君と、ずっと   作:マッハでゴーだ!

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むすばれるココロ

「……ん」

 

 彼女、三葉が目を覚ました時、まず最初に視界に映ったのは知らない天井だった。アルコールの影響がまだあるからか、自分が置かれている状況を理解することに時間がかかる。

 三葉はそこがどこであるかという疑問を抱くことなく、うつ伏せになって枕に頰ずりした。

 

「瀧くんの匂いや〜」

 

 なんて情けないほどのダラけた声で、そう本音を漏らす三葉。

 瀧の匂いがするのは当然だ――ここはその当人の家で、そして当人のベッドで枕であるのだから。

 夕食として居酒屋にいった瀧と三葉は、三葉の予想外の酔いによる暴走で終電を逃し、瀧がマンションに帰る分しか持ち合わせがないということで彼は三葉を家に連れ帰った。

 もちろん理性が微妙に飛んでいる三葉がその事実を認知するのは、もう少し後のことだった。

 ――数十分後。

 

「……あれ、ここどこ?」

 

 一通り匂いを堪能した三葉が本当の意味で素面に戻った瞬間であった。三葉は起き上がり、しかし枕はしっかりと抱きしめながら辺りを見渡す。

 部屋は暗く、三葉はまだ少しふらつく足つきで部屋の電気を付けた。

 その室内には卓が一つと本棚が置かれている。本棚には建築や美術関連の本がびっしりと収納されていて、そこで三葉はここが瀧の家であるということを認識した。

 

「瀧くん、建築の勉強してたって言ってたよね。……そっか、ここは瀧くんのお家――瀧くんのお家!?」

 

 取り乱す三葉だが、もう既に手遅れの反応である。

 いわば三葉は酔い潰れた挙句に好きな男に介抱されただけでなく、お持ち帰りされているわけである。状況を客観的に言い表すと、なんら違いはない。

 何気に身持ちの固さには自信を持っていただけに、三葉は自分の軽率な行動に後悔した。

 ――相手が瀧くんだからいいものを、他の男の前で絶対そんなことしちゃダメだ。

 三葉は声には出さないが、心の底からそう思った。

 この台詞を聞けば瀧が赤面するのは確実であろう。

 

「……うぅ、トイレ」

 

 急激な尿意に苛まれる三葉は、瀧の部屋を出てトイレに向かう。

 初めて瀧の家に来たというにも関わらず、三葉はまるで場所を知っているようにトイレへと向かう。

 リビングを抜けてトイレの扉を開け、下着を脱いだところで三葉はふと思った。

 

「――あれ、なんで私、トイレの場所知ってるんだろ?」

 

 ふと、そんな疑問を抱いた三葉であった。

 

○●○●

 

 トイレを済まし、三葉は瀧を探すためにリビングにある椅子に腰かけていた。

 物は比較的少ないものの、元々瀧は父とここに二人で住んでいたため、父との二人暮らしの面影はまだ残っているのだ。瀧の父は仕事の転勤のためこの家を瀧に託して、今は違う地域で一人暮らしをしているというのを三葉は知っている。

 しかし、残念だがリビングには瀧のいる様子はない――と三葉が考えていた時、不意にシャワーの音が聞こえた。

 

「あ、瀧くんはお風呂か」

 

 三葉はリビングの時計を見て納得する。既に時間は午前2時を過ぎていて、眠っていても可笑しくない時間だ。

 ……しかし、その静けさと共に聞こえるシャワー音が三葉の緊張を促した。

 気になる男性の一人暮らしの家に、酔った結果とはいえお邪魔してしまい、更にはその男性こと瀧は一人シャワーを浴びている。

 アルコールは完全には抜けておらず、まだ身体がほんのり熱い三葉は、その事実から色々と思考を巡らしてしまう。

 全てが全て初めてのことだからか、良からぬ想像をしてしまう。それこそ女性がするようなレベルでない想像を。

 

「た、瀧くんが迫ってきたら……ぅぅぅ」

 

