最近の二人は
最近、瀧は裏で人気がある。
ある時を境に瀧はそれまでの少し頼りない雰囲気が一転し、仕事などが上手に運べるようになっていた。
……仕事だけではなく、対人関係においてもそうである。
「先輩、これまとめておいたので確認お願いします」
「……え? それってついさっき立花くんに渡したものだよね?」
「はい、それを部署ごとに分けて、修正もできているので確認を……ってことなんですが?」
「あ、そうなんだ……」
「はい! あ、それとこれよかったら」
瀧が仕事場の先輩に手渡すのは、温かいコーヒーの入ったマグカップだ。
瀧の教育係である女性の先輩はそれを目を丸くして見る。別に瀧は特別なことをしているわけではないのだが、彼女は丁度飲み物が欲しいと思っていたのだ。
ただ、彼女は砂糖の入っていないコーヒーが苦手なのだが、せっかく可愛い後輩が淹れてくれたものを断ることはせず、それをありがとうと受け取って一口飲む。
――口に広がるのは、コーヒー独特の苦みではなく、砂糖とミルクで苦さが軽減されたものだった。
「先輩、確か苦いものはあまり好きじゃないですよね?」
「うん、そうなんだけど……あれ? そんなこと私言った?」
「いや、先輩はよく甘いものを食べたり、偶に差し入れでくれるので好きかなって思って……お口にあったようでよかったです」
瀧は柔らかい笑顔を浮かべて先輩のもとから離れる。
その行動で、彼の年上の先輩は頬を紅潮させて彼の背中を目で追っていた――これが今の瀧である。
瀧が三葉と結ばれ、恋人になってから1ヶ月ほどの月日が経過した。
その間に、社内において瀧の評判は非常に良いものとなっていた。
……これまでは特に気をつけている様子もなかった容姿も、髪を短く切り揃え、好青年風の出で立ちになった清潔さ。更に態度や言葉遣い、行動がどこか他人のことを考えたものとなっており、先ほどのように気を使って何かしてあげるという場面も増えた。
更に仕事においてもその発想力で先輩の助手を十全にこなし、技術なども次々と飲み込んでいく。
……特にあの柔らかい笑顔は年上を悶絶させるほどだ。
――そんなこともあり、瀧は会社にとって非常に人気な新人となっている。
もちろん同僚とも交流を深めており、男女関わらず――特に女性先輩から気に入られているのだ。
「立花くんの教育係羨ましいー。可愛いよね、あの子」
「……うん。すごく良い子だよ。飲み込みもいいし、気も利くし」
「知ってる? 結構狙ってるみたいだよ、皆」
瀧の教育係は、同僚の言葉に敏感に反応する。
彼女もまた、瀧のことをよく思っているのだろう。その反応を見て、同僚はわざとらしい笑みを浮かべた。
「んじゃ、今日は彼を誘って皆で飲みにいこっか! めぐを立花くんの隣にするからさー」
「もう、そんなんじゃないのに……。ちょっと可愛いなーって思ってただけだから!!」
――そんな会話をしているものの、当の瀧をどうしようなどという考えは無駄に等しい。
瀧がこうも変わったのは、心にゆとりが生まれたからである。極論を言えば元々瀧にはそれだけの能力や才能があったのだが、心のゆとりがなかったためにそれを発揮出来ていなかった。
しかし、今の瀧には『宮水 三葉』という心の支えがいるのだ。
そこに第三者が入り込める隙なんて存在しない。
……そんな瀧は昼休み、高校、大学の同級生で旧知の仲である親友の藤井司と昼食を摂っていた。
「ほんと、最近の瀧はなんか違うよな」
「なんだよ、司。そんなことないだろ?」
「…そんな彩り豊かな弁当つついて、俺が気付かないとか思ってるわけ?」
すると司は少しばかり目を鋭くして、眼鏡拭きでレンズの汚れを拭き取りながらそう言う。
核心的な部分を突かれて瀧は一瞬動揺するも、少し苦笑した。
「ああ、はいはい。もう降参だ、降参降参――彼女、できたんだよ」
「……まあ納得だな。ただ彼女が出来たくらいでお前がそんなに変わったっていうのは今でもちょっと信じられないけど」
「くらいってなんだよ――俺からしたら、結構革命的なことだったんだからさ」
「――」
微笑む瀧の顔を見て、司は目を見開いて驚く。
――何年も親友をしていれば、瀧が何かに思い悩んでいたことなんて気付いていた。
