「‥‥‥え‥?」
突然の梨花ちゃんの言葉で心臓が1回大きく跳ねる。
俺はこの村に来てから1度でも東京から来たなんていっただろうか?
「赤坂は今すぐ東京に帰るべき、いや‥‥帰らないとダメなの。じゃないと‥‥絶対に後悔することになる」
梨花ちゃんは辛そうに‥‥でも俺の目をまっすぐに見たまま言葉を続ける。
「どうして‥‥俺が後悔することになるんだ?」
「‥‥それは‥」
梨花ちゃんは何かを迷うように視線を左右に彷徨わせた後、覚悟を決めたようにこちらにぐっと向き直り、何かを呟こうとした時
「やっと見つけた」
俺たちの後ろから少年の声が届いた。
振り返ると沙都子ちゃんと同じ綺麗な金髪の少年が階段を上ってきている姿があった。
「悟史‥‥!このタイミングで来るなんて‥‥」
少年の方を見て、大きなミスでもしたかのように悔しそうな表情を見せる梨花ちゃん。
「沙都子から聞いたよ。ダメじゃないか、こんな遅くまでうろついてちゃ」
「‥‥みぃ‥‥ごめんなさいなのです悟史」
「次からは気をつけてね?それと初めまして。あなたが沙都子がいってた赤坂さんですか?」
「あ、ああ‥‥」
梨花ちゃんを優しく叱りつけた少年はこちらに向き直りゆっくりと頭を下げてきた。
「今日は梨花がお世話になったみたいで、ありがとうございます」
「え!?あ、いやこっちも助かったから気にしないでくれ」
さっきまでの妙に重い雰囲気から急に元の雰囲気に戻り戸惑ってしまう。
「あはは‥‥とりあえず今日はもう暗くなるし雨もきそうなので降りましょう」
そう言って階段を降りて神社の方へと戻る少年。梨花ちゃんもそのあとを追うように俺の横を通り過ぎて階段を下る。
「っ!梨花ちゃん!」
階段を降りる梨花ちゃんの後ろ姿を見て呼び止めてしまう。
聞きたいことが山ほどある。さっきの言葉だって頭から離れない。
君は一体なにを知っているというんだ。
「‥‥僕が言えるのはさっきの言葉だけなのです。あとのことは灯火に聞くといいのですよ」
梨花ちゃんは一瞬こちらに視線を送った後、小さくそう呟いて階段を降りていった。
胸に残ったこのもやもやした不安は、ホテルに帰って痛いくらい冷えたビールを飲んで無理やり胸の中を清めるまで、取れることはなかった。
「───以上で報告は終わりです。はい、失礼します」
ホテルに取り付けられた受話器を置き、椅子に持たれながら息を吐く。
今日も定時報告を終えて改めて今回のことを振り返る。
途中までは順調だった。
任務のことを忘れてしまうほど美しい景色を見て、村長などの重要人物とも接触できた。成果は上々のはずだ。
最後の出来事さえなければ。
「一体なんなんだ‥‥」
梨花ちゃんの突然の東京に帰ってという言葉。
なぜ自分が東京から来たかについては、話し方やイメージで想像できるかもしれない。
だが、その後の言葉は理解できない。
東京に帰らないと後悔するという言葉はあまりにも不吉すぎる。
理由を聞こうにもあれから梨花ちゃんが口を開くことはなかった。
「‥‥竜宮灯火」
梨花ちゃんが去り際に呟いた名前。
「またお前なのか‥‥」
昨日から何回もこの名前を耳にしている。竜宮灯火という人物なら梨花ちゃんの言葉が何を意味しているのかを知っているというのだろうか?
