この素晴らしい世界に龍玉を!   作:ナリリン

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お待たせしました。次からは気を付けます


第五十話

 突然現れたシルビアは、俺達の姿を見るやいなや凄まじいスピードで迫って来た。

 

 当然魔王軍の幹部が猛ダッシュでこちらに向かってるとあれば、普通の人は逃げる。当然俺やアクアやめぐみんも逃げた。

 

 だが、相手は魔王軍幹部。いくら逃走スキルを持つ俺でも、捕まるのは時間の問題だった。めぐみんも魔法使いのわりに奮闘してはいるが、ステータスは俺と変わらないのでそう持たないだろう。

 唯一アクアだけが、そのずば抜けたステータスで俺達より前の方で逃げていた。

 

 長い影が早く逃げろと袖を引いているわけでもなく、欠けたお月さんを追いかけているわけでもないのに脇目も振らず走ってく。

 

 俺ですらめぐみんの手を引きながら一緒に逃げているのに、本来民を救うべき女神様はこちらに一瞥すらくれず逃げていた。

 

 あぁ、いつも俺に置いていかれているコイツらはこんな気分なのか。悪い事をしたな。今度労ってやろう。そう思える程、とても切ない気持ちになった。

 

 だが、それとこれとは話が別だ。

 パーティー最弱の俺が真っ先に逃げるのは効率と生存率で考えて何も間違っていない。逃げ遅れて無駄死にして余計仲間を危険な目に遭わせないためにも俺は早く撤退する必要がある。そのために高ステータスの連中が多少犠牲になるのは仕方ない。

 

 なので、今アクアが先行して逃げている状況はあまり宜しくない。

 

 アクアのステータスは今いる中でもずば抜けているので、ダクネスやヒデオが居ない今はアクアが生贄になるべきだ。

 

 アクアを引きずり落とす為に、何かしら策が必要だった。

 

 そこで、俺はアクアを前方に放置して別れることにした。

 どうやらめぐみんも同じことを考えていたみたいで、アイコンタクトを取ると全てを察し、何も言わずに行動してくれた。

 タイミングを見計らって別れたが、ステータスの差で少し前に出ていたアクアは何も気付かずそのまま直進。

 

 その結果。

 

 

「わぁぁぁあ! か、カズマさぁぁん! 助けてぇぇええ!」

 

 

 アクアだけが追われるハメになった。

 決して囮にして見捨てた訳では無い。

 ステータス面で考えて、一番生存率が高いのがアクアだ。

 足の速さはシルビアに引けをとってないし、ゴキブリ並みにしぶといから大丈夫だとは思う。

 

 

「無理だ! 装備も何もねぇ状態で魔王軍となんて戦えるか! それも幹部だろそいつ! 準備万端でも戦いたくねぇ! じゃあ、俺とめぐみんは増援が来るまで隠れてるから! せいぜい頑張れ!」

 

「そんな事言わないで助けてよ! 嫌ぁぁ!」

 

 

 泣き叫びながら走り回っているアクアはとりあえずおいといて、めぐみんと共に潜伏スキルで物陰に隠れる。

 本当に危なくなれば助けに出るが、さっきから追い詰められては脇に避けるのを繰り返しているのに文句を言うだけの余裕はあるみたいだ。もう少し時間稼ぎをしてもらおう。

 

 

「く……! ちょこまかと! 今日は何かとすばしっこい相手に縁があるわね……もしかして、あの二人の仲間かしら……あぁっ! もう!」

 

 

 シルビアはギリギリで捕まらないアクアに苛立ってきたのか、険しい表情でさっきより強く地面を踏み砕いた。怖っ。

 

 とりあえずシルビアが冷静を欠いているのはいい。

 それよりも、あの二人とはヒデオとダクネスの事だろうか。

 外出していたとは意外だが、それより解せない事がある。

 シルビアに会っていたのなら、何故戦闘になっていない? いや、戦闘はしたんだろう。あの騒ぎは恐らくシルビアが原因だし、気弾の流れ弾だって飛んできた。

 

 問題は、何故シルビアがほぼ無傷でここにいるかだ。

 