 きっと抵抗できない、というか抵抗をしないと三葉は思う。たぶん、受け入れてしまう。

 三葉はそれほどに瀧という男を受け入れているのだが、やはり彼女がそもそも巫女をしていたところからか、順序を重んじているのだ。

 ……欲望と理性は共存しない。どちらかを我慢しないと、突出できないのが欲望と理性だ。

 ただ時に理性的に欲を叶える人もいないわけではないが――

 三葉はそんな妄想を振り切るために、リビングを色々と見て回る。

 いくつか写真立てがあり、そこには友人と共に映る瀧や、父親と高校や中学の入学式に写真を撮っている瀧が映っていた。

 

「ふふ、瀧くん、今より子供っぽくて可愛いな」

 

 三葉は中学生時代の瀧を見て、ふとそう微笑む。

 思春期にありがちな、親と微妙に距離を取っている距離感が微笑ましいのだろう。

 三葉にとって親との触れ合いは、子供の時代ではほとんどなかったのだから、少し羨ましくあった。

 ……三葉はふと、写真立ての近くに置かれているスケッチブックが目に入った。

 

「あー、瀧くん結構絵を描くって言ってたっけ……。ってか建築をお仕事してるんだっけ? 確か内装デザイナーだよね」

 

 三葉の言う通り、瀧の仕事はインテリアデザイナーだ。もちろんまだまだ駆け出しで下っ端ではあり、今は先輩監修の元で修行中の身。

 そのせいか、物は比較的少ないものの瀧の家は非常にお洒落な内装をしていて、そのセンスがにじみ出ている。

 ……対する三葉もまた瀧と少し似ているものを職業としている。三葉は組紐などを作る経験を基に非常に器用であり、今はファッションデザイナーとしてアパレル業界に身を置いているのだ。故に三葉は常にファッションには気を遣っており、そういう意味では瀧と同じく服装にセンスがにじみ出ている。

 ――職業柄、他人の価値観というのが気になる三葉。特に互いにデザインの職を手につけているため、三葉は瀧の描く世界が気になった。

 

「……ごめんね、瀧くん!」

 

 三葉は好奇心には勝てず、スケッチブックを手に取ってその一ページ目を捲った。

 そこには瀧くんが想像するたくさんの内装装飾のデザインがあった。それだけではなく家具のデザインや、時には風景画さえも。

 三葉は瀧の世界に魅入ってしまう。まだまだ粗さはあるものの、三葉は瀧のセンスを肌で感じていた。

 それに触発されるように、三葉はその室内に合う内装の装飾や染色がどんどん思い浮かんでくる。

 

「……すごい」

 

 ――最初に出た言葉は、それだった。共通の価値観を得て嬉しく思う前に出てきたのは、一人のデザイナーとしての尊敬と賞賛の言葉。

 インテリアとファッションで違いはあるものの、三葉は素直に瀧の価値観に凄みを覚えた。

 瀧の創造する内装は、心の底から落ち着くような穏やかなものばかりだ。どこか自分の元々いた糸守の風景を思い出す三葉。現代風にアレンジされたその内装に、三葉は心を、目を奪われる。

 ページの序盤でそれだ。三葉はスケッチブックを更に捲ろうとしたその時――パサッと、二つ折りにされた千切られたスケッチブックの紙が床に落ちる。

 三葉はそれに気付いて、すぐにその紙を拾い上げた。

 そしてすぐにスケッチブックにそれを挟もうとした――が、やはり好奇心がその意味深な紙の中身を知りたがる。

 その紙は何年も前なのか、少し湿気で茶色く変色している。

 ……三葉は、その紙を開く。

 ――そして、目を見開いた。

 

「ま、まって……っ! ど、どうして――」

 

