君と、ずっと   作:マッハでゴーだ!

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映画の公開が終わり、円盤発売が決まったとのことで記念にちょいと描いてみました。
少しでも楽しんでもらえたらなと思います!


蛇足編
幸せな未来のプロローグ


「ねぇねぇ、パパー」

「――ん、どーした?」

 

 幼稚園児ほどの大きさの可愛げな女の子を膝の上に乗せて、彼は休日のひと時を過ごしていた。ソファーに座って一緒に娘とテレビを見ていた彼なのだが、娘のその問いかけに視線を娘に向ける。

 キッチンの方からはトントントン、と包丁とまな板が小刻みに奏でる家庭的な音が聞こえ、そちらからは彼女が微笑ましそうにその光景を見つめていた。

 

「パパってどうしてママとけっこんしたの?」

「……どうした、いきなり」

 

 娘の少しばかりおませな発言に彼は苦笑いをしてしまう。キッチンの方からはカシャンと物音が聞こえたことを考えると、彼女も少し動揺しているのが手にとってわかる。

 

「きのうね、あかぐみのたかしくんが『けっこんしようぜ!』っていってきたの」

「――よし、そのたかしくんのお家を教えなさい。俺が抗議にいってくる」

 

 ――親ばかというべきか、過保護というべきか。彼は割りと真剣な顔でそんな言葉を口走るものだから、娘はむむっと難しい顔をする。

 しかしこの娘、どこの誰に似たのかは定かではないが非常に耳年増である。結婚の意味もしっかりと理解しており、それを理解した上で彼にそう問いかけているのだ。本当に誰に似たのか、彼は若干心当たりがあるため、その心当たりを今度説教することを心に決めた。

 

「あ、でもおにいちゃんがたかしくんをせっきょうしてたよ?」

「――流石は俺の息子だ。たまに男を見せるな」

「――たまにってひどいぞ、とうちゃん!!」

 

 彼女の傍でお手伝いをしていた息子は彼の発言に断固反抗するものの、彼女に治められる。

 ……しかし、と彼は考えた。

 彼女と結婚を決めた理由というのが、実はないのだ。これが決め手だったというものがないため、非常に困る。

 ――だって出会ったあの時に、既にこんな未来を望んでいたのだから。

 最初に会った時から彼の想いは彼女だけに向かい、彼女の想いもまた彼にだけ向かっていた。こんな幸せな未来は約束されたものであったのだから。

 

「そうだな。んじゃ分かりやすく一言でいうなら――運命だよ」

「うんめい?」

「そっ。あいつ以外は考えられなかったから、何が何でもあいつと一緒に居たかったから、結婚した――な?」

「……何を恥ずかしいことを言ってんの、もう」

 

 ――リビングに息子を連れてきた彼女に彼がそう尋ねると、彼女は恥ずかしそうな表情を浮かべて顔をほんのり赤くする。

 その顔を見て彼は悪戯な笑みを浮かべた。

 

「まぁそんなところだよ――双葉」

「むぅ……」

「ふ、ふたばばっかりズルイゾー!」

「ははは、お前もまだまだ甘えん坊だなぁ――龍一」

 

 ――彼は娘と息子の頭を優しく撫でる。それを見て彼女はそっと彼の隣に座って、寄り添った。

 温かな家庭であると誰もが言う。微笑ましい家族であると誰もが称するだろう。

 それは彼と彼女が――立花瀧と立花三葉が描いた未来の一ページであった。

 

 

 ――これは蛇足の物語。幸せな彼らの後をほんの少し描いた……ただの蛇足の物語である。

 

○●○●

 

 ――二人の結婚生活を語る上で欠かせないのは、彼女である。

 二人と最も近い距離に居て、二人のことを最も大好きな少女。宮水三葉の妹である彼女の名は――

 

「あ、ごめんねー。私、あなたに興味ないからそれじゃあね」

 

