君と、ずっと   作:マッハでゴーだ!

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ココロの底から、君と……

 ――瀧くんは私を抱き寄せ、私の同僚に対して怯むことのない堂々とした態度で淡々と話す。

 ……瀧君の一つ一つの言葉で私は胸がキュッと締め付けられるほど嬉しさが広がり、瀧くんが私のことを自分のものと言いたいほど抱き寄せてくると身体が温かさに包まれた。

 ……どうしてこの人は、いつも私が一番居て欲しいときにいてくれて、一番してほしいことをしてくれるんだろう。

 なんでこんなにも、優しくてかっこいいんだろう。

 ――一方的に責められて、内心傷ついているときに瀧くんが私を助けてくれて。

 普通の男の人なら、こんなこと出来ないよ。

 

「つーかまず、良く女に対してあれだけ恥さらしなこと出来るよな、しかもこんな公衆の面前で。常識ってもんがないのかよ、あんた」

 

 瀧くんは大層鬱陶しそうな声でそう言いながら、少しむしゃくしゃするように頭を掻く。

 ……この態度の時の瀧くんは、割と本気で怒っているときの瀧くんだ。普段は態度に出ないのに、あからさまに態度に出ている部分がそう確信させる。

 対する私の同僚は突然の瀧くんの登場と、彼の恋人宣言で呆然と口を空けていた――っていうか瀧くん、何気にばらした!?

 あ、明日から会社の先輩とか後輩とか同僚の追及は覚悟しないとね……。

 ――とはいえ、瀧くんがたったそれだけで言葉を止めることはなかった。追撃というか、やり返しと言わんばかりに次々と彼を問い詰めていく。

 

「それで、色々言いたいことはあるんだけど、時間がもったいないから何個かだけ――何で黙ってんの? さっきまで好き勝手に言ってたの、言っても良いよ? 三葉に変わって俺が聞くから」

 

 ……瀧くんの低い声が同僚に向けられる。その真っ直ぐな目が逆に同僚に対して恐怖を刻みつけているようにも感じた。

 

「べ、別に俺は……」

「別にじゃないんだよ。良いから、言いたいことは全部言えばすっきりするだろ? だから俺が代わりに聞くって言ってるんだ。あんだけ自分勝手に女の子に汚い言葉ぶつけまくってたんだからさ――っていうかもう飲みに誘わないの?」

 

 ――あ、これ瀧くんブチ切れだ。しかも今の言葉から事情を全部知った上で同僚に話しかけている。

 いたって冷静に、でも確実に怒って。

 ……瀧くんが、私のために怒ってくれてる。それで有頂天になるみたいに嬉しい私って、どうかと思った。

 

「あ、あれだろ? あんた本当はただの知り合いで、こ、好感度上げようと思って助けに入ってるだけだろ?」

「……矛先を俺に変えるな」

 

 暴言の矛先を私から瀧くんに変えた同僚。瀧くんはすぐにそれに気付いた。

 瀧くんは更に声を低くして、もはや態度を隠そうとせず威嚇するように続ける。

 

「くっだらねぇプライド傷つけられただけで人の大切な人を傷つけて、しかも自分の都合の良い妄想押し付けんな。あんたが三葉をどう思おうが、こいつは俺の女だ」

「お、俺の女……」

 

 私は瀧くんの言葉につい照れくささと嬉しさが混じって嬉し笑いを漏らしてしまう。

 ……同僚は、この場からすぐに去りたいと言わんばかりに私に目を向けていた――情けない目だった。

 知らないとはいえ、年下の瀧くんに対してしどろもどろになっている。それに加えて、さっきまで好き勝手暴言を吐きまくっていた私に助けを乞うなんて……怒りを通り越して呆れちゃうよね。

 ――瀧くんが、彼が私に視線を向けていることに気付く。その瞬間、盛大な溜息を吐いた。

 

「な、なんだよ……ッ! あ、もしかしてあれか!? 宮水さんが飲みに行ったら、俺に堕とされるって思って必死に追及してんの!? はははっ、つまんないな、お前! 宮水さんもこんな男より他の男の方が良いよ!」

 

 ……私の温かだった心が、煮えたぎるくらいの怒りに包まれる。

 ――私のことだったら、いくらでも我慢できた。でも、でも!

 瀧くんのことを馬鹿にされて、何も言えないなんて私には出来ない! 私は瀧くんから離れて同僚の頬を叩こうとした。

 ――でも、瀧くんは私を離そうとしなかった。

 

「――ふふ……っ。あはっ」

 

 ――その代わりに、瀧くんは彼の発言に対して声に出して笑っていた。

 ……本当に可笑しそうに笑っている。たぶん、本当にツボにはまったんだと思う。

 瀧くんはひとしきり笑い終えると、すっと同僚の方を見た。

 

「な、なんだよ? 何笑って」

「いやいや、笑うなっていう方が無理だろ、これ――そんなんで堕ちるようならとっくに三葉はお前の彼女だっつー話。三年も一緒に働いて何もないんだぜ? いい加減脈ナシだって今時小学生でも気付くっての」

 

 ――同僚は恥をさらして、顔を真っ赤にした。

 

「そもそもさ、別に俺は三葉が飲み会に行くことを反対してるわけじゃないぞ? 誘って、三葉が行きたいんなら行けば良いと思うし、例え彼氏でも三葉の交流に口出しする権利はない」

