「・・・・おはよう梨花ちゃん」
「みぃ。灯火。おはようなのです」
いつもように梨花ちゃんは笑顔で俺を迎えてくれるが俺はその笑顔に応えることはできない。
これから話す内容を思うとチャックでもされたかのように口を開くことが出来なくなる。
「灯火元気ないのです。元気出してほしいのです」
「・・・・今日は大事な話があるんだ」
「みぃ?大事な話なのですか?」
可愛らしく首を傾げる梨花ちゃんに開いた口が閉じそうになる。
しかし、なんとか力を振り絞って言葉を吐き出す。
「・・・・俺と礼奈はもうすぐ雛見沢から引っ越す」
「・・・・」
「・・・・言い訳にしかならないが親の仕事の都合なんだ。急にこんなことを伝えてしまって本当にごめん。せっかく友達になれたのに」
梨花ちゃんの顔を見るのが辛くなり頭を落とす。
俺の言葉で涙を浮かべる梨花ちゃんが簡単に想像できてしまう。
そしてそれは間違いなく訪れる未来になる。
その時、俺には何もできずに梨花ちゃんの両親に任せるしかない。
「頭を上げてくださいなのです灯火」
梨花ちゃんの言葉に従い顔を上げる。
俺の予想とは違い、梨花ちゃんの目には涙はない。
いや涙どころか今まで見たことないほど真剣な表情を浮かべている。
「僕も灯火に大事な話があるのです」
「大事な話?」
「はい。信じられない話かもですけど聞いてほしいのです」
いつにもなく真剣な梨花ちゃん。
一体梨花ちゃんに何があった?
今の梨花ちゃんからは年相応に笑って泣いていた梨花ちゃんの面影がまるで見えない。
まるで一気に精神だけ大人になってしまったかのようだ。
「・・・・まさか」
「灯火?」
そうとしか考えられない。
今の梨花ちゃんの状況を説明できることなんてたったの一つだけだ。
「梨花ちゃん。大事な話の前に1つクイズをしていいかな?」
「みぃ?クイズですか?」
「そうクイズ」
「・・・・いいのですよ」
頷いた梨花ちゃんに俺はクイズを出すために口を開く。
聞くことは簡単だ、俺の知る梨花ちゃんならこれだけで気付く。
「ありがとう。じゃあ問題だ。俺の妹の名前はなんだ?」
「・・・・礼奈なのです」
「本当に?」
「みぃ?どういう意味なのですか?」
「レナ」
「っ!!?」
俺の言葉に梨花ちゃんが目を見開いて硬直する。
その反応を見て、俺の想像が正しいことを確信する。
初めて梨花ちゃんに会った時、年のままの子供の梨花ちゃんを見て、もしかしたらこの世界は一回目のまだループが始まっていない最初のカケラなのかと思った。
でも違った。梨花ちゃんは今このカケラにやってきたんだ。
死の運命を避けられず、ずっと同じ昭和の雛見沢で繰り返した梨花ちゃん、原作における主人公。
その梨花ちゃんが今俺の目の前にいる。
「こっちのほうがしっくりくるんじゃない?」
「・・・・あなた」
「俺は礼奈をレナにする気は絶対にない。梨花ちゃんには悪いが慣れてもらうしかないな」
「・・・・あなたは一体」
「・・・・梨花ちゃん。大事な話をしようか」
◇
「・・・・じゃああなたは私が見た全ての記憶を知っているというの?」
信じられないというのは本音。
だってそんなことがあり得るの?
灯火が私の記憶を持っているなんて。
圭一たちが他のカケラの記憶を断片的に思い出すことは稀にだけどあった。
でも断片的どころかはっきりと、そして自分のではなく私の記憶を持っているなんてことが起こりえるの?
「全部じゃない。俺が知っているのは梨花ちゃんの記憶のほんの一部だ。でも重要なポイントはしっかり知っている。例えば」
灯火はそこで言葉を区切り。
「もうすぐ雛見沢にダム建設の話が持ち上がる」
「・・・・」
「でもそれは重要じゃない。ダム建設は失敗するからな。問題はその後の」
「「バラバラ殺人事件」」
私と灯火の声が重なる。
灯火は自身が私の記憶を持っていることを証明するかのようにこれから起こる未来を語る。
「これが悲劇の始まりだ。それから毎年誰かが死ぬ。最初に死ぬのはさっき言った現場監督。次は」
「昭和55年 沙都子の両親が突き落とされて殺される」
灯火の言葉を私が引き継ぐ。
「・・・・昭和56年 梨花ちゃんの両親が殺される」
灯火は歯を食いしばりながら嫌そうに口を開く。
灯火は私の両親と関りが深いのかしら。
灯火の言葉を引き継ぎながらそんなことを考える。
「昭和57 沙都子の意地悪叔母が頭をかち割られて殺される」
「そして」
「「昭和58 古手梨花が殺される」」
そう、私は昭和58年の綿流しの日。あるいはその数日後に必ず殺されている。
「灯火は私を殺している相手を知っているの!?」
もしかしたらっという望みをかけて灯火に聞く。
もし灯火がその正体を知っているならこの運命の袋小路から抜け出せるかもしれない!
