三葉が社内で「鉄の女」と呼ばれ始めたのは、実に入社一年目の出来事であった。当時社内でも人気のあった先輩男性に言い寄られていた三葉なのだが、その時に彼女のとった行動がそのあだ名で呼ばれる所以となる。
……そんな彼女であるが、ここ最近では社内でも驚かれるほど柔らかい笑顔を浮かべることが話題になっていた。
その変化が顕著に伺えるようになったのは丁度一か月前である。三葉自体はあまり自覚はしていないのだが、瀧と恋人になってからの三葉は女性的にも人間的にも魅力が段違いに上がったのだ。
ただし、やはり男性との絶妙な距離感は健在で、社内で好意の的ではあるものの彼女に近づこうとする男性は少ない。
その一方で彼女に言い寄る男も少なからずいるのである。とはいえ、三葉は全く以て興味が皆無であるが故、相手にされていないことがほとんどであるのだが。
……そんな彼女を一番身近で見守る少女がいる。現役の女子高生で、三葉の変化をいち早く気付いていた少女――宮水四葉は、姉が忘れていったお弁当を眺めながら考え事をしていた。
「お姉ちゃん、絶対浮かれてるよ」
「……そない言うもんやない。三葉が楽しんでればええんよ」
「……そうやけどさ~」
四葉は少しつまらなそうな顔をしながら、ぶぅっとこうべを垂れる。四葉をあやすように祖母である宮水一葉は組紐を編みながら、微笑んでいた。
……四葉自身、こうも気が乗らない理由が思いつかないのだ。
――ただ、姉の好意が自分以外の知らないところに向かうのが、何故だか無性に気が立った。四葉は知らないこの感情は、別の言葉にするならば「嫉妬」と呼べるものであった。
「……お婆ちゃん、ちょっと出掛けてくる」
「そーかい。気ぃ付けて行ってきない」
四葉は三葉の忘れたお弁当を自分のリュックサックに入れて、家を飛び出す。スマートフォンを取り出して姉に対して一通の連絡を入れた。
「お姉ちゃんは仕方ないんだから」
そんなことを小声でつぶやき、四葉はマンションの階段を段飛ばしで駆け下りた。
三葉が見れば「スカートで飛んじゃ駄目やよ!?」などと言いそうなほど無防備である。ともかく彼女は休日の予定をお姉ちゃんの忘れ物を届ける(ついでに社内での姉を確認する)ことで決定した瞬間であった。
電車に乗ること数十分。休日であり、しかも既に通勤ラッシュの終わっている車内は比較的人口密度が低く、四葉は痴漢の心配をすることもなく扉近くの手すりを掴みながら、外の風景を見ていた。
…そういえば、瀧と三葉の出会いは電車の対向車で目があったことが原因であったとか。
普通はそんなことはありえないものであるが、現にそれで瀧と三葉は現在交際しているのであるから、運命と呼べるものも否定は出来ないと四葉は思った。
……ふと、四葉は電車内でイチャイチャしている若いカップルをみた。人目が付きすぎるというのに、恥ずかしげもなくくっ付いたり、キスをするその姿を見て思った。
「……あれは違うや」
――自分が望むものとは違うということを。
生まれてこの方、特に高校生になってからの四葉はかなり異性に人気がある。姉の三葉同様に母の遺伝子を色濃く継いでいる四葉はかなりの美貌で、特にメイクもしていないのにも関わらず周りの同性よりも魅力的である。
当然何度も告白を経験しているが、それでも彼女は誰とも付き合ったことがない。
……その端的な理由をいえば、それは単純で――彼女は姉よりもかっこよくて頼りになる存在を知らないからだ。
四葉がそう思ったのは今より8年前のことだ。その時、三葉と四葉、そして祖母の一葉の三人は当時神社のご神体があった山の頂上まで向かった。
火山の噴火によって生まれた山の頂上のクレーター。そのほぼ中心にある巨木と巨石によって出来た洞窟に宮水神社のご神体はあるのだ。
その道中に、三葉は体を屈ませて一葉をおぶると言い出したのだ。
……それだけじゃない。その時期の三葉は時折人が変わったようにかっこよくなっていたのだ。
その時の三葉の姿が、四葉にとってのかっこよさの頂点であり、自分に告白してくるタイプは上っ面だけの見た目だけ気取ったタイプがほとんどであった。
……あれこれ考え事をしている間に、四葉を乗せた電車は目的駅に到着する。四葉はそれまでの考え事を振り払うように頭をブンブンと振った。
――ともかく、四葉による三葉身辺調査の1日が始まったのであった。
……身辺調査対象その一、三葉の仕事先に到着する。
アパレル系のデザイン会社からか、その外観も非常に現代風にお洒落で、四葉は社内に入ることを一瞬躊躇う。
