追記
このすばOPの謎ダンスがめちゃくちゃ好きです
「あ、そうだ、ヒデオ君。さっきやってた、消えてまた現れたやつ、あれどうやったの?」
魔王軍遊撃隊の一人ぶっころりーが去り際、そんなことを言った。先程使っていた瞬間移動のことだろう。
テレポートも似たようなもんだと思うが、やっぱり気になるのか? つーかヒデオめ、前には出るなって言ったのに見事にフラグ回収しやがって。
「瞬間移動だ」
「瞬間移動……? テレポートみたいなものかい?」
「まぁ瞬間的に遠距離を行き来するっていうカテゴリーではそうなのかもな。実際は似て非なるものだが」
「へぇ……。一回やってみてよ」
純粋に興味があるのか対抗心を燃やしているのかわからないが、心無しかわくわくしているように見えるぶっころりー。他の紅魔族達も皆興味ありげにヒデオとぶっころりーを見守っている。
「いいぞ。ムム、ちょっと待ってろよ……。あ、俺の肩に触れといてくれ」
「こうでいいかい?」
「おう。……お、上空になかなか大きい気が………近いな。えーと……あの鳥か?」
言いながら上空を見上げるヒデオ。釣られて同じ方向を見ると、確かに何か鳥のようなものが飛んでいた。
………確か紅魔の里付近にはグリフォンが出るんだっけか。
「おいヒデオ。くれぐれもあの鳥をこっちに連れてくるなよ」
「よくわからんが了解した。よし、行くぞぶっころりー!」
「見せてもらおうか。テレポート以外の空間移動とやらを……!!」
ぶっころりーがそう言い終えると同時に、ヒデオと共にその場から消える。おそらく行き先はあの鳥の所だろう。
「消えた!」
「すげぇ!」
「見て! あんな上空に!」
そう叫んだのは誰か。案の定というか、ヒデオとぶっころりーと思われる人影がさっき見た鳥のところに現れていた。
そしてもちろん、上空には足場がない訳で。
「あ、落ちた」
ヒデオの肩に手を乗せていただけのぶっころりーが重力に引かれ、真っ逆さまに落ち始めた。
「ぁぁぁぁぁぁ……!!」
上空からぶっころりーの悲鳴が小さく聞こえてくる。そのぶっころりーを助けようと、当然追いかけるヒデオ。
そして、その二人を追いかける影がひとつ。
紅魔の里近辺に生息する大型の鳥モンスター、グリフォンだ。
「グリフォンだ! グリフォンと追いかけっこしてるよあの子! というか今更だけど空飛んでる!」
「グリフォンと空中戦する人はじめて見た……!!」
「すげぇ! グリフォンと競り合ってる!!」
初めて見る光景に興奮しているのか、キラキラと紅い瞳を輝かせる魔王軍遊撃隊の面々。誰一人ぶっころりーの心配をしていないのはまぁこの際置いておこう。恐らく俺達の様子を見て大丈夫だと踏んでいるのだろう。
「ぁぁぁぁぁぁ……!!」
かくいう俺も、心配は微塵もしていない。あいつの事だ。ギリギリで助けるだろう。今までもそれで助けられて……助けられて……助けられてきたか? 助けには来てくれたが、あいつのお陰で助かったのって案外少ないような……。
…………なんか不安になってきた。
△▼△▼△▼△▼△▼
「お、なんだこの鳥。でけぇ」
「それはグリフ――」
「あれ、どうしたぶっころ……いねぇ」
ぶっころりーが背後から消えた。気は感じる。……まさか。
「あぁぁぁぁ……」
下の方を向くと、当然の様にぶっころりーが自由落下して行く。あー、おんぶでもしてりゃあ良かったな。
「待ってろぶっころりー! 今行く……!?」
「キシェェェ!!」
ぶっころりーを助けるために急降下を始めようとしたのだが、先程の鳥にタックルされる。
「なんだテメェ! 焼き鳥にすっぞ!」
「キィィ!!」
俺が目的かと思い威嚇するが、そうではないようだ。その証拠に、俺には目もくれず。
「あぁぁ……」
真っ直ぐにぶっころりーを追いかけて行った。
「キェェェェ!」
金切り声のような甲高い雄叫びを上げて急降下していくグリフォン。流石鳥類と言うべきか、その速度は凄まじいものだった。
だが。
「行かせるか! 空中がお前ら鳥類のものだけど思うなよ! オラァ!」
「ギッ!?」
先程の仕返しとばかりに、速度を上げてタックルを喰らわせる。
しかし、それが仇となった。
当たった角度が悪かったのか、奴はさらに速度をあげてぶっころりーの所に突進していく。そしてついにぶっころりーを捕らえてしまう。
「あっ」
「キェェェ!」
「悪い! 何もせずに待ってろ! すぐ助ける!」
下手にグリフォンを刺激してしまわぬ様にそう注意を促す。あの実力ならグリフォン程度なら余裕で殺れるだろうが、それをしないのは余計危なくなるのがわかっているからだろう。流石は知能の高い紅魔族。うちの爆裂脳とは大違いだ。
さて、めぐみんへの皮肉はこれ位にして……瞬間移動!