 

 瀧くんは「でも」と続ける。

 

「そうじゃないんなら諦めてくれ。それと、三葉を傷つけないでくれ。こいつ、黙って一人で傷つくタイプだから――それだけはお願いしたい」

「……っ」

 

 ……瀧くんは終始、大人の対応だった。同僚は瀧くんの対応に言葉を出せず、ただただ居心地が悪い表情をしているだけだった。

 あれだけ煽られて、瀧くんはそれでも私を第一に考えて怒りをぶつけることをしなかった――私、ダメだね。瀧くんに止められなかったら、きっと叩いてたもん。

 

「な、なんだよお前……。ふ、ふざけ――」

 

 ――同僚は慌てて瀧くんに言い寄ろうとした瞬間、周りを見た。

 ……彼に、複数の視線が突き刺さる。その中には私の会社の人も混じっていた。当然、この駅は私の会社の最寄り駅だから当然だよね。

 周りの冷え切った視線に気付いた瀧くんは、私の手を引いて彼の横を通り過ぎる。

 ……その途中、瀧くんは同僚と私にしか聞こえないほど小さな声音で呟いた。

 

「――せいぜい明日からは真面目になれよ。じゃないと立場失くすからな」

 

 ――瀧くんは、そうして私を連れて人混みに入っていく。

 ……ただ、私の手を握る手は、ずっと強かった。

 

○●○●

 

 ……正直な話をすれば、瀧は言葉には出来ない感情を抱いていた。その正体を彼が知ることはない。

 ――それはちょっとした怒りと嫉妬。

 同僚の心無い言葉に、瀧は本当は怒っていた。だけどあの場でそれを露わにすれば同僚の思う壺だったからこそ、瀧はその感情を押し殺して笑った。

 「お前なんかと一緒にするな」「俺の方が何倍も三葉の良いところを知っている」

 ……そんな言葉が彼の本当に言いたかったことだろう。

 それが怒りの正体。

 ――そして、理屈ではないが、瀧はついあの同僚の言葉で想像してしまった。

 三葉が、自分ではない誰かと添い遂げる想像を。それをしてしまって、心の底から悲しくなったのだ。

 ……だからこそ瀧は三葉の手を決して離さず、彼女の手を引いて歩き続ける。

 

「…………」

 

 そんな瀧とは裏腹に、先ほどの出来事により瀧のことをどうしようもなく恋しく想っている三葉は、そんな瀧のことを心配していた。

 その強く握られる手から感じるのは、いつもの優しさだけではないことをすぐに理解できた。

 むしろ――いつもより三葉という存在を、あらゆる意味で求めていると。そう感じ取った。

 だからこそ、三葉は瀧に委ねるように無言で手を引かれ、彼についていく。

 瀧の家の最寄駅に着き、駅を降りて二人は歩く。

 

「「…………」」

 

 流れるのは、無言の時間。

 しかし――二人はその無言の時間を苦には思わなかった。

 ……瀧は三葉のことを考えて無言になり、三葉は瀧のことを想って無言になっている。

 そのことを心の底で無意識に理解し合っているからこそ、だ。

 ……本当ならば、この後に二人で買い物をして、そして家に帰るはずであった。しかし瀧はその予定を崩して、真っ直ぐに家に向かった。

 部屋の鍵を開け、家に入り――玄関の扉が閉まった瞬間、瀧は荷物を放って三葉を抱きしめた。

 

「えっ?た、瀧くん?」

 

 三葉は瀧の突然の行為に少し動揺し、彼の名前を呟く。

 しかし瀧からは何も返ってこない――返ってくるのは、三葉を求めるように彼女を抱きしめる強さだけ。

 ……三葉はそれを理解したのか、ふっと息を吐き、そして瀧のことを抱きしめ返した。

 そして、そういえば、と思い出す。

 

「――ありがとう、瀧くん。さっきは瀧くんが来てくれて、ホントに嬉しかったんやよ?」

 

 それはまだ三葉が瀧に礼を言っていなかったこと。三葉がそう言うと、瀧の力はまた強くなる。

 ……しかし、三葉はそれが苦しいとは思わなかった。むしろ心地良いとまである。瀧が自分を独占してくれているということが、どうしようもなく嬉しかった。

 ――これまで瀧が自分に対して嫉妬のようなものを分かりやすく抱くことがなかったため、その感情を向けてくれることが嬉しいのだ。

 三葉は瀧を包み込むように優しく抱きしめると、瀧はほんの少しだけ力を弱めた。

 

「……三葉の気持ち、ちょっと分かった気がした」

 

 ……瀧はポツリと呟く。

 

「三葉が魅力的なのは誰よりも知ってるし、モテるくらいずっと前から知ってたのに――それを目の前でされて、あんな人目の多い場所でそれに対抗してしまうなんてさ。駄目だな、俺」

「そんなことないよ。瀧くんは大人の対応だった。怒鳴り散らしても誰も瀧くんを責めないのに、どうして瀧くんはあんな対応を取ったの?」

 

 三葉はそこだけが分からず、瀧にそう尋ねた。すると瀧は少し考え込む様に三葉から視線を外す。

 ……そして少し照れを見せながら言った。

 

「――だってあそこは三葉の会社の人も通るところだろ? 下手に俺が感情だけで突っ走れば、それは後で三葉が困る状況になると思ってさ。だから」

 