 ――宮水四葉は今日も今日とて男子を振っていた。

 女子高生として最後の年の春からというもの、彼女の元に押し寄せるのは告白の嵐であった。彼女は気になる人がいなく、男子に対してドキドキすることがないという難病に掛かっていた。

 その結果が何十人切りという告白玉砕だ。数多の男子は彼女に好意を持ってしまうが、結果的に全てが玉砕されてしまう。それでも男子は馬鹿なもので、懲りずに彼女にアプローチするのだ。

 宮水四葉はそれに若干嫌気を刺しながらも、無碍にはせずに真正面から玉砕させる。

 来年には大学生になるための受験があるため、彼女としては色恋沙汰は二の次――というよりも恋人がいなくても現状、満たされているのだ。だから恋人を必要としていない。

 それもこれも――

 

「あの二人のせいだよ、本当に」

「あぁ、四葉のお姉さんと義理のお兄さんだっけ?」

 

 ――あの二人のせいだと、四葉は勝手に言いがかりをつけていた。

 ……この一年、三葉と瀧に挟まれて過ごしてきた四葉は人生でこれでもかというほどに幸せであった。その結果、今までなら「かっこいい」や「いいかな」と思っていた男性に対して一切の興味をなくしてしまい、それでも良いとまで考えるようになってしまったのだ。

 ――さて、そんな二人なのであるが、近々結婚を控えている。

 なんとあの瀧が三葉にプロポーズして、それを三葉が受け入れたのだ。付き合い始めて大体1年目の出来事であり、それはもう宮水家は荒れた。

 ……結婚を決めた途端に、今まで達観を決め込んでいた三葉の父の俊樹が、結婚を反対までとはいかないが早すぎるのではないか、と言い始めたのだ。

 そして本当ならば春に結婚するはずだったが、瀧と俊樹の話し合いが続き、今年の夏に入る前の6月に結婚となったのだ。

 

 

「うん。お姉ちゃんとお兄ちゃんが私に甘いから」

「あんたってシスコンを隠さないようになったよね。本当に」

「シスコンじゃないって」

 

 四葉の中では尊敬しかっこいいと思う人ランキングのトップ2が瀧と三葉で埋まっているのだから仕方がない。

 もしも日本で重婚が許されているのならば、彼女は迷わず瀧に求婚することは目に見えているだろう。

 ――さて、そんな彼女が二人の結婚を聞かされたときの心情はというと……それは複雑、であった。

 祝福する気持ちは大きい。しかし自分がこれから二人に甘えられなくなると考えると、少し複雑な気持ちが隠せないのである。

 

「ふむふむ、四葉は素直に二人の結婚を喜べないと見た――乙女心って面倒だよねぇ」

「そうそう、乙女心は大変なの」

 

 友人の言葉に素直に頷く四葉。

 実際に四葉の中の瀧に対する想いが本当に親愛なのか、恋心なのかはまだ理解していない。ただ少なくとも大好きな存在であるということだけは断言できる。

 とはいえ、自分が姉から彼を仮に奪えたとしても――その結果の未来も、違うのだ。

 その答えが出ないからこそ四葉はモヤモヤしていた。

 

「……ちなみに結婚式っていつなの?」

「明後日」

「――まさかの近日!?」

 

 ――結婚二日前の出来事であった。

 

○●○●

 

 ――とはいえ二人の結婚は素直に嬉しい。ということで四葉はこの一年間、アルバイトで少しずつ貯めたお金を握り締めて二人の結婚祝いを捜し求めていた。

 東京の街を一人散策する中で、四葉はたまたま旧友に出会う。

 

「――四葉ちゃん!」

 

 ――三葉の幼馴染の名取早耶香……ではなく、勅使河原 早耶香である。結婚して一番の悩みは名前を書くときに字画数が多すぎるという点である彼女は、東京で偶然四葉と再会した。

 その手には買い物をした後なのか、手袋を幾つか握っていた。

 