「……愚かなる鳥類よ! 我が尊大なる力にひれ伏せ! 貴様など我が手を下す必要も無い! 我が部下がすぐにやってくる! その恐怖に震えているがいい!」
「誰が部下だ誰が! 悪い、待たせた!」
瞬間移動でグリフォンの背後に現れたのはいいが、ぶっころりーがなんか勝手な事を言っていた。こんな時でも厨二病全開なのは感心する。
「……よく来た我が部下! さぁ、この愚かなる鳥を葬り去るがいい!」
「あいよ! フン!」
「カッ……!?」
背後からグリフォンの頭を掴み、筋力に任せて車のハンドルさながらに思いっきり360度近くまで拗じ折る。近接格闘で即行動不能にさせたいのならこれが一番だ。
鳥類は首がよく回る種が多いらしいので、いつもより多めに拗じる。
「ありがとう。助かったよ」
「いや、俺の不手際が招いた結果だからな。すまねぇ」
グリフォンから解放したぶっころりーに謝罪し、瞬間移動の事はもう充分知ってもらえたはずなので皆の所に帰ろうと――
「……ヒデオ君、そのグリフォンをどうする気だい?」
帰ろうとしたところで、ぶっころりーが先程シメたグリフォンを左手一本で大事そうに抱える俺を見て、訝しげな視線と言葉を向けてくる。
どうって言われてもなぁ……。
「どうって……今日の晩飯にする。鳥だし食えるだろ。やんねぇぞ」
「………僕、めぐみんはともかくゆんゆんが君みたいな人と仲良く出来てるのが不思議でならないよ」
「なんだその言い草は。俺が変人みたいに聞こえるんだが」
「そう言ってるんだよ?」
………。
紅魔族にだけは言われたくない。
△▼△▼△▼△▼△▼
俺の不安などつゆ知らず、うちのサイヤ人は平常運転だった。
「あ、吹っ飛ばした」
「空中でグリフォンをボコボコに出来る人はじめて見た」
「いいなー。俺も空飛んでみたい」
この反応を見ると、いかにあのサイヤ人のスペックがイカれているかよく分かる。
………本当に初めて見た時声掛けて良かった。あの時の俺、グッジョブ!
