風呂、それは命の洗濯。
「あー……極楽……」
「ふへぇ……」
その入り方は多岐にわたり、ひとり用の湯船でゆったりするもよし。こんな風に大浴場で思いっきり身体を広げるもよし。
日本人の彼らにとって風呂というのは特別なものなのだ。
「……お前本当にサイヤ人なんだなお前。ちゃんと尻尾が根元から生えてる」
カズマがだらしなく力を抜きながら、ヒデオの尻尾について呟く。
「おう。それに加えて前より筋肉が付いたみたいだ。うっすら腹筋にスジが入ってるくらいだったのが、見ての通りはっきり割れてる。転生特典様々だな」
腐ってもサイヤ人、半分でもサイヤ人。
やはり基本の身体構造が所謂地球人とは異なるのだろう。鍛えていないのにデフォルトでマッチョとはいったいどこの花山薫だと言いたいところだが、いくらサイヤ人といえども戦闘経験皆無の状態で渡り合えるのもカエルが限界だろう。そもそも、そのカエルですら仲間を囮にしなければ倒せない始末。
サイヤ人歴半日とはいえ、情けない限りである。
だが、そんなことは気にしていないのか、カズマは再び問う。
「へぇ……。あ、そうだ。サイヤ人になったんだから気弾くらい撃てそうだと思うんだが、そこんとこどうなんだ?」
サイヤ人、いやドラゴンボール=気弾というイメージは、どう足掻いても払拭出来ないだろう。
無印の頃ならいざ知らず、サイヤ人編以降は派手な技が続々と登場する。カズマのこの質問も、仕方の無いものだ。
「色々と試してみたけど出来そうで出来なかったな。スキルで使えるようになるのかもな。それとも修行次第で撃てるようになるのか?」
この疑問は『両方正解』だ。
魔法や窃盗などのスキルとは違い、かめはめ波等のドラゴンボールの技は不思議にも、剣術スキル、料理スキル、鍛冶スキルといった鍛えてどうにかなるスキルに分類される。
傍から見れば完全に空を飛んだりビームを放ったりするのはスキル無しには体得できないように見えるが、莫大な時間と才能さえあればスキルが無くても可能なのだ。
一説によると、かめはめ波を体得するのにおよそ五十年かかるらしい。
いくらスキル無しで覚えられるとはいえ、初期技のかめはめ波に五十年もかかっていては戦う前に現魔王が寿命で死ぬ。
自力でかめはめ波を覚えようとするのはそれくらい無謀だし、ガスコンロが目の前にあるのにわざわざ火起こしをする人間なんていない。つまりそういう事だ。
「ふぅ……そろそろ上がるか?」
「そうするか。いつまでもアクア達待たせるのも悪いしな」
湯船からあがると、二人はもう一度体を流してから脱衣所に戻る。
後は体を拭いて着替えるだけなのだが、カズマは体を拭くことも忘れ、何故かヒデオの臀部を凝視していた。
「こいつ、早速尻尾を使いこなしてやがる……」
ヒデオが巧みに尻尾を用いて体を拭いているのを見て、驚いたような呆れたような声で呟く。
どうやらヒデオのケツに興味津々だった訳では無く、淀みない動きを見せる尻尾をガン見していたようだ。
「違和感が全くない。今まで尻尾が生えてなかったのが嘘みたいだ」
「弱点だし普通に邪魔だと思ってたが、案外便利なんだな」
尻尾の全長は1mほど。背中の手では届かない部分には余裕で届くし、頑張れば第三の手足として使えなくもない。
が、サイヤ人にとっての尻尾はそうではない。
大猿に変身するため、ひいては多くのサイヤ人は知ることが無かった超サイヤ人4などという強化形態に変身するためにあるのだ。
まぁ、あくまで神々の作りものサイヤ人であるヒデオがこの二つになれるのかはわからないが。
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「ふぅ……。アクア、大丈夫でしたか?」
湯船の中に腰を下ろし、隣に居るアクアに話し掛ける。目立った怪我はしていないとはいえ、カエルにぶん投げられたのだ。どこかをむち打ちになっていたりしていてもおかしくない。
