私、宮水三葉は上機嫌にいつもの日課に勤しんでいた。
いつも家を出る時間よりも数時間早く家を出て、恋人の瀧くんの家によって触れ合ってから会社に行く。
そうして始まる一日って、すっごく充実している。朝から瀧くんと一緒にいて心が温かくなったら、幸せで仕事も捗るんだよ。
……そういえば、会社といえば少しだけ変化があったりする。
以前、私が同僚に絡まれた時、瀧くんは私を助けるように間に入って、私の恋人発言をした。
その場面を実は会社の同僚や後輩、先輩にしっかり見られていて、割と広まっているんだよね。
「鉄の女に春が!?」……新聞の見出しにしたら、こんなものなのかな?
私としては別に隠していたつもりはないし、バレてもよかったんだけど、あれからかな。
同僚は私に近づかなくなり、私の周りには常に同性の社員が張り付くようになった。まるで男避けみたいに。
……噂で聞いたけど、瀧くんのあのときの行動が一部始終知られている。だから、あのときのかっこよさとかもみんな知っているわけで――簡単に言って、ちょっとした噂の的なんだよね。
四葉にこのことを話したら……
『さ、さすがお兄ちゃん……でも大丈夫なん、お姉ちゃん。瀧くんが無意識にそんな男前な行動ばっかりと取ってると、無駄に人気でちゃうんよ?』
なんて言ってきたから、しっかりと注意しないと。
私は結構嫉妬深いし、瀧くんの隣には絶対に私がいないといけないんだから。……そんな風に思っていると、自分が重いと感じてしまう。
……でも、瀧くんはきっとそんな私を普通に受け入れてくれるんだよね。えへへ。
「……よし!」
私は瀧くんからもらっている合鍵を使って彼の家の鍵を開け、家の中に入る。瀧くんはまだ起きていないみたいで、私は彼の寝顔が見たくて先に寝室に向かった。
「……ふふ、寝てる」
……瀧くんはまだぐっすりと眠っていて、無防備な寝顔を私に見せてくる。キュン、と胸が高鳴る。
瀧くんは普段は男らしいし、すごく頼りになる。でもたまに……私の前だけで見せてくれる無防備な仕草や行動。油断している瀧くんは、本当に愛くるしいというか、可愛いというか――とにかく母性本能がかきたてられる時がある。
特に寝ているときなんかは偶に寝言を言ったり、無意識に抱きついてくるときがあって……ダメダメ。
これじゃあただの変な女だよ!
「たーきくーん? 三葉やよ? はやく起きないよー」
私は瀧くんの耳元で、小さくそう囁くように言いながら体を揺らす。
……しかし瀧くんは起きない。普段寝起きがいい瀧くんなのに、一向に目を覚ます気配がなかった。
「……あれ? むむ」
……ならば次の手だ。私は無防備な瀧くんの頬にキスをする。
――そのとき、瀧くんの体温が尋常じゃないくらい高いことに気づいた。
「――も、もしかして……」
私はすぐに布団をどかして、瀧くんの状態を確認する。
……服は汗でぐしゃぐしゃになっていて、少し息が荒い。
私は自分の額と瀧くんの額を合わせた。
「……熱い。瀧くん、もしかして」
――紛れもない、風邪の症状だった。
私はリビングから体温計を取ってきて、瀧くんのTシャツの間から手を忍ばせて脇に体温計を挟む。
……計測が終わり、その数値を見て驚いた。
「39℃!? ……ど、どうしよう!」
私は少しあせるように動揺する――だけど、私が動揺してはダメだとすぐに気づいた。
今、苦しい思いをしているのは瀧くんで、今この状況を知っている上にどうにかできるのは私だけ。
彼女が彼氏の危機を助けなくて、何が恋人だ! ……そう心を落ち着かせて、まず私はスマフォをとって会社に連絡をする。
……事の次第を伝えると、すぐに返信はあった。幸い今日の仕事はミキさんとの打ち合わせくらいだったから、先方にしっかりと連絡を取って同意してもらえるなら、今日は来なくてもいいらしい。
ミキさんとの打ち合わせは昼からだから、次は瀧くんの方だ。
「瀧くん、ちょっとスマフォ借りるね?」
