「けどいいの? 家まで行っちゃって」
「へーきへーき! マッチーだってもう呼んでるんだし!」
夕暮れの道のり、両手にかかる重さもこれから行く場所を考えれば気にならない。なれない、と言ったほうが正しいけど。
「いや、町さんは女の子で
「それなら先生もこの前来たし!」
心配しすぎだよ、と言いたげにケラケラ笑っているが、俺は町さんでもなければテツ先生でもないのでそこはどうなのよ。
俺が緊張してるのもあるけれど、まだ四月の終わりなのに異性の家にお邪魔するって早すぎじゃないだろうか?
「友達を家に招くだけなんだからー」
「そんなものなのか……?」
まあお買い物のお手伝いだし、何か不都合があれば尻尾を巻いて逃げてしまえばいい。
別に何も身構える必要はないとわかってはいる。けれどこうして緊張しているのはこれが、俺にとっての一大イベントだからだ。経緯はどうあれ、好きな人の家にお邪魔するなんて数か月くらい早いイベントだと思う。
小鳥遊さんの家はいたって普通の一軒家だった。白塗りの二階建て、表札は漢字の下に線を一本引いてTAKANASHI。たーだーいまー! と元気よくドアを開け放つ小鳥遊さんに続いて控えめな声でお邪魔します。挨拶は昔から大事、初めてなら尚更。
小鳥遊さんの声に釣られて奥から出てきたのは、白髪が似合っている眼鏡をかえたダンディーなおじさんだった。ちなみエプロン装備で、何か家事をやっていたんだなとわかる。
「おかえりひかり……おや?」
「友達連れてきた!!」
「連れてきたなんて言ってるけど、そのお友達の両手には買い物袋がぶら下がってるみたいだね?」
「ひまりの代わりに手伝ってもらった! ひまりは委員会のお手伝いでどうしても手が離せないんだって!!」
「ほーう……あっと、立ち話で彼を待たせてはいけないね、君、娘を手伝ってくれてありがとう、お茶を出すからあがっていきなさい」
「あ、はい、お邪魔します」
どうやらお父様だったようです。
荷物もいい加減重たさを感じるようになったので、お言葉に甘えて靴を脱ぐ。適当に整えたあとに小鳥遊さんの後に従者の様に付いていく。
リビングに着けば買ってきた荷物は全部小鳥遊さんが入れるとのことで、本当はそれも手伝うと言ったのだけれど、そこまでは申し訳ないと断られてしまった。
なので適当な椅子に座って、テーブルに肘をついてリビングをちらちらと見て暇を潰すことにした。
しかし、父親が出てくるとは意外だった。てっきり母親か、共働きで誰もいないと思っていたからだ。そこは深く考えなくてもいいところだろう。
「はいお茶」
「あ、ありがとうございます」
横にお茶の入ったグラスが置かれ、向かいに小鳥遊の父親が座る。ちょっと話相手になってくれるかい? との言葉に断る理由もなくうなずいた。
「ひかりは友達って言ってたけど、名前を聞いてもいいかい?」
「日下部 春明、です」
「日下部……? と言うと」
「あ、
「おぉ」
「小鳥遊さんのお父さんも日下部さんのこと知ってるんですねぇ」
「それはもちろん、娘と同じ
「そうだ、学校でのひかりはどうかな? 先生から聞いてはいるけど、同い年から見て、ちゃんとやってると思うかい?」
「俺は同じクラスではないのでそこまで詳しくは言えませんけど……」
「おや、そうなのかい? じゃあ言える範囲で良いから、何かある?」
俺がクラスは違うことはとても意外だったようで、少し間を開けてから、それでも何かと言われ顔を逸らして考え込む。
改まって何か、と言われると何を言えばいいかわからない。あ、でも言えと言うならば、
「町さんや日下部さんと、とても楽しそうにしてますね」
「あぁ、それは高橋先生も仰ってたね」
「それにちょっと混ぜてもらってますけど、元気を貰ってますよ」
「ひかりがうるさくしてないといいんだけどね?」
「あはは……大丈夫ですよ」
まあ若干、若干ね? うるさい時もあるけれど、大体はちゃんと限度をわかっていてやっているから平気です。ちゃんと線引きもしてくれてるし。
あと言うならば、やはりこれだろう。コップに入ってるお茶で喉を潤し、軽い音を立てて置く。
「あとこれは本人には内緒にしてほしいんですけど」
「うんうん! 何かな!」
これは本人に聞かれたくはない。どうやら食材を入れ終わった小鳥遊さんは着替えるためにリビングから出ていったらしく、ナイスタイミングと声を潜める。お父さんの方はノリノリで声を小さくして――ここのテンションは親子だなぁ――
「ちょっとある事に遭遇しまして、それについては詳しく言えないですけど、とても強い芯を持ってるなって」
「ほう?」
「だから尊敬できる人です、とても」
「そうか! そうかそうか!」
ちょっと恥ずかしくなって目を逸らす。そんなに嬉しそうにされると言った方も無性に恥ずかしくなってしまうではないか。
「いやぁ、嬉しいね。娘の良い話を聞けると言うのは。ひかりが降りてくるまで、もうちょっと話をしてもいいかな? 今度は私が話すことになるけれど」
親から見た小鳥遊さん、それは俺も気になる。答えはもちろん、
「えぇ、もちろんです。聞かせてください」