「お、グリフォンの首をぐるるんって回してへし折ったぞ。……アサシン顔負けの手際だな」
「それに空を飛ぶスキルなんて聞いたことないし……何者なんだ」
実はこう飛んでるとか、あの魔法を応用すれば出来るんじゃないかとか、あの尻尾に秘密があるとか、ヒデオの正体と舞空術について考察を始める紅魔族。
さすが知能が高いだけあって、話の展開が早い早い。うちのなんちゃって紅魔族とは大違いだ。
「……なんですかその、『なんちゃって紅魔族とは大違いだ』とでも言いたそうな顔は。言いたい事があるなら聞こうじゃないか」
「……自覚があるならそれでいい」
「よろしい、戦争です」
突然掴みかかってきためぐみんに負けまいと対抗していると、視界の端にシュッと影が現れる。お、帰ってきた……あいつなに持ってんだアレ。
「ただいま」
「……グリフォンを屠り我が同胞を救って少しの間もない……早いな。 そしてちゃっかりグリフォンを持って帰ってきている……只者ではないな……」
「これが瞬間移動……! 紅魔族以外にもこれ程の使い手が居たとは……!!」
「はじめは超スピードのごまかしだと思っていた……だが実際は全く異なるものだった……疑ってすまない」
グリフォン持って帰ってきちゃったか……。
紅魔族達はヒデオの持って帰ってきたグリフォンを特に疑問に思うことなく、やれ次は自分だの、やれ解剖させろだの、やれ女湯に連れて行けだのと、舞空術と瞬間移動に興味が尽きないのかヒデオに詰め寄る。そしてまだ取っ組み合いをしている俺とめぐみん。そんな中、一人がふとぶっころりーに質問した。
「そうだぶっころりー、どんな感じだった?」
「普通にびっくりしたね。何せ急に景色が変わったかと思うと猛スピードで落下してったんだ。それに加えてグリフォンの突貫。なかなかいいアトラクションだったよ」
「アトラクションて……まぁ最悪死んじゃってもうちのプリーストに蘇生してもらってたから大丈夫だぞ」
「そういう問題じゃないんだよなぁ」
その気持ちはわかるぞぶっころりー。生き返るからって死んでも構わないとは普通思わないだろう。どうもこのサイヤ人は死生観がイカれているらしい。
…………やはりうちのパーティーの連中は俺以外頭がおかしいのでは? 常識人つらい。
「……なんですかその、『常識人つらい』とでも言いたそうな顔は。……カズマも相当イってると思うんですが」
「おいおい急にどうした。本当にイカれちまったのか?」
人の事を突然イってる奴扱いとは非常識にも程がある。
「その言い方だと私が普段からイカれている兆候があるみたいじゃないですか。そこのところ、詳しく聞かせてもらおうか」
「だからそう言ってんだよ。……この! はなせ! 魔法使いのくせに意外な筋力を……!!」
「くっ……!! 前までならコレでノせたのに……!! ヒデオに養殖まがいのことをしてもらってるだけありますね!」
悪態をつきながらどうにか俺を懲らしめようとしてくるめぐみん。フッ、伊達にヒデオのおこぼれを貰っているわけでない。
というか養殖ってなんだ。もしかしてアレか。安全な場所でのんべんだらりと育てられぬくぬくと肥えていく様を俺の普段のニート生活に喩えてるのか。なるほどなるほど………。
…………ってやかましいわ!
「いやー、いい体験させてもらったよ。今度はカメハメハとやらを見せてもらおうかな。…………じゃ、そろそろお暇させてもらうよ。見回りしないといけないしね。それでは!」
舞空術談義もそこそこに、ぶっころりー達は任務の続きがあると言ってその場から消えていった。一瞬で居なくなったところを見ると、またテレポートを使ったのだろう。
それにしても、仕事熱心だなぁ。いくら強いとはいえ、前線に立つのはかなり大変な仕事のはずだ。
「……なんか、カッコイイな。戦闘のエキスパートって感じで」
「おいおい、戦闘のエキスパートならここに居るだろ。とびっきりの……ん?」
自画自賛をし始めたヒデオが急に発言を止めて、ぶっころりー達が消えた方を睨みつけた。なんだ? 急に恥ずかしくなったのか?