 ……三葉は、瀧の言葉を聞いて、思った――やっぱり、この人より魅力的な男なんて、もう二度と現れないと。あんな状況でも瀧は三葉のことを第一に考え、そして三葉が一番傷つかない対応をしたのだ。

 もしあそこで瀧が同僚を辱めるだけの責め方をしていたら、きっと同僚は三葉を逆恨みしていただろう。そうすれば社内における三葉の立場が危うくなる可能性だってある。

 だけど、あの対応は確かに同僚に反省させるほど効果的であった。特に最後の忠告に関しては、同僚も瀧に感謝をするほど。

 もしあの場であれ以上の言葉を発していれば、同僚も完全に社内で立場を失くしていただろう。今回程度の傷で済んだのは、瀧のあの対応があったから。

 ――そう思うと、三葉は瀧のことが更に愛おしくなる。

 

「――ほんっとうに、ずるい。瀧くんって私を何回惚れさせれば気が済むん?」

 

 次はやり返しのように三葉は瀧を強く抱きしめる――全ては三葉のため。瀧は常に三葉を守るために行動し、彼女を尊重して、そして彼女を想う。

 三葉はそんな瀧のことを心の底から今――愛していると想った。

 ……瀧は三葉の言葉を聞いて、ついふふっと笑みが漏れる。

 ――それはこっちの台詞だ、と言わんばかりに。

 あの時、三葉はそれまで自分のことで何か言われても何も気にしなかったのに、瀧と四葉のことを悪く言われた時だけ感情を爆発させた。

 ……それがどれだけ瀧にとって嬉しかったことか。それをきっと、彼の愛する人は気付かない。

 瀧は三葉の華奢な体を、次は逆に優しく包み込んだ。

 

「――何度でも。三葉の好意なら、何度でも欲しいかな?」

 

 ――そう、穏やかな声音で呟いた。

 

 

 

 ……抱き合うことに満足した二人は、近くのスーパーに食材を買いに行く。元々は帰りに行く予定であったが、例の理由でそれができなかったため、今は瀧は普段着に着替えて二人手を繋いで買い物に行っていた。

 今日は二人で料理をすると瀧は決めていたため、そのための食材を買い揃え、最後に昔から瀧が使っている精肉店に向かった。

 

「いらっしゃい――お、瀧じゃん。久しぶりだな、来るの」

「はい。ちょっと久しぶりにここで買おうかなって思って」

「こっちとしては有難いことで――んで? 隣の子は彼女か? これ見よがしに手繋いでんだから、違うとは言わせねぇぞ?」

 

 精肉店の若作りの店主は少しニヤけて瀧にそう言うと、特に隠そうとしない瀧は笑顔を浮かべて肯定した。

 

「ま、そういうことっす。いいでしょ、うちの彼女可愛くて」

「……まぁ、瀧もやるもんだなぁ。いつの間にこんな上玉引っ掛けられる良い男になったのかねぇ。おっちゃん時間の経過を感じて、しみじみとしてるわ」

 

 店主はわざとらしくしみじみとしている。その光景を黙ってみている三葉は、その二人の会話を聞いているだけで楽しくなった。

 ――店主はテキパキと注文された肉を包み、更におまけをつけて瀧に渡した。

 

「こいつはおまけだ。その可愛い彼女ちゃんのためのおまけだからな?」

「わかってますって。おっちゃん、女の子にしかおまけしないもん」

「嘘つけ。そんなこと言いつつ、お前にはいつもまけてやってんだろうよ――ああ、それと。お前のとこの親父に伝えとけよ? 偶には帰って酒でも誘いやがれって」

「はいはい――んじゃ、また来ます」

「おう、次も彼女連れこねぇとまけてやんねぇからな!」

 

 店主はそう笑顔で言うと、瀧は少し頭を下げてから三葉を連れて帰路につく。

 その最中、ふと三葉は瀧に尋ねた。

 

「すごく仲良さげやったけど、昔からの知り合いやの?」

「ああ。父さんの幼馴染でさ。昔からお世話になってるんだよ。最近はあんまり行ってなかったから――なんか父さん以外では親父みたいな人だから、ちゃんと三葉を紹介したほうが良いかなって思って」

「――まだ私、瀧くんのお父さんに会ってないんだけどね?」

「あ、あはは……。あ、でも父さんは絶対に三葉のこと気に入ると思う。あの人、基本愛想の良い女の子はめちゃくちゃ気に入るから」

 

 そんな会話をしながら二人は家に着き、そして楽しみながら二人で料理をした――瀧が二人で料理をしようと思ったのも、前回、瀧と四葉が楽しそうに料理しているのを恨めしそうに彼女が見ていたのを知っていたからであった。

 

○●○●

 

 食事も終わり、瀧と三葉はソファーに腰掛けていた。

 ……三葉の太ももの上に瀧は頭を乗せて、耳かきをしてもらいながら、二人は少し話していた。

 

「そういえばさ、今日一緒に仕事してた人がすっごく綺麗な人だったの」

「へ~……。あ、もしかして他の会社からの人と打ち合わせするって言ってたの?」

「うん。それですっごく仲良くなってさ――私とほとんど同い年なんだけど、結婚してたんだよ」

 