私は瀧くんのスマフォを勝手に触ることを謝りつつ、彼の電話帳にある瀧の勤務先に電話をかける。
数度のコールの後、電話は瀧の会社につながった。
『お電話ありがとうございます。○○建設デザイン会社の受付の塩田です』
「もしもし、私、そちらの会社の社員の立花瀧の関係者なのですが……」
『あ、立花くんですね。それでは、彼の上司にお繋ぎしますので少々お待ちください』
電話の受け付けの人は電話を保留し、内線で違う部署に通話を転送してくれる。数秒ほどのインターバルの後、電話は違う女性に繋がった。
『お電話変わりました。立花の上司の巡ヶ丘と申します』
「はい、私は立花瀧の関係者の宮水と申します」
『え……あ、はい。そ、それで宮水さん? お電話いただいたのですが、どういったご用件でしょうか?』
すると巡ヶ丘さんは何故か私の声を聞いて動揺する。
……特に私は気にすることなく、話を続けた。
「実は立花瀧が39℃の高熱を出していまして……体もあまり動かせない状態なので、私が代わりにお電話させていただきました」
『そ、そうですか……そ、それはご丁寧にありがとうございます』
「それで、本日は瀧く……立花をお休みにしていただきたいのですが」
『え、ええ。課長には私から伝えておきます――と、ところで、宮水さんは彼とは、ど、どういったご関係なのですか?』
……む。巡ヶ丘さんの質問に私は疑問を抱く。
こういうことを聞いてくるというのは明らかにおかしいと言うか、確実に彼女は瀧くんに好意を持っていると思う。女の勘でしかないけどさ。
――ほんのちょっとやり返し。だって私が彼氏がいることがバレて、瀧くんがバレてないなんて不公平だもん。
「――とても親密な関係でして、あの……それ以上言う必要はありますか?」
『――い、いえ……た、立花くんにお、お大事にと言っておいてください』
「はい」
巡ヶ丘さんは明らかに動揺した口調でそう言うと、すぐに電話を切る。
……牽制のつもりではあったけど、ちょっとだけ自己嫌悪した。こんなの、すっごく性格悪いよね。
少なくとも巡ヶ丘さんのことは瀧くんから偶に聞いていて、後輩想いのいい先輩だと思う。
……思うけど、それで自分の彼氏に好意を持たれるのは気持ちよくないというか――女心は複雑です。
とりあえず私はむしゃくしゃして瀧くんの額を指でパチンと弾く。
「うぅ……」
瀧くんは力のない声で唸るも、私は少し唇をツンと尖らせて……
「――瀧くんの色男。あほ」
――ちょっとだけ、意地悪をした。
◯●◯●
……目を覚ますと、とりあえず身体の節々が痛かった。
昨日の夜から身体の調子が悪かったのは自覚していたけど、まさかここまで身体がいうことを聞かないとは思わなかった。
――だけど、起きて自分の身の回りを確認して疑問を抱いた。
一つは寝る前の服と今の服が変わっていること。二つ目は自分の額に冷えた濡れタオルがピタッとつけられていていること。
……すっと時計を見る。時間は家を出ないとそろそろマズイ時間に差し掛かっていて、俺はすぐに立ち上がろうとする――しかし、身体が言うことを聞かなかった。
「……っ。マジか……」
立ち上がろうとした瞬間に立ち眩み、俺はそのままベッドに寝転がる。
……辛い。身体は動かないし、頭痛もする上に身体が猛烈に熱い。
そんな辛いときに思い描いたのは、三葉だった。
「みつはー……なんて呼んでも、な」
俺は少し苦笑を浮かべつつ、もう一度何とか立ち上がろうと試みる。
上半身を上げて少しだけ伸びをし、恐る恐る立ち上がる。
……なんとか大丈夫だ。とりあえずまずは会社に電話を――そのとき、唐突に俺の部屋の扉が開いた。
「――瀧くん! まだ寝とかんとあかんよ!?」
「み、みつは?」
――そこにいるのは三葉で、三葉は手に小さな鍋を持ちながら驚いた表情で俺を見ていた。
彼女は机の上に鍋を置いて、すぐに俺を抱きかかえると、そのまますぐにベッドに寝かせる。
……し、思考が追いつかない。何で三葉がここに? っていうか仕事は?
