魔法少女まどか☆マギカ ~狩る者の新たな戦い~   作:祇園 暁

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第13話【消えない過去】

マミの部屋の前に着いたまどかはドアノブを握りゆっくりと回す。すると鍵は掛かっておらず、開かれたドアから見える光景は昨日マミを連れ出す際に一瞬だけ目にした光景と同じだった。

部屋の中に入ると飲みかけの紅茶に、ケーキを出そうとしていたのか小皿とナイフが用意されていた。

 

その日常の風景を動かすこの部屋の主はもういない。

 

再び瞳に涙を溜めるがすぐにそれを拭ってまどかはもういないこの部屋の主に語りかけた。

 

「ごめんなさいマミさん。私、やっぱり怖くて魔法少女にはなれません」

 

そう言って鞄から一冊のノートを取り出し、テーブルの上にそっと置いた。

 

「まどかちゃん・・・それ」

 

ミオはそのノートに見覚えがあった。それは以前セブンスエンカウントで一緒にお喋りしながら見た、まどかの憧れの魔法少女が描かれたノートだった。

そのノートをこの場に置くという事は、魔法少女にはならないという彼女の意思表示なのだろう。

 

「でも、私は私なりにマミさんの守ろうとしたこの見滝原を守ろうって思います。と言っても、やっぱりアキオさんやサトリさんに魔女を知らせる事しか出来なくて、他人任せかも知れないけど」

 

そう言うまどかの顔はもう落ち込んだ様子など見られなかった。

 

 

 

 

 

 

 

診察を終えたアキオは会計を済ませるだけとなったが、総合病院というのはどの時間帯でも混んでいる場所であり、しばらくはアキオが渡された会計番号が呼ばれる気配は無かった。

その時間潰しに、特に何か用がある訳でも無いがなんとなく屋上へと出ようとアキオは病院内を歩きだした。すると以外な人物を目にする事となる。

 

突如前方の病室からさやかが飛び出したのだ。さやかはそのままアキオとは反対の方向へと走って行ってしまったため彼に気付かなかったが、その姿に何事かと思ったアキオは彼女が飛び出した病室を覗き込んだ。

そこには左手から血を流しながら呆然とこちら、病室の出入口を見詰める少年がいた。

 

「おいおい大丈夫か!?」

 

「え?」

 

アキオに声を掛けられて初めて彼の存在に気付いたかのように少年は呆けた声を出した。

 

「血出てるぞ、左手!」

 

「あっ・・・」

 

アキオに言われ自分の左手を見る。確かにその左手には決して小さくない傷ができておりそこから出た血はベッドの白いシーツも赤く染めていた。

しかし少年はその光景を見ても慌てることなく、むしろ悲しげに目を伏せてしまった。

 

「いいんです、自業自得ですから。それにこんな左手なんてどうなっても・・・」

 

「さやかちゃんと喧嘩でもしたかい?」

 

「!?」

 

少年がさやかの名が出た事に驚く中、アキオはツカツカと病室に入りナースコールの受話器を手に取り呼び出しボタンを押した。

 

「さやかを知ってるんですか?」

 

「ああ、最近知り合ってね。・・・あ、すいません、この病室の患者さんが怪我してるの見付けてコール使っちゃいました」

 

ナースコールに出た看護婦に少年の怪我の様子を手短に説明して受話器を元に戻すと、アキオはベッドの近くにあった椅子に腰掛けた。

 

「さやかちゃんが飛び出して行くの見てね。それで自業自得ってどういう事だ?良ければ男同士、聞かせてくれよ。あ、俺はアキオだ、よろしく!」

 

そう言ってウィンクするアキオに少年は何となく気持ちをほぐされ、彼に対して語りだした。

 

「僕は恭介っていいます。その・・・僕は昔からヴァイオリンが好きで、これから先もずっとヴァイオリンを弾き続けていくもんなんだって、当たり前のように思ってました。でもこの怪我で・・・」

 

そこで恭介は悔しそうな顔をして口を閉ざしてしまった。そこまで聞けばアキオにも彼がどのような状態か分かった。

 

恭介が口を閉ざした沈黙の内に看護婦がやって来て、彼の左手の手当てを始めた。しかしそんな中恭介は再び口を開いた。

 

