魔法少女まどか☆マギカ ~狩る者の新たな戦い~ 作:祇園 暁
過去も未来も、そして現在すら存在しない空間《グレイトフルセブンス》。その最新部にて少年はかつてない強敵と相対していた。
仲間たちの奮闘、そして自身も持てる力を奮い全ての形態を撃ち破り勝利を確信したその時、その敵は再び最初のクリスタルの蕾のような姿に戻り告げた。
『ムダだ・・・何度でも・・・繰り返す・・・』
何度でも・・・つまりは不死身という事だろう。
その事実を突きつけられた少年は遂に心にヒビが入る。これまでも絶望的な戦いに何度も身を投げてきたが、流石に今回ばかりは格が違った。
しかし、少年はまだ諦めた訳ではない。ヒビは入っても折れてはいない。
例え持ち前のハッキングが効かずとも、親友から譲り受けた二丁銃が悲鳴をあげはじめても、必ず勝たねばならなかった。
彼の心を繋ぐのは、決して忘れる事のない交わした約束。
『また、皆でお茶会しようね』
確かめるように目を閉じれば、大切な彼女の言葉が聞こえてくる。するとふらつきながらも少年は立ち上がり、何時もの軽い口調で何でもない事のように言った。
「OK、だったら何度でもぶっ倒してやるよ」
そう言った刹那、蕾から生えていた巨大な触手の一本が少年に襲い掛かる。立つ事すら精一杯の中絶体絶命の一撃。しかしそれは突如空間から生えた有刺鉄線の壁に阻まれる。
少年はその有刺鉄線が誰の仕業か知っていた。
「マスター!?」
振り向くとそこには地にひれ伏しながらも二枚のカードを握り締めた初老の男性が顔を上げニッと笑っていた。
しかし巨大な触手の勢いを止めるには力不足か、有刺鉄線の壁はメキメキと音を立てみるみる歪んでいく。
「十分!」
その声と共に現れた少年の幼馴染みは少女の身の丈には合わない長刀を振るい一閃、触手を両断した。
「サトリ!!」
少年に名前を呼ばれた少女も、先程マスターと呼ばれた男性と同じくボロボロでありながら不敵な笑みを返す。
更に続く轟音、砲撃と魔法が次々と蕾に撃ち込まれる。
振り向けば満身創痍のはずの仲間たちが次々と立ち上がり戦線に復帰してゆく。
その光景をどこからか見ていた声は思い出したかのように少年に呟いた。
『そうだ・・・そうだったな、テメエらは』
「ああ、俺達は」
「「「ドラゴンを狩る者だ!!!」」」
全員の意思が一つになった時、少年の手に竜殺の力が宿った剣が顕現した。
「「「『アキオ!!!』」」」
名前を呼ばれた少年はその必殺の竜殺剣を、全ての因縁を断ち切るためクリスタルの蕾《VFD》目掛け投擲した。
「こいつで・・・おしまいだ!!!」
持てる力の全てを掛けた一撃。
それは見事VFDを貫き、グレイトフルセブンスを光で包んだ。
「・・・ぉ・・・アキオ・・・!」
アキオが気が付くとそこは光の世界とも言うべきか、眩しくはないが確かに光に包まれている神秘的な空間だった。そんな中アキオの前には一人の、というべきか、黒いハットを被った耳の長い兎の縫いぐるみのような人物がいた。
「ようやく目が覚めやがったか。たく、最後の最後まで締まらねぇ奴だなテメエは」
呆れながらも安心したような口調で言う縫いぐるみ・・・のような何か。
それに対しアキオは頭を掻きながら「まあな」と軽く返しながらこれから行う事について訊ねた。
「それで、こっからどうすりゃいいんだ?ナガミミ」
「今の宇宙は何もないまっさらな空・・・テメエが願えばそれを受け入れるだろう」
「つまりはナガミミが可愛いおにゃのこな世界も有りな訳か・・・」
「有りな訳ねえだろ!!」
「ははっ、冗談冗談!」
という割には先程の台詞を真剣な表情で呟いたアキオに縫いぐるみもとい、ナガミミはぴょんぴょんと跳ねながら反対の意を示した。が、すぐにため息を吐くと静かになり真剣な声色で本来の話を進める。
