君と、ずっと   作:マッハでゴーだ!

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デート編
瀧くんデート大作戦 ~昼の部~


 ずっと心に残る景色があった。

 8年前にティアマト彗星の一部が分裂し、日本のある地域に落下し、とある田舎町を消失させたという出来事があった。

 隕石の落下によって消えた田舎町――糸守町。

 何の変哲もない田舎町であった糸守町はそれによって消失し、今では見る影もない。

 ……そんな悲劇に遭った糸守町だが、何の奇跡かは分からないが、丁度彗星の片割れが落下した日に避難訓練を催していたそうだ。

 その結果、墜落による人的被害は異様に少なく、死傷者は限りなく少なかった。

 ……なぜ俺がこんなにも糸守のことに詳しくなってしまったのかといえば――厳密には分からない。

 ただ、俺は今から5年前に糸守に訪れた。友人である藤井司やバイト先の先輩であった奥寺ミキと一緒に、小旅行という形で。何の目的でわざわざ学校をサボってまで何もないあそこに向かったかは、今となってはもう覚えていない。

 不思議なことに、それを思い出そうとすると頭にモヤのようなものがかかるんだ。

 ……それでも一つ、鮮明に覚えていることがある。

 二人と別行動を取った俺は、糸守にある変な洞窟に一人で入っていった。そして山の山頂で一晩過ごしたんだ。

 その間の記憶が俺にはない――でも、それからだ。

 俺が既に消えてしまった糸守という田舎町に心を惹かれたのは。

 その風景を見ると、心がどうしようもなく締め付けられるようになったのは。

 

「……でも、今はそんなことないよな」

 

 俺は糸守町の人々が有志で集まって作った、今はない糸守町の美しい風景が収められている一冊の本をじっと見つめる。

 その中の一ページを見て、ついつい表情が穏やかになった。

 ……時折、この本を見ることが習慣付いた。心が押しつぶされそうな時、ストレスが限界を超えた時にこれを見ると、なんでかまだ頑張れる気になったんだ。

 変な話だけど、さ。心が締め付けられる激情に駆られると同時に、心が癒されるんだ。

 ……俺は、学生時代のいつかは忘れたけど糸守の風景をスケッチブックに描いていた。

 俺は不意に、時計を見る。

 既に短針は0時を示していた。

 

「……っと、そろそろ寝ないと明日に響くよな」

 

 俺は本を閉じて本棚に戻して、リビングの照明を消した。

 そして歯磨きをしようと洗面台にいき、鏡の前に立って自分の顔を見た。

 ――三葉に会いたいな。鏡に映る自分を見て、そう思った。

 ……駄目元で良いから行動に移そう。漠然とだけどやりたいことを見つけることが出来たんだ。

 俺はそう思って、ポケットに入れていたスマフォを取り出して操作する。三葉の電話番号を見つけると、そのまま三葉に電話をした。

 プルルル、プルルルと二度ほど音がなり、3コール目で三葉は電話に出た。

 

『もしもし? どうしたの、瀧くん。こんな時間に』

「ああ。その……えっと」

 

 三葉に正論を言われて言い淀む。

 ……普通に「明日どこかに行かないか」って言えたら良いのに、俺のヘタレ具合がそれを許してくれない。

 ……とりあえず自分の心を落ち着かせる意味合いで世間話でもしよう。

 そう考えて話し出した。

 

「――な、なんか三葉の声が聞きたくなってさ」

『…………ふぇ? えぇええええええ!?』

 

 ――そう考えた上ですっと出た言葉が、誘うことより言い難い恥ずかしい言葉であったことに気づくのは、そんなに時間はかからなかった。

 

◯●◯●

「お姉ちゃん何してるん!? 今から瀧くんとデートでしょ?」

「何着ればええんか分からんのぉ!!」

「いつも通りでいいの!!」

 

 昨日の夜、突然瀧くんから電話を貰ってからというもの、私はずっと困惑の連続だ。

 瀧くんは私の声を聞きたいから電話を掛けてきて、それで……なんか吹っ切れたようにデートに誘ってきてくれた。

 今日は二人とも休日ということは知っていたし、ものすごく嬉しいんだけど――急過ぎて心の準備が出来てないんよ、瀧くん‼︎

 

「い、いつも通り!? 駄目駄目、そんなんじゃあ幻滅――」

「されないから!! 瀧くんはお姉ちゃんにベタ惚れだから最悪ジャージで行ってもダイジョーブだから!!――お願いだから、早く洗面台からどいてよぉ!! わたし今から学校なんだからー!!」