「特に怪我はないわよ。投げられてビックリはしたけど……」
「ならよかったです。それにしても、ヒデオ、と言いましたか。カズマとやけに親しそうでしたが、知り合いなのでしょうか」
黒髪黒目の、何を考えているかわかりづらい目をしたその顔を思い返し呟く。
カズマと同じで、この街ではあまり見ない顔の人種。遠く聞いたニホンジンという人達の特徴に似ているが、あの二人もそうなのでしょうか。
だとしても、ヒデオの尻尾は解せない。そのニホンジンとやらに尻尾が生えているとは聞いたことがないですし、現にカズマにはない。
獣人の一種かとも思いましたが、どうもそうではないようです。
なので、何となく知ってそうなアクアに聞いてみたのですが。
「多分違うと思うわよ。出身地は同じだけどね」
「アクアは違うのですか? やけに詳しそうですが……」
「んーと、カズマとヒデオの住んでた所について知ってるってだけよ」
どうやら特に知人とかでは無いみたいです。
それでも、いくら同郷の者とはいえあんな回りくどいことをして保険をかけてまで仲間に引き入れるメリットなんてあるのでしょうか。
私の見立てでは、あのヒデオという人物はかなりの潜在能力を持っているはずです。でなければカズマが必死に誘う理由がありません。
いっときは私ともあろう者を厄介者扱いしてパーティー入りを拒んだカズマのような人間が喉から手が出るほど欲しい人材。
……ライバルの予感がします。
「負けません!」
「どうしたのめぐみん。のぼせた?」
「違います! でも、そろそろあがりましょうか」
「そうね。先に出て二人を待ってましょう。ヒデオはどうか知らないけど、カズマはどうせ長風呂だし」
「ですね。それにしても、男性が女性より長風呂ってのも珍しいですね」
湯船からあがりながら、何気なくアクアにそう言う。
「そうねぇ。カズマとヒデオの住んでた地域では結構お風呂が好まれてるの。温泉だって沢山あるみたいだし、そういう環境で育ってきたから、カズマはお風呂が好きなのよ」
「なるほど。なんだかあの二人の国に興味が湧いてきました」
今度機会があれば二人に聞いてみましょうか。思いもよらない面白い話が聞けるかも知れません。
「あ、そうだ。めぐみん。お風呂上りに牛乳飲む?」
「飲みます!」
牛乳を飲むと身長が伸びたり、胸が大きくなったりするらしいです。
もし私がボン・キュッ・ボンのナイスバディーなお姉さんになった暁には、ロリ扱いしてきたカズマを思いっきりからかってやります。
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ヒデオとカズマが銭湯から出ると、アクアとめぐみんがベンチに腰掛けて待っていた。
見てくれだけは本当に良い。すごい美少女をお人形さんみたいと形容するのを何度か漫画とかで見たことがあるが、本当に人形みたいだ。と、ヒデオは心からそう思った。
が、スグに性格が残念なことだと聞かされたのを思い出し、何とも言えない気持ちになった。
「お待たせ」
「あ、二人共やっと来た。カズマはともかく、ヒデオも長風呂なのね」
「まぁ日本人のサガだな。お前も水の女神だってのに、あんまり長風呂じゃないんだな」
ヒデオが何気なくそう言うと、何故かアクアはプルプルプルプルと小刻みに震えだした。
一瞬アクアを怒らせてしまったかと心配するヒデオだったが、それは杞憂に終わった。
「私が女神ってこと、こんなにすんなり信じてくれるなんて……!!」
「まぁ、カズマに色々と聞いたし、俺自身もお前の代理の天使さんに色々と聞かされたしな」
急に涙目で詰め寄ってきたアクアに若干の照れを感じ、ヒデオはポリポリと頬をかきながら答える。
性格が残念と聞いていても慣れないうちは絶世の美女だ。そんな美女に詰め寄られては、思春期童貞のヒデオは普通に照れる。