「………おかしいな。なんでぶっころりー達の気がそこにあるんだ?」
「……どういう事だ? さっきテレポートで飛んでったじゃないか」
「うーん……他の所にぶっころりー達の気は見当たらないな……。姿だけ消して実はそこにいるってパターンか?」
「よくわかりましたねヒデオさん。上級魔法の中に、光を屈折させて周囲から見えなくするって魔法があるんです。テレポートは消費魔力が大きくて、日に何度もそうポンポンと使えません。なので、消費魔力の少ない屈折魔法でかっこよく立ち去る演出を……あ痛っ!」
どこからとも無く、というよりヒデオの視線の先から飛んできた小石が頭に衝突したゆんゆん。まるで、『余計なことを喋るんじゃないこのぼっち娘が!』とでも言いたげな投石だ。
「……繰気弾」
何を思ったのか石が飛んできた方をじっと見つめている。そして技名をボソッと呟いて空いている手のひらからバレーボールくらいの大きさの気弾を出してふわふわと浮かせるヒデオ。
そしてゆっくりと小石が飛んできた方に飛ばす。数メートル進んだかと思うと、空間に呑み込まれるように忽然と消えた。あれっ。
「……見えなくなっただけだな。そい」
指をクイッと上に向けるとなるほど。確かに見えなくなっていただけのようで、また忽然と現れた。
「……そい」
そしてその気弾を再びぶっころりー達がいるであろう方向に飛ばした。
それも、先程とは比べ物にならない速度で。
「……!?」
スレスレで地面に激突したのか、破壊音と誰かが焦る声が聞こえる。
「………そいそいそい!」
現れて急に消えたのが面白かったのか当たらなかったのが腹立ったのかわからないが、狂ったように繰気弾を動かすヒデオ。そしてズササと逃げる様な音が聞こえる。それを聞いてまた狂ったように動かすヒデオ。
鬼かこいつは。
「………あれ、急激に速くなった。これじゃ追い付けねぇ。こんな風に遊ぶ面ではいいんだが、戦闘面ではからきしだな繰気弾。行動制限されるし弾遅いし」
「まぁ無印の頃の技だし多少はな? というか人で遊ぶな人で……。それにしても、姿を消す魔法か………」
気配を消すのではなく、姿そのものを消すことが出来る魔法があるのか。
………潜伏スキルと合わせたら最強じゃないか? 何処にとは言わないが、侵入し放題じゃないか。バレないし気配も察知されない。
しかし、世の中そう上手くは出来ていないようで。
「カズマがゲス顔で何を企んでいるのかはわかりませんが、あの魔法も完璧に姿を消すわけじゃないんですよ。周囲数メートルに結界を張り、その中を周囲から見えなくする魔法です。なので、ある程度まで近付けば見えますよ。ヒデオの気弾が途中で消えたのもそのせいです」
接近されたらバレるとか使えねー……。いや、近寄らせなければいい。となると。
………早いとこレベル上げて舞空術覚えよう。
俺がレベルを上げる決意を固めているのをよそに、ヒデオが関心したような言葉を漏らす。
「それにしても、魔王軍遊撃隊とかあるんだな紅魔族。魔王に目の敵にされてきたって言ってたし、やっぱりそういうのが必要になるのか?」
「あぁ、それは勝手に彼等が名乗ってるだけで、実際はそんなものありませんよ」
「え」
曰く、アイツらは魔王軍遊撃隊等ではなく、普段は親の脛をかじっている穀潰しだそうだ。仕事もなくて暇なので、ああやって見回りと称して散歩をしてるらしい。
ニートが魔王軍と張り合えるって恐ろしいな紅魔族。
「さて、これからどこ行く?」
ニートですら強いという衝撃の事実に項垂れていると、ヒデオが伸びをしながら皆に尋ねた。自然と俺の方に視線が向く中、一人おずおずと手を挙げて意見を述べる者がいた。
ゆんゆんだ。
「……私は手紙の真相を知りに実家に戻ろうと思います。それと、父の安否も気になるので……」
「……なるほど。カズマ、どうする?」
「んー……そうだな……よし、ゆんゆんに付いて行くか。魔王軍が攻めてきたってのは本当だったみたいだけど、里の様子を見る限り全くやばそうに見えないんだが……何が起きてるんだ?」
手紙の通り魔王軍がすぐそこまで来ているというのに、この里は平和そのものだ。さっきのぶっころりー達を見ても全く焦っている様子などなかったし、魔王軍相手に暇つぶしをする始末。恐らくめぐみんの妹も無事なのだろう。
ニートですら高スペック。更には里の大人達は皆高レベルのアークウィザード。
魔王軍に攻め込まれているとは思えない、見渡す限りののどかな街並み。
………これ、来る必要あったか?