鏡で自分の姿を確認して深呼吸する――意を決してドアを跨いで社内に入った。
社内の一階は視線の先に受付と思われる女性が二人いて、周りには休憩スペースのようなソファーや机、テレビが置いてあるスペースや、社内でデザインされた資料が保管されている本棚のようなものがある。
四葉は初めての場所に関心を抱きつつ、周りから視線を感じるため、そそくさと受付の方に小走りで走っていった。
「すいません、お姉ちゃん……宮水三葉はいますか?」
「お姉ちゃん、ってことはもしかして三葉さんの妹さんですか?」
「あ、はい。三葉の妹の四葉っていいます! 今日はお姉ちゃんの忘れ物を届けに来たのですが……」
四葉は受付の女性に事の次第を伝えると、受付の二人は四葉に親身に明るい声音で話しかけてくる。
恐らくは三葉と仲がいいのだろうと四葉は予想するも、情報は他人から聞いたほうが信憑性が増すため、四葉は少しばかり話をすることにした。
「お姉ちゃん想いの優しい妹さんだね! それに三葉さんと似てすっごく可愛い~」
「そうね。将来有望で引く手数多だわ」
馴れ馴れしく話してくる受付と、淡白な話し方の受付の賞賛に恥ずかしそうに笑う四葉だが、今は自分のことはどうでもいいのだ。
とりあえず、今知りたいことは社内での姉のこと。それについて四葉は尋ねる。
「お、お姉ちゃんは会社ではどんな感じですか? 皆さんに迷惑をかけたりとかは……」
「あ、それは大丈夫だよ! 三葉さんはすごく優秀で、同性の後輩にも親しげに接してくれてみんな慕ってるし……」
「そうね。みんなのお姉さんって感じ」
……それはそれで複雑である四葉。ただ会社でも人気があるっていうのは妹としても嬉しくあったりと、内心は非常に複雑なものである。
「……ちなみに、男性面の人気の方は」
四葉は二人にそう尋ねると、二人は顔を見合わせて少し考え込む。
……二人の様子を鑑みて、姉に彼氏ができたということはあまり知られていないと四葉は確信した。
「少し前までは収まってたんだけど、最近になってまた三葉さん人気が戻ってきたって感じかな? ここ最近の三葉さんって同性から見てもすごく綺麗だから、男の人は敏感に反応してる感はあるんだけど……」
「ただ三葉さんは男に対してはわかり易い線引きをしているから、誰も近づけないって具合ね。基本女性社員に囲まれてるし、なんていうのかしら……あまり男には近づいてほしくないって感じね」
……姉が徹底しているのを聞いて、四葉は彼女を改めて尊敬する。一途というか極端というか。
ただ三葉は昔からすることが極端な時があったのは確かである。突然嫌味を言ってくる同級生に対して机を蹴り飛ばして驚かせたり、突然東京に行ってくると言い出したりと。四葉はそのことを思い出してどこか納得した。
ただある程度知りたいことを確認した四葉は、受付の女性へ三葉に渡す弁当を預けようとした。
「――あれ、四葉?」
「あ」
そのとき、後ろから突然三葉の声が聞こえる。四葉は振り返ると、そこには財布を持って四葉がいることに驚いている三葉がいた。
○●○●
三葉はちょうど昼休みに差し掛かったとき、自分がお弁当を忘れていたことに気づいた。
しかも今日のお弁当を用意してくれたのが四葉であったため、後で彼女に怒られることを覚悟しつつ、気分的に外にご飯を食べにいこうとしようとしていた矢先、受付の方で四葉を発見したのである。
無事四葉から弁当を受け取った三葉なのであるが、このまま四葉を帰すのは申し訳ないので、お昼ごはんを奢るために近くのカフェに来ていた。
オープンカフェのテラスに対面で座る三葉と四葉。三葉は四葉の作った弁当を広げ、四葉は三葉に奢ってもらったサンドイッチとドリンクを広げる。
「ごめんね、四葉。わざわざ届けてもらって」
「全く、お姉ちゃんには困っちゃうよね。妹の愛情のこもったお弁当忘れられちゃあねー」
「だからごめんって~」
三葉は両手を合わせ、苦笑いしながら四葉に謝る。ただ四葉も実は大して怒っていないので特に何も厳しく言及はしなかった。
ついでにお昼ご飯もデザートつきで奢ってもらえるなら、と少し得した気分でもある。
そもそも、本来の目的は弁当を届けることではないのだから、なんて口を裂けても言えないが。
「それにしても、四葉もお料理うまくなっとるね」
「まあ、良いお手本がおるからね――おねえちゃんは最近は、その女子力を彼氏に発揮しまくっているようだけど?」
