この世界に来て二週間が経ち、そろそろ本腰を入れて修行しようかと思いつつ、ギルドで昼食後のお茶を飲んでいると。
「時にヒデオ。そろそろキャベツ狩りの季節だが、準備は大丈夫か?」
つい先日知り合いになった美人クルセイダーのダクネスが、突然そんな事を言ってきた。
そんなことよりもダクネスの友人の女盗賊のパンツをカズマが剥ぎ取ったって話がめちゃくちゃ気になるんだが。
しかし、わざわざ確認するということはキャベツ刈りはよほど重要な事なのだろう。
「いや……つーか、キャベツ刈り? 冒険者をわざわざ駆り出すほどの規模の畑なのか?」
「ん? 何を言っている? キャベツは畑では採れないぞ?」
「じゃあ他のどこで採れるってんだよ」
「いや、どこもなにも、キャベツが飛んでくるのだが」
「は?」
コイツはいったい何を言っているんだ? 性癖とか諸々で頭がおかしいとは思っていたが、まさかこんな妄言を吐くほどとは。
一度頭の病院にかかったほうがいいかもしれない。
そんな俺の想いも知らず、ダクネスは再び口を開いた。
「だから、この街にキャベツが飛んでくると」
「キャベツが飛ぶわけねーだろ。頭沸いてんのか?」
世界一強いアメ玉とか世界一強いキャベツとかならまだしも、普通の食いもんが空を飛んでたまるか。
「……んっ」
「おい今」
「感じてない。ま、まぁ、そんなに信じられないと言うなら実際に見てみればいい。さっきも言った通り、今は収穫時期だ。その日が来ればギルドから放送が――」
その時、ダクネスの言葉を遮るように。
『緊急クエスト! 緊急クエスト! 冒険者各員は、装備を整えて正門前に集まってください! 繰り返します……』
と、聞きなれた受付嬢の声で街中に放送がかけられた。
放送を聞いた途端、先程まで何をするでもなく駄弁っていた連中が慌ただしく動き始めた。
ダクネスも例に漏れず、飲んでいた紅茶をぐいと一息で飲み干し、立ち上がった。
「噂をすれば、というやつだな。さぁ、私達も準備を整えて正門に急ごう」
……マジでか。
―――――――――
場所は変わって正門。
簡潔に言うと、この世界のキャベツはダクネスの言った通りだった。
アクア曰く、収穫の時期になると食われてたまるかとばかりに空を飛んで海を越え山を越えて最期には誰にも知られずひっそり朽ち果てるらしい。それならば美味しく食べてやろうじゃないかと発起したのがこのキャベツ狩りらしい。
味はとても美味しく経験値を沢山蓄えているので食べまくるとレベルが上がるらしい。
今年のキャベツは一玉一万エリスもするらしく、全てギルドが買い取ってくれるらしいので、皆この機会に少しでも金を稼ごうと躍起になっている。
飛ぶわ跳ねるわで普通のモンスターを狩るより厄介かもしれない。
それと、タックルが強烈だ。急所に当たったらひとたまりもないだろう。
「悪いカズマ! そっちいった!」
「嘘だろおい! 危なっ!」
気弾や気功波を用いて撃ち落としていくが、如何せん数が多すぎる。
ただ、飛ぶといっても所詮はキャベツなので耐久力はあまりないようで、小威力の気功波でも撃ち落とせる。カズマはブツブツと文句を言っていたが、気の扱いのいい修行になる。
「カズマ、いま収穫はどのくらいだ?」
「数えてない」
「お前めっちゃ採ってるもんな。つーかスティール便利過ぎないか」
「なかなかの当たりスキルだと思ってる」
カズマは先日、ダクネスの知り合いのクリスという女盗賊に盗賊系スキルを教えてもらったらしい。その時、カズマはなんやかんやあってクリスのパンツと有り金をすべて剥いだそうだ。金はどうでもいいが、パンツを剥げるスキルというのはとても興味がある。やましい気持ちなどない。断じてない。