 

「……くっ! この! ……はぁ……はぁ……」

 

 

 諦めて他の場所に行こうともせずにぜーぜー息を切らしながらアクアを追い続けるシルビア。

 

 なんだろう。魔王軍なのに凄く真面目っぽいぞ? 良い人とは言い難いが、少なくとも常識はわきまえてそうだ。

 というかまともな神経をしてて魔王軍幹部なんて務まるんだろうか。

 現に知り合いの魔王軍幹部は頭のネジがぶっ飛んでいる奴しかいない。バニルは言うまでもないが、ウィズも案外地雷だ。

 自称永遠の20歳だし、『また売上の殆どを使ってガラクタを仕入れてきた。仕置きのレベルを上げたはずなのだが……』『ガラクタを押し付けてくるバニルの表情が心無しか死んでた』との事だ。ひでぇ。

 

 そんな頭がおかしい連中の中では、シルビアはかなりまともな分類に入るのではないだろうか。

 

 

「シルビアはヒデオとダクネスに会ったみたいですが、あの二人は無事なんでしょうか……」

 

 

 めぐみんが少しだけ心配そうな顔で、シルビアに気付かれないようにぽそりと、誰に言うでもなく呟いた。

 それに応えるように、こちらも声を潜めてボソリと。

 

 

「アイツらがそう簡単にやられるとは思えない。ただ、シルビアがヒデオから逃れてここに居るのが気になるな」

 

「……そうですね」

 

 

 どちらに向けての同意だろうか。それはめぐみんしか知らないし、今後知ることもないだろう。まぁ、後者と受け取っておこう。

 

 ともかく、シルビアがバニルより強いとは思えないし、こめっこが見てる前でヒデオが負けるなんて醜態を晒すはずがない。

 アイツが負ける、遅れをとるとしたらもっと他の要因、油断するようなことと言えば――

 

 

 …………。

 

 

 まさかアイツ、あの胸に見とれてやられたんじゃないだろうな。

 とは言ってもやられたと決まった訳じゃないし、九割は無事だと確信しているが、ひとつだけ言いたい。

 巨乳好きなのはいいが分別をわきまえて欲しい。確かにでっかいおっぱいは魅力的だが、相手は魔王軍幹部だ。おっぱいに見蕩れている隙なんて逃がさないだろう。いち格闘家として恥ずかしくないのか? サイヤ人の名が泣くぞ。

 

 そんなふうにヒデオを毒突いていると、めぐみんがなにか思いついたようで、再び控えめな声で呟いた。

 

 

「……ヒデオのかめはめ波を受けるためにダクネスが捕まって、なんやかんやあって逃げるに至ったのでは?」

 

「なるほど。無いと断言できないのが辛い所だな」

 

 

 ありえる。充分ありえる。あの変態ならやりかねない。

 わざと捕まるのはダクネスらしくないからわざとでは無いだろう。恐らくそういう願望がある故の油断があったのだろう。それでも充分迷惑を被るが。

 

 ヒデオはいざとなれば仲間ごとでもやる男だということを、バニルの件で学習してしまったのだろう。学習能力のある変態は怖い。

 あの時のヒデオは半ば自暴自棄のような感じだったが、それでも最終的にはやる時はやる男だとダクネスの脳内に植え付けてしまったことに変わりはない。

 

 

「仮にそうだとしても、そもそもなんでシルビアは単身乗り込んで来たんだ? なにか策があるのか? というか目的はなんだ?」

 

「紅魔族がうじゃうじゃ居るこの里に一人で突っ込んでくるわけがないですし、仲間がどこかに居るはずです。目的ですが、恐らく紅魔の里にある対魔術師用の兵器を奪いに来たのでしょう。どこから情報が漏れたかわかりませんが、流石にこれを奪われるとやばいです」

 

「なんでそんなモンを里に置いてるんだよ。壊せよ」

 

 

 生きたまま石化させられたグリフォンといい、他所から勝手に連れてきて勝手に封印された邪神といい、紅魔族にはどうも恐怖心というものがないらしい。

 一族単位で頭がおかしいとは聞いていたが、まさかこれ程とは。

 唯一まともなゆんゆんが不憫すぎる。

 