「さやかとは幼馴染みなんですけど、何時も僕の見舞いに来てくれてたんです。僕の好きな音楽のCDをわざわざ買ってきてもくれて・・・でも、今日先生に言われたんです。僕の左手はもう二度と動かないって」

 

その言葉にアキオは息を飲んだ。

 

「それで、頭の中真っ白になって、全てを奪われた感覚がして・・・だけどさやかは何時も通りここに来て、笑いながら下らない話をして・・・僕がどんな想いでいるのか知らないのかって思っちゃって、さやかに八つ当たりしたんです」

 

そんな事、アキオはともかく看護婦には情けないと思われると分かっていながらも、口に出した恭介は自棄になっているのかも知れない。

しかしそれを聞いたアキオは彼を励ましたり叱咤する事なく

 

「いるよな~、そういうお節介焼き!」

 

むしろ彼が後悔している八つ当たりに同調するような事を言った。

恭介の手当てをしている看護婦にジト目で睨まれながらも今度はアキオは語りだした。

 

「俺にも幼馴染みがいてさ、そいつは相当なお節介焼きなんだ。俺がガキの頃に母親が病気で死んじまって悲しくてわんわん泣いてたんだけど、そん時にその幼馴染みも泣いてさ。泣きながら"泣いてたらきっとお母さんも悲しいよ"ってそいつなりに励ましてくれようとしてたんだろうが、お前に何が分かるんだよ!って、むしろ死んだのは俺の母親なのに何でお前が泣いてんだよ!って言っちまったんだよ」

 

その話に恭介は先程の自分を重ねてしまった。今アキオが言っている当時の発言は先程の自分の思いと同じものに思えたのだ。

 

「けどさ、しばらくそいつを鬱陶しく感じてたんだけどある日気付いたんだ。俺とそいつは家族同然の付き合いだったんだけど、あいつも俺の母親によく懐いてて本当の、もう一人の母親みたいに感じてたって。あいつも俺と同じ気持ちだったって」

 

「同じ気持ち・・・」

 

「君とさやかちゃんはどうだい?」

 

その言葉に恭介の脳裏にはある光景が浮かんだ。

 

まだお互いに小さかった頃、自分の弾くヴァイオリンの音色を彼女は笑顔で好きだと言ってくれていた。自分はそれが嬉しくて、もっと笑顔を見たくてヴァイオリンを弾き続けた。

 

それはいつの間にか忘れてしまった自分の始まり。

 

「そうだ・・・さやかは僕のヴァイオリンを好きだって、今までずっと側にいてくれたのに・・・それなのに僕は自分の事ばっかり」

 

「いや~!柄にもなく恥ずかしい話をしちまったぜ!」

 

恭介が後悔の念に駆られる前にアキオがおどけた声を発した。それによってこの場の空気が緩む。

 

「ま、お兄さんから言える事はとっとと仲直りしなって事かな。俺は君がどれだけヴァイオリンに費やしてきたかは分かんねーけど、何だかんだで生きてんだ。もっと前向きに作曲家として音楽に携わったり、むしろ音楽から離れて今まで手を付けてこなかったようなものをやってみるのも悪くないんじゃない?」

 

そこまで言うとアキオは立ち上がった。

思った以上に時間を使ってしまった。恐らくもう会計番号は呼ばれているだろう。

 

「あの!」

 

踵を返し病室から出て行こうとしたアキオをその声が止めた。

 

「アキオさんはその幼馴染みとは、どうなったんですか?」

 

その言葉にアキオは顔だけを振り向かせ笑顔で答えた。

 

「今でもお節介焼かれてるよ」

 

そうして今度こそ病室を出て行った。

 

(さて、さやかちゃんには次会った時にでもフォローしておくか)

 

そう考え歩き出すアキオだが、その考えが甘かった事を後に知る事となる。

 

 

 

 

 

 

 

辺りが暗くなった町中。

まどかは完全にではないが悩みが取れ、ミオの優しさに嬉しくなり少し口角を上げながら歩いていた。今はミオとは別れ帰宅途中であった。

 

(私も、ミオちゃんみたいにさやかちゃんを元気付けられるかな・・・ううん、友達なんだから頑張らなきゃ)

 

「おいおい聞いてんのか嬢ちゃん!?」

 