△▼△▼△▼△▼△▼
里の中央に建てられた大きな家。そこが族長の家でありゆんゆんの実家だそうだ。俺達の屋敷ほどではないが、なかなか立派な家だ。
「ただいま! お父さん、生きてる!?」
帰ってきていきなり生きてる!? ってどんな帰郷だよ。
そんな声に反応したのか、スタスタと誰かがやって来た。
「おぉ、ゆんゆん。よく帰ってきたな。おかえり。何が生きてるのかはわからないが、私はこの通りピンピンしてるよ。ゆんゆんの方も元気そうで何よりだ。……後ろの方々はご友人か? お、めぐみんもいるじゃないか」
「お父さん……良かったぁ……」
どうやらこのヒゲ親父はゆんゆんのパピーらしい。不謹慎だが、生きていたお陰で余計手紙が意味の分からないものになってしまった。
ゆんゆんはピンピンしてる父親を見て安心したのか、ヘナと萎びたように玄関に座り込んだ。
……こういう時なんて声を掛ければいいんだ? 生憎物語のイケメン主人公のように気の利いた言葉や行動など思い付かないし、思い付いても絶対にしたくない。
「……とりあえず、親父さん生きてて良かったな」
そしてこのフワッフワの対応である。
色々とフワフワな対応をゆんゆんにしていると、俺達の反応を不思議に思った親父さんがフム、と顎に手を当てて、考える仕草をした。
「……さっきからまるで私が死んでると思っていたみたいな…………まさか、あの手紙の事かね?」
流石は知能が高い紅魔族。みなまで言わずとも理解してくれたようだ。
「あの手紙は……いや、こんな所だと落ち着けないだろう。部屋に案内しよう。ささ、ゆんゆんのご友人達、奥へどうぞ」
ゆんゆんの親父さんに案内され、広い家の中を進んで行く。流石族長の家といったところか、行き届いた掃除や所々の慎ましくも美しい装飾などに、生活レベルの高さが伺える。
「これが普通の家か……」
「……言っとくが、これはかなり大きい方だし、普通の家にはあんな壺なんてないぞララティーナ」
「またその名を……!! と、というかそれくらいわかっている! お前は私を一体なんだと………」
なんだと、か。……痴女、いや……ドM……お嬢様……おっぱい。
「……痴女セイダー」
「よしわかった。ぶっ殺してやる!!」
「はっ! やれるもんならやってみろ! てめぇの攻撃が俺に当たるわけねーだろ! 両手剣スキルもしくは徒手空拳スキルを習得してから出直してくるんだな!」
「それは出来ない! 第一アタッカーはお前がいれば充分だろう!」
そういう問題ではない。
「ささ、こちらの部屋にどうぞ」
そうこうしてるうちに、目的の部屋に着いた。ダクネスは後で論破するとして、まずはあの手紙の真相だ。
「――で、あの手紙はなんなんです?」
手短に自己紹介を済ませ、早速本題に入る。
「何って、娘に宛てた近況報告の手紙だよ。手紙を書いている間に興が乗ってしまってな。紅魔の血が普通の手紙を書かせてくれなくて……」
「ちょっと意味がわからないです」
なんだろう、すごくぶん殴りたいぞこのおっさん。なんというか……殴りたいこの笑顔。即座に突っ込んだカズマの隣では、ゆんゆんが大口を開けてポカンとしている。
「……え? お、お父さん? お父さんが無事だったのはとても嬉しいんだけど……最初の手紙の、『この手紙が届く頃には、きっと私はこの世にいないだろう』って言うのは……」
「紅魔族の時候の挨拶じゃないか。学校で習わなかったのか? ……あぁ、お前とめぐみんはエリートで卒業が早かったからなぁ」
やはりこの二人の紅魔族っ子は只者じゃなかったみたいだ。だけどなんだろう、普段の行動とかのせいで全くそう思えない。
「……魔王軍の軍事基地を破壊する事も出来ない状況だって……」
「あぁ、あれか? 連中は随分立派な基地を作ってなぁ。このまま新しい観光地として残すか壊すかで意見が割れているんだよ。それに、簡易拠点も作ったらしくてそこをキャンプ場にするかというのも議題に上がっていてな。なかなか会議が進まないんだよ」