 

「苦闘の末倒したらしいので、壊すのは勿体無いそうで。そもそも壊そうにも魔法が効かないらしいですし、なにかして目覚めさせるより放置安定かと」

 

「前半はスルーするが、後半は一理あるな。触らぬ神に祟りなしってやつだ。まぁ俺は触ってしまったから今こんなことになってるんだろうけど」

 

 

 誰とは言わないが、俺の周りには触りたくない神様が多い気がする。幸運が非常に高いとはなんだったのか。

 

 

「おい、まるで私達の誰かがその触りたくない神みたいな言い方じゃないか。詳しく聞かせてもらおうか」

 

「言葉の綾だ。忘れろ」

 

 

 なにか思い当たることがあったのかずいと顔を寄せてくるめぐみんだが、全員だとは口が裂けても言うまい。

 

 

「そういうことにしといてあげます。話を戻しますが、ヒデオとダクネス、それと紅魔の皆は今何をしているのでしょうか。シルビアが現れて結構時間が経ったのにまだ来ていないということは、なにかやっているんですかね」

 

 

 空を飛べるし足は普通に速いし瞬間移動なんて技だってある。速攻でこめっこを信頼できる紅魔族に預けて飛んで来るくらい出来るはずだ。紅魔族に関しても、さっきから全然見かけない。

 めぐみん曰く皆先程の騒がしい場所に向かっていたらしいが、騒ぎの中心のシルビアがここにいるというのに来ないのは何かアクシデントがあった可能性が高い。

 

 

「紅魔の皆は多数の魔王軍に足止めされていて、ヒデオはこめっことおしゃべりしてるのでは?」

 

「だといいんだけどな。いや、良くないが。アクアを囮にしての時間稼ぎだってそう長くは続かないし、なんにせよアイツらが来るまでなにかしら策を練る必要があるな。ったく、なにやってんだか」

 

 

 シルビアが現れてからそんなに経っていないが、俺達だけで魔王軍幹部を相手取るのはそう長く続かない。

 話が通じそうなのでトークで繋ぐことも出来そうだが、それでも油断は出来ない。

 

 

「そのアクアは大丈夫なんでしょうか。まだ差は開いてますが、息が上がってきてますよ」

 

「それはシルビアもだ。このまま体力をなるべく使ってもらえるとありがたい。アクアには悪いが、ここでリタイヤしてもらおう」

 

 

 アクアならよっぽどのことがない限り大丈夫だろう。

 知能と運以外のステータスだけはバカみたいに高いし、さっきヒデオの流れ弾を食らってもぶつくさ文句を言いながらピンピンしていた。

 今はいつもの癖で逃げ回っているが、真正面から受けて立っても負けることはないはずだ。

 

 

「回復役がバテていて大丈夫なんですか?」

 

「本来ならあんまり良くないが、さっきも言った通りここは紅魔族がうじゃうじゃ居る。息を整える為の時間稼ぎなんて余裕だろ。あと、アクアに任せるのは単純に俺やめぐみんがでしゃばっても無駄死にするだけだからな。限りある命は大切にしないと………おっと、こっちに来てる。移動するぞ」

 

 

 アクアの進行方向が偶然にも俺達の隠れている場所なので、巻き込まれないようにこそこそとその場から離れ、右方向に移動した。

 潜伏スキルは言わばめちゃくちゃ陰を薄くしてめちゃくちゃ気配を殺しているだけなので、近付かれ過ぎると見つかってしまう可能性がある。

 

 

「カズマさーん! めぐみーん! どこー!? そろそろ助けて欲しいんですけどー!?」

 

 

 まだいける。お前の実力はそんなもんじゃない。お前はまだ本気を出してないだけだ。

 

 そんな感じでアクアのポテンシャルに期待を寄せていると、アクアの戦意が全く無いことに気付いたシルビアが。

 

 

「待ちなさい! この! せめて戦う素振りくらい見せなさいよ! 虚しいじゃない!」

 