「あ、あはは。……でも案外瀧くんも料理とか家事できるから、難しいんよ? 作るもんが一々お洒落なんやもん」
「はいはい、そんな惚気話聞いてたらストレートティーが激甘の紅茶になるよ」
「……もう、そんなんじゃないって」
少し照れ笑いをしながら三葉は否定する――その表情がもう反則であることに気づきもせず。
四葉は少しぶうたれた表情になりながらカップに入った紅茶を飲む。
「……もう、ホントに苦くないよ――もう付き合って一ヶ月少しだっけ?」
「一ヶ月と半月くらい。……まぁ順調だと思うかな」
「……そう?」
……最近の三葉は弄り甲斐がないのが少し不満なのではないかと四葉は思った。
最初期は弄っていて返ってくる反応が面白かったから良かったが、最近では弄っても照れながら受け止めてくるものだから、四葉からすれば面白くないのである。
――もちろん瀧のことを認めていないというわけではない。むしろ瀧は少ない時間しか一緒に過ごしていないものの、何故か安心してしまうような男性である。
ある意味では四葉も瀧に懐いているのだ。……だからこそ、四葉は自分の感情がわからない。
こうも幸せな瀧と三葉を見ていて少し物足りないのかが、心の底からそのわけを知りたかった。
「四葉も彼氏作ったらどう?」
「それ、お姉ちゃんだけには言われたくない。25なるまで彼氏の一人もおらんかった癖に、生意気!!」
「あんたもおねえちゃんに失礼やね!?」
――三葉も四葉も、作ろうと思えばいつでも彼氏なんて作れた。ただそれをしなかったのは、やはりしっくりとこなかったためである。
どこか似たもの同士である三葉と四葉――二人とも気づいていないだけで、本当は恋愛の価値観も一緒だったりするのだが、二人がそれに気づくことはないのであった。
「……ところでお姉ちゃん、朝結構早く家を出てるのに、どうしてお弁当忘れたの? 急いでいたわけでもあるまいし」
「あ、それは瀧くんのお家に寄ってるからで……」
「――もう通い妻やん」
「……うん、自分でも薄々自覚してたよ」
そんな会話をしつつ、姉妹のお昼時間は過ぎて言った。
●○●○
……三葉身辺調査対象その二、彼女の幼馴染二人の家に突撃である。
四葉は姉の会社に行く途中、勅使河原克彦と名取早耶香に連絡し、姉との昼食後に二人の家にお邪魔していた。以前四葉が結婚祝いをしに来たときとは違い、今回は克彦も仕事は休みであり、実に数年ぶりの再会であった。
「おぉー、四葉ちゃんめっちゃ綺麗になったなー。最後に見たん何年前や?」
「今日はわざわざ来てくれてありがとぉ!」
リビングの椅子に座りながら、四葉は久しぶりに再会した二人に懐かしさを感じる。
四葉の知る限り、最後にあった時には既に二人は付き合っていた。三葉から聞いた話では、転校した高校で何か二人が急接近する出来事があったらしく、それをきっかけに付き合うことになったと聞いている。
もちろん紆余曲折の出来事を経ての交際だったから色々あったらしく、しかしながら幸せそうな二人を見て昔馴染みとしてしっかりと帰結したことに安堵していた。
――残念ながら、四葉には三葉や二人のような今でも繋がる親友のような存在がいないため、少し三人を羨ましく感じていた。
「結婚おめでとう! お姉ちゃんから色々聞いてるけど、私の方からも言いたくて」
「もう、そんなんええのに。結構ここまで来るのに時間かかったやんな? 何もないけど、ゆっくりしていってね」
「俺、ケーキでも買ってくる!」
「え、ええよええよ! そんなん申し訳たたへんよ~」
……やはり親友の妹だからか、異様なまでに過保護に扱われるので四葉は苦笑いをしながら遠慮をする。
早耶香や克彦からすれば四葉は自分たちにとっての妹同然の存在であり、優しくしたり甘やかす対象であるから仕方ないのであるが。
……少しばかり世間話に話の花を咲かせたところで、四葉は今日ここに来た理由である話題に路線を変更させる。
「ところで最近お姉ちゃんめっちゃ機嫌いいんやよね。そりゃもうとびっきり、呆れるくらいに」
「あ~、彼氏が出来たことやね。私もある程度聞いてるけど、あれはベタ惚れやよ」
「幼馴染としては複雑ではあるけどな~。なんか娘が遠くに行ってしもうたみたいで」
克彦はわざとらしく目元をゴシゴシと拭うふりをしながらそう言うと、四葉は可笑しそうに笑った。
……一応克彦も学生時代は三葉のことを恋愛的な好きではないにしろ、好意を持っていたことを四葉は知っていたため心配ではあったが、杞憂であったことにも安堵する。