 三葉は瀧の髪を撫で解しながら、優しく瀧の耳掃除をする。

 ……顔半分に触れる三葉の生の太ももの感触にドキドキする瀧。何気に胸を触ったことがあるにも拘らず、瀧は基本的純情なのだ。

 真新しいことには一々胸が高まってしまう。そんな感情を押し殺すように、瀧は三葉と話す。

 

「へぇ……。そういえば俺の先輩も去年くらいに結婚したんだよなー。元バイト先の先輩でさ。偶然だけど三葉と同じでアパレル系の会社で働いてて」

「あ、そ、そうなんだ」

 

 つい核心を突かれて、三葉はドキッとした。実は昼間に奥寺ミキと出会って、既に事情を知っている三葉にとって瀧の発言は予想外だったのだろう。

 ――ミキから受けた「年下の男の子をその気にさせちゃう18の方法」の一つ、膝枕からの耳かきを実践で投入する三葉。もちろん効果は覿面である。っというより、ミキは瀧のことをとても理解しているので、彼の弱い部分を全て三葉に教えたのだ。

 ……もちろん、三葉も経験がないためタジタジであるが。この光景をミキが見れば、それはもう初々しさからずっと笑っているだろう。

 

「……実はさ、昨日の飲みにその人も来たんだよ。俺、来ること知らなかったとは言え、三葉を何か裏切ったような気がしてさ」

「……良いよ。だって今、ちゃんと言ってくれたでしょ?」

 

 ――知っていたとはいえ、瀧がしっかりと隠さず言ってくれたことに三葉は胸がキュンとした。いったい瀧は、今日何度三葉をそうさせれば気が済むのだろう。

 

「昨日は楽しかった?」

「ああ、久しぶりに親友にも会えたし、楽しかったよ。まあしっかりと三葉とのことも聞かれて、色々弄られたけどさ」

「何~? 私のことを話すのは疲れるん?」

「二人のことは二人だけの秘密にしたいの!」

 

 ……また、だ。そう三葉は思う。

 こうして瀧の何気ない言葉に三葉は何度も感情の昂ぶりを覚えた。心臓がドクンドクンと高鳴っているのが自覚できるほど。

 

「三葉もあんまり赤裸々に語らないでくれよ? 特に俺のやらかしたこととか」

「あ、もしかしてこの前の――」

「あれは誠に申し訳ございませんでした、心の底から反省しています」

 

 瀧は以前の朝の一連の事件を思い出して、真面目な声で謝罪をした。

 三葉の胸を30分以上弄り回していただけに収まらず、朝の生理現象を三葉の臀部に押し付けていたあれである。言葉だけにすれば凄まじくひどい男に思えるほどだ。

 

「や、やからそれはもう良いよって言ったでしょ!? わ、私も思い出しただけで恥ずかしいんやよ!」

「……ところで、あれから四葉は?」

「――二度と覗きません、ごめんなさい……だってさ」

 

 ……それを聞いて二人は同時に笑う。

 ――そうしている内に瀧の両耳の掃除が終わり、瀧はすっと上体を起こした。

 

「サンキュー、三葉。三葉、耳掃除上手いな。……また頼むよ」

「私で良いならいつでも」

 

 三葉はにこっと笑い、瀧の肩に頭を乗せる――「年下の男の子をその気にさせちゃう18の方法」の一つ、何気ないスキンシップである。

 しかしながらそれに対しては瀧も経験があるため、そっと三葉の肩に手を回して、更に自分の方にグイッと寄せた。

 ――もちろん胸の高鳴りはある。しかしそれ以上に三葉の温もりを求めたため、自然とそうした行為をしてしまうのだ。やられる当人はたまったものではない。

 

「……三葉、目、瞑って」

「え――は、はい」

 

 瀧は不意に三葉に対してそう言うと、三葉は主導権を握られたといわんばかりに目を瞑る。

 既に瀧からの唇を奪われる準備は出来ていた――しかし、一向に瀧からキスが来ないことに、三葉は疑問に思う。

 ふと目を開けた。するとそこには――

 

「――今日で俺たちが付き合って丁度三ヶ月目だよな? これ、ちょっと記念に作ったんだよ」

 

 ――そこにあるのは、コルクボードだった。そのコルクボードには瀧と三葉がこの三ヶ月で体験した、たくさんの写真があった。

 一番最初のデートから始まり、家での二人の写真、二人で行ったたくさんの場所――その中心には三葉と三葉の家族、そして瀧の四人で撮った写真。

 これまでの「笑顔」が全て集まっていた。三葉はそれを見て――不意に涙が零れる。

 

「あ、あれ? ど、どうして……」

 

 三葉自身、どうして涙が溢れ零れるのかが理解できない。嬉しいのに……嬉しいからこそ、三葉から涙が零れたのだ。

 ……三葉は瀧からコルクボードを受け取り、それをじっくりと見る。じっくりと見て、そして瀧を見つめた。

 ――あまりにも愛おしい。どうしてこんなにも、一日で何度も惚れさせるんだろう。

 三葉は瀧の服をキュッと掴み、胸に飛び込む。瀧はそんな涙を流す三葉に何も言わず、ただ頭をそっと撫でた。

 

「俺さ、三葉と出会ってからずっと楽しいんだ。だから、君と一緒にいた時間を全て、形に残したかった――今は楽しいことばかりかもしれないし、この先楽しいだけではないと思う。それでも俺さ、三葉とならどんなときでもやっていけると思うんだ」

 