ただ、パンツを剥がれた女の子がどんな顔をして恥ずかしがるのか、ブラジャーも剥げるのか、脱ぎたてのパンツはどんな感触がするのか気になるだけだ。断じてやましい気持ちなどない。
……やましい気持ちしかなかったわ。
「合法的にパンツ剥ぎてぇなぁ」
「何言ってんだお前」
「いや、俺もスティール欲しいなぁって」
「俺の存在意義を無くそうとするな。タダでさえ表向きは上級職ばっかで肩身が狭いんだ。活躍の場を少しくらいくれないとしんどい」
「今が一番活躍してるし輝いてるよ」
潜伏スキルでキャベツの背後に迫り、スティールで捕まえる。このコンボを開発したカズマは、パーティーでダントツの収穫だ。間違いなくカエルクエストの時より輝いている。
しかし、カズマはそれを指摘されたくなかったようで。
「殴るぞ」
と、言いながら思いっきり拳を振るってきた。有言即実行、あると思います。
だが、素人の拳などサイヤ人の俺に当たるはずもなく、軽くいなす。
「カッカすんなよ偉大なるキャベツ泥棒。じゃ、俺はこれ届けてくるから」
「あ! 逃げんな!」
すたこらさっさとキャベツの入った籠を背負い、カズマから逃げる。
サイヤ人と一般人の身体能力はやはり差があるのか、追いつかれることはなかった。
このままほとぼりが冷めるまでアイツから離れていよう。
△▼△▼△▼△▼△▼
特に大きな事故もなく、キャベツ狩りは無事に終わった。
途中ヒデオがキャベツのショートバウンドを股間に喰らって悶絶していたが、些細な事なので置いておこう。ざまぁ。
「カズマ、何故ヒデオは先程から小刻みにジャンプしているのですか? 顔も心做しか辛そうですし、何処か怪我でも?」
「怪我はしてないと思う。ただ、そっとしてやってほしい」
「よくわかりませんが、了解しました」
そう言うとめぐみんはそれ以上は追求せず、てくてくとアクアとダクネスの待つテーブルに向かっていった。
「まさかお前が、あの変態クルセイダーと知り合いだったとはな」
「つ、ついこないだっ……! う、腕相撲したっ……! そ、それ以降……割と喋るっ……!」
ぴょんぴょーんと大きく跳ねるヒデオ。
「いや意味わからん。なんで腕相撲から始まってんだよ」
「も、元はと言えば、お前が仲間に入れないから俺の方にっ……!」
トントントントンと小刻みに跳ねるヒデオ。
「あー……でもこれ以上問題児を増やしたくなかったというか」
「確か……にっ……!」
力強く着地するヒデオ。
「つーか大丈夫か? やっぱりアクアに診てもらうか?」
「いや……大丈夫だ。喋ってるうちにかなりマシになってきた」
そう言ってはいるが、冷や汗が凄いし、身体がぷるぷる震えている。痩せ我慢しているようだ。まぁ、いくらアクアとはいえ女の子に股間事情をどうにかしてもらいたくないのはわかる。
「カズマー! ヒデオー! 早くこっちきて食べましょうよ!」
そんな事情を知らないアクアは早く来いと手を振り急かす。
いつまでも待たせるわけにもいかないので、ヒデオには頑張ってもらおう。
「ほれ、行くぞ。うちの女神様が呼んでる」
「了解……」
ふらふらぷるぷるとしているヒデオの背中を押し、席まで連れて行く。
6人掛けの席の片側に女性陣は座り、俺達の為にもう片方を開けてくれていた。
股間を気にしながら座るヒデオにざまぁみろという気持ちも既に無くし最早同情していると。
「さ、二人も来たことだし、早速食べましょうか! いただきます!」
アクアが苦しんでいるヒデオそっちのけでいただきますと目の前に用意されたご馳走にかぶりついた。ほかの二人もそんなアクアに続いて、もぐもぐぱくぱくむしゃむしゃと貪り始めた。