その気分を晴らしてやるために色々と瀧を遊びに連れて行ったり、時には女の子を紹介もしてきた。……だが司は、今の瀧の顔を見てもうそれが必要ないことを悟る。
――親友は知らないうちに良い意味で変わっていた。それは嬉しくもあり、同時に少し寂しいものであった。
それと同時に、親友を変えてくれた存在に司は感謝をする。
いつも憂いていた瀧に、何かに大切なものを与えてくれたことを、心の底から感謝した。
「――今度彼女、紹介しろよ? 俺がお前にふさわしいか判定してやる」
「んだよ、それ。お前は俺の親か」
「ある意味で保護者気分だよ。ほら、お前よく無茶するし」
反論の意志を示す瀧を軽くあしらう司だが、次の瞬間に瀧の耳元で何かを呟いた。
「――で? ぶっちゃけどれくらい進んだわけ?」
「……やっぱり、気になんの? そういうの」
「当然」
口角を吊り上げて不敵に笑う司に対して溜息を吐く瀧。この親友に対して隠し事をすることは無駄だと理解しているのだろう。
とは言っても、瀧は司が聞きたがるような下世話な話題はない。
――何故ならば、瀧と三葉の付き合いは控えめに言っても『純粋』であるからだ。
瀧と三葉にとって大切なのは、二人での触れ合いである。常に近くにいたいと思っていて、手を繋ぎたい、腕を組みたい……可愛らしいスキンシップを一緒に居る時はしている。
だが、特にそれ以上を強く望んでいるわけではないのだ。
二人はその存在を感じ取れて、安心できる距離感で共に過ごせれば時間を忘れる。
同じ部屋で背中合わせで本を読んでいるというだけでも充分に幸せなのだ。
……つまり、瀧も三葉も性急な関係の進展は望んでいない。段階を踏みたい、ゆっくりたくさんのことを共にしたい。
それが二人で共感していることであるのだ。
――瀧はそれを司にかいつまんで説明すると、司は呆れた顔で瀧を見ていた。
「……弄ろうと思ったけどさ。異様なほど純愛で驚きだ」
「普通って言えよ――まあ大切にしたいとか、ありきたりな言葉で済ますならそんな感じなんだ」
「なるほどねぇ……。でもよ、興味がないわけじゃないだろ?」
「……まぁ。程々には――つっても、お前が想像してるような下世話なものばっかじゃないからな!」
瀧がそう言うと、司は可笑しそうに笑った。
……そうしていううちに瀧は手作りであろう弁当を食べ終えて、弁当箱を袋に直していく。その弁当は勿論三葉お手製のものであり、今朝に三葉が瀧の家に訪れて渡したものだ。
三葉曰く、四葉に愛妻弁当と弄られて困ったと瀧に苦笑いで伝えていたようである。
「……んで、お前の噂の彼女さんはどうなんだ?」
「どうなんだって言われてもなぁ――料理上手で裁縫得意で、美人でスタイルが良いってくらいで」
「――なんだよその女子力の塊みたいな女は」
司は些か信じられないからか、口を少し開けて驚くばかりであった。
――しかし、だ。こう、三葉のことを出すことで瀧は彼女の声が聞きたくなる。もはや病気であると彼も自覚してはいるのだが、それが本音であるからどうしようもない。
……そんな休憩を謳歌している時、彼らに話しかけてくる会社の先輩たち。瀧の働く職場は比較的女性比率が高く、その先輩たちの中には瀧や司の教育係の先輩もいた。
彼女たちは仕事終わりに二人を飲みに誘ってきたのだ。今年の新入社員の中でも瀧と司は特に女性人気を博しており、時折こういう誘いがあるのだが……瀧は少し迷う。
予定は特にはないのだが、しかし予定はなくとも三葉と会いたいという欲がある。いつも二人は会う約束をするわけでもないのにも関わらず会って、その上でスキンシップをしているのだ。
……しかし、先輩からの誘いを無下にも出来ない。どうしようかと考えている時、司が先輩たちに対して口を開いた。
「あ、すいません。実は今日、俺とこいつともう一人、高校の時の親友と三人で飲みに行こうって話になってるんですよ」
「え~、そうなの? あ、それならその子も交えて――」
「――止めといた方が良いですよ? あいつ酔うと女に対して見境なくすんで」
――当然、嘘である。もちろん今日、瀧と司と、彼らの共通の親友である高木真太が飲みに行くという予定はなく、彼が飲んだら狂暴になるなんて酒癖はない。