もしここで揺れ動くようであれば早耶香も三葉も、当然四葉も許しはしないが。
「まぁでも、その瀧くんって男は聞いとる限りでは誠実そうやし、キスもしとらんくらいみたいやから信用してもええやろ?」
「そうね~。テッシー……やなかった。克彦は最初はがっつきすぎやったし、正直引くくらい慣れてなかったしね」
「お、お前もよう似たもんやろ! ってか、慣れてたら許さんし」
「……もう、当たり前のこと言わんといて。四葉ちゃんもおるんやから」
早耶香は少し頬を赤らめて克彦の頭を軽く小突くと、彼もまた照れ隠しのように笑む――幸せなカップルが周りに二組もいることで何とも言えなくなる四葉。しかし、目の前の二人は心が休まるというべきか、心から祝福できるというのは四葉にも理解しがたいことである。
「……それで、お姉ちゃんから何か瀧くんのこと聞いてへんかな? 私が聞くとお姉ちゃん、はぐらかすんよぉ」
「まあ妹ならお姉ちゃんの恋愛事情は気になるよね――って言っても、私もそんな詳しくは聞いてへんよ? 奇跡みたいに運命的な話は聞いたけど」
早耶香の語る話は、四葉としても既に見知っていることである。更にいえば瀧からも教えて貰った情報がある分、四葉の知っていることの方がより真実味が強い。
「――あ、でも三葉言うとったよ。瀧くんをずっと探してたって。理屈やないけど、でもずっとずっと探していた誰かもわかんない誰かは、瀧くんだったんだって」
「……誰かもわかんない誰か?」
「うん。三葉ってたまに訳分かんない言葉遊びするから、たぶんそんな深い意味はないと思うんやけどね」
……早耶香はそういうが、四葉の頭の中で「誰かも分からない誰か」という言葉がすっと納得出来た。
こういうところが姉と自分が似ている点であると彼女も自覚しているが、なるほどとまで思えた。
もちろん理屈はなく、言葉の意味を全て理解できることはないが、ただ――三葉の感覚については共感を覚えた。
……四葉もまた、言葉には出来ない何かを探している。目には見えない何かで、求めている正体もつかめないままだ。
「誰かも分からない誰か」と「何かも分からない何か」と言葉に少し違いがあるだけで、もしかしたら少し前までの三葉の抱いていた感覚と四葉の現在抱いている感覚は近いものなのかもしれない。
もちろんそれを四葉が知ることは恐らくはないが。
「……ま、それを知れただけでもいっか」
「ん? どうかしたん、四葉ちゃん?」
「んん~♪ なんでもないよ!」
小声の呟きが聞こえたのか、克彦の問いかけに笑顔で誤魔化す。
――それから数十分の時間が経ち、四葉は二人の家を後にする。そして再び電車に乗り継ぎ、東京に帰っていく。
……目的は最後の調査対象である。それは三葉を変えた張本人で、ド直球の当事者。
――三葉身辺調査その三、現在進行形で彼女の恋人である立花瀧との接触であった。
○●○●
四葉は夕方、四ッ谷駅で瀧を待ち伏せしていた。直接会ったことは少ないものの、実はSNSを利用して割と高い頻度で瀧と会話をしている四葉。そこから得た情報から仕事が夕方で終わり、自宅の最寄り駅が四ッ谷駅であることも知っていた。
特に約束をしているわけではなく瀧がいつ現れるかわからないため、四葉は自分の腕時計をチラチラと覗きながら周りを時折見渡す。
「……暇だなー」
四葉は駅が見えるほどのところにあるベンチに座りながら瀧を待つ。
四葉が少し早く来てしまったからか、四葉が待つこと1時間ほどが経過した。今日の四葉の一日はずっと動き続けていたため、体力的にも少し疲れていたのだろうか。ベンチに腰掛けていると、少しウツラウツラと眠気が彼女を襲う。
その眠気を遮ろうと目を擦るも、それを何度か繰り返すうちに四葉は――
……四葉は夢を見ていた。
それは幼いころの夢で、彼女がまだ小学生高学年ほどの時代の夢か。その光景には彼女も覚えがあった。
夢の光景には自分と、自分と手をつなぐ姉の三葉の姿がある。三葉は乱暴に髪の毛を一束ねにした髪型をしていて、少し困った顔をしていた。
「(……これ、あれだよね。確か、私が巫女のことでからかわれた時に、泣いちゃった時の)」
当時小学生であった四葉は同級生の男子に言われもないからかいを受け、感情の赴くまま喧嘩してしまったときに叩かれて、号泣したという出来事があった。そのときに三葉がたまたまそこを通って、同級生の男子をこっぴどく叱ったのだ――女の子を虐めて手を上げて何やってんだ。男の風上にも置けねぇな、ホントについてんのか?