しかし、私のそんな望みに対して灯火が首を振る。
「・・・・悪い。俺は梨花ちゃんが知り得る情報以上のことは知らない」
灯火は申し訳なさそうに頭を下げる。
それに対して私は小さくな声と共に頷くしか出来ない。
「・・・・そう」
当然のことだ。灯火はなぜかわからないが私の記憶を持っているが、所詮私の記憶だ。私が知らないことを灯火が知るはずもない。
でも少しだけ、期待してしまった。
この運命から逃れられるかもしれないってそう思ってしまった。
「そう落ち込むな梨花ちゃん」
灯火は私の頭に手を置き、優しく撫でる。
そして優しい表情で彼は私に言葉を伝える。
「ここは今までの梨花ちゃんが知る世界とは違うだろう?」
「・・・・そうね、そうよね。この世界は他のカケラとは全然違うわ」
灯火に言われて声が漏れる。
そうだった。この世界は他の世界とは大きく違う。
沙都子たちとは今の時点で知り合いになってるし、悟史と沙都子は村の人たちから可愛いがられている。
この時点で未来は大きく変わるだろう。
そしてその理由は灯火がこの世界にいるから。
「最初に言っとく。梨花ちゃんの両親は必ず救う」
「え・・・・」
灯火の口から予想外の言葉が出る。
なんで、私の両親を救うなんてことは。
「梨花ちゃんの両親にはすごく世話になったんだ。あの2人だけは絶対に死なせない」
「・・・・無理よ。私の両親の死は強い運命で決定されている」
灯火はわかっていない。両親の死はとても強い運命によって決められているのだ。
強い運命を変えるのは生半可なことではできない。
私が何回も世界を繰り返してわかったことだ。
「それが?」
灯火は大したことでもないように肩をすくめる。
その姿は私のあの少年の姿を思い起こさせた。
「強い運命?それがどうした!そんなもん俺が軽くぶっ壊してやるよ」
灯火の姿が圭一と重なる。
運命を変える力を持つ少年の姿と。
「梨花ちゃんの両親だけじゃねぇ!悟史の失踪だって阻止する!」
そうだ。悟史は叔母が撲殺されてから行方不明になるのだ。
灯火はそのことも知っているみたいだ。
「そしてもちろん」
灯火はそこで言葉を区切り私の前に膝をつき、私の目線に合わせる。
「梨花ちゃんは俺が守る。絶対に死なせるもんか」
「・・・・っ」
涙を堪えることなんて出来るはずがなかった。
「・・・・その言葉を私がどれだけ求めてきたと思ってるのよ」
今までの世界でいくら私が助けを求めてもその声が届くことはなかった。
赤坂にも何回も助けを求めたが彼が戻ってくることはなかった。
もう諦めかけていた。助けなんてないと。
そんな時にこれだ。泣くなと言われても無理だ。
「こんな言葉でいいならいくらでも」
「・・・・バカ」
泣き顔を見られるのが恥ずかしくて、それを隠すために灯火に抱き着いて顔をうめる。
灯火は私を優しく抱きとめてくれた。
「・・・・問題は引っ越しなんだよな」
灯火は私を抱きとめ、背中を撫でながら困ったような声を出す。
そうだった。灯火とレナは両親の都合で引っ越すことになるんだった。
「・・・・まじめに計算すると茨城からここまで車で6時間。週に2回は帰りたいな。園崎家に頼めばいけるか?」
灯火は何やらブツブツ呟いている。
園崎家という単語が簡単に出るあたり灯火も大分感覚がマヒしてるわね。
「まぁなんにせよ大事な場面には必ず戻る。安心してくれ」
灯火は私を安心させるようにより一層強く抱きしめ耳元で囁く。
その言葉は私には下手な口説き文句よりも私の心を貫いた。
「じゃあそろそろ行くよ。悟史と沙都子にもお別れを言わないと・・・・思い出したら鬱になってきた」
言葉の途中からすごい勢いで落ち込んでいく灯火。
「大丈夫よ。あの2人ならわかってくれるわ」
私たちの絆はこれぐらいで壊れたりなんかしないと確信できた。
「・・・・あの2人が終わっても、まだ1番厄介なのが残ってるからな」
「・・・・頑張りなさい」
灯火の背中に哀愁が漂っているのは気のせいかしら?
