いつものように家を出発して古手神社に向かう。
今日は俺の知り合いに雛見沢から引っ越すことを伝える。
・・・・正直なんて切り出せばいいかわからない。
みんながどんな顔をするかも想像できない。
いや・・・・したくない。
「・・・・はぁ」
普段とは比べものにならないくらい遅い足取りで古手神社に向かう。
「・・・・このお賽銭と手紙も来月で終わりか」
古手神社に到着し、5円玉といつもの手紙を入れる。
手紙の内容は雛見沢を引っ越すことと。いつか必ず戻ってくること。
今まで見守ってくれたことへのお礼だ。
手を合わせて、目を閉じる。
願い事を言えば叶うわけではないが、せめて俺と礼奈がいない雛見沢が平和であることを祈る。
目を開けて、いつもこの時間には必ずいる梨花ちゃんのお父さんを探す。
梨花ちゃんのお父さんは神社の裏手で掃き掃除をしていた。
「・・・・おはようございます」
「ん?ああ灯火君か。おはよう」
俺の声に反応して後ろを振り向き、俺だとわかるといつもの柔和な笑みを浮かべてくれる。
「そうか。もう灯火君が来る時間か。掃除に集中してて気付かなかったよ」
梨花ちゃんのお父さんは笑いながら話す。
俺はそれに対して苦笑いで答える。
いつもなら満面の笑みで冗談の1つでも言うのだが、今はとてもじゃないがそんな気分になれない。
「どうしたんだい?今日は随分と元気がないね?」
やはり毎日会っているだけあり、梨花ちゃんのお父さんはすぐに俺の様子がおかしいことに気がついた。
「・・・・実は」
そして俺は梨花ちゃんのお父さんに引っ越しの件について話した。
「・・・・それか、それはすごく残念だよ」
俺の話を聞くと梨花ちゃんのお父さんは目を伏せて悲しそうな表情を作った。
「梨花はきっと泣いちゃうだろうね。あの子は灯火君のことが大好きだから」
「・・・・あはは、嬉しいような悲しいような」
「本当だよ?食事の時なんかは梨花はいつも君の話ばかりなんだから。正直羨ましかったんだ」
「・・・・そうですか」
おじさーん!ここでそう言うこというのやめてよ!マジで言いづらいじゃん!!
「私が梨花に言っておこうか?直接いうのは辛いだろう」
梨花ちゃんのお父さんがそう提案してくれるがそういうわけにはいかない。
「いえ・・・・これは俺が直接言わないとダメだと思うんです」
ここで他の人に頼ってしまうのはダメだと思う。
ここで直接言わずに別れたら寂しすぎる。
「そうか・・・・梨花は家にいるよ。しっかり伝えておいで」
「・・・・はい」
梨花ちゃんのお父さんに見送られ、俺は梨花ちゃんに会いにいくため歩き出した。
「・・・・お邪魔しまーす!!」
玄関で声を出すといつものように梨花ちゃんのお母さんが出迎えてくれる。
「いらっしゃい。灯火ちゃん」
「・・・・はい」
「どうしたの?元気がないなんて灯火ちゃんらしくもない」
そう言って心配そうに俺の顔を見る梨花ちゃんのお母さん。
ああ。この人ともお別れか。
そう思うと急に胸が苦しくなる。
「灯火ちゃん!?」
胸に苦しむと同時に梨花ちゃんのお母さんが駆け寄ってくる。
「どうして泣いてるの!?どこか痛いの!?」
「え?」
言われて初めて自分が泣いてることに気が付く。
・・・・まじか、気付かずに泣くって俺は自分の思ってる以上に悲しんでるのか。
「・・・・大丈夫です、ちょっと感情が溢れちゃって」
なんとか泣き顔から無理やり笑顔にする。
「実はもうすぐここから引っ越すんです」
そう言って梨花ちゃんのお母さんに説明をした。
「・・・・そうなのね」
俺が話終えると梨花ちゃんのお母さんは本当に辛そうな顔をして俺を抱きしめた。
「・・・・えっと」
「すごく悲しいわ。灯火ちゃんは本当の息子のように思っていたから」
「・・・・っ」
梨花ちゃんのお母さんの言葉で再び感情が溢れ出す。
くそ、どうなってんだ?