こいつら……。
いくらこの苦しみがこいつらにわからないとはいえ、いくらヒデオがいいと遠慮したとはいえ、これはひどい。特にアクアなんて一番気にすべき立場なのに全くもって気にしていない。
これからこのメンバーでやっていくというのに、これはパーティーのリーダーとして見過ごせない。
「おいお前ら――」
説教するべくバンとテーブルを叩いて立ち上が――
「はぐはぐはぐ……おいアクア。俺のを取ろうとするな」
「何を言ってるのヒデオ。こういうのは早い者勝ちって……あー! それ私のお酒! 飲まないでよ!」
「ん? 早い者勝ちなんだろ? あ、これ旨いな」
「返して! 私のお酒返して!」
「やなこった。俺の獲物を横取ろうとした罰だ」
「うわぁーん!」
……なんでこいつこんなピンピンしてるんだ? さっきまで死にかけてたのに。
「……おいヒデオ。痛みはどうした?」
「ん? まだ痛いけど、空腹に勝てるわけねーだろ。つーかなんで立ってんだお前」
食事の手を止め、何言ってんだこいつとでも言いたげな顔で首を傾げるヒデオ。
「もういいです……」
心配して損した!!
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食事をしているうちに痛みも無くなり、料理も無くなった。満腹とまではいかないが丁度いい腹具合だったのでそれ以上は何も頼まなかった。
ちびちびと酒やシュワシュワを飲みながら皆で新しく仲間となったダクネスと色々な話をしていると。
「……この際だから言っておく。二人共よく聞いてくれ」
カズマがなにやら神妙な面持ちでめぐみんとダクネスに語りかけた。ダクネスがクルセイダーということもあって歓迎ムードだっためぐみんとアクアとは裏腹に、カズマはトントン拍子で事が進んでいっていた事にずっと焦っている顔をしていた。恐らく問題児が多すぎることに今更ながら焦りを感じていたのだろう。
そんなカズマが二人に伝えた事は。
「俺とアクアとヒデオは、本気で魔王を討伐しようと考えている。その為には相応の危険が伴うし、死のリスクなんて普通の冒険者をやるより跳ね上がる。それでも俺達のパーティーでいいのか?」
どうやら怖気づかせて問題児を追っ払おうという作戦らしい。俺としては問題児でもあまり気にしないのだが、カズマはそうではないらしい。というかカズマも色々と問題児だと思うんだが。
「私は一向に構いませんよ」
「あぁ。その程度で怖気付く程、ヤワに鍛えてはいない」
めぐみんとダクネスはカズマの脅迫に臆することなくそう返した。当然カズマはさらに焦り、これから起きるであろう危険について語り出した。
「ダクネス。女騎士のお前なんて魔王軍に捕まった暁にはそりゃあもうひどい目に……!」
「あぁ。望むところだ! 魔王軍の荒くれ者たちにモノのように乱雑に扱われる……素晴らしいな!」
ダクネスがほんのりとがを赤くして意味のわからないことを言うと、カズマはこいつはもうダメだと顔で表しながら今度はめぐみんの方に向き直った。
「め、めぐみん。相手はあの魔王だぞ? 最強の名を欲しいがままにしている、あの魔王だぞ?」
「望むところです。私を差し置いて最強を名乗る愚か者は我が爆裂魔法で存在ごと抹消してやります!!」
「なかなか言うじゃねぇかめぐみん。まぁ魔王をぶっ殺すのは俺だけどな」
折角サイヤ人になり、異世界に来たのだ。最強と呼ばれたい訳では無いが、魔王くらいぶっ倒したい。
そんな何気なく言った本音が、めぐみんの琴線に触れた。
「冗談が上手いですね。ヒデオは私が一撃で魔王を屠るのを指を咥えて見ているといいです」
