてや小鳥遊は絶賛片思い中の相手なのだから、なおさらだ。

 

「おおっと、ごめんね。中々息の合ったやりとりをするものだから、つい、ね」

「はぁ、そう、ですか」

「おとーさん、そういうところはちょっと抜けてるの」

 

 不満そうに言う小鳥遊の表情に、前科があるということを察せて同情した。それでも父親を嫌っていない辺りが、良い家族だなあと伝わってくる。

 ごめんごめんと謝るおじさん。前も同じやりとりをしたと小鳥遊が言えば、何年も前の話じゃないかなんて返す辺り、おじさんはデリカシーがある方ではないらしい。

 

「ただーいまー」

「おや、ひまりが帰ってきたようだね」

「んっと、結構長居しましたね、俺もそろそろ帰ろうかなぁ」

「ふむ、ちょっと話し過ぎたかな? 重ねて言うけど、ひかりの手伝いをしてくれてありがとう」

「ありがとー! えへへ!」

「友達のお手伝いぐらいどーってことないです」

 

 これは紛れもない本心であり、しかし一部であった。小鳥遊のためならこの程度、手伝いですらない、声をかけられた時点で回答はYesかはいか、そんな話。

 軽いお辞儀をするおじさんに俺も軽く頭を下げ、ひまりさんと入れ違いになる形でリビングを出る。

 

「あ、やっぱり居ましたか」

「なん……だと」

 

 すれ違いざま、こちらを見て意地の悪い笑顔を浮かべたひまりさんに足が止まった。

 『やっぱり』と彼女は言った。まるでここに俺がいるのを予想していたように。どういうことなのか。いつの間に小鳥遊はひまりさんへ連絡していたのだろう。

 

「姉から連絡は貰っていませんよ。けれど、日下部さんがいなかったら、クラス委員のお手伝いが徒労に終わっていました」

 

 この時、俺は学校で浮かんだ疑問が綺麗に解消された。何かおかしいと思っていたがつまりは、そういうことだった。なんでかは知らないが、この妹、一芝居しやがった。

 そうだよな、あんな沢山の買い物があるのに放課後に予定を入れるわけがない。いやぁ、原因がわかってスッキリした。

 

「最近ちょっとぎこちなかったみたいなのでこうしましたが……どうでした?」

「あ、ごめんそれもう解決済みだから」

「……はい?」

 

 すみません、そんな能面みたいな表情しないで貰えますか。俺が勝手に気まずくなって勝手に解決したんですすみません。

 

「今度、何か奢らせていただきます」

「ファミレスのパフェで許しましょう」

「はい」

 

 その程度でひまりさんの機嫌を直せるならいくらでも奢ろうと思う。

  


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