簡易拠点というのは俺が連れ込まれたあれだろう。豪胆すぎないか紅魔族。
……本当に近況報告の手紙だったみたいだな。書き方はアレでも、内容を早とちりした俺達にも少しは非があると思う。
だが。
「……ゆんゆん。お前の親父さんに一発蹴り入れていいか?」
普通に釈然としない。
「いいですよ。一発と言わず気の済むまでどうぞ」
「!?」
ゆんゆんの冷めた対応に愕然とするヒゲ親父と俺の間に割って入る奴が居た。
ダクネスだ。…………はぁ。
「まぁ待てヒデオ。イライラするというのなら私が代わりに蹴られよう。さぁ! 来い!」
「というのは冗談で、魔王軍幹部が来てるんですよね? えーと、シルビアでしたっけ」
ダクネスの渾身のボケを華麗にスルーし、ゆんゆんの親父さんに問いかける。
「あ、あぁ……よく知ってるね。シルビアは魔法に強くてね。それで派遣されてきたらしいんだ。……いつも里の皆に泣かされて撤退してるけど」
「なるほど……。いつも、ってことは何回か来てるんですよね」
「その通りだよ。普段ならこれくらいの時間に来るんだが………今日は来ないところを見ると、ぶっころりー達が暇つぶしに行ったのかな?」
だから魔王軍相手に暇つぶしってどうなの……。
「………完全放置プレイ……八十点。合格だ」
ダクネスが身震いしながらそんな事をポツリと言った。
………合格だとか言われたけど、すっげぇ不名誉な感じがする。
ダクネスにドン引きしていると、親父さんがふと、思い出した様に。
「あぁ、そうそう。アクセルでの娘はどんな感じだね?」
「聞かなくていい! お父さん、そんな事聞かなくていい!」
近況報告の手紙を宛てたのは、ゆんゆんの近況も知りたかったからではないのだろうか。ゆんゆんは必死に止めているが、ここは一つ。たまにパーティーを組む友人として。
「娘さん……ゆんゆんは大変真面目でどんな仕事でも嫌な顔一つせずに取り組んでいます。俺と二人で臨時パーティーを組むことがあるんですが、紅魔族の名に恥じない活躍をしてくれて、かなり助けられてます」
「ちょ、ヒデオさん……!!」
ゆんゆんは急に褒められて恥ずかしくなったのか、顔を真っ赤にしてアワアワしている。
「活躍! それはいい事を聞いた! ……それで、対人関係は……」
「俺達パーティーを筆頭に、俺やカズマと仲のいいチンピラに絡まれていたり、商才がマイナス方面にオーバーフローしている凄腕の魔法使いが経営している魔道具店に入り浸っていたり、そこでアルバイトをしている仮面を付けた怪しい店員にからかわれたりと、大変良好な対人関係を築けていると思います」
「君達以外が不安なんだが……」
俺もそう思う。友達が少ないゆんゆんには言えないが、関わる相手は選んだほうがいい。
△▼△▼△▼△▼△▼
ゆんゆんと親父さんとの三者面談もそこそこに、真っ赤な顔のゆんゆんをその場に残して次はめぐみんの家族もとい妹の無事を確認しに行くことにした。
……まぁ大丈夫なんだろうけど。
「めぐみんの家ってどっちだ?」
「あっちの丘の方ですけど……どうしたんですか?」
「いや、少しでも近い気の所に瞬間移動してもらって楽しようと思ってな」
「俺はアッシーか。……お、めぐみんに似てる小さな気があるな。これ妹か? 近くに親らしき気もある……」
「なんだかんだ言いながらやってくれるヒデオさん流石っす。さすひで」
心にもない賞賛を送られると人間って殺意が湧くんだな。いい事知った。
「みんな準備は……大丈夫か。よし」
もう何も言わなくても既に俺に触れてきている。行動が早いのは助かるがなんだかなぁ。慣れって怖い。
景色が急転し、里の中心から大きく外れた場所に出る。目の前にはなんというか……貧しそうな家屋が建っている。