 

 朝から、私たち宮水姉妹の絶叫が家中に響き渡る。

 奥からおばあちゃんが「元気でええのぉ」なんて呟いているのが目に見えて分かった。

 ……結局身支度に時間が掛かり、私が家を出たのは数十分後。

 電車を乗って向かう事、数十分。新宿で待ち合わせしていて、そこから色々と遊びに行こうってことになっているんだけど……自分は電車の中で自分の恰好を見直した。

 フラワープリントのワンピースに白のカーディガン。髪の毛もしっかりとセットで来てるし、化粧もばっちり(代わりに四葉はメイクを断念したけど)。

 これなら大丈夫! ……なんて意気込んでも、やはりまだ足りないかな、なんて思っちゃう。

 どうでも良い人なら気にしないけど、絶賛接近したい人ナンバーワンの瀧くんなんだから、仕方ない。

 ……私は電車のガラスに軽く映る自分を――髪を結っている、組紐を見た。

 この組紐は小さい頃からずっとつけているものなんだけど、実は一度だけどこかで失くしていたんだよね。気付いたときにはまた自分の元にあったけど。

 ……そうしている間に、私を乗せた電車は新宿に着いて、私はすぐに瀧くんと約束している集合場所に向かった。

 駅からそれほど遠くないところにある歩道橋で待ち合わせしていて、私がそこに着くときにはもう瀧くんが既にいた。

 

「瀧くん!」

 

 私はすぐに瀧くんの名前を呼んで彼に近づくと、私に気付いた瀧くんが微笑んで私を受け入れてくれた。

 

「おはよう、三葉。その、急に誘っちゃって迷惑だった?」

「ううん! 全然そんなことないよ! むしろ嬉しいくらい……だったりする」

「そ、そっか……よかったぁ」

 

 瀧くんは安堵するようにそう言葉を漏らした。私はそこで瀧くんを良く観察する。

 ……最後に会ったのは一週間ほど前で、あの時の瀧くんは髪の毛を無造作に伸ばしていた。それでも私の補正も入ってカッコいい部類だったんだけど、今は……たぶん、誰の目から見てもカッコいいと思う。

 美容室にでも行ってきたのか、短く綺麗に切り揃えられた髪をしっかりとセットしていて、彼によく似合うジャケットを着こなしてカッコよさを底上げしている。

 ……手、抜かなくて良かったぁ!!

 

「三葉、その……似合ってるよ、服」

「あ、ありがと……」

 

 ……この何とも言えない空気が、ちょっと憧れだったりする。たぶん瀧くんもあまり経験がないからか、言葉をすごく選んだり私のことを考えてくれているってことがすぐに分かるから――なんか、すっごく幸せだった。

 私は瀧くんのことを考えてると落ち着かないけど、いざ瀧くんと一緒にいると安心できるからか、すごくリラックスできるんだよね。

 

「……瀧くん、仕事場ではそれ禁止だからね」

「え、それって?」

「……にぶちんの瀧くんには言いませんっ!」

「ちょ、三葉!?」

 

 ちょっと意地悪すると、瀧くんは焦ったように背を向ける私を窺って話し掛けてくれる。

 ――そんなカッコいい姿、他の人に見せたくないなんてことは絶対に言えない。そんな独占欲強い女だなんて、思われたくないから。

 ……っと、その時、瀧くんが私の手を掴んだ。その瞬間に、一気に心拍数が急上昇する。

 

「……瀧、くん?」

「あ、あのさ……今日って、デートで良いんだよな?」

「う、うん……」

「じゃあ……そういうことで」

 

 ……瀧くんは少し汗ばんだ手で私の手をギュッと握り、視線をあらぬ方向に向ける。

 ――もう少しスッとする方が男らしいんだろうけど、こう自分のために頑張ってくれてるって思うと、これはこれで有りなんじゃないかなと思う。

 少なくとも私にはすごくドンピシャで心打たれた――瀧くんはあれだ、年上キラーだ。

 後で瀧くんの周りのことを色々と聞かないとね。

 ……ともかく

 

「――色々と考えてきたから、今日はいっぱい楽しもうな!」

 

 ――とりあえず、今日は心の底から楽しもう!