突然の大きな声にまどかはビクリとして反射的に振り向いてしまった。その視線の先には一人の少女に突っかかっている高校生ぐらいの少年の姿があった。

男にしては長い銀髪にニット帽を被り、色付きのゴーグルで目を隠している姿からは素行の悪さを感じさせる。一方の少女はウェーブのかかった緑色の髪をしておっとりとした表情。

 

「って仁美ちゃん!?ど、どうしよう」

 

そう、少年に絡まれているのはまどかの友達の仁美だった。しかしその表情はぼーっとして焦点が合ってないようにも見える。

 

「ぶつかっておいて無言ってのは別に構いやしねえがな、わざわざ嬢ちゃんの落とし物拾ってやったのにシカトして歩き出すってのはあんまりじゃないか?」

 

今度は声を抑えて言う少年だが、その分ドスがきいた声になった。しかし、仁美はやはり表情を変えずゆっくりと少年を見上げると

 

「あら、貴方誰ですの?」

 

今少年の存在に気が付いたかのようにそう言った。

これには少年も言葉を失い呆然としていると、仁美はフラフラと歩き出してしまった。その様子に少年は異変を感じる。

 

「おい嬢ちゃん!大じょ」

 

「すいません!友達が迷惑かけちゃって!」

 

少年が声をかけたのと同時にまどかが叫びながら仁美の腕を掴んだ。

 

「私達急いでるんで!すいません!」

 

言うや否やまどかは仁美の腕を引き脱兎の如くその場から逃げ出した。

 

 

 

 

 

 

 

「ふう、怖かったぁ・・・」

 

少年から仁美を連れ逃げ出したまどかは息を切らしながら呟いた。先の行動は恐らく以前の自分では出来なかったとまどかはは思う。勇気を出せたのはミオが励ましてくれたおかげだと彼女に感謝した。

 

「あらまどかさん、こんばんは」

 

しかし一方の仁美はまどかに対しても先程の少年と同じような反応だ。その焦点の合ってない瞳にまどかは寒気を感じてしまう。

 

今の仁美は何かがおかしい。

 

違和感を感じながらもまどかは何時も通りを装い仁美に声をかける。

 

「さっきはどうしたの仁美ちゃん。確か今日お稽古事があるって」

 

しかしその言葉は途中で途切れた。まどかの感じていた嫌な予感は当たってしまったのだ。

 

仁美の首筋に浮かぶ文様。

 

魔女の口付け

 

それを見た瞬間まどかの全身から汗が噴き出した。頭が上手く回らない。思い出されるのは魔女の口付けによって廃墟から身投げした女性の姿とマミによる説明。

 

そんな中仁美はフラフラと歩き出してしまう。

 

「ひ、仁美ちゃん・・・どこに行くの?」

 

「うふふ、とおっても素敵な場所ですわ。そうだ!」

 

突如振り向いてまどかの手を握る仁美。

 

「まどかさんも一緒に行きましょう?ええ、そうですわ、それが良いですわ!」

 

まどかの返事を聞かずそのまま彼女を引き摺り歩き出してしまった。まどかはどうにかしなければと必死に考える。

 

「アキオさんに・・・でも確か腕が・・・そうだ!」

 

そう言えば昨日マミからセブンスエンカウントの連絡先を教えて貰っていたのを思い出したまどか。空いている手で急いでケータイを取り出すと電話帳を開いた。

 

「サトリさんなら・・・」

 

「駄目ですわまどかさん」

 

しかし電話を掛ける前に仁美にケータイを取り上げられてしまった。

 

「まどかさんをお誘いしたのはまどかさんが私のお友達だからですわ。余計な邪魔は要りません」

 

「あっ!」

 

仁美はそのまままどかのケータイを放り投げてしまった。

 

「さ、行きましょうまどかさん」

 

(ど、どうしよう・・・)

 

しかし振りほどこうにもがっちりと腕を掴む仁美の手は普段からは想像できない程力が強く抵抗出来なかった。

 

そうして彼女達が辿り着いたのは町外れの廃工場。周りには彼女達の他にも魔女の口付けをされた人々が大勢集まっていた。

そしてまどかが工場内に連れられるとシャッターが降り、出入り口が封鎖されてしまった。

 

(何が始まるの?)