「嫌よ! 私は戦闘員じゃないの! こういうのはいつもヒデオに任せてるのよ! そもそも悪魔やアンデッド以外……ん? ちょっと待って。私のくもりなきまなこが、あんたは悪魔っぽいと囁いているわ!」

 

 

 先程まで逃げ回っていたアクアが、何かを感じ取ったのか、逃げるのをやめてシルビアに向き直った。

 それにしても、まなこなのに囁くとはどういう事だろうか。

 なんつーか、目玉の親父みてぇだな。

 

 

「まなこなのに囁くの? ……まぁいいわ。確かにあなたの言うとおり、私は悪魔っぽさが」

 

 

「『セイクリッド・エクソシズム』!!」

 

 

 シルビアが自身に悪魔の要素が有ると認めた瞬間、いや、その前から既に、アクアは退魔魔法を放っていた。

 

 全く容赦のない、食い気味な速攻。

 騎士道精神やらスポーツマンシップやら、そんなご大層なものはこの女神にはない。

 あるのはただ一つ。『悪魔絶許』。

 

 

「ぎゃぁあぁっ!」

 

 

 アクアが放った眩い光がシルビアを包んだ。

 曰く、悪魔族には効くが、その他には無害らしい。むしろ光があったかくて心地よい。

 

 それから少しして倒れるように光から出て来たシルビアの全身は、プスプスとところどころが焦げていて、美しかった真っ赤なドレスはボロボロになり、穴だらけになってしまっていた。

 こんな時に不謹慎だが、すごくエロい。

 

 

「ほら! やっぱり効いた! ……けど、完全な悪魔じゃないわね。もし完全体なら跡形もなく消し飛んでたもの。命拾いしたわね!」

 

「はぁっ……はぁっ……。いきなり何すんのよ! 下級悪魔の皮でこしらえたドレスが台無しじゃない!」

 

 

 悪魔以外には全く無害なハズの魔法が何故シルビアを水玉コラみたいにしたのか疑問だったが、なるほど、そういう訳か。

 

 

「プークスクス! 悪魔の皮で作った服なんてただの生ゴミなんですけど! ちゃんと燃えるゴミの日に出しなさいよ?」

 

 

 辞めておけばいいというのに、アクアはここぞとばかりにシルビアを煽る。いつも俺やヒデオを煽るだけ煽って泣かされてるのを忘れたのか?

 

 

「言わせておけば……! いいわ! 捕らえて人質にしようと思ったけど、作戦変更よ! すぐにその余裕ぶった顔を涙でぐちゃぐちゃにしてあげ」

 

「『セイクリッド・エクソシズム』!」

 

「危なっ! ……フフフ、来るとわかってれば避けるのなんて」

 

 

 有無を言わせまいとまたも食い気味に攻撃するアクアだったが、今回は読んでいたのかシルビアはいとも容易く避けた。

 

 が。

 

 

「『セイクリッド・エクソシズム』!」

 

「危なっ! ちょっと! 最後まで言わせなさ」

 

「『セイクリッド・エクソシズム』! ……もう! なんで避けるのよ! どうせあんまり効いてないみたいだしいいじゃない!」

 

 

 何度か食い気味で魔法を放ったアクアだったか、それを辛うじてだが全て避けられてしまいなんとも理不尽なことを言い始めた。

 

 

「だから最後まで言わせなさいよ! 完全な悪魔じゃないから決定打にはならないけど痛いものは痛いわ!」

 

「それくらい我慢しなさいよ! 『セイクリッド・ハイネス・エクソシズム』!!」

 

 

 紙一重で避けるシルビアにイラついてきたのか、先程までの魔法の上位版の魔法を放つアクア。

 その光は先程とは比べ物にならない輝きで、容赦なくシルビアを包みこまんとしていた。

 

 

「っ!?」

 

 

 シルビアはその先程までとは全く違う光になにか本能的なところで危機感を覚えたのか、なんとかして避けようと思いっきり横に跳んだ。

 飛び退くのはいい。だが、その方向が問題だった。

 

 

「危ない危ない…………あら。あなた達、こんな所にいたのね」

 

 