「じゃあ行くよ。家で礼奈が待ってるんだ」
「ええ」
灯火が居間を出て行くのを見送る。
その背中はまだまだ小さいけれど私にはとても頼もしく見えた。
「これから忙しくなるわね羽入」
だけど恐怖はない。未だかつてない充実感が体に満ちていた。
「羽入?」
いつもなら返事をくれるはずに羽入の声が聞こえないことに不審に思い、辺りを探す。
「いない」
こんな時にどこいったのよあいつ。
◇
梨花ちゃんとの別れは予想外の結末になった。
「まさか梨花ちゃんが戻ってるとは」
全く気付かなかった。梨花ちゃんの演技には恐れ入りますまったく。
梨花ちゃんの記憶が戻った以上、本格的に悲劇回避に動き出すことになるな。
もうすぐ暇潰し編が始まる。
「赤坂には会っときたいな」
あの人がいるだけで戦力が一気に上がる。赤坂の妻をなんとかして救い、恩を売っておきたいな。
大石さんにも友好的に接したいし。その頃には入江診療所もできてる。そっちもなんとかしないと。
悟史と沙都子の状況もしっかり判断して対応していかないとな。
「やること多い!!」
悟史と沙都子については問題ないはずだ。
大石と入江たちもここで仲良くなる必要はない。
やはり赤坂優先だな。
俺がそうやって考えの整理をしていると背中を誰かが引っ張って止めてくるのを感じた。
「梨花ちゃん?」
まだ用事があったのか?
そう思いながら振り返ると
「灯火」
巫女服をきた可愛いらしい少女がいた。
「羽入」
まさかの登場に少しだけ驚く。羽入が俺たちに見えるようにできるのは知っていたがまさかここでくるとは。
「灯火。初めましてなのです」
羽入は可愛いらしくお辞儀をして俺に挨拶をする。
「お、おお。こちらこそ初めまして」
慌てて俺もお辞儀で返す。
羽入は慌ててお辞儀をする俺をクスクスと笑いながら見ていた。
「灯火。あなたとはずっと話したいと思っていたのですよ」
「俺もだ。ずっとラブレターに書いてたんだ。知ってるだろ?」
「はいなのです。毎日楽しみにしてたのですよ」
「そいつはよかった。それで?どうして急に現れてくれたんだ?」
「・・・・だってここで灯火の前に出ないともう会えないかもしれないのですよ!僕だって灯火ともっと仲良くなりたかったのです」
「・・・・羽入」
俯いてそう答える羽入に俺は何も言うことが出来ない。
俺の様子に気が付いた羽入は慌てて明るい表情で口を開く。
「そ、それにしても驚いたのです!まさか灯火が梨花の記憶を少しとはいえ持っているなんて」
「あーほんとなんでだろうな?生まれた時からなんだよ」
実は黒幕からその先の展開まで全部知ってるなんて言ったら失神してしまいそうだな。
梨花ちゃんに鷹野が黒幕であることを教える選択肢もあったがそれは面倒なことになるのでやめた。
今教えても何もできないのが大きい。
今の時点では鷹野は梨花ちゃんを殺す気なんてまったくない。むしろ最優先保護対象だろう。
これからその鷹野と何年も顔を合わすことになるのだ。鷹野が自分を殺している相手だとわかればストレスで雛見沢症候群発症一直線だ。
だから梨花ちゃんの記憶を少し持ってると嘘をついて誤魔化した。
「灯火が梨花の記憶を持ってるなら僕のことを知ってたのも納得がいくのです」
「そうだな。キムチ鍋でヒィヒィ言ってるのを知ってるぞ」
「あうあうあう!それは知らなくていいのですよ!」
俺が少しいじると羽入は顔を真っ赤にしてツッコんできた。
面白いな。沙都子とは別の意味でいじりがいがある。
「そんなことより!僕も灯火と一緒に頑張っていきたいのです!」
「そいつは助かるな。俺だけじゃあカバーできないことも結構あるからな」
俺がいない間の状況の変化とかも知りたいし。
「任せてくださいなのです!」
自信満々に胸を張る羽入。可愛い。
「じゃあ俺は行くよ。礼奈も待ちくたびれてるだろうし」
「あ、灯火。少しだけ目を瞑ってほしいのです」
「目を?いいけど」
羽入の言葉にしたがい目を瞑る。
「あう・・・・やっぱり恥ずかしいのです。でもここで頑張らないと灯火に忘れられちゃうかもしれないのです」
何やら羽入がもじもじしている気配がするが何をするつもりだ。
「いくのです!」
羽入は近づいてくる気配を感じる。
「辛ぁぁぁぁ!!!!」
「うお!?」
突然の奇声に目を開ける。
目の開けるとそこには口を押さえて地面を転がり回る羽入の姿があった。
「・・・・どうした?」
あまりの光景になんと言えばいいかわからない。
「何をしようとしてたのかしら?羽入」
俺が無言で転がり回る羽入を見ていると家の方から梨花ちゃんが現れた。
なぜか右手に大量のキムチをもって。
「梨花!?これはどういうことなのですか!?」
「それはこちらのセリフよ。灯火に何をしようとしたのかしら?」
「あう、それはですね」
「灯火。私たちは大切な話があるからこれでさよならね」
「あうあうあう!ごめんなさいなのです〜!気の迷いだったのです〜!」
羽入は梨花ちゃんに家の中に連行されていった。
「・・・・仲がいいんだな」
俺は勝手に納得して古手家を後にしたのだった。