 

皆一様に死んだような目をしてぶつぶつと何かを呟いている。微かに聞き取れた内容は人生に絶望しきったような泣き言。自分を取り巻く異常な光景に怯えていると、彼女の前で大きめの洗剤のボトルが二種類運ばれてきた。そこには一つのバケツ。

瞬間まどかには何をする気なのか分かった。

 

「待って!それ混ぜちゃ駄目なやつ!!」

 

塩素系と酸性の洗剤を混ぜるとどうなるか。

それは小学校の家庭科の時間に習い、母親からも口を酸っぱくして言われたまどかには直ぐに分かった。

 

当然の如くまどかは止めようと駆け出すが、仁美がまどかの前に腕を出して制止した。まどかはその腕に突っ掛かり止められてしまう。

 

「邪魔してはいけません。あれは神聖な儀式なのですよ?」

 

「だって、あれ危ないんだよ!?ここにいる人達皆死んじゃうよ!!」

 

必死に訴えるまどかだが、魔女の口付けによって操られた人間は正気ではない。彼女の声は仁美には届かなかった。

 

「そう、これから私達は肉体を捨て新たな世界へと旅に出ますの。それがどんなに素晴らしい事か分かりませんか?生きてる体なんて邪魔なだけ、まどかさんも直ぐに分かりますから」

 

狂ってる。

 

14歳の少女のまどかが純粋にそう思う程この場の空気は狂喜に満ちていた。

 

仁美の演説染みた宣言に周りの人間達も拍手をし、いよいよバケツに洗剤が注ぎ込まれ始めた。

 

もう一つの洗剤が注がれたらもう終わり。

 

(駄目・・・私も頼ってばかりじゃなくて、出来る事をって決めたから・・・!)

「離して!!」

 

仁美の制止を振り切りまどかは駆け出しバケツを持ち出すとそのままの勢いでバケツを窓へと投げつけた。勢いが付いた上に洗剤の入った重みが付加されたバケツの衝撃に老朽化した窓ガラスは耐えられず、薄氷のように砕けバケツを外へと放り出した。

これでひとまず有毒ガスによる集団心中は防げたが、未だにまどかの心臓はバクバクと鳴り響き肩を揺らして息をしていた。

 

すると、心中を邪魔された人々はその目に怒りを浮かべまどかへと迫った。あまりの出来事に泣き出しそうになりながらもまどかは必死に逃げようと辺りを見回すが既に包囲されてしまい、逃げ場など無かった。

いや、仮にこの場から動けたとしても出入り口はシャッターで閉ざされ、窓はまどかの伸長では鍵まで手が届かずどちらにせよ逃げ切れる望みなど無かった。

そして一気に詰め寄って来た一人の男性に腕を掴まれてしまった。

 

「痛っ・・・やだ、離して!!」

 

必死に抵抗するが仁美からも逃げられなかったのだ、男性から逃げられる訳も無ければ彼等に言葉が通じる訳もない。動けないまどかへと一斉に人々が迫る。

恐怖で一杯のまどかには来る苦しみを目にしたくなくて思いっきり目を瞑る事しか出来なかった。

 

「やだ!誰か・・・誰か助けて!!」

 

その時、派手にガラスが割れた音がした。

 

まどかがそれを聞いた次の瞬間鈍い音がして自分を掴んでいた男性の腕が急に離れ、それによってバランスを崩しよろけてしまうが肩を誰かに掴まれそのまま倒れる事はなかった。肩に置かれたその手は今までの力任せに握られていたものと違い、そっと支えてくれているような、そんな気遣いが感じられた。

突然の変化に戸惑いながらも恐る恐る目を開けると、そこには思いもしなかった人物がいた。

 

「よお!大丈夫か嬢ちゃん?」

 

「え!?」

 

まどかの危機に現れたのは仁美に絡んでいた先程の少年だった。

 

「あ、あなたは?」

 

「ただのヒーローさ!空は飛べないけどな」

 

ニカッと笑みを見せまどかを庇うように前に出る少年に、まどかの中では良くなかった第一印象とは違うものを感じた。

 

「一人の女の子に寄ってたかって乱暴しようたあどういう了見だ?」

 

そう言いながらファイティングポーズをとる少年にまどかはハッとなった。

 

「待って下さい!この人達操られてるだけで、ただ正気じゃないだけなんです!!」

 

「なんだって!?」

 