「さやちんはお買い物?」

「そうやよ~。四葉ちゃんは――もしかして三葉と瀧くんのあれかな?」

 

 流石に彼女の幼馴染は鋭かった。再会してものの数分で自分が東京を散策している理由を感づかれたため、四葉は素直に頷く。

 すると早耶香は突然、腕を組んでうんうんと頷き始める。

 

「やっぱりお姉ちゃん想いやね、四葉ちゃんは!」

「あ、あはは――ちなみにさやちんはもう買ったの?」

 

 一応、参考までに四葉はそう尋ねた。勅使河原夫妻も二人の結婚式に参加するため、用意しているのであろうと考えてのこと。無論、その考え通り早耶香たちも祝い品は用意していた。

 

「うん。二人は新生活だろうから、便利家具でもあげようって克彦と話し合ってね。やんわり瀧くんに探りも入れてなー」

「なるほど、瀧くんに探りか……でも出来れば二人にはサプライズであげたいんだよね」

「あ、そっか。……ちなみに予算はどれくらいなん?」

「えっと……」

 

 四葉は早耶香に財布の中身を見せると、早耶香は「おぉぉ」と唸り声を出す。

 それもそうだろう。四葉の財布の中には学生が用意するような額が入っていないのだから。普段自分の服以外にお金を使わない四葉の貯金は中々溜まっていたため、少し無茶が出来るのである。

 ……とはいえ、大金を使って用意したら四葉を心配する二人の姿は目に映る。

 

「……でも中々思いつかないんだよー。お姉ちゃんとおに……瀧くんが欲しがりそうなもの」

「んー、そうだね――欲しがりそうなもの、っていうのは少し違うんじゃないかな?」

 

 早耶香は人差し指を唇に当てて、ふとそう漏らした。

 

「たぶんあの二人は四葉ちゃんがくれるものなら何でも喜ぶと思うんやよ」

「それはそうだけど、せっかくなら――あ、そっか」

 

 四葉は何かを言いかけて、はっと何か気付いたような表情を浮かべた。そして徐にスマートフォンを開いて、画面を操作しながらそれをじっと見つめ続ける。

 ……そうだ、これだ。そう思うと同時に四葉は居ても立っても居られなくなり、顔をバッと上げた。

 

「ごめん、さやちん! なんとなく思いついた!!」

「ちょ、四葉ちゃん――あ、いっちゃった」

 

 思い立ったが吉日というように、四葉は早耶香を置き去りにして人ごみの中を走っていく。

 それを見て早耶香は少しばかり呆れつつも、微笑を浮かべて漏らした。

 

「ああいうところは三葉にそっくりやよ」

 

 そう呟くと、唐突に彼女のスマートフォンが震える。早耶香が画面に触れると、そこには三葉の二文字が表示されていた。

 早耶香は苦笑を浮かべつつ彼女からの電話に出る。

 

『あ、さやちん! さっき二人からのお祝い届いたよ! ありがとね、大事に使うよ!!』

「ちょ、三葉、声大きい」

『あ、ごめん……』

「――ほんま、この姉妹はこうと決めたらとまらんよね」

 

 しみじみとそう思う早耶香なのであった。

 

○●○●

 

 ――結婚式を前日に控えた瀧と三葉なのであるが、実はあまり緊張はしていなかった。

 瀧は三葉の父親と対峙した時の方が万倍緊張しており、逆に三葉は三歳上のアドバンテージでそこまでの緊張を感じていないのである。

 よって結婚前日の二人の新居での二人と言えば――

 

「瀧くん、プリン作ったけど」

「食べるよ」

 