「ヒデオはいい人ね……! 女神たる私の名において、カエルに投げた事は許してあげるわ!」
水の女神であるハズのアクアはこの世界に来てからというものの、カズマ以外の冒険者はおろかめぐみん、果てはアクシズ教のプリーストにすら女神ということを信じてもらえないでいる。
なので、この過剰な反応も仕方ないといえば仕方ない。
だが、いささかチョロすぎる。お菓子をあげると言われればホイホイ着いて行きそうなチョロさである。
「お、おう……ありがとな」
「うん、うん! やっぱりヒデオはいい人ね!」
あまりのチョロさに戸惑いながらも礼を言うヒデオだったが、アクアのこれはチョロいのではなくアホなのだと気付くのに、そう時間はかからなかった。
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風呂に入って身も心も綺麗になったので、カズマら一行はギルドでカエル討伐の報酬を受け取った。
カエルの買取額を含めて総額十万エリス。一人頭二万五千エリスの計算になる。
行き帰りの時間と合わせて勤務時間三時間程なので、時給だけを見ればそこそこだが、毎日このような比較的簡単なクエストがあるわけでもないし、簡単といえども命の危険はある。加えて冬になると高難易度のクエストばかりが張られ、まともに仕事を受けることが出来ない。
世界の様相はファンタジー系のゲームの様だが、システムも難易度も現実に沿っている。
死んでリスポーン地点に復活なんてこともないし、強くなるまでモンスターが待ってくれるなんてことは無い。
相手に知性があるならまだしも、普通のモンスターは命乞いの内容を考える為に三分間の猶予をくれない。
仲間が駆けつけてくれるまで三時間待った後に一対多の状況で戦ってくれない。
手加減して左手を使わないで戦ってくれもしない。
やはりどんな世界でも現実は残酷で、とても理不尽だ。
いくらヒデオがサイヤ人の体と本能を持ってこの世界に転生したとしても、戦闘経験皆無のサイヤ人など頭が回るだけの猿に過ぎない。将来的な性能は他の転生者達とは比べ物にならないはずだが、この理不尽な世界においては簡単に押しつぶされること請け合いだ。
そんな生半可ではいかない世界で、運良く初っ端から性能と性格は置いといてパーティーに加入出来たのはヒデオとしてはかなり大きい。
性能と性格は置いといて、快くパーティーに入れてくれたのは本当に感謝はしている。
性能と性格は置いといて、気の置ける仲間が居るといないとじゃ、天地の差だ。
女性陣は見た目だって可愛いし、まだ初めのうちは目の保養にもなったりするかもしれない――――
「ほら、ヒデオも飲みなさいよ! 女神たるこの私のお酒が飲めないっての!?」
「飲みすぎだぞアクア。わかった、わかったから。飲むからそこに置いといてくれ」
「はぐはぐはぐはぐ……! あ、ヒデオそれ取って下さい」
「……ほらよ」
かもしれないは所詮仮定の話だ。このように、現実は非情である。
振る舞いが完全におっさんの女神に、恥も外聞も捨てて一心不乱に目の前のご飯を喰らう食いしん坊魔法使いだ。
いくら見た目が良くてもこれはない。
「……大変だなぁ」
「そうだな。大変だと思うならそろそろ打ち止めにしたらどうだ? 今回の報酬吹っ飛びそうなんだけど」
「まだいける」
「まだいけるじゃねぇんだよ! せめてお前だけでも食うのをやめろ! ……この! おい、こら! この肉を離せ!」
「食事の邪魔すんな! 食事は救われてなきゃあダメなんだよ!」
「いや既に救いようがない状況まで来てるから! ツケ背負うことになるから! こいつ、まだ食うか! かくなる上は……おらぁ!」
「なっ! 尻尾はずりぃぞ……ダメだ。力が……」
尻尾を思いきり握られなす術なくテーブルに突っ伏す。