 ……だから形に残した。3ヶ月目の記念日に、こんなサプライズを用意して。

 三葉も油断していた。1ヶ月目と2ヶ月目に何もなかったから、たぶん瀧はあまりそういうのが好きではないのだろうと。自分も特にそういうことを求めているわけではなかったため、特に不満はなかった。

 ……三葉の涙は止まらない。止められない、と言ったほうが良い。

 そんな三葉を受け入れるように瀧は優しく頭を撫で続けた。時間を忘れるほど、三葉の重みを忘れるほど、ずっと……。

 

「……たき、くん」

「なんだ、三葉」

「――ん、なんでもない。今のままで、いい」

 

 まるで子猫のようにくすぐったく甘える三葉に、瀧はそっとソファーの上に倒れる。それにより三葉が瀧の上で抱きつく形になった。

 ……そっと片手を背中に回し、もう片手で頭を撫でる。これまでの中でもこの上なく甘い空気の中、二人がする行為は案外分かりやすい接し方であった。

 心の底から安堵し、幸福でいて、そのくせに胸の高鳴りを通り越した安らぎで接する。むしろそうであることが自然なように、二人は触れ合った。

 ――この時点で三葉の「年下の男の子をその気にさせちゃう18の方法」は既に瀧の「年上の女の子を無意識にとろけさせてしまう方法」によって陥落していた。

 

●○●○

 

 完全に子猫モードに入った三葉の涙で服がくしゃくしゃになったため、とりあえず瀧はソファーに三葉をおいて一人、お風呂に入っていた。

 ……シャワーを頭から浴びながら、瀧は冷静に先ほどまでの三葉を思い出す。

 

「……あれは、やばい。あのままだったら、絶対に手、出してた」

 

 ――実はぎりぎりだったのだ。三葉は思いの外、瀧に甘えることが多々ある。もちろんそれであるのだが、さっきまでの三葉はそれではすまないレベルだ。

 ……子猫モードとはよく言ったものだ。三葉のそれはまさに子猫だ。

 一度甘え始めたら止まらなく瀧に触れ合いを求める。お風呂に入るのも一苦労であった。

 何分、離してくれないのである。どれだけ胸が当たろうと、どれだけ三葉の肌に触れようが、三葉はそれすらも今は甘んじて受け入れていた。むしろそれを望んでいた。

 ……今日一日の出来事が三葉をそうなるまで蕩けさせたのだ。その一端どころか全端は瀧にある。瀧の行動一つ一つは三葉の子猫モードを作り出し、そして最後のとどめでそれを発動させた。

 ――瀧はクールダウンをするために、敢えて水を頭から被る。しかし、心臓のドキドキは収まらない。

 

「あれ、ちゃんと戻るのか? ……戻ったら戻ったでなんか残念な気がするけど――こうなりゃ四葉に聞くしか。……駄目だ、あいつが関わるとここぞという場面で邪魔が入る」

 

 四葉を気に入っているものの、これまでの彼女の起こしてきた悲劇から彼女を介入させることを危険と考え、瀧はその手を頭から消した。

 瀧にある最後の頼りは――そう考えた時である。

 ――ガララ、と風呂場の引き戸が開いた。

 

「瀧くん、私も入るね?」

 

 ……そこには一糸纏わない生まれたての姿の三葉がいた。そのスタイルの良さを再確認した瀧――そう考えて、すぐに視線を背けた。

 

「お、おまっ! 何考えてんの!? いや、ほんとに今は俺のクールダウンだよ!?」

「くーるだうん? 何のこと言ってるかわからんけど、別にいいでしょ? ほら、恋人なんやし」

 

 恥らう瀧のことをいざ知らず、三葉はニコッと笑顔で彼の背中に回る。

 そして風呂場においてある身体を磨くためのスポンジにボディーソープをつけて、泡立たせた。

 

「――背中、流しても良い?」

「あ、あぁ……よ、よろしくお願いします?」

 

 ――ここからが瀧の戦いの始まりだった。

 現在の三葉は既に羞恥心のようなものが残っていない。っというより、ありはするが瀧になら見られてもいいという考えから隠そうとしないのだ。

 初めて見る生の女性の身体。それが度々鏡越しで見えてしまうのだ。

 しかも三葉はその辺にいる女性よりも魅力的である。普通の男であれば視線は自然とそちらの方に向かってしまうのだ。

 ――三葉が丁寧に瀧の背中をスポンジで磨く。まるで自分の身体を綺麗にするように、優しい手つきで、だ。その度に瀧はくすぐったく身体をビクッと反応させてしまう。

 

「……あ。ふふ」

「み、三葉?何を笑っているんだ?」

「んー。瀧くんが可愛い反応するもんだから、笑っちゃったんやよ」

 

 三葉は穏やかな声音でそういいつつ、背中以外も洗い流す。流石の瀧も、前はまずいと思い、それだけは何とか阻止した。

 しかし――

 

「はい終わり。じゃあ瀧くん、私も流して欲しいなー」

「……マジですか?」

「マジやよ」

「み、三葉さんの身体、いろいろ触れちゃうぞ?」

「……さ、触りたかったら、どこでも……いいよ?」

 