 拍子抜けなほどにまったりしていた。この光景を早耶香と克彦が見れば愕然とするであろう(結婚前日の二人はガチガチに緊張していたため)。

 しかし二人にとって通るべき通過点は既に過ぎ去っているため、結婚式は一つのイベントに過ぎないのである。

 ――あの日、宮水神社で起きた奇跡を二人は覚えていない。しかし、あの日を境に二人は完全に繋がったのだ。

 途切れた糸が完全に結ばれたあの日からの二人と言えば、最早夫婦のような雰囲気であった。

 

「……こういう日って普通は実家に帰るとかするんじゃないのか?」

「私もそう思ったんだけど、おばあちゃんが瀧くんのところに行きなさいって」

 

 二人は三葉の作ったプリンを食べながら穏やかにそう会話を交わす。どこの世界に結婚前夜にプリンを頬張りながら安心しきった顔でのんびり過ごしているカップルがいるだろうか。

 ――二人はプリンを食べながらも、隣合わせで座りながら一冊の本を読んでいた。その題名は……「消えた糸守」。

 今はもうない糸守の風景画をまとめた一冊のビジュアルブックであった。

 その一ページ、一ページを捲りながら二人して微笑を浮かべる。

 

「これが宮水神社。こっちが学校に行くときに渡ってた橋で、こっちが……なんで私たちのカフェが映ってるんだろ」

 

 そこの一つ、昔に克彦と三葉(彼女には記憶なし)が作った、自動販売機の近くに置かれている木々でできたテーブルと椅子であった。なおその答えはこの本作成の監修の一人に克彦が携わっているからである。

 

「……三葉は不安とかないのか?」

「ふふ、わかってるくせになんでそれを聞くん? 私の口から言わせたいの?」

「――言葉にしてくれないと分かんないなー」

 

 瀧はあえてすっ呆けたようにそういうと、三葉は「もぅ」などと呟きを漏らすも瀧にもたれ掛かり――

 

「瀧くんとだから、不安じゃなくて喜びが大きいんやよ。明日やっと夫婦になれるって。これからはずっと一緒に入れるって思ったら、嬉しくて……だから、不安なんてないよ」

「そっか」

「あ、私も言ったんだから瀧くんもちゃんと言葉にしてよ!」

 

 瀧がそうして流そうとするものだから、三葉はずるいと言った。自分が恥ずかしいことを言ったのだから、瀧も言葉にしないと不公平であると抗議する。

 ……可愛らしい態度だと瀧は思った。出会って一年以上過ぎるのに、瀧の三葉に対する想いは留まらない。常に一番は彼女であると自覚し、他の人物に目移りをしないのである。

 そんな愛らしい彼女の――妻の要求を呑むのは旦那の努めである。瀧は肩を寄せる三葉の頭を撫でながらこう漏らした。

 

「――俺がこれから不安になることがあるとすれば、俺たちの宝物が生まれる時だけだよ」

「…………へ? そ、それって」

 

 三葉は瀧の突然の宣言に目を丸くして驚くと、瀧はすかさず彼女を押し倒した。その顔は少しばかり悪戯な笑みに包まれており、三葉は自分の現状を理解するのに数秒という時間を要した。

 そして理解が済むと次は顔を真っ赤にする――アドリブにめっぽう弱いのが彼女なのだ。

 

「え、た、瀧くん? き、今日は前日だし、それにまだ私たちそういうのは早いっていうか――」

「――お前の思考回路は先に進みすぎだから。何で今日作ることになるんだよ」

 

 瀧は三葉の土壇場の動揺具合に最早苦笑を浮かべる。だが押し倒すのは止めず、少しずつ彼女と顔を近づけていった。

 

「きょ、今日はしないんじゃないん!?」

「――作らないけど、しないとは言ってないよ?」

「で、でも結婚前夜だし、えっと」

 

 ――こうして夜は更ける。結婚前夜にも関わらず締まらないというのはある意味では、瀧と三葉らしいといえばらしかった。




結局描いてしまったよ、蛇足編! 
蛇足編は少しだけ続きます。少しだけやりたいことがいくつかあるので、それまではお付き合いください!

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