 ……三葉は驚くしかなかった。

 その紙に大きく描かれた風景に、心の底から驚いた。

 ――それは三葉も知っている風景だった。

 それは特別知られているような風景ではない――いや、ある意味では有名であるが、その風景を世間一般で知っている人は中々いないもの。

 少なくとも、三葉はこれを偶然で片づけることは出来なかった。

 ――三葉の目に映る風景は、彼女の故郷の風景。

 

「――糸守を、どうして?」

 

 ――今は亡き糸守の風景を見て、三葉は涙を瞳に溜めた。

 突然のことに、三葉は糸守の風景を見つめながらそこから動けなかった。

 ……その時だ。

 ――シャワーの音は止まっており、リビングの扉が開いた。

 

「あっつー。三葉は寝てるか――な……」

「た、瀧くん! 勝手に見ちゃってごめんなさい! でもこれについてちょっとお話が――あるん……」

 

 瀧が開かれた扉から現れたものだから、三葉は手元の糸守の絵について聞こうとした。

 ……しかし、瀧と三葉は互いに最後まで言葉を言い終わることなく、固まる。

 ――三葉の視線は瀧の顔から、瀧の下腹部へと向かう。

 ――瀧の視線は三葉の姿から、自分の下腹部に向かう。

 ……普段の家での習慣というものは、割と誰かが居てもしてしまうものである。特にその相手が心を許している相手なら尚更である。

 ――男の一人暮らしなら、風呂上りに身体が冷めるまで裸でいるのは普通である。瀧もまさか、リビングに三葉がいるとは思わなかったのだろう。

 

「――ご、ごめんなさい瀧くん~~~!!!」

「――う、うぉぉぉ!? 三葉、なんでリビングにいるんだぁ!?」

 

 ――あられもない瀧の裸を前にして、三葉は顔を手で隠して謝る。瀧はそんな三葉を前にして、すぐにタオルで下半身を隠す。

 ……リビングに、なんとも言えない空気が立ち込めた瞬間であった。

 

「――私も脱ぐから許して~~~!!!」

「ちょ、早まるな三葉ぁ!!」

 

 ――夜中にも関わらず、近所の迷惑を忘れていた二人の騒動であった。

 なお、翌日隣人から苦情を受けるのは必至なのであった。

 

●○●○

 

「三葉がいるのにいつも通り裸でいてごめん!」

「瀧くんの家なのに勝手して、勝手に色々見ちゃってごめんなさい!」

 

 ……あれから少し経ち、とりあえず瀧は自分の部屋で着替え、三葉も瀧から服を借りてシャワーを浴びて現在となる。

 二人は少しは落ち着いたのか、互いの悪い所をリビングで対面になって謝っていた。

 ……三葉の謝罪内容に若干違和感を感じる瀧だが、もうツッコまないことにした。

 瀧は見られたことに羞恥を覚えるも、いつまでも気にしていても仕方ないと割り切って、席を立って冷蔵庫に向かった。マグカップを用意し、お湯を沸かして冷蔵庫に入っているレモネードの原液をカップに適量注いだ。

 湧きあがったお湯をその中に淹れ、瀧はホットレモネードを三葉に手渡した。

 

「ホットレモネード。これ飲んだら少しは酔いもマシになるだろ?」

「サラッとお洒落な飲み物出すね。普通自家製レモネードとか作らないよ?」

 

 三葉は何気にお洒落な瀧に苦笑しながら、温かいレモネードを飲み込む。

 ほんのりある酸味に甘味が混ざって、絶妙な美味しさであると三葉は思った。あとでレシピを聞こうということを決めつつ、三葉が気になってしまうのはやはり、糸守の絵のことである。

 隕石の落下によって消えた自分の故郷の絵を、何故都会出身の瀧が描いたのか。それがどうしても気になってしまうのだ。

 しかし先ほどの裸事件のせいで、中々聞ける雰囲気にならなかった。

 

「仕方ないだろ? 家は父さんとずっと二人暮らしで、家事を分担してたんだからさ。それに考えに詰まったときこれ飲むと落ち着くんだぜ?」

「……まぁ、それは分かるけどさ――女の子的には、やっぱりそういうのをしれっとやられちゃうと何か負けた気がするんだよ」

「――じゃあ今度は三葉が俺になんか作ってくれよ」

 