「駄目やよ? 辛いときはしっかりと休まんと……でも起きてくれてよかったぁ」
……三葉は心から安堵したように表情を緩める。
三葉は俺の手をギュッと両手で覆うように握った――そんな一連のことに、三葉に対して愛情が募る。
……辛いときに居てほしい人が居てくれる、そんな普通のことがどうしようもなく嬉しかった。
「来たときはびっくりしたよ。瀧くん中々起きないって思ったら熱があるんだもん」
「ごめん……。実は昨日から体調が優れなかったからさ」
「そっか……。でもそういう時はちゃんと私に連絡すること!」
三葉はそう人差し指を立てて、少し強めな口調でそう言う。
「……本当に心配したんやよ。大切な人が自分の知らないところで苦しんでるんは、イヤだからね」
そう言って三葉は、まるで俺を子供扱いするみたいに頭をそっと撫でる。
……三葉はちゃんと自分を頼って、そう言っているんだと思う。でもそうだよな。
俺だって三葉が困っているときは自分が誰よりも先に助けたいって思いから。……これは反省しないと。
「ごめん、三葉――今度からはちゃんと最初に言うから」
「……うん! いつでも私は駆けつけるから!」
……ただでさえ熱いのに、余計に身体が、心が熱くなった。
三葉ってこういうことを無意識で言ってくるからズルイよな。
って、それよりも――
「三葉、電話とってくれないか? ちょっと会社に電話を……」
「大丈夫やよ! もう私が連絡しておいたから」
「え、じゃあ三葉は――」
「それも大丈夫! ミキさんに連絡して、今日の打ち合わせは後で電話ですることになってるから! 今日の私は瀧くんの専属の……――お、お嫁さんみたいに尽くすから!!」
――三葉は顔を真っ赤にしてそう宣言する。
……恥ずかしいのはこっちだっつーの。三葉はこういうとき、年不相応に可愛いのがなんていうか――たまに不安になると共に、彼氏として嬉しいわけで。
「――じゃあ瀧くん、おかゆ作ったから食べよっか?」
「お、おう」
……ただ今日の三葉は、驚くほどに頼りになるお姉さんみたいだった。
料理、洗濯、掃除、水場……知っていたとはいえ、三葉の家事能力は完璧だった。
三葉の甲斐甲斐しい看病のおかげか、昼を過ぎる頃には俺の体調も幾分はマシになって、今は汗を流すためにシャワーを浴びている。
――三葉の介護の下。
「あ、あの三葉さん? 流石にここまでは一緒じゃなくても……」
「病人は尽くされれば良いの! そ、それに……今更恥ずかしがらなくても良いでしょ? もっとすごいことしてるんだから……」
「そ、それとこれとは話が別だろ!」
「い、良いから!!」
……一糸まとわぬ姿で背中を流される俺。当然三葉も何も着用せず、俺の背中を流していた。
知識としてしかないけど、そういうお店にしか思えない俺。
――っていうか思えば三葉と初体験したきっかけってお風呂だったよな。
……反応するな反応するな。今反応したらただの猿だ。無心になるんだ、立花瀧!
――そんな風に自分に言い聞かせている間に身体を流し終えて、湯船には入らず風呂場を出る。
「はい、身体拭くよ!」
「それは自分でするから良いって!!」
――三葉は、これでもかってくらいに献身モードに入っていることを今になって気づいたのだった。
最終的に身体は自分で拭いたのだが、そのとき三葉が少し不満げだったというのは今でも理解に及ばなかった。
●○●○
……その一日、私は瀧くんに尽くせる限りを尽くした。
私の性格なのかはわからないけど、どれだけ尽くしても何でもしてあげたくなるんだよね。
もし私が駄目男を引っ掛けてたら人生がむちゃくちゃになっていたと思うけど……瀧くんが良い男で本当によかった。
ともかく普段はしっかりしている瀧くんが弱っていて、無防備な姿は私の心にグッと来るものがあって、とにかく今日は瀧くんに構い続けた。
そんな私の努力もあって、夕方になる頃には瀧くんの熱も大分下がった。
そして今は――
「……ん」
瀧くんは、子供みたいに私の膝枕で眠っている。
……こういう甘える一面は、初めてだ。もちろん今まで交際していて一度もなかったというのはなかったけど、瀧くんは中々年下の男の子と思えなかったんだよね。
それは瀧くんがしっかりとしていて、短期間でものすごく成長したっていうのもあるけど――根本の部分で、私と瀧くんは差を感じない。
むしろ敬語を使われるほうが不自然なくらいに。
「でもこんな感じに年下っぽいのも……うん、あり」
……でも偶にでいいかな? 瀧くんだって甘えっぱなしはイヤだろうし――ふと瀧くんの唇が目に入る。
……キス、したい。無防備な瀧くんにするのは、ズルイかな?