それを聞いた少年の動きはピタリと止まった。どうやらまどかの言葉を信じたようだ。

 

「チッ、こっちだ嬢ちゃん!」

 

少年はまどかの手を取ると包囲の薄い方へ走りだし、進路を邪魔する人を軽く突き飛ばしながら工場内の別の部屋へと繋がる扉へ向かった。無事にその扉を開け中に入り急いで鍵を掛けると、同時に扉を叩く音が連続して聞こえてきた。だがしばらくするとその音も止みまどかと少年はようやく一息ついた。

 

二人とも壁に背を預けずるずるとそのまま座り込み、改めて部屋の中を見回した。逃げ込んだのは小部屋で何故か大量に積み上げられたテレビが余計に部屋を狭く感じさせた。

 

「あの、ありがとうございました」

 

「いんや、いいって。それとこれは嬢ちゃんのだろ?」

 

その言葉と共に差し出されたのは仁美に投げ捨てられたまどかのケータイだった。

 

「それ・・・はい、そうです!」

 

「こいつが落ちてたから何かあったんじゃないかって思ってな」

 

ケータイをまどかへと手渡すと、少年は改めて彼女へと状況を訊ねた。

 

「俺はダイスケだ。それでこれは一体どういう事だ?」

 

「あ、私は鹿目まどかです。えっと・・・」

 

まどかが魔女の事をどう説明しようかと口ごもった時だった。

 

「!?」

 

ダイスケは何者かの気配を感じ視線をまどかから外して辺りを見回し始めた。しかし何も異変は見付けられない。気のせいだったのかとダイスケが気を緩めた瞬間

 

「きゃあっ!?」

 

まどかの悲鳴が聞こえ振り向くがそこに既にまどかの姿は無く、先程まで何も映していなかったテレビの山がただ不気味に光っていた。しかし状況は彼に考える間を与えない。

 

「んな!?コイツら何処から!?」

 

気が付けばダイスケの体には羽の生えた操り人形が群がっていた。彼がその人形達を振りほどこうとする前に視界が光に包まれた。

 

気が付くとそこは水の中のような無重力空間で、空間全体が青く染められていた。

 

「ダイスケさん!」

 

その言葉に振り向くと、自分より低い位置にまどかを見付けた。

 

「まどかちゃん!待ってろ、すぐ行くかんな!」

 

そうは言ったものの無重力空間では手足を動かしてもなかなか思うように進めず、端から見ればただもがいているようにしか見えなかった。

するとそんなダイスケの上方から先程の人形・使い魔が両端に人間の髪の毛が生えたようなテレビを運んできた。その存在に気付きダイスケが視線を向けるとそのテレビにツインテールの少女のような影が映る。

瞬間鳥肌が立った。

 

黒塗りされたようなその影と目が合った気がした。

 

「ダイスケさん!!」

 

再び聞こえたまどかの声にハッとしたダイスケは、自分を取り囲むテレビの存在に気が付いた。

 

「何だ?何をしようってんだ?」

 

ダイスケの疑問に答えるようにモニターに光が点くと様々な映像を映し出し、その光景はまどかにも見えた。

 

それはまるでファンタジーに出てくるようなモンスターと戦う様々な人々。その中には遠くてはっきりとは分からないがまどかもどこかで見たような姿があった。だが他のテレビが映し出す多くの映像は特撮ヒーローのような人物が息を引き取る場面や、瞳が前髪に隠された少女との楽しそうな場面と一転して激しい戦いの場面だった。

その映像を繰り返しダイスケに見せ付ける魔女の真意をまどかは計りかねていたが、ダイスケはただ呆然とその映像を見詰め一切動かなくなってしまった。

 

すると今度はまどかを囲むように複数のテレビが出現し、そこに映し出されたのは昨日のマミとのやり取りと、その後のマミの死だった。

 

「そんな・・・何であの時の?」

 

そこでまどかは理解した。ダイスケが見せられていたのは今の自分と同じものなのだと。この魔女はトラウマを見せつけまず心から崩そうとしている。

 

一方髪の生えたテレビ、この結界の魔女はダイスケを仕留めようと使い魔と共に彼に近付いてゆく。

 

『ダイスケ・・・何で?』

 

突如テレビから発せられた声にビクリと体を震わす。ダイスケにとってその声は、もう二度と聞くことの出来ないはずの声だった。

 

