「は? 買い物?」
「そーなの!」
今日も今日とて世界は平和だ。目の前で親から買い物を託されてげんなりしてる小鳥遊さんを見ると心からそう思う。
おそらく買う物が書かれたであろうメモを片手でひらひらとさせているが、ちらりと見れば、そこにはビッシリと文字の羅列があって結構な荷物になることは想像できた。
「ほんとはひまりと一緒に行く予定だったんだけど、どうにもクラスの用事があるらしくて……」
「あぁ……ひまりさんが学級委員の手伝いをしてるって言ってたけど、それかな」
「そーなの! 普段はこんなことないんだけど、よっぽど忙しいんだねー」
……果たして本当にそうなのだろうか? まだまだ短い付き合いだけど、ちらほらと姉想いの一面を見せるひまりさんがいくら学級委員の手伝いがあるからと言えど、おつかいを姉に任せっきりにするだろうか。
漠然とした疑問が浮かぶも、これは同時にチャンスでもあった。ここで颯爽と名乗り出る事によって好感度を上げられる。好きな女の子と放課後を一緒に帰り、スーパーでメモを片手に荷物持ちをしつつ家まで送り届ける。
それに、損得勘定抜きにしてもここで小鳥遊さんを放置していては、それがひまりさんに露見した時どうなるかわからない。
「あ、じゃあ俺が」
「だから日下部君に手伝ってほしいなって」
「もちろんです」
思わず即答した。
最後の方と返事が被るくらいには食い気味だったため、小鳥遊さんが不思議そうな顔をしているのはまあ目を逸らそう。
それはさておき、やったー! と両手を挙げて喜んでいるので、相当憂鬱だったのだろう。うん、一人で持つには本当に文字が詰まっていたもんね。
「あ、でも」
「ん?」
「日下部君は用事とかないの? 無理に付き合わせても悪いし……」
「ないです」
申し訳なさそうにこちらを伺っているが大丈夫。有ったとしてもこの場合、大抵その用事は無かったことになるので心配しないでほしい。
夕方のスーパーと言えば歴戦の主婦でごった返すイメージがある。けど小鳥遊さんに連れられて入ったお店は、沢山人がいるものの買い物を投げ出したくなるほど混んでる訳でもない、丁度良い感じの店だった。
カゴを持つ役目は当然、俺。誤解無きように言っておけば、小鳥遊さんがメモを片手にカゴを持ったところを良いカッコしたい俺が奪い取った。
そこまでさせるつもりは小鳥遊さんに無くとも、俺にはある。問題は俺の力があまり強くないことだけど……一度言い出した手前、こうなれば意地あるのみだ。
「レバー肉は……これくらいでいいかなあ」
セール対象品! と黄色のシールが貼られたパックを三つほどカゴへ投入、ついでとばかりに近くにあった別の肉も突っ込まれ、この時点でカゴは一つが埋まり、二つ目へと突入していた。もちろん、これも俺が持っている。満杯のカゴを持つ右手が痛い。
もしかしなくても、家族全員分だこれ。もうほとんど終盤とは言え、俺の意地は崩壊寸前よ!
「んー、やっぱ片方持つよ?」
「いやほらこれ全然っ余裕だから」
嘘です。きついっす。
「日下部君ってあんま嘘が上手じゃないよねー、いいからいいから! 付き合わせた上にカゴ全部持たせるなんてカッコ悪いじゃん!」
なんのことだか、と目を逸らしている間に二つ目のカゴをぶん取られてしまった。我ながら情けないと思うけど、小鳥遊さんはすっきりしたかのようにカゴを携え、意気揚々と次の売り場へ向かう。
どうやら気に病ませてしまったようだ。カッコいいところを見せたいのは俺の我儘で、小鳥遊さんにとっては引っかかっていて嫌だったらしい。
「でもありがとうねー、一人じゃ絶対無理だった!」
「家族全員分だよね? ひまりさんがいても辛かったと思うけど」
「ひまりはああ見えて、他の子に比べたら力あるんだよねー……」
「マジ?」
「うんマジ」
本人の与り知らぬところで女の子としては微妙な評価を、実の姉から暴露されたひまりさんに心の中で合掌しつつ、食パンを指して小鳥遊さんのカゴに放り込む。これで最後かな。
「結構お肉あるよね?」
「肉ってよりレバーがねー、ほら、私
「あぁそれで」
貧血にはレバーがいい、みたいな話は俺も知っている。造血作用? だったかな? それならば納得。まさか本当に人から血を吸う訳にもいかないだろうしな。
レジにカゴを二つ、俺が先に入って後ろは小鳥遊さんだ。お金を払うのは小鳥遊さんだから、お会計を済ませる内にサッカー台へ持っていく。ちなみに袋詰めはまだしない。上手い袋詰めの仕方を俺は知らないからね、下手に詰めてダメにしちゃ悪いし。
「あ、お肉はこっちに全部詰めちゃうね、これはそっちかなー」
「ほいほい、あ、食パンはそっちのがいいよな?」
「ん、そうだねー」
量が量だけに時間はかかるものの、小鳥遊さんの指示もあって袋詰めはスムーズに進んだ。最後にレジ横へカゴをぶち込んでお仕舞い!!
「いやー助かったよーありがとー!」
「どーいたしまして」
「じゃ、私の家行こっか!」
「えっ」
「えっ」
正直に言うと失念していました。確かに袋四つも持てないよなあ……
固まった俺に小鳥遊さんが不安げにこちらを伺うが、単純にそこまで意識を回してなかっただけなのでもうちょっとだけ待ってほしい。
すーはーと息を吐いて、とりあえず平常心で。
「そ、それじゃあ、お邪魔します」
「まあちょっと歩くけどねー」
ちょっとつっかえた。小鳥遊さんはまったく気にしてないようで、袋を持ったままノリノリで拳を作っているけど、俺はちょっと恥ずかしかった
あぁ、この緊張もなかったことにしたい……