 逃げるために移動した場所とシルビアが飛び退いた着地点の座標がほぼ同じになり、シルビアに見つかってしまった。

 

 近寄られ過ぎると潜伏スキルは意味を成さない。

 さらに、一人が認識してしまうと、周りにも伝染する。

 

 

「あー! カズマにめぐみん、そんな所に隠れてたのね! 二人共ひどいじゃない!」

 

 

 ぷんすこ怒るアクアだが、今はこいつに構ってる暇はない。

 目と鼻の先にいるシルビアが獲物を見つけたとばかりにジリジリとにじり寄ってきて――

 

 

「覚悟なさい!」

 

 

 飛びかかってきた!

 

 

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

 カズマ達がシルビアと未知との遭遇を果たしリアル鬼ごっこを始めた頃。

 

 

「ヒデオ兄ちゃん、どうしたの? 前みたいにしゅんって飛んでいかないの?」

 

 

 ねりまきに手を繋がれているこめっこが、いつまで経っても動く気配のないヒデオ達にそう訪ねきょとんと可愛らしく首をかしげた。

 そのせいで頭に乗っていたちょむすけが滑り落ちそうになったが、こめっこが空いている手で支えてあげ事なきを得た。

 

 さて。こめっこの言う通り、ヒデオ達は居酒屋前のから移動していない。

 既にシルビアを見失ってから五分以上経っているが、一向に動く気配がない。

 

 

「いや、そうしたいんだが……何度やっても出来ない。不発に終わったとかじゃなくて、スキルが使えなくなってる感覚だ。……アクアか?」

 

 

 確かアクアはスキルを封じるスキルを持っていたはず。そのスキルを使い、俺が瞬間移動で勝手にどこかに行かないようにした。

 そう当たりをつけ、余計なことしやがってとヒデオは内心舌打ちをする。

 

 一見すると濡れ衣のように思えるのだが、存外間違っていない。

 ヒデオの予想通り、アクアが治療中にこっそり『瞬間移動』スキルに『スキルバインド』を掛けたのだ。それも結構な魔力を込めて。

 これにより、少なくとも今日一日ヒデオは瞬間移動を使えない。

 

 アクア本人はよかれと思ってやっている事が完全に裏目に出ることはよくあるが、それにしてもこの縛りはかなりの痛手だ。

 戦術に大きな穴が開いたことだろう。

 それでも、『気功術』そのものを封印するというところまでアクアの頭が回らなかったのは、不幸中の幸いと言うべきか。

 

 

「幸い舞空術は使えるし、他の技もだいたいいける。少し遅れるが、充分間に合うだろ。幸いカズマたちの気は減ってない。今はシルビアに……ん? めぐみんとカズマの気が消えて、アクアだけが追われてる形になったぞ」

 

「どうした? まさか二人がやられたのか?」

 

 

 ヒデオの不穏な呟きに、ダクネスが心配そうな顔で反応した。

 不可抗力とはいえ自分のせいでシルビアを逃がしたようなもの。それが原因で仲間が傷ついたとあっては、たまったものではない。

 しかし、そんなダクネスの不安はヒデオがすぐさま打ち消した。

 

 

「いや、この消え方は潜伏スキルで消えた感じだな。アクアが一人で逃げ回ってるな。大方カズマの仕業だろうけど、アクアがやられるなんてまず無いだろうからまだ時間はありそうだ」

 

「そうか……。それは良か……良いのか?」

 

 

 いくらヒデオのお墨付きとはいえ、流石に仲間が一人で魔王軍幹部から逃げ回っている状況は一概に良いと言えないダクネスの疑問ももっともだ。

 ましてやアクアが女神という事をまだ間に受けていないため、ステータスがかなり高いアホの子くらいにしか思っていないのだ。

 

 

「まだ誰も死んですらいないし死にかけでもない。紅魔の人達は里の外に居る魔王軍と戦いはじめたみたいだし、子供達も一箇所に集まって大人に守られてる。ここまでトントン拍子に進むなんてはじめてだ……うん」

 

「どうした? なにか心配事でもあったのか?」

 