 ――瀧の思考が、完全に停止する。

 あれだ、彼の理性を繋げる糸はあと一本を残して、既に残っていなかった。

 瀧はそのあと一本を手繰り寄せ、なんとかハッとする。

 ふと、瀧は思った――彼女にここまで言わせて、このままでは男が廃ると。

 そうだ、俺はただ三葉の身体を綺麗にするだけ。そこに劣情なんて抱く余地なんて――などと思い、スポンジでまず背中を洗おうとした。

 指先が軽く三葉の背中に触れた瞬間だった。

 

「ひゃっ……もぅ」

 

 ――抱く余地どころか、抱く要素しかなかった。

 瀧は顔を上げて、思考する。このままでは本気で不味いと思った。

 

「へ、変な声出すなよ!」

「ご、こめんね?出来るだけ我慢はしよー思ってるけど、瀧くんに洗われてるって思うと……今更恥ずかしくなって」

 

 顔だけ瀧の方に向けて紅潮した顔で苦笑いをする。

 ただそれだけで瀧の最後の糸に傷をいれていることを、彼女はきっと気付かないだろう。

 ……瀧は深呼吸をするため、一度息を全て吐き出した。そう、この性欲と理性に阻まれた心(限りなく天秤は性欲に落ち込んでいる)を落ち着かせるためだ。

 それが彼の思惑であったのだが――

 

「ひゃっ!……息、ふきかけんといてよぉ」

 

 ――先の長い戦いである。

 

●◯●◯

 

 なんとか一回戦を乗り切った瀧であったが迫る問題は次である。

 先程は洗い場であったため、まだ距離はあった。しかし浴槽は訳が違う。

 瀧の家の浴槽は、基本一人で入るほどの大きさだ。なんと三葉は、一緒にお風呂に入ろうと提案したのである。

 現状、三葉の申し出を断れない瀧は流される形で浴槽に一緒に浸かっていた。

 ……今一度言おう。瀧の家の浴槽は狭い。つまるところ、距離はほぼないに等しいのだ。

 瀧が大股で開いたスペースに、華奢な三葉がすっぽり嵌る寸法である。つまり、何が言いたいかと言えば――

 

「(は、反応したらすぐバレる……っ!)」

 

 瀧は戦慄する。

 というより、ここまで拒否感のない三葉に驚愕さえ抱いていた。普通最初はこのような触れ合いは女性は否定的と思っていた瀧は、ある種のカルチャーショックを受ける。

 そんな現実逃避をしなければ不味いにも関わらず、三葉は鼻歌交じりに瀧との混浴を楽しんでいた。

 

「……どーしたの、瀧くん。なんかあんまり話さないんやね」

「この状況でいつも通り話せる甲斐性を俺は欲しいよ」

「……三葉さん的には、こうしてほしいな」

 

 三葉は浴槽の淵に置かれる瀧の両腕を、後ろから自分のおへその方に誘導する。

 瀧の両手の平は三葉のお腹に触れ、自然と距離がゼロとなった。瀧は三葉を後ろから軽く抱きしめる形である。

 

「……細いな、三葉は」

「頑張ってるんよ? 瀧くんに見せても恥ずかしくないようにね」

 

 ふつふつと瀧の頭に広がるのは、この身体を好きに堪能したい欲望。彼は三葉の恋人であり、それをすることが出来る。

 ……だけど瀧の理性がそれを邪魔する。瀧は暴走する形で三葉と一線を越えたくないのだ。

 いずれはその時が来る。だからこそ、最初を大切にしたい。

 ――瀧の両腕に三葉の柔らかい胸の感触がする。そう理解したときには既に遅い。

 

「瀧くん、我慢……してくれてるんだよね?」

「……ッ。そ、そんなの……」

 

 三葉は一度それの感触を同じ臀部で知っているため、頬を染めながら瀧を見ずに、そう言う。瀧ははっきりとしない口調で焦るも、既に反応してしまったのだ。

 ……三葉は浴槽の中でクルっと体を回転させ、至近距離で瀧と顔を合わせた。

 頭を瀧の胸に預け、その両手で瀧を背中から抱きしめる。

 ――三葉は聞く。瀧の、どうしようもない胸の高鳴りを。耳元に瀧の心臓があるからこそ、どうしようもなく聞こえる緊張の音を。

 

「……凄いね、瀧くんのドキドキ。破裂するって思っちゃうくらいやよ」

「し、仕方ないだろ……。三葉が落ち着いてるのが可笑しい――あれ(・ ・)、さっきからお腹に当たってんのに何でそんなに……」

「……私だってドキドキしてるよ。ちょっと怖いなぁって思うこともあるんだけど――どうしようもないんよ。瀧くんが私を助けてくれて、瀧くんが私を想ってくれて、私との時間をすごく大切にしてくれる……。今日一日で、どれだけ嬉しいことばっかりだったか、瀧くんにはわからんよね?」

 

 ……三葉は恐る恐るといった手つきで、『それ』に触れる。

 お風呂に入っているのにも関わらず、三葉は『それ』を、驚くほど熱いと感じた。

 

「……私に興奮してくれてるって思うと、それも嬉しいんやよ? 私だって……同じ」

「三葉……」

 

 ……瀧はそっと、三葉の頬に手を触れる。

 ――そして、そのまま三葉と深く唇を合わせた。

 

「ん……っ。……そういえば、今日は初チューやね」

 

 三葉は唇が離れてから笑顔でそう言葉を漏らし――そして更に求めるように、瀧の唇を奪う。

 三葉からのキスを瀧は受け入れ、更に深く……より深く唇で繋がる。

 ……しかし、それでも足らない。三葉も瀧も、どれだけキスをしても、舌を入れても――足りなかった。

 