油断していたとはいえ、こう易々と弱点を捉えられてはどうしょうもない。
どうやら早急に強くなる必要がありそうだと、ヒデオは気を引き締めた。
一見何気ない意気込みのように見えるが、実はこの判断は正しい。
基本支援職で攻撃力皆無のアクアと、攻撃力はずば抜けているが継戦能力が無に等しいめぐみん。加えて普通に弱いカズマ。現時点でヒデオが足を引っ張るということはあまりないだろうが、それでもこのペースだといつかパーティーに限界は来る。
アクアのステータスはカンストしているし、めぐみんは爆裂道をひた走っているし、カズマは将来性があまり無い。
一見足りてはいるが実は何かが足りないこのパーティーに必要なのは前衛中衛後衛のどれかではなく、全衛なのだ。
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ひとしきり食事を終え、特にすることも無くだらだらと駄弁る四人だったが、何気なくヒデオに冒険者カードを見せてもらっていたカズマが、ふとある事に気付いた。
「おいヒデオ。ここ見てくれ。この、『気功術』ってなんだ?」
カズマに冒険者カードを差し出され、件の箇所を見るヒデオだが、特に心当たりはないようで、よく分からないといった様子で首を傾げた。
「さぁ? 名前から察するにそういう系の技なんだろうけど、クエスト行く前に見た時は無かったはずだ。いつの間に出て来たんだ?」
「レベルが上がってるから、その時に解放されたんじゃないのか?」
「そんなもんなのか。まぁいい。返してくれ。習得する」
「決断早いな。ほれ」
カズマに冒険者カードを返してもらい、何のためらいもなく気功術を習得したヒデオ。
ヒデオやカズマの読み通り、このスキルはかめはめ波や元気玉などのドラゴンボールっぽい技を使えるようになるスキルだ。
ただ、このスキルは元々この世界には存在しなかった。ヒデオをサイヤ人にした時に出た副産物だ。
サイヤ人の肉体に加えて固有スキルなんて卑怯だと言われるかもしれない。
しかし、本質は魔剣使いが魔剣を使った時だけ膂力が跳ね上がるのと同じだ。
それに、決してサイヤ人専用ではない。カズマのような冒険者クラスなら習得可能だ。
さらに、はじめから全てを使える訳では無い。習得したてのレベル1の状態では使えてせいぜい基礎の気弾と気功波のみだ。それもそんなに強くない。
ならば、元気玉やらかめはめ波やらの技はどうすれば使えるようになるのか。
答えは単純。
同じようにスキルとして習得すればいいのである。ただ、Aのスキルを習得するにはBのスキルを習得していなければならないという制限がある。
しかし、必ずしも最終点で全てのスキルを習得している必要は無い。
枝分かれするスキルツリーのようなものだ。
『気功術』は教科書そのもので、その他の技は各ページに点在するトピックだ。
新たなページを開くことにより、新たな知識を得る。選ぶページはどこでもいいが、予備知識がないと役に立たない。
強くはなれるがその分極振りしなければならないといった制限のある、扱いどころの難しいスキルだ。
「今日はもう遅いし、明日試すか」
「あ、ヒデオ。それなら私の一日一爆裂に付き合ってください」
「よくわからんがわかった」
「どっちかわからないですが、まぁいいです。ところで、カズマとアクアは?」
「アクアがゲロ吐きそうになってたから介護しに外連れてった」
何度飲みすぎで嘔吐すれば気が済むんだ。そう嘆いていたカズマを思い返しながらヒデオはそう返す。
「また災難ですね……私達は先に帰ってましょうか」
「だな」
パーティー加入一日目にして早くもアクア達問題児の扱い方を覚え始めたヒデオ。
だが、この程度で終わる彼女らではない。まだまだ奥の手を隠している。
それだけでなく――――
「……」
まだ見ぬ問題児が、こっそりと輪に入る機会を伺っているかもしれない。
編集版です