止まらない涙に戸惑いながらも理由を探す。
やっぱり俺にとって梨花ちゃんのお母さんは特別なんだな。
・・・・俺は実の母にいい感情を持っていない。
表面上は仲良くしているが、心の中ではお前さえいなければと殺意ほどではないが良くない感情が渦巻いているぐらいだ。
そんな俺は無意識のうちに梨花ちゃんのお母さんに母の代わりのような特別な感情を持っていたのかもしれない。
そうじゃなきゃ。ここまで自分の感情が制御出来ないはずがない。
肉体に精神が引っ張られているのか、感情の制御が曖昧になっているのだと思う。
でもこの人に抱きしめてもらって改めて思った。
この人だけは絶対に死なせたくない。
「落ち着いた?」
「はい、すいません。恥ずかしいところを見せました」
「ふふ。いいのよ」
俺が照れながらそう言うと微笑む梨花ちゃんのお母さん。
落ち着いたら羞恥心が込み上げてきた。
でも先ほどの決意は本物だ。
「・・・・梨花ちゃんにお別れを言いに来ました」
「・・・・わかったわ。梨花は泣いちゃうでしょうけど、慰めるのは私達がするから任せて」
それは本当にお願いします。
お母さんのアフターケアーに期待しよう。
梨花ちゃんのお母さんの言葉で覚悟を決めて梨花ちゃんのいる居間に向かう。
居間に到着すると梨花ちゃんが空中に向かって話している姿があった。
◇
「大変なのです梨花!」
「羽入?」
いつものように居間でくつろいでいると今にも泣きそうな顔の羽入が飛び込んできた。
「どうしたの?」
「灯火が!灯火がいなくなっちゃうのです!」
「・・・・どういうこと?」
羽入は泣きそうな顔のまま話し始めた。
そして羽入の話を聞いて自分の迂闊さに顔を歪める。
「なるほどね。うっかりしてたわ」
そうだった。レナは小さい頃に1度、雛見沢を離れているんだった。
レナが離れるということは兄である灯火も離れるということ。
「・・・・これからが大変なのに」
もうすぐこの雛見沢にダム建設の話が持ち上がり、それを阻止するために村中で反対運動が起こるのだ。
その際、沙都子たちの両親が園崎家に怒鳴り込み、北条家は村中から迫害を受ける。
子供である悟史と沙都子も例外ではない。
いつもならこのまま迫害を受けるけど、この世界は違う。
悟史と沙都子は村の人たちから好かれている。綿流しの時がその証拠だ。
・・・・灯火のおかげ。
この世界で初めて現れたレナの兄。
竜宮灯火。
彼の存在はこの世界に大きな影響を与えている。
悟史と沙都子に関してもそうだし、魅音と詩音に関してもそうだ。
・・・・ていうか影響与えすぎよ!
その灯火が雛見沢からいなくなるのはかなり困る。
灯火が帰ってくるのはレナが雛見沢に帰ってくる日と同じと考えていいだろう。
つまり6年は雛見沢に帰ってこない。
「梨花、灯火に全てを話しましょう」
「・・・・本気?」
「はいなのです!灯火が味方になってくれたらこれほど頼もしいことはないのです!」
「・・・・そうね」
今の時点でこの影響力だ。さらに大きくなったらどうなるというのだ。
ここに赤坂が来てくれれば最強のタッグが出来上がる気がする。
「でも・・・・信じてくれるかしら」
「それは大丈夫なのです」
なぜか断言する羽入。
「どうしてよ」
「僕のことを信じてくれました」
話を聞くとまだ記憶のない私の説明から羽入の話を聞き、信じたらしい。
「・・・・灯火ってバカなの?」
普通信じる? 僕には神様が見えるなんて言って信じる?
「灯火はなぜか最初から僕のことを知ってるような感じだったのです」
「どういうこと?」
最初から羽入の存在を知っていた?
ありえないわ。羽入は私にしか見えない。
灯火が知りようがないもの。
「灯火に真実を話しましょう。そうすればわかるかもしれないのです」
「・・・・そうね。わかったわ」
ちょうど覚悟を決めたタイミングで玄関の扉が開く音が聞こえた。
そのあとすぐに、今となっては聞き慣れた灯火の挨拶が耳に届く。
「私は・・・・今度こそ生き残ってみせる」