しかし司が敢えて誘いを断るように嘘を付いたのは、瀧のためであると同時に彼女たちの思惑を見抜いたからだ。もし司が彼の事情を知らずにこの誘いを受けていたならば乗っていただろうが、そうでないのならば彼が誘いを受ける理由はない。
司の話を聞いた先輩たちは引き笑いをして「そ、それなら今度いこーねー」なんて言って二人から離れる。
「おい、真太はいつから女癖悪い設定になったんだよ」
「嘘は方便っていうだろ?」
……瀧はつくづく、彼を食えない奴と感じたのであった。
○●○●
都心から少し離れた住宅街の一角のアパートに、三葉は昔からの友人と対面していた。
「久しぶりやねー。三葉が元気そうで何よりやよ」
「さやちん、前よりなんか綺麗になっとる!」
「失礼やね!?」
――その女性は三葉と同じく糸守出身で、現在は都心から離れた千葉で生活をしている彼女の幼馴染、名取早耶香である。昔の三つ編みの髪型とは違いショートボブで大人らしさが滲み出ており、そのことを指摘すると早耶香は頬を膨らませて断固抗議する。
三葉はそんな早耶香を見て可笑しそうに笑うと、早耶香もまた笑った。
――実に半年ほどぶりに二人は再会した。それ以前では割と高い頻度で会ったりお茶をしたりしていたのだが、特にここ半年ほどは互いに多忙で会えていなかったのだ。
……早耶香が多忙であったのは、その薬指に通されている指輪が原因であるが。
「……まぁバタバタしとったからね。テッシーもこれ用意するためにすっごく頑張ってくれたし……私はそんな気張らんでええっていうたんやけどね、婚約指輪くらいはええもん贈らせてくれって聞かんくて」
「――テッシーの漢気で惚れ直したと。うんうん、幸せそうで砂糖吐きそうやわ」
……お前が言うな、と言いたくなるような台詞であるが三葉側の事情を知らない早耶香は苦笑いをするしかない。
――三葉と早耶香、二人の共通の幼馴染である勅使河原克彦と彼女は4ヶ月後に結婚式を挙げ、夫婦になる。三葉が今日彼女の元を訪れた大きな理由がそれである。
三葉は鞄と共に置かれている花束を早耶香に渡した。
「――ちょっと気が早いけど、婚約おめでとう! 長年の片思い、実って幼馴染的にめっちゃ嬉しいやよ!」
「……ありがと。三葉、ずっと見守ってくれてたもんね」
「そりゃあもう、なんとかくっ付けようと頑張ったもんよ」
三葉は胸を張り、腕で力こぶを作って決め顔で早耶香を見る。それを見て早耶香は「なんよ、それ」なんて言って笑った。
……三葉も、きっと1か月前ならどこか憂いながら幸せな二人を祝福したであろうが、今は心の底から祝福できていた。やはりずっと三人組であった二人が結婚して幸せになるということは嬉しい反面、寂しいものがあったのである。
しかしながら今の三葉には瀧の存在があり、それが彼女の支えになっていた。
「……でも私も、ちょっと安心したんよ。三葉がちょっと変わってて」
「……まぁ、その辺りは自分でも自覚しとったよ」
流石は幼馴染、と言うべきか。早耶香は三葉がずっと何かに憂いていることに気付いていて、その上でずっと彼女の心配をしていたのだ。
そのことは同性の幼馴染だからこそ、彼女の悩みに敏感に気付いていたのだろう。現に、同じ幼馴染である克彦はあまり察している雰囲気はなかった。
「さっき私のこと綺麗言うたでしょ? それ、こっちの台詞やからね――三葉、前よりうんっと綺麗になったね」
「……そう、かな?」
「そうやよ! そんなんやったら絶対男放っとかんって!!」
早耶香が少し興奮気味に言うが、しかしながら既に三葉にとって『他の男』というのはどうでもよかった。むしろ放っておいて欲しいほどである。
――ふと瀧を思い出したせいで、三葉の頬が紅潮する。
今朝ここに来る前に瀧の家に立ち寄り、朝から愛情を込めて作った弁当を渡したことを思い出していたのだ。
ちょうど今は瀧のお昼休憩頃であり、自分のお弁当を食べてくれていると考えると落ち着かないのである。一応彼女自身、料理にはそれなりに自信があると自負しているが、それでも不安なものは不安なのだ。
全く以て幸せな不安であるが。
「……んん? なんか、反応薄ない?」
「そうかな。まあどうでも良いんよ、他の男は」
「――え、もしかして」
「……うん。出来ました――カレシ」