「おっとめぐみん。寝言は寝てから言うものなんだぞ? 知ってるか?」
煽られたら煽り返す。
普段なら穏便に済ませる所だが、酒が入っていてそんな気も起きなかった。
めぐみんは俺の言葉にカチンときたのか、テーブルをバンと叩いて立ち上がった。
「紅魔族は売られた喧嘩は買う種族。表に出ましょうか」
「けっ、売ってきたのはお前だろうが。俺はお前みたいなチビガキでも容赦しねぇぞ」
「な……! 言ってはならないことを言いましたね! もう表とは言いません! 今すぐこの場でとっちめてやります!」
「そのセリフそっくりそのまま返してやるよ」
ふんすふんすと鼻を鳴らすめぐみんの頭をアイアンクローしてやろうかと手を伸ばそうとすると、ダクネスがそれを阻んできた。
「落ち着け二人共。昼間のキャベツ狩りで暴れ足りないというのなら、私をサンドバッグにしてくれて構わん! さぁ来い!」
何を想像したのかはぁはぁと荒い呼吸で、バッチコイと言いたげに両手を広げるダクネス。
そんなダクネスの奇行に、俺とめぐみんは。
「俺が悪かった。すまんめぐみん」
「いえ、こちらこそごめんなさい」
火のないところに煙は立たない。ダクネスに火が移る前に争いを鎮火した。
しかし。
「なんという連携放置プレイだ……! やはり私の目に狂いはなかった!」
ダクネスは既に火だるまだった。
呆気に取られている俺とめぐみんを尻目に、カズマが呆れた様子で。
「目どころか頭が狂ってるよお前は」
そう言ってため息を吐いた。すると、ダクネスは顔をさらに赤らめて。
「くぅっ……! これが三重苦という奴か……! 素晴らしい……!」
……このパーティーはもうダメかもしれない。
△▼△▼△▼△▼△▼
夜も更け、酒場も店じまいの時間になって俺達も例に漏れず追い出された。そして今は馬小屋に戻って来て就寝の準備をしている。というかアクアとカズマとめぐみんはもう寝ていて、ここまで運んでくるのに苦労した。
藁の上にシーツを敷き、ぼふっと既に眠りについている三人を即席ベッドに投げると。
「これが話に聞く馬小屋での寝泊まりか……」
ダクネスがそわそわと落ち着かない様子で、そんな事をポツリと言った。
「どうしたダクネス。まるで今まで馬小屋に泊まった事が無いみたいな言い草だな」
「あぁ。今まではずっと宿を借りていたからな。野宿は数度あるが、馬小屋での寝泊まりは初めてだ」
「宿ねぇ。お前クエストとかろくにこなせそうにないのに、よくそんな金があったな。というか、やけに姿勢がいいし、飯食ってる時の作法だって綺麗だった。言葉遣いもめぐみんとアクアじゃ比べ物にならんくらい丁寧だ。性癖はアレだが。もしかしてお前お嬢様か?」
「っ!? そ、そんな訳があるか! だ、第一私が貴族の娘ならば親が冒険者稼業など許すと思うか!?」
冗談めかして軽い口調で言ったのだが、何かがダクネスの琴線に触れたらしく、深夜には宜しくない大声で怒鳴られた。
「冗談だ冗談。急にデカイ声を出すんじゃねぇよ。隣の人に怒られるだろうが」
「そ、それはすまなかった。だが、急に変な事を言ったお前も悪いぞ」
「へいへいサーセンした。つーか俺らも寝ようぜ。いい加減眠い」
「そうだな。私も……ふわぁ……。……失礼した」
欠伸を見られたのが恥ずかしかったのか、ダクネスはモジモジとしながら謝ってきた。わざわざ謝る必要なんてないのに。というかこいつは今更欠伸ごときで何を恥ずかしがっているのだろう。
「気にすんな。お前の性癖はその欠伸より恥ずかしいから」
「!?」
この後、何故か掴みかかってきたダクネスのせいで隣の人に怒鳴られたのは言うまでもない。