「はぁ、はぁ……たき、くん。切ないよ……もう、私」

「……なぁ、三葉」

 

 三葉の顔が、瀧を求める。

 ――このままではのぼせる。瀧はそう思い、三葉を抱えて浴槽から出た。

 脱衣所で三葉を下して、瀧は無言で三葉にバスタオルを渡す。自身も水滴をある程度拭った。

 

「瀧くん……あの、ね? 私……」

 

 瀧が何も言わないため、三葉は不安になる――すると、瀧は彼女の手を引いて、グイグイと引っ張っていった。

 そして自分の部屋の扉をガラッと開いて、そのまま三葉をベッドに押し倒した。

 

「ひゃっ……っ。た、瀧くん?」

「……ごめん、今日はちょっと無理だ」

 

 ……瀧は三葉の両腕を抑えるように押し倒しながら、三葉の顔に自分の顔を近づけていく。

 

「俺、三葉が欲しい。もっとゆっくりでも良いって思ってたけど――今、三葉が欲しい」

「たき、く――んんっ。……んっ」

 

 ベッドの上で、唇を奪う瀧。三葉はそれに反抗することなく、受け入れる。

 ――時間を忘れるように唇を重ね、一糸纏わぬ姿で肌が触れ合う。

 次に唇を離した時、二人の舌から糸が引き、三葉はそっと呟いた。

 

「――はじめてだから……やさしく、してください……っ」

 

 そうして二人は――……

 

●○●○

 

 ――鳥のさえずる鳴き声で、私は目を覚ます。

 今日は土曜日で、瀧くんも私も仕事は休み。……私はふと、隣で眠る瀧くんを見た。

 ……私を抱きしめるように眠る彼は、一糸纏わぬ裸。対する私も、裸だ。

 ――昨日、私たちは感情の歯止めが利かず、そのまま最後までしてしまった。以前は四葉の邪魔が入ってしまったけど、今回は邪魔が入らず……昨日のことを思い出して、私は瀧くんの胸に顔を埋める。

 

「うぅ……なんか、変な感じぃ」

 

 ……シーツに残る赤い染みで実感する――あぁ、私、本当に瀧くんの女にされちゃったんだって。

 もちろんそれが嫌なはずがなく、心が満たされる。

 確かに昨日はちょっと痛かったけど、何か思ってたより痛くなくてびっくりしちゃった。それも瀧くんが優しくしてくれたおかげで……。

 ――癪ではあるんだけど、同僚にちょっとだけ感謝していた。彼のおかげで、瀧くんとまた先に進めたから。

 股に残るちょっとした痛みも、それも証のように感じる。

 ……ただ、最後の方は私から瀧くんを望んでいたから、少し気恥ずかしいな。

 だって瀧くん、謎に上手いし――本当に初めてなの!? って心配するくらいだし。

 

「……今度ミキさんに聞いとかないと」

 

 ――結局、ミキさんに伝授された「年下の男の子をその気にさせちゃう18の方法」は成功したようで成功していないよね。

 だって、私の方が瀧くんの無意識な行動でその気になっちゃったんだもん。

 ……瀧くんの唇が目に入る。それだけで昨日の行為を思い出してしまう。

 ――最初は凄く大切ってミキさんが言ってた意味、物凄く分かる。あの最中って瀧くんが私を大切に想ってくれてるなって思う点が何個もあったから。

 

「……年下の癖に生意気なんよ、瀧くんのあほ」

 

 昨日は瀧くんにリードされちゃったから、次は私がリードしてやる。そんなことを思いながら、私は瀧くんの頭を軽く小突いた。

 瀧くんはそれで寝返りを打とうとするけど、私はそれをさせないように――瀧くんにキスをした。

 

「……幸せやよ、私――瀧くん。昨日は結局言いそびれちゃったけど、私もここまでずっと幸せ」

 

 瀧くんとの日々はいつも新鮮で、私と混じり合って色々な色に変化していくことが、すごく幸せ。

 昨日瀧くんが言っていたこと――三葉と一緒なら、どんなときでもやっていける。そのことを、私なりの言葉で返そう。

 

「――私、瀧くんとなら一生一緒にいれる。瀧くんと一緒なら、なんだって出来るんやよ?」

 

 ……あの時、私は瀧くんとお婆ちゃんの話し合いを聞いていた。

 瀧くんが私のお家に初めて遊びに来た時、二人は話していた。

 詳しい内容は知らないけど、でも瀧くんはあの時、お婆ちゃんに宣言したんだ――三葉の晴れ姿を見せるって。

 ……私、ずっと待ってるよ。瀧くんがその言葉を言ってくれる、その時を。

 もう私には瀧くんしか考えられないから。

 だから、絶対に瀧くんに飽きられない良い女で在り続ける。いつでも瀧くんが一番に求める女でいたい。

 この先、何年も、何十年も……ずっと。

 

「んん……はぁぁ――ん、みつは」

「おはよ、瀧くん」

「……からだ、だいじょうぶか?」

 

 ……全く、この男は。寝起きでこれか。寝ぼけながらも私のことをまず心配してくる瀧くんはズルいよね。

 でも相変わらず、私の頭はお花畑のように嬉しくて、私は笑顔でこう言ってやった。

 

「――誰かさんがとびっきり優しいから、大丈夫だよ? 大好き!」

「……ああ。おれも、おまえを……あいしてるよ」

 

 ……ダメ。ダメダメダメダメ。

 瀧くんの愛してるは不味い、朝っぱらから昨日の余韻が復活してくるっ!