――三葉の恥ずかし気味に両手で口元を抑えながらした告白に、早耶香は一瞬口を開いて呆然とする。
そして数秒の間を置いて――
「――えぇぇぇぇぇえ!!? い、いつできたん!? ってかいつの間に出会ったん!? っていうか見せて!」
驚きと好奇心が入り混じったような反応を見せる早耶香に苦笑いをする三葉。
椅子から立ち上がって問い詰めてくる早耶香だが、彼女のそれは普通である。
――幼稚園から今まで、昔からの幼馴染である早耶香は彼女の事情をかなり知っている。神社の巫女で町長の娘ということで中々男が引っ付かないということもあったが、基本彼女はモテていたのだ。
特に東京に来てからの彼女は、田舎からの転校生ということを差し引いても同級生男子からかなりモテていたと彼女は認識している。
そんな三葉は今までどんな男にも靡くことがなかったのにも関わらず、鉄の女の彼女が恥ずかし気に彼氏が出来たと告白したのだ。
驚きと好奇心が出てきても当然である。
「さやちん、お、落ち着いて?」
「落ち着けんよ! あの三葉に彼氏やよ!? 気になって仕方ないよ!!」
「わ、わかったから肩揺すらんで~」
早耶香が三葉の肩をガクガクと揺らす。三葉は三葉で予想外の反応に困惑しつつ、なんとか早耶香を宥めてスマートフォンの写真フォルダを開いた。
――画面をスクロールする必要もなく、一番最初に現れた写真は瀧の寝顔だった。
「…………あ」
瀧が眠っているのを良いことに数日前に激写した一枚であった。彼女としても映りが良く、お気に入りの一枚である。むしろ毎日眺めているほどである。
しかしまさか一枚目にそんな甘々な写真が出てくることを、早耶香は予想もしていなかったのだ。何より、あの三葉がこうもベタ惚れなのが予想外過ぎて、次に早耶香から出た言葉は――
「――私たちの三葉が穢されたー!!!」
「ちょっと人聞きわるいよ!?」
「うわぁぁぁん!!」
何故か泣き喚きはじめた早耶香に、三葉はただただ困惑しつつ、しかし人聞きの悪い叫びを訂正せずにはいられなかったのである。
……そして、早耶香が落ち着きを取り戻したのは実に十分後であった。
「はぁ、はぁ……ごめん、ちょっと取り乱しちゃった」
「うん、それはもう色々言うとったよ。とりあえず瀧くんは十分紳士で優しいからね」
謝罪をする早耶香に対し、微妙に無表情の三葉が彼女を追い込むようにそう言葉をつらつらと重ねる。早耶香も流石に少し反省しているのか、肩身を狭くして謝った。
……ともあれ、早耶香は改めて写真(三葉と瀧のツーショット)を見た。つい先週撮られた写真には、三葉としっかりと身だしなみを気をつけている瀧が映っている。
早耶香の目から見ても瀧の容姿は比較的整っている。三葉に急に写真を取られたからか驚いてはいるものの、苦笑いを浮かべつつも幸せそうな表情をしていた。三葉は満面の笑みであるが。
とにかく分かることは、二人が幸せそうであることだ。
「すごい美男美女やね。改めてみると――うん。お似合いやよ」
「ありがと」
早耶香の言葉に三葉は満面の笑みで、ありがとう、と漏らした。
やはり一番の親友に祝福してもらうことは嬉しいのだ。少し恥ずかしいながらも、瞳にうっすらと涙が溜まる。
……実を言えば、少しだけ気がかりだったのだ。早耶香は本当に、このまま克彦と幸せになってもいいのだろうかと思っていた。
親友の憂いを知っていて、それを知っていながら何も出来ずに二人で幸せになってしまえば、三葉を一人ぼっちにしてしまうのではないだろうか。親友を第一に考えていた早耶香はずっとそう思っていたが、でも今は心の底から安心していた。
何故かは分からないが、三葉が心底惚れている瀧に対して、早耶香は安堵の気持ちを覚えるのだ。
――何故か、三葉の隣にずっと一緒にいれるのは彼しかいないと思ってしまった。理屈ではなく感覚的にだ。
その上で、やはり彼と一度話して本当に三葉を預けられるかどうか審査しなければ、なんて早耶香は考えていたりした。
……ふと、三葉のスマートフォンに着信音が鳴る。
三葉はハッとしてその画面を見て、その数秒後に分かり易く破顔した。
それは瀧からのSNSからのメッセージであり、そこには『今晩家に来ないか?』というものだった。三葉はそれを二つ返事で返すと、間髪入れずに瀧から『じゃあ待ってる』と返ってきた。