 瀧は特に意識することなく、考えたことをそのまま三葉に言った。すると三葉は目を丸くする。

 ……そして、笑みを浮かべた。

 

「――うん! 絶対瀧くんの胃袋掴むんよ!!」

 

 三葉は満面の笑みでそう断言し、そして意を決したように手元に隠していた絵を瀧の前に出した。

 瀧はその絵を見て一瞬驚くも、すぐに目を細めて絵を懐かしく見る。

 

「ああ、それか。どこで見つけたんだよ、それ――懐かしいな、その絵」

「……瀧くん、知っとるん? この絵のこと」

 

 三葉は窺うように、瀧にそう尋ねた。対する瀧はと言うと、その絵を手にもって見つめながら三葉の質問に応えた。

 

「――糸守。8年前にティアマト彗星の隕石落下で消えてしまった、田舎の町」

「……そう――それで、糸守は私の故郷なんよ」

「……っ」

 

 瀧は三葉からの告白に一瞬目を見開いて驚くも、すぐに納得する。

 以前に家族で東京に来たと言っていたことと、8年前の糸守の出来事が繋がって納得したのだ。

 

「そっか……。だから、この絵を見て驚いたのか」

「……うん。これ見た時はびっくりしたよ。まさかこんなところで故郷の風景を見ることになるなんて、思ってもなかったから」

 

 三葉は8年ぶりの糸守の美しい風景を見て、表情が綻ぶ。

 もちろん糸守の風景自体は写真などが残っているからいつでも見ることは出来る。しかし三葉はそこからは何も感じないのだ。

 だってその写真に、命は一切宿っていないから。

 だけど瀧の絵は違うと三葉は思った。瀧の描いた糸守の絵は、言葉にならない良さがあったのだ。

 まるで――糸守の風景を心の底から想って描いた。そんなものを三葉は感じ取っていた。

 

「……それで、何を聞きたいんだ?」

「うん。……瀧くんはこれ、いつ描いたの?」

「そうだな……。たぶん、5年前」

「たぶん?」

 

 三葉は瀧の曖昧な返答に首を傾げた。

 しかし、瀧もこう言うしか方法がないのだ。何故なら、瀧もはっきりとは覚えていないから。

 

「俺もこの絵を描いていたはずの時をはっきりと覚えていないんだ。むしろこの絵を久しぶりに見つけるまで、ずっとこの絵のことを忘れてたんだ」

「……つまり、思い出してることもあるんだよね?」

「ああ――少なくとも俺は、糸守を心の底から美しいと思いながらこれを描いていた」

 

 瀧は絵の線をなぞりながら、懐かしむようにそう言葉を連ねる。まるで今、その時のことを思い出しながら話しているようであった。

 

「これを描いた理由は……確か、どうしても糸守に行かないといけない何か(・ ・)があったはずなんだ。だけど俺の持っていたのは記憶だけの糸守で、それを絵に起こした……んだったと思う」

「記憶?」

「記憶っていうのはたぶん語弊がある。でも確かに、俺は糸守を知っていたんだ。でなければ5年前のあの日、俺は糸守を訪れなかった」

 

 瀧はそう言うと、自分の手の平をじっと見る。

 

「この風景を見ると、どうしても心が苦しくなるんだ。でもそれとは反対に、この風景を見るとどうも心が休まる――まるで住んでいたって感覚に囚われたんだ」

「……私と同じ感覚だよ、それ」

 

 ――三葉は瀧の隣に座りなおし、彼の手を握ってそう言った。瀧はその行動に少し驚くも、繋がれた手から三葉を感じて、何も言わず三葉の目を見つめた。

 

「私もね、瀧くんの絵を見た時、もう故郷はないって心苦しくなった。でも久しぶりに見れた糸守が綺麗だって、心が温かくなった――可笑しいよね。変な話、私と瀧くんが一緒になってるみたいな感覚だよ」