 寝ぼけてる癖に、瀧くんは!

 ――その時、ふと私は気付いた。

 そういえば昨日、終わった後に瀧くんが7時に起こしてくれと言っていたことを。

 私は7時に起きる習慣があるから、了承したんだけど――あれ?

 今の時間は――7時50分。

 

「あちゃ~……瀧くんの寝顔を堪能し過ぎたんよ――瀧くん、ごめん。ちょっと起こすの忘れてたよ」

「えぇ……いま、何時?」

「8時前だよ?」

「――え」

 

 ――その瞬間、瀧くんは半開きの目を開眼させる。

 目を見開き、瀧くんは部屋の中の時計を見た。

 

「や、やっべぇぇ! 寝過ごしたぁぁぁ!!」

 

 瀧くんはベッドから飛び降りて、すぐにクローゼットに向かった。

 ……えっと、もしかして瀧くん緊急事態?

 私はシーツで体を隠しながら、急いで着替えている瀧くんに尋ねた。

 

「えっと、もしかして今日仕事だったの?」

「仕事じゃないんだけど、仕事関係で千葉に行かないといけないんだ! っていうか自分で目覚ましかけるべきだった!」

「ご、ごめんね?」

「三葉は悪くないから大丈夫! たぶん今出ればギリギリ間に合うから!」

 

 瀧は小奇麗な新調したスーツを着込んで、荷物を持って部屋を出る。

 私はそれについていった。瀧くんは洗面台で顔を洗って、水で頭を濡らして寝癖を整え、歯磨きを済まして玄関で靴を履く。

 そうして家を出ようとした――その時、はっと思いだして玄関前においている鍵を私に渡した。

 

「――それ、合鍵だから! 三葉が持ってて!」

「え?」

 

 合鍵を彼女に渡す――それってつまり、そういうこと……だよね?

 そう思って私はついにやけちゃった。

 

「んじゃ行ってきます!」

「あ……――いってらっしゃい!」

 

 ――ああ、これ良い。

 もっと言えば、瀧くんの下手くそなネクタイ結びを直してあげたかったなー。

 ……私は瀧くんを見送りながら、扉の鍵を閉めてそっと合鍵を見る。

 ――いつでも来ていい。瀧くんはきっと、そう言いたいんだろう。

 

「……いってらっしゃい、あなた――なんちゃって」

 

 ――よし。今日は瀧くんのお嫁さん気分で家のことをしてあげよう。

 とりあえず帰ってきたら「おかえりなさい」、かな?

 そう思って、まず着替えから始めた。

 

○●○●

 

 最短ルートで電車を乗り継いで、千葉に向かう。

 ……今日は以前から約束していた千葉にある建設会社の現場の人と話す日だったんだ。

 その会社の有望な若手の人と話す機会を得ていて、その約束の時間が9時。

 ――本当は30分前には着いて、色々準備したかったんだけど、仕方ない。

 俺は駅について、あらかじめ調べていた進路を走る――こんな時に自分の運動能力が比較的高いことが役に立った。

 ……会社前に、一人の長身の男性が立っている。

 少し無精髭ながらも、堅気は守ってそうな人だ。

 俺はその人の前に立つ前に時間を確認する――ギリギリ5分前には着けた。

 ――息を整え、俺はその男性の前に立った。

 

「あの、○○建設のお方ですよね? 自分はインテリアデザイナーをしています、立花と申します」

「――おー、やっと来たんやな。遅いもんやから、心配したんですわ」

 

 ――その男性は気さくな口調と、本当に心配してくれていたのか、ほっと胸を撫で下ろすような顔をした。

 藍色の作業服のその男性は俺が名刺を出すもんだから、自分もそっと名刺を出して渡してきた。

 

「――俺はこの会社で働いとる勅使河原っていいます。よろしくお願いしますな」

 

 その男性――勅使河原克彦さんは友好的な態度でそう言って、俺の名刺に目を通した。

 ……その時、すっと目を見開いて俺をじっと見つめた。

 

「……こない偶然、あるもんなんやなぁ――よろしくな、立花瀧くん」

 

 ――その眼は、まるで俺を見定めるような目であった。




ようやくの更新であります!
さぁ、みなさん、これを望んでいたんでしょう?(おい)
さぁさぁ、今回は砂糖をお吐きになられたでしょうか?
前回の話の反響が凄すぎてびっくりしました。まさか30件を超える感想を頂けるとは……感無量でございます!
最近では常にランキングに乗って、自分が一番楽しんで書いている分、すごく嬉しい気持ちばかりです!
――さて、とうとうですね。結ばれました。心も体も。
でも実はまだ瀧と三葉は、完全に結ばれていません。最後のムスビが、残っています。
そのムスビがこの物語の最後となります。
何が、とは明言はしません。それは物語中に明らかになりますので、どうかご期待ください!

……次回は今回の最後、ついにテッシーと瀧が出会います。描きたい話の一つであったので、次回をご期待ください!

追記
あ、それとツイッターはじめました!
作品のこととか呟いていくんで、よければフォローして絡みましょー!
私のページにアカウント載せてるんで、よければ! 

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