「えっと、ちょっと待て」
「はいなんでしょう」
「もう現在まで追いついているみたいだが……どこで本格的に惚れたんだ?」
「ははは、テツ先生、そのトイレでの一件に決まってるじゃないですか」
「全然そんな余裕なさそうだが!?」
回想御仕舞い。と大きく息を吐きだした俺に先生は容赦ないツッコミを炸裂させた。え? と思うも思い返してどこにも不思議な要素はない。
「だってそんなインパクトある描写はなかっただろう」
「いやいや、『単純に凄いな』ってちゃんと言いましたよ俺は」
「確かにそうは言っていたがお前……それだけじゃないだろう、ほらキビキビ吐け」
やめて! 中年のおじさんが食い気味に前倒姿勢で顔を近づけないでください! 嬉しくない!
それはさておき、この先生はお見通しだったようだ。無理があるかなあと自分でも思ってたのだから仕方ない。決め手なのは確かにこの件だ。そして俺が吐いた心中も解決していなく、あれから数日の今でも俺はぎこちないままで、また何かあったのかと怪しまれている。
「その、盗み聞きしてその後、帰って色々考え込んでしまいまして」
愛想笑いを浮かべて肯定も否定もしない。その場面を当事者に見られた時、そいつはどんな気持ちになってしまうのだろうと、自分は肯定も否定もしてないから大丈夫なんて卑怯じゃないのと小鳥遊さんに怒られてる気がした。
小鳥遊さんとの関係はとても心地よいものだから、嫌われてしまって口も利いてくれなくなったら毎日つまらなくなるなとか、
「随分と悩んだんだな」
「そりゃあもう寝れないくらいには。で、なんで嫌われたくないんだって考えまして」
そもそも盗み聞きしてたことなんて誰も気付いてみたいだったしね。あの一件をなかったことにしていつも通りに接すれば波風立てず万事解決。悩みもなくなって結果オーライ。なのだけど……
「その、小鳥遊さんには嫌われたくない、
「ほう」
「あー、その、それでですねぇ……」
なんだろうこの羞恥プレイ、先生とは言えおっさんに向けてこんな心中を吐露するなんて経験したくなかった。
「それで、その、なんで嫌われたくないのかって考えるとですね……はい」
「くくく……お前も、青春してんだな」
とても愉快だと堪え切れない笑いを漏らす先生。それはとても面白くなく、おじさんめと憎まれ口を叩くしか反撃ができない。
来客用かと思われる黒い椅子の背もたれに背中を預けつつ、やっぱりこの教師に相談したのは間違いだったのではないかとの疑念が膨らむ。いやいや、でもそれを結論付けるにはまだ早い……
「まあなんだ、アドバイスをしたいと思うが……お前は
「え? それは……そうですね、何かあった時に
「ふむ……」
唐突な質問に俺は少し考える。答えを聞いて黙り込んだ先生に何か間違っていたのだろうかと不安になった。
やがて口を開いた先生は、どうにも言葉を選んでいるようだった。誤解や勘違いをしないように注意してくれてると言うべきか、お前の考えも間違ってはいないなと前提を置いたうえで。
「日下部、
「それは……」
「あいつらは確かに人間なんだ、そこに更に『
「……」
「俺から言えるのはな、人間としての面だけじゃなく、
なるほど、一方向から見ては気づけないこともある。俺は今まで出来るだけ他の人と同じ様にと考えていたけれど……これからはその場その場でどう対応するか考えなければいけなくなった。
「だけど先生、それってとても難しくないですかね? 俺達は
「ま、そこは手さぐりだ。オレだって全てを知っているわけではないからな。大事なのは『わかりません』で終わるのではなく、そこから理解してどう生かすか、だ」
こちらを真っすぐに見るテツ先生の目はとても真剣で、先ほどまでのおっさん臭い雰囲気など微塵も感じさせない真摯な空気を纏っていた。
理解する事、か。果たして俺はそれが出来るのだろうか。いや、出来るか出来ないかではない、やらないと俺はこの想いを伝えられないのだからやるんだ、絶対。
「ありがとうございます先生」
「何、教師の役目だからな、これくらいなんてことないさ」
「お礼に小鳥遊さんを名前呼びしてる事実には目を瞑りますね」
「余裕はなさそうだな……」
俺だってほんとは名前で呼びたいのだ。しかしずっと名字で呼びっぱなしで、それを変えるのは自分の気持ちを自覚した今となっては恥ずかしいんだ。絶対素面じゃ言えない。つっかえて不自然になること請け合いだ。
「ま、なんだ応援してるよ。上手くいくといいな?」
「もし成就したら先生に一番先に報告しますね」
「あぁ、来るのを楽しみにしてるよ」
取り急ぎ、ぎこちなくなった態度をもとに戻さなきゃね。
PVは声が自分のイメージのまんまピッタリでしたのでさっさと一月になってほしいです
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