「……なぁ三葉」

 

 瀧は三葉を見つめながら、手を強く握る。

 

「最初、俺たちが会った時にさ。俺はお前にどこかで会ったことがあるって言ったよな?」

「……うん。私も、会ったことがないはずなのに、瀧くんのことを知ってるみたいだった」

 

 最初の出会いから、妙な確信が二人にはあった。妙な予感があった。

 ずっと誰か、名前も知らない人を探していた。ずっと何かを求めていた。

 その誰かが、求めていたものを二人は互いにそれぞれであると確信していた。

 ここで改めて、そのことを瀧と三葉はしっかりと伝えた。

 

「――俺、もっと三葉のことを知りたい」

「――私も、もっともっと瀧くんを知りたい」

 

 二人の心の底からの本音を、想いを互いにぶちまけるように。

 繋がれた手は二人を『ムスビ』、二人の全てを繋ぐように紡がれる。

 言葉と共に熱を、呼吸を、視線を――想いを結んだ。

 

「こんなことをさ、勢いで言いたくはないんだ。でも、もう我慢できない。この気持ちに、これ以上俺は蓋をしたくないんだ」

 

 瀧は言葉を紡ぎ、三葉はそれを紅潮して、待つように聞く。

 既に二人には、周りの音は聞こえてなかった。 

 時計の奏でる規則的な音も聞こえない。

 聞こえるのは互いの鼓動音。うるさくけたたましいほどの胸の高鳴りだけ。

 

「――知り合ったのは1週間くらいだけど、もっと前から俺と三葉はムスばれてたんだ。だから一目見て、俺たちは後先考えずに動いたんだ」

「……この手の平が、きっとその証拠だよ」

 

 ……瀧は思った。

 ……三葉は思った。

 ――誰にも、この三葉を見せたくないと。

 ――誰にも、こんな瀧くんを見せたくないと。

 それほどの激情が二人を支配するほど、もう想いは高まっていたのだ。

 ……勢いだけではない。元々望んでいたことだ。ずっと、最初に会った時には想い合っていた。

 

「――君のことをもっと知りたい。君ともっと過ごしたい。もっと話して、もっと一緒にいて……」

「……うんっ」

 

 瀧は頬を真っ赤にして、探り探りの想いの形を言葉にして、それを紡ぐ。

 三葉はそんな瀧を待つように瞳に涙を浮かべ、でも笑みを浮かべて瀧を待った。

 そして――その時は来る。

 

「――ずっと、一緒にいたい……ッ!!」

 

 ――瀧は、三葉を強く抱きしめる。

 三葉は瀧に抱きしめられた事実を理解し、理解した上でそれを心の底から受け入れた。

 瀧を抱きしめ、涙を流した。

 ――ずっと言葉には出来なかったこと。瀧も三葉も、言葉にしたくても出来なかった言葉。

 

「――好きだよ、瀧くん。どうしようもないくらい、君のことが……大好きっ!!」

「――――」

 

 ――三葉の言葉は、瀧の言葉を、行動を受け入れるには十分なものだった。

 ……三葉は、こんなにも嬉しいのに涙を流したことは初めてだった。

 涙を流しているのに、どうしてこんなにも嬉しいのか――答えは、分かり切っていた。

 想いは通じた――二人のしてきたこと(・ ・ ・ ・ ・ ・)は、決して無駄ではなかった(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)のだ。

 

「……ずっと一緒にいよう、三葉。もしどっかに行っちまって、どんなとこにいても――お前が世界のどこにいても、俺が必ず、もう一度逢いに行くよ」

「――なんやの、それ……。かっこ、つけすぎや……ッ」

 

 ……二人は嬉し涙を流しつつ、ずっと抱きしめ続ける。

 ――互いの空白の時間を埋めるように、互いで互いを満たすように。ただ抱きしめ合った。

 そこには劣情などというものはない。

 純粋な想いで、互いが互いを想う気持ちで……二人はこの時間が、ずっと続けばいいと。そう心の底から願っていた――

 