瀧くんが辛いのはいやだけど、今日はちょっと瀧くんの発熱に感謝する。こうして瀧くんの新しい一面を見ることができたんだから。
「瀧くん、瀧くん。起きてないよね?」
私は瀧くんの名前を呼ぶけど、瀧くんは反応しない。
……私は身体を屈めて――眠る瀧くんにキスをした。
「……も、もう一度」
私は一度だけじゃ満足できずに、もう一度瀧くんにキスしようとしたとき――
「――風邪、伝染るからダメ」
――起きていた瀧くんにそれを遮られた。瀧くんの指が私の唇を止めて、私は目を丸くして至近距離で瀧くんを見つめる。
……残念。そんな風に思いつつ、瀧くんは上半身を起こしてソファーの上で私の横にしっかりと座った。
「意外と三葉って積極的だよな。寝てたらキスしてくるし」
「嬉しいくせに」
「嬉しいけど、時を選べって話。風邪が伝染ったらどうするんだよ」
「そのときは瀧くんが尽くしてくれるんだよね?」
「……まぁ、そうなんだけどさ」
私はわざとらしくそう言うと、瀧くんは少し気恥ずかしそうな表情を浮かべて返答した。
……そして私をそっと抱き寄せた。
「……今日は本当に助かった。ありがとう、三葉」
「……ううん。瀧くんのためやもん――それにこうやって抱きしめてくれたんだから、報酬は十分かな?」
私は瀧くんを求めるように、返すように瀧くんを強く抱きしめた。
……あぁ、やっぱりそうだ。やっぱり大好きだ、この人が。
理由なんていくらでもあるけど、私の根本の全てが瀧くんを心から欲している。でなきゃ、いくらなんでもこんなにも瀧くんだけを愛するなんてできない。
「……抱きしめるだけでいいのか?」
「……サービスでキスしてくれたらもっと嬉しい」
「……知らない、からな」
――瀧くんはそういって、私の後頭部を手で押さえ、引き寄せてキスをする。
ほんの少しだけ深いキスをされ、私は本能的に瀧くんの身体を強く抱きしめた。
意外と引き締まっている身体と、私よりも大きな背中。手を回してやっと回りきるくらいの男の子の身体。
……私を幸せにしてくれる、瀧くんの身体だ。もっと感じていたい。常に、ずっと……そんな思考にすぐになる。
「……ねぇ、瀧くん」
「ん……。なんだ?」
「私、こんなに幸せでいいんかな? こんなにずっとずっと幸せで、本当に……。幸せすぎて、不安になるんやよ」
「……別に、いいじゃん」
唇を離し、目と鼻の距離で話す私たち。
すると瀧くんは、私を自分の元に引き寄せて、再度抱きしめながら――
「――俺が、三葉を幸せに……し続けるからさ。だから、その……不安とか、必要ないし」
「…………」
……言葉が出ない。恥ずかしそうに、でもそう断言する瀧くんの言葉に歓喜のあまりジーンと肌があわ立つ。
だけど、瀧くんはきっとそうしてくれる。そう断言できる。
――でも、一方的なのは頂けないな。そんなの、許さない。
「――私が瀧くんをずっと一生、幸せでいれるように頑張るんやよ。二人でずっと、幸せでい続けようね?」
そう言ってやると、瀧くんは一瞬だけ驚くも、すぐに穏やかな吐息を漏らして私を抱きしめた。
私もそれを受け入れるように抱き締め返す――この幸せは絶対に手放さない。
何があっても! ……ずっと瀧くんを好きで、好きでいられるように頑張ろう。
――例え彗星が落ちてきても、私たちならそれが出来ると確信できる。本当に、何故だかわからないんだけどさ。
「……それに瀧くん、明後日には完璧に治しておいてよ? もし無理ならまたつきっきりで看病してあげるから!」
「分かってるよ。テッシーにも必ず行くって言ったし――二人は俺も直接祝いたいからさ」
……私たちはそんな会話をしつつ、まあ平和な一日を過ごす。
――ソファーの前のテーブルの上にポツンと置かれている一通の招待状のコピー。参加、不参加の項目があるその招待状にはしっかりとした線で「参加」に丸が記されていた。
更新が遅れて申し訳ございません!
大学での作品制作に重点をおいていたので更新が遅れました!
……さて、今回はなんといいますか、特に話が進むことのない緩急のお話と言いますか、次につなげるためのお話といいますか。
次回のお話はまぁお察しの通りと思います。
再会編も次回ともう一回で終わり、最終章に突入します。
最終章はほとんどが瀧と三葉による話で、まぁ濃厚なイチャラブをご用意しています。
以前に言っていた「最後のムスビ」が重要なので、ご期待ください!
それでは次回の更新をお待ちください!