「いや、なんでもないから気にするな。うん。本当になんでもないから」

 

 

 いつもは大概お前らのせいでややこしくなる。そう言おうとしたヒデオだったが、キレられても面倒なので心の奥底にしまっておくことにした。

 

 

「なにか釈然としないが……まぁいい。してヒデオ、すぐに向かうのか?」

 

「んー……。向かってもいいんだが、何か足りない気がする」

 

 

 何かが喉の奥で出そうで出ない。

 まるで、歯に詰まった食べ物のスジがなかなか取れない時のような気分にヒデオは陥っていた。

 取らなくても特に支障はないが、気にはなる。

 

 

「……昼食が足りなかったか? 途中で中断していたものな。ねりまきに頼んでなにか作ってもらうのはどうだ?」

 

「えっ、私ですか!? ……まぁ、家庭料理レベルのものなら作れますが……」

 

 

 突然ダクネスに話を振られ、オロオロとしどろもどろになりかけたがなんとか持ち直し、紅魔族随一の酒屋の娘の矜持を見せた。

 

 

「いや、まだ余裕で食えるけど腹は膨れてるからその線はない。ねりまきちゃんの手料理は、今度機会がある時にこめっこと食べに行くよ」

 

「行きます」

 

「はは……ま、待ってますね」

 

 

 美少女の手料理を食べに行かないという選択肢はない。

 これがもしダクネスやめぐみんやアクアが作るとあれば、逡巡の末遠慮し、なんやかんや紆余曲折を経て、結局食べる。

 

 そんなヒデオの思いを知る由もなく、ダクネスは少し前から疑問に思っていたある事をヒデオに聞いた。

 

 

「……ふと思ったのだが、なぜねりまきだけちゃん付けで呼ぶのだ? ゆんゆんやめぐみんやこめっこ、聞いた話ではあるえという子にも呼び捨てで接しているらしいではないか」

 

「なんだダクネス。ララティーナちゃんって呼んで欲しいのか? 全く、これだからお嬢様は……」

 

「そ、そんなわけがあるか! それとお嬢様もやめろ! いい加減にしないとひどいぞ!」

 

 

 王国の懐刀とも呼ばれるほど大貴族のダスティネス家の一人娘のララティーナ。今のいままでララティーナちゃんと呼ばれた事などほとんど無く、あるとすればカズマのせいで冒険者間に広まった噂により何人かがからかって言ったのみだ。勿論言われ慣れていないし、こういう羞恥は本人の望むものとは違う。

 そんな想いを抱え顔を真っ赤にして猛抗議するダクネスだが、当のヒデオは何処吹く風。

 

 

「はいはいわかったわかった。ねりまきちゃんをちゃん付けで呼んでほかの奴らを呼び捨てで呼ぶ理由? 単純だよ。年がかなり離れてるこめっこはともかく、めぐみんとかあるえは生意気なクソガ………妹みたいな感じするからな。あと、ゆんゆんとめぐみんは言い難い。それに対してねりまきちゃんはなんか友達の妹感があるし、語呂もいい……語呂といえばダクネスはたん付けの方が合いそうだな」

 

 

 そう言ってからふむ、と考え込むヒデオだったが、どうやら当人達、こめっことねりまきはヒデオが宣っているのがなんのことかわかっていないようだ。

 

 

「ねぇこめっこちゃん。ヒデオさんは何を言ってるの?」

 

「わかんない!」

 

「そっかぁ。私もあんまりわかんないや」

 

 

 知能が高い紅魔女子二人ですら理解の及ばない領域の話を、脳筋クルセイダーと揶揄されているダクネスがわかるはずもなく。

 

 

「???」

 

「わからねぇならいいさ。気にする事はないぞララティーナたん」

 

「ぶっ殺!」

 

 

 こっぴどくからかわれ、羞恥と怒りで再び顔を真っ赤にしてヒデオに掴みかかるダクネスだが、ヒデオは全く怯む様子を見せずに両腕を掴みながらまぁまぁと宥めにかかる。

 

 

「落ち着け落ち着け。お前の相手まともにしてたらカズマ達がシルビアにやられちまう。この事は胸にしまっておくから、お前もその巨乳にしまっとけ」

 