「さあ、テメエの願う世界はどんな世界だ?」
その問にアキオは答える代わりに願う。
竜によって、もしくはその副産物によって理不尽に運命を歪められる者のいない、かつて自分達がいた平穏な世界にもう一度戻りたいと。
そして、彼女と約束したようにまた皆で・・・
そこまでだった。
「な、何だ!?」
突然のナガミミの声にアキオの思考は中断され、その事態に気がついた。
アキオ達の視線の先にあるのはこの光の世界の中においても中が全く見えない黒い渦。大きさもなかなかにありちょうどアキオぐらいなら飲み込まれてしまいそうだ。
「何だよ、あれは?」
「俺様が知るわきゃねえだろ!!」
二人がその存在に驚いている間にもその渦は段々と大きくなり、その事に気がついた時には手遅れだった。
「マジか!?飲み込まれる!」
「おいアキオ!!って嘘だろ、俺様もかよ!?」
最初は何も感じていなかったはずが今では抵抗出来ない程の吸引力で渦はアキオとナガミミを飲み込んだ。
「「うわあああああ!!?」」
(クソっ、ミオ・・・)
そこで二人の意識は途絶えた。
そしてこの光の空間に未だ佇む渦を見つめる人物が一人いた。
「狩る者が竜の存在を否定した故に生まれた矛盾という名のヒビ・・・そこからこの空間に干渉してきたか。だが例えその抜け道があったとしても異世界であるここを巻き込むとはどれ程の因果か?」
黒のローブで全身を覆った仮面の人物は、一人思案すると自らその渦へと歩を進めた。
「・・・ぉ・・・アキオ!」
(あれ・・・何だこれ・・・デジャヴ・・・?)
意識はあるが気を抜けばまた深い闇に沈みそうな微睡み。もう少しだけ眠っていたいというその睡魔の囁きを聞きながらもアキオは自分を呼ぶ声に意識を向けてみる。
「ねえ起きて!お願いアキオ!」
「!?」
するとその声は冷水のように一気にアキオの意識を呼び覚ました。むしろどうして気が付かなかったのだろうかと自分の鈍感さを怨みながらも、持てる力を全て集め思いっきり起き上がった。
そこにはアキオの思っていた通りの人物が、少し驚いたような表情をしながらも彼の隣に寄り添うように座っていた。
最初こそアキオの勢いに驚いていたが、直ぐに表情を崩し瞳を涙で潤ませながらくしゃくしゃの笑顔でアキオに抱きついた。
「アキオー!よかった・・・良かったよう!!」
「み・・・ミオ?本当に・・・?」
戸惑いながらも受け止め、抱き締める。するとその確かに感じる温もりと彼女の華奢な身体の重みが、匂いが、感触が夢でも嘘でも無い、実体を持った本物だというのを教えてくれる。
それは彼が守りたかったもの、必ず取り戻すと誓ったものが今確かに腕の中にあるのだ。
「ははっ・・・ただいま、ミオ」
「うん・・・お帰り、アキオ!」
しかし感動の再会ではあるのだが、このお互いに抱き合っているという状況に今更気が付いたミオはみるみる顔を赤くさせてゆっくりと身体を離す。
14歳の少女なら憧れるような感動のシチュエーションだったのだが、どうやらミオにとってはまだ恥ずかしさを感じてしまうようだ。
そんなミオを見ながらアキオも良いものを見たと言わんばかりにニコニコと微笑ましそうな笑顔を浮かべている。
「そ、それで、いったい何があったの?」
気を反らそうと出たミオの言葉だが、実際アキオもそれが気になっていた。
今自分達がいるのは土手の草原の上、辺りは暗く夜のようだが見渡せば近代的な建物が建っており、文明がある世界でここが街中だというのが分かる。
「世界の再構築とやらが上手くいったのか?」
そう、アキオの世界はドラゴンの襲来によって最終的には地球上のほぼ全ての人類が滅んでしまった。目の前のミオを含めて。
だからこそ世界を救うため第7真竜になる資格を持ったアキオが全てのエントロピーを受け入れ、地球上の何もかもと統合しドラゴンの存在しない世界へと改変を行おうとしたのだ。
そしてグレイトフルセブンスにてアキオと統合し第7真竜として産まれようとしたVFDを打ち破り、ナガミミと共に改変を行おうとして渦に巻き込まれ今に至る。
ここまで思い出したアキオは改変が上手くいったとは信じられなかった。
するとその疑問に思わぬ人物が答えた。
「そう都合よくはいかなかったみたいだぜ」
アキオとミオが声のした方に顔を向けるとそこには
「・・・誰?」
そのミオの言葉に声の主、ゴスロリ衣装を着た金髪少女は見事にズッコケた。しかし実際にミオはこの突然現れた少女に見覚えは無い。
一方のアキオはというと
「君可愛いね!」
などと平常運転である。しかしこの言葉が少女の正体を明かす事になる。
「な、何言ってんだドスケベ!だいたい、こんな姿になっちまったのは全部テメエのせいなんだからな!」
「え、ひょっとしてナガミミちゃん?」
「うっ・・・」
ミオに名前を呼ばれバツの悪そうに言葉を詰まらせる少女。その反応が彼女がナガミミで合っている証拠だろう。
今の姿が慣れないのか少し頬を赤く染めながらもこほんと軽く咳払いをし、ナガミミは口を開いた。
「どうやら改変に関しては中途半端、というよりごく一部だけ成功したようだな。俺様がこんな姿だったり、そこの小娘が生きてる事がその証拠だ。多分あの渦に飲み込まれる前にある程度の世界への願いは固まってたんだろ?」
「確かに思い返してみれば、渦の出現で中断されたがその前にミオとまた逢いたいって思ったな。あと可愛いナガミミの事も」
言葉の途中だがアキオは息を飲んだ。見ればミオがジト目で睨んできている。
この先は言わないでおいた方がいいと判断したアキオは黙ってナガミミへと視線をやり説明の先を促した。
ナガミミは呆れたようにため息を吐きながら続きを口にした。
「だがここは改変された新しい世界じゃなさそうなんだよ」
「どういう事だ?」
「先に聞いておくがテメエは間違っても過去に行きたいとか、2010年辺りで人生謳歌したいとか思ったりしてねえよな?」
「はあ?なんでそんな中途半端な、俺はただ竜が存在しない世界を願っただけだぜ」
それを聞いたナガミミは「だよな」と洩らし続けた。
「なら俺様達は改変された2100年で再び時を進めるはずだ。だがな」
ここで一旦言葉を止めるナガミミ。その表情はもう分かるだろ?と言っているようだった。
そしてアキオも先程の前振りを聞いてしまえばだいたいの予想が既に頭の中に浮かんでいた。
「ここは2011年の見滝原、俺様達のいた年でもなければ元の世界に存在しなかった街だ」
「過去の世界、か。それは分かったが存在しなかったって?」
「俺様はアリーに拾われてから竜災害の起こった前後、2000から2050年代の日本について隅々まで調べたがこんな近未来的な街は名前も何も無かったぜ」
「そんな事いちいち覚えてんのかよ」
言った後でアキオは思い出した、このナガミミは地球外生命体なのだということを。
全てが統合されたグレイトフルセブンスにおいて「お前なんかに統合されてたまるか」という理由で統合されなかったのだ、人間より優れた記憶力を持っていても不思議ではない。
「それで、つまりは?」
「そいつはだな・・・」
「ここは汝らの居るべき世界とはまた別、言うなれば異世界というものだ」
如として放たれた三人以外の声。
「あ、あんたは・・・!!」
それは人間化したナガミミ以上に、アキオ達にとっては意外な人物だった。