○●○●

 

 ――名残惜しくも、終わりの時間は来る。

 その日を抱きしめ合ったまま眠りに落ちた二人が起きた時、それは心が休まるものだった。

 衣服の乱れなどなく、本当に抱きしめていただけ。それだけなのに、瀧と三葉は、全てが結ばれたような気分であった。

 起きて、互いに目を見合わせて、次に生まれるのは笑顔だった。

 

 

 ……三葉は身支度を済ませ、一旦家に帰る。幸い仕事は昼からで、それまで時間があることに三葉は安堵した。

 家に着き、三葉は祖母に顔を見せる。祖母は朝帰りについて特に怒ることなく、逆に「ええ顔、しとるな~」なんて言葉を漏らした。

 すると三葉の帰りを待っていたと言わんばかりに、少しばかり悪戯な笑みを浮かべる四葉。彼女は両手を後ろで組み、窺うように三葉に近づいた。

 

「お姉ちゃーん? 昨日はどうだった~?」

「……ん? ああ、四葉か」

 

 三葉は四葉に背を向けながら、特に焦ることなくそうしれっと返した。

 そのことに四葉は疑問を持ち、すっと三葉の前に出た。

 

「おっかしぃな~。何かあったのなら、もっと動揺すると思ったんだけど、そういう反応ってことは何もなかったって――」

 

 四葉は少し期待外れだったと言わんばかりに嘆息し、やれやれと言わんばかりに肩を落とし、初めて姉である三葉の顔を見た。

 ――そして、その顔を見て驚いた。

 いや、違う。驚いたのではなく――見惚れた。

 そこにあったのは、四葉の知る『宮水三葉』ではなかった。もちろん彼女が別人になっているというわけではない。

 瀧と出会う前の三葉とも、瀧に出会ってから変わった三葉でもなく――

 

「……どうしたの? お姉ちゃんの顔に、なんか付いとる?」

 

 ――こんな幸せそうに微笑む、穏やかな三葉を見たのは初めてだった。

 こんな笑みを浮かべられたら、どんな人だってひとたまりもない。

 それほどの魅力的な三葉を前に、四葉は言葉を失ってしまったのだ。

 

 

 ……三葉は安堵した。仕事が昼からであることに。

 時間があることに安堵した――だって、この余韻をまだ少しだけ、味わっていたかったから。

 三葉は自室にて、自分の身体を抱きしめるように両手をギュッとする。

 

「――残ってる。瀧くんが……」

 

 ――腕の中にある大切な恋人の温もりを感じる三葉。

 その心は……満たされていた。




('ω')エンダァァァァアア(ε:)イヤァァァァアアアアア(,ω,)ウィルオオオオルウェイズ(:3)ラアアブユウウウウアアアアアァイ('ω')ウィィィル オォォォルウェェェェイズ٩( ᐛ )وラアブユゥウウウ"

……ってことで、最新話でした。
よっしゃ来たぜ、こういうのを作者は描きたかったのです!
……ところで、作者的にもあまりしたことがなかったのですが、実は女性視点の心理描写って案外楽しかったりするんですよね。
上手く言っているかは自分では分からないんですが、やはり男性と女性では恋愛心理は違うと思います。根本の部分では同じですが、側面がね、決定的に。

6話にしてついに恋人になってしまった二人ですが、話はもう少し続きます。だってまだまだイチャイチャしたりないんですもん。

……最後に、この作品を読んでくれている方々。ちょっとした勢いで描いた本作が、高評価の嵐ってことに作者めちゃくちゃ驚いています。
本当に心の底から嬉しいですし、称賛が嬉しくて、自分も楽しんで書いています。
どうか今少し、自分の『君の名は。』の物語にお付き合いください!

それではまた次回の更新でお会いしましょう!

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