……その一部始終を見ていた早耶香は、幸せそうに画面を見ている三葉を見て、両肘を机の上に乗せて、両手で頬を覆って笑顔で彼女を見ていた。
●○●○
「瀧くん」
「ん? なに?」
「ん~ん~……呼んでみただけ~」
「なんだよ、それ」
……夜も更ける時間、瀧からの誘いを受けて彼の家に尋ねた三葉は瀧の太ももを枕代わりにして、本を読みふける瀧にちょっかいとも言える行動をしていた。
実は今の三葉は瀧のことが愛しすぎて仕方がない状況なのだ。
三葉が瀧の家にお邪魔したのは午後7時くらいなのであるが、彼女が部屋の扉を開けた時に漂ったのは香ばしいシチューの匂いだった。
そう、瀧は三葉のために夕食を振る舞ってくれたのだ。瀧からすれば昼のお礼のようなものを兼ねているのだが、三葉からしたらそのようなサプライズを受けてもう心は有頂天。
更に今日一日、早耶香と瀧とのことを話していたおかげで、瀧への愛情はこれでもかというほどに大きくなっていた。
だからいつもより甘えていて、いつもより構って欲しいからちょっかいをかけているのだ。そんな三葉に対して苦笑いを浮かべつつ、しっかり頭を撫でたり髪を解きほぐしたりしている辺り、瀧も嫌がっているわけではない。
「瀧くん、三葉さんは瀧くんに構って貰えなくて不満があります」
「はいはい、じゃあどうしてほしいんだ? 三葉さんは」
「ん~……」
瀧は本を閉じて三葉を上から見つめながらそう問うと、三葉は人差し指を下唇にあてがって考える。
……確かにもう充分に構って貰えている自覚はあるものだから、これ以上何かをしてもらうなんてそうそう思いつかないものだ。
――厳密にはたくさんあるが、それは三葉の口からは言えないこと。いつもなら求めないことでも、今日の三葉はそれを心の底から望んでいた。
「……しりとりしよ?」
「……まあ良いけどさ」
三葉から子供っぽい提案に苦笑しつつ、瀧は頷いてしりとりをすることにした。
「めだか」
「かい」
「いす」
「すし」
「しき」
……しりとりを初めてすぐに「き」の文字が三葉に回ってくる。
――三葉は言葉を詰まらせる。すごく言いたい言葉があるのに、それはとてもじゃないが言えないのだ。言ったら自分がすっごくいやらしい女なんじゃないかと思ってしまうのだ。
三葉はあれこれ考えた結果、やはり言えずに言葉を返した。
「き、きつつき」
「……キス」
――三葉の返しに対して、瀧が返したのは彼女が求めていた言葉であった。
瀧は頬を真っ赤にしながら、三葉に顔を近づける。
……三葉は突然のことに驚き、胸の高鳴りを抑えられない――しかし瀧を受け入れるように、目を瞑った。
部屋に聞こえるのは瀧と三葉の鼓動の音と、時計の短針の音だけだ。
瀧と三葉の吐息が交わる。
「……んっ」
――そして、三葉の唇と瀧の唇が、ゆっくりと重なった。
唇が重なった時、三葉の吐息が漏れる。
……その時間は本当に数秒ほどのものだが、しかし体感時間はもっと長く感じていた。
――ただの唇の接触である。手を繋ぐのとなんら言葉の意味では変わらない行為に、二人は満たされていた。
「あっ……」
「……ご、めん。その――ちょっと、今日はそういう気分だったんだ」
……唇が離れることが名残惜しいのか、三葉はそんな声を漏らす。瀧は突然三葉の唇を奪ったことを謝罪しつつ、視線を彼女から逸らした。
――そんな彼を見つつ、三葉は彼の後ろ首を両手で抱えて、無理やり自分の顔に彼の顔を近づけさせた。
瀧は三葉の突然の行動に驚くも、三葉は紅潮しながら瀧を真っ直ぐと見た。
「……ずるい。私をこんな気分にさせたんやから、責任取ってよ」
「……三葉も、ズルい」
――重なる二度目のキス。一度目よりも長く、瀧は三葉の身体を抱きしめ、三葉は瀧の身体を抱きしめる。
……ただのキスで、二人は満たされる。
……すると、三葉のスマートフォンのバイブがブルブルと震える。
――三葉はそれを無視して、今は……瀧との時間を、吐息を感じる距離で過ごした。
最初は二人の周りの話で、最後は……ええ、特に言及はしません!
これから少しの間は二人の所謂日常の話を少し続けて、その中で他の原作のキャラなどを絡ませていこうかなと。
ではまた次回の更新をお待ちください!