少し前にめぐみんがゆんゆんの弁当を奪わないと死活問題って言ってたし、想像はしていたけど、なんというか失礼だがゆんゆんの家を見た後だと余計ボロく見える。
「よし、着いた」
「相変わらず便利だなアッシー君」
どうやらカズマはどうしてもエリス様の元に逝きたい様だ。ここは日頃のお礼も兼ねてぜひ送ってやろう。
「アクア、リザレクションの準備だ。今からこの糞野郎をぶっ殺す」
「私を便利な猫型ロボットみたいに扱わないで欲しいんですけど……」
困った時のアクえもん。
……汎用性で言えばカズマの方が高いな。見た目が青いのと高スペックなくせにポンコツな所とか、どこからともなく変な道具を出したりする所はほぼ同じだが。
アクアも不思議なポッケで夢を叶えてくんねーかな。無理か。
「……そう言えばめぐみんの妹の所に飛んだはずなのに、それらしき人影は見当たらないな。ヒデオの瞬間移動も完璧ではないのか?」
「別に鼻が当たるほど近くに飛ばなくても大丈夫なんだよ。いいかダクネス、気には範囲ってものがあってだな。その中なら自由に移動できる。そこまで細かく移動はできないけど」
いきなり家の中に現れるってのは失礼だし、めぐみんの家族の気の本体から離れた所に移動してみたら運のいい事に玄関前に出た。
「やっぱり便利……ん? お前、選べるってんならさっきぶっころりーの前に瞬間移動して危うくぶった斬られそうになったのはなんでだ?」
「俺にもわからん。だけど、若干調子悪いんだよな。今回は大丈夫だったけど……」
少し前、具体的にはアルカンレティアから帰ってきたくらいからか、どうも気功術の調子が良くない。気功波の加減を間違えたり、カズマが言ってるみたいに瞬間移動で出る場所を間違えたりと、なぜか調子が悪い。
ハンスの毒の影響でも残ってんのか? 後でアクアに診てもらおう。
「魔王軍幹部と戦う予定なのに大丈夫なんですか? まぁヒデオが居なくても私が一撃で屠りますけど」
「俺が役に立たなかったら是非そうしてくれ」
「やけに素直ですね……まぁいいです」
意外な対応に不思議そうな顔をしながらも玄関の扉をノックするめぐみん。
やがて、ノックに反応しためぐみんの妹と思われる小さな気がドタドタという慌ただしい音を鳴らしながらこちらに向かってきた。
玄関のドアがそっと開けられる。
そして、中からめぐみんを小学生低学年くらいにしたようなとても可愛らしい女の子がひょこっと顔を出した。
「……問おう。君がめぐみんの妹か?」
「……いかにも! 我が名はこめっこ! 紅魔族随一の魔性の妹!」
こめっこと名乗っためぐみんの妹は急に質問されて一瞬戸惑っていたが、そこは子供でも紅魔族。持ち前の知能でやるべき事を察してくれた。というかこめっこて……。
「よし、よく出来た。このグリフォンをやろう」
「わーい! ありがとう尻尾の兄ちゃん!」
「私の妹に変なものを与えないで欲しいんですが…………こめっこ、久しぶりですね。ただいま帰りましたよ。元気にしていましたか?」
「あ、姉ちゃん久しぶり! 見て見て! これ、今日の晩ご飯!」
とても眩しい笑顔でめぐみんに伝えるこめっこ。あぁ、天真爛漫ってこういうのを言うんだな。
変人共に汚された心が浄化されていく……。
「……ヒデオ、顔が気持ち悪いですよ? そんな顔で私の妹を見ないで下さい」
「お前その顔で日本を歩いてたら間違いなく通報されるぞ」
「……ヒデオってロリコンだったの? てっきり巨乳好きと思ってたわ」
「こんな小さな子にそんな視線を向けるな! 向けるなら是非私に!」
……元凶共め。
「……もうこめっことちょむすけだけでいい。後はいらない」
「「「「なっ!!」」」」
最近、労働の割に癒しが足りていないと思う。
…………アクセルに帰ったらサキュバスのお姉さんの店に行こう。
今更ですが、多分紅魔編は一番長くなると思います。
あと、紅魔編が終わったら紅魔編プロット的なのを公開して添削されようかな