「な……! こ、こんな時でもお前はセクハラをしてくるのか……! 悪くな」

 

「はいはいわかったわかった。わかったからめぐみんの家に戻るぞ」

 

 

 最早扱いはこなれたもので、ダクネスには余計なことを言わせまいと遮るヒデオ。

 

 

「待て! まだ話は…………めぐみんの家? そこにシルビア達が居るのか?」

 

「いや、居ねぇけど、そこまで大事でもないけどそこそこな用を思い出した。こめっことねりまきちゃんも着いてきてくれ」

 

 

 憤るダクネスの言葉を難なく受け流し、てきぱきと支度を済ませる。

 

 時間があるといっても限りはある。

 相手は魔王軍幹部。サイヤ人のヒデオでも数々の苦戦を強いられてきた曲者強者の集まりだ。今回も例に漏れないだろう。

 

 用意は周到に、行動は迅速に。

 

 そんな考えを抱きながら、ヒデオ達はめぐみんの家に向かった。

 

 

「え、ちょ、なんで!? なんで!? なんで飛べるんです………きゃあああ!」

 

「あははー! はやーい!」

 

「ふむ、荷物のように吊るされるというのも悪くない……」

 

 

 

 

 △▼△▼△▼△▼△▼

 

 

 

 

 俺と関わりのある全ての皆様へ。

 

 

「カズマ……! 私のせいです……! 私を庇って突き飛ばしたから……!」

 

「カズマ! 諦めちゃダメよ! 今すぐ私達が助けてあげるからね!」

 

 

 世間からの風当たりが強い日々が続きますが、いかがお過ごしでしょうか。

 俺の方をは一癖も二癖もある仲間達に揉まれ、いっそ堕ちてしまえば楽なのではと思う次第であります。

 

 

「……二人共、ありがとう。けどもういいんだ。俺はここまでみたいだ。……ダクネスとヒデオ、それとアクセルのみんなによろしくな」

 

「ダメよカズマ! あんた、私と一緒に魔王を倒すって約束したじゃない! いつもはくだらない嘘ばっかりつくけど、こういうのだけは嘘をつかないんじゃなかったの!?」

 

「そうですよカズマ! あなたはパーティーのリーダーなんですよ!? そんな事言ってたら、ヒデオがマジギレしますよ!? それでもいいんですか!? 少し前にアクアと一緒にヒデオをからかったらマジギレされてトラウマを植え付けられたのを忘れたんですか!」

 

 

 さて、自分で言うのもなんですが俺は数々の修羅場を曲がりなりにも乗り越えてきました。

 

 

「ねぇカズマ! 私はもうブチ切れたヒデオなんて見たくないの! 怒られてるのがカズマでも、あんな怖いヒデオ二度と見たくないの! 今だってたまに夢に出てくるの! だから、ねぇったら!」

 

 

 時に臓器を売っても足りないレベルの借金を背負わされ。

 

 

「カズマ! 私、まだあなたに言ってないことがあるんです! とても大切な事です!」

 

 

 時にイタズラした城に居座っていた魔王軍幹部がブチ切れて街に襲撃してきたり。

 

 ですが、神様は俺の頑張りを見ていてくれたみたいです。

 

 

「いいんだ。もういいんだよ二人共。今更ヒデオがブチ切れようが、めぐみんの秘密を知れなくてもいいんだ」

 

 

 神様、エリス様。……あと一応アクア。ありがとうございます。

 

 俺は今――

 

 

「そんな事言ってないで早くその女から離れなさいカズマ! 悪魔臭いのがうつるわよ!」

 

「早くどいてくださいカズマ! 撃つものも撃てないじゃないですか!」

 

 

 俺は今、桃源郷(エデン)に居ます。

 

 

「ボウヤ、随分と大人しいのね。聞き分けがいいコは好きよ?」

 

 

 そういい胸に挟んだ俺の頭をナデナデしてくれるシルビア。

 

 淫夢(ゆめ)でも見た乳枕。

 

 

 俺の理想郷はここにあった。

 

 




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