 

○●○●

 

 昨日の夜に誘ってからネットとかをフル活用して立てたデートプラン。

 仕事でもこんなに使ったことがないって思うくらいに頭を捻ってデートプランだからか、三葉も楽しんでくれるかなーってちょっと心配してたけど――杞憂に終わって良かった。

 

「ふぁ~……こんな快晴だと、眠くなっちゃうね。あ、でも寝たら勿体ないから、寝んよ!」

 

 ――俺たちは今、新宿御苑に来ていた。御苑といえば様々な様式の庭園が観れることで有名な、新宿に来るならここに、ってことでここを選んだ。

 今は庭園を見ながら芝の上にレジャーシートを敷いて、三葉と並んで座っている。今日は快晴でアウトドア日和だからか人もちょっと多いように思える。

 俺は鞄の中から無難に選んだ紅茶を取り出して、三葉に渡した。

 

「……ありがと、瀧くん」

 

 三葉は下手に遠慮をすることなく、微笑んでそれを受け取ってくれる。キャップを外して三葉が紅茶を飲むと、コツンと俺の肩に頭を乗っけた。

 

「み、三葉? 周りの視線とかは気にしないのか……?」

「ん~? ……気にしないよ。外でチューしてるわけでもないんだから」

「…………」

 

 三葉がチューなんていうものだから、自然と視線が三葉の唇に向かう。

 ……リップが口紅かは分からないけど、プルンと瑞々しい唇。形は綺麗で……って昼から止めろ止めろ。変な気分になる。

 三葉の狙ってか天然か分からない行動のせいで取り乱してたらキリがない。三葉はたぶん、割と男を勘違いさせるタイプの女性だ。

 ――勘違いも糞も、そもそも一目見た時点で堕ちているのは俺だけども。

 

「…………あれぇ。四葉の雑誌には、効果抜群って書いてたのに」

「――」

 

 聞かなかったことにしよう。ああ、三葉さんがそんな小悪魔みたいな考えするはずがない。

 俺は心でそう断言して、ふと三葉の口から出た妹の話題を吹っかけた。

 

「そういえばあれから四葉から何か弄られてないのか?」

「……まぁ、ご想像で」

「うん、察した――」

 

 どうやら毎日弄ばれているようだ。ちなみに四葉とは連絡先を交換していて、割と高い頻度でSNSで絡まれる。主に三葉関連だけどさ。

 

「四葉とは確か一緒に暮らしているんだっけ?」

「うん。四葉と、お婆ちゃんとの三人暮らし。大学卒業してしばらく経ったら一人暮らしするつもりだったんだけど、妹とお婆ちゃんだけだと心配だからね」

「……両親は、って聞いても大丈夫か?」

 

 俺は恐る恐る三葉にそう尋ねると、三葉は苦笑しながら首を横に振った。

 

「お母さんはご想像の通り、私が小さい頃に亡くなったんだ。お父さんは……今は私たちのために頑張って働いてくれてる」

 

 三葉はスマフォを操作してある一枚の写真を俺に見せてきた。

 そこに映っているのは今より幼く、でも面影を残している高校生くらいの三葉と、小学生の四葉。そしてその左右にいるのは恐らく二人のお婆ちゃんとお父さん。東京のアパートの前で撮ったのか?

 

「8年前かな? 地元に居られなくなって、東京に越してきたんだ。元々お父さんとお婆ちゃんが凄く仲が悪くて……って私もかな? とにかく、すっごく揉めたんだけど――最終的にはお父さんが親としての責務を果たさせてくれって、そう言って皆で東京に来ることになったんだよ」

「……良いお父さんじゃん」

「すっっっっっごく、頑固だけどね!」

 

 三葉の何とも言えない表情に苦笑する。

 ……俺は高校生だった頃の三葉を凝視する。化粧っ気が全然ないのに、めちゃくちゃ可愛い。髪型は今と違って短髪で、髪をカチューシャの代用で組紐で飾っていて――ぶっちゃけ、可愛いけどあんまり似合ってないかも。

 俺、ロングの方が好きだからな。

 

「……あんまり髪、似合ってないって思ったでしょ」

「お、思ってねぇよ」

「嘘! 昔、同じようなこと言われたもん! あの時だって――」

 

 ……三葉はそこまで言って、少し言い淀む。

 眉間に皺を寄せて、なにかを考えるように声を唸らせた。

 

「……あれ? 誰に、言われたんだっけ……。あはは、ちょっと昔のこと過ぎて思い出せないのかな?」

 