そんな凡そ女子高生が口に出さない荒い口調であったが、それで四葉はそんな姉に救われた大切な思い出だ。
『……おねえちゃん、結構これ、きついんやね』
当時の四葉は三葉が恥ずかしがる巫女の仕事に対して、奇想天外な発想でどうともないだろうと考えていた。しかしこの出来事をきっかけにその考えを改めたのだ。
からかわれて、馬鹿にされて悔しかった。喧嘩になって殴られて痛くて、そして泣いた。その出来事がその考えに直行してしまったのだ。
当の三葉はなんと声を掛けたらいいかわからないのか、頬をポリポリと掻いて困った顔をしている。
『……殴られたら、まぁ痛いよな』
『……うん、痛かった』
『そっか――んじゃ、今度あいつらの親に文句言いに行くか』
『え!? そ、そこまでせんでも……』
『いや、駄目だ。妹に手を上げたんだから、それなりに報いは受けてもらわないとな』
三葉は四葉の頭に掌をポンッとおいて、彼女の頭をなでる。
『あいつらも、まあ餓鬼にありがちな気になる子を虐めたくなるとか、そんなんだろ――でもやっていいことと悪いことはあるんだ。先に手を出したのは四葉かもしれないけどさ、それを仕向けたのはあいつらなんだよな?』
『……うん』
『――おれ……私も、まぁ色々あるよ。実は喧嘩っ早いとか、すぐ感情優先させるし――でも女に手を出す時点で、男は駄目だ。碌な男になりゃしない』
……妙にそのとき、姉は男っぽい口調で男の子のような面影を見たと四葉は思った。でもそれが、何故か――かっこいいと思った。
夕暮れのかたわれ時に、夕日が三葉を逆光で照らす。そのときの三葉はすごく綺麗と、四葉は幼いながらも思っていた。
『――だからまぁ、あんな奴ら放って妹は良い女になればいいんじゃね? ほら、私みたいに』
『――なんやね、それ……自意識過剰やよ』
四葉は涙を拭いながら、でも笑顔でそう言う。そこには先ほどまでの悲しい表情はなかった。
――四葉の夢は、揺れる。
どこからか、彼女の名前を呼ぶ声が聞こえた。
「――は」
……少し名残惜しいものの、彼女の夢は終わりを告げる。
しかし、彼女は不意に感じた――なぜこれほど大切なことを、今まで忘れていたんだろうと。
そんな疑問を抱きつつ、彼女は意識を現実に戻していった――……
……意識が戻るとき、彼女の前には男性が立っていた。
「――ったく、こんなとこで何寝てんだよ、四葉」
その男性――瀧が四葉をベンチで見つけたのは数分前のことだ。最初は目を疑ったものだ。
何せ、彼女の妹が仕事終わりで疲れている矢先に、ベンチで眠りこけていたのだから。
実際に彼女が眠っていた時間は10分ほどであるのだが、事情を知らない瀧には関係ない。
「おーい妹ー。気は確かか? 何ボーっとこっち見てるんだ? 寝ぼけてるのか?」
しかし、四葉は細めで瀧をじっと見て何も動かない。
瀧は少し困ったと思い、三葉に連絡をしようと思った――そのときだった。
突然、四葉がすっと瀧の手を握り、そして……
「――お姉ちゃん?」
――そう、小さな声で呟いた。
ってことで、少し趣を変えて別視点からの話でした。
以前までの話で糖分過多の方が多いようなので、これで中和できたらいかがでしょうか?
なんじゃすげぇフラグのようですが、修羅場のようなものはございません。
ただ、中の人が違うというだけで四葉も瀧と昔、接していたという事実があるということをどうしても描写したくてこの話を書きました。
今回はたきみつのイチャイチャは鳴りを潜めましたが、次回はまぁご期待ください
では次回は今回の話の続きとなります。
それでは!
追記
今話に挿絵を追加しました。
挿絵は「らよく」くんが描いた作品です!