「チカ・・・?」

 

『チカはダイスケに助けて欲しかったのです・・・あの時も、あの時も!』

 

その声と共にテレビの映像が変わり、ダイスケとチカという少女の思い出が映し出される。そこに映っている彼女は微笑んでいるがしかし

 

『本当は叫んでた、心の中で何度も助けてって』

 

そして映像は一変して胸に穴を空けられ力尽きるチカに切り替わった。

 

『どうして気付いてくれなかったの!?どうして助けてくれなかったの!?』

 

責め立てるような叫びにダイスケは何も言い返せない。

 

『私はまたダイスケに会いたいです・・・また一緒にいたいです。だから・・・』

 

一匹の使い魔が全く動かない彼に向かって行く。

 

『死んで』

 

次の瞬間、ダイスケは腕を伸ばして無警戒に近付いたその使い魔を捕まえた。

 

「てめえ等よぉ・・・」

 

突如動き出したダイスケから発せられる声は、まどかが今までに聞いたことが無いような怒気を孕んでいた。

 

「俺にあんな物見せた上に、つまらねえ猿芝居するたあどうなるか分かってんだろうな?」

 

そう言って魔女へと顔を向けたダイスケの目は、ゴーグル越しに魔女を睨み付けていた。

その射殺すような眼光に魔女が怯んだかは定かではないが、次の瞬間ダイスケが投げ付けた使い魔を避ける事が出来ず直撃してしまい結界の底へ落下して行った。

 

するとまどか達を包んでいた浮遊感は消え去り、彼女達も落下してしまった。しかしまどかより先にダイスケが床に着地し、すぐさま動いてまどかを両手で受け止めた。

 

「大丈夫かまどかちゃん?」

 

「は、はい!ありがとうございます」

 

その言葉を聞きまどかを降ろすと、ダイスケは同じく落下した魔女へと向き直った。すると魔女は自身のモニターから大量の使い魔、それも先程までの小さな人形ではなくダイスケと同じ程の体格の使い魔を呼び出した。

 

「へっ!良いぜ、全員相手になってやんよ!」

 

そう言ってダイスケは使い魔の群れへと突っ込むと素手で次々と使い魔達を殴り飛ばしてゆく。だが殴られた使い魔はまるでダメージを受けていないかのように起き上がる。その様子に舌打ちをしながらも魔女の正面を固める使い魔達をどかしていった。

そして数が減ってきたところでダイスケは足に力を込め、一気に跳躍し魔女の目の前まで来た。

 

「まずは一撃!」

 

そして魔女を渾身の一撃で殴り飛ばした。素手での攻撃とは言え彼が放った一撃は凄まじく、魔女のモニターにヒビが入った。

 

確かに使い魔と戦い続けてもこちらが消耗するだけで、だからこそ一気に頭を潰すというのは間違いではない。だが、戦いにおいて間違いではないだけでこの場においては正解ではなかった。

 

飛び越えられた使い魔達は、ダイスケという防波堤が無くなった事によってまどかにも流れて行った。思わずあげたまどかの悲鳴によりようやくその事に気が付いたダイスケは少々頭が足りなかったと言える。

 

「おいてめえ等!相手はこの俺だぞ!?」

 

必死に叫ぶが使い魔達がそれに応じる訳も無く、とうとうまどかにその手が伸びようとした時、青い閃光が走りまどかを取り囲む使い魔が吹っ飛んだ。まどか達がその出来事に驚いている間にもその閃光はダイスケの周りの使い魔をも蹴散らす。

そして閃光が消えその場にいたのは、まどかにとって最も親しい友人だった。

 

「さやかちゃん!?」

 

そう、そこにはさやかが佇んでいた。だがその姿はまどかが知る普段着や学校の制服などではない。露出度が高いファンタジーの剣士のような姿で体全体を覆うような白いマントを羽織り、手にはサーベルを持っている。

紛れもなく魔法少女だった。

 

再び高速で動き使い魔達を次々と薙ぎ倒してゆく姿にはダイスケも舌を巻いた。そして魔女を守る使い魔がいなくなったところでさやかは一直線に魔女へと突っ込んで行った。

 

「これで、とどめだああぁ!!!」

 

その雄叫びと共に降り下ろされた一閃は魔女を真っ二つにしたのだった。


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