 ……三葉は寂しそうな表情でそう言った。

 ――その表情を、俺は知っている。俺もよく似たことがたまにあるんだ。

 何か思い出しそうなのに、その何かを思い出すことが出来ない歯がゆさ。それがどうしても、何かを失くしてしまったような感覚がして、どうしても好きになれない。

 ……俺は気付いたら、三葉の手を握っていた。

 

「――俺、黒髪ロングが好きなんだよ」

「……それ、なんの慰めにもなっとらんよ?」

「だから! ……今の三葉、っていうか三葉なら何でもいいっていうか――強いて言うなら黒髪ロングで居てくれってこと!」

 

 俺はぷいっと顔を逸らして、少し大きめの声でそう言う。

 そのせいで周りからは突き刺さるような視線を貰い、ちょっとだけ居心地が悪く感じた。

 

「――ぷっ、ははは……そっか。ほんなら、私は瀧くん好みの黒髪ロングでおるよ。ってそないことを大声で言わんとって。恥ずかしい」

「さっき自分で気にしないって言った癖に」

「むぅ……人の揚げ足取るの、瀧くんの癖に生意気!!」

 

 三葉はプクッと頬を膨らませて、俺の額をコツンと小突く。少し子供っぽいことをしてくるので、俺は三葉の組紐をスッと抜き取ってやった。

 

「あ……もう、せっかくセットしたのに」

「最初に餓鬼っぽいことした三葉が悪い」

「女の子のせいにするの、男らしくないよ~」

「……俺だって、こんなことするのお前だけだよ」

 

 ……小声で呟くも、その声はばっちり三葉にも聞こえていたようで、彼女の顔が赤くなっているのを確認する。

 ――俺は不意に、自分の指にある組紐を見つめる。赤色と橙色で編まれた何の変哲もない組紐なのに、俺はそれをどうしても懐かしく感じた。

 ……俺の頭の中に、何故か残ってるフレーズを今思い出した。

 この組紐を見ていると、まるで懐かしい何かが頭に浮かんでくるように――俺は不意のそれを言葉に出した。

 

「――よりあつまって形を作って、捻じれて絡まって、時には戻って、途切れ、また繋がる」

「……それ、どうして瀧くんが知ってるん?」

 

 ……すると三葉は、俺の言葉を聞いて不思議そうな顔でそう言った。

 

「分からないんだ。誰に聞いたかも覚えてないけど、でも確かに覚えてるんだ。なんか、大切なことなんじゃないかって思うんだ」

「……その組紐、私が小さい頃にお母さんが組んでくれたものなの」

 

 三葉は俺の手元の組紐を指さしてそう言う。少し昔を懐かしむような表情だ。

 

「私はお婆ちゃんに聞いたんだ。糸を繋げることはムスビ、人と繋がることもムスビ、時間が流れることもムスビ――全部同じ言葉を使うんだって。私の家って元々神社で、私は巫女をしてたんだ。私たち巫女が編む組紐はその色々な『ムスビ』を司る神様の技なんだって」

「……神様、か」

「そっ。……ずっと信じてなかったけど、今はそう信じてみても良いかなって思ってるんだよね」

「――どうして?」

 

 俺は三葉にそう尋ねると、三葉は満面の笑みを浮かべ――

 

「――瀧くんとこうして出会って、楽しく笑っていられるんもきっと……ムスビやからね」

 

 澄んだ声で、そう断言した。

 ――ムスビ。その言葉が妙にしっくりきた。俺がこの組紐を妙に懐かしく思うのも、その言葉を知っていたのも分からない。

 だけど『ムスビ』というのは、とても大切なことのように感じた。

 もう二度と忘れないようにしないといけないような気がした。

 俺はもう一度、三葉の小さな手をギュッと握る。

 三葉は少し驚くも、すぐに微笑んで手を握り返す。

 その温もりを感じながら、俺たちは昼をゆっくりと過ごした。




色々とね、書いてたら原作にあった「二人は忘れてしまったけど、でもどこかで覚えている」感を出したくなりまして。
そこに初々しさを出すためのちょっとしたイチャイチャを加えましてこうなりました。
ちょくちょく三葉の標準語と方言が混ざってますが、それは仕様です!
次回は瀧くんデート大作戦夜の部でございます!

ちなみに今回の話が一人称なのは、より瀧くんや三葉の心情を表現したかったからです。ちょくちょく一人称と三人称が入れ替わりますが、あまり違和感のないように努力します!

ではまた次回にお会いしましょー!

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