「公由さん!」
悟史から事情を聴いた俺は、話を聞いてくれるであろう人のところ、つまり公由さんのところにやってきた。
公由さんは普段から悟史と沙都子のことを可愛がっている。きっと力になってくれるはずだ。
「ん?灯火君じゃないか。こんな時間にどうしたんだい?」
「・・・・実は」
俺は二人の事情を説明する。
話を聞いた公由さんは悟史達を悲しそうな表情を浮かべながら頭を撫でる。
「・・・・可哀想に。話はわかった、今日はうちでゆっくりしていきなさい」
「・・・・ありがとうございます」
「・・・・」
お礼をいう悟史の顔は暗く、沙都子は黙ったままだ。
とりあえずこれで二人が野宿する心配はなくなったけど、問題の解決にはなっていない。
「俺も泊まる」
「え?」
「俺も泊まるよ。公由さんいい?」
「構わんよ。親にはちゃんと言うんだよ」
「わかった。電話借りるね」
流石にこんな状態の二人を放っておいて帰れるか。
悟史達の母親も母親だ、まだ子供の二人を追い出すとか親がすることかよ!
今日は一緒に泊まって出来る限り二人の気分を和らげてやりたい。
◇
「あ。礼奈か?」
「お兄ちゃん?どうしたの?」
「今日だけど、公由さんのところに泊まるから父さんと母さんに伝えてくれ」
突然のお泊りでうちの親も反対するかもしれないが、今回ばかりは反対されようとそのまま泊まる。
「え?お兄ちゃん1人?」
「え?いや、悟史と沙都子も一緒だ」
「え!ずるい!だったら礼奈もいく!」
電話の先で頬を膨らませている礼奈が目に浮かぶ。
まぁ、俺たちがお泊りするなんて聞いたらそりゃそうなるか。
二人も俺だけじゃなくて礼奈がいたほうが嬉しいだろう。
「・・・・わかったよ。悟史と沙都子が落ち込んでるから励ましてやってくれ」
「どういうこと?」
「実はな」
俺は先ほど二人から聞いた話を礼奈にする。
あまり話していいことではないが、今日ここにくるなら礼奈も知っておいたほうがいい。
「そんな・・・・」
「悟史と沙都子はかなり辛い状況だ。それでも来るか?」
「当たり前だよ!すぐ行くから待ってて!」
そう言ってこちらの返答を待たずに電話を切る礼奈。
これは走ってくるな、寝間着とかを持ってきてもらおうと思ったが無理そうだ。
「すいません公由おじいちゃん。もう1人追加です」
「はっはっは!構わんよ」
マジで公由さんいい人だな。
子供が四人泊まるなんて結構面倒だと思うけど
せめて布団とか寝る準備は自分たちでしよう。
公由さんに布団の場所を聞いて自分たちの分を敷いていく。
そして寝る準備をしていると公由さんの家の扉が勢いよく開く。
「こんばんわー!!」
「はや!?」
玄関の方を見ると息を切らした礼奈がいた。
どんだけぶっ飛ばしてきたんだ!
「悟史君と沙都子ちゃんは!?」
「・・・・奥にいるよ」
俺がそう言うと礼奈は悟史と沙都子のところに走っていた。
おいおい、いきなり会って何をいうつもりだあいつ。
「礼奈ちゃんは相変わらず元気だねぇ」
礼奈の行動力を見て苦笑いをする公由さん。
「自慢の妹です」
公由さんの苦笑いに俺は笑顔で返した。
◇
「あれ?礼奈と沙都子は?」
「え?礼奈にお風呂に連れて行かれたよ?」
「なに!?」
礼奈と沙都子がお風呂に!?
あの可愛いものに目がない礼奈が沙都子とお風呂に入ったりなんかしたら。
「はうー!沙都子ちゃん!かぁいいよう!お持ち帰りー!!」
「ちょ!礼奈さん!?どこ触って」
「はう!はう!はうぅ!!」
「あ!ちゃ、いや」
「「・・・・」」
お風呂から漏れた声で黙る俺と悟史。
うちの変態は沙都子に何をやらかしてやがる。
今すぐ突撃して止めてやりたいが、男である俺たちにはどうしようもない。
「・・・・ごめん。俺の妹が変態で」
「いや。気づかなかった僕も悪いよ」
とりあえず2人で沙都子に合掌をした。
それからしばらく沙都子の悲鳴が風呂場から聞こえ続けた。
◇
「はぁ・・・・死ぬかと思いましたわ」
「えへへ。ごめんね沙都子ちゃん」
お風呂からぜぇぜぇ言ってる沙都子とさっきより肌がツヤツヤになってる礼奈が出てきた。
次から礼奈が誰かと一緒にお風呂に行くときは事前にそいつに忠告しておこう。
「礼奈、やめろとは言わん。でも少し我慢を覚えろ」
「その通りですわ!」
俺の言葉に沙都子も激しく同意する。
「はうー沙都子ちゃんの裸が可愛くてついー」
「見境なしだな」
将来捕まらないよな?さすがに妹が少女拉致で捕まるなんて嫌だぞ?
でも礼奈のおかげで沙都子が元気になった。
悟史もそのことに気づいて苦笑いをしている。
そういう意味ではよくやったと褒めてやるか。
「はう?どうしたのお兄ちゃん?」
「気にすんな」
礼奈の頭を撫でる。
礼奈は不思議そうな顔をしていたが気持ちよさそうに目を細めてされるがままになった。
「灯火。僕らもお風呂に入ろうよ」
「そうだな」
「あ、じゃあ礼奈ももう一回入ろっかな」
「お前は沙都子で遊んでろ」
「灯火さん?沙都子『と』ではなくて?」
沙都子の言葉を無視してお風呂に入る。
今くらいの年齢なら別にみんなで一緒に入っても気にしないだろうが、それでも悟史に妹の肌を見せてやるつもりはない!
なお外では沙都子の悲鳴が聞こえたが気にしない。
◇
お風呂から出ると準備途中だったはずの布団が敷かれていた。
公由さんが敷いてくれたみたいだ。
布団の上では礼奈と沙都子が楽しそうに話している。
お泊まり会でもしている気分なのだろう。
「布団は足りてるかい?」
俺たちが布団の上で話していると公由さんが現れた。
村の村長の家だけあって部屋がかなり広い、子供四人が寝るには十分すぎる。
「足りてます。本当にありがとうございます」
「ありがとうございますですわ」
悟史と沙都子が公由さんに向かって頭をさげる。
もちろん俺と礼奈もだ。
公由さんと仲良くなっておいて本当に良かった。
「構わんよ。わし一人で寂しいからの。むしろ嬉しいよ」
公由さんは頭を下げた俺たちに笑って答える。
確かに前に、他の家族とは離れて暮らしてるって言ってたな。
こんな広い家に一人だと確かに寂しいだろう。
「公由さん・・・・お願いがあります」
「ん?なんだい?悟史君」
頭を下げていた悟史はそのまま真剣な表情で公由さんに話を持ち出す。
俺はそんな悟史を黙ったまま見つめる。
「・・・・僕と沙都子をここにおいてください!」
そう言って布団の上に頭がつきそうなほど深く頭を下げる。
そんな悟史の突然の行動に公由さんは固まる。
「さ、悟史君!?」
「にーにー!?」
公由さんを含む全員が悟史の突然の行動に驚いている。
そんな中、俺だけが何も言わず成り行きを見守る。
俺は悟史がこうすることを知っていた。
風呂に二人で入った時に、ここに住まわせてもらうように頼んでみると悟史が言い出したのだ。
焦る公由さんに悟史は血を吐くかのように言葉を吐き出した。
「家に帰っても母さんにとって僕たちは邪魔なだけです!また新しい父さんができても仲良くできる自信はないです!だからここに置いてください!家事は全てやります!手伝えることは全てします。だから、お願いします!」
悟史の言葉には強烈な現実味と重みがあった。
この言葉が今、悟史が抱えている気持ちの全てなのだろう。
「・・・・悟史君」
公由さんは頭を下げ続ける悟史を辛そうに見ながらも肩に手を置いてゆっくりと話し出す。。
「親にそんなことを言ってはいけないよ。お母さんも君たちが必要ないなんてことは絶対にないんだからね」
「・・・・」
悟史は俯いたままゆっくり顔を上げる。
「今日はゆっくり眠りなさい。それで明日、わしと一緒にお母さんのところに行こう」
「・・・・はい」
公由さんの言葉に悟史は俯きながら同意する。
・・・・残念だが、悟史の頼みは失敗した。
「辛いことがあったらいつでもうちに来なさい。悟史君と沙都子ちゃんなら大歓迎だ。今日みたいに泊まるぐらいならいくらでも泊まっていいからね」
「・・・・ありがとうございます」
「・・・・悟史」
お前はよくやった。
これは原作に強く影響するはずだ。お前は自分で運命を変えたんだ。
お前は気づいてないかもしれないが、すごいことをお前はしたんだ。
「それじゃあ、おやすみ」
最後に公由さんは俺たちの頭を撫でて部屋を出て行った。
後に残された俺たちの間に沈黙が続く。
「にーにー」
沙都子が心配そうに悟史を見る。
「・・・・かっこ悪いとこ見せちゃったね」
沙都子の心配に苦笑いで返す悟史。
それに対して沙都子は抱き着いて自分の気持ちを兄に伝える。
「そんなことはありませんわ!にーにーは世界で一番かっこいいですわ!」
「だな」
俺も笑顔でそれに同意する。
俯く必要なんてない、もっと自信をもっていい。
「最高にかっこよかったぜ悟史」
「灯火・・・・ありがとう」
頬を赤く染めて照れる悟史。
「よっしゃー!今日はオールじゃー!!」
「それはダメかな?かな?」
「ゲフ!?」
礼奈の腹パンで布団に沈められる。
本日二度目の鳩尾だ。
なんなの?君ら鳩尾が好きなの?
「そうだね。疲れたしもう寝ようか?」
「ですわね」
どうやらもう寝る雰囲気のようだ。
まぁ俺も園崎家のくだりでだいぶ疲れているので反論はない。
「「「「おやすみー」」」」
明かりを消して布団に入る。疲れから俺の意識は一瞬で夢の世界に持って行かれた。
次の日。悟史と沙都子は公由おじいちゃんに連れられて家に帰った。
俺たちも家に帰ったのでどうなったかはわからないが、これが原作どう影響していくのかそれだけが気になる。
俺たちがここを離れるのはそう遠くない。
それまでできることをしておこう。