どっちにしろ園崎家とも大きく関わりがあるというのだから接触する必要はある。
「‥‥風呂に入ってすっきりするか」
いやな気持ちを払拭しようと椅子から立ち上がり服を脱ごうとした時、先ほど通話を終えたばかりの受話器から呼び出しのベルがなった。
「はい」
「あ、赤坂さん?どーもどーも大石です。昨日言った情報屋の件について目処が立ちましたよ」
どうやら一息つくのはまだ早いみたいだ。
「赤坂さん、こっちこっち!ちょっと迷いましたか?北口からの方が遠回りだけどわかりやすかったですね」
「いえ、遅れてすいませんでした」
集合場所に到着するとすでに大石さんと大石さんと同年代ぐらいの男が待っていた。
「夕食はもう食べちゃいましたか?」
「ええ、済ませてあります」
「んじゃあ、酒の飲めるお店に行きましょうか。洋食、和食、女の子のいる店といない店どっちがいいですかね?むっふっふっふ!」
「お構いなく、勤務中は飲みませんので」
それを聞き、大石さんの連れの男が仰け反るように大笑いしながら大石さんの肩をバンバン叩く。
「ね?初々しい人でしょう?その分、サービスしてあげて下さいよ」
大石さんが連れてきた男は見るからに地味な色の服に帽子を目深に被った見るからに怪しい風貌の男だった。
この人が大石さんが言っていた情報屋に違いない。
情報屋の男はどうせ偽名だろうが佐藤と名乗り、繁華街の裏道へ裏道へと進んでいく。
あれだけ賑やかだった繁華街からほんの数本道を違えただけでこれだけ寂しい裏通りになるのだから、夜の道というのは分からない。
そのまま歩いていると寂れた営業しているのかさえ分からないような小さな家の前にたどり着いた。
「安心してください。怪しい店じゃありませんよ。んっふっふっふ!」
「信憑性ゼロです‥‥」
扉を開くとそこは標準的な雀荘だった。
警戒していたほどの不審なお店ではなくて安心する。
「お!大石さんいらっしゃい!こっち入ります?すぐ空きますよー」
「いえいえ、今日はセットだからいいです。さて、お待たせしましたねぇ」
麻雀は4人でやるものだ。どうやら面子の1人として先にこの店で待っていたらしい初老の男が腰をあげる。
「遅いぞ蔵人。俺ぁもう帰ろうと思ってたんだからなぁ!」
「いや〜すいませんねぇー今日は新人の彼を案内していたもので」
「ん?誰だい?その兄ちゃんは?」
「彼は赤坂さん。東京からはるばる出張されてきた、将来有望の新人さんです」
「ふぅん‥‥兄ちゃん、麻雀はできるのか?」
「まぁ‥‥学生時代に‥そこそこ」
それを聞いて情報屋と初老の男がニヤァと笑みを浮かべる。人をカモにしようという魂胆が見え見えである。
「‥‥私は仕事の都合があるので長居はできないのですが」
「じゃあ兄ちゃんが勝てばいいじゃねぇか!お前が勝ったらその金でこの雀荘の支払いをして、蔵人に仕事の話でも何でもすればいい」
勝っても負けても俺に金を払わす気だこの人たち。
このまま舐められたままでは仕事に影響がでるな‥‥
少し‥‥少しだけ彼らに格の違いというものを見せてやろう。そうすれば彼らもすぐに仕事の話に移ってくれるはずだ。
そう、これは仕事のためなのだ。
決してやりたいわけではない‥‥だから雪絵も許してくれるはずだ。
「‥‥兄ちゃん、たいぶ慣らしとるなぁ」
「いえいえ、そんなことは‥‥それです、ロン。トイトイ、ドラ3。俺が親ですから少し高いですよ」
「ぐわ!」
「んっふっふっふ!赤坂さんやりますねぇ。これは我々も本気を出さないといけませんねぇ!」
「‥‥ヌルいですね。マンズの二五八が笑ってませんか?」
「‥‥あなた、本当にさっきまでの赤坂さん?何だか素敵な凄みが‥‥」
「でた!ロンだ!タンヤオ、ドラ1!」
「すいません。頭ッパネです、ロンピンフ」
「‥‥まじでか!」
「‥‥俺をカモって今晩はいいお酒を飲むおつもりだったんでしょうが。どうやらアテが外れましたね。ロン。タンピン三色赤1ドラ1」
「うおぉぉ!張ってやがった!」
「おい蔵人!話が違うぞ!初々しいカモがネギ背負ってきたって言ったのは誰だ!」
「んっふっふっふ‥‥誰でしょうねぇ‥」
雰囲気が激変した彼を見て、今夜大石は彼をここに呼んだことを後悔することになった。
「‥‥蔵人!このタコ!お前、どこからこんなヤクザの代打ちみたいの引張ってきたんだ!もうやめやめ!兄ちゃんの勝ち!」
「んっふっふっふ!私もびっくりですよ」
「なっはっはっは!赤坂さんあんた、打つと性格変わるねぇ」
「ありがとうございます」
3人の降参を合図に麻雀を終了する。彼らの財布を空にするまでやるつもりだったのに残念だ。
「はぁー今日はついてねぇな!明日も早いし帰ってさっさと寝るか」
「お仕事は何をされてるんですか?」
「んぁ?輿宮で土木をやってるよ」
「少し前までは雛見沢ダムの監督さんだったんですがねぇ。んっふっふっふ!」
「え!?そうなんですか?」
まさかこんなところでダムの関係者と会えるとは、でも‥‥少し前まで?
「少し前までということは‥‥やめられたんですか?」
「やめたんじゃねぇ。やめさせられたんだ」
俺の質問に頭を手でかきながら答える。
「灯火の野郎!!今度会ったらあの石頭にたんこぶができるまで拳骨を食らわせてやる!」
「っ!!」
聞き覚えのある名前に呼吸がとまる。
「まぁまぁ。その灯火君のおかげでダムの監督から安全な場所での仕事に移れたんでしょう?」
「だとしてもだ!あの野郎、他にも作業してるやつならいっぱいいやがったのに迷うことなくピンポイントで俺を狙ってきやがったぞ!どう考えても嫌がらせだろ!」
「んっふっふっふ!あれは見事なフルスイングでしたねぇ」
「お前も見てたなら止めろよ!?」
「いや〜まさか彼があんな行動に出るとは思わず」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
2人の会話を慌てて止める。灯火という人物についての会話だ。絶対に聞き逃すわけにはいかない。
「えっと、その灯火という人物があなたに何かしたんですか?」
「おう!聞いてくれ兄ちゃん!雛見沢に灯火っていう悪ガキがいるんだが、ある日ダム現場で作業をしていた俺の前にバットを持ってやってきたかと思えば、いきなり俺の右腕にバットをフルスイングしやがった!それで俺の右腕はボッキリだよ!」
「うわぁ‥‥」
「ボッキリ折れた次の日にはここで私と麻雀をしてましたがね。現場監督解任祝いだとか言って。ていうかあの時、折れた右腕を普通に使ってませんでした?」
一気に同情する気が失せた。
彼はしばらく愚痴を吐き続けるとスッキリしたのか大人しく立ち去っていった。
「じゃ、行きましょう。サトさん、後は任せますね」
「大石さんは帰るんですか?」
「私が一緒でもお邪魔しちゃうだけでしょ?それにサトさんの仕事を買ったのはあなたなんですから、私が聞くわけにはいかないでしょう」
大石さんはそう言ってこちらに手を振りながら店を出ていった。
意外と律儀なんだな。大雑把と思っていた大石さんの言葉に、イメージを改める。
「じゃあ赤坂くん。行こうか」
佐藤さんの言葉に同意して俺たちも外に出る。
すぐ近くに止めてあった車に乗り、狭い路地に入り、何度も左折を繰り返す。左折法と呼ばれる尾行確認だ。
「詳しいな。赤坂くんはやっぱり警察関係かい?大石の旦那から何も聞いてないが」
「あまり答えたくない質問ですね」
「そうか、じゃあ構わないさ。さっさと本題にいこう。旦那から雛見沢については多少は聞いてるだろう?」
「聞いています。教えてください、犬飼大臣の孫の誘拐事件に鬼ケ淵死守同盟が関与しているか否かを」
俺がそう言うと佐藤さんはもう1度バックミラーを見て、不審車が追ってきていないかを確認してからゆっくりと口を開いた。
それから語られたのは昨夜